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第九十九話…… 『目次・3』

視線が突き刺さる、 あの人も、 あの人もあの人もあの人も、 俺を見ている、 今すれ違った人も振り返って居るに違いない


冷ややかな視線だ、 誰も彼も、 こちらを見て、 ヒソヒソと、 何かを話している、 勝手な、 勝手なこと言いやがって……


『で? 本当なんですかね? 盗っちゃったんでしょ? 女の子パンティー、 いひひっ』


んな訳ねぇだろ、 そこら辺の頭のイカれたカスと一緒にすんなよ、 興味ねぇんだよ、 こっちはお前らとは次元が違うんだ……


『顔怖いですよ、 噂通り凶暴そうな人、 平気で人を傷付けたり、 男禁に侵入、 やってそうですね~』


対人での戦闘、 女性専用医務室への無許可無断侵入…… したよ、 したけど……


「そう言うんじゃ無かったんだ、 違うんだよ、 別に別に……」


はっ


若者の集団の笑い声が聴こえる、 あいつら俺の事見てないか? 俺を笑ってるのか?


はっ!?


主婦の集団が何やら噂話をしている、 まさか、 まさか俺の事かよ……


『日暮、 お前の事を悪く言う声が有るのを私は知っている』


えっ


あっ、 今すれ違った奴、 絶対に俺を見て嫌悪感を抱いた顔をした、 あっ、 ああ


ああああっ!


いや、 いやいやいやいや、 他人からの評価なんて気にならない、 誰がなんと言おうと


誰が俺の事を、 なんと言おうと……


………………あれ?


気が付けば周囲に人は居なくなっていた、 こんな所に来る様な人は早々に居ない


目の前には内側から閂をされた扉が閉まっている、 この扉は地下道への扉だ


少し前、 まだ甘樹ビルで菜代なしろさんや、 助けた人達と過ごしていた時に、 この地下道を通って甘樹シェルターに来たんだ


ガチャンッ


気が付けば閂を抜いて思いの外重い扉を開き薄暗い地下道へと歩みを進めていた


今はただ、 誰も居ない所に行きたい……


……………………………………



……………………



……


《午後十五時過ぎ・女性専用医務室》


「遅い、 あの野郎っ、 女の子を待たせるとか最低最悪の行為だぞクソ明山日暮っ!」


手指をギチギチとうねらせ、 天成鈴歌あまなりすずかは怒りを隠すつもりも無く叫びたいのを我慢して愚痴を放つ


今朝方、 彼女は明山日暮と約束を取り付けた、 午後十五時に女性専用医務室に来て、 フーリカ似合う事


態々管理人のオバサンに許可を取り、 予め入室の許可を取っておいてやったのにも関わらずこの遅刻


「許さん、 私の人生における最も許せない男だ、 男ってのは先に来ていい顔してりゃ良いのよ、 だって財布とスマホ持ってほぼ手ぶらで来るだけでしょ?」



「あはは…… 鈴歌さん、 あんまり怒らないで下さい、 まだ約束の時間少し過ぎたくらいじゃないですか」


甘い


「甘ちゃんね、 女の子がそれを許したらダメ好きな男からは許される側であれ、 色々と都合が良いから」


え〜


「ったく、 私はまたしても会議をサボってやったって言うのに、 後で煩いのよおじさん達は」


ふふっ


フーリカが笑う


「鈴歌さん、 ありがとうございます、 私の為にここまでしてくれて、 私それだけで嬉しいです」


はぁ……


「なーに言ってんのよ、 ここからが本番だってのに、 明山日暮がフーちゃんの事を考えると、 わっ、 ってなるって言い出したのよ?」


わっ、 って…………


「恋の卵よ、 絶対そう、 女の勘がそう言ってる、 今なら、 攻めれば勝てる! その為にここまでしたんだからね?」


そういうと鈴歌は手鏡をフーリカの顔が写るように差し出す、 フーリカはそこに写った自分の顔を見て思わず目を逸らした


「私じゃ無いってみたい…… いや、 私な訳が無い」



「等身大のフーちゃんよ、 メイクは初めて?」


鏡に映るフーリカの顔は、 目元キラキラでまつ毛くるんのぱっちりお目目、 頬もほんのり紅く、 唇も艶があって注目を引く様にうっすらと紅に染まっている


「うぅ…… お化粧は、 して貰ってましたけど、 でもこんなに可愛らしくは…… それに髪も、 鈴歌さんとお揃いの可愛い…… 私には似合いませんっ」



「異世界の化粧ってどんな感じ何だろ? それに、 ハーフツインね、 私の能力でコテを物理的に炙って巻いた髪、 可愛いって、 百人中百人振り返る、 つまり明山日暮も振り返る」


ふふん


「これが私の教えてあげられる『可愛い』、 よ、 うぶでピュアな乙女の印象がフーちゃんにお似合いよ、 服もあげるからね」


うっ


「この服、 本当に貰っても良いんですか? タダでさえ避難生活で持ち服も少ないんじゃ」



「いいや、 私はプロの乙女だから、 避難する際は大きなバックにこれ程までの可愛いを詰め込んできたから、 だから良いの、 似合ってるよ」


フーリカは鈴歌から貰った服を見る、 薄ピンクの生地に主張しすぎない花柄のあしらわれたスカートが可愛い


白地のブラウスも肩口に控えめにフリル揺れて大人の可愛さを演出しているし、 ウエストでスカートと共に占めた黒の細いベルトも刺し色として素敵だ


「私が着ているということ以外は全部素敵で可愛いです」



「嫌味? 私より着こなしてる様に見えるけど? フーちゃんは私より身長高いから、 って言うか私がちっちゃいんだけど、 何にせよスタイル良く見えて良いじゃない、 スタイルは武器よ」


と言うか……


さっきから五分は経った


「よし、 私連れてくるから、 フーちゃんは心の準備してて」



「えっ、 待って、 待ってください!」


呼び止めても鈴歌は立ち上がり出口の方へ向かって行ってしまう


「大丈夫だって、 フーちゃんは可愛い、 他の誰でもないこの私が保証する、 大大大太鼓判よっ、 それじゃ」


えっ……


そう言うと本当に鈴歌は言ってしまった、 このままでは本当に日暮はここに来てしまう


うっ………


(……緊張する、 この姿を日暮さんに見られて、 どんな反応するのかな……)


今はただ、 この悶える様な気持ちを抑えるので精一杯だった


……………………………………………



……………………



……


《午後十五時半前・会議室》


「……という事で、 当面の調査方針は以上です、 藍木も甘樹も状況が大きく変わった、 大きな波の中ですが、 気合いを入れていきましょう、 人々の為に」


木葉鉢の言葉に会議室に居る主要メンバー達は頷く、 その中には村宿冬夜や、 威鳴千早季、 も居た


「最近の会議ってなんか同じ事ばっかり言ってない? はぁわっ…… もう眠たくて、 良いな鈴歌ちゃん、 サボれて、 まあ可愛いから許すけど」



「うーん、 そうですか? 正直自分は藍木の状況が信じられません、 日暮のせいにする気は俺も勿論無いけど、 これからどうなるのか」


藍木山は崩れ、 その余波によって藍木ダムが崩壊、 溢れ出した水は街を飲み込んだ


らしい……


「俺は平気でそんな事をする様なやばい敵を倒して生還した日暮君がただただ凄すぎると思うけどね……」


コンコン


そんな会話を続ける二人、 そこにドアを叩く音が被り、 外から事務員の女性が入ってくる、 その手にはひとつのバックを持っていて、 何事かと近ずいた木葉鉢に事務員の女性が耳打ちする


…………………



「なんですってっ!! あなた! それいつの事なの!」


え?


突然会議室に響く大声、 あのおしとやかな木葉鉢から出てきた声だと言うのは誰もが思わなかった


え?


「すっすみません、 一時間程前になるかも…… 無断で立ち入り禁止と言われていたのでどうしようかと思ったのですが……」


ああ、 ちょうど藍木の現状を土飼笹尾が報告していた所だ、 ショッキングな内容だから人々に伝えたく無いと他言無用と言われていた


木葉鉢は額に手を当てる


「そうですね、 下がりなさい」


受け取ったバックを先頭な机の上に起くと、 木葉鉢は恐る恐る中を見る


「わぁ………」


彼女は静かにバックを閉じた、 余りにも不可解な行動である


朱練あかねくん、 どうかしたのかね? そのバックは?」


木葉鉢朱練は決心したように重苦しく口を開く


「村宿冬夜さん、 このバック貴方なら見覚え有りますよね?」



「……あ、 それ日暮のだ、 確か本人は殆ど使ってない、 前に聴いたら要らねぇ物しか入って無いし邪魔なだけって言ってましたけど」


やっぱりそう……


「皆さんよく聞いてくださいね…… やっぱり言いたくない…… いえ、 言いますね」


何だこの煮え切らない感じは、 だがそれが日暮の持ち物であると分かれば、 冬夜は嫌な予感が止まらなかった


「今から一時間程前このバックはここに預けられたそうですが、 その経緯は、 これは日暮さんのバックで間違い無いようですが何と……」



「あの、 回りくどいですよ、 はっきり言って下さい、 日暮に何かあったんですか?」


ふぅ……


「……一時間程前に十三番室でこんな騒動があったそうなんです、 壮年の女性が突然やって来て大きな声でこう叫んだ、 『明山日暮が女性の下着を盗んだ、 バックに隠し持って居るはずだ』と……」


は?


「……それで? バックの中には?」



「言いずらいですが、 入っています、 女性用の下着です」


バンッ


冬夜が机を叩く


「有り得ないっ、 日暮はずっと医務室に居る、 不可能だし、 あいつはそんな事絶対にしない」



「分かってます、 私もそう思います、 今から騒動の詳しい内容を話しますから」


オバサンと明山家族の言い合い、 そこに加わる鞠子婦人と子供達……


「……下着を盗まれた女性と言うのは私の受けている報告の中に実際に最近一人居ます」


そう言いつつ木葉鉢は首を横に振る


「しかし、 こう言った判断は失礼ですがその方は六十代の女性です、 普通に考えれば相手を間違えて居ます、 それにこの件は結局女性の勘違いで荷物の奥深くにあったと報告を受けています」


何だそりゃ……


「それ以外の類似報告は有りません、 私の受けていない報告となれば分かりませんが、 そもそも怒鳴り込んで来た女性もまた別の人から聞いた噂だと言うから真偽は不明です」


それって……


「悪い噂が一人歩きしてるって事ですよね? 誰がそんな事……」


冬夜の言葉に話を聞いていた土飼笹尾は溜息を漏らす


「遂に始まったか、 忠告をしたばかりだったが遅かった様だな、 日暮を悪く言う声はあった、 だがこんなにも早く潰しに来るとは、 それに今回のは噂話では済まない」


物が出てしまって居るからか……


「木葉鉢さん、 バックの中身を見させて貰っても良いですか? 何か妙な痕跡が有るかもしれません」



「それはつまり、 誰かが悪意を持って下着をこのバックに入れた…… と?」


それ以外無いだろ


「……分かりました、 ええいっ! これがそうですっ!」


木葉鉢は大胆にもバックから物を取り出し目の前に掲げてみせる、 流石それには驚きを隠せない


「えっ、 見に行ったのにっ…… って、 いや、 え?」


冬夜は驚いたが、 そのバックから取り出された下着を見て更に驚いた、 木葉鉢は手に持ったそれをゆっくり机の上に置いて机を叩く


「女性の尊厳として言っときますが、 女性は普段使いにこんなラインの細い様な下着は着用しません! 良いですか? こんなあからさまな物、 持ってる女性の方が少ないですよ」



「たりめぇだ、 どいつもこいつもそんなパンツ履いてたらこっちの方が引くっての」


冷静なおじさん、 奥能谷弦おくのやづるが淡々と言い切る


「えぇ、 そう言う意味でも変です、 こう、 シンプルに、 見た人に嫌悪感を感じさせる様って意志を感じます」



「先程の怒鳴り込んだ女性も誰かから聴いた話だと言ったが、 特に女性に対して行った印象操作って感じがしますね、 女性下着を盗んだと言う発想も直球で幼稚だ、 犯人が居るなら若者の男性だと思う」


土飼である、 土飼は市役所職員として今までに色んな人を見てきた、 人の思考回路は根本を見抜ければ単純である


「それさ、 なんかアレみたいだね、 ド〇キの五百円ガチャの景品みたい、 こっから見ても分かる、 質感がおもちゃみたいだよ」


威鳴である、 流石はド〇キの前でたむろしていい気になっていたヤンキーなだけは有る


「? それは知らないですけど、 そう言われればそうですね、 寧ろ変態男性が安価で手に入れた物と言われれば納得出来ます」


と言うか


「よく考えたらそのオバサンに教えた人と言うのが怪しいですよ、 オバサンが突発的に感情的に動いたとしたら、 情報が新しすぎる、 ゼロから一へと言った初歩的流れなのでは?」



「日暮さんのバックだと詳しく分かっているのも普通に変ですね、 女性も真っ直ぐこのバックを目指した様ですし、 さすがに詳しすぎる、 きっちり調べた人間じゃなきゃこうはならない」


うん


「念の為日暮さんに今回の事を聴いて見ましょうか? 怒るかも知れませんが嘘をついているかどうかはすぐにわかると思います」


単純だから


「なら俺が行きますよ、 あいつとは俺が一番長いから、 俺になら……」


……………


バンッ!!


突然扉が開け放たれる、 余りに突然響く大きな音に流石に驚いた


「ねぇ、 ここに明山日暮居る?」


え?


「貴方は鈴歌さん…… 会議はもう終わった……… へ? 何ですって?」


はぁ……


「医務室から居なくなったのよ明山日暮が! こっちは必死に探してるの! 下らない会議何かしてないです貴方たちも探してよ」


は?


「日暮が居なくなったっ!?」


……………………………………



……………



……


《同時刻・女性専用医務室》


「はぁ…… 日暮さん来ないな、 鈴歌さんも帰って来ないし」


バッチリ決めたメイクが浮いて見える、 タダでさえドキドキで不安なのに待たされると吐き気すら感じる程の不安に変わる


「んー、 もうダメ、 いっそ眠って楽になるか…… いや、 ダメダメ、 せっかく整えて貰った髪が崩れちゃう」


ん?


不意に通路報告から視線を感じて見ると少し空いた扉から誰かが覗いて居る、 しかもこっちを見て……



「誰ですかっ!」


ガラガラ……


「そーりーそーりー、 髭ソーリー、 ごめんねマリネ、 俺高嶺、 その名は…… 七津橋ななつはし、 八ツ橋の従兄弟っ」


男だ


ガラッ!


「オォトォコォッ!! ぶっ飛ばすわーターシーのぉ!!」


突然入ってきた男、 管理人のオバサンが陽気な男性に向かって反射な的に拳を握る


「えっ! 待って待って、 許可取りに来たんだよぉ!」


あれ? この人どっかで見たような…… あっ


「貴方は、 倉庫の前でたむろしてたダサい男性! いきなり私に声掛けてきた」


ギランッ


「やっぱり男は男ダナァ! ぶっ飛ばしてやる!」



「ちょっと、 確かにそうだけど、 言い方言い方! それにダサいも酷いっ!」


あれ? 何か感じ変わった?


「ちょっと待ってください、 話を聞いてみましょう、 愛有鉄拳ラブプラスハンマーを食らわすのはその後でも遅くない筈です」



「ラブ? 何それ、 まあ良いや、 ありがとうフーリカちゃん、 益々素敵だよ~」


えっ


「食らわせてちゃって下さい!」



「まーかせなさいっ!」


あわわわわわわわ!


……………


「……会心した?」



「そうだよ、 俺さ、 いきがってあの倉庫前でさ、 他人に絡んで、 かわい子ちゃんに声掛けて楽しんでたんだけどさ、 さっき言われた様にダサいなって思ったんだよ」


確かに、 フーリカもその絡まれた一人だ、 七津橋さんがフーリカに絡んで来たのは少し前の事だ


この街を襲う嫌な予感、 その対策としてシェルターを要塞化する為にフーリカは設計士で、 天成鈴歌の叔父である曽島と言う男性に頼まれ倉庫に物を取りに向かっていた


その時、 その忙しい時にナンパ絡みして来た男がこの七津橋である


「あの時はまじでごめんね、 もうあんな事やめたからさ、 今までに嫌な思いをした女性に謝って回ってるんだ」


それはそれは……


「でもどうして突然?」



「それはね、 恋しちゃったからだよ」


は?


「君にっ♡」



「愛有鉄拳お願いしまーす」


ちょっと!


「待って待って、 本気だよ、 そしてここに来てそれは最高潮に高まりつつ有る、 フーリカさん、 素敵に彩られて居るね? 君を見ると心臓がドキドキ……」



「ごめんなさい、 私好きな人居るので、 この化粧も、 彼の為にした事ですから」


ガーン


「……そうか、 玉砕っ…… ま、 分かってたけどね、 明山日暮君でしょ?」


え?


「知ってるんですか? どうして?」



「あ〜、 警戒しないで、 俺あの時やばいって思って逃げた、 でもそうじゃなきゃ燃やされてた、 フーリカちゃんが戦って結果的に時間を稼いでくれたって聴いたよ」


そんな…… 本当はあの時私は……


「まあさ、 それでねそれを機に俺もただのチャラ男やめて、 人の為に戦うチャラ男になろうと思ったの、 それでこのシェルターの調査隊に入る事にしたんだ、 今はお試し期間だけどね」


へぇ


フーリカはその心変わりには少し感心した、 人の為にか……


「だからまあ大きい目で見れば同じ組織の仲間なのよ彼は、 まあそうじゃなくても有名人だしね」



「そうなんですね、 皆さん日暮さんに助けられてるからかな?」


七津橋は少し申し訳なさそうな顔をする、 何だろう?


「ごめん、 言うかどうか迷った、 けどやっぱり日暮ラブのフーリカちゃんが知らないってのは違うよな」



「フーリカちゃん、 傷付けたらごめん、 でも言わせてくれ、 今、 明山日暮君は少し可哀想な立場に居るんだ」


え?


「何ですか? 日暮さんが何ですって?」


七津橋は語る、 今このシェルター内の流れ、 明山日暮に対して行われているパッシング行為を語る


彼はそういった行為を行う若者に近い位置に居たから、 現状を最も理解している人間の一人かもしれない


だからこそ、 未然に防ぐ事が出来なくて……


「ごめん」


それだけ語ると七津橋は申し訳なさそうな顔で医務室を退出した、 静寂の中フーリカは立ち上がる


いっ……


「痛いけど…… 日暮さんの心が傷付いた、 そっちの方が私はもっと痛い」


二度の知識共有、 タダでさえ記憶や感覚すら一瞬自身の物と錯覚する程の物、 また二度目の知識共有は欠損した日暮を構築する、 日暮から共有された物を更に共有した状態


最早、 どちらの記憶がどちらの物で、 どちらの気持ちがどちらの物なのか迷う程である、 だから、 この心の痛みは早速フーリカの物だ


タンッ タンッ



火傷跡が服に擦れ痛い、 それでも、 それでも向かう以外に選択肢は無い、 今はただ彼の為に


それが彼女の前進だから………


…………………………………………



………………………



……


《午後十五時四十分頃・甘樹ビル屋上》


「……それで? そろそろ何があってこんな所でぼ~っとしてるのか、 話してくれる?」


フェンスの穴を抜け、 肌を叩く様な風は、 もうすぐ本格的な夏の到来を感じさせる様な季節風だった


すぐ側で話しかける彼女、 このビル屋上を統べる狙撃手、 菜代望野なしろののさんが既に三回目の質問を投げかけて来た所だ


そろそろ反応しないと行けないか……


「わぁ、 ああっ、 あわわわっ、 はわ」



「………日暮くんは、 いつから言語能力を失ってしまったの? 寝たきりから快復したと聴いてたけど、 実は脳に障害が?」


ねぇよ


「……俺、 この世界嫌いです、 全て破壊します」



「は? 何があったか知らないけど不謹慎じゃ無い? 貴方が好きか嫌いがで世界が滅んだとでも思っているの?」


うっ…………


「…………菜代さんって回転寿司で蟹系って食べます? 海老系は? 何か美味いんだけど基本選択肢に無いんだよな」


はぁ……


深いため息が聴こえる


「私とはまともに話をするつもりが無いのかしら? それとも、 本気で気にしてるの? 貴方の事を悪く言う声を……」


…………………


「俺って、 基本目立つ奴じゃ無かったし、 目立つのも怖かったし、 地味に生きてた、 んですけど、 やっぱり人から意図的に向けられる悪意? は嫌ですね」



「殺意は平気なのに?」


そりゃそうだ


「死は悪じゃなくて通過点でしかないので、 本当の悪業は心を殺すことだと思います」



「……そうね、 人は心を傷けられると生きながらに死ぬわ、 心は第二の心臓かもね」


だからこんなに痛いのか……


「……弱いですよね、 俺、 所詮この程度なんですよ、 ココでは……」



「日暮くんが弱いんじゃなくて、 心という物が初めから弱いの、 撫でられたらだけで傷が付くような脆い物よ」


菜代さんは歩いて来て、 壁を背にうつかる日暮のすぐ隣に腰を下ろす


「私も同じだったから分かるの、 高校生の頃云われない罪を着せられて中傷されて、 私は大好きだった弓道を辞めた」



菜代は心做しか暗い顔で、 それでも明るい方を向いて過去を語る


「私ね、 めっちゃ勉強して結構頭のいい進学校に行ったの、 それはもう受験勉強の毎日でこれでもかってくらい毎日塾にも通った」


妹の茜みたいだな…… と日暮は思った


「それでね、 最初は部活もやる気無かったんだけど、 親から何か初めてみろって言われたり、 友達からも誘われたりして部活見学した時に初めて弓道に出会ったの」


バシュンッ! スタンッ!


「衝撃だった、 風きり音がシュバババッ! って見た瞬間思わず許す胸を抑えたわ、 貫かれたかと思ったから」


「で射止められちゃったのよ、 当時の先輩がさ中学の時の二個上の先輩で、 一年生の時に何かと優しくしてくれた人でね」


「そんな再開もあって私は弓道部に入ったの、 そうしたらさ、 自分でも驚くくらいさ上手く行ってね、 私才能あったみたいなんだ」


楽しかった、 やり方を教わって何度も試して見た、 おすすめの動画や参考雑誌を読んで繰り返し復習して練習して


「一年生で初めての…… なんて言うっけ? ほら夏の一番の大会? それに初出場で、 私、 個人の方で県大会まで行ったの」


すげぇ……


「と言っても、 そこまでだったけどね、 先輩は凄いって褒めてくれた、 因みに先輩は県大会優勝、 全国まで行った、 私の高校じゃ初めてだったみたい」


その姿を今でも思い出せる、 眩い光の中に先輩は居た、 初めて弓道を見た時の切り裂くような風きり音と共に先輩は進んでいた


「まあ、 先輩も流石に全国じゃ適わなかった、 そもそも弓道は団体がメインみたいな所も有るしね、 悔しかったと思うけど、 本人も満足してそうだった」


菜代さんはとてもキラキラとしたいい顔をしている、 だからここじゃ無いんだろ、 さっき言っていた、 これから話される事は


その視線に気が付いたのか彼女は笑う


「あははっ、 これはね私の思い出、 宝物みたいな青春の記憶だよ、 先輩にもね、 実は会ったのこのシェルターで」


へぇ……


「もう立派なお母さんになってて、 相変わらず優しい、 私に気が付いた時もね…… 凄く心が暖かくなる様なそんな感覚だった、 素敵な人だった」


だから良かった


「彼女は知らなかったみたい、 ……先輩が卒業した後、 何事もそう上手くは行かない様に、 私の成長も緩やかな物になった」


「それでも二年生で県大会準優勝、 三年生では先輩と同じ県大会優勝で、 全国の舞台を堂々掴んだの、 誇らしかった、 あの日先輩が見た景色を私も同じ場所で見ていた」


だけど……


「……私は全国には出場出来なかった、 全国大会に向けてモチベーションも高い中ね、 はぁ…… 私のスクールバッグから…… タバコが見つかったの」


そう話す声は先程と打って変わって暗い、 彼女の声のトーンからきっと今も引きずって居るのだ、 その時の絶望を


「……菜代さんはタバコ何か吸わないでしょ? 少なくとも学生時代には絶対、 つまりそれは……」


菜代さんが少しだけ微笑む


「ありがとう、 何も言ってないのに信じてくれて、 そう、 勿論私はそんな事しない、 偶に居るじゃない? スポーツマンシップに厳しい真面目生徒、 私年々あんな感じになって行ったのよ?」



「まあ…… 何だかんだああいう人が居るから上手く進むんじゃ無いんですか? おれ部活やってなかったけど」


うん……


「私もそう思ってた、 ……結局ね真実は闇の中何だけど、 私をウザがってた子が居たの、 同い年でね、 その子も弓道部だった」


「でも伸び悩んで居たみたい、 私人の事まで気が回ってなかった、 部長だったのによ? その子は私よりも前から弓道やってたの、 中学からなのかな?」


「ずっと私の成長に嫉妬していたのね、 ある時から度々部活を休む様になってて、 どんどん荒んで行ったのは知っていた」


あまり絡みたく無いような生徒と絡んで居たり、 夜中まで遊んでるとか噂はあった


「ある時見たの校舎裏の影の方で、 その子タバコを吸っていた、 そんな子ほっとけば良かったんだわ、 でもその時はそうしなかった」


彼女は幽霊部員としてまだ部活に席があった、 だからなのか……


「私はクソ真面目に彼女を注意したわ、 でも彼女からしたら私はウザイ存在、 彼女の方から距離を取ってくれたのに、 私はそんな事考えもせずにね」


その後すぐの事だった


「私のスクールバッグから出たタバコは彼女が吸っていたタバコの銘柄、 と言うか多分今持っていた箱をそのまま放り込んだんだろうけど」


「私は免罪で全国大会を失格処分になったわ、 私は弓道が上手かったけど、 彼女は人の使い方が上手かった、 誰しも私を疑ってそれ以外なんて考えもしなかった」


目の前が真っ暗だった、 親が学校に来て必死に免罪を訴えた、 長い時間を要して調査が行われ退学処分を何とか逃れたが


「親には申し訳無いけど、 私はそこから学校に行かなくなった、 その先はもう真っ暗、 殆ど引きこもり、 偶にバイト何かもしたけど殆どが日雇いや短期、 人と関係が出来るのを極端に恐れる様になった」


はぁ……


「それが私の過去、 つまらないでしょ? でもね、 日暮くんは要らないって言うかもしれないけど、 人はね、 人を支えられるのよ? 少なくとも私は貴方の気持ちが分かるわ」


そう言いながら彼女は立ち上がりこちらに背を向ける、 それは彼女自身、 日暮が心の問題で自分を頼らないという事を確信しているからか


「まあ、 いつでも力になるからね、 私たちは協力関係なんだから、 またこの街を救ったあの日の様に、 背中を合わせて戦いましょう? それじゃ、 私は行くわ」


彼女は屋上扉へ向かうと、 ノブを捻った所で止まった


「日暮くん、 貴方はもう少しここでゆっくりしなさい、 のんびりと風に当たりながらね」



ガチャンッ


扉の中に吸い込まれる様に彼女の姿は見えなくなった、 日暮は言われた通り風に当たり目を瞑る


……………………………………



…………


タンッ タンッ


甘樹ビル、 屋上へと続く階段を、 菜代望野は下って行く、 階段を踏み抜く音がビル全体へと木霊する


はぁ…… はぁ……


自分の吐く吐息とは別の荒い呼吸が下から登ってくる、 本当に頑張って来たわね、 彼女がこちらに気が付き驚いた様にその肩を震わせる


「はぁ…… っ!? 望野さんっ! どうしてここに?」


ふふっ


「このビルは私の管理下みたいな物だからね、 本当にこの間の龍に壊されなくて良かったわ…… っとそれよりも」


菜代は上を指さす


「彼の元へ行くんでしょ? 屋上まではもう少しよ、 そこまで行ける?」


彼女の目は強い、 頷くと歩みを再開した、 それしか見えてないって顔だ、 顔は痛みで時折歪んでしまう程なのに


(……強いなフーリカちゃんは)


医務室を抜け出し、 彼の為にここまで体を引きずって歩いて来たであろう彼女の背に向けて思いを込める


「フーちゃん、 お願いね」



「はいっ」


それだけ聞いて、 菜代は更に階段降りて進んだ、 さっき屋上で日暮には話さなかった事が有る


「憧れの先輩にはここで再開できた、 そして、 私のバックにタバコを入れた同級生とも再開したの……」


それは彼女の独り言だ、 言うかどうか迷った、 でもこれからどうするか、 答えをどう出すのかそれは彼次第だ、 彼が私を頼ったら話すつもりだった事


「その子は私を見つけると顔を真っ青に染めて謝ってきた、 全国大会を邪魔したかった訳じゃ無くて、 先生に報告される事を恐れてやったって、 同じだけどね」


でも不思議だった、 絶対に怒りが湧くと思った、 ぶん殴ってやると思っていた


「あんまり怒りが湧かなかったわ、 まあもう何年も前の事だし、 それにきった一番大きかったのは……」


あの日、 日暮がこのビルの屋上に来て、 共に戦った、 この街を破壊する聖樹の破壊を阻止する為に戦い、 実際に阻止してみせた


あの日の戦いが止まっていた彼女を前へ押し出した、 進む勇気をもう一度くれた


「前に踏み出してしまえば、 後ろの事何か言うほど気にならなかった、 だからありがとう、 あの時、 私と共に戦ってくれて」


時の止まった、 引きこもりのままの私じゃダメだった


「今の私でこのシェルターに来て、 先輩や、 そしてあの子に再開できて良かった、 私もっと前に進むよ」


だから……


「日暮くんも、 偶に立ち止まる事も有る、 でも、 前へ進む意志だけは無くしちゃダメだよ」


だからこそ……


「お願いね、 フーちゃん、 日暮くんの背を押してあげてね」


菜代望野は、 そう呟くと振り向くこと無く階段を下った、 その歩みは確実に未来へと強く前進していた

今回弓道部を元にした話が登場しましたが、 作者は弓道全く知らなくて感覚で書いた部分が大きいので、 いや違うし、 思っても目をつぶって頂けると有難いです( .ˬ.)"(おい!)

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