皆さんと文通ー後日談ー
「よしよし、お前たち。仕事を怠けている父に活をいれるのだぞぉ」
「仕事しろー」
「働け―」
ソファに寝そべった獣王が6つの小さな動物の人形を抱え、腹話術で遊んでいる。
「集中したいんだがな」
「ほーん。我が子の応援がかわいくないとおしゃるのですかぁ?」
「ひどいー」
「けだものー」
頭が痛くなるが、こんな冗談ですんでいるのだ、これ以上は言うまい。
あれ以来、獣王はここに来てはこうやって私をからかっている。
あの晩の真実はいまだに分からないが、獣王のドッキリだったと信じよう。
「仕方ないなぁお前たち。冷たい父は放っておいて、砦に帰るとするかぁ」
「かなしー」
「かなしー」
人形を大事に抱え、腰を上げた獣王は扉の前で立ち止まった。
「魔王さまぁ、アタシに種を仕込んだのは事実ですからねぇ」
バタンと扉が閉められる。
強力な束縛魔法をかけられたように指一本動かなくなる。
呼吸は荒くなり、喉がひりつく。
時間の停止から10分、ようやく言葉が漏れる。
「えっ? 噓でしょ?」
私はすぐに人間の姿に変身すると転移した。
「あっ、マルコスさん。こんにちは。この曜日に来るのは珍しいですね?」
「手紙来てますか!!」
「えっと、来てますよ」
「ありがとうございます!!」
私は手紙を受け取ると再び転移した。(転移から転移まで、その間1分)
机の上に置かれた手紙は5通。
アルストさん、ヨシアさん、アガタさん、クイルさん、ビートさん。
流石にミハエルさんの返事はなかったが、この5通も私の危機と知って急いで返事を書いてくれたのだろう。郵送時間を考えれば最速だ。
先ずはアルストさん。
『こんにちは。
かなり慌てているようなのでさっそく本題に。
その惚れ薬ですが、効果時間は2時間ほどです。
効能は飲むと体が熱くなり、目の前の異性に身を任せたくなります。
身も心も従順になることは確実です。
覚えていないとのことでしたが、とても甘い夜を過ごされたのは間違いないでしょう。
確か飲まれた方の記憶があいまいになるという実験結果も出ていたので、もしかしたらマルコスさんが飲まれたのかもしれません。
お渡ししたときに細かな注意事項を書いてなかった私の不注意で——————』
読み終えると軽く殺意が芽生えたが、さっさと処分しなかった私の不注意でもある。
私も不用意に簡易結界解除術を渡しているし。
だが、これで薬の効果や時間が知れた。
長期的に効く薬じゃないならとりあえずオッケーだ。
次、ヨシアさん。
『こんにちは。
早速ですが本題に入りますね。
アガタと別々に手紙を出された意味を考え、女性の立場からの意見を書かせて頂きます。
女は軽々しく体を許しません。
例え酔っていてもです。
ここまで書けば相手の女性の本心は語るまでもないでしょう。
私の知っているマルコスさんであれば、愚かな衝動に身を任せるとは思っていません。
胸に手を当ててください。
それが貴方の本心です——————』
胸に手を当ててみたが、湧き上がるのは恐怖だった。
しかし、軽々しく体は許しませんか。
本来獣王の種族、獣人は発情期があるが、あいつの浮いた話なんかは聞いたことがない。
私が知らないだけかもしれないが、ヨシアさんの言葉は心に留めておこう。
次、アガタさん。
『こんにちは。
ヨシアと別々に手紙を出された意味を考えました。
同じ男性という立場からの意見を書こうと思いましたが、あえて私が使える神の教えから言葉を選ばせて頂きます。
事実は事実です。
それを覆すことは出来ません。
それを過ちとするか、それとも運命と思うかはマルコスさん次第です。
子を作り、またその子が子を作る。
それが生き物であり、そうやって世界は続いていきます。
実はヨシアのお腹に私の子がいます。
それを知った瞬間世界が変わりました——————』
アガタさんの中では、すでに私に子が出来た設定で話が進んでいた。
途中からは、いかにヨシアさんとお腹の子を愛しているのかが書かれていたが、話の論点が違うとはいえ微笑ましい。
それを過ちとするか、運命とするか、か。
次、クイルさん。
『マルコス君、おめでとう!!
お姉さんはマルコス君が一生独身を貫くんじゃないかって、モヤモヤしてたからとても嬉しいです。
えっ、先走り過ぎ? 相談内容飛ばしてるって?
ふふん。私が何年マルコス君のお姉さんしてると思ってるの?
えっ? 2年? おかしい。マルコス君は生まれた時から私の弟です!
なぁんて冗談に聞こえるかもしれないけれど、私はそう思っています。
だから分かるんだよ、文章からマルコス君の気持ちが。
今までの関係が崩れる不安。自分の気持ちが分からないもどかしさ。
でも、マルコス君がその女性を大事に思ってるのが凄く伝わってきたよ。
文字は嘘をつけない。そう教えたのは——————』
いつも通りのテンションのクイルさん。
軽いノリなのに不思議と私の心に言葉を残してくれる。
文字は嘘をつけない。そう教えてくれたクイルさんは、本当に文字から私の書いてもいない心境を何度もあててきたことがある。
私はまだその域に達してはいないが、いずれはそうなりたいものだ。
今までの関係が崩れる不安。
その言葉が心に重くのしかかる。
私にある不安の正体を突き詰められた気がする。
しばらく考え込んだが、最後の一通を手に取る。
ビートさんからの手紙だ。
とても短い言葉で驚愕の事実が書かれていた。
『諦めろ。
責任を取れ。
心配するな、幸せにしてやる』
以前の手紙とは大違い。一緒なのは奇麗な文字だけだ。
ビートさんが手紙を書いている姿を想像すると笑いがこみ上げてきてしまう。
従弟に恋し、つれない態度をとっていたというビートさん。
そしてその思いに全く気付かない従弟。
確か、この前出した返事にはこう書いた。
『鈍感な従弟に自分が女性であることを意識させるのは、効果があるって聞いたことがあります。ここがチャンスだと思った時には、大胆に迫ってアピールしてみるのも一つの手かもしれないですよ?』
まさか特大ブーメランとなって襲ってくるとは。
私は頭をボリボリと掻くと覚悟を決めるのであった。




