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100年の休暇  作者: 十月猫熊
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「うん、でもね、小人族なんだったら、小人族らしく、そのー…」


恒例のくるくる回しも終わって、すとんと下ろされながら、いいよどむ。


「そうだよなあ、小人族って小さいだけでちゃんとボンキュッボンだもんな」


いいよどんだことをはっきり言われて、顔を赤くしてきっと睨む。


小人族は、体が全体に小さいだけで、成人した小人族の女性はむしろ豊満なことが多い。


カティアは成長しないが、小人族でもなさそうなのだ。


「大丈夫だ、なるようになるさ」


こっちが睨んでいるというのに、にっこり笑って頭をぽんぽんしてくる。


ラルフのお日様みたいな笑顔を見ると、怒っていられなくなって、本当になるようにしかならないから悩むだけ無駄だよね、という気分になる。


「今日はね、クルミのクッキーと、なんとミートパイに再挑戦したの!」


ラルフが騎士団の休みの度に帰ってくるので、カティアは好物を作って待つのが習慣になっていた。


いつの間にか、ラルフが休みの日に出迎える役目はカティアに決まっていたから、でもある。

家族のなかで、ラルフの休みに合わせて休みを一番取りやすいのがカティアだった。


「へえー。前みたいに分量間違って、しょっぱくて食べられない、とかはないんだろうな?」


「ぐっ、だ、大丈夫、ちゃんとカイト兄さんにレシピ書いてもらったもん」


あのときのしょっぱすぎるミートパイは、その後カイトが見事にシチューへと変貌させてくれて、事なきを得た。


同じ失敗は繰り返さない。

…多分。


ラルフが馬を預け、別棟に向かって並んで歩きだすと、すれ違う人たちが、お帰り、なんて声をあちこちからかけてきて、ラルフも、おう、なんて答えている。


3年前、同じような子どもだったはずなのに、今は並んで歩くと完全に大人と子どもだ。


カティアの身長はラルフの胸くらいまでだし、ラルフの腕はカティアの足くらいにがっしりと太い。

太ももなんか、カティアの腹回りよりも太いかもしれない。


ラルフはまだ10代で若いせいか、胸板はそれほど厚くないけれども、騎士団の正装をしたときなんかは、惚れ惚れとするような若者になっていた。


もちろんその体を作り上げるために…騎士団の入団テストに向けて、努力を重ねた結果であることをカティアは知っている。


日に焼けて小麦色の肌に薄い茶色の髪、金色に見えることもある明るい色の瞳で、やさしい人柄がにじみ出る、本当にお日様みたいな人だ。


ふとカティアは自分を見下ろした。

いつまでも膨らまない胸、伸びない身長、どことなく幼い形状の手足。


貧相な体はもう見慣れているが、思わず小さくため息をついてしまった。


そんなカティアの心中を察することもなく、ラルフが今度は頭を撫でまわしてきた。


「今日も母さんは張り切ったもんだね」


モナの手によって、髪は複雑に編み込まれ、綺麗に結われているのだ。


孤児院では肩につかないくらいで切りそろえられていた髪も、ここにきてモナに懇願されて伸ばし続けていて、今では背中の中ほどまである。


毎朝、仕事に行く前に、モナはカティアの髪を可愛らしく結い上げて、幸せそうに笑うのだ。

娘の髪を結うのが夢だったの、と。


毎朝こそばゆい気持ちになりながら、鏡の前に座らされて、たわいもないことを話しながら髪を結ってもらう。


その後ろではカイトがお茶を沸かして、マイクの水筒に入れている。


マイクがお茶に砂糖を入れてくれ、と今日もめげずに懇願して、最近太り気味だから駄目だとカイトに断られ、拗ねている。


そんな日々に、幸せのあまり、何度、目の前がぼやけてきたことだろう。


あのペンダントは今も肌身離さず胸元にぶら下がっているが、カティアは家族を手に入れていた。


どうかこの幸せがこのまま続きますように。


カティアは幸せだと感じるたびに、必ず神に感謝して、そしてそう願うのだ。



ラルフと共に一度帰宅したあと、ミートパイなどを詰め込んだバスケットとブランケットを手分けして持って、また家を出た。


領主様のお屋敷の敷地は本当に広い。


正面の門から本館の玄関までは、カティアの足で歩いて15分はかかる。


正門から少し逸れていった先には迎賓館があり、その建物は本館の半分くらいなのだが、話によるとその迎賓館の規模の建物が、普通の領主の館の規模なのだそうだ。


そして裏門は別棟に近いが、それでもカティア達の家族の家までは、裏門から5分もかかった。


さらにいえば膨大な使用人のほとんどを敷地内に住まわせているのは、王宮かここか、くらいなものらしい。

でも王宮の独身者用の部屋は大抵相部屋なのだそうで、そうなるとここの方が条件は良い。

広大な敷地のなせる業だろう。


さらに、本館の裏にも広がる広大な庭は、もはや湖かというような池があり、森があり、手入れされた庭園もあり。


領主が敷地にそって結界を張っているので、敷地とその外の森がつながらないし、野生の動物や不審者が入り込めない。

だから敷地の奥の方は塀や柵すらないところもある。


その広大な庭を管理している庭師たちは年間計画にのっとって敷地内をまんべんなく整える。


前庭の芝を短く刈って整えたり、庭園のバラが美しく咲くように肥料を調節したり、トピアリーの形を作ったり。


そんな庭師であるマイクの今日の仕事場が、バラ庭園の手入れのはずだった。


カティア達がバラ庭園に向かうと、ちょうど昼休憩になったようで、みんなが木陰に座り、お弁当を広げ始めていた。


マイクはカティアたちに気が付いて、こっちこっちと手を振ってくれている。


みんな顔見知りの庭師さんたちばかりなので、皆さんに会釈しながらマイクのいる木陰にブランケットを敷いて、その上に座って、バスケットからお弁当を出した。


マイクが敷地のうんと奥で仕事をしているのではない限り、ラルフが帰ってきたお昼は三人で囲む。


本館の厨房で働くカイトは忙しい時間帯だし、モナにはそれこそカイト達料理人によって用意される昼食がある。


だからこの三人になってしまうのだ。


その代わりに、カイトもモナも早番にしてあって、夕飯は一緒に食べられる。


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