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第八十九話…… 『二つの帝王・2』

ザアアアアアアアアアアッ!!!


ガタガタガタッ!


気が付けば雨足は最高潮に強く、 風が揺らす窓は焦燥を掻き立てる様に打ち付け音を立てる


眼前、 この地に蔓延る悪敵の親玉、 猿帝血族、 猿帝・羚赫世什騎りょうらくせいじゅうき、 敵意を向けるその様


しかし、 それとは反し何処か余裕すら感じる、 ドシリと深く腰を下ろしているが、 その身体を起こすのは容易では無いだろう


日暮はずっと猿帝の事を男なのだろうと思っていた、 だが、 こうして目の前にして知った、 猿帝は女性なのだ


しかも、 その腹は膨らみ、 妊娠すらしているのだという


奇妙な忌避感が湧く


(……気持ちわりぃ)


だが、 とにかく、 それを見ても簡単に飛び込もうとは思わない、 余裕さを感じるその姿は正に長と言うべき貫禄を感じる


不意に一瞬風が弱まり、 屋敷中に響き渡るガタガタ音が弱まった時、 まるで決まっていたかのように猿帝が口を開いた


「人間は、 中々に面白い、 興味深い、 何故こんなにも我らは似ていて、 こんなにも違うのだろう」


日暮は首を傾げる、 妙な事を言う


「そもそも、 お前らの世界にも人間は居るだろ、 初めて見た訳でもあるまいに」


フーリカだって同じ異世界からの来訪者なんだ、 何を今更………


しかし、 日暮の言葉に今度は猿帝が首を傾げる番だった


「……冗談か? それとも本当なのか、 どちらせよ我らの暮らす大陸は広かった、 その上、 他に比べれば小さなコロニーだった」


「所詮、 弱小種族、 遠くには行かない、 この山から見渡せる町、 ちょうどその程だった、 我らの活動範囲など」


「この世界とて、 もっと広く、 空を、 海を越えて、 遠くまで、 世界は繋がって居るのだろう?」


日暮はある意味納得した、 日暮だって、 遠くの国のジャングルに生息する生物を、 同じ世界出身だからって知らない、 知るわけが無い


「世間知らずと言ってくれても構わない、 だが、 そうか、 中々面白い話を聞いた」


日暮の頭に掛かる、 鳥骨面が口を開く


「妙だな、 猿帝、 そうは言っても君は魔王を知っているだろう、 それと戦う勇者の事も」



「聞いた事はある、 魔王の存在も危険であると理解している、 だがそれは我らにとって、 常に遠くの世界の話に過ぎなかった、 魔王も人だったのだな」


そうか、 そうか…… そう納得する様に呟いて居たが、 それも止む


「で、 話を戻すが、 人間という生き物の面白い所はやはり、 意思だと思う、 心と言っても良い」


心……


「穴蔵に住み、 炎の偉大さを知った時代から、 確実に一歩一歩、 前進して来た、 本能に従う進化とは違う、 進む道を自分で決定出来る勇気」


「賞賛に値する、 卵が先か、 鶏が先かと言うのか、 心があったから前進出来たのか、 前進する過程で心を得たのか、 何にせよ、 面白いのだ」


そう言って、 猿帝は本当に笑ってみせる


「この家、 この家の持ち主は中々に変わった男だった、 地下に降りたのなら見ただろう? あれがこの家の主だ」


あの死体が……


「この男は元々教師だった、 学ぶ事を好き、 多くを知り、 それを他人に伝えた、 自身もそれを誇っていた」


「それと同時に、 彼は魅せられていた、 それは俺が魅せられて居る様に、 男もまた人の心に魅せられていた」


「地下の部屋に本があったろう、 沢山あった筈だ、 あの本は、 その筆者の人生であり、 心だ」


日暮は地下で見た埃まみれの痛々しいタイトルの入った本達を思い出す


「本とは、 元々その筆者の心の声を表した物だが、 あそこにある本はそれを凝集した様な物で、 どちらかと言えば日記に近い」


「その人間の歩んできた道程と、 それによる気付き、 心の揺らぎが、 文字から、 背景が浮かんで来る、 これを読むのが中々に面白い」


「そして、 この家の主の話に戻るが、 男はこれを誰もが学ぶべきものだと考えた、 道徳の授業など、 その程度で済ます事でなく、 人は自身の心こそ、 学ぶべき物なのだと導き出した」


……自分を知るって奴か?


「だが、 多くの者はそれを理解した様な顔をしながら、 その実理解等まるで出来ていない様であるのに、 それを恰も大いなる気付きであるかの様に語る男を、 今更か、 と馬鹿にした」


男は内心怒りを覚えた……


「多くの人間が、 他人や、 自分の視界に映る自分で無い物から情報を得て自分を構築し、 自分自身を知った気になっている」


だが、 本当は違う


「人に心が有るのなら、 他物に干渉を受けず、 影響されずに構築された物こそ、 純粋な自身の心であり、 自分なのだ」


確かに、 多くの人は、 他人を知る事で、 自分を知った様な気になる、 初めから自分に目など向けた事は無いのに


他人等、 自分以外の物等例えなくても、 そこに命が生きている以上、 それは確かなる強く存在する自分であるのに……


「疑問何だけど、 猿帝さんや、 あんたなんでそんな事知ってんだ? 何で、 その男に詳しい?」



「簡単な話だ、 俺が今読んでいる本、 この本に書いてある、 この本は、 この家の主が書いた本だからな、 全て記されている」


猿帝がページを捲る本は、 そうか、 この家の主が著者なのか……


「この男は理解をしようとしない大人共に失望し、 若く希望のある子供へと教えを解く事にした、 だが、 理知的であろうとすればする程、 子供達の見せる純粋さは男にとって快いものでは無かった」


そうして


「男は自身の教え子に無理な居残りを押し付け、 教室に軟禁し、 その子供の親が学校に問い合わせるまで、 男の授業は続いた、 教え子はそれによって気を病んだと言うのだから、 内容は歪な物だったのだろう」


「男は過ぎた教育と言う事で逮捕される様な事は無かったが、 教師を退職する事にはなった、 ……そうしてこの屋敷を買取り、 引きこもり男は、 自身と向き合った」


想像するのは難しいと思った、 そこまで何かに執着する事は無い、 それに正に歪だ


教育と言う行いこそ、 人が、 他人から受ける影響であり、 人間性、 心への干渉だろうに、 男が愚かと言った……


そう考えて、 風が再び強く吹いてガタガタとまた強く窓が叩かれる、 それは流れの変わり目に思えた


「そうしたある時、 男は不意に思った、 やはり、 このまま自身の大いなる気付きが無くなる、 自分で終わってしまうのは愚かしく、 常に前進して来た人類の流れに反する行いだと、 教育とは継承でもあると」


「男は探した、 若く聡明な子供を、 血眼になって探し、 そうして見つけた、 その子供は丁度、 この屋敷の傍のアスレチック場へと遊びに来ていた」


無垢な子供を、 獲物の様に捉えた男の瞳がギラリと光る様が鮮明に映って吐き気がした


「その日は平日で人は多くない、 絶好のチャンスだ、 男は、 子供が両親から離れた隙を見逃さなかった」


…………………………


『……俺はパパの知り合いで元教師なんだ、 君のパパとママは仕事で突然帰らなくちゃ行けなくなった』


『俺が連絡を受けて迎えに来たって訳さ、 とりあえず俺の家に来て泊まって行きなさい』


…………………


「男はそそくさと子供を連れて屋敷へ戻った、 その日は子供の喜ぶ様なご飯を作り、 喜びを提供した、 そうしてその晩、 子供にあの地下室を宛い、 次の日から監禁した」


子供の両親は、 子供を探し回った、 警察も出動した、 山を漁って数日に渡って大捜索が成された


何処ぞのボランティア集団やらなんやら、 ツチノコでも探すのかって勢で、 大勢探した


勿論男の家も捜査が入ったが、 当時、 地下室の存在は男しか知らない程、 巧妙に隠されていた


その上、 男は積極的に捜索ボランティアに参加し、 山に入り、 子供の名前を喉が枯れる程叫ぶ、 大茶番を繰り広げ、 とうとう男を疑う者等居なかった


「捜査が中止された後はもう男の思う壷だ、 椅子に繋ぎ、 ひたすらに他人の人生の追体験とも言える教育を与え続けた」


地下室の椅子、 やはり鎖は、 その子供が繋がれていたんだ、 ずっと……


日暮は聴かずには居られなかった


「その、 子供はどうなったんだ?」



「死んだ、 つい最近の事だ、 人間、 お前も知っているんじゃないのか? 人間達のシェルターを襲撃した我ら、 そしてその協力者……」


あれ? それって………………


深谷離井みやはない、 俺はやつの事が特に好きだった」


えっ……………


「深谷離井、 はーなん……」


……………


『…………はーなんって僕の事?』


……………


子供の頃の記憶だ、 本当に一時の、 シェルターが襲撃された時、 だいぶ戦ってからお互い気がついたんだよな……


行方不明、 一年に一度くらいはどっかで起きて、 忽然と姿を消す、 神隠しみたいな、 ニュースで見るあれ


当時の日暮はあれだと思った、 それが身近で起きて、 その内忘れられて、 日暮も最初は寂しかったけど、 すぐに慣れてきた


あの時も………


(……ここに独り、 ずっと居たのかよ)


何か、 強い怒りを感じる、 知らなかった自分に、 この世の理不尽に


「深谷離井を助けたのは俺だ、 この屋敷は体を休めるのに丁度良いと思った、 師の力で、 この家の主に幻覚を掛け、 毒を飲ませて殺させた」


「男が最後に向かったのがあの地下で、 俺はそこで深谷離井に出会った、 奴を見た瞬間に心踊った、 体の動きを阻害し、 無必要な物を視界に捉えない」


「他の人生を潤沢に知り、 それでいてそれを真に受けない、 ただひたすらに自分の心と向き合った、 奴の復讐心は美しかった、 ……とは言え、 それも最後は無くなってしまった様だがな」


日暮は息を吐く


「俺は、 はーなん、 深谷離井と最後に戦ったよ、 あいつを殺す程にまで追い詰めた、 それはあいつを憎かったからじゃない、 もう一度あいつと心の底から笑えたからだ」


最後は……


「逃げられたけど、 ……いつ、 死んだんだよ」



「その日だ、 その後、 力を使い果たした後殺された」


くっそ……… 悔しい、 トドメは俺が刺したかった


「殺したのは誰だよ」



「名前は知らないが、 ブラック・スモーカーと言う組織のメンバーだ、 能力者ノウムテラスの人間で構成された奴らだ、 猿帝血族とも関わりがあった」


何もんだよ、 そいつら………


カラカラ、 鳥面が鳴る


「ちょっと待て、 黙って聴いていたが今の発言はどうもおかしい、 君は何故情報をペラペラと話す? 協力関係だったのだろうそいつらとは」


はははっ


「所詮協力関係、 そうしてそれももう終わる、 貴様らは知らないだろうが、 今この世界は、 大きな流れの変わり目に居るのだ」


何だ?


「本来有り得ない筈の二つの世界の融合、 世に溢れたミクロノイズと能力者、 別の世界で歪に開始する勇者と魔王の戦い」


「だが! これは全て序章に過ぎない、 この先生き残るには力が必要なんだ、 一族の帝王等、 そんな肩書き等何も意味を成さない」


バキバキハギッ………


ガラス破裂する様な音が鳴る、 それは屋敷の窓ガラスでは無い、 グニャグニャと溶けたガラスの様に半透明な何か


それが音を放ち形を成して行く、 猿帝の体だ、 猿帝の体が溶ける様にその様になって行く、 その内冷めて形を固める


すると、 硬質な鈍く光を放つ刃へと姿を変えた、 これは………


「冬夜を縛ってた、 硬質な肉の鎖、 あれはお前、 猿帝の能力だったのか」



「そうだ、 村宿冬夜、 どうせ奴も死んでは居なかったのだろう、 本当に人間は厄介で面白い」


こいつ……


暗低公狼狽あんていこうろうばい分かってると思うけど、 あいつの能力はどこまで言っても肉だ、 お前の能力が必要だ」



「分かってる、 さあ行こう、 族帝殺しの力の見せ所だよ!」


ガタンッ!!


一際大きく窓ガラスが打ち付けられ、 揺れ音を立てた…………


バンッ!!


日暮が強く踏み込む、 敵は動けない、 だが、 敵の能力の性質が対応可能だと分かれば、 一気に詰める!


ジャリリッ!!


音を立て迫る敵の刃、 そこに迎え撃つ様に………


「手刀陣・忌来切きらいせつっ!!」



ズバァアッ!! バシャアアッ!!


水を多く含んだ野菜でも切るかの様な感覚で、 暗低公狼狽の能力、 暗観望測夜行百手あんかんぼうそくよこうひゃってによって操られた骨のブレードが敵のブレードを真っ向から叩き切る


「手刀陣・這いずり底攫い!!」


動けない敵に対して、 地を這う切断攻撃、 それは避けようの無い、 確実に……


グジャッ クジャンッ!!


被弾!


「ぅがあああああっ!?」


敵が喚く、 大層な事言ってた割には大したことは無い、 所詮不動の木偶の坊、 族帝だか何だか知らねぇが……


グッ!!


強く拳を握る、 その拳へと骨が一本絡みつく


「ブレンイグ・ブラスト!!」


ボワンッ!!


空気圧が拳の中で膨らむ、 爆発的なエネルギーを有した拳が……


グイッ!


半身に捻って力を貯め、 柔軟な肉体と骨格で繋ぐ関節を巧みに経由し、 拳は、 推進力を得る


バンッ!!


強い踏み込み、 一瞬で猿帝へと距離を詰める、 狙うは膨れた敵の腹!


「弾け飛べっ!! おっらぁっ!!」


ベッ!! シャアッ!!


拳に巻きついた骨が初撃、 敵の硬質化した肉体を砕く、 通った、 ならば確実に内側に、 ブラストの衝撃


もろ直撃!!


バガアアアアアアアアァンッ!!


「おああああっ!!!」


拳を押し込む!!



ドガアアアアアアアアアアアァァンッ!!!


「ぅがああああああああっ!?」


猿帝の巨体が吹き飛び、 壁に叩きつけられた衝撃で、 壁ごと木っ端微塵に粉砕、 そのままの勢で猿帝は屋敷の外へと吹き飛んでいく


ザアアアッ!!


降りしきる雨、 崩れて空いた壁の大穴へと進み、 少し先で地面へと打ち付けられた猿帝の姿を見下ろす


タンッ


軽いステップで大穴から地面へと飛び降りる


シュタタタタッ!


骨が体を支え落下の衝撃を殺す、 日暮はそのまま猿帝へと近づく


ザアアアアアアアッ


勢いよく打ち付ける雨で既にびしょ濡れ、 髪が張り付き、 頬を水が流れ落ちる不快感を感じながら敵を睨む


「おい、 猿帝、 てめぇ、 全然やる気無いだろ、 吹き飛ばされたのはてめぇが動けないからじゃないぜ? てめぇに戦う気が無いからだ」


猿帝がゆっくりと首を持ち上げる


「随分な奴だな、 元々戦えない体に、 戦う意思の無い事を予め伝えた、 戦わざるを得ない状況にしておいて、 人間、 貴様……」


「貴様、 納得が行かないのだろ? 戦う事に焦がれ、 激闘の末の決着が欲しいのだろう? 下らぬとは言わないが、 それでは獣と何ら変わらない、 貴様は人であろう」


ちっ


「うるせぇな、 今際の癖にべらべらと、 生憎俺は、 人がどうだこうだ何てもんにはこだわってねぇんだよ、 命は全て同じだ」


「俺も、 てめぇも、 他の奴らも、 形が違うだけだ、 中身が違うだけだ、 そんなのは何でもねぇ、 全ての始まりは同じ、 逆に辿れば同じ所から始まる」


そして


「そのまま進めば同じ所にたどり着く、 死だ、 生死に意味なんか無い、 ただそこに確かに事象として確率されているだけ」


「俺はただ生きているだけだ、 ただ、 ありのままに死ぬだけだ、 お前の好きな人間はそこに大いなる意味を持たせようとする奴らだ」


「命とは、 意味と言う名の衣を剥がして、 究極の答えを言うなら、 生まれてから死ぬまでの間、 ただそれだけだ」


「生を確かな物にしたいなら、 意味なんか持たせて着飾らせるんじゃなくて、 強く力をつけて戦う、 死をすぐ側に実感してこその生だ」


「生と死は表裏一体、 輪廻なんだ、 死を恐れ、 視界から逸らす奴が、 命に向き合って居る筈が無い」


息を吸う、 息を吐く、 心臓の鼓動を感じる、 地へと足で立ち、 牙をその手に持ち


「後付けの意味に生かされない、 俺の命は、 俺が生かす、 この戦いは、 その為の決着何だよっ!、 真面目にやれっ!!」


気が付けば叫んでいた、 日暮が確かに感じている怒りや、 失望が、 届け、 目の前の敵に届け!


……………


「成程な、 明山日暮、 お前は強い、 お前は生きると言う行為において、 その道を極めて居る、 確かに生と死は切っては切れぬ関係、 進む道の上にある確実に通る二つの点だ」


「死から目を逸らし生きる事は、 生きる事から目を逸らす事だ、 その力関係は常に半対半、 死を実感して初めて、 生を得るのだ」


こいつ、 さっきから何を易易としてやがる……………


ボロッ



何かが崩れる様な音がする、 それは腐った金属片が落ちた様な、 何かが崩れた様な………


「道を極める、 進む道を決定しその先で極める、 人間という種族は、 心を有し、 社会と言う壁を作り、 そこで極めた、 種族としての極に達した」


ボロッ ボロッ


「我ら猿帝血族もまた、 争いの果に血を交える事で強靭な種を産み、 強い個体を作り、 強者蔓延る地にて族帝の地位を獲得した、 これも種族の方向性、 進む道、 その極みだ」


ああああああ………………


吹き荒れる風の音か、 何処から唸りの様な声が聞こえた気がする、 気のせいか、 何か妙な胸騒ぎがする


「我々と人間、 共に極みへと至った、 別々の世界で、 違う道を歩、 こんなにも違う我らが、 それでも、 こんなにも似ている、 近くを歩んでいたか、 その道が交差する瞬間があったのか」


二足歩行で立つ事を可能とし、 獲得した手の器用さ、 道具を使い、 脳を刺激する信号はさらに思考力を高め


支配ではなく、 協力、 言語力を獲得し、 正確な意思の疎通、 二つの世界、 二つの環境に作用された、 まるで同じ生命の様に、 同じ進化をして来た


ボロッ


崩れる音、 それはこの雨風の中で確かに、 猿帝の元から聞こえた、 背中を樹木へと倒れる様にもたれかかった猿帝


両の手足は投げ出され、 口からは泡を吹き、 両の眼は白目を向いて点を仰いでいる


は?


「……死んでる? は? おい鳥面、 あいつはいつの間に…………………」


チカッ


一瞬眩い光が空にはためく、 暗雲の雲を白く照らし…………


ドガラァァァァアアンッ!!!!


雷が鳴り響く、 空を、 龍の如き白き雷が別れた枝のように広がり空を割る


天気が一気に崩れて来た………………


「…………………嘘だろ、 離れていたからか、 いや、 今現れたのか、 たった今やって来たのか」


鳥面が驚愕に染まった様な声を出す


「……日暮見ろ、 あの空を、 あれを、 見ろ」


あ?


鳥面が指す方向へと首を捻る、 屋敷の裏手は丁度崖の傍で、 その方角に大きな木は無いので、 日暮にはハッキリと見えた……


………………


バリバリバリバリッ!!!


バシャァァアアアアンッ!!! ビシャアアアアンッ!!!


少し遠くの空が妙だ、 一際大きく暗い積乱雲が渦巻き、 そこから連弩の如き、 百や、 二百は超える数の白雷が轟居ている


まるで杭を穿つように、 強力な爆雷は、 正確に下方の地へと降り注いで居た、 その雷音は光よりも少し遅れてこの山に反響する


あれは………………


「何だ、 あれは何だ、 おかしい、 少し天気が崩れた位じゃ、 あんなの…… 待て、 あれ、 街の方じゃ………」


ヒリヒリ


乾燥した空気の中を駆け抜け泳ぐ静電が、 雨に濡らされた日暮の頬を走り抜けたと思わせる様な空気感


心の臓が痙攣を起こす様な、 吐き気を伴った緊張感、 あれは…………


「……日暮、 状況はかなり不味いぞ、 まさか猿帝はこの事を知っていたのか? だから力を求めて居たのか?」


何だよ


「来たのだ、 族帝殺しと呼ばれた我が、 越えられ無いと思わされた者、 所詮我は狭き空の王であったのだと我が理解せざるを得無かった存在」


あれは………


「空帝」


………………………………………………



……………………………



……………


智洞炎雷侯ちどうえんらいこう来た………」


甘樹あまたつ街の外れ、 『手品ビル』屋上~


りんっ


鈴のような声、 少女は一人そこに立って空を見上げていた、 轟々と降りしきる雨は全て彼女を覆う透明な円形の壁に弾かれる、 彼女の雪の様に白い髪は濡れないままだ


カチッ


髪留めに触れる、 思い出した、 大好きだったお母さんとお揃いで買った髪留め、 色違いの小鳥の髪留め


私は青色、 お母さんは黄色、 私の髪には黄色の髪留め、 お母さんの髪留めが留まっている


(……お兄さん)


青色の、 私の髪留めは日暮お兄さんに預けたままだ、 あれはお守りだからそれでいいんだ


お兄さんは、 面白くて、 優しくて、 たまに怒って、 お父さんみたいだ


お父さんもそんな人だった、 お気に入りの雨がっぱはお父さんがくれたんだ、 雨の日でも何処にだって行ける気がして


今日みたいな大雨の日にひとりで外に出たら、 泣いて怒られたっけ、 私も怒られてると思って怖くて泣いたけど、 でも嫌いになったりはしなかったよ


……………………………


智洞炎雷侯、 あの龍は『空帝』だ、 空の帝王だ、 奴の産まれは世界創世の頃からと言われて居るが正確な月日は分からない


奴の親も不明だ、 まるで自然に発生した、 いや、 奴もまた世界の自然現象の一つの様に初めからあったのだと言う者も居る


奴の事は不明な点が多いが、 世帝と呼ばれる存在の中で最も知られた龍だ、全ての空を飛び尽く焼け野原と化したと言うのだから


やつの住み着く先は火を吹き、 地殻変動を起こし数十年の間に地形は大きく変わる、 周囲の活火山は噴火を初め、 赤熱の大地へと変貌する


「させない、 守りたいから、 もう、 失いたくないから」


…………それにしても、 何で、 何で私は、 あの龍の事等知っているのだろう、 それだけじゃない、 知るはずの無い世界、 知識すら次々と湧いて脳へと貯蔵されていく


破壊、 混沌、 皆の泣く顔、 人や物が焼ける匂い、 鮮烈に、 鮮明に頭に浮かんでは消えてくれない


嫌だ……………


「……違うもん、 雪知らない、 こんなの知らないもん」


声が少し震える、 嫌だ…………


私の知らない、 私が、 私達が、 私でない私へと、 私を塗り替えて行く……


…………………


ビカッ!!


見上げる先、 空の中で雷が走る、 その光を割って勢い良く何かが飛来するのが見える


「……あの龍、 智洞炎雷侯じゃない、 別の龍………」


バサンッ!!


大きな羽音と共に龍は迫る


「ビャアアアアッ!!! 俺は初めからァ!! 肉が沢山食えりゃ良いのよォ!! 子供の肉みっけっ!!!」


うるさい


「魔国式結界・弥弥戸羅俱ややどらぐ


一直線に向かってくる龍に対して、 全貌に強力な結界を構築、 その強度、 強固な鱗で全身を覆われた、 航空機程のサイズの龍が、 真正面から体当たりをし………


ッ、 ベジィイイイイイイアアンッ!!!


鳥がガラスにぶつかる様な衝撃音が鳴った、 結界は傷一つ着いていない……


「ギガアアアッ!? ッ、 これはっ! 結界! しかもただの結界では無い、 これは…… 魔国式結界っ! 貴様ガキ、 今第の魔王と言う訳かァっ!!」


ぐっ……


違う……………


「私は魔王じゃないっ!!」


知らない、 こんな力知らない、 知らない、 知らない、 知らないっ


私は……


……………………………


バンッ!!!


「雪に近づくなクソ龍がァ!!」


ガシャァアアアンッ!!


突如大きな物が跳ね上がった様な衝撃音がして、 視界の端から巨大なアギトが龍の側面に噛みつき体当たりをする


白い、 白くて綺麗な、 大きな体でとぐろを巻く、 大蛇、 航空機程の大きさの龍と比べても引けを取らない体躯


あれは………


「大蛇さっ………」



「貴様ああああああっ!!! 白従腱挺邪はくじゅうけんていやっ!! 聖樹の奴隷如き、 龍のなり損ないの蛇がァ、 邪魔をするなぁ!!!」


龍の咆哮が響く


「我はァ! 玄唐龍げんとうりゅうっ!! 我は玄唐龍だァ!!」


怒りに満ちた形相、 大蛇に横首を噛み付かれていようとも、 こちらも噛み付かんとその鋭い牙を見せ、 威嚇


それを大蛇がその柔軟な体を捻り、 翼の生えた龍を、 背中から地面に落とし、 叩き付ける


ドガシャァァアアアンッ!!!


土煙が舞い、 化け物二匹のもつれ合う破壊音が周囲へとこだまする


「その様な名前、 聞いた事等ないわァ!! 数百年も母龍の庇護下に置かれる童龍が我を前にイキがるなァ!!!」


ドガシャアアアンッ!! バガアンッ!! ドガァアアアアンッ!!


二種の激しいぶつかり合い、 力を持った二つの存在の戦いは街を巻き込み、 周囲は忽ち粉塵と化して行く


「………白蛇さん、 ありがとう」


私を、 今、 私を、 雪と呼んでくれて、 私の元に駆けつけてくれて


ぐっ


もう一度空を睨む、 私には出来るんだ、 私なら出来るんだ、 この力なら守れるんだ


………守れなかった、 助けられなかった、 傷つけてしまった、 求めてなかった…………


それでも……………


………


ベキッ!!


バギィッ! ベギィッ! バギバギバギィンッ!!!


世界に空いた穴、 二つの世界を繋ぐ穴、 その穴を起点に、 空から降り注ぐ雷と鏡合わせの様に、 上空に枝分かれ下ように黒いヒビが虚空に走る


世界が、 割れる………


……………


バリィイイイインッ!!!


それは、 砕け散ったガラスの様に、 キラキラと雷の光を反射して、 空に、 拡大した、 巨大な穴が姿を現す


真っ黒な穴、 その穴から、 気配が漏れ出る、 それは、 五感を持って理解する


皮膚は逆立ち、 口内は吐き気に似た不愉快な味がする、 鼻から入った空気は体を重く…………


バザンッ! バザンッ!!


羽ばたきの音だ、 他の龍とは比べ物にならない程重い、 その存在の大きさが目に映る前に理解する


これは、 やばい……………


…………………………………



……………


グワッ


その、 首、 首が黒い穴、 から覗く、 巨大な岩の様な鱗を携えた巨顔が世界を覗く、 そいつは悠々と、 黒い穴からぬらりと羽ばたき出た


夜…… 一瞬夜になったかと思った、 その巨体が光を遮って、 元々の曇り空に影が刺して、 その龍の下は闇が落ちる


雨すら止んだ、 その龍が遮って、 周りだけ、 滝の様な水が空から降り注いでその音が街に大きく響いた


でかい、 この狭く切り取られた街の空を端から端まで覆い尽くしてしまったと錯覚する程、 そいつだけ、 スケールが別物だった


溶岩石の様な体表は鱗であろう、 黒く、 しかし火のついた炭の様に淡く赤熱色が灯っては消える


ジュッ ジリリリリリリッ


絶えずその龍の背中に落ちた雨粒が蒸発を繰り返し、 雲の様な白いモヤが凄まじく空へと登っていく


その龍を、 気が付くと誰もが見上げていた、 どんな者も等しく圧倒されていた


……シェルターの砦を守るやぐら


……かの龍を昔から知る皇印龍おういんりゅう


……聖樹の守り手である大蛇、 白従腱挺邪が


……………


……この龍をこの世界へ呼んだ、 黒い穴を開けた男、 森郷雨録もりさとさめろく


……龍に魅了され、 龍と言う存在を欲し、 望んだ男、冥羅めいら


……相対する、 龍達が、 街に蔓延るモンスター達が、 細々と暮らす野生動物達が


…………………


……この惨劇を画策し、 破壊を選択した男、 勇者・ナハトが叫ぶ


「あはははっ、 果ての無い感情が無限に湧き出てくる! さあ、 力を見せてくれよ、 空帝・智洞炎雷侯っ!!」


……………………………


……この空を見上げて、 葛藤を抱え、 それでも大切な人を想い、 助ける力へと、 少女、 魔王・雪が龍を睨む


「絶対に無くさない、 もう二度と、 失わない、 皆を守るっ!」


それぞれの、 感情と魂が錯綜する、 絡み、 二度と解けない程の強固なしがらみ、 その巨大な力を前に


小さな背中で、 少女は吹き荒れる暴風と、 その龍の前に立ちはだかる


誰も見ていないし気が付かない、 少女の綺麗な雪の様な白い髪が、 混沌を移す闇の様な黒へと徐々に変化を始めていた


……………


狂い咲き、 空を覆う龍はその身を新たな世界の空気に触れる


空帝・智洞炎雷侯、 完全顕現。

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