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100年の休暇  作者: 十月猫熊
6/20

ちょっとだけ長めです。

カティアはミートパイを取り分けて、二人の前に出し、自分の分に大急ぎで口をつけた。


さっきラルフには大丈夫、と言ったけど、本当は自信がなかったのだ。


カイトが作ったほどではないけど、なんとか食べられる味だったとホッとしたので、あーん、と口を開けて待っているラルフの口にミートパイを押し込み、パンやサラダ、お茶を出していった。


「なんだよ、そんなに味が心配だったの?」


ラルフとマイクがニヤニヤして見てくるから、思わず頬が赤くなる。

パイ皮に包む前にちょっと味見をすればいいだけなのに、いつも忘れてしまうのだ。


カティアの頬がぷっと膨れたのを、ラルフがつつく。


「うん、味は危険なものではないけどさ。でもこれはどうかなあ」


しばらく食べ進んでいたのにそう言って、ぺろん、とラルフが舌に載せて口から出して見せてくれたのは、玉ねぎの皮だった。

薄いくせに煮ても焼いても食べられない、アレだ。


「えっ、うそっどうしてそんなものが…?」


焦ったカティアはラルフの舌の上にちょこんと乗っかる玉ねぎの皮を指でつまんで、証拠隠滅とばかりに草むらに投げ捨てた。


「ひてっ」


どうやらつまみとるときに爪で引っ掻いてしまったらしい。

眉をしかめて舌を引っ込めている。


「日頃の行いだな。私の分はなんともないからな。カティアの作るご飯はいつも美味しいよ」


ミートパイ一切れをあっという間に食べたマイクはそう言って、カティアのほっぺにちゅっとキスをした。


嬉しくなったカティアは「ありがと!マイク父さん大好き!」と、マイクのたくましい首に腕を回して、両方の頬にキスをした。


「あー!いーなあー」


「カティアちゃん、俺にもー」


「ちゅってしてくれたら午後も頑張れるのになー」


近くでお弁当を食べている庭師仲間のおじさんやお兄さんたちが、口々にカティアをからかい始める。


まだ7、8歳であるなら、きっと張り切ってキスをして回ったことだろうけど…見た目が12、13歳で止まっているとはいえ、中身は16歳なのだ。

ヒト族の女性なら結婚できる年齢だ。


「ダメでーす。マイク父さん限定ですー」


「うんうん、カティアは一生嫁にいかんでいいからな、ずっと家にいていいからな」


「うっわおやじ、その顔鏡で見せてやりてえ」


「なんだラルフ妬いているのか?悔しかったらお前も娘を持つんだな、はっはっは」


ラルフはダメだこりゃ、と肩をすくめ、それからミートパイの最後の一切れを素早く口に運んだ。


「あ!最後の一切れを!」


二人とも体を動かす仕事なので、とても良く食べる。


こんなことで親子喧嘩がはじまりそうだったので、カティアは自分の皿にあったまだ手を付けていなかったパイをマイクの皿に移して、デザートの準備に取り掛かった。


バスケット一杯にあったパンも、大盛のサラダも、もうとっくになくなっている。


薄く焼いておいた柔らかい生地に、クリームと甘く煮たフルーツを載せてくるりと巻き込む。

あらかじめ巻いておくと水分を吸ってぐずぐずになってしまうのだ。


「カイト兄さんにもそろそろ食べる量減らさないと、っていわれてるだろ、さらに腹が出るぞ」


「モナは立派なお腹も大人の魅力だと肯定的だ」


今度はデザートをめぐっての攻防戦が始まっている。


カイトが作るものには及びもつかないつたない料理でも、そうやって取り合うようにして食べてもらえると嬉しくて、次はもっとおいしく作ろう、という励みになる。


「皆さんもどうぞー」


食後のお茶請けのクルミ入りのクッキーを配って歩いたら、「あ!俺の好物なのに!減る!」気付いたラルフが拗ねている。


全員に配り終わった後で「家に帰ったらまだ残ってるから大丈夫」そう言ってあーん、と口を開けて待っているラルフの口にクッキーを放り込む。


食べ終わった庭師のおじさんたちはみんな次々にごろりと横になると、顔に帽子を載せて、あっという間にいびきをかき始めた。


もちろん、マイクもカティア達の横で寝息をたてはじめている。


この10分ちょっとのお昼寝が、午前中の疲れを癒して、午後もしっかり働ける秘訣なのだそうだ。


ラルフとカティア以外みんな寝てしまったので、起こしてしまわないように静かに食器を片付けていく。


片付けが終わったのを見計らって、ラルフがおいで、と自分の伸ばした足の上をぽんぽん、と叩くので、カティアは遠慮なくその太ももの上に座った。


鍛えられたラルフの足は、小柄なカティアが座ったところで、どうってことないのは知っているのだ。


カティアがラルフに背中を預けると、ラルフは後ろからお腹に手を回してカティアを引き寄せ、頭にあごを載せた。


体の大きなラルフからすると、カティアはぬいぐるみの抱きクマのようだ。


頭の上のラルフのあごが少し重い…。


そして、二人でマイクたちが整えている最中の植え込みを眺めてぼーっとした。


こうしてラルフの匂いに包まれていると、心から安心して、何も悩みなんてないような気持ちになってくる。


色々思い悩んでばかりの毎日だから、ほんの一時でもこうして心が解放されると、不安で押しつぶされそうだった内面が立ち直るのがわかる。


怖くて普段は口に出せないことが、ふ、と口から洩れた。


「ねえ、本当に私ってなんの種族なんだろう…私、オレンジ色の髪してる人を見たことない…」


体が小さいから小人族かな、なんていう軽口は家族の間でもよく言い合う。

でもそれは小人族ではないと分かっているからこそだ。


種族ごとに、瞳や髪色にはある程度の傾向がある。


ラルフ達犬の獣人たちは茶色系が多い。

赤から黒に近いこげ茶までバリエーションはあるものの、銀髪は見たことがない。

その代わりに爬虫類系の獣人には、銀色、真っ白、青、緑、といった色が多い。


そんな風に、見た目である程度の予測はつくのだ。


だから、あるとき気付いてしまったのだ。

自分のような色をもった者が他にいないことに。


こんなにたくさん人がいる領主様のお屋敷の中に、一人もいない。


おそらくこの国で一番、ヒト族も獣人族も多種多様に入り交じっている、ここ領主のお屋敷にいないのだ…。


孤児院にいたときは閉じた世界で生きていたので、気付くことはなかった。

たまたま施設の中にいないだけかと思っていた。

少々珍しいのだろうとは気付いていたけれど。


今、カティアは本当に自分が何者か分からないことに、心から不安を感じていた。

この成長の止まった体も、種族由来なのか、何かの異常なのか判別がつかない。


お医者様に診てもらうには、一回でカティアの月給の半分は持っていかれてしまう。

医者というのは貴族のためにあるものなのだ。


もし変な病気だったとしたら…マイクもモナも心配して治るまでカティアを医者に診せるだろう…カティアのお金ではなく、両親のお金で。


カティアは、二人が年をとって領主様のお屋敷を辞したあと、ふもとの領都の町に家を買って暮らす計画であることを知っていた。


もし病気だったら、そのために蓄えたお金をきっとカティアに使ってしまう。


カティアは本当の娘ではない。

どこの馬の骨とも分からない者なのだ。


こうして家族の愛情を3年もらっただけで、一生分の幸せを経験した気がしている。


万が一病気だと分かったときは、孤児院に戻って働かせてもらおう。

そこでなら医者にかかることもなく、最期を迎えられるだろう。


本当は病気であって欲しくない。

でも髪色と同様に、こんなふうに成長の止まる種族の話も聞いたことがない。


落ち込み過ぎないために、いつか独身寮に移って一生ここで働こう、と考えているけれど、心の奥の深いところでは孤児院に戻ることを決意している自分がいる。


カティアを娘として心から愛してくれているというのが疑いようもないマイクとモナ。

そして急にできた妹を可愛がってくれるカイトとラルフ…。


気安い口調で軽口をたたくことを知った。

拗ねることを知った。

怒ることも大きな声で笑うことも。


孤児院での淡々と過ぎていく日々の中では知ることのなかった感情を、たくさん知った。

愛してもらう幸せ、愛する人たちがいる幸せ。


本当は離れたくない。

でも彼らの幸せを壊さないためには、他に思いつく方法が今のカティアにはない。


視界が歪んだと思ったら、ぽろっと涙がこぼれた。


「カティアはカティアだよ。他の何者でもないさ」


そう言ってラルフはカティアのお腹に回した腕に力を込めて、きゅっと抱きしめてくれた。


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