アルストさんー後日談ー
先日は本当に大変だった。
私は急いで西の砦に向かうと、人間達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ(ただし殺してはいない)。私の活躍に恐れおののく二万の軍勢を退却させると、すぐさま砦近辺に結界を張っておいた。
簡易結界解除術では無力化出来ない、強力なやつだ。
これで再び軍勢が押し寄せてきても楽に対応出来るだろう。
一仕事を終えて地面に座り込んだ私は、鋭い視線を感じた。
腰に手を当て二本足で立つ赤毛の獣。
頭に大きな三角耳を2つ乗せ、動きを重視さした胸当ての下、腰巻きの裾からは細い尻尾が二本飛び出ている。
西の砦担当する、魔王4大将軍の一人、獣王だ。
彼女は何やら手に持つ紙をヒラヒラと泳がせている。
「まさか魔王様の結界が簡単に破られるなんてねぇ。人間共は見ないうちに進化してますなぁ」
見覚えのある手紙だ。
「うっ。そうだな。油断や慢心はいかん。だ、だが、さらに強力な結界を張っておいたので、もう大丈夫だろう」
「それはそれは、魔王様にはいつもご苦労かけてすいませんねぇ。おやっ、この手紙には結界解除の呪法が載ってるじゃないですかぁ! しかもこれは魔王軍でも幹部クラスしか知らない呪法じゃないですかぁ! 本当に軍の機密をベラベラと語る奴がいるとは、許せませんなぁ!」
棒読みを続ける獣王のドヤ顔。その見開かれた赤い瞳が物語っている。
——この丸文字。アンタの字だよね? と。
とぼけにとぼけ、話をすり替えてなんとか逃げ切ったが、今後手紙で軍事機密を書くのはやめておくとしよう。
今回は自分で自分の首を絞めたわけだが、次はあの赤い獣からリアルに首を絞められそうだ。
それから数日後、アルストさんからお礼の手紙が届いていた。
『マルコスさん、この前はありがとうございました!
マルコスさんに習った解除術はとてもすごくて、僕の上司がアングリと口を開けるほど簡単に問題を解決できました!
もしかしてマルコスさんは高名な魔術師でしたか?
って余計な詮索失礼しました。
その後ですが、予想外のアクシデントがあり、結果が出せたとは言いづらいですが、上司には一泡吹かせることが出来ました!
今度は僕が相談に乗るので、なんでも言って下さいね!』
アルストさんは無事だったようだ。
ここで実は私の正体は魔王なんですと書いてあげたいが、お互いの素性を知らない方が文通とは盛り上がるものだ。
いや、実際には私とアルストさんは会っている可能性はあるのだが。
私は気を取り直してアルストさんへ返事を書いた。
『アルストさん、お役に立てて良かったです。
ただ、私も安易に手紙に書いてしまいましたが、あの解除術は何にでも効くわけではないのでお気をつけください。
実は最近、私も一つ悩みが出来ましたので、お言葉に甘えてご相談させてもらいます。
私の部下に仕事の出来る女性がいるのですが、彼女に仕事の失敗を見られちゃって。
それから彼女の視線が痛いんです。
さりげなく信頼回復するにはどうすればいいですかね?』
それから一週間後のアルストさんの手紙には【惚れ薬】と書かれた黒い瓶が同封されていたのだが、人間世界は人間世界でなかなか大変のようだ。
まぁ、獣王に惚れられたら惚れられたで、それはとても怖い未来しか見えない。
私はそっと瓶を引き出しにしまうのであった。
登場人物紹介
アルストさん……西の帝国軍事諜報部の部長補佐。36歳。魔王との文通により様々な功績を上げている。
帝国軍事部の極秘薬である惚れ薬を手に入れるくらいには偉い人。のちに文通で知り合った貴族と結婚。
さらに偉い人になった。