第五話「一難去ってまた一難」
狭く薄暗い路地裏に風が吹き抜ける。
風が止むと辺りは静まり返り、血液が滴り落ちる音だけが響き渡った。
イレウスは固唾を飲み込んだ。凍上から感じる凄まじい威圧感に怯みながらも、『殺し屋』としての矜持が彼を突き動かして回収した短剣を構えさせる。
戦闘が今、始まろうとしてした。
「止めろ。戦う必要はない」
それを金城は止めに入って、イレウスから短剣を取り上げた。凍上も構えていた足を下ろす。
「今の状態で凍上の『蹴り』をまともに喰らったら、間違いなく死ぬぞ」
「……ぁ」
何処か安堵したような表情を浮かべ、イレウスはその場にへたり込んだ。
すると思い出したかのように激痛が走り出し、血反吐を撒き散らしながらのたうち回る。
今までに味わった事のない敗北感、過度な出血と感情の昂りによるアドレナリンの分泌。
気持ちが落ち着いた事で、限界まで溜まり切っていた痛みが一気に解き放たれたのだ。
苦しむイレウスの首に手刀を打ち込み、金城は彼を気絶させると肩に担いだ。
金城が目配りすると察した凍上は来た道を戻る。
走っていく凍上を見送ると、胸ポケットから現代の携帯機器を取り出して口に近づける。
『うっす、社長』
「中居、樋上の様子はどうだ」
『樋上なら大丈夫ですぜ。ついさっき治療も終わって、ベッドでぐっすり寝てます』
「命に別状はないんだな」
『へい』
「良かった。……で樋上とお前には申し訳ないが、そのベッド空けてもらってもいいか?」
金城の言葉に中居は驚き、理由を聞いてきた。
『何でっすか? まさか、凍上の兄貴が……』
「違う。『蛇』を治療したいだけだ」
『……へい、解りました。空けておきます』
『蛇』という一言で通じたのか、中居が承諾して電話を切ると同時に一台の車が金城に向かい光を点灯する。
此処へ来るにあたり、乗ってきた車だ。
「俺の車だな。お前のは?」
「奴らの襲撃に遭ってお釈迦」
「災難だったな。今は煙草で許してくれ」
事が済み次第、ウチの車庫から好きなもん持っていけ。と言って懐から出した煙草の箱を与える。
凍上は一礼してから受け取り、煙草を咥えると自慢のライターで火をつけて煙を鼻から吹いた。
「一週間ぶりの煙草。んんっ、……美味い!!」
「存分に味わえ、味わえ」
「で、何から話そうか」
煙草を一頻り堪能すると、凍上は真剣な顔つきになって金城に話しかけた。
それを金城は手で静止する。
「こいつ交えて話をする。一先ず帰るぞ」
「応」
全ては安全な場所に帰ってから。
満足行くまで吸うと凍上は指で吸い殻を弾き、足蹴りで蹴り飛ばした。吸い殻はゴミ箱の方に飛んでいき、壁に弾かれてそのままゴミ箱の中に落ちる。
入ったことを確認すると凍上は拳を握りしめ、軽く喜びながら運転席に乗り込んだ。
金城は少し呆れた顔をしながら、後部座席に気絶したイレウスを放り込み、助手席に座ろうとする。
「……ノートパソコンは何処だ」
助手席に置いていたノートパソコンが無い。次に武器が入ってる鞄に目をやる。
これもなかった。
特別荒らされた形跡はない。だが、金城が持ち込んだ私物だけ綺麗さっぱり無くなっていた。
「馬鹿な奴らだ」
焦るわけでもなく金城は溜息をつき、座席の間に挟まっていたリモコンを手に取る。
すかさず真ん中の赤いボタンを押した。
金城から見て前方の廃墟が大爆発した。距離はそんなに遠くはなく、車で走れば数分で到着できる。
驚く凍上の頭を軽く叩き、金城は爆破した場所に向かって指を示した。
「行け、生き残りが居るかもしれん」
それに従い、凍上は猛スピードで走り出した。