第九十四話…… 『明日に備えて』
お
「見えてきた、 あそこね、 甘樹シェルター、 あそこに降りてくれ」
翼が羽ばたいて、 地面が近ずいて来る、 翼………
「いや~ 空を飛ぶ、 楽しかったな、 なぁ、 また飛んでよ、 割とマジで楽しい」
「我にとっては当たり前過ぎて楽しさ等感じる事は無かったけどね、 いいよ君がしたいならいくらでも」
そんな会話を挟み、 日暮はゆっくりと地面に降り立つ、 周囲を見渡す……
「……大丈夫かな、 雪ちゃん…… この街…… 元々ボロボロだったのに」
空を飛んで来て街を見下ろした時、 覚悟はしていたけど、 それを越す程に驚いた、 少し前には聖樹の苗木を倒す為に走り回った街……
いや……
「高校の頃、 学校帰りに寄る街だからさ、 飯食いに出たり、 意味も無く歩き回ったり……」
街が焼け、 黒煙がそこらじゅうで上がっていた、 目立つ様なビルや建物は殆どが崩れ落ちて居る、 焦げた様な匂いはずっとそうだったかの様に強く染み付いていた
「いや、 何度も言う様だが、 この規模で済んでいるだけで奇跡的と言うべきだぞ、 空帝・智洞炎雷候奴が飛ぶ空の下、 その地は尽く滅ぶ、 そう言った奴だからな、 我の及ばなかった真の空の帝王」
へぇ~ あんま想像つかないけど……
「……せっかくなら近くで見たかったな」
「我も、 そうそう見れる存在では無いぞ、 見た時は即ち死、 だしな」
とぼとぼ
ゆっくりだらだら、 ようやく帰ってきたとは思えない程のろのろと歩く、 周囲を見渡してその非現実的な景色に無意識に脳が痺れる
そう言えば……
「あのさぁ、 さっきの、 藍木山で厳淼采を倒した力、 何だったのあの眩しい奴」
あぁ~
「日暮、 覚えているか? 君が少し前、 この街に来る途中で戦った頭に花の生えたトカゲ、 花見丈虫と言うのだが」
あいつか……
「覚えてるよ、 初めての大型キル」
「そうだ、 その時奴の頭部の花から琥珀を取り出したろう、 ずっとリュックに入れていた筈だ」
うん
「あれはな、 聖樹の飛ばす種を閉じ込めた、 いわゆるエネルギーの塊、 そのエネルギー、 日暮が花見丈虫の後に倒した巨大な幼虫、 治然頭蛾と言う巨大な蛾の幼虫だが」
「過去に治然頭蛾は族帝にすらなった事がある種だ、 個体数は少なく、 成虫として空を羽ばたく者も少ない」
何故なら
「奴らはあの琥珀を得て、 初めて空を舞う、 大量のエネルギーを使い成虫へとなるのだ、 あの時、 あの幼虫に琥珀を取られて居たら、 早くもその時この街が滅んで居たかもな」
まじぃ……… ?
「それ程エネルギーの塊、 それを我が、 我の能力が取り込んだ、 そんな物を取り込んでどうなるかは分からなかったが」
「結果、 お前の傷を直し、 そして一時的に我の存在がお前を飛び出してエネルギー体の体を手に入れた」
あのめちゃくちゃ眩しい体か、 光を放つ輪郭……
「能力とは基本的に一人一つだが、 あの時我にもう一つの能力が発現した、 それは『寿命』、 寿命とは生命の終わり、 それを表す道程の名前」
「あの時我の手と、 敵の肉体の距離こそ、 厳淼采の寿命だった、 我の手が近づく事は、 イコール寿命が近づく事であり、 触れた時奴は死ぬ」
まじ?
「最強じゃん、 触れるだけど殺すとか、 最強の能力じゃん」
「ロマンには欠ける、 楽しくは無いだろう、 戦いが触れるだけの作業になる…… まあ、 何にせよだ……」
それはそう……
「何もかも、 膨大なエネルギーあってこそであり、 今はもう無い物だ、 寿命とは命の限り……」
「能力の発現を光を放つ間、 と限りを作ることによって法則を作った、 そうでなくてはすぐに破綻していたろう」
ふーん
「まあ良い、 突発的に手に入った力なんて自分の力にカウントする様な奴は馬鹿だからな」
ぽっと出の物に頼らず、 自分の中にしっかり芽生えた物こそ力だ、 他人に与えられた物程信用ならない
「そうだな、 さっきも言ったが何にせよもうあの力は存在しない、 光が消えた時、 あの力も消えた」
「我の意識も日暮の中へ戻り、 全ては元に戻った、 事実としてはこうだ、 今の所何の変化も無い」
日暮は納得し頷く
「それならOK、 今まで道り、 なんの変化も無し、 それで上々だ」
ある程度聞きたかった事を聞き終え、 何時にか止まっていた足を今度こそシェルターへ足を進める
って言うか……
「何だこの要塞…… 俺の知ってるシェルターじゃ無いんだけど…… これは櫓さんの能力だな」
高く聳える壁を見上げる、 飛龍対策か……
………
おーい
……
ん?
「日暮っ! ここだ! 壁の上だっ!」
声の降る方向に目を向けると、 そこには小さなシルエットの声の主、 正に櫓が居た
「お~! 櫓さん! 今そっち行きますねっ! ブレイング・ブーストッ!」
ボガンッ!!
数回能力を使用し、 壁の上まで日暮の体は到達する
スタッ!
「………驚いた、 まさかここまで飛んでくるとは、 まあ、 何にせよおかえり日暮」
「ただいま~す、 まあ色々あってね、 櫓さんもこんな所で…… まさかずっと見張りでもやらされてるの? 酷い話だぜ」
櫓は首を横に振って笑う
「そうでは無い、 私は龍が来た時ここで防衛を任されて居たのだ、 まあ、 それで、 誰にも忘れられここに居る、 一人で戻るにも私では大変だからな」
えー……
「もっと酷いじゃん、 じゃあ一緒に帰ろうぜ」
櫓さんを両手で抱き上げ、 高い壁のヘリまで歩き、 そのまま飛び降りる
バサンッ!
翼が展開し、 その身が滑空、 緩やかに地面へと降りる
スタッ
「……日暮、 この翼は?」
あっ……
カラカランッ
「初めまして、 日暮の記憶から君の事は知っているよ、 灰甲種の櫓君、 我の名前は暗低公狼狽、 知っているかな?」
っ!?
驚いた顔の櫓さん、 その顔を見て思わず吹き出す
「あははっ、 そうそう、 ぶっ殺したって言ったけどさ、 俺の中で生きてやがったのよ、 化け物すぎだよな」
櫓は頷く
「成程、 まあいい、 お前はそれを忌避している様子は無い」
まあね
「辿り着く為だ、 こいつは何処まで行っても俺の力だ、 楽しい戦いのな」
そうして話している間にシェルター入口が近付いてくる
「日暮、 我がいる事で面倒臭い事にならないよう、 人が居るところでは我は基本話をしない、 お前が呼んだ時、 または戦いの時は表に出るから」
んっ、 確かにそれの方が良い
「OK、 じゃあまた後で」
その会話を切りに鳥面は揺れなくなった
「随分都合が良いな……、 それはそうと日暮、 お前の方、 藍木山の方は終わったのか?」
「うん、 猿帝血族は殲滅した、 もちろん猿帝もな、 まあその後が大問題だけど…… 藍木山攻略戦は終わりだよ」
シェルターの入り口にいる警備員に頭を下げ中に入れてもらう、 良かった人居て、 入れなかったら困ってた
カツン カツン
静まり返った通路に響く足音は妙に大きく聴こえる
「こっちはどうなの? なんか大変だったみたいだけど、 終わったの? ……雪ちゃんは?」
「ああ、 龍が来てな、 突然だった…… いや、 突然では無かったな、 雪がこの状況を予想していたからだ」
雪ちゃんが?
「彼女は魔王だったのだな、 日暮は知っていたのか?」
知ってた
「……彼女が嫌な予感がすると、 まあ、 それを知ったのは後の事だが、 それで何やら分からぬままこの壁を作ったのだ」
「私はずっとこの壁から彼女と、 空帝の戦いを見ていた、 圧巻だった、 神話の戦いを見ている様だった、 空が割れ、 地が焼けた」
…………
「彼女は無事だ、 と言っても外に居た私は今彼女がどうして居るのかを知らないが、 平気そうだったのを見た」
そっか……
「まあ、 あって見りゃ分かるか」
少しだけ、 少しだけ足取りが早くなる、 子のシェルターは広いけれど、 取り敢えず、 作戦室、 そこに人は居るはずだ……
目の前に作戦室のドアが見えてくる
「失礼しま~す」
ガチャッ
……………………………………………
あ?
「あれ? 誰も居ない…… え? ここに居ない? え~ あと、 あと何処に居るか?」
「そう言えば一番室に避難者は集められて居るらしい、 そこかもな」
一番室…… 確か一番人を収容出来て、 一番頑丈は所だ、 一番退屈な所でもある
タンタン タンタンッ
再び足音が通路に木霊し、 帰ってくる静寂になんとも言えない空気が含まれて居る様に感じて息を吐いた
一番室、 暫く歩いてその前に立つ
ガチャ……
ギィィイ…………
大人数を通す大きな扉では無く、 脇の小さな扉から中に入る、 入った瞬間耳をつんざく様な音と熱気が体を打った
ガガガッ!
「こちらの皆さんはっ、 この地の未来の為に戦った、 戦い抜いた素晴らしい調査隊のメンバーですっ! 皆さん彼らの健闘に拍手をッ!」
バチバチバチバチッ!
割れんばかりの拍手に思わず耳を塞ぐ、 顔を顰めて声のする方、 ステージの様に一段高くなって居る位置を見る
あれは……
「喋ってるのは木葉鉢さん? それに藍木山攻略戦のメンバー、 先に帰ってきてると思っては居たけど……」
甘樹シェルターの管理人、 木葉鉢が手を掲げ、 藍木山攻略戦のメンバーを称えていた
「やる事はぇーな、 こういうのって流石にその日はやらないだろ、 後日とかじゃないのか?」
あまりの歓声に櫓さんは完全に口を塞いでしまっている
「そして藍木山攻略戦に参加しなかった方達は、 このシェルターを守ってくれた方たちです! そしてっ!」
そして、 そう言った木葉鉢の広げる手、 その先には……
「この街の危機を救ってくれたっ! 最前線で戦い守り抜いてくれた少女っ! 雪ちゃんですっ!!」
「いぇ~いっ!」
は?
日暮は思わず大きく口を開ける、 木葉鉢がバーンと紹介したのは、 ピースをして笑顔の少女、 雪ちゃんだった
ふぅー! ありがとッ!!
ライブ会場かと思う程の歓声が湧き、 一番室に木霊する、 少女を讃える声……
いや………
「いや、 おかしいだろ」
日暮は絶句した、 帰ってきて、 疲れていて、 腹減った、 汗流したい、 寝たい、 とか、 何とか
一応人々の為に戦って来て、 別に賞賛とか要らないけど、 大人達が手を取り合って、 子供達が笑いあって
家族や、 友人、 仲間達が助け合って、 そんな、 そんな何気なさに、 少し、 少しだけ思う所が合って…………
……それは一気に崩れ去った
いや、 緊急事態でしょ? 何を浮かれてるの? って言うか、 木葉鉢さんもあんなステージの上で何を堂々と一人の少女晒してんの?
他の奴らは皆にこにこして、 避難者共はこの歓声、 え? 恐怖に震えてるのかと思った、 え?
あんな、 幼い少女が、 戦った? いきなり言われて信じる? 事実だとして嬉しい? 守られて?
え?
「キモ………」
日暮は早速この空間の全てを嫌悪していた、 さっさとここから出て行こうと本気で考えた
なにか…………
「日暮っ…… あの少女…… 雪ちゃんだったな、 あの子……………」
櫓さん?
「あの子、 とても誇らしいな、 あの龍と戦う姿、 とても美しかった、 彼女は我々の誇りだ」
は?
っ………
ゴトンッ!
耳を疑って、 申し訳無いけどその手を不意に離してしまう、 櫓さんが支えを失い地面に転がる
「……日暮、 どうした? ほら、 お前もステージに登れ、 恥じる事は無い、 お前も彼女の隣に立ち、 彼女を賛美するのだ………」
は?
「っ、 黙れ、 ……櫓さん、 おかしいだろ、 あんな幼い少女だぞ? どいつもこいつも、 狂ってるのか?」
…………………………………
「「「「「「魔王だ」」」」」」
………
っ!?
気が付けば、 周囲に居る人間の目がこちらを見ている、 全く瞬きをしない目でこちらを見て、 皆口を揃えて……
「「「「「「ただの少女じゃない、 雪様は魔王だ」」」」」」
魔王……… こいつら…………
日暮が、 必死に、 いや、 勝手に必死こいてただけだけど、 隠していた真実、 雪ちゃんは魔王
彼女を、 普通の少女として居させてあげたい、 どんな特別性ともかけ離れた、 普通の少女として
その為にフーリカとも約束した、 そうだ、 知ってるのは日暮と、 フーリカだけ………
ギガガ
「明山日暮さん、 さあ、 壇上へどうぞ」
少し離れた位置、 その地点から日暮を見る木葉鉢の声は、 拡声器を通してノイズが走った様にぼやけて聴こえる
背中に氷でも落とされた様な雰囲気、 それでも、 日暮の場合その氷は一瞬で溶けてしまう
明らかにおかしな状況、 それでも、 最悪ここに居る全員殺して、 奇妙なシェルター毎こいつらの墓にして沈めてやる、 と言う無意識の思考が、 恐怖を完全に払拭するからだ
タンタン
人々の視線を突き刺しながら、 強い足取りで日暮はステージへ向かって歩く
ステージの真ん中に階段がある、 五か六段くらい、 それを真正面に見据える位置、 通路から階段への距離十メートル
ステージの真ん中に立つ少女、 良く見れば雪ちゃんの体から怪しい光の様な物が紫色のモヤの様に立ち上っている
この一番室全体に薄く……
タンッ
一歩踏み出して……………
ステージの上で雪ちゃんが木葉鉢に向かって手を出すと、 木葉鉢は手に持った拡声器を少女に手渡す
ギガガ
「あー、 あー、 マイクテス、 マイクテスッ、 お兄さ~ん、 何か怖い顔してるよ~ もっと、 にこ~ ってしようよ~」
あ?
「なーに上機嫌になって……」
ピガッー!
「なーーーにっ、 言ってるか聞こえないよぉ~! もっと大きな声でっ! ほーら、 えーがーおっ!」
っ…………
あああっ!
「なぁあああああにっ、 やってんだって言ってんだよォっ!!」
「あははっ! あのねぇ! 皆に褒めてもらってるのっ! 私の力をっ! 私戦ったからっ!」
(……あ~ でけぇ声出したら喉いてぇ…… にっこにこしやがって……)
そもそも、 なんなんだこの状況、 この異様な空気は、 目に映るどいつもこいつも、 虚ろだ、 目はランランとして居るけど、 存在感が希薄だ
別に楽しそうに笑ってるのは良い、 大いに結構だ、 だがこれは……
(……雪ちゃんがやってんのか?)
だとしたら……
ギガッ
「むーっ、 笑って! 笑えっ! ………何で? 皆楽しそうなのにっ! お兄さんは笑わないのっ!」
これ………
…………………
『笑って笑って、 君顔硬いよ~ ほら笑顔笑顔っ』
………
「……中学校の、 卒業アルバムに載る写真…… 笑え笑えって、 お前は何様……」
ビガッ
「なぁ~に? きーこーえーなーいっ!」
ちっ
「おっ、 も白くもねぇのにぃ!! 笑える訳ねぇだろうがぁああああっ!!」
あああああっ!
ガッ
「そっか…… それは仕方ないね…… あっ、 そうだ、 なら、 これでどうっ?」
ぱちんっ!
壇上の雪ちゃんがウインクをする、 多分実際に音がした、 そして、 空気が動いた……
あっ……
「あっ、 あっ、 あ…… か…… 明山日暮さん…… すっ、 好きぃっ、 ででぇ……」
?
声が背後からして、 ぬっ、 とすぐ横から影が現れ、 腕を絡めてそんな事を言う、 一つ低い頭が日暮の肩にもたれる
「明山日暮さん、 好きです」
?
「……誰?」
え? 誰だろ?
同い年位、 多分、 知らない女だ、 いきなり腕絡ませて、 好きだぁ?
「俺はお前のこと好きじゃ無い、 どっか行けっ」
振り払おうとして、 腕を振るって……
「っ、 痛…… あ……ああ、 ひっ、 日暮さん好き」
……………………………
おい
「おいっ! 何やった! この人に、 いや、 他の人達にも何やったァ!」
絶対、 絶対やっただろ、 確実に、 洗脳か、 催眠か、 知らないけど、 普通の人達に力を行使してるだろっ
ガッ
「んー プイっ、 ひ☆み☆つ、 怒ってばっかりのお兄さんには教えてあげないもんねぇ~」
っ、 るせぇよ
て言うか何か変だな……
(……俺も頭がクラクラする程腹が立つ、 何か、 何もかもがムカつく、 この野郎っ……………)
さっきから腹の中が熱くて仕方ない、 血が沸騰するみたいに、 全てに腹が立つ、 ああウザイ
そもそもっ!
「魔王だって事をひけらかすなよっ! 力もっ! 何処にでも居る普通の少女として生活してれば良かったんだよっ!」
「そ~れが、 出来なかったから、 今こうなってるんで~すっ! お兄さんだって守ってくれなかったでーしょっ!」
チッ
「はぁ~ なぁーんか、 なーーーんかっ! お兄さんつまんないっ!」
は?
「あっ、 明山日暮さんすっ、 好きぃ…… いっ!?」
「お前はうるせぇよっ!」
腕を振り払って突き放す、 ちょっと悪いけど、 今は知らねぇ
あああああっ、 うぜぇっ!!!
怒髪衝天、 まるで戦になるドラの様な大きな音が頭の中でドンガン鳴る、 こんなに頭の中がうるさいのは初めて……
……………
ガガッ
「お兄さん…… あっ、 そういう事か、 お兄さん虫の居所が悪いんだね、 そうかそうか、 そういう事か……」
すっ………
壇上で雪ちゃんが拡声器を左手に持ち替え、 右手でこちらを指さす、 その右手の親指を持ち上げ、 それは銃の形……
「ぱちーんっ!」
?
ん?
呆気に取られる、 やったのが子供だからそこまで違和感は無いが、 いきなり、 いきなり何…………
カランッ
「お兄さん、 頭に虫付いてたよ、 ふふっ」
虫?
あっ、 ああっ……
「ひっ、 日暮…… あの少女…… お前の中の我に気が付いて……」
鳥の面、 暗低公狼狽が鳴く、 あれ? 戦いの時とか以外は喋らないってさっき……
「っ…… これは、 この異質な魔力はぁ…… 日暮っ! ………………」
「もう一発っ! ぱちーん!」
ギョェッ………………
カラッ
鳥の面が揺れなくなる、 いや、 亀裂が全身に………
バリィンッ!
「あっ……… え?」
音を立てて砕け散ってしまった、 いや、 え? ちょっと待って…………
「鳥、 鳥野郎…………」
声が、 帰って来ない、 当たり前の様に、 鳥野郎…… 暗低公狼狽………
?
「お兄さん、 どーお? 頭が軽くなって来たんじゃない?」
………………
あれ?
(……雪ちゃんの髪の毛、 何で真っ黒何だ?)
今更気が付いた、 それ程までに怒りが消えている、 あれ程荒れ狂っていた高波の様な怒りが、 すっと消えている
頭の中で煩かった音も、 頭痛も、 荒かった呼吸も、 静かだ、 いや、 静かすぎる……
呼吸の仕方を忘れてしまった様に、 頭の中が、 真っ白だ………
???
へ?
何か…… 体が、 果てしなくダルい、 全身が思い、 あれ? 俺…………
ドサッ
日暮の体は正面から支えなく地面へ吸い込まれる様に倒れていた、 それを日暮自身気が付いては居ない
何も分からない……
ガッ
「あらら、 お兄さん疲れちゃったのかな…… ふぁ~ 私も眠くなって来ちゃった……」
ポイッ
ガジャアアンッ!
適当に放り投げた拡声器がそのノイズを正確に広い、 耳をつんざく様な音が空を切り裂く
「お兄さんもつまらなそうだったし、 や~めた、 終わりっ!」
ぱんっ!
少女が手を叩く、 すると空間に漂って居た怪しげな気配、 紫のモヤの様な光は消えた
後には………
「……………あれ? 私、 何をしてるの?」
木葉鉢が困惑の声を出す、 まるで催眠術から解けた様に、 さっきまでの興奮を無くし落ち着いている
それ以外の人達も次第にガヤガヤとして来た、 少女は段下の日暮を指さす
「お姉さん、 お兄さんが帰って来たよ、 疲れて寝ちゃったみたい、 運んであげて、 あと、 夕飯の時間だよ、 皆を解散させて」
へ?
「……日暮さっ、 あっ、 日暮さん!」
木葉鉢の声で壇上の人達も行動を始める
「日暮っ! 大丈夫かっ!」
親友である村宿冬夜がいち早く駆け寄り日暮の体を揺するが目を覚まさない
「誰かっ! 気絶してる! 手伝ってくれ!」
「はいはーい! 手伝うよ!」
威鳴千早季が一緒に肩を支え一番室を後にする
ガヤガヤ
「私何か…… 何して……」
「俺も頭ボーッとする………」
「いたたっ…… 何で私転んでるの? 意味わかんない」
ガヤガヤ
「皆様っ! あー、 何処まで話したんだ…… とにかく! 一時的にですが危機は去りました、 これから係員の指示に従ってご退場して頂きます、 長い間避難のご協力ありがとうございました」
大望吉照の声に人々は引き付けられる、 その間に係員達が慌ただしく動き出し
それを大望と木葉鉢で退場時間を繋いだ、 その間、 誰しもが、 勘のいい人達は皆頭を悩ませた
この、 違和感の残る時間の事を、 頭に靄のかかった様な感覚を、 そして……
「魔王…… って何?」
誰のつぶやきだったのか、 冗談でも、 戯言でも、 それでもその言葉は確かに、 払拭できず人々の記憶に刻まれた
魔王、 恐怖の存在が……
「……あれ? さっきの女の子、 確か雪ちゃん…… どこ行ったのかしら?」
木葉鉢がふと見ると既に彼女は壇上には居なかった……
その後三十分も経てば、 普段閑散とした一番室は静寂で満ち
何処からか良い匂いと、 人々の静かな喜び、 少し恐怖をまとった、 それでも安心と団欒の声が聴こえ始めた
家族が、 友人が、 恋人が、 この静かな街で、 閉じられた幸福に浸り、 現実から目を逸らす様に、 盲目的な程に人を見る
人と人とが手を取り合い、 励まし合い、 支え合うこのコミュニティーを、 今この光景を守る為に戦った人が居る
故郷の地に巣食う敵を壊滅、 未来への力を求め進んだ者、 突然の強襲に怯え、 それでも一歩踏み出し戦った者
藍木山攻略戦、 甘樹シェルター攻防戦、 人の為に戦った、 人が居るから戦える
そんな戦いの一日にも月が上り夜の帳が落ちた、 もうすぐ激しいこの日も過去の記憶の残滓となる
子が眠り、 老人が眠り、 静まり返って大人達が眠る、 深い静寂が広い甘樹シェルターの中に満ち満ちる
灯りが落ち、 ぼっかりと闇が落ちた甘樹シェルターの外、 櫓の能力で作られた城壁に囲われ、 月明かりが鈍く照らし出す
その城壁の上で、 布がはためく、 少し強い風ひ煽られ服がバタバタと音を立てた
少女はその瞳で月を見上げていた……
「『月帝』…… 闇に生きる私を貴方は何時も見ていてくれるね」
たんっ たんっ
足音が闇に響いて、 少女が足音の方を振り向く
「こんばんは、 初めましてだね四十二代魔王、 今夜は月が綺麗だね、 街も昼間の喧騒が嘘のように静かだ」
男の声だ、 男のシルエットは闇に覆われている、 彼は城壁のヘリに腰かけ月を見上げた
「……こんばんは、 お兄さんはだぁれ?」
「ふふっ、 分からない? 僕達は運命で結ばれた二人なんだけどな………」
ひゅ~
風が二人の間を吹き抜けていく……
「エバシ・キョウカは強かったよな、 二十八代から、 三十九代まで、 十一代に続いて君達を屠って来たのは彼女だからねぇ」
「………勇者」
勇者ナハトは少女に、 いや、 少女に絡みつく因縁、 魔王という力、 そしてその力にこべり着く今までの魔王の残留思念に向けて笑う
「騒ぎ立てるんだろ? 内側で、 怒りを、 憎しみを、 破壊しろと、 壊せと頭の中でうるさいんだろ?」
ううん
「違うよ、 皆楽しそう、 『獄路挽』のじじい連中に喚き立てられなくて居心地が良いみたい、 上機嫌だよ」
ふ~ん
「それは良かった、 本当に上手く奴らの束縛から抜け出した様だ、 良かったよ計画が上手く行って」
「計画? あの龍を呼び出したのはお兄さん?」
ははっ
「そうだよ、 どうだった? 楽しんでくれたな良かったけど」
「うんっ、 それはもう、 とっても楽しかったよ!」
はははっ
「あはははははっ!」
「ふふっ、 ははははっ!」
男と少女の笑い声が夜に吸い込まれて行く、 吹き抜ける風が遠く……
「それで? 今度はお兄さんが私達と遊んでくれるのかな? 皆ね、 お兄さんと遊びたいみたい、 ボールみたいに転がして引きちぎって投げるって、 楽しそうっ♪」
「はははっ、 俺が殺した四十一代以外は八つ当たり何だけどな~ でも良いよ、 勇者と魔王が邂逅した時、 摂理の道は戦いの音を弾き語る」
よっこいしょ……
「その為に来たしね、 哀れな傀儡児共、 相手になってやるよ…… 永剣相想・ミクティカルソードッ!」
ビガンッ!
強く鋭い、 水銀燈の様な光が煌めいて、 周囲を煌々と照らしあげる、 その光は正に勇者に相応しい、 光り輝く剣
剣に照らされて初めてナハトと、 少女、 雪はお互いの顔を確認する
「魔国式結界…… ふっ、 私の好みじゃ無いな~ お☆に☆い☆さ☆んっ♪」
「ぶはっ、 色恋に夢中とは、 ませたガキだ、 ボール遊びだろうが何だろうが、 ガキはガキらしく遊んでやるよっ!」
光放つ剣先が夜闇を切り、 振るわれた刀身が少女を掠める
スパアァンッ!
光が弾け街を照らす
「まーぶーしーいっ、 なぁっ! はははっ!」
ガギンッ!
結界の上を光の剣が滑る
ギィギャアアアアンッ!
火花散らす光の剣と結界、 光と闇、 拮抗する力のぶつかり合いはモスキート音の様な不快で歪な音を撒き散らし電流が走った様な痛みを伴いその街に打ち付けた
「朝が来るまで踊ろうぜっ! 存分になっ!」
「それなら…… 手加減しないから朝まで私を楽しませてっ! お兄さんっ!!」
バヂガァアアアアアンッ!!
ぶつかり、 相殺される力が衝撃波と爆発音に似た振動を起こす、 それでも地下シェルターにその音は響かない
誰もが眠り、 その夢の中で人と笑い合い、 手を取り合い過ごすその夜に
勇者と魔王の、 忌憚や、 伝説に語り継がれる戦いの火蓋が切って落とされた、 夜が老けるほど戦いは激しさを増し、 共に笑い声も大きくなる
それは次の段階への準備だ、 今日が終われば明日が来る、 長い夜を超えて確実に朝日は昇る
今はただ、 その時の為の準備を行う時間なのだ、 だから今は眠れ、 眠れる戦士よ
力を蓄え、 着実に一歩、 前進を刻め……
あの空に浮かぶ月明かりだけが、 この長い夜道を照らし、 使命を果たす、 この夜の支配者なのだから…………