第三話「鬼」
倉沢達と別れて襲撃班を追跡するも、彼らとの距離が一向に埋まらず金城は目を細める。
「……何かがおかしい」
金城は違和感を感じていた。
追ってきているのを解っていて、それを煽るような動きをしている。
不信感に浸りながらパソコンを横目で見ていると、標的の動きが急に止まった。
確認した金城はさらにアクセルを踏み、車の速度を上げてその場へ走る。
ブラフの可能性。金城は再びパソコンに目をやるも、目標は依然として動く気配はなかった。
さらに速度を上げて道を走る中、道路の端に歪な塊が落ちているのに金城は気づいた。
「……天狗め」
車の速度上、目に映ったのは一瞬だけだった。
その一瞬を金城は見逃さず、謎の塊の正体を理解していた。金城の表情はさらに険しくなる。
標的との接触まで残り僅か。
一般道路から外れて街の中へ走る。
速度を落として住宅の間に入り込み、通行人へ気を配りながら標的の元へ近づいていく。
「これ以上は進めない……か」
走れば走るほど車が通れなくなる程、道は狭くなっていく。が、徒歩でも十分に迎える距離だった。
金城は邪魔にならない隅の方へ停車し、降りると走ってその場へ向かった。
標的は以前動かない。金城が到着するのを待っているようだった。
「……」
辺りを見回すと人気が少なくなる。
金城は懐から拳銃を抜くと胸ポケットから、弾薬を四つ取り出してマガジンに込める。
装填を終えるとマガジンを拳銃に嵌め込み、スライドを引き構えながら進んだ。
足音を立てずに忍び寄り、壁に背をつけた。覗き込んだ先に標的が居る。
金城は息を静めて聞き耳を立てた。
「ーー隠れてないで出てこいや。鬼さんよぉ」
言葉と共に轟音が鳴り響き、金城は前方へ転がるように倒れ伏せた。
即座に立ち上がって拳銃を構える。
壁には大きな穴が空いていた。
目を向けた先には血に濡れ、黒いスーツに身を包んだ男が二人居た。
その背後には血溜まりが出来ており、原型を留めていない人間のようなものが転がっていた。
「ギャハハ、思ったより簡単に釣れたな。本当にこの業界に居たのかよ」
「数年もブランクがあるんや。許したり」
二人の男は金城を嘲笑い、それぞれ武器を構えた。関西弁の男は長槍、小柄の身長の男は拳銃を。
「これは~、仲間の助けがないといけませんねぇ?」
微動だにしない金城へ馬鹿にしたような顔をし、小柄な男は話しかけた。
「逆に聞こう。お前らは本当に殺し屋か?」
「は?」
小柄な男は額に青筋を浮かべ、間髪入れず発砲する。
が、その弾丸は金城を貫くことはなかった。
「……っ!?」
撃ったのと同時に男は拳銃を手放していた。
「ちぇいやぁ!!」
状況を理解出来ず、ただ震える右手を押さえた小柄な男に対し、もう一人は槍で金城に攻撃を仕掛ける。
素早い攻撃に合わせて金城は身体をしならせ、男の槍を回避した。
一瞬の出来事で優勢が傾き、男は冷や汗を流し怒鳴りつけるように小柄な男へ声をかけた。
「早よ、チャカ拾って撃てやこのボケカスが!!」
男は金城から一瞬目を背けた。
「なばっ、ーーごぶああぁ!?」
気づいた時には遅く、男の胸部を金城の左腕が貫く。
「何や、ねんこれ。ワシの槍より、鋭利……ちゃ、うか」
今度は胴体に右腕を突き刺し、男を上に掲げる。両腕に力を入れ、男の身体を左右に引き裂いた。
臓物と大量の血を浴びた金城は死体を投げ捨て、小柄な男へ歩み寄る。
数分前までは金城を格下と侮っていていた男は、恐怖で震え上がりながら後退りをする。
恐れにより見えていなかったものが鮮明に映った。
男の身長は平均より少し高いのに対し、金城の身長は二百に近い大きさだった。
巨人が迫ってくるような威圧感。その身長の高さが男の恐怖に拍車をかける。
「何、何したんだ。お、俺、お前……何したん、だ」
故にまともに言葉を発せなくなっていた。
「ぐぶぅっーー」
金城は男の頬を掌で叩いた。
ただの平手打ち。その一発だけで男の頬は真っ赤に腫れ上がり、口から血を溢れ出させていた。
金城は再び平手打ちをしようと手を上げる。
顔を隠すように男は蹲った。
「お前らのボスは何処だ」
「はふぇ? ーーおぶっ」
魔の抜けた声を出す男の背中を殴った。金城は軽めに殴ったようだが、鈍い音が鳴り男は悲鳴を上げる。
「ぎゃばああああっ!?」
「お前らG、『ジェノサイズ』のボスは何処にいる」
男は苦しみながらも驚いた顔をする。
「なんぶぇ、なんぶぇそぢぎを知っで……」
「調べた」
金城が立ち上がると男は怯えて蹲る。
「そこに転がってる汚物共。そいつらとお前らがよろしく始めてからだ」
それ以上暴力を振るうことなく、金城は胸ポケットから取り出した煙草を口に咥えた。
槍の男の上半身を椅子が代わりにして座り、煙草へ火をつける。
「二回目からだろ。悪知恵仕込んだのわ」
「……ゔぅ」
煙を空に向けて吐き出すと少しの間目を瞑り、煙草を力強く握りつぶした。
「ーーお前らの組織名通りのことを俺がするだけだ」
足元に転がっていた槍を拾い、金城は小柄な男の元へ歩いていく。
自分の身に振り返ることを理解した男は、両手を犠牲に差し出して顔を守る。
咄嗟の抵抗は虚しく、振り翳された槍に顔は引き裂かれて両手諸共弾き飛ばされた。
声を出す間もなく男は絶命する。
「お前には吐いてもらうぞ。ボス、平岡の居場所」
「こいつぁ、強烈だ……」
金城は地面に転がる死体を見下しながら、背後の赤髪の男へ問いかけた。