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第八十八話…… 『二つの帝王・1』

「急いで! 防御壁の展開を!」



「分かっている! 築工作書本ちくこうさくしょぼん六十二ページ、 段高壁だんこうへき地突柱ちとつちゅう、 混合作、 楼石城峰壁ろうじゃくじょうほうへき!!」


鉄製の柱と、 柔軟なアスファルトの壁が混じり合う様に、 強度を増した壁が高く、 地下シェルターである天樹あまたつシェルターを囲う様に立ち聳える


その建設速度は早いが、 簡単には完成しない、 何故ならその完成イメージは複雑であるから


異世界のモンスターであり、 それでも人と共に戦う事を決意した彼、 灰甲種はいこうしゅやぐらはその複雑な城壁を集中し作り上げていく


時間は無い、 既に少し離れた地点の空には、 二つの影が空を羽ばたいている


「木葉鉢嬢も急いで中に戻れ! 壁の完成には時間がかかるが、 敵は既にこの空に来ている!」


案内、 と言うか、 足の遅い私を抱えながら指示を出してくれた、 だが、 これ以上彼女を危険に晒す訳には行かない


シェルターの中へと急いで戻って行く彼女を横目に、 櫓は思う


(……まさか、 やって来るのが龍とは)


藍木シェルターのリーダー、 大望吉照たいほうよしてるの降霊術の能力で先程呼び出された存在が、 自身の事を


皇印龍おういんりゅう


と名乗った時点で嫌な予感は早速最大級の危機警戒へと変わっていた


皇印龍とは、 櫓の知識が正しければ、 『空帝・智洞炎雷候ちどうえんらいこう』と同じ時期に産まれ落ち、 嘗てはかの龍と『空帝』の座を争ったと言われる


だが、 彼はこう言っていた……


……………


『今の私は死したしょんざい、 生前程にょ力はにゃい……』


彼の二つの眼球の中で動く、 六つの瞳孔に存在の格の違いに対して、 魂が震える


『これからこの街に訪れる危機は、 想像を絶しゅるもにょだ、 果ての無い破壊を齎すだりょう』


だが


『と言っても私も最大限ちかりゃを尽くそう、 裏表無く、 今は私は君達の味方りゃ、 寧ろ……』


『大切なのはその後りゃ、 ここを乗り越えた所で、 このょ世界の危機は過ぎない、 寧ろそこから、 真の終焉に向かう』


『これら、 今回の事はその一歩に過ぎない、 だかりゃ、 人の上に立ち、 人を導く者は、 これかりゃ想像しなくてはなりゃ無い』


『命を生かす為に』


………………………………


…………


その言葉が頭から離れない、 櫓は勿論この世界の住人では無い、 だが、 同じ様に悩む、 人を生かそうと思う


(……日暮は私を助けた、 私もまた日暮を助ける、 当たり前の事)


もう間もなく城壁の設置も完成する、 素晴らしい設計図だ、 耐震構造やらなんやら、 多種類の衝撃や状況に対応する様に設計されている


空を飛ぶ龍に対応しなくてはならないのだ、 大切なのは壁の高さでは無い、 対空力だ


攻城杭こうじょうくい!!」


壁からせり出す様に杭を伸ばす、 近ずきずらくするのだ


(……そんな心理的攻撃が龍に効けばだが………)


……………………



…………


ガアアアアアアアアッ!!


……………


こちらに、 飛来する影……………


っ!


真っ直ぐ、 こちらに真っ直ぐ飛んでくる龍、 ここを目指して………


「築工作書本、 五十六ページ、 慧衛蹟弩けいえいせきど!!」


地面から音を立て、 バリスタの様な設置式大弓が現れる、 このバリスタは地面と繋がり、 能力で矢も無限装填


「くらえっ!!」


バッ!


バシュンッ!! バッシュ!! バシュシュシュッ!!


当たるっ……


バサンッ! ひらりっ


大きく、 高く舞い上がる龍、 矢を避け、 そして急降下……


まずい!


「攻城杭っ!!」


連続で矢を放ちながら、 更に杭を龍に向けて打ち出す、 龍は矢を眼前に構えた羽で弾き、 杭をひらりと避ける


どしっ!!


城壁の縁へと龍が降り立つ、 デカイ、 その影が壁の中を覆う


龍が口を開く


「面白い物があると思ったら、 お前か灰甲種、 よもや最弱種に能力が宿るとは、 しかも種の弱さとバランスを取るかのごとき、 なかなかに強力な能力」


その威圧感、 押しつぶされそうになる


「我は、 黒薙龍こくなぎりゅう燿媒龍ようばいりゅうの仔にして、 我が祖はかの皇印龍である!!」


何だと…… あの龍の子孫………


驚く櫓を快く思ったのか、 黒薙龍はその巨大な存在感を顕にするがの如く翼を広げた


バサンッ!!


「観よ!! この神々とした姿を、 脆弱であるか細き命よ! 我にひれ伏せ! 命を我に捧げよ!!」


その、 威圧する様な存在感、 押し潰され……


…………………


カタンッ カタンッ


…………


その重圧の中軽やかな足音が鳴る、 それは、 この空間の中で吠える龍の放つそれよりも、 大きく聴こえた


タンッ


陛廊頭石へいろうとうせきの争奪戦に敗れ、 しょれを手に入れる事が叶わにゃかった癖に、 既に神気取りにゃんて、 我が祖先も落ちたもにょだね、 ははっ」


皇印龍、 黒薙龍なる者は思いもしなかったろう、 口高高に語った自身の先祖が今、 目の前に居るのだから


「っ!? あっ、 あんたはっ!」


黒薙龍も馬鹿では無いようだ、 目の前の存在を確かに理解したようだ、 明らかに狼狽する


「おや、 どうした? しぇっかく厄介者にょ老龍を、 高名なる龍狩りを使い倒したとぬか喜びしていたにょに、 眼前に現りぇ目を丸くしちぇ居るにょかい?」


それに……


「私に孫や仔は疎か、 番すりゃいた事はにゃいのにねぇ~ 私を祖と語る者は所詮、 私の種を勝手に孕んだ者の末裔共、 愚者で、 弱者」


黒薙龍は震える


「何を…… 何を言うかァ!!」


くりゅふふっ……


「知らにゃいのかい? あれだよ、 私が自分で致した痕跡に、必死こいて擦り付けて仔を成したと言う事しゃ、 本当に愚かであると思うにょ」



「そんな訳があるかァ!! 貴様死霊の類であろう! 貴様が今生きる命を愚弄するなァ!!」


あははっ


「君の親である、 燿媒龍は、 私を殺す様に龍狩りを差し向けた際に、 逃げ遅れ真っ先に殺された、 策に溺れたのにゃ」


「死は決して終着ではにゃい、 その先に確かに道は続いていりゅ、 生きてそこに到達出来ない君が、 死した私りゃを揚々と語る事もまた、 君の先を行く私りゃへの冒涜でありょうが」


皇印龍は見上げる櫓よりも前へ出る


「灰甲種の櫓君、 ここは君に任せたよ、 あれも確かな私の血縁、 ここに来たのにゃら、 私が責任を取る」


そう言うと、 皇印龍の体は浮遊し始める


「龍体にはなれないけりぇど、 君との力の差にゃんて、 それくらいでトントンだからにぇ」


バタバタッ


彼の纏う襤褸が風にはためく、 と、 次の瞬間、 櫓は彼の姿を見失う、 速い……


シュッ!!


「っ!?」


困惑の声をあげる黒薙龍、 既にその鼻先に迫った皇印龍のか細い腕がぶれる


「ぶっ飛べ、 せーにょっ!!」


ドッ!! ガアアアアアッ!!!


ぶわっ!


巨体が吹き飛ぶ、 その光景に櫓は驚愕せざるを得ない、 その衝撃波がここまで届く


「がああああっ!!?」



「あはははっ! さぁさぁ、 ガンバッ! 偶には孫の手を伸ばして見るにゃっ!」


シェルターを覆う城壁を越え見えなくなる二つの存在、 その巨大さに震える


「噂以上だ、 とてつもないな、 龍と言うのは……」


感嘆の声を出した櫓だったが、 直ぐに意識を切り替える、 このシェルターは彼が守るのだ


…………………………………



……………………



………


所変わって…… 藍木山あいきやま


「日暮っ、 やっぱり妙だ」


聡明そうな男の声が聴こえる、 明山日暮の親友、 村宿冬夜むらやどとうやだ、 彼の隣には、 冬夜の親友である水の精霊、 マリーが居る


日暮は首を傾げる


「敵、 猿帝血族の事だ、 今倒した能力者ノウムテラス真鋼濵等瀧しんこうはまらだきだったな」


日暮は頷く


「敵の数があまりにも少な過ぎる、 猿帝と、 当時の時点で五人の能力者、 そしてその部下の戦士達」


「シェルターに攻めてきた五十体程の敵や、 町で暴れてる奴ら、 そして、 威鳴さん達が倒した弱い個体」


数としてはまあまあ居る、 だが……


「種族として少な過ぎる、 それに、 能力を持たない、 まともな戦士を全く見ていない」


確かに……


日暮はシェルター襲撃の際の事を思い出す、 日暮の戦った敵、邪馬蘭やばらを追い掛けた際、 作戦室の屋根の上で見た


「戦士風の個体が三人居た、 言葉も話してた、 そういう奴らがもっといると思う」


冬夜も頷く、 そこに少し年上の青年、 威鳴千早季いなりちさきも合流する、 その隣に彼の姉も連れ添っている


「おーっす、 今ね姉貴にこの山全体を見てもらったのよ、 木を媒介にしてさ、 そしたらなんと、 まじで空っぽだよ、 もうこの山に猿帝血族は居ない」


終わり? じゃないよな……


威鳴も頷く


「それで思い出したんだよ、 俺が戦った躍満堂楽議やくまんどうらくぎと、 碌禅径璃越ろくぜんけいりえつって婆さん、 その他に戦士風の個体が五人居てさ」


「そいつら、 どうも焦った風に現れたんだよな、 この山を離れてたけど、 急いで戻って来た様な、 そんな感じだった」


何処かに、 行っている?


……


お~い


そんな声が聴こえて、 そちらを見ると、 そこには調査隊のリーダー、 土飼笹尾つちかいささおと、 他、 藍木山攻略戦のメンバー達が集まって居た、 その中には怪我人も居る


「土飼のおっさん、 準備は出来たの?」



「ああ、 これ以上怪我人をこのままにするのは良くない、 敵が居ない以上、 ここに残るのは得策じゃない、 我々は下山しよう」


それって……


「藍木山攻略戦、 終わりって事?」



「そうだ、 そうだな、 目標は猿帝の打倒だが、 猿帝は居ない、 敵を徹底的に追随する事が目的では無いからな」


つまり……


「おしまいだ、 お疲れ様」


終わり……


そうか……………


「じゃあ、 あれですね、 帰還ですね、 ほら、 皆が待ってる……」


……………


そんな訳が無い、 居る、 敵は居る、 居るはずだ、 居なくては困る、 有り得ないだろ、 納得行かない、 こんな終わり


ひゅ~


曇り空の向こうから風が吹いてくる、 風が頬を掠める、 風が運んで来たものは涼し気な寂しさか……


いや


「感じる、 風に乗って敵の行方が、 足跡が、 猿帝血族の一部は、 下山している、 そして、 大きな気配がもう少し奥の方から感じる」


これは……


(……暗低公狼狽あんていこうろうばいの風の力か)


先程の戦いを経て、 あいつは既に日暮と言う生物の中で、 日暮と言う人格と並んで大きな存在


あれは、 混ざり合い、 常に表へとそれを現している


奴の操る風が、 過ぎ去った過去を、 浮かび上がらせ運んでくる……


これは……


「シェルターだ、 藍木シェルターを目指して、 今朝猿帝血族は襲撃に出発したんだ、 フーリカの能力でこの山に瞬間的に移動した俺たちとは行き違いになった」


突然語り出す日暮の声を聞いて、 周囲に居た者は眉を顰める


「日暮、 急に何だよ」



「冬夜、 これはマジだ、 信じてくれ、 今の俺には分かるんだ」


怪訝そうな顔をする冬夜、 その横で威鳴は姉に問う


「姉貴、 シェルターの木とも繋げるか?」



「もうやってるわ、 ……あら、 本当に、 居るわ、 猿帝血族達がぞろぞろと」


っ!


その意味を正確に理解した者は驚きの顔をする、 それはつまり、 こちらの拠点を敵に取られたという事


幸いにも藍木シェルターで過ごしていた人達は皆、 甘樹シェルターに避難済みではあるが


そこはいずれこの地の民が帰る場所である、 この藍木の地の要である


「取り返さなくてはっ」


土飼の言葉に周囲の者が反応する


「ただ、 変な部分もありますよね、 能力者達は俺達の襲撃に気が付くと真っ先に引き返してきた、 でも」


「今、 シェルターに居る奴らは帰って来ない、 つまりは目的はシェルターの襲撃では無かった」


例えば


「拠点の移動とか、 奴らは初めからこの藍木山を出て、 新たな場所に移動する為にシェルターを目指したのかも」


冬夜の考察に土飼は頷く


「であれば、 本腰を入れて拠点化する為に相応の設備を向こうも整えて来るだろう、 罠等にも警戒しなくてはならない」



「そうですね、 幸い向こうにはもう能力者は居ないです、 でも向こうは百戦錬磨の戦士たち……」


直ぐに頭を切り替え、 作戦を立て始める、 その姿は逞しい


「この後、 匂いからして雨が降るはずです、 雨が降って水が世界を満たすとき、 マリーの力で敵を一網打尽に出来ます」



「藍木シェルターの周りは草木がまあまあある、 姉貴の力でも叩ける」


水の少女、 マリーと、 威鳴の姉は笑う、 どちらもこの世界の原初の神秘、 神と言う存在の力は絶大


「俺の予想では敵の量は、 多く見積っても三十、 正直猿帝血族共には辛酸を舐めさせられて腹が立ってたんだ」



「俺も~ 能力者じゃ無いならこの四人で十分でしょ? ボコボコにしよう、 舐めた奴らをさ」


土飼はその頼もしい奴らを見て頷く


「分かった、 ならば他の者は援護に回ろう、 そうと決まれば…… ん? 四人?」


冬夜、 マリー、 威鳴、 の姉


…………


「日暮は? 日暮を合わせて五人じゃ無いのか? こちらの最大火力は……」


土飼の視線がこちらに向く


「……土飼さん、 皆で先帰っててよ、 俺達の帰る場所を守ってよ」


冬夜や、 威鳴は頷く、 どういう事だ?


ビシッ


日暮は山の奥の方を指差す


「現況、 猿帝はあそこに居る、 猿帝だけはシェルターでなくあそこに居る、 動けないのか、 初めから動く気が無いのか、 猿帝はずっとあそこに居る」


あそこ?


…………


「……確かその方角と言えば、 藍木山の裏手の方には、 広い牧場に併設されたキャンプ場が有るな、 バンガロー何かもあるか、 ワンデイで子供を連れて来て遊ぶ親子も多い印象だな」


新鮮な搾りたてミルクのソフトクリームが人気のカフェがあったり、 子供心擽られる長い長い滑り台が上の方から伸びていたりと、 そう言った施設がある事は日暮も知っている


「正確にはそのもう少し奥、 何かポツンと一軒家みたいなのがあって、 気配はそこからする」


土飼は首を捻る


「……………う~ん、 …………あぁ、 ある、 その外れの方に薮が有って、 そこを抜けてくと一軒の御屋敷が有るんだ、 二階建ての、 立派な」


そうなんだ


「多分そこ、 そこに猿帝は一人でいる、 猿帝にトドメを刺したら直ぐに追いつく、 だから先行ってて」


…………………………


え?


「いやいや、 お前、 一人で大丈夫か? それにさっきから疑問何だが、 何故敵の居所が分かる?」


日暮が笑う


ひゅ~


風が吹く、 雨が降る前の少し冷たく、 強い風が通り抜ける


「ははっ、 何となく」


勘だった、 でも確かに感じた、 この風は信じても良い、 あいつを仲間として信じても良い


「土飼さん、 日暮を信じてやってくれ、 日暮は今、 神がかってる、 凄まじい敵を倒した後の余韻か、 新たな力か……」


「心配だけど、 心配無いってのも分かってるから、 だろ日暮?」



「ああ、 今の俺は一人じゃ無いからな」


土飼が頷く


「そうだ! 俺達は仲間だ、 一人で戦うとしても日暮、 お前の心には常に仲間や家族が居る、 孤独では無い」



「はは…… まあ、 そういう事じゃ…… いいや、 そう言う事だから、 一旦ここで別行動だ、 シェルターは任せたぜ」


土飼は頷く


「任せろ、 藍木山攻略戦、 その最後の仕上げは、 日暮、 お前に任せた、 気を付けて行けよ」


日暮は頷き全員と目を合わせてから爪先を目的地へと向け歩き出す、 日暮の背後では今後の作戦を伝える土飼の声が聞こえた


………………………………



…………………



……


「我が居るから、 独りじゃなく仲間が居るからだなんて、 嬉しい事を言うじゃないか日暮」



「うるせぇな、 周りに人が居なくなったからって、 雑談始めんなよ」


一人目的地へと歩みを進める日暮、 いつの間にかその頭には鳥面とりづらの骨面が顔からずらす様に、 側方へと付けられていて、 面を括る紐が風に揺らいでいる


面から垂れる様に伸びた幾本の骨が日暮の首に巻き付いてマフラーの様だ、 日暮の持つナタは今は、 形こそ歪んでいるものの、 少し前までの絡みついた骨は無い


「なんでわざわざ表に出てきたんだよ、 引っ込んでれば良いのに」


日暮の問に鳥面の嘴がカラカラと音を立てて動く


「酷いじゃないか、 我ともっとお話してくれよ、 それに、 君の内側に居ると、 着物の彼女がうるさいからね」


仲悪いのかよ


「それはもうね、 彼女は我の事を、 君の体を奪う寄生虫か何かと思っている様だ」



「別に間違いでも無いんじゃないの?」


鳥面は笑う


「それは結果的な事さ、 君と言う人間の心が死んだ時、 確かにこの肉体を我が貰おう、 だがそれは我の真に望む事では無い」


「我と、 日暮は、 一つで無くては困るんだよ、 何故なら、 我はいつまで経っても亜炎天あえんてんの地にたどり着け無いからだ」


「我がしている事は導き、 君の進むべき道を我も辿り、 君の確かな死に便乗して、 その時遂に我も死して前へ進める」


ふ~ん


「まあ、 お前の思いなんざ知らんし、 どうでも良いけど…… 一番の疑問は猿帝だな」



「酷いねぇ~ でも確かに、 他の者は山を降り、 どうして猿帝は未だこの山に居るのか、 どちらかと言えば『降りられない』と我は考察するね」


何故なら


「部下に見離されたのなら、 能力者達は助けに来ないだろうし、 同じ地点から動かないのも、 動けないと解釈すれば考察の余地はある」


例えば……


「猿帝は既に何かしらの怪我を負い、 動け無い、 ならば敵対存在である人間達は最も危惧すべきであり、 早々に滅ぼしたいと思う筈だ」


「猿帝血族は何らかの方法で今朝、 人間がこの山に襲撃を仕掛ける事を予知していた、 この山までの道程は一本道、 ならば先んじで動き、 道中で我々を排除」


「そのまま山を降り、 シェルターを制圧、 先程倒した能力者は、 この山に万が一に残した防衛力、 こんな感じかな」


だが、 その予想は砕かれた、 調査隊は、 フーリカの能力を借り、 道を通ること無く、 藍木山に直接乗り込んだ


敵は、 その事に遅れて気が付き、 能力者と足の速い者で急ぎ駆け付けた


「確かに、 俺が初め戦った奴は、 急いでやって来たって感じだったな、 威鳴さんの方もそんな感じで、 焦りを抱いていたらしい」


鳥面は頷く


「残された者達は、 おそらく指示通りそのまま山を下り、 シェルターに着いたが、 まあ、 驚いたろうね、 誰も居ないのだから」


それは同意だ、 能力の存在を公表し、 甘樹シェルターへと人々を移動させた事はまさに英断だった


そして、 そうならば……


「シェルターは、 冬夜達に任せれば良いだろう、 そして、 本当に猿帝が動くこともままならない様な状態なら、 直ぐに方をつける」



「分かって居るとは思うが、 油断だけはしてくれるなよ、 日暮」


…………


そうして会話をしながら歩いて行く、 どうしても登山道下り坂を走って下るのは恐ろしいので、 一歩一歩踏み締めている


風が導く方向に、 膝を曲げ、 歩を踏み出す……


そうして歩き続けること二十分程で、 傾斜は緩くなり、 生い茂る様な薮が薄く、 進む道が明瞭になる


ガサッ


木の葉を踏み、 一歩を踏み出すと、 途端に景色が大きく開けた


ふわっ!


舞い上がる風と共に、 深い草の匂いが鼻を抜ける、 一寸先には綺麗に整った、 一面の緑がザワザワと風に揺れる


「見えた、 藍木山の牧場パークキャンプ場、 懐かしい、 小さい頃来たなここ」


開けた視界の先には、 細く組まれた木製の柵が、 区画を囲う様に設置されており、 ここで牛がのんびりと歩いて居た記憶がある


そのすぐ向かいには、 木組みの小屋があり、 あそこは受付である、 その奥にはカフェと、 さらに奥にアスレチック広場がある


ここは主に、 キャンプや、 アスレチック施設で遊んだり、 カフェにて、 牧場で取れた新鮮なミルクを使ったソフトクリームや、 地域特産の料理が食べれたり


家族連れが多い印象の場所だった、 時期によっては牛の乳絞り体験だってやっている


………………


だが………………


「まあ、 当然と言えば当然だよな、 牛さん達は逃げれないからな」


風に乗って血と腐敗の臭いがする、 場所的には猿共か、 だいぶ荒らされてるな


腹が立つ……


…………


「目指す建物は、 確か更に奥だったな、 この施設の外れの薮の奥と言っていた」


日暮は頷いて、 更に足を進める


………………


『……牛さん、 怖いよ』



『……大丈夫、 牛さんは優しいんだよ、 日暮も牛さん怖い?』


ううん


『……全然、 だって牛は美味しいから、 牛乳も、 バターも、 牛肉も、 怖くない、 むしろ美味しそう!』


はははっ!


日暮の精一杯の冗談に、 父も母も笑った、 つられて怖がった妹も笑った


懐かしい………


………………………………


ぐりっ


無意識に上がりそうになる表情筋を、 強く歯ぎしりをして無理やり押さえ付ける、 今は関係ない


ざっ ざっ


草を踏みわけ進む、 管理する人が居なくなり、 伸び放題の草を踏み潰し、 進む


そうしている内に、 又しても薮が見えてくる、 建物へ続く道はある様で、 最早獣道と化したその道を慎重に進む


ざっざっ………


ぽつ…… ぽつっ…………


途端冷たい水滴が頬に当たる、 朝から空は重苦しい雲に覆われていた、 そのお陰で暑さはあまり感じないが、 遂に雨が降って来たか


ぽつぽつ ぽつぽつ


「ちょっと、 待って待って、 もうちょい待って、 あと、 あと30秒待って!」


日暮は天へと懇願しながら駆け出す、 そうしている内に道の奥の方に大きな二階建ての屋敷が見えて来る、 和洋折衷建築かな、 新しくも無ければ、 古めかしくもない


ぽつぽつぽつぽっ


勢いを徐々に増す雨、 大粒のそれがマウンテンパーカーを打ち、 撥水生地の上を跳ねる


「うおぉ!! 意外と冷えたりするから濡れたくねぇ!!」


そう言いながら庭を抜け、 一段高くなった洒落た玄関の階段を駆け上がり、 軒の下へと滑り込む



ぽつぽつぽっ………


ざああああああぁっ ざあああっ!!


神タイミング、 めちゃくちゃ降り出しやがった


「あっぶねぇ、 そして着いたな、 そうだ、 冬夜達は大丈夫かな、 どうやって山を降りたんだろう……」



「日暮、 そのドアノブを捻る前に深呼吸をしろよ、 どんな状況であれ、 敵は一人の族帝だ、 族帝もピンキリだが、 族帝殺しと呼ばれた我でも、 それを成すのは容易では無かった」


はぁ、 ふぅ……


素直に深呼吸をしてドアノブに手を掛ける


ガチャッ


キィッ…………………


悲鳴の様な音を立てて扉は開かれる、 最初に感じたのは顔を顰める様な埃臭さだった


「うえ、 ちゃんと掃除しろよな、 それに変な匂いもする、 獣臭さ、 まあ、 いいや」


玄関を抜けて入った廊下は広く、 左右に部屋が別れている、 その奥には二股に別れた階段があり、 踊場で合流し、 吹き抜けとなった二階へと続く


「中は思ったより西洋風だな、 旅行に行った時に見た西洋館とかこんな感じだった」


中を進み探索する、 一階の左の部屋はリビングか、 その中から奥へと抜けた部屋はキッチンか


「特に無し」


通路を挟んで右側の部屋は何やら資料や、 何やら道具やら、 何処かで見た様な見た事無いような物がきっちり詰まっている


「一階は面白みも無いな、 だが日暮、 ひとつだけ分かった事がある」



「地下が有るぞ、 何処かに地下へと続く階段がある様だ」


地下ね、 あからさまに怪しいやん


通路へ出て、 僅かな風の動きを頼りに進む、 そうすると階段の裏手に物置部屋の様な扉を見つける


その部屋の中に地下への階段を見つけた


「……何か、 嫌な空気、 行くか」


ギィ…… ギィ……


軋む階段を踏み付け下る、 下れば下る程暗く、 そうだ……


ガサガサ


「じゃーん、 懐中電灯~」



「我は、 暗闇でも見えるがな」


カチッ


丸い光が直進し、 狭い通路と壁にぶつかり広がる、 そのまま階段を下って行くと目の前に扉が現れる


「あっ、 やしい、 怪しい~」


ガチャ


ドアノブを捻ると、 ドアは内に開く、 光の届かない停滞した内の空気が、 立ち込める闇と共に自身を覆う


これは………


「うっ、 うぇっ、 くっ………」


思わず顔を顰める、 数歩下がってリュックの中からタオルを出して鼻と口を覆う


「人間は倫理観と言う奴が邪魔をする様だな、 我々にはそれは無い、 この腐敗臭、 中で人が死んでいる様だが、 我はそれ程苦には感じない」


うるせぇよ、 一緒にすんな


そう心の中で悪態を付き、 諦める、 左手で口と鼻をタオルで覆い、 右手で懐中電灯を構えドアを潜る


先に足元を照らす、 死体は地面に倒れているだろうと思ったから………


「日暮、 目の前だ、 すぐ目の前」


案の定、 横たわった死体が倒れている、 湿気が高いのか、 死体の状態は臭いが示す通り良くは無い


だが、 妙な感じではある……


「ふん…… 見ろ日暮、 この死体血を吐いている、 見た所外傷は無いように見えるが、この感じ、 毒だな」


死体が纏う服の感じから男性、 おじさんって感じだ、 彼は、 この部屋の中で割と目立つ所に転がって居て、 その彼の傍には勉強机と、 椅子が有る


新しい様な物では無い、 木製で、 端の方が腐り落ちて居る様にも見える、 机の上には本が乗っており、 それは隣の本棚や、 それに留まらず床にも散乱している


タイトルには、 神や、 悪魔、 天使、 光、 闇、 魔術、 契約、 それやタイトルの無い日記の様な物まで、 頭の痛くなる様な物が並んでいる


懐中電灯の光を壁に向ける、 棚には地球儀の様な物から、 何やら文字の書かれた布で巻かれた箱の様な物や、 マムシの死体を閉じ込めた瓶には何か液が入っている


(……何この部屋、 普通に趣味悪い)


他にも沢山、 まるで異物や、 呪物に見える様な物がそこらじゅうに置いてある、 ひとつ言える事はそれ等は一様に埃が厚く積もっているという事だ


「日暮、 その死体の傍の椅子、 どうやら奇妙だぞ、 見ろ、 ごく最近まで人が座っていたかのように他に比べて誇りの積もり方が浅い」


光を向けると確かにそうだ、 っても、 ここに?


「それにもっと妙な物が有る、 ほら、 椅子の傍を見てみろ、 男の死体で隠れているが……」


これは……


「……鎖? 椅子にも鎖に巻かれた様な後が残ってるっ、 うぇっ」



「見ろ死体の男は鍵を握っている、 鎖に付いた南京錠の物だろう、 つまり……」


誰かがここに鎖で椅子に縛り付けられ、 ごく最近まで監禁されていた? 男が鍵を持っている事からこの男以外の誰かだ


「その辺、 本が散らばっている、 埃も舞った様に振り方が疎らであるから、 ここで暴れたのかも知れない」


不意に視界に移った、 懐中電灯の光を反射するガラス瓶、 その内側は真っ黒で中が見えない、 其のまばらな黒はカビの様に見えた


カサッ


っ!?


幻聴だ、 でも中で何かが蠢いた様な気がした、 このビンは何が入って……


うえっ


(……もう無理っ!!)


ダンっ!


一気に駆け出してドアを抜ける、 縁を切る様にドアをしっかり閉めて、 そのまま更に階段を駆け上がり、 転がる様に地下から出る、 その後通路へ出て、 一目散に建物の出口へ駆ける


ガチャッ、 バタンッ!!


すーーーーーーー、 はぁーーーーーーー


「はぁ…… はぁ…… 耐えられん、 キモイ」


日暮は全てを吐き出す


「あはははっ、 情けない、 何とも情けないなぁ~ はははっ」


こいつ……


「だが良いぞ、 あの部屋をあれ以上調べても意味は無かっただろう、 それよりも」


首に巻かれた骨が浮き、 指を刺すように建物の二階を指す


「日暮が慌てて飛び出したからか、 驚いた様に二階の方で気配が動いた、 何か居る」


はぁ……


「そういう作戦だよ、 ふぅ…… 中、 戻るか」


扉を開けて中へ入る、 相変わらずだが、 今度は二階への階段を目指す


雨は相変わらず建物を打付ける、 まあ、 きっと直ぐに止むだろうけど…


ギィ…… ギィ……


軋む階段を登り、 空気が揺らぐ、 気配の方へと足を進める


それは明るく、 きっとこの建物の中で最も陽の当たる部屋であろうそこへ足を踏み入れる、 扉は締まって居なかった


光が入るからか、 先程までとは明らかに空気が違う、 まず目に入ったのは本棚と大量の本だ


(……書斎かな)


背の高い本棚が壁際に幾つか並び、 所狭しと本が並んで居る、 自然とそちらに視線を取られた日暮は………


ぺらっ ぺらっ


部屋の更に奥から聴こえる紙を捲る音を聴いた、 そちらを向く……


…………


カキィンッ!!



高い金属音が鳴って、 視界の端に弾かれた様にクルクルと周り落ちる鋭い刃が見えた


(……ナイフ)


……………


ザッ!


一瞬でナタを構え、 その方を視認する、 これは……………


「弾かれたか、 大分無警戒で侵入する物だから、 当たると思ったのだがな」


声がした、 そいつは部屋の奥に悠然と腰を掛けていた、 大きい、 猿帝血族だ、 その中でも背の高い方の様だが、 何にせよ日暮の倍近く有る


そいつの視線はこちらではなく、 手元の本へと向けられており、 ページを捲る音が直ぐに聞こえた


こいつ………


「いいや、 弾いたのは我だ、 そうでなければコイツは今頃血反吐撒いて居ただろう」


チッ、 こいつも……


だが、 目の前の存在、 この状況から考えればやはり……


「初めましてだな、 人間、 俺は猿帝血族の、 猿帝・羚赫世什騎りょうらくせいじゅうき、 名乗れ人間、 貴様が人間の代表か?」


こいつが猿帝………


「初めまして、 あとハズレ、 俺はどこにでも居る一般人だよ、 名前は明山日暮、 よろしく」


カラカラ、 鳥面が笑う


「我も良いかな? 名前を聴いたらピンと来るかも、 族帝殺し、 暗低公狼狽、 君の父親の仇だよ」


猿帝が顔を上げる


「そうか、 その様な姿になってまで生きているとは、 流石は異型の魂、 俺の常識が崩れるぞ」



「あれ、 もっと大袈裟な反応が欲しかったな、 おのれ! みたいな」


猿帝が鼻で笑う


「下らぬ、 この世界に生きていれば死する事もまた当然、 何らおかしい事は無い、 滑稽に騒ぎ立てる方がどうかしてる、 弱かったから死んだのだ」



「おぉ~ 冷静だね、 つまらないと失笑したりはしないよ、 君の言う通りだ、 聡明だね猿帝」


日暮は二人が話している会話を邪魔すること無く、 鋭く敵を観察する


「……不快だ、 人間、 ジロジロと見るな、 質問が有るならば素直に聴いたらどうだ?」


妙な敵だな…… 本当に理性が有る奴はやりずらい


「……そう? じゃあ聴くけど、 お前こんな所で一人、 何やってんの? お仲間は山を降りて、 頼りの能力者共は全員死んだぜ?」


ペラリッ、 又してもページが捲られる


「……それは、 議もか? 越も、 邪馬蘭や、 瀧もか? そうか…… 逝ったか」


ペラッ


「チッ、 名前なんか知らないが、 四人だ、 仲間と倒した、 お前はこんな所で引きこもりしてる間にな?」


ペラリッ


「何を苛立っている? まさか、 この姿を観て、 俺に共に戦えと言うのか? 出来ると思うか? 今の俺に」


そう言うと猿帝は自身の腹をさすった、 見れば分かる、 その腹は突き出して丸く膨れ上がって居る


「食いすぎで太って動けないってか? 座して待ってるのが仕事かよ」



「はぁ…… 随分と失礼な奴だな、 お前はもし過去に戻って、 自身の母に会った時、 同じ質問をするのか?」


あ?


そこで鳥面がカラカラと揺れて声を出す


「日暮、 良く見ろ、 ……猿帝は女だ、 彼女は今、 妊娠しているのだ」


……………は?


「はぁっ? チッ、 まじかよ、 ああ、 道理で、 何か知らないけど嫌悪感半端ないわ、 鳥肌立つ」


日暮は舌打ちをして睨み付ける


「少しの事であまり苛立つな、 こちらまで腹が立つ、 今日はこんな天気だが体の調子が何時もより良いんだ、 出来ることなら何もせず帰って欲しい所だ」


舐めた事を……


「こっちはお前を殺しに来たんだよ、 好都合だわボケ」


はぁ………


深いため息が部屋に響く、 その後に猿帝の目が合う、 敵意の籠った、 だが何処か奇妙に感じる視線だった

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