ヨシアさん、アガタさんー後日談ー
「魔王さま、知ってますかぁ? 北の国の剣姫と、東の国の大司祭が結婚したらしいですねぇ」
「へ、へぇ、そうなんだ」
執務室にやってきた獣王はソファに身を投げ出し横になると、右手で頭を持ち上げた。
「あの仲が悪かった、北と東の国ですよ。2人の結婚で国の繋がりが本物になるとか意味が分かりませんなぁ。これでは防衛に充てる人数を増やさなければなりませんなぁ」
「そ、そうか。すぐに検討しておこう」
獣王は私の返事に眉をひそませるとソファから立ち上がり、背後から首に細腕を回してくる。
淀みない動きで繰り出されたのは裸締めの基本形、リア・ネイキッド・チョークだ。
「これは噂なんですけどねぇ、仲違いしていた二つの国を結びつけた奴がいるらしいんですよぅ。ほら、あの2つの国は形骸化した視察と称した魔物狩りをしてたでしょう? 今年はなんでも魔物が消えて恐ろしく強い魔族が現れたらしいんですよぅ」
「へ、へぇ」
耳にフッと息を吹きかける獣王。
逃げようにも彼女の腕は私の首にめり込んでおり、呼吸すらままならない状態だ。
このモフモフしている細腕のどこに、こんな怪力が宿っているのだろうか。
「その魔族が変でしてねぇ、圧倒的な力を持っているのに、全滅はさせず、まるでお互いが協力するかのように誘導してたっていうんですよ。そうだよねぇ」
獣王が視線を向けた先には、ユラユラと揺れる幽体が頷いている。
魔王4大将軍の1人、幽王だ。
覗かれてたのか!?
「なんでもその魔族、どことなく魔王様に似ていたとか。まさか魔王様に限ってねぇ?」
首を絞める力が倍増する。
何度も降参のタップをするが、獣王は力を緩めない。だが意識が遠のく寸前、スッと腕の力が抜かれた。
幽王が獣王の耳元でぼそぼそと何かを喋っている。
「えっ、何ぃ? あぁ、魔王様とは似てたけど、見間違いだってぇ?」
幽王はこちらを見ながら頷いている。
頼む、頼むぞ幽王!
しばらく考え込んだ獣王であったが、大きくため息を吐いた後に私をひと睨みすると、西の砦へと戻っていった。
「す、すまんな」
私の声に反応するように、幽王は体を明滅させて消えていった。
何かを喋っていたが、あいつの声は小さすぎて獣王以外は聞き取れないんだよなぁ。
普段何を考えているかは分からないが、物凄い借りを作ってしまった。
今度古くジメジメした古城辺りを用意しておこう。
それから十日後、私の郵便受け取り箱には連名の手紙が入っていた。
『マルコスさん。
私、ヨシアと、僕、アガタは結婚しました。
いえ、今考えればこれもマルコスさんのおかげと言えるのでしょう。
結婚して、お互い文通してることを知って、さらに共通の相手がいるなんて思ってもいませんでした。
本当に驚きましたよ。
ルール違反かなとは思いましたが、改めて私達に送られていたマルコスさんの手紙を見返すとよく分かります。
さりげないマルコスさんのフォロー。
おそらくは私達が繋がっていたと感じていたのでしょうが、決してそれを表に出さなかった優しさ。
感謝しています。
もし下手にマルコスさんから両思いである事を告げられていたら、どうなっていたかと考えさせられます。
きっと駆け落ちがいいところでしょう。
今のように表立って生活することも、ましてや国を挙げて祝福されることも無かったでしょう。
マルコスさんは私たちだけでなく、国と国を繋いでくれたのです。
あの、強大な魔族も、マルコスさんが仕組んだことじゃなかったのかな? と、そんな妄想を考えては二人で笑いあっています。
本当はマルコスさんに結婚式に出て欲しいところでしたが、無理は言えませんでした。
なので、せめてもの恩返しが出来ればなと、思っています。
この大陸の中央に位置する魔の国。
きっとその脅威を取り除いて、平和な大陸にすることで、恩返しとなればと。
すぐに実現することではありませんが、いがみあった国にいた私達が結ばれたんです。
きっと人と人は繋がりあえます!
平和な世界を作ってみせます。』
いやぁ、本当に感謝されてるのがわかる手紙だ。
私としても2人の結婚は素直に嬉しい。頑張ったかいがあるというものだ。
まぁ、過去の手紙を回し読みは恥ずかしいけど。
しかし平和かぁ。
うん。その中に私が含まれてないのは、とても残念である。
登場人物紹介
ヨシアさん……北の戦姫(戦鬼)と呼ばれる女騎士。別名殺戮バーサーカー。普段はめっちゃいい人。強面好きの伯爵に求愛されていたが、想い人のアガタさんと結ばれる。旦那の悪口を聞くと殺戮モードに変身する。
アガタさん……東の聖者と呼ばれる大司教。誰からも慕われる人徳者。細身というか薄い。ヨシアさんが飛び込んできたさい、7m吹っ飛んで肋骨を6本骨折。自身ですぐに治したので全治30秒。ヨシアさんと結婚してからますます回復術に磨きがかかったらしい。本人談、夜のお仕事は命がけ!