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第九十話…… 『二つの帝王・3』

ボァァァァァァッ…………


飛行機が空を横切る、 眩しい程の青い空に、 長く尾を引いた飛行機雲が伸びる


飛行機は遠ざかり見えなくなって、残った飛行機雲は風に揺れうねりを作る、 その様は正に


「龍だ……」


白竜の様だ、 その朧気な存在感も、 心が踊る、 龍は実在する、 その事実を自分だけが確信している


ついこの間亡くなったおじいちゃんが以前話していた、 おじいちゃんは小さい頃に龍を見た事があると


小道を歩いていたら、 突然視界が暗転して見知らぬ土地に居たそうだ、 困惑して状況も分からぬままに見上げた空を翼を広げた龍が過ぎて行ったと


しばらくその姿を追っている内に、 今度は気が付いたら元の知っている小道に立って居たと言う


このおじいちゃんの不思議な体験談を我が家の誰もが笑った、 盆、 正月となれば酒を飲んだ大人達の酒の肴に毎年語るのだ


俺だけは笑えなかった、 その話だけが頼りだった、 どれだけ調べようと、 伝説を追おうと龍には会えない、 この世界に龍は居ないのかも知れない


一度で良い、 一目龍を見てみたい、 どうしてこんなにも焦がれるのだろう、 どうしてこんなにも求めるのだろう


龍、 と言う存在は初めて俺の心を動かした、 少し体の弱かった俺はずっと動きの無い穏やかな日々を強制され、 変化乏しく生きていた


自分は弱い、 弱々しい、 少し外に出て数分日光に焼かれ歩くだけで息が上がり倒れそうになる程、 俺はダメだ、 弱い……


昔はそんな事ばかり思っていた、 弱さがコンプレックスであり、 何にも怯えて、 そんな自分を嫌っていた


だからだ、 強く、 大きく、 美しく、 龍と言う存在は勇気をくれた、 その存在は常に憧れだった


なんとしてでも、 本物の龍に会いたい…………


その想いは……………


……………………………………………



…………………………



……………


上空……


ボワァァアアアアンッ!!!


吹き荒れる突風が全身を打ち付ける、 パーカーが強くバタバタとはためいて、 目深に被ったフードが外れその姿を目が認識する


息を飲む


「かっこいい…… めちゃくちゃかっこいいぞ、 龍、 最強の龍、 空帝・智洞炎雷侯ちどうえんらいこうっ!」


歓喜の声が溢れる


あははっ


すぐ側から笑い声が聞こえてそちらを振り向く


「やっぱり噂通りだねあの龍は、 冥羅めいらその能力を解いて良いよ、 君の力、 テンリ・サライの物体の変質能力は凄いね」


男、 光の剣を携えた勇者・ナハトは、 地に落ちた龍の亡骸を見下ろし笑う


「他の龍とは一線を画す空帝すらちゃんと呼び寄せた、 神の素材、 陛廊頭石へいろうとうせきの匂いをきっちり再現出来ている」


だが


「それ故にここが真っ先に襲われるからさ、 死にたくは無いでしょ?」


それはそう


「テンリ・サライ、 能力解除……」


さて……


「これで良し、 じゃあ冥羅、 移動しよう、 雨録さめろくもツマミとお酒を用意して待ってくれてるだろうし」


ああ、 冥羅はもう一度街の空を覆う巨龍を見上げる


「おじいちゃんも、 空を見上げてこの光景を見たんだろうな…… 分かるよおじいちゃんの気持ちが、 高揚が……」


冥羅はナハトの元まで行くと、 ナハトは能力を発動する


「インビコール・ムーブ、 座標変換」


ファンッ!


巨龍の体下から二人の男の姿が消えた、 ナハトの能力は座標変換、 対象の座標を別の座標に変換し移動する


二人は予め指定した箇所は移動した


ファッ!


………………………


「よっ、 着いた着いた、 おっ、 雨録~ ランチの準備は出来てるか~い?」


甘樹あまたつ街を一望出来るすぐ隣の山だ、 夜になれば街の夜景が綺麗に見る事が出来る場所だ


そこに立つ廃れた様な屋敷、 彼等の住処だ、 屋敷の二階には広いベランダがあり、 街を見下ろす素敵な屋敷だ


ベランダには机と椅子が用意されており、 机の上には豪勢の言う程では無いが、 ささやかな料理とワインが置かれている


「今、 素晴らしい眺めに感服していた所だよ、 今から消し炭と化すあの街に乾杯」


そんな事を言う男、 先に帰って居た雨録は優雅に椅子に座りワイングラスを傾けている、 そこには雨録ただ一人だけだった


「あれ? 雨録一人? 韋刈いかりは?」



「彼は、 良いから寝る、 と言っていたよ、この景色を見ない何て勿体ないと思ったが、 ……まあ、 二人も座ったら良い」


ナハトと冥羅は腰を椅子に腰を掛ける


「そう言えば、 遠太倶とおたくもまだ帰って来て無いね」


シェルターの襲撃を任せたが、 帰りが遅くも感じる……


「帰還石の使い方が分からなかったかな? それとも何処までやれば良いか分からないか……」


ナハトがそこまで話した所で、 突如周囲に磯の様な匂いが漂った、 死んで腐った魚の様な不快な匂いもする


これは……


「あっ、 魚惧露ぎょぐろか、 久しぶり、 ありがとう魚惧露、 君のおかげで俺は海でご飯を食べている様な気分になったよ」


鈍く光を反射する銀色、 それは魚、 魚群だ、 夥しい数の細かな魚群が渦を巻いて人の形を作っている、 匂いの原因はこれだ、 明らかに人では無い……


ナハトの皮肉、 だがその匂いを纏った者はそれを露ほども気にした素振りを見せず淡々と言葉を吐き出した


「遠太倶は死んだ、 シェルターに、 居た、 能力者ノウムテラスに殺された……」


まるで機械の様な、 抑揚の無い声だ、 無機質で、 しかしそれで居て聞いていて鳥肌立つような嫌悪感を感じさせる


それより……


「……魚惧露、 それ本当?」


魚惧露は何も答えない、 その沈黙が答えだった


「そうか…… 遠太倶、 死んじゃったか…… いや……… 寂しいね」


雨録はワイングラスを傾けて無言、 冥羅は静かに手を合わせた、 ナハトも少し空を見上げて……


「あっ、 そうだ、 魚惧露もどう? 今からランチなんだけど」


次の瞬間にはにこやかに笑うナハト、 その場に居る誰も悲しむ者等居ない、 彼等は仲間だが、 友達では無い、 目的を共にする様な存在でも無い


「要らぬ、 俺は生き物では無いからな、 また来る」


フッ


淡々と話し、 気が付けば姿を消して居た、 ナハトは笑う


「魚惧露、 そんな姿になってまで、 君が成したい目的とは何なのかな?」


同じ巨龍を見て、 一人は破壊と混沌を楽しみ、 一人は焦がれた夢を堪能し……


「さあ、 今度は魔王、 君の番だよ、 見せてよ今第の魔王の力を……」


勇者は、 敵対するはずの魔王に、 巨龍と言う強敵を宛がった、 魔王の成長を楽しむ為に


ブラック・スモーカー、 黒い煙の如き彼等の思惑は街に揺蕩う、 この空に来訪した巨龍は……………


…………………………………………



……………………



………


街は一瞬静寂に包まれた、 その街に、 その龍を見た者は皆、 同時に息を飲んだからだ


完全顕現から約二十一秒の静止、 その時間でこの巨龍はこの世界の事象に適応する、 巨龍が束の間の静寂を割った



グガギャァァアアアアアアアガァアアアアアッ!!!!!


空気が、 弾ける!


ビシッ!


バリィイイインッ!! バジィンッ!! バシャアアンッ!!


咆哮、 存在証明、 その龍が吠えた、 それは、 その存在感は空気を震わし、 街を揺らす、 ガラスが割れ落ちきらめく


まるで照らす様に、 まるで、 帝王の帰還を喜ぶ様に、 まるで、 この世界が、 初めからこの龍の在るべき所であるかの様に


この世界にある、 どんな物よりも、 この龍は、 今、 強く、 この世界に存在していた


ギャガァァアアアアアアアッ!!!


吠える! 巨龍が吠える!


ビジジッ


大気が一気に乾燥する、 空が禍々しく光を放つ、 まるでファンファーレの始まりの様に、 神が鳴る


第二の咆哮から、 七秒後、 世界は一瞬、 白銀の如き光に満ち……


総数一万撃を越す雷が、 地上へと降り注いだ!



バジャッアアアアンッ!!! ドガジャァアアンッ!!


ビジャッ!! バガガンッ!!


ドラシャアアアアッアァンッ!!!


激音の光の槍が地上へ突き刺さる、 空帝・智洞炎雷侯、 その龍が現れた時、 その地は焦土と化す


空は荒れ、 絶えず、 雷降り注ぐ、 神の逆鱗、 それ以外に現す言葉が無い……


それでも………


「魔国式結界・弥弥戸羅俱ややどらぐ


まだ幼い少女の鈴のような声が鳴る、 少女は、 巨龍を前に、 小さくとも、 幼くとも、 恐ろしくとも、 立っていた


両の足で、 確かに強く、 立っていた!


ビッ!


バジィイイインッ!!


音を立てて着弾した雷、 だがその全てが真に、 この地を穿つ事は無かった、 瞬間街全域に張り巡らせた結界が数万撃の雷を防ぐ


ギィイイイイインッ!!!


空気を切り裂く様な鋭い音がなり、 結界が悲鳴をあげる、 まだ幼い魔王、 強力な結界も規模を広げ過ぎれば強度は落ちる


それでも………


「皆を守るっ!!」


バジィャァアアアアンッ!!


結界に触れた雷がその力を失い青白い静電と音へ変わり消える


「魔国式結界・累驀徒擂るいばとらい落溟らくめいに帰してっ!」


グワァッ!!


空間が大きく歪み、 ぐにゃぐにゃと変怪したかと思うと、 今度は口を開く様に虚空が横に裂け、 ギョロリと目玉が覗く


ギョロォロロロッ


ビジャアッジャッ!!!


水っぽい音がして目玉が充血、 真っ赤に染まった眼球から……


ッ、 バジュッゥンッ!!!


勢いよく、 レーザーの様な血液が吹き出す、 真っ直ぐに空へと向かったそれは、 その勢いのまま上空の巨龍へと迫って……


ちょう血翔けっと爆裸焼ばくらしょう星鎌央火せいれんえいか國蝕昏朩偽こっしょくくららぎるっ!!」


五段階詠唱、 幼い少女の知るはずの無い言葉と知識が、 脳に溢れ、 敵を穿つ攻術を撃ち放つ


術で打ち上げられた血液は敵に接近寸前、 上空にて禍々しく変質、 赤黒く、 紫に光を放ち


高い爆発能力と火力、 爆煙に含まれる猛毒素による腐食の効果を付与し、 巨龍の顎下直下一メートル地点で……


グシュッ


ッ!


ドガァアジャァアアアアアアアアンッ!!!


爆散、 派手に舞った煙が巨龍の顔面を覆う、 腐食の毒での弱体化も狙える


「うん、 大丈夫、 私は無力じゃない、 このままあの龍を倒すっ……………」


バララッ


不意に何かが崩れる様な音がする、 まるで岩が割れて崩れた様な……


ボロロッ


細かく黒い石の様な物が空から降って来る、 小石程度の物が幾つも、 幾つも


これは………


カランッ!


小石がついに地面へ到達、 アスファルトを叩く音が聴こえた………


ボジャアッ!


小石が粘土の様に崩れ、 硬い外側の材質に閉じ込められた、 内側のドロドロとしたものが空気に触れ……


一気に赤熱する!



バジャァアンッ!! バギャアアンッ!! バババァンッ!!


バンッ!! バンッババンッ!!


っ!


「だめっ! この石は智洞炎雷侯の鱗…… いや、 外郭なんだっ、 熱を有した溶岩石の外郭を纏って居る、 それを地へ落とす、 だから地上は火を吹いて焦土と化すんだっ」


ボロボロッ


次々に崩れる、 脆い、 それらが地上へどんどん降り注いで行く、 溶岩石は内部の発火素材が一度空気に触れると小規模爆発を起こし、 数千度の熱量を有したまま消えずに残り続ける


このままでは地上は直ぐにでも火の海だっ!


「魔国式結界・弥弥戸羅俱っ!」


降り注ぐ溶岩石を全て包み込む………


結界が構築され……


アアアアアアッ…………



ギャガァアアアアアアアアアッ!!!!


っ!?


耳を塞ぎたくなる程の咆哮、 さっきと同じ、 咆哮の後に……


ビジジッ


バァンッ!!


瞬間、 白銀に染まる空、 数万撃の雷、 再来っ!


バジャアアアアアアッ!! ビジャァアアアンッ!!!


「あっ、 まずっ……」


今の結界の構築では雷に対応出来ない、 組み直す時間が無い……


ビシッ! バチッ!!


落下する溶岩石に、 降り注ぐ雷が接触!


バンッ!! バシャンッ!! バッ! バシャァアアアンッ!!


空気中で破裂、 一気に空気へと触れ、 熱を持ち、 空間が夕焼けの如く真っ赤に染まった……


ヒリつき、 乾燥した空気が、 爆発による流動、 渦を巻き、 赤熱を絡め、 大きく吹き荒れたっ!


火炎旋風!


バジャアアッ!!


数千度の高熱の突風が、地面をえぐる、 その軌道を紅く刻みながら火炎旋風は魔王・雪が立つこのビルへと衝突する!


ベジャアアアッンッ!!


鉄筋コンクリートすら一瞬で溶かす熱量、 建物全体が紅く変色し、 柱が焼け崩れ、 ビル全体が……


バギィッガンッ!!


崩壊!


ガラランッ


「あっ」


急に崩れた、 足元が無くなった、 咄嗟に発動中の結界を自分の周囲に張ったから、 この高熱の中無事だけど……


高い………


受け入れたのに、 力を、 過去を、 歴史を、 痛みを、 絶望を


こんなにも、 頭の中で煩く、 悲しみの鼓動がズンズン騒がしいのに


そんな事をしても無駄なの? また、 守れないの? 届かないの?


私の力じゃ………


アアアアアアアアアッ


チカッ!!


あっ………………


智洞炎雷侯が、 この街を飲み込むのではと錯覚する程の大きな口を開く、 すると、 忽ち蜃気楼の様に大気が揺らぐ


直ぐに眩いほどの光放ち、 まるで太陽の様に眩しく、 上空の空気は龍のそばで数百度を越える


龍のブレス、 それも空帝と呼ばれる破格の龍の…………


ああっ あああっ


それを、 それを打てば、 それが地上へと振り注げば、 一瞬で何も無くなる


皆んな、 皆が苦しむ


お兄さんが助けた人達が、 お兄さんが導いた人達が、 お兄さんの大切な人達が


私を、 私のお兄さんが悲しむ……


……………


それは


「ダメだっ!」


バッ!


お兄さんならこんな状況でも諦めない、 最後の最後まで力を尽くす


「私だってっ!」


ふわんっ


「魔国式結界・弥弥戸羅俱」


足元に結界、 その結界の上に立つ、 膝に力を入れる


バンッ!!


跳躍!


「魔国式結界・弥弥戸羅俱っ!」


バッ!


足を掛け……


バンッ!!


更に跳躍、 あの龍の元まで、 あの龍の高さまでっ!!


「魔国式結界・弥弥戸羅俱っ!!」


あああっ!!


バンッ!!!!


ひゅ~


「届いた、 こんなにも近く……」


触れる程の距離、 近くで見れば見る程巨大だ、 だが、 所詮は他の龍より十倍でかい位な物だ、 本当にこの街に蓋をする程何かじゃない


ビガァアアアアアアッ!!!!


口内のブレスの光が最高潮に輝く時、 これを撃たせてはいけない、 絶対に行けない、 だから……


うん、 分かったよ……


「魔国式結界・弥弥戸羅俱、 最大出力っ!!」


この結界は、 皆が痛みや苦しみから身を守る為に一番最初に作った能力何だね


だから……


ブワンッ!!


結界の構築、 その結界は綺麗な丸では無い、楕円系の様に伸び、 強固な結界は、 今にもブレスを放つ巨龍と、 彼女自身をすっぽり包み込んだ


「自分を守る為に、 この結界は、 自身がその内側に入る方が強度が増すんだよね、 だから私ここで、 あなたと共に」


ビガアアアアアンッ!


龍が超高熱のブレスを吐き出すその時、 息を吸い込めば喉が焼けそうなその時間に、 確かな、 目前の巨龍と目が合う


大きな目だ、 光無くくすんで居るようにも見える、 だが確かな力強さを感じる、 一見優しそうな、 可愛いような気もする


あ~あ


「……どうして私達は戦って居るんだろうね?」


ゴゴゴッ…………


龍の放つ熱量が最高潮に達する時、 巨龍は未だ眼科の街へ敵意を向けたまま、 初めから少女の事など見ていなかったのかもしれない


「………会いたいな……………」


光が引き付ける様に圧を掛けられたように、 それは勢い良く放たれる


ッ! ボオゴォオオオオオオンッ!!


バゴガァアアアアアアアアアォオオオオオオオンッ!!!!


熱っ


バリィィッ


放たれたブレスは真っ直ぐ結界にぶつかる、 結界が悲鳴をあげる


「っ、 耐えて見せる!」


ボガァアアアアンッ!!!


結界内にて放たれたブレスは閉ざされた空間を焼き付ける、 巨龍自身その表面、 外郭が焼け、 その内側の様に熱を持つ


結界内に閉じ込められた酸素が、 紅く色を持った溶岩石、 巨龍の体を覆う全ての溶岩石と反応する


ビガァアアアアアンッ!!!


結界の中は想像を絶する高温、 放たれた光は目を閉じても突き刺さる程に中の様子は伺えない


街の危機に一人巨龍に立ち向かった少女の姿はあまりに小さくもう見えない、 だがあの結界が砕け散る事は無く、 彼女は戦っていると理解する


ついに、 巨龍一体分、 それを覆うだけの質量を持った溶岩石が一気に火を吹き出す、 そして、 爆発!


ボォッ! ガァアアアアアアアアアアアンッ!!!


ビシィッ!!!


結界にヒビが入る、 それは蜘蛛の巣状に大きく広がり、 ついに内側からの力に耐えられないっ


バリィインッ!!!


ガラスの割れる様な音と共に結界が割れ散り、 ミクロノイズの流出として消えて行く


ドンッ! ボガァンッ!!


抑えきれなかった爆発の威力が、 勢い良く吹き飛び溢れ出す、 それは砂利の様な細かい溶岩石の欠片だ


数千、 数万の燃え盛る石が上空から降り注ぐ


バンッ!! バシンッ!! ボンッ!!


ドンッ!! バァアンッ!!


ビシッ! ボンッ!!


地面に突き刺さり爆発し散っていく、 地面だけじゃ無い、 まるで流星の様な燃える石は周囲の建物を貫き、 破壊していく


バキンッ! ドガァンッ!!


焼き切れた柱が捻れ、 建物が倒壊し始めた、 次々と、 街の至る所で出火している、 立ち上る黒煙、 それとは反対に煙を切って落ちてくる影が在る


上空の巨大な煙を纏った影から出てきて、 重力に引かれるままに小さな影は落下を続ける


これで、 終わり………………


……………


『……求めろ』


……



…………


『力を求めろ、 絶大な力を求めろ、 絶対的な力を求めろ、 他を凌駕する程の力を求めろ』


…………


力…… もっと力があれば…………


………


『蹂躙しろ、 絶望を抱き、 苦心の末に力放て、 痛み、 叫び、 解き放て』


…………………


もっと…………… でも、 もうだめ…………


…………………………………………



………………………



……


「おや? おいおい大丈夫かい、 ナハト君の推し、 どうやら龍に負けたんじゃないか? まだ幼い少女なのに可哀想だなぁ……」



「……どうかな、 前も言ったけどあの子はまだ幼体、 本物の魔王にはなって居ないんだ、 魔王とは絶望の象徴だ」


ナハトは楽しそうに笑う


「絶望を抱く者が最も大きな絶望を産む、 魔王の抱く絶望は決して解決する事無く、 ただ無常に殺されるだけ、 俺達勇者にね」


でも


「魔王の無念は次の魔王へと引き継がれるんだ、 歴代魔王の抱いた絶望が今第魔王の絶望となる」


ナハトは机の上のピーナツの殻を向いて丁寧に薄皮を取り除く、 残ったピーナツの実を掌で転がす


「魔王にとっての絶望は力だ、 絶望が増すほど強くなる、 つまり魔王は第を増す事に強くなるのさ」


カリッ


「うん、 彼女は今第で四十二第魔王だ、 俺が殺した四十一第魔王ですら人間界有数の大国、セイリシアをたったの二日で滅ぼしたんだ、 まあ向こうの歴史は理解しずらいだろうけど」


「まあ何にせよ凄まじかったんだ、 そして今第の彼女はそれすら越える、 ……智洞炎雷候とのぶつかり合い、 多分今頃、 奴らが彼女の存在を向こう側から認識したんじゃないかな」


「こんな所に居たのか魔王よ~ ってね、 今頃、 力が欲しいか…… 何て語りかけてる頃合い………… お?」


ナハトが笑って空を指差す、 雨録や、 冥羅もそれを追う……


街に光が指している


「ほら見てみなよ、 重厚なる暗雲、 裂けて天閣の明光降り注ぐ…… 晴れ間だ」


ぽつ ぽつ ぽつ…… ぽっ…………………


あれだけ降っていた雨が急激に弱まり、 ついには止んでしまう、 雨宿りの終わりを象徴する様に雲の隙間から薄明光線


冥羅は興味深そうに空を見上げる


「天使の梯子…… あれだけ天気が悪かったのに、 これだけ急激に雨が止んで晴れ間が指すとは…… ?」


さらら~


涼やかな風が吹いて空へ掛ける、 陽光を受けて水の結晶がプリズムを放つ


「……虹、 しかも一つや二つじゃない、 何だあの夥しい程の虹は、 しかも妙だ、 えらく近い、 半円に見える虹が、 本来虹は円形で逆円は見えないと聴いた事が有るが……」


街に掛かる虹は明らかに街から掛かっている、 複数に交差して百や二百、 眩しく感じるほどな煌めいていた


「!? ……おい、 待て、 おいあれはおかしいぞ、虹が縦に、 真っ直ぐ空へと指している、 物理的に有り得ない」


あはは


「落ち着きなよ冥羅、 もう物理法則何かとっくにねじ曲がってるって、 恐ろしいくらいに綺麗だろ、 ほら、 あの遡る虹と、 降り注ぐ光の交わる所、 ……誕生だね」


ナハトはそれはもう、 楽しそうに笑った、 雨録も、 冥羅もそれを見ていた


屋敷の寝室から韋刈も見上げた、 鉄塔の上から魚惧露もそれを見あげていた


街で、 やぐらも、 皇印龍も、 白き大蛇も


少し遠くの空、 藍木山から、 日暮が、 暗低公狼狽あんていこうろうばい


空を見あげていた


……………………………


虹と、 陽光の交わる所、 その狭間に小さな影が映る、 長い黒髪が風に揺らぐ


彼女が腕を掲げ、 人差し指を天へと指す


チカッ!!


ぐわぁぁぁっ!!


一気に風が上空へと渦巻き、 厚い雲に穴が空く、 そこを起点に押し出す力が雲を押しやり、 雲は次から次へと四散して行く



ぼっかりと、 見渡す空に架かる雲が消失、 痛いほどの眩しい陽光と、 何処までも澄んだ青が視界に突き刺さる


先程までの暗雲が嘘のように晴れ晴れと、 清々しい程の快晴


光は全てを照らす


………………………………………



……………………



……


「魔王が誕生したか、 かの龍と戦っていたのは今第の……」


って事は


「雪ちゃん! って事だよな、 ちっ、 さっさと行かねぇと、 雪ちゃんを助けないと……」


(……さっさと下山して…… シェルターは冬夜と威鳴さんでどうにか成るだろうけど、 移動はフーリカ、 まずはフーリカに連絡か、 いや、 えっと………)


頭回んねぇな………


取り敢えず走り出そう、 そう思った時、 一陣の風が吹き抜け、 遠くの街の空に居座る巨龍が吠えた


《グワァァアアアアアッ!!!》


遠くから聴こえる声は数秒遅れで、 しかし確かにこの藍木山へ衝突し、 音を震わせる


その命の波動、 生命の波紋はその存在を目の当たりにしたものにある種の生命力を与える、 無意識に大きな命に、 自分の命を握られる感覚


鳥肌の立つ様な感覚に体が震えた、 その時、 日暮は、 その耳で聴いた、 声を、 聴いた


…………………


「……向こうも、 互いに本調子という訳か、 やれやれ、 俺の方は大分時間が掛かってしまった」


ザッ ザッ


地面を踏む、 歩の音が聴こえる、 背後から、 そうして、 声が聴こえた


誰の………


ボロッ ボロロッ


まただ、 何か、 硬質な何かが崩れる様な音、 これは……


「っ!? 日暮っ、 腹だ! 奴の、 猿帝の死体の腹を見ろっ!!」


は?


「腹っ? ………えっ、 穴?」


ボロッ


奴は確か身篭って居ると言っていた、 大きく膨らんだ奴の腹、 先程、 白目を向いて伸びていた


明らかに死体だった猿帝の腹は、 まるで水晶玉が割れた様にその外側の皮膚が崩れるボロボロと音を立てて崩れて居る


奴の能力は肉体の硬質化だった、 鉄の如き固めた肉体や、 肉体の一部を変形させて硬質化させブレードの様な攻撃、 また切り離して鎖の様に縛り付けたりしていた


奴の丸い腹も守る様に硬質化していたが、 暗低公狼狽の骨と、 ブラストの連携攻撃で破壊したんだ


その腹だ、 丸い形はそのままに、 拳の衝突地点を起点にヒビが入りそれがボロボロと崩れている、 そうして大きな穴が空いているのだ


全てを照らす光が、 奴のぼっかり開いた腹の中を探る様に光さす、 空洞


「中身…… は…………………」


ザッ


足音、 先程日暮が街の方向を見ていた、 その方向から聴こえる、 引かれる様にそちらを振り向いた


ひゅ~


風が吹いて、 なびいた髪が見える、 スパイラルパーマの様な髪型だ、 黒っぽい茶色、 腰の辺りまで長い


肌は褐色だ、 見えるのは背中だけだが体格はかなり洗練されている、 身長は二メートル近いし、 引き締まり筋肉のついた体は、 それでも美しいラインで、 女性だと分かる


どっか外人の女性っぽい、 で、 服はちっとも着ていないのだろう、 違和感が仕事をする


(……何だこいつ、 いや、 そもそも、 この山に俺以外の人間なんて居るはずが、 いやそもそも、 そもそもこいつおかしい…………)


さぁ……


目の前の女が両手を広げ、 全身で光を、 風を、 世界を感じるかのように……


……ぐれっ


「日暮っ!! 奴の存在感に呑まれるな!! 今直ぐに構えっ……」


え?


……………………


ガギィンッ!!!


ぶつかり合う、 衝撃音で意識が鮮明とする、 まるで幻であったかのように、 既に女は先程の地点に居ない


じゃあ何処か……


バァアアアンッ!!


ぶつかる、 衝撃っ!!


「っげぇ!? なっ、 なっ、 まっ……」


吹っ飛んでいる、 吹っ飛ばされている、 既に深く踏み込んで、 敵は拳を振り切っていた


(……んだよっ! やばっ、 敵、 敵、 敵っ、 鳥面野郎が反応して骨を前方で構え防いでくれてなかったら明らかにやばかった)


最初の衝撃音は防いだ音か……


ちっ


「らぁっ!」


ザァ!!


吹っ飛ぶ体を捻って着地する、 それと同時にナタを前方に構え、 一瞬で戦闘の思考へと切り替える


大丈夫、 ダメージは無い


「鳥面、 助かったっ」



「いやいい、 我も反応が遅れた、 日暮程じゃないが我も呑まれた、 空の彼方の龍にじゃないぞ、 あの女にだ、 この我が……」


あの速度、 そして感じる強い存在感、 遠くの空で吠える龍すら忘れる程、 日暮はあの女の背中を見ていた


(……あの女、 何もんっ…………… あれ?)


困惑


追っていた、 殴られてから、 確実に、 目で、 耳で、 匂いで、 その存在感を確実に追って捉えていた


気がつけばまた居ない、 見失なっ……


側方、 鋭い殺気!



「わぁっ!?」


山勘で上半身を捻って大袈裟な位体を逸らす、 その上体の上を……


ブワァアアンッ!!


轟速、 見えた蹴り、 当たったら即死と感じる……


バギィンッ!! ミジィッ!!


後方、 蹴りが太い幹の樹木に衝突する音、 振り返って見なくてわかる、 たったの蹴り一発で絶対折れた


やばいっ……


バッ シュッ!!


体が反応する、 回避した体制を体重移動で無駄なく正確に持ち上げるよう押し出し、 今出せる最速の付きを繰り出す


「手刀陣・忌来切きらいせつ!!」


バシュッ バシッ バシャンッ!!


日暮の突き、 そこに被せる様に暗低公狼狽の最速の切断攻撃が瞬時に動かせた七本の骨から繰り出される


ど近距離から同時に放たれる八撃、 巧みに囲む様に仕組まれたそれ、 回避は困難……


すぅ……


分かっていた様に、 女のしなやかな腕、 手の甲が日暮の突きを流しつつ、 その動きの連携、 素早い動きで腕を絡められ……


ふっ!


バギィイッ!!


っ!?


腕っ、 折れ…………


シュッ シャンッ!!


迫る骨のブレード、 それを無駄のない動作、 全て紙一重で回避し、 後ろ回転で女が地面を蹴って跳ねる


柔軟な肉体の躍動から、 鞭のようにしなり放たれる、 回し蹴り……


ドォスゥッ!!


正確に入る、 まだ、 折られた腕の痛みに対して、 意識が実感するよりも早く、 確実性をもって放った攻撃が欠伸をする様に、 簡単に全て無に帰したと、 理解するより早く


日暮と、 暗低公狼狽、 一つの肉体に宿る二つ存在の、 そのどちらも認識するよりも早く


まるで、 たった五歩の距離にある的を、 プロのアーチェリー選手が当然の様に、 確定的に中心を射抜く様に


横腹を、 蹴り足が捉える


…………………?


一瞬何も感じなかった、 太い幹の樹木、 さっき敵の蹴りが掠めた樹木は、 着弾点から大きくえぐれ中程から倒れ、 周囲の木に絡まって居る


……あれ?


背後にあった樹木がどうして、 自分に見える………………


ああああああああああああ



「うげっああああああああっ!?」


また、 また吹っ飛んでぇ……


ドガシャアアアンッ!!


………………………………?


…………………………………………………?


………………


「ぁえ?」


ジリジリジリジリジ………


ぐわんぐわん……


ぁぁあ?


「あ?」


気が付けば天井を見あげていた、 天井? あぁ、 さっきの屋敷だ、 埃クセぇ……


あぁ、 蹴られて、 吹っ飛んで、 屋敷にぶつかって、 レンガだか、 コンクリートだかの壁を突き破って………


え?


遅れて


「っ! いっでぇあああああっ!!!!」


叫んだ、 痛い痛い、 やばい痛い、 腕が、 骨っ、 骨とび出てるっ


横っ、 横バラぁ~


「? 横腹は、 生きてる、 再生した?」



「致命傷だったからな、 再生は元々我の能力、 今は我がいる、 再生の優先割合は我が決めた、 腕はもう少し待て」


あ………


「何とか、 なったのね、 一応」



「早く立て、 直ぐに来るぞ、 済まないが現状あの女の動きに全く反応出来てない」


そもそもあの女は、 何者………


…………トン


見上げる天井、 その上、 屋根に何かが飛び乗った音が聴こえた


ッ、 ドガァアアンッ!!


バギバギビギッ!!


!?


見る見るうちに天井に大きなヒビが入り、 忽ち瓦礫が落下を始める


「まっ! じで、 なんなっ! ノッ!!」


ばっ!!


立ち上がって近くの窓に体当たりでぶつかる


バリィンッ!


ガラスを撒き散らして屋敷の外に飛び出る


ドスンッ! ドガンッ!!


屋内に瓦礫が降り注ぐ音が外まで響く、 危ない、 何とか反応できた……


体勢を整え、 首を上に、 そこに居るであろう屋敷の屋根を睨み付け……


ザッ


背後で足跡、 嘘でしょ……


首を捻って、 そちらを見る、 居た、 女だ、 さっきの、 既に背後に回っている


女が首を抑え捻る


ゴキゴキッ


「成程、 だいたい分かった、 今の時点で既に貴様の動きの反応速度を大幅に上回っている」


「その上、 データーは少ないが、 貴様との戦い、 貴様の動きのクセを、 感覚として、 経験として確かに理解出来る、 この体でも」


こいつ、 まじで何もんなんだよ、 一体、 何者なんだ……


………


「遺伝子は不完全だ」


…………?


女が唐突に語りを仕掛けて来る


「生きる上で大切な事とは既に本能の記憶呑みで完結出来ることでは無い、 我々や、 人は進化し、 大きな脳と、 膨大な記憶力を獲得したのだ、 真に受け継ぐべき物は知識と経験だ」


「よく転ぶ子供が、 大人になり転ばなくなる様に、 経験して、 知識を得る、 だがそれは、 所詮当人にしか作用しない物……」


「百回も、 千回も転び、 ようやく手に入れた知識でも、 それを血を分け、 自身の遺伝子を託した子すら、 同じだけ転ばなくては知識を得られない」


何を、 いきなり何を語り出す……


「……遺伝子とは、 進化無くして前には進めない、 遺伝子は経験し、 知識を得る事は出来ない、 それでいて遺伝子とは、 本能とは、 この命の王様なのだ」


こいつ……


「お前、 いきなり何だ、 誰だ、 さっきから結局何が言いたいんだよ」


女を睨みつける、 その女はこちらを回り込む様に、 軽い足取りで歩く


「俺は、 猿帝・羚赫世什騎りょうらくせいじゅうきが孕み、 腹の中で育った、 奴の子だ」


!?


その言葉を、 真に受けたとしたら、 日暮は多くの感情が一気に打ち付け言葉が出ない


「生き物は何故、 自身の血を分けた子を産むのだと思う? 俺が思うにそれは遺伝子を次世代に繋ぐ為だ、 肉体には限界が有るから、 新たな命に自身の進んで来た道の先を更に目指す」


「進化の為だ、 だが、 遺伝子を継ぐ進化の道とは常に、 とてもゆっくりな歩だ、 何百年、 何千年という時間を掛け、 少しずつ前へ進む」


「何故、 そんなにも遅いのか、 それは、 遺伝子では知識や経験は継承されないからだ、 親が失敗し、 血を流し、 苦悩の果てに得た経験を、 遺伝子では子に教える事が出来ないからだ」


「その子もまた、 いつしか同じ失敗をし、 親となった時、 更にその親の子供も、 またいつか、 同じ失敗をし、 繰り返す事で、 いつか奇跡的にそのループから抜け出す」


「これが、 今までの、 生き物の進化だ、 この進化は所詮、 余る程の時間あっての結果に過ぎない」


猿帝の子を名乗る女は、 少し離れた位置にある猿帝の死体を指差す


「命はいつか終わり、 道程を子へ託すと言うならば、 親が得た経験と知識を百パーセント、 余すこと無く子へ譲渡できたなら」


それは


「真なる進化の道だ、 時間による解決でなく、 この命、 この存在による解決、 それが出来たなら、 更に先へ、 進む」


先?


「極めた道の、 更に先だ」


女は右手で日暮を指さし、 左手で自分を指差す


「互いに、 知性を得て、 思考し、 我々の種族は言語や、 文字として、 知識や経験を次世代へと継承する事が出来る存在へと成った」


「これは、 生物の進化性に対するある種の極だと思っている、 ここ数百年、 我々の形は大きく変化して居ない、 それは遺伝的な本能による進化を止め、 脳を使った知性による前進を行う様になったからだ」


だが、 それでも……


「到達した極、 その高くそびえ立った壁を、 越えようと思う者は居ない、 誰もがその壁を見て、 終着点と解釈する、 誰もはなから、 極の先の景色を夢想しない」


「本能と、 知性、 その全てを使い、 持てるだけの力を全て使って尚、 その壁は越えられないと理解せざるを得ない程、 極の先とは遠いのだ」


「根本的にたどり着けないと諦めざるを得ない、 逆に、 諦め進化論に満足できてしまう程に進み、 完全なる極となる場所へたどり着いたという証明でもあるが」


「足りないのだ、 どうしても極の壁を乗り越えるのに、 足りない、 次へ託す継承では、 知識も、 経験も、 意思も、 魂さえも、 次の肉体に百パーセント引き継ぐ、 そうでなくてはならない」


こいつは、 何を、 いや、 やっぱりそうなのか、 語り口から、 雰囲気から、 そうなのか?


「猿帝は死んだ、 お前は猿帝の子供だ…… でも、 まさか、 その内側、 意思は、 猿帝・羚赫世什騎なのか? 古い肉体を捨て、 新たな肉体を得たと言う事なのかっ?」


有り得るのか、 そんな事が……


女は笑う


「そうだ、 あの死体と、 俺は、 本来の関係ならば、 親と子、 だがその実態は違う、 どちらも俺自身なのだ、 生まれ変わりとも言える」


「ただの新たな肉体では無い、 貴様も体感しただろう、 この肉体に宿るエネルギーを、 俺は今、 たどり着いたのだっ!」


女は量の手を高々と広げる


「極の壁を越え、 その更に先の道へと、 今、 たどり着いたっ!!」


戯言だとは思えない、 スピードも破壊力も、 今まで日暮が戦ってきた敵達の平均値よりも高いと感じる


(……微妙な感じだ)


強い違和感を感じる、 それは暗低公狼狽も同じのようだ鳥面がカラカラと音を立てる


「質問していいかな? 普通我の感覚だとさっき産まれたばかりの子供が、 そんなナイスガールな訳無いと思うんだけど?」


それだ、 強い違和感は


「普通では無いからな、 俺の命は、 暗低公狼狽、 忌み子であった貴様ならば最も理解出来るかもな、 本来、 絶対に交わるはずの無い二つの命種の融合」


「天法に反する生命は、 本来産まれるはずは無い、 世界が誕生を拒むからだ、 暗低公狼狽、 貴様もそうだった筈だ」


鳥面は笑う


「あははっ、 確かに、 我の親は鳥と蛸の驚異の組み合わせだったからね、 我が誕生したのは父、 触手腕触蛸の超万能細胞と、 母、 夜駆由来鴉の強い遺伝子の複合作用だったのだろうが」


所で


「君は一体、 猿帝は一体何者と交わったのかな? ……まさか」


女もまた笑う


「ふはっ、 この世界の人間だ、 この世界の人間の種と交わり、 俺は産まれた」


は?


「きっも……」



「そうか? 相手は、 師の幻覚能力で頭をスカスカにしていたから、 本心は知らないが、 さっきも言ったが、 俺は奴の事が好きだったぞ、 奴の復讐心、 その色は綺麗だった」


ゾッ……


誰なのか、 理解出来てしまった、 深い忌避感と、 気持ちの悪さに鳥肌が立つ


「我々と人間は近い、 だが勿論我々の接触は有り得ない物、 天法に拒まれる、 色々と実験をしてな」


「猿帝血族の男と、 人間の女で、 血族の女と、 人間の男で、 何度も実験した、 結果はな、 面白い」


気持ち悪い、 想像したくない、 吐き気と怒りが湧いてくる


それを女は飄々と笑みを携えて口ずさむ様に語る


「交わった後、 直ぐ間もなく、 余りにも早く受精する、 その後数秒の内に女の腹は膨らみ、 はは、 なんと、 十秒ほどの時で勝手に腹を突き破って出てくるのだっ、 はははっ」


女の笑い声がとにかく不快だ


「そうして直ぐに死ぬ、 根本的な生命に必要な物が足りていないのか、 腹を突き破られた母親も勿論死ぬ、 母子共に死ぬ、 これが結果だ」


「俺も一度、 別の人間の男と交わり子を成してみたんだ、 勿論ただ行った訳では無い、 能力により肉体をガチガチに硬質化した、 腹からでなければ子は死なないと考えたからだ」


「だが結果は失敗だった、 子は腹を突き破って出て来れなかったが、 足掻き続けた結果、 その内やはり死んだ、 だがその状態で半日程は生きた」


女は喜ぶ様に更に笑う


「無理やり生かそうと思えば生かせるのだと理解した、 そうして奴に出会った、 運命だと思った」


「奴、 深谷離井みやはないの能力、 パラサス・ダイブは肉を糸に変え、 編み合わせる事が出来た、 だから俺は奴との子を設けた後、 突き破られ無いようまた硬質化し閉じ込めた」


「その後、 奴の能力で俺の肉体と、 腹の中で死んだ一人目の子供の死体を使って、 離井との子供が全く動く事が出来ない様にガチガチに押さえつけされた」


「その上で、 強制的にその子供を生かす、 まあ臍の緒の強化版と言うか、 そう言った機関を離井に作らせ、 強制生命維持をさせる事にした」


「子は、 どうやっても死ぬ事が出来ず、 そうして天の意思に歯向かう様にどんどん成長した、 すくすくとな」


何か、 有り得ない話を聞かされて、 でも目の前で現実だと理解させられ、 日暮は何もかも止まってしまう、 鳥面も喋らない


腕はとっくに回復していた、 恐らく遠くの空で繰り広げられて居るであろう巨龍と少女の戦いの事も忘れていた


唖然と口を開いて、 聞き入っていた、 生命の、 神秘………… ねじ曲がった神秘を


「俺は直ぐに動けない程になり、 屋敷に籠った、 偶にだ、 不思議な事が起こる、 眠ったり、 瞑想をする時、 子の意思と俺の意思が繋がるのだ」


「違う道を進んで来た似ている生命、 その二つの遺伝子に刻まれた共通点と相違点が、 進化の過程で生まれる取捨選択、 本来埋まるはずのない凸凹が、 二種の交わりによって、 埋まる」


「二つの極めた道を束ねる、 理解した、 それこそが、 極の先、 我々と言う生命の、 真の進化、 究極の前進であるとっ!」


「……大切なのは、 出産の意思を世界に知覚されない事、 意図せず産まれる必要があった、 例えば、 硬質化された腹を殴られ割れた腹から外の空気に触れてしまう、 とかな」


え?


「腹の外にさえ出てしまえば後は完成の所まで既にたどり着いてのだ、 だからこそ、 人間、 貴様には感謝するぞ」


まじか……


「ありがとう、 俺を押し上げてくれて」



「…………俺のせいかよ」


清々しい程の笑顔でこちらに微笑みかける女、 まるで口笛でも吹いてスキップでも始めるのでは無いかと思う程軽い足取りで女は歩く


ちっ、 長話で調子が狂う、 何にせよ切り替えなくては、 こいつが本気で走り出したらこっちはついて来れないが、 確実に限界という物は存在する筈だ


ならば、 時間はかかるかも知れないが、 確実にこいつを仕留められる方法を探して……


トントン トントン


思考し、 様子を伺いながら、 女の足取りを追う、 すると女は突然ある一点に向けてつま先で地面を打ち始めた


(……何を)


トンッ


「ここだな」


そう言うと女は足を高々と振り上げる、 警戒から一瞬で日暮と暗低公狼狽は構えるが、 次の瞬間息を呑む


「フッ!」


バギバギバギッ!!!


女の足が、 一瞬で太く、 ゴツゴツと見た事ないほど筋肉が隆起し、 超人的な肉体へと変貌する


それを思い切り地面へと振り下ろす、 カカト落とし、 鎚の様なカカトが、 地面に打ち付けられる


ドガァアアンッ!!


地が弾け、 破壊音が山へ児玉する、 なんの目的があってこんな事を……


「俺の直下にある、 この山を支える巨岩を今、 砕いた、 力の歪みをもう誰も止めることは出来ない」


は?


……………


グラグラグラグラグラッ!!!


っ!?


地面が揺れる、 山全体が大きく揺れている、 地震っ……


ガラララララッ!!


「っ!? 立って、 られねぇ……」


二本の足で支えられない程の揺れの中、 まるで何にも動じないと思わせる程、 女は揚々の地面に立つ


「日暮っ! 見ろっ! 土砂崩れが発生しているっ! 山全体が揺れているぞっ! 早くっ! なんとしてでも離れろっ! 山が崩れるぞっ!!」


んな事……


あははははははっ


女の笑い声だけが、 鮮明に鼓膜を震わす


「人間、 手始めに生き延びてみろ」


バガァンッ!!


地面が唐突にヒビ入り崩れる、 笑う女の顔がやけに遠くに見える、 何がどうなったかのか


肉体が落下する様な感覚を感じだ所まで、 日暮の意識はあった………


……………


街の空に、 聳える山に、 顕現した


『二つの帝王』

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