ミハエルさんと文通
覚悟を決め、獣王と結婚して一カ月が経つ。
あの後、私は獣王に追いついたわけだが、恥ずかしながら言葉が出てこなかった。
ただ、私が握りしめていた手紙に視線を下ろした獣王が、「ほーん、何を握っているかは知りませんが、まぁ、仕方ないですなぁ。しーくんはアタシが幸せにしてやるですよぉ」と言って肩を組んできた。
締まらない形だが、その時の少し照れた獣王が可愛く見えたのは内緒だ。
文通仲間にも結婚の事を知らせると、お祝いの手紙が返ってきた。
皆、自分の事のように喜んでくれた。
クイルさんの手紙には涙のにじみがあったほどだ。
一応残りの魔王4大将軍である幽王、竜王、術王からも祝福された……気がする。
文通についても獣王は見て見ぬふりをするようで、私の楽しみは続いている。
郵便ギルドから戻り、机に広げたのはミハエルさんからの久々の手紙だ。
『随分と長い間手紙を送れず申し訳なかった。
マルコスから来た相談の手紙への返事を書いてるうちに、結婚の手紙が届いて驚いたものだ。
力になれなかったが、君の結婚は素直に嬉しい。
マルコス、結婚おめでとう。
私事ではあるが、父が亡くなり随分と忙しい毎日を送っている。
偉大な父の後を継ぐのは大変で、1日1日が物凄い速さで終わっていくよ。
————————』
久しぶりに見る右下がりの文字に安心感を覚える。
「とりあえずは、元気でよかった」
ミハエルさんがどれだけ目まぐるしい毎日を送っているのかが、ひしひしと伝わってくる手紙だ。
前のように頻繁なやり取りをするには、まだしばらくは時間がかかりそうだ。
さっそく返事を書こうとすると、小さな紙が手紙の下に隠れていた。
『追伸。
父に君の事を教えたのは俺だ。
マルコスのお陰で父は安らかに天に召された。
感謝している』
ついつい笑みがこぼれれてしまう。
いつからミハエルさんが私の正体に気付いていたかは分からないが、納得がいった。
トリスさんとの文通は、運命に導かれてと言うには出来すぎだったからだ。
「魔王さまぁ、一人で気持ち悪く笑っているところ申し訳ありませんが、緊急の知らせが届きましたよぉ」
ちっとも申し訳なさそうな顔をしていないが、本当に私と獣王は結婚したのだろうかと疑いたくなる。別に甘い生活を夢見ているわけではないが、もう少し変化があってもいいと思うのだが。
「どうした?」
「北の国と東の国が一斉に攻めてきたようですなぁ。おぉ、そういえばどこかの馬鹿な魔族が二つの国を結びつける事件がありましたなぁ」
えっ? ヨシアさん、アガタさん。そんな律儀に約束守らなくてもいいのに。
「き、北の幽王と、東の竜王はどうした?」
「幽王は魔王さまが褒美にと渡した古城がいたく気に入りましてなぁ、完全結界を張って中々出てこんのですよぉ。竜王は人間の賭博とかいう遊びに夢中でしてなぁ、帰ってこんのですよぉ」
ぐっ。幽王は仕方ない、そりゃあ幽王の好みを全のせしたような古城を用意したんだ、私が悪い。
しかし竜王は許さん!
「人間の遊びにうつつを抜かすだと! 4大将軍として自覚が————」
獣王が私の机を見ている。
そして、その見開かれた赤い瞳が物語っている。
——アンタも人間の遊びにうつつを抜かしてるよね? と。
「ごほん。私が対処する。あ、あの、獣王、一緒に来る?」
「ほーん。もしかするとお腹に新しい命が宿っているかもしれないアタシに働けとぉ? 国のためとはいえ、幸せにしてやると言ったのはどなたでしたかなぁ?」
「ごめん。一人で行ってきます」
言ったの獣王。
私はしてもらう方だったはずなんだが。
こうして私は獣王に笑顔で見送られながら転移するのであった。




