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カティアの、雑用係の仕事は本当に多岐にわたる。
今日も、朝の水くみ、別棟の共用部分の清掃、厩での掃除や馬の手入れの手伝い、ちょっとした菜園の手入れ…暇になることなどない。
今は、独身寮の食堂で使っている大量のテーブルクロスと格闘中だ。
洗濯済みのそれにアイロンをかけ、今かかっているものを外してはかけかえてゆく。
外したテーブルクロスは明日のお天気が良ければ半日かけて洗濯だろう。
汗をかきかき、一人で全てかけ替え終えたとき、カイトが厨房の中から声をかけてきた。
カイトは本館の厨房ではなく、何故か今日はこっちに来ていたらしい。
カティアが食事を受け取るカウンターに駆け寄ると、カイトははちみつ入りのミルクと見たことのない焼き菓子をくれた。
ミルクは相変わらずの子ども扱いだな、と苦笑しつつも、甘いミルクは大好きなので、つい顔がほころんでしまう。
見たことのない焼き菓子は、口に入れるとほろほろと崩れて、あっという間に溶けてなくなった。
何これ?おいしい!
「おいしい?」
嬉しそうに笑いながら訊いてくるので、うんうん、と盛大に頷く。
王都で流行っている焼き菓子のレシピを手に入れたので、試作していたのだとか。
それでさっきから甘い匂いが漂っていたわけだ。
本館の厨房では凝った料理を作るので、日中は試作品を作るような余裕がなく、別棟の厨房で、仕込みをしている合間を縫ってコンロやオーブンを使わせてもらっていた、という。
カイト兄さんがいるなんて気が付かずに、ずっとテーブルクロスと格闘してたなんて。
厨房で働くカイト兄さんはすごくかっこいいのに。
見そびれて損した。
それでも、本館の調理師服を身に着けた姿を見られただけでもよしとしよう。
カティアはそんなことを考えながら、おやつを平らげた。
がっちり筋肉のラルフと違って、すらりとした長身でありながら、力仕事の多い厨房で鍛えられた体に、黒に近い濃い茶色の髪と瞳のカイトには、本館の真っ白な調理師服が良く似合っている。
厨房を覗いてみると、他にも何人かの本館の調理師服の人たちがいた。
目が合ったので、ぺこり、と頭を下げる。
すると皆さんも作業の手を止めて手を振ってくださったり、微笑み返してくださったりした。
兄の同僚の方たちを目にすることができて、カティアは嬉しくて微笑んだ。
カイトは目を細めて、カウンター越しに手を伸ばし、カティアの頭をよしよし、と撫でた。
***
カイトは本館に住み込みの上位の使用人たちにも、カティアの存在が知られ始めていることに気付いていた。
カティアの使用人としての地位は、いまだに最下層のものだ。
上位の使用人…それぞれの部門を統括する者たちは、新たに雇い入れた者たちのその働きぶりをみて、新たな配置先を決めていく。
3年も最下層のままでいることは、本来は異常なことだった。
カティアは世間知らずなので気付いていないし、もちろん誰もそのことを指摘したりしない。
モナが、サラ様も心配しているのだ、とぽつりとこぼしていたのを聞いたことがある。
カティアの働きぶりは、本館でメイドとなるのに十分だった。
だがしかし、いつまでも子どもの体躯では、どこに配属させるのも難しい。
水回りも何もかも、大人用のサイズなので、カティアのためにいちいち踏み台など用意していられない。
カティアの小さな体では、持ち運べる物の量も少ない。
そうなると、カティアの周りの者たちに負担がかかってしまうのだ。
裏の仕事というのは、実情を知らない者達が思っているよりも忙しい。
短時間にてきぱきとこなすことが求められる。
なので、上の者たちは常に、使える者を探している。
自分の配下に少しでも有能な者を増やしたいからだ。
やがて、自然と使用人リストの中で、いつまでも最下層のままのカティアに関心が向く。
本当に最下層に甘んじるレベルの働きしかできないのなら、とっくにサラがクビにしているはずなのにそうされない娘。
その意味を確かめるべく、本館に立ち入ることが許されない身分のカティアを見るために、近頃は上の者たちが何かと理由をつけて、別棟に足を運んでいた。
今日も試作をこちらでした理由の半分は、噂のカティアのチェックをしに来たのだ。
テーブルクロスのアイロンかけと交換は、本来は食堂の下働きの者の仕事だ。
カティアは雑用係なので、どんな仕事を与えられても疑うこともなくとりかかる。
初めて扱う、業務用の大きく重いアイロンに多少は苦戦しつつも、みるみるコツをつかんで仕上げていく。そして本人も楽しげだ。
皆の反応を見ても、くるくると機嫌よく働くその姿は好意的に受け止められたのはわかる。
だが、厨房の仕事は本当に忙しい。
足元に踏み台なんてあった日には事故のもとになる。
そうなると、厨房に引き抜いたとしても、ずっと裏で野菜の皮むきか銅の鍋磨きだ。
それではここでの雑用係と大差ない。
カティアのチェックを任されたらしい副料理長は、眉を下げて残念そうに小さくため息をついていた。
カティアが大きくなることは、本人だけではなく、使用人仲間たちの願いでもあった。
カティアが大きくなればすぐにでも自分のところに引き抜きたい…そう思う者が増えていた。