表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

S C A N D A L O.U.S 

作者: 久遠尊

※すみません。ライトすぎるNLGLBLです!あまり気にせずに、人間模様を感じてください☆




 リビング・ニーズ



あ、堕ちた。

信じられなかった。


 最近、二年程通った大学を辞めた私。ずっとニートだったけど、さっき仕事を決めてきた。いつもの自己紹介をして。

 私の名前は、葉夜。八月だけど気持ち良く涼しい、不思議な夜に生まれたから、《葉の夜》とかいて《はや》と読む。

昨日また整えたヘアは肩までで、ナチュラルにアシメ。化粧はアイメイクくらいの、どちらかといえばボーイッシュなタイプだから、名前が合ってて丁度よかった。あんまり女の子っぽくなくて、ホントよかった。

 ガタンガタン……

 山手線の外を見ていた。平日の昼間は、人はあまり多くない。

 鬱になってからは、ドミノ倒しみたいに、大学の勉強も周りも嫌になり、バイトでもミスを連発。趣味も軒並み意味を成さなくなり、廃人のような血の気の無い顔を、メイクで隠す日々。見事な挫折っぷりだが、自分の事だと笑えない。

 そんな心身共に笑えない私は、最近ちょっとした事でもすぐ疲れる。本当は外出だってしたくはないが、私はあんな――いるのに助けてくれない両親との家に暮らすよりは、無関心な都会にもまれるほうがマシだと思ったのだ。

(疲れたぁ)

 もう、家を出る予定だ。とゆうか、あの家はとうの昔にもう終わっているしね。別に感傷なんてない。十年以上仮面夫婦と一緒に暮らして、ひとりっこに嫌気がさしただけ。家を出て自活すれば、たちまち独りきりの生活の始まりだ。珍しくワクワクする。

(とりあえず、ブックオフで癒されよー)

 運動音痴な私の特技。動体視力はないけど、沢山の本の背表紙から、目的の本を探すのはめちゃめちゃ得意だった。

 車窓からの街並みは、昔から好きだ。――ふと、向かいのビルに、私の好きなスタイリッシュな彼らの、パリコレみたいな看板があったからまじまじ見てしまう……。

 あ、堕ちた。

 信じられなかった。


 はあはあはあ……

 動悸が激しい。だって、ありえない。まさか私が、都会の飛び降り自殺を見ちゃうなんて。

 スースーハー―……

 最近ただでさえ息苦しさでいっぱいなのに、あんなワンシーンのお陰様で、私の寿命も十年は縮んだ。

(……まあ、構わないんだけどね)

 だって、私もここ半年で三回は自殺を考えたから。けど、死ぬ痛みを考えたら、絶対に幸せな――例えば、オーロラを見ながら凍死みたいな死に方じゃなきゃイヤだった。人生最期のワガママだ。

ただ、頭で判断できる内は、そういう人なりの苦しみだってあるのだ。いっその事、ラリって一息に死にたいくらいだ。

(……でも)

 さっきの飛び降り、多分女性。彼女は、やはり、頭で判断できる力ももうないくらい、人生に疲れていたのだろうか?

(ヤだけど、気になる――)

 どうせ、その程近い駅で降りる予定だ。私は自殺者のおそらく最後の目撃者、行く末を見るべきかもしれない。

 私は電車を降り立った。


   ☆


病院から家路につく、電車に揺られていた。

 ガタンガタン……

 望月彼方、職業デザイナー。

 性格上あくまでも、裏方に撤するつもりだった。死ぬまで。

 事態が変わったのは、数週間前。天下のフラワープリンスに、クリエーター仲間として招かれた。その話を聴いている間中、凄く今までのデザインを誇りにおもえた。幸せだった。 どうやら僕は、新たな挑戦をさせて貰えるらしかった。

 《Edge.of the season》という名の、日本の季節感を大切にするプロジェクトだ。

 実はちょっと仕事のし過ぎかな? とか感じていた時期。でも、まだまだやっと一人前の僕に真摯な姿勢で話しかけるプロジェクトリーダーについていこうと思ったのだ。

(――あ)

 《-Coming Soon!-》とかかれた、まだ謎だらけのEdgeの看板があった。

早速行動に移したリーダー。僕がラストメンバーだったそうで、すぐにスチール撮影にはいった。メンバーは四人。

 著名なフラワースタイリストで大型フラワーショップflower palace取締役のリーダー。彼が中心に座り、艶やかに微笑む。

 彼の右手に立つ、圧倒的な存在感のある男性は萩。僕の友達で結構気心が知れてる。新参ブランドなのに顧客になってくれた縁で知り合った。このプロジェクトのゲスト。俳優でモデル、既婚者だが人気が衰える事を知らない。最近知ったがリーダーの妹のさくらさんが奥さんだった。

 リーダーの肩に手を引っ掛けて自然体な姿勢の男性は帝さん。別に本職モデルではないがオーラがある。非常に柔軟性のある食文化の研究家だと聞いた。最初に教えて貰ったことだけど、リーダーと彼は恋人同士なんだそうだ。見せつけられた。

(冬琉さんってば……)


 フフフと思わず、おもい出し笑い。僕がゲイだとしても、素敵なカップルの邪魔なんてしない。

 プシュー

 電車が動き出した。そういえば保険会社に行かなくては。自分の恥ずかしい顔を見る暇がなくてよかった。

 僕は芸能人じゃないし、なんか中性的すぎて、いわゆるカッコイイ男性とは違うからちょっと写真は遠慮したかったけど、冬琉さんが許してくれなかった。

 サングラス可なら! という僕の願いに、妥協してくれてよかった。だからあのスチールには、僕は右端にさりげなく映らせてもらった。

(あの選択はどっちにしろ正しかったな……)

 僕の余命はどうやら、あと半年なのだから。


(――え)

 疲れているのだろうか?

 女性がビルから飛び降りた気がする。

 周りの立っている乗客を見る。数人見ていたようだ。顔色が違うからわかる。

(……)

 想うところがあり、途中下車する事にした。


 ☆


親がそうだったから、小さい頃は警官になるつもりだった。

でも、一九の時。ある外国人との接近遭遇。――ミステリアスな奴だった。女みたいな青白い顔とラベンダーの香り。

彼は、俺の友人を射殺した。

無論、日本で起こった事じゃない。でもその事実が、俺に路線変更を促した。ストレートにじゃなくていい――。憧れも必要だけど、遠まわしになっても、日本らしい‘安全’な社会を守りたくなった。

大学卒業後からお国の為に働き始めて、もうすぐ一五年目になる。

いわゆるアニバーサリー。

神原隼人。勤務先は横浜税関。所属は、監視部取締部門。


税関は主に、税金を徴収したりする「税」の部分と、麻薬や拳銃等の密輸を阻止する「関」の部分のシゴトがある。

日々俺は、ブースで検査をしたり、船舶の監視をする。海上・陸上巡回も。

不正薬物や拳銃等、社会悪物品の密輸の手口は年々巧妙化しているから、業務も単純ではなかったりする。

取締業務中は、深夜の張込みで眠すぎる日もあるけど、やっぱやりがいはある。平日休みが多いと、それはそれで空人と遊べるからいい。最近は友達とばっかつるんでるから、すこーし、父親としてはつまらないけど。


「どれどれ……」

 海外からのお客さんの携帯品検査。厳つい顔に似合わない、こぎれいなネックレスが気になる。

俺の知る限りでは、マカダミアチョコのマカダミアナッツが、ドラッグだった事もあった。

「なあ、ちょっとそれ見せてくれ」

「……」

 黒か白か――。白ならば何も問題はない。いや黒か?

(……) 

 シルバーアクセだとばかり思ったのに、とても軽い。俺様のハンマーの出番だった。

 ダンッ

「ノー!」

 外人さんが何か言う前に、さっさとかち割るに限る――。案の定、白い粉現る……だ。

「お前、こんな分かりやすいとこに隠すなよー」

 呆れたように言ってやる。

 ミスターイカツイは、素直に降参の意を示している。――厳ついわりに、小心者だった。


「マジでお前、心臓に悪いからやめてくれよ。アレで出てきたからよかったよーなもんで、もし高級品とかだったら、どーすんだよ!」

「ハイハイ、うるさいよー。お疲れさん!」

 その時、携帯が鳴った。京からだった。

「もしもし」

『あ、はじめまして望月と申します』

 静かに響く――、抑えたような声だった。

「えっと、どちらの?」

『はい。あの、奥様……京さんは今、都立朋来病院のICUにいらっしゃいます――』

「……どういう事でしょう」

『都内で、――中規模のビルから、飛び降りたんです』

(どうして……)

 携帯からだ――嘘ではないと思った。

「――そうですか。分かりました、すぐに行きます!」


   ☆


(あ、かわいい……)

ナースステーションの受付に、シュールなカモメのぬいぐるみが置いてあった。‘横浜市立みなと病院イメージキャラクターのみなとくんも、横浜開港150周年を応援します’だそうだ。

命に別状がなく、しかし昏々と眠り続ける美しい彼女。転院をしたと聞き、お見舞いにきた。

路地裏のビルから、飛び降りたのか転倒したのか――真実は、眠り続ける京さんにしか分からない。

 頭から血を流しながら倒れている彼女を見つけたとき、その場にはほんの一足先に葉夜がいた。  

彼女は悲痛そうに呆然と見詰めていた為、急いで僕は救急車を呼んだ。こんな事は僕も初めてだった。

付き添いを求められ、僕は葉夜も同乗することを希望した。彼女の心の痛みが、京さんを見つめる瞳に現れていたからだった――。

「彼方!」

 振り返ると、花瓶を手にした隼人さんがいた。

「こんにちは」

「見舞いに来てくれたんだな。ありがとう」

 そのまま病室に向かった。

 今でこそ落ち着いているが、あの日の隼人さんの自責に駆られた表情は忘れられない。見開けば常に明るい輝きを纏っていそうなタイプの瞳が、哀しみも色濃く伏せがちだった。

 でも今日は違う。非番なのか、至ってのんびりとした様子で花を生け換えている大きな手。モデルをしてる萩に背格好はよく似ているけど、あっちが女性受けのイイ甘いタイプとすると、隼人さんは黒髪がハンサムなタイプだろうか。

コンコンとノックの音がして「こんにちはー」と葉夜が現れた。

「葉夜も来てくれたのかー」

「久しぶりだね」

 そう声をかけると、ちょっと驚いた顔をされた。でもすぐに、にっこりと返事をしてくれた。

「彼方、もう来ないかと思ってたから……」

 後から聞いた話だと、葉夜は三日と空けずに来ていたようで、あの数日間から一週間以上ご無沙汰だった僕は、もう部外者気取りだと思われていたようだった。

「お前ら、仕事とか平気なのか?」

「私はフリーターっていったでしょ? ヘーキよ。でも彼方は……」

 心配そうな、なにか知っているような目線をくれる葉夜。

「僕も、デザイナーって言ってもフリーなんで……」

「雇われじゃなかったのか」

「ええ、そうなん――」

 です……と続けたかったのに、また急に痛みが襲ってきた。思わず前屈みになる。

「……彼方、気分悪いんじゃない? 隼人さん、私まだここにいるんで、二人で散歩にでも行ってきたらどーですか?」

「んーそうだな。行くか」

「え? あ、ハイそうですね」


 病院から真っ直ぐな道を歩いて、大さん橋に来ていた。平日の真っ昼間、初春だけど暖かい。てっぺんのウッドデッキに向かい、ベンチに座る。

「なあ、お前――病気なんじゃねーの?」

 ギクリとした。

(なんで分かったんだろう――?)

 そう最近、頭までもやもやとしていた。考え過ぎちゃいけないって、思えば思うほどに、身に降り積もってくる、恐怖。

「そんなこと、ないですよ?」

「……そーか? 俺、また節穴か――?」

 密やかに続いた言葉が、気にかかった。僕の病気は、顔にでも現れているのだろうか?

「なんで、そう思うんですか?」

「俺には、見えるんだよ――」

 真っ直ぐこちらを見据えて、そう言われた瞬間に、僕のあらゆる感情が氷解していた。

「……ガン……なんです」

「――え?」


   ☆


コンコンって音がしたと思ったら、葉夜がいつものように「こんにちはー」って現れた。

「葉夜も来てくれたのかー」

 思わず顔が綻んでしまう。身内に患者を抱える身としては、見舞いが多いと、少しだけ気分が浮上する。

「久しぶりだね」

 彼方が声をかけると、存在に気づいた葉夜の目が軽く見開かれた。

「彼方、もう来ないかと思ってたから……」

 確かに。もう一週間は現れなかったから、俺も来ないと思っていた。

「お前ら、仕事とか平気なのか?」

 ほとんど似たような体型の少年少女に聞く。彼方は、聞いた年よりも若く見えるのだ。

「私はフリーターっていったでしょ? ヘーキよ。でも彼方は……」

 葉夜は、今時のギャルらしさなんて全くない――ショートヘアだった頃の幼馴染に似ていた。折れそうに……ってのは言いすぎだけど、とてもスレンダーでジーンズがよく似合う。

 どうしてだか京に懐いたようで、俺がいないときでもしょっちゅういる――と、空人が教えてくれた。

「僕も、デザイナーって言ってもフリーなんで……」

 あの数日間で、一通り聞いていたような気がしていたけど、ぶっちゃけファッション関係は疎いから、どこそこカンパニーのデザイナーとかだと思っていた。

京オススメの、海岸通りのオールドライナーでしか服を買わない俺だった。

「雇われじゃなかったのか」

「ええ、そうなん――」

 急に彼方が前屈みになった。顔色が良くない。

「……彼方、気分悪いんじゃない? 隼人さん、私まだここにいるんで、二人で散歩にでも行ってきたらどーですか?」

 葉夜の提案にのることにした。彼方は気付いているんだろうか、自分の限界に。

「んーそうだな。行くか」

「え? あ、ハイそうですね」


 病院からストレートにたらたら歩いて、大さん橋のてっぺんにきた。くじらのせなかは好きだった。遠くの方で、子供達が遊んでいる。

「なあ、お前――病気なんじゃねーの?」

 今度は間違えない……そう、思っていた。

「そんなこと、ないですよ?」

 ポーカーフェイス――そうすると、本当に彼によく似た顔だった。

「……そーか? 俺、また節穴か――?」

 死んだ彼に問いかける。

 今も隣から、ほんのりと同じ香りがしていた。

「なんで、そう思うんですか?」

「俺には、見えるんだよ――」

 よく当たる俺の勘。あの頃は、思考の領域が狭くて、なにも気づいてやれなかった。――隣にいる人の、心の痛みに。

「……ガン……なんです」

「――え?」

てっきり心の病気だと思っていたから、ひっじょーに間抜けな顔をしてしまったかも知れない。

一瞬パニくるが、しかし重大な事実を聞いてしまった事に気づいた。

「ガン――」


   ☆


 眠れる京さんが、横浜――隼人さんの職場近くの病院に動かされることが決まり、ほんの少しだけ、みんなにゆとりが出てきた日の事だ。

「ハヤ」

「なんだ?」

(ヘンなの――)

私を呼んだのに、先に神原さんが反応した。

「なんで、神原さんが返事するんですか?」

 彼方が代わりに聞いてくれた。

「俺職場で、ハヤトかハヤって呼ばれてるから……」

 自身の勘違いを、ちょっと恥ずかしがっているようだった。

(……プ。ちょっと、可愛いかも?)

気持ちワイルドな、マイホームパパって感じだろうか。――その時までの、ちょっと硬質な感じが、ほぐれた瞬間だった。

でもホントに。

人ごとながら、長いかもしれない介護生活の事を思うと、少しリラックスしていかないと持たないだろうと思っていたから、よかったなーという感想だった。


 京さんの顔を拭いてあげながら、少しだけ思い出していた。

 まだ――、瞳を見たことのない京さん。

 二〇代にしか見えない。透明感のある肌と、和洋折衷のいいとこどりみたいな感じの、深い睫毛を持つ美女だった。たまに、黒い巻き毛もブラッシングしてあげる。

(こういう女性に、生まれてみるのも、よかったかなー?)

 みたいなのが感想だった。

隼人さん曰く、「昔はピンクハウス女だったからなー。かなり、注目の的だったなー」だそうで。

そんなの絶対に似合いそうもない私は、こういうヒトに、ちょっと憧れちゃうのだった――。

 ところで、あの、目撃した日。

ハッキリ言って人ごとに思えなかった。彼女の理由も知らないのに、彼女の悲しみにリンクして、意味不明な位に感情移入して、……気づいたら泣いていた。

 彼方と隼人さんが交互に頭を撫でてくれて、――隼人さんなんか、私のせいで自分の感傷に浸る暇もない……って感じだった。空人も、ちょっとびっくりして私を眺めてた……かな?

 彼方と言えば――。

 あの日はそれどころじゃなかったけど。やっぱり彼方は、Edgeの四人目の人物だと思ってる……。

 あの灰色の瞳は、どこか一般人っぽくないし。

 男性にしては珍しいラベンダーな香りだったから、聞いてみたら「ハンドローション、使ってるんだ」との事でしたし……。

 今時のファッショナブルな男性は、女子顔負けなのね……とか思いながら、彼方を観察。

 ここんとこ顔を合せてなかったけど、今日は素直にうれしかった。――仲間、が帰ってきたような気がしたから。


   ☆


 事件から数日経ち、京の容体も安定した。

空人は空手部の合宿に行ってしまい、家の中はがらんとしている。

(もう中学生だもんなー。そんなもんだよな……)

 いくら有望視されてる選手とはいえ、母親の一大事にあっさり行きすぎだと思う。

(俺は母さん信じてるしー……って、どんなエスパーだよ。――俺の薄情がうつったのか?)

 いづみ橋は最近、赤ラベルカップばかり飲んでる。さっきみたら、ケースのストックがあと一本になっていた。

ちょっと、最近の事の発端を思い返す――。


何かあったわけではない……というのが、一番タチが悪いのだと思う。本当に何もない――あえて言うなら、去年から空人が、少し離れた中学に通い始めた事くらいだろうか?

京に、離婚を申し込んだ。

毎月恒例のデートをしていた時、ぼんやりと、‘これは夫婦ではなく、もう家族愛なのではないか?’とかいう疑問が膨れ上がり、考えた事を即口に出すタイプの俺はその日のうちに京に‘考えておいてくれ――’と、一方的に言い放った。

当然京は嫌がった。彼女はキャリアだから、金銭的な問題ではなく、――本当に俺を愛してくれていたのだ……と思う。

何故なら、京はそれから間もなくおちたのだから。バッグも置いてあった。……靴も、脱いでたし。

ギモンなのは、彼女の下敷きになっていた企画書みたいなものだけだった。


プルルル……

(こんな深夜に?)

 嫌な予感がした。――神さんに、京の急変だけは拒否したかった。

「もしもし」

 少し、声が震えていたかもしれない。

『……ハロー?』

(誰だ? このガラガラ声)

知らない女の声だった。

「ハロー……。どちら様でしょう?」

『……咲だよ……』

「え? 咲なのか? どうしたんだ、その声」

『あの、ね……。パパとママが亡くなったの……。――ギムレットも死んだって……』

「……そう、なのか」

(一体どうしたんだ――? 何で今頃――)

もう、脳内で処理できる範疇を超えていた。


   ☆


宣告を受けた日の夜の事は、何度でも思い出す。

何かが、喉元にこみ上げて止まらなかった。……そのまま死ぬのかと思う程に。

(僕は恋も知らずに死んでゆくのか……?)

 ほんとうは、それだけが残念でならなかった。


(自業自得……かな……)

 みなと病院。今さっき、僕にとっての最後の審判が下されたところだった。

 僕はガンと宣告された後も、構わずハードワーク――特別忙しくしている気はないのだけど、良いデザインのビジョンが出てくると、どうしても徹夜で仕上げたりしたくなるタイプだった。

そして、物凄い……甘党。

大さん橋で話した時、僕は隼人さんにセカンドオピニオンをとることを勧められた。

――戻ったら、ナースステーションに確認してさ。……あそこは、癌研と横の繋がりがあるって話だし。

 なによりも、あの一言は胸に刺さった。

――俺、自分の命を大切にしない奴は……いやだ……。

 結果は惨敗。

 元々、最後の悪あがきをしようともしなかった僕も僕だけど、なんとも言えない気分になって動揺のあまり、隼人さんの仕事場に押しかけてしまった。ちょうど昼時だった。

 近くから、何度か汽笛の音がした。

「な。……まだ希望は、作れるんだぜ?」

 僕にはもう響かない――という様に、思わず話をすり替えてしまう。

「ここって、海が気持ちいいな……。住んでるなんて、羨ましいです」

「……お前、保険金前払いされてるんだよな?」

 気を悪くした様子もなく、きちんと返された。制度を知っているんだろう。

「ええまあ。それなりに」

「気分転換に、引っ越すってのもいいんじゃないか?」

(それも、ありかもなー)

 そんな事を考えていると、僕に応える気がないと思ったのか、隼人さんは畳み掛けるように話し始めた。

「美味しい玄米食のランチ知ってるから、行こう」

 すぐ近くにそれはあった。食べ終わっても、話は終わらないようだった。

(この人、パッショニストなのかなー?)

 世捨て人になった僕は、残りの数か月をどう生きようか、まだ考え中だった。

(そうだ、今度葉夜に逢ったら――)


   ☆


 もうこれ以上目の前の奴を、みすみす死なせたくはなかった。

 咲に変わって琥珀――咲のボディガードをしていた――が教えてくれたのは、ギムレットが咲の両親を見つけ出し、轢き殺して、そのまま海にダイブしたという事だった。

咲の両親は、俺の幼馴染の岬とその旦那のセシルで、もう何十年と逢ってなかったけれど、毎月エアメールは来ていたし、連絡だけは取り合っていた。

彼らは海辺のひっそりとした路地裏に、小さなカフェを開いて暮らしていた――。

今思うと、運命に半分、身を委ねていたのだろうか? 咲の事は琥珀をつけて、幼いうちにセシルの実家に預けていた。

でもまさか、……十八? 十八年目にして友人を失うとは思わなかった。――ただ、その年月が、オックスフォードの名誉を守った事は確かなのだと思う。

しかしその事実は、俺にあの頃の少しのミスを、何度も思い起こさせることとなった。

ギムレット。――最近出会った彼方に、どこか似ている奴だった。


「俺の仕事の相棒のな、奥さんも闘病生活だったから、結構知ってるつもりなんだよ。ちなみにその人は胃がんの転移……だったんだけど、それは消えてなくなったって、勝ったんだ――」

「そうですか」

 目の前の彼方、元気がない、当たり前だった。

「結構試したらしいぜ? ノ二ジュースとか――」

「……ごめんなさい。あんまり、そういう気分になれないんです……」

「あ……、そうだな。――渡したい資料があるんだ」

「なんです? ……この女性は、医師か何か?」

 ちょっと刺々しい口調。自分の哀しみが蘇ってきたのか、物腰穏やかな彼方にしては珍しく、イライラし始めていた。

「いや、名前がそんなんだけど男。まだ学生だ。写真見たことあるけど、彼方みたいに可愛い感じだったぞ」

「……可愛いとか、やめて下さい――」

 紙幣を一枚置いて去ってしまう。

 資料は受け取ってくれたが、落ち込みを回復させることはできなかった。


   ☆


 《山野夏南の特別レポート》

 なんだか文字がいっぱいの冊子だった。最近、仕事に関係のある本以外はあまり読まないから、ちょっと疲れそうだった。

チラッと見たところ、目次は多岐に渡っていた。

この人の専門なのか、ハーブ学から始まり、ブレインフード・サプリメント論・漢方薬……最後にやはり、ガンとココロとハーブという様に戻ってきていた。所謂、代替療法や周辺についての内容だった。

(代替療法……かぁ)

横浜駅への帰り道、自然食も扱っている雑貨屋の店頭に、玄米食セットがSALE価格で売っていた。

(結構、ざくざくしてて美味しかったかも……)

 結局、買い占めてしまう――。


 僕の病気については、早めに冬琉さんに申告しておいた。僕の話を聞いたリーダーは、まるで家族のように泣いてくれ、「この仕事は、絶対成功させる!」と、誓ってくれた。彼の配慮で、GW前には僕の仕事はセーブされていた。

 あまり交友関係の広くない僕でも、死期が迫っている……というだけで、泣いてくれる人がいた。協力を申し出てくれた人も――。

それだけで、もうよかった。

 自分も、病気に向き合おうと思った。


   ☆



私の好きなアーティストに、京飛鳥という十年以上前に活躍していた、同人作家の……絵描きさんがいる。

一番有名なのは、‘リアル・ベイブリッジ’シリーズ。

当時の横浜が舞台の、ロマン・ノワール。悲恋モノだ。

 彼の作品は、そのダイナミックかつシンプルな絵には似合わないほど、切ない愛みたいな……非常に乙女心が良く理解されている作品が多かった。

 一度見たら忘れられないイラスト。……彼が今、アシスタント募集をしてくれたら、すぐに駆けつけるのにっ! という感じだ。

 後に見かけた、ある漫画の書評。彼はライターをしていた。そこに書かれていたものも、彼らしく、細部まで読み込んだ感想で……。

正直なところ、私の理想のタイプなのだ。――京飛鳥という人は。


 耳を疑った。

「私に……、モデル?」

「うん。葉夜のスタイルもなんだけど……何より、ニュートラルな感じが最高に合いそうなんだよ」

「そう……?」

「別に、モデルクラブとかに所属するかはおいおい考えればいいよ。とりあえず今回の、夏コレのモデルをね。……ちょっと、考えておいてくれない? 今度、リーダーに逢ってほしいなっ」

 彼方に問いただす前に、正体が分かってしまった。やはり、Edgeの彼なのだ。

 一人暮らしを始めて、月十二万のバイト代じゃキツイのもあって、すぐに了承した。――私は本当に、彼の仕事仲間になったのだった。


 リーダーの冬琉さんにも逢わせてもらった。感想は、‘ホンモノ!’。……まさに本物の王子様だった。彼方と系統は似てるけど、冬琉さんは立ち振る舞いまで華麗だった。やはりセレブは違うのか――。

そして、すぐにレッスンに入ることになった。

「私がウォーキングを教えるの。あやめです、ヨロシクねっ」

「葉夜です。どうぞ宜しくお願いします」

「モデル歴は一年と、とんで三か月。私もまだまだ新人だから、一緒にがんばろー?」

(とんで……?)

 ちょっと、よく分からない自己紹介だったけど、目茶苦茶綺麗なお姉さんだ。背は同じくらいだけど、私と違ってメリハリボディー。黒髪ロングと、眼力のあるオリエンタルな顔立ちが、モノ凄く麗しい感じだった。

「さ、はじめましょう!」


「体中が、ガタピシなんです……」

「ハハ。若いのに、何言ってんだよ」

 そりゃあ、隼人さんよりは、若い。

「若いけど、私カラダかたいんですよー。だから、動きまでかたくなっちゃって……。あやめさん口調は優しいけど、言ってること激しいからもう追いつかなくって」

「あー。慣れの世界だもんなー。まあ、頑張ってくれ、観に行くからっ」

「えー、ハズいからいいです!」

 そうなのだ。

私のデビューは世間の夏休み中に行われる、Edge×Y150ライフスタイルショー。この横浜のベイサイドの、海岸通りと本町通りを垂直に走る中規模の道をジャックして行われる予定だった。

「やばいよー。メインモデルなんて、できるかなー」


   ☆


まだ、確実性は立証されていない分野だが、僕へのカナン効果は凄かった。

あの後、カナン先生の冊子やHP、講演会の感想を見ると、じわじわと彼のファンになった。

それは彼の、最新医療の事実を伝えるだけではない。――そこに、自分の分析や見解を嫌みなく挟みこむ、そのセンスが素晴らしく気持ち良かったからだった。

色々と実行した僕はすぐに、体調――特に冷え性が改善された。

食生活や生活リズムをかなり基本に忠実にした上での、漢方やプラスアルファを取り入れた生活は、僕の精神面を鍛えなおしてくれたようだった。

 案外基本を守るのは大変で、いかに僕の生活スタイルがズレていたかを再認識した。辛かったけど、カラダに向き合ううちに、メンタルが解放されてくみたいな……感触を味わった。――ヨガもやり始めたからかな?

 何よりびっくりなのは、自分を追い込むことをセーブしたせいか、味覚の変化か、チョコレートを始めとする甘さのキツイお菓子が、苦手になってしまった事。今では、ほとんど食べなくなったのだった。

 やがて僕は、フィーリングで候補を絞り、行き当たりばったりで引っ越しをした。

京さんの病室で顔を合わせるうちに、隼人さんの物言いは気にならなくなった。GWの激込みが終わったら開国博にでも一緒に行きましょう――と、社交辞令を言っておいた。


しかし、何故か本当に一緒に行く羽目になった。僕が予め見に行こうと考えていた日に、ついていくと約束を取り付けられたのだ。

どうやらその日は、空人クンに断られてつまらなくなったらしい。

初夏の休日らしく、なかなかいいセンスのカジュアルなのに、ちょっと不機嫌そうな顔。

「お待たせしました、行きましょう?」

「あ、ああ……そーだな」

ベイサイドエリアの目玉である、「ラ・マシン」。世界の動く巨大オブジェは、とりあえず圧巻だった。隼人さんの落ち着きがなくなって、ちょっと笑ってしまった。

黒船来航のイベントは結構面白かった。

「彼方のショーは、どういうテーマなんだ?」

パフォーマーのペリー来航時の扮装が、ちょうど僕のベースデザインと雰囲気が似ていたから、

「あんなのもありますよ。ヒストリー仕立ての、マリンルック……みたいなのがテーマかな?」

 と、ちょっとぼかして教えてあげた。

「ふうん?」

 赤レンガ会場のイベントゾーンで、観たい人がいた。

隼人さんの情報によると、件の山野夏南をはじめとする医・薬学生や、オックスフォードやケンブリッジの学生が集まるシンポジウム‘日英交流150+’が近郊の大学で開催されるらしい。

 それに伴い、ここの国際交流ステージでのパネルディスカッションにも、彼が現れるかもしれない――との事だった。

「見えるか?」

「……ええ、わかりました」

彼はやはり代表として現れた。確かに小柄で可愛らしい……まるで、高校生みたいだった。

「な、おしとやかーって感じは、結構似てるだろ?」

 こっちを指さして言われても、返答に困る感じだったから、曖昧に頷いておいた。



完結済みで、1/4分です。明日後半UPです。

拙いですが、どうぞ宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ