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第九十一話…… 『二つの帝王・4』

聴いていない……


「何故、 あの巨龍がこの地に来るのだっ! あの空に飛んでいるのは、 空帝・智洞炎雷侯ちどうえんらいこうでは無いのかっ!?」


焦りが湧く、 あんな者が、 あんな者が……


「落ち着いて下さい延様、 王子である貴方が動揺しては他の兵や民も穏やかではあれません、 こんな状況だからこそ、 貴方にはどっしりと構えていて貰いたい」


はぁ……


「……すまない朱首しゅしゅ、 その通りだな、 猿帝にこちらの指揮を任されて居るのだ、 王子としてそれに応えなくてはな」


そう返すのが精一杯だ、 昔から王子としての自覚を持とうとしても、 劣等感がそれを払拭し、 芽生えることは無かった


無かったのだ、 能力、 俺は能力者ノウムテラスでは無い


だが、 そんな事は今に始まった事では無い、 母である猿帝は確かに、 自分に、 この人の住むシェルターを占拠し、 拠点を築けと命令を下した


従うのみ……


それにしても…………


「延様、 中を見て来ましたがやはり中は空っぽです、 人一人居ません、 生活の後はある様ですが、 その上この建物以外に損壊が激しい」


やはりか……


猿帝血族の王子、 帰光延きこうえんは今朝、 明朝に根城としていた藍木山あいきやまを発った


本来の予定ならば動く事の出来ない猿帝を除いた、 猿帝血族の全体での山下りを予定していた


能力者である、 碌禅径璃越ろくぜんけいりえつの占いにより、 この山へ人間達が攻め入って来る事は分かっていた


それらを道すがら全滅、 そのまま人間達のシェルターまで赴き、 略奪を行う筈だった


だが、 碌禅径璃越の占いが下山途中で大きく変わった、 人間達は転移系の能力を持つ事、 山に直接やって来る事を知った


荷物等を持っていた為、 能力者のみが山へ戻る事となった、 その後山ではどうなったのかは分からない


躍満堂楽議やくまんどうらくぎ碌禅径璃越ろくぜんけいりえつ邪馬蘭やばら、 山に残った真鋼濵等瀧しんこうはまらだき、 そして猿帝


奴隷身分の者達を山に置いて来たのは痕跡の消滅をさせたからだ、 痕跡と言うのは厄介で消せるのなら消すに越した事は無い


とにかく山に居る、 我が猿帝血族の最大火力達、 彼らはどうなったのか、 人間達の舞台は壊滅したのか


分からない……


とにかく、 今はただ………


「よし、 俺達も拠点の整備をしよう、 人間達の物は難解な物もあるが、 使える物は使おう、 手は大いに越したことはない無い、 俺も手伝う」


血族の中で自分の立ち位置が消して高くない事は理解している、 武術をとっても中の下、 だが王子として、 出来ることを……


雨は止んで、 晴れ間が覗く空、 蒸し暑さすら感じる空の下、 猿帝血族の王子、 帰光延はシェルターへと足を向ける


その足取り、 踏み出して、 降ったばかりの雨が残した水溜まりへ一歩踏み出す


パシャッ


水が跳ね、 陽の光を受け煌めく……


刃の様に………


…………


ッ、 バシャァッ!!


!?


痛みより先に違和感が襲った、 体が傾いた、 前方を行く、 朱首しゅしゅと、 蒼腕そうわん、 その足元で水がうねる


二人は気が付いて居ない、 二人は、 劣等に溺れ喘ぐ俺を、 守り育てた良いヤツらだ、 好きな奴らだ


ああ……


パシャッ!



「朱首っ、 蒼腕っ! 足元だっ!!」


ドスっ!


ぶつかる様に勢い良く二人に体当たりをする、 二人は驚いた様に飛び退く、 水だ、 水の刃が煌めく


ピシャンッ!!


ッ、 グシャアッ!!


体を支えられず倒れ込むように、 体を水の刃が切り刻む



「あああああっ!!」


戦いの経験すら殆ど無い俺、 痛みが全身をのたうち回る


「はっ!? 延様っ!! 大丈夫っ………」


ぴちゃ


水が、 意志を持った様に跳ねる、 きらり


ビシャアアアンッ!!


「ぅがぁあああっ!!」


やばい、 朱首も刻まれた、 敵だ、 敵襲、 何処だ、 誰だ、 いや……


俺の、 俺の役割、 喉がイカれる程叫ぶっ


「敵だァ!! 敵襲だァ!! 全員戦闘態勢ッ!! 敵を殺せぇ!!!」


荒々しく、 血を湧き上がらせろ、 戦え、 猿帝血族として、 戦えっ!


…………


ドガァアアンッ!!


破壊音、 なんの音か…… 木だ、 大きな木がシェルター、 人間達の拠点を貫き中から破壊している


壁から飛び出した木の枝に血族の戦士が貫き穿たれて居る


ああ…… ああ……


タン…… タン……


足音、 あれは…………


…………


「おいおい、 姉貴、 シェルターはもしかしたらまだなんかに使う可能性ある…… いやあんなおんぼろ要らねぇか、 破壊だァ!」


人間……


土飼つちかいさんは派手にやって来いって言ってたし、 大丈夫じゃないですかね、 俺達も行こうマリー」


人間の能力者……


威鳴千早季いなりちさき村宿冬夜むらやどとうや、 厳密に言えば彼らはミクロノイズに干渉した能力者ノウムテラスでは無い


この地球に昔から存在する神秘、 神と心を通わし、 その力の恩恵、 または共闘をしている者たちなのだ


ギャア! ギャアアッ!!


帰光延の叫びが届いたのか、 シェルターから追い出されてきたのか、 戦士達がその姿を現す


朱首も、 蒼腕もまだ、 戦おうと敵を睨んで居る、 俺も…… 俺も戦わなくては……


ビシャアアッ!!



「ぅがああああっ! 腕がっ……」


ぴしゃ


「妙に動かないでよ、 どうせ殺すけど、 暴れられると面倒なのよ、 長い事冬夜をあんなしみったれた山に縛り付けやがってっ!」



「マリー、 一気に行こう、 俺も遠征に出てからいい所無しだ、 俺とマリーの邪魔をする奴らは…… 殺すっ!」


ビシャアッンッ!!


グシャ! グシャ! グシャアアンッ!!


仲間が、 まるで鎌鼬にでも合った様な切り刻まれて死ぬ、 不味い、 これは……


「己ぇ人間風情がァ!!」


先に出た蒼腕が、 冬夜へと飛びかかる、 冬夜の瞳が揺れる


ガッ、 キィンッ!!


上手い、 ナイフ一本で蒼腕の攻撃を弾く、 体制を崩す蒼腕に向けて放たれるナイフの突き


そのナイフに水が纏う


ビジャアアアアンッ!!


「っがあああああっ!!?」


何処にそんな力があったのか、 蒼腕は吹き飛んで体が抉れ捻れている


嘘だ……


パシッ


「延様、 逃げますよっ!」


朱首が俺を掴み持ち上げる、 お前も体が痛むだろうに……


バキッ


地面が割れる、 木の根だ、 朱首の足首に巻き付き、 朱首が転ぶ


どすっ


俺も転がる


「あら、 ごめんなさいね、 別に苦しめたい訳じゃないの、 千早季、 やりなさい」



「おう、 太陽の果実・ランゴっ!!」


ボォオンッ!!


「おらぁっ!!」



「っ!? キザマッ!」


ガァンッ!!


燃え盛る威鳴の拳と、 何とか繰り出した朱首の拳が真正面からぶつかる


強いのは………


「んなのはァ!! 断染東たちぞのひがしの裏番やってた、 原馬はらばの鉄拳に比べりゃっ、 なんて事ねぇっ!!」


バギィンッ!!


ぼがぁあああんっ!!


朱首の拳が砕け、 炎が燃え盛る


ああ……


蒼腕…… 朱首……


他の仲間達もどんどん殺されていく、 結局変わらない、 結局あの世界でも、 この世界でも


弱者は力ある者に勝てない、 ただ打ちのめされるのみ、 ただ勝者が勝ち誇るのみ、 変わらない、 人間は、 弱くない


バンッ!!


勢い良く背中を蹴られる、 何とか立ち上がろうとしていた体制だったのでそのまま前方に転がりそうに


いや………


グッ!


「お逃げ下さい延様ぁっ!! 貴方が希望っ! 猿帝が貴方に託したのです! 貴方が生きて! 生きてくださいっ!」


分かって居るっ!


バンッ!!


駆け出した、 昔、 逃げ足だけは早い何て笑われた事が有る


それで良い


追ってくる様な、 何か向かって来るような気配が背後からする、 振り向かない、 ただひたすら駆け……


バッ!!


足に力を込めて、 シェルター施設の周辺を覆う壁へと飛び付く、 痛みすら忘れ、 一飛びで壁を乗り越える


ゴロンッ


シェルターの裏の道だ、 転がる、 直ぐに、 人間も直ぐに追いついてくる


逃げ、 逃げて……


ハァ…… ハァ………


ザッ……


正面から足音がする、 誰の……


厳つい、 厳つい男が正面に立つ


「逃げ出た者が居たな、 ここを張っていて良かった、 俺の名前は雷槌我観いかづちがみ、 年齢は四十六、 今回の藍木山攻略戦における、 第二隊のリーダーだ」


この男、 殺す……


「第二隊は正直戦いが無くてつまらなかった、 結局能力者じゃ無いってのが問題なんだ、 態々戦いの道を選んで来たのに、 退屈するだけだった」


話等、 聞く必要は無い……


バンッ!!


「ギャアアアッ!!」


男が睨む


「そうか、 お前も、 戦いたいかァ!! そうだよなァ!!」


タッ


細かい、 細かい構えだ、 半身を後ろに流して、 左半身を半歩手前に出している、 見れば分かる武術経験者


「ギャアッ!!」


帰光延は叫ぶと右拳で殴り掛かる、 その連携で既に逆足を後ろに流し、 回転


パンッ!


拳を弾いた人間に対して、 肉体を捻った斜め回転、 一気に蹴り足を相手の頭上まで持ち上げて遠心力そのままに振り下ろす


「ギォギャアッ!!」


ドス……


入っ……


ぐわんっ!


首に当たった蹴り、 それに対して我観は首を同方向に回転、 スリッピングアウェーと言う動きで衝撃を逃す


上手い……


たんっ


スタッ!


「うわっ!?」


地に着いた足に、 狙い済ました足払い、 体が浮く……



ドスッ!


その瞬間、 顎を目掛けて拳がぶつかる、 あぁ、 意識が……


ドザ


回る目、 倒れた、 倒れてしまった……


「……まあ、 手負いの相手ならこんなもんか、 ただ試合と違うのは、 戦った相手をきっちり仕留められる所だな」


体は動かない………


…………


グラグラグラグラッ!!


地面が大きく揺れる、 地響きがする、 回る視界の中、 正面、 少し遠くに聳える藍木山が崩れる


大きな音を立てて崩れる、 その現実感の無い映像の様な景色を最後に見た


猿帝…… 母上………………


「お? 地震か…… まあいいや、 最後に言い残す事は有るか?」



「……俺は、 力が無かったが、 きっと力を持って産まれても、 今とあまり変わりが無かった気がする、 お前ら人間は強い、 俺はお前らの様になりたかった」


何を言ってるんだ……


「……そうか、 俺は逆だお前らみたく、 もっと残酷な世界に産まれたかった、 それだけだ、 じゃあな」


あぁ……


バギッ


首の骨を折られた、 意志が完全に飛んで視界が暗転した


猿帝血族王子、 帰光延は、 猿帝を除いた最後の血族となっていた


そうだ


…………………………………



………………



……


バシャアアアンッ!!


嘗ての肉体が弾け飛ぶ、 噂には聴いて居たがこれが……


「族帝の剥奪か、 帝王とは、 それに遣える部下や、 民があってこそ、 それらを全て失った時、 族帝は、 その種族から、 その称号を剥奪される」


「俺の時は父親が死んだと同時に俺に族帝は引き継がれた、 種族が生きてさえ居れば、 何者かに称号は引き継がれる可能性が有るが」


「結局最後まで引き継がれず、 俺の元の肉体に留まって居た様だな、 最後の血族が死んで初めて剥奪か、 良い、 やはりこの人間とのハーフ、 猿帝血族の種族から分かたれて居るようだ」


笑う


「族帝の称号等、 俺には初めから必要ですら無い物だった、 俺にとって目指すべきは世帝、 あの巨龍と同じ所」


彼女にとって種族と言うのは邪魔な存在でしか無かった、 それを受け入れ、 族帝として君臨していたが、 何とも……


「清々しい、 血のしがらみから解き放たれ、 俺は新たな道を進む、 完全な個としての強さを手に入れるっ!」


グラグラグラグラッ!


未だ山は崩れている所だ、 だが今自分がいる所は崩れの少ない所だと予め理解していた、 だから普通にして居られる


態々古い体を担いでやって来たのは、 この族帝の剥奪を見届けたかったからに過ぎない


「全く酷い物だ、 天閣の主は何を考えて居るのか…… 求めても居ない称号を押し付け、 それを維持できないと判断すれば剥奪」


「剥奪された者は肉体事消され吹き飛ぶ、 今の俺に引き継がれなかった事は喜ぶべき事だが、 嘗ての肉体が目の前で弾けたのは少し頭に来るな」


さてと……


彼女は、 シェルターにて血族と、 血を分けた子供が死んだ事等、 ほんのひとつの過程としか思っていない


だが、 今このタイミングで剥奪が行われる事を理解出来たのは、 ひとえに最後に殺された血族が、 血の繋がった息子だったからだろう


「薄まりはすれど半分は引き継いでいる、 今の俺はさしずめ愚息子の父違いの妹となる訳だ、 少し面白いな」


そういう意味では少し感謝する、 ありがとう、 最後の最後まで足掻いてくれて……


空の彼方を見る


「……空帝、 魔王、 世界の根幹すら揺るがす程の存在、 極の壁を越え、 更に先へ歩みを進めた者たちよ……」


踏み出した……


「直ぐに追いつくぞ、 先ずは、 新たな前進、 その一歩に絡みつく因縁からだ」


崩れた斜面を見下ろす


「父を殺し、 俺に下らぬ族帝の称号を与えた、 暗低公狼狽あんていこうろうばい、 我が肉体を殺し、 猿帝血族との因縁を持つ、 明山日暮、 この血に関わる過去の因縁は全て断ち切る」


ゴロッ


大きめの岩をひとつ持ち上げる、 それを垂直に、 正確に五メートル上方へ投げた


その間に彼女は地へ伏し、 膝を着いて身をかがめて、 その耳を地面につける


投げられた石は、 平たい別の石の上に影を作る、 落下……


カラァンッ!


音、 岩と岩がぶつかった音が、 石が落ち割れた水面の様に、 音の波紋は広がる


カラァンッ…… カァアンッ…… カンッ…… カッ……………………


広がる音の波紋はレーダーだ、 ソナーの様に、 コウモリの様な動物が使うとされるエコロケーションの様に


彼女の耳は、 音の波紋を正確に聞き、 脳にほぼ正確な周囲のマップを作ると同時に、 波紋の形の変化を探る


ふぁんっ


波の形が崩れる、 この形、 明らかに岩や、 樹木の破片では無い


「動きがある、 ……見つけたぞ、 推測八十六メートル、 二四度下方地点、 匂いからして出血、 または胃液の嘔吐、 腹、 内蔵を痛めたか?」


……ガラガラ


「音からしてもがいている、 岩に押し潰されて居るのか? だとすれば容易、 だが簡単に解けないからこそ因縁、 油断大敵」


バァンッ!!


跳躍、 三十メートルに届く程の高さへ一飛びで到達、 落下地点を正確に見極め落下


すさっ


まるで鳥の羽が落ちる程軽やかに着地、 今求められて居るのは正確性、 強い力を有して居るからこそ慎重に動く


そぉ……


まるで蜘蛛でも這うように、 巧みに岩と岩の隙間を縫うように、目的地点からの死角となる様に近づく


ガラガラ


やはり藻掻く音、 その地点へぬらりと首を回す………………


肌色


「手だ、 岩の下から拳が出ている、 人一人押し潰せる程の岩だ、 よもやこの下か…… ふははっ、 運の悪い」


人間の手、 握られた拳が岩の下から覗いて居る、 体は上手いこと隙間に入ったのか、 周囲の細かい石がカラカラと崩れ動きを見せている


ふむ……


「死んで居るのか…… 呼吸の音はしない、 だが、 規則正しい鼓動の音は聴こえる、 瀕死だな」


握られた拳は最後の闘志、 その表れか……


「闘争本能天晴であるな、 この山を崩した時動揺、 貴様の上に横たわる岩へ攻撃をし、 直下の貴様の肉体へ衝撃波によるダメージによってトドメをさそう」


スゥ……


手刀、 瓦割りの様に構えた体制から、 棺桶の蓋のように閉ざした岩へ、 手刀を振りかざす


手刀が岩に触れ、 その鋭い刃の様な力の波が岩を割、 真下へと流れるその様……


違和感……


(……この拳、 鼓動の音が岩下から聴こえるのに、 この拳に浮かぶ血管に血流による鼓動の動きが一ミリも無い、 この拳は切断されている……………)


にや


すぐ近くで、 笑った何者かの視線、 それと微かな声が聴こえた………


………………


「ブレイング・バースト」


っ!


拳が、 膨張っ!


ぼがぁあああああああんっ!!


超圧縮された空気圧の爆発、 日暮の能力は拳に溜めるブレイング・ブラストによって膨張した空気圧


ブラストは拳がぶつかって初めて爆散する能力、 そして逆にぶつからずに不発に終わった時、 その空気圧は消えずそのまま拳の中に残る


原理は同じ、 使い方を変えてるだけだから、 その空気圧は今度はブレイング・バーストとして爆発可能


つまり、 空気圧を内包した拳は不発弾であり、 今回の様に設置型の空気爆弾として使用可能!


明山日暮が何となくの超土壇場で思い付いた策は真正面からきっちりと決まった


この威力、 数千の瓦礫が真正面から超近距離でぶつかる、 それは百発の散弾銃が放たれたかのように


「ぅがあああああああっ!?」


女の肉体はズタボロに吹き飛んだ、 その様を見て笑う


ざぁ


「ははっ、 そう言うのも纏めて油断って言うんだぜっ!」


こいつ…………


だがっ!


ぼわぁんっ!


ビシュゥルルルルッ!!!


肉の糸が巻き補填されるかの如く、 時を巻き戻し再生するかの如く、 弾けた肉体が、 血肉が渦巻いて再生していく


ああ、 これが…………


シュンッ!


「極の先を行く命」



「っ!? まじ? 再生したの?」


不意打ちを決め、 笑顔だった日暮の顔が一瞬で引き攣る、 ぐしゃぐしゃだった肉体は、 本の一秒もしない程の時で完全に復活した


「ああ、 この再生、 理解はできて居たが、 実際に肉体に作用されると実感が湧く、 ありがとう、 つくづくお前は俺を前進させてくれるな、 明山日暮」


「俺はもう、 ダメージを恐れない」


まじかこいつ、 こいつの能力は再生? フィジカルはこいつ自身に宿った物か? さっき戦った猿帝血族の能力者、 真鋼濵等瀧しんこうはまらだきと似たような編成か?


疑問は泉の様に湧いて出てくる、 戦いに置いて敵の能力を理解する事は大きなアドバンテージであり、 スタートでもある


じゃり……


「そうか、 俺の行った反響定位を知覚し、 絶えず崩れ落ち続ける砂利の中に身を隠し、 動きと音で、 呼吸と鼓動を共に隠した、 暗低公狼狽の知恵か?」


勿論……


「その通り、 日暮にはそんな細かい事は出来ないからね、 我の膨大な戦闘経験と勘さ、 だが超再生とは宛が外れた、 いや……」


鳥面が笑う


「能力に超再生を持つ物は殆どがそのリソースを再生に振るので、 逆にそれ以外の力を持たない者が多い、 そしてそのフィジカル」


「再生能力者にありがちなフィジカル一点集中のシンプル戦闘スタイル、 威力と速度、 そして初めから肉体に宿る性能は凄まじいが、 分かってしまえば、 そういうタイプが一番戦いやすいのだっ!」


カラカラと叫ぶ鳥面、 そこに女の笑いが被る


「ははっ、 その考察は何とも言えないな、 あえて答えるなら、 外れだ」


…………


「ハズレだってよ」



「……そうか、 結構いい線行ってると思ったんだけどな~ 我」


敵を見る、 先程と違う、 ここはゴロゴロとした瓦礫の山の上だ、 先程の様な無尽蔵な機動力での戦闘は出来ない筈……


「貴様らに俺の新たな肉体、 その力の一旦を見せてやろう、 これが俺の進むべき極の先の進化っ!」


女が足を持ち上げる、 その足がぐにゃぐにゃと内側で筋肉がうねる、 先程同じような構えでバキバキと太いしなやかな筋肉の足を作り出して見せたが……


バキ


長く伸び、 そして音を立て関節が逆方向に折れる、 足先が丸く、 割れ、 あれは蹄……


「岩場で生活する動物は結構居る、 過酷な環境下で鍛え上げられた脚力は、 不安定な岩を蹴り、 崖すら登る」



「メェー か? ヤギか?」


グジャクジャッ!!



音を立ててその足から茨の様な棘が映える、 よく見れば蹄も斧の様な鈍い刃の様に光を放っている


「……何あのヤギ、 俺の知ってるヤギちゃんじゃない、 何だあの化け物」



「向こうの世界に居る同似種だ、 鈩谷伎たたらやぎ、 その脚力は山や谷を軽く飛び越える、 一日で数千キロから数万キロも移動出来ると言われて居る」


………


「……………結局ヤギかよ、 とか言おうと思ったけどどうでも良くなったわ、 つまり……」


ザァッ!


バァアアアアンッ!!


地面が弾ける、 踏みしめた岩すら大きく弾いて、 高い、 晴れ渡った空に輝く太陽に姿がだぶる……


ギランッ


蹄の反射っ!


「手刀陣・囲い籠型ッ!!」


骨のブレードが敵を囲う籠のような形に展開する、 日光による蜃気楼の様な影を確かに骨の籠は捉えた様に見えた……


バガンッ!


一瞬早く籠の網目が緩い内に抜け出した様だ、 だがこれによって落下攻撃の威力を殺した


普通落下する敵の肉体目掛け、 ナタを握る、 こいつの動きは早い、 着地瞬間に直ぐにまた跳ねるだろう


ならば最速の攻撃……


「ブレイング・ブースト!!」


空気圧の爆発による加速攻撃、 横凪に振るったナタが確実に敵の腹を裂く


バシャアッ!!


だが、 これでは足りない、 真鋼濵等瀧の時の様に、 再生の追い付かない速さで削り食らう……


グジャッ


「切られた傷から大量の血液の噴射っ!」


ブシャアアアンッ!!


女は笑って、 裂けた腹に力を入れ、 逆に目の前の日暮に対して血液の放射、 四千mlの女の血液が広がり日暮の顔面周辺へ……


きもっ!


「鳥面っ見て!」



パシャァンッ!!


土壇場で目を閉じ血による目潰しを回避、 鳥面が一瞬の暗転をカバーする様に攻撃を挟む


「手刀陣・忌来切きらいせつッ!!」


バシャッ!! バシャンッ!!


骨のブレードが女に迫る音を風きり音を聴きつつ、 服の袖で目元を拭う、 早く目を……


「日暮っ! 上だ! また上に飛んだぞ!」



暗低公狼狽の声……


上……………


バッ!


目を開け上を見る、 煌々と照り付ける太陽、 何処だ? 敵は何処………


え? 何処?


……………


「違う日暮ッ!! それは我の声じゃないッ!! 腹を貫かれるぞッ!!」



「奴は一瞬で声帯を弄って、 違う声を出したんだッ!!」


へ?


視界の端、 下方の端に敵が映る、 はぇ? どういう事………


腹を?


グッ!


「死ね明山日暮ッ!!」


ドスッ!


疑問の中、 腹に衝突するエネルギー、 この感覚、 街での戦いを思い出す


風船に尖った木の棒を少しずつ刺す動画を見た事が有る、 あれみたいな感じ、 表面の弾力が突き刺さる物に反発する


そして更に深く


グジャアアアッ!!


腹に穴が空く、 あぁ、 痛いんだよね、 腹を貫かれるのって、 街で二回貫かれた忘れもしない


今度腹を貫かれたらどうするかって、 ずっと考えてた……


貫かれたなら、 貫かれたで仕方ない、 腕を俺の内側にぶち込んだなら、 俺にしかできない方法でカウンターを決める


ボンッ!


貫かれた腹が膨張する、 これ少し苦しいな、 でも……


「ブレイング・バーストッ!!」


ボガァアアアアンッ!!


ベギッ グジャアアアンッ!!


「ぅがぁああああ!! 腹の中で爆発………」



「てっ、 ラァッ!!」


グジャアンッ!!


ダブルカウンター、 能力の発動と同時にナタの振り下ろし、 ナタには骨が巻きついており女の肉体を抉る


腹が、 集中的に回復し傷を埋めていく、 気にしないだからこそ……


ここだ!


「日暮っ、 風は我が集めるッ!!」


ひゅぅー!


日暮の能力のクールタイム八秒は、 周囲に空気圧を作り出せるだけの空気を集める為の時間


暗低公狼狽は風を集める力を持つ、 能力に頼らず、 自前で空気を集める事が出来るのなら、 クールタイム無しで能力の発動が可能!


「ブレイング・バースト!」



「手刀陣・刹那霹彗苓手せつなへきせいれいしゅ!!」


真鋼濵等瀧を沈めた攻撃、 最高威力のバーストと、 骨の最高切断能力の融合


「「刹那喰来手・バーストっ!!」」


バゴォンッ! グジャアラッ!!


吹き飛ばすバーストと、 抉り喰らう骨の渦が混じり合う、 触れた敵の肉体を、 大きく吹き飛ばし抉る!


「ウゲガァアアッ! っ、 アハハハっ! この程度の攻撃で俺を葬れるかァ!!」


バァンッ!!


抉られながら空気圧の威力を逆に利用し敵が後方に跳ねる、 弾けた地面が石等を飛ばしぶつかってくるので思わず攻撃の手が緩む


高く跳ね空に映る敵を睨む


「フンッ!」


バァサンッ!!


っ!?


「羽っ!? 嘘だろそんな事まで……」


女の背中からゴツゴツとした皮ばった羽が生える、 龍の羽根か?


「小型の竜種の物だ、 わかりやすく言うならワイバーンと言うやつのな」


ワイバーンの翼を生やす、 足もそうだったが、 奴は一体何処まで体の形を変形させられるんだ? しかもその正確な能力の正体は分からない


ゴォッ!


っ! 炎っ!


ボガァンッ!!


「うわっ! まじかよ、 もう何もんだよキメラかよぉ!!」


多種多様な見た目を再現? その内部構造や種族能力すらも?


それは一体………


ボガァ! ボガァンッ!!


ちっ!


「炎うぜぇっ!」


バサンッ!!


羽、 羽ばたき急降下!


「あははっ!!」


ビジャアンッ!!


鳥のような鋭い爪、 急降下で攻撃……


くら……


回避しようとした瞬間、 目の前が歪む、 クラクラと視界が眩む


いきなり何だ………


チッ!


「ブレイング・ブーストっ!」


バゴォンッ!!


ビシャアアンツ!!


紙一重で、 爪がギラリと煌めいて通り過ぎる、 あぶねぇ、 能力で自分をぶっ飛ばしてなかったら食らってた


「あの炎だ、 あの炎はあの女の体内で作られた溶液だ、 気化すると可燃性ガスになり発火、 燃えながら毒素を撒き散らす、 一部のワイバーンはそういった原理で毒を扱う者もいた筈だ」


だからクラクラと……


って言うか……


「あははっ、 成程、 面白いっ!」


笑う女


「まるでショーだな、 あの野郎完全に遊んでやがる、 新しい自分の体がどんな事が出来るのかって、 おちょくられていやがるぞ、 くっそ腹立つ……」



「我もああいうのが何だかんだで一番イラつく、 戦っていながら敵の事など気にしていないと言うか、 その余裕故に命を掛けて居ないと言うか」


睨む


「はぁ…… 中々に楽しくなったな、 今の俺にはここまで一瞬で体を変化させることが出来るのか…… だが」


女はその翼を、 爪を、 足を、 見て笑う


「これではただの他人の空似だ、 猿真似では結局なにも変化しない、 その先へ進まなくてはならないっ!」


「肉体の理解は済んだ、 ならば求めるのみ、 力を、 強靭な肉体をっ!」


ググググッ!


驚く、 女の体、 その全てが膨張を始める、 何かが大きく変わる……


双丈奇創莱黥像そうじょうきそうらいげいぞうっ!!」


バギバキバキッ!!


何の音…………


ぐりりっ、 ビジャアアアンッ!!


っ!


骨だ、 肋骨が胸を突き破って伸び肥大化、 体に沿って巻きついて行く、 まるで鎧の様に、 それ以外の部分でも


頭部は頭蓋が割れた様に飛び出しそれが捻れ、 渦を巻くように角が何本も生えて、 その内の数本が般若の様な面の形を取り顔面に張り付く


腕に、 足に、 筋のように骨が飛び出しては皮膚を隠す様に、 関節以外に飛び出した骨が異質に鎧を作る


ベシャベシャッ!!


吹き出すように飛び出た血液を全身に浴びると、 鎧の様な骨がそれを吸い込むように、 赤赤と色を変え、 まるで脈動する様にドクドクと動く


ビジジシッ!


髪が骨の鎧の隙間から伸びて、 数本に別れて、 背中からまんとの様に広がる、 最終的に五メートルは伸びた髪の束は、 ギラギラと、 刃の如き鋭さを有し、 全てが意思にしたがってゆらゆらと動いて居る


骨の鎧をまとい重くなった体、 しかしそれを容易に支える足は太く、 所々鋭く突き出た骨が目立つ、 あれで蹴りを喰らえば余裕でぶち撒けてお陀仏だ


腕や肩も太い、 腕真っ直ぐ伸びた骨が拳の辺りからブレードの様に鋭く伸びている、 両手とも……


グジャァンッ!! グジャァンッ!!


えっ!?


腕が、 背中から生えた、 しかも二対、 その腕はメインの腕よりも比較的細く、 長い、 生えた腕の掌から、 長く太い骨が左右に伸びる


バサンッ


さっきのワイバーンの羽、 あれだ、 手があるタイプの羽だっ! 二対背中から……


ボシャァアアンッ!!


「わっ………」


腰の当たりを貫いて長いしっぽ、 鎌の様な大きな骨のブレードが付いているし、 そのブレードから垂れた液が地面を溶かす


待って、 待って……


「性癖盛りすぎ……」


全身を骨の鎧で覆い、 二対の翼と、 大きいブーストを携えたしっぽ、 ねじ曲がった角とぐにゃぐにゃ勝手に動く髪の毛に、 般若面……


「なんかps2時代のゲームのボスキャラポイ見た目だな、 現代じゃモテないな……」


そいつが笑う、 面で防がれたせいか少しくぐもった声がまじでそれっぽい


「これが俺の新たな肉体、 そう言えば産まれてから俺には名前が無かったな…… これからの俺は巌淼采げんびょうさい、 そうだ、 これから俺は巌淼采だ!!」


こいつ…… 新たな誕生って訳か、 それが相当に嬉しいらしい……


カラン


「……日暮、 我は奴の能力の正体が分かったかも知れない、 いや、 これは完全な勘何だが……」


何だ?


「肉体の強化、 肉体の変質、 肉体の再生、 そして、 肉体の再開発…… これらは全てあるひとつの要素に由来している」


要素?


「奴は真に、 生命として一本先の地点に立ったのかもしれないのだっ! これは生命として有り得ない事なのだっ!」


チッ


「分かんねぇよ! 話の本題に入れっ!」


女…… 巌淼采が笑う、 鳥面がカラカラと揺れて叫ぶ


「産まれるのも、 成長するのも、 そして死へ向かうのも、 全てある力を燃やし使って居るっ、 それは、 全てを司る生存本能の振るう力っ! それは生命の源っ!」


「生命力っ! 命を形作り、 生かす力! それを燃やす事でいつしか代謝の末死ぬ力、 奴の、 奴の能力、 その本質は……」


「無限の生命力っ!」


は?


「無限の…… 生命力……」


それって……………………


「何が、 どうなって、 どうなるんだよ…… 無限だと………」


笑う巌淼采、 焦り叫ぶ鳥面、 ポカンとする日暮、 三者三様違う顔をした


だが………


(……この新たな力で)



(……この誕生した超越生命を)



(……な~んかよく分からねぇけど)


………


殺すっ!!


その内側で躍動する、 殺意、 戦闘へと意思だけは同じだった

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