皆さんと文通
酷い頭の痛みで私は目を覚ました。
体を起こせば床に散らばる空き瓶が、綺麗な山を作りあげている様が目に映る。
どうやら昨日は調子に乗って飲み過ぎたようだ。
痛みを抑えるように顔を手で覆うと、小さな寝息が横から聞こえる。視線だけを動かすと、指の隙間から飛び込んできたのは信じられない光景だった。
私の横でスヤスヤと眠る獣王。
思わず「ひぃっ!?」と声が出そうになるのをのみ込んで、昨晩のことを思い出そうと試みる。
確か……。
南の国から戻ると獣王が誕生祝いだといって、隣の部屋に保管されていた秘蔵の酒を全て持ってきた。
獣王は浴びるように飲んでいたし、私も亡き友やトリスさんの事を思い浮かべてペースが速かったと思う。
魔力も底をついていたので、解毒魔法も使わずに酔っぱらっていたのは間違いない。
えらく上機嫌な獣王に「アタシの酌を飲み干さないはずはありませんなぁ」とか言われて、ガンガン酒を注がれていた気もする。
しかしどれだけ記憶を掘り起こしても、その後の記憶はない。
いやいやいや、酔いつぶれてお互いベッドで寝てしまっただけだろう。
きっとそうだと信じてゆっくりと体を覆っていたシーツをずらしていく。
私も獣王も全裸であった。
愕然とする私の横で「ふぅぅぅんん」と、か細い声を上げた獣王が身を起こす。
2度、3度と瞬きをした獣王は、納得したように笑みを浮かべると、シーツを体に纏って立ち上がる。
私は身動きすることも、声を上げることも出来なかった。
自分の衣服に着替えた獣王は、扉の前でこちらに顔を向けた。
「魔王さまぁ。責任はとってくださるでしょうなぁ?」
いつもとは違うなまめいた表情を見せた獣王を茫然と見送る。
夢ですよね?
頬をつねるが普通に痛い。
冗談ですよね?
獣王の表情を見る限り冗談では済まされない。
ドッキリですよね?
どれだけ待っても誰も出てこない。
「はぁぁぁぁぁぁーー!? え、えぇぇぇぇぇーーっ!?」
ようやく声が出たのは日が傾き部屋が薄暗くなってからだ。
それまで私は理解が追い付かずに固まっていた。
いやいやいや、ないないないないない。
私が獣王を?
そんな事をするはずがない。
どんなに酒で理性がなくなろうとも、絶対に死を恐れる本能が止めるはずだ。
仮に獣王に襲われれば、私はか弱い乙女のように蹂躙されるだろうが、あいつが襲うことも間違いなくない。
何か、何か誤解を解く証拠があるはずだ。
私は明かりをつけ、部屋の中をくまなく探索した。
乱れたベッドシーツ、山となった空き瓶を片付けながら、私は確たる証拠を手に入れた。
どこかで見た小さな黒い瓶。
中身を失ったその瓶には帝国文字が書かれていた。
【惚れ薬】と。
————アルスト、お前かぁー!!
判決は有罪だった。
どれだけ後悔しても、事実は変わらない。
もし寿命を半分使うことで1日前に遡る秘術があったならば、迷わず使っていたところだ。
だが無いものねだりをしてる場合ではない。
幸いにして私には困ったときに相談できる文通相手がいる。
こちらの醜態をさらすのは本意ではないが、今は背に腹は代えられない。
私は机の上に大量の紙を用意するとペンを走らせた。
今回手紙を送るのは6人。
アルストさん、ヨシアさん、アガタさん、クイルさん、ミハエルさん、そしてビートさんだ。
アルストさんには惚れ薬の効能、持続時間を聞かなけらばならない。
ヨシアさん、アガタさんにはあえて別々に手紙を送る。
その意味も二人は察してくれるだろう。
クイルさんはきっと良い助言をくれるはずだ。なにせ私の師匠だしな。
ミハエルさにも送るが、返事がなくても仕方ないと思っている。
忙しい最中に送る申し訳なさはあるが、文通親友に人生最大の危機を知らせない選択肢は無い。
ビートさんに出すかは迷ったが、こじれた恋愛の悩みを持つ彼女だ。
こじれた状況の私に思いつかないような助言をくれるかもしれない。
書く内容は決まった。手紙の冒頭はほぼ一緒。
惚れ薬に関してはアルストさん以外の手紙には書かないと決めた。
『こんにちは。
気候も落ち着いてきたこの季節、いかがお過ごしでしょうか?
季節の変わり目は体調を崩しやすいもの。体にはお気をつけて下さい。
突然ではありますが、ご相談したいことがあります。
これは私の人生に関わる重大な悩みですので、助言をいただければと筆をとりました。
先日の事です。
その日、私は幼いころから共に育った女性の誕生日を祝い、杯を交わしておりました。
その前に少々感傷的になる出来事もあり、酒が進み、お恥ずかしいながらかなり酔っておりました。
翌朝の事です。
————————
——————
————
——』
6通の手紙を認めた私は、急いで郵便ギルド近くに転移するのであった。




