十話 エーリカの胸中
私ことエーリカは、王都とは天と地ほど離れた田舎の出身だ。
医師もいない田舎では薬は貴重で、みんな基本的にその辺の草を薬代わりにしていた。
私もおばあちゃんに教わって色々覚えたものだ。
腹痛に効く草、打ち身に効く草、目薬になる果実。
草木実果だけでなく、ときには生き物だって薬にした。
そうしないと何かあったときに自分の身を護れない。
それが田舎での常識だった。
私の母は通いの薬師に体をもてあそばれ、私を孕んだ。
薬師から堕胎薬をもらえず、母は身ごもった私を産むしかなかったのだと後から聞いた。
しかし出産に耐え切れず、私を産み落とす前にこの世を去る。
おばあちゃんは死んだ母の腹を割き、私を助けだした。
おばあちゃんは言った。
こんな田舎にいては女は男に搾取されるだけだ。
可能性があるうちにお前は王都へ行けと。
私はおばあちゃんから学べるだけのことを学んだら、ありったけのお金を持って王都へ出た。
王都に着くころには路銀が底をついたが、王都には住み込みで働ける仕事がたくさんあった。
私は色々な仕事をしながら、かけもちで薬師見習いの仕事を探した。
薬師ギルドに通って、日雇いでもいいからと他の人が嫌うような仕事を斡旋してもらった。
薬師になるには薬師のもとで働いた経験がいる。
いくら知識があっても駄目なのだ。
そうして少しずつ経験を積み重ね、私は5年かけて薬師になった。
薬師には女性が少ないことを知り、女性特有の病気に特化した薬を主に販売するようにした。
そうすることでほかの薬店との差別化を図ったのだ。
私の考えは受け入れられ、多くの女性客が常連となってくれた。
しっかり話を聞いてくれる。
女性同士だから恥ずかしくない。
評判になれば、顧客が顧客を連れてきてくれるようになった。
そのうちに話のきっかけに恋の相談も受けるようになり、しょうが湯が人気となる。
そして――ヴェルナーと出会った。
金髪紺目の麗しい騎士姿に、薬草であふれかえった店はまるで似合っていなかった。
櫛も通していない髪に薬草汁が飛び散る作業着。
私は王都に来てから初めて自分のかっこうを恥ずかしいと思った。
こちらの相談に嫌な顔ひとつせず、真摯に対応してくれたヴェルナーに私は好感を抱く。
そこから偽の惚れ薬事件を通して、ヴェルナーと体を繋げることになったが、私は後悔していない。
ヴェルナーはひたすら謝っていた。
私の初めてを奪ってしまったと。
だがそれはヴェルナーにも同じことが言えるのだ。
私が初めてを奪ってしまったのだ。
そう、ヴェルナーは女性経験がなかった。
あんなに貴公子然としているから、言い寄る女性には事欠かないだろうに。
清らかで驚いた。
それからなぜかヴェルナーに好意を寄せられた。
雛のすり込みのようなものか。
私は申し訳なさでいっぱいになった。
私はヴェルナーの4つも年上だし、そもそも容姿が釣り合っていない。
しかもその後、ヴェルナーは国王陛下と愛を貫いた伯爵令嬢が生んだ庶子だと分かる。
私とはとんでもない血筋の差だ。
私は辺境ともいえる田舎で、親に望まれたわけでもなく生を受けた。
翻ってヴェルナーは言うなれば愛の結晶だ。
親とは小さい頃から離れ離れに暮らしたみたいだが、それもヴェルナーの命を護るためだろう。
そこには確かに親から子への愛がある。
奥様の部屋を覆いつくすヴェルナーの速写画に、私はおののいたものだ。
また奥様への惜しみない献身を見せるヴェルナーに、親子とはかくあるものかと思った。
親のいない私とは住む世界が違う人。
人生が交わってしまったことが間違いだった。
一緒になる未来が思い描けない。
私の淡い気持ちは霧散した。
それからの私は、なんとなくヴェルナーから感じる告白のタイミングを躱し続けた。
そんな療養先で過ごす最後の夜。
国王陛下から、ヴェルナーがゆくゆくは騎士団長になるかもしれないという話を聞く。
ますます私から遠のいていくヴェルナー。
最初から私には不釣り合いな人だったけど、これが決定打だと思った。
今夜は最後の夜。
おそらくヴェルナーが私に告白してくるだろう。
ヴェルナーを傷つけることなく、うまく断ることができるだろうか。
ヴェルナーにはもっと可愛くて若くて血筋の釣り合う人がいる。
将来は騎士団長にまで上りつめるのだ。
女性は選り取り見取りになるはずだ。
私なんて最初の相手だからよく見えただけで、別の女性と関係を持てばすぐに忘れる。
その程度の存在のはずだ。
そう思ってやんわり断ったが、泣かれてしまった。
涙をこぼすヴェルナーの姿を、私は頭から必死に追い出す。
情けをかけたらヴェルナーのためにならない。
私とつきあうことは、将来騎士団長になるかもしれないヴェルナーの汚点となりえる。
私のことは忘れて。
私も忘れるから。
お互いに夢を追おう。
あなたは騎士団長に。
私は大店の店主に。
私はこれから切り盛りしていかなくてはならない全てに武者震いをした。
頭を切り替えなくては。
私の手腕に田舎の子たちの未来がかかっている。
◇◆◇
改装が終わったと、国王陛下から手紙と共に大店の鍵が送られてきた。
薬店に相応しいように、こまごました内装まで手をかけてくれたのだ。
ありがたいことだ。
私はさっそく田舎から呼び寄せていた子たちと引っ越しの準備を始めた。
大店には使用人が住み込みで働けるように小部屋がたくさんあったので、そこをみんなに割り振る。
早々に田舎から呼び寄せていた子たちには、改装が終わるまで色々な仕事を経験してもらっていた。
いきなり薬師見習いになるよりは、どんな仕事でもいいから働くという概念を持ってもらいたかったからだ。
田舎では女性がまっとうにお金を稼ぐ場所なんてない。
だいたいは家族の付属品のような扱いを受ける。
個人で雇ってもらうことは、王都でしかできない貴重な体験なのだ。
初めは薬師見習いの仕事も少ないかもしれないから、掛け持ちするかどうかは好きにしてもらった。
薬師見習いから薬師になるのに期限はない。
その人にあったやり方で学んでもらえばいいと思っている。
もし薬師ではない仕事に適性を見出したのなら、そちらの仕事に就いたっていい。
だいたいそういう旨の話をみんなにはしてある。
私の小さな薬店から薬を運び込んだり、これまで顧客だった女性たちに新しい店の場所を案内したり、数日は落ち着かなかった。
ようやく店の準備が落ちついて、そろそろ開店しようかという頃、国王陛下からまたしても手紙が届く。
『女性ばかりの店では防犯に不安もあるだろう。
ちょうど私の知り合いに騎士団を退団したばかりの者がいる。
店主さえよければ住み込みの警備員として雇ってみてはどうだろうか。
この手紙が届くころに、面接に行くように伝えてある』
国王陛下は気配りの鬼だ。
たしかに昔のような小さな店ではないのだ。
これからは防犯にだってもっと気をつけなくてはいけない。
私はまだまだ大店の店主として不慣れだから。
ありがたく国王陛下ご推薦の警備員を雇おうと思った。




