第八十六話…… 『街に揺蕩う黒い煙・3』
カチッン……
固定するボルトがネジ切れる、 鉄は瞬時に熱を持ち、 次の瞬間には宙を舞う
連結で、 物も乗っかって総重量百キロは下らない筈の棚、 それを易易と持ち上げる
「そうらぁ!!」
でかい声、 でかい体、 予想外の敵襲に、 想定外の敵存在
叩きつけられる、 鉄の塊!
っ
ドガシャアアアアアッ!!!
っ………
「あっ、 あっぶない…… 危ないですよ!」
天成鈴歌を逃がした後、 フーリカ・サヌカは一人広い倉庫内を駆けていた
この男はやばい……
「あっはっはっ! どうだ! 凄いだろう俺のパワーは! 見ろ、 この筋肉美を!」
バサッ!
男は上着を脱ぎさり肌を晒す、 腹は少し出ているが、 確かに肩は頑強で腕は太い、 胸板も厚くがっしりとしている
「ん? おいおい、 あまりじっくり見るな、 俺の肉体が凄まじいのは分かるが、 恥ずかしいだろっ♪」
うわっ
「きっ……」
きもい
この男、 逃げ惑う私に、 大質量で鉄の棚を薙ぎ倒し、 轟音を響かせながら力のままに叩きつけているくせに
敵意が無いのだ、 この男は相当に頭が悪い、 いや、 と言うより思考回路がおかしい、 配線がめちゃくちゃ何だ
天成を逃がすため、 注意を逸らすために少し会話をしただけに過ぎないのに、 この男は私が、 自分の事を好いているのだと本気でそう思っている
そして恐ろしい事に、 この破壊行動は全て、 自分を魅せる為に行っている力の証明なのだ
子供の頃、 好きな女の子の前で、 はしゃいだり、 木登りをして注目を集める様な、 あれだ、 こいつにとって力の行使はそれに過ぎない
今はただ、 自分はこんなに力があって魅力的だろ? とフーリカに伝える事しか考えて居ない
やばい、 こういう奴が一番ヤバイ、 タガが壊れている人間、 悪意を持って虫を殺す残酷な子供は居るが
こいつの場合、 力任せに遊んで、 意図せず羽をもぎ、 頭を飛ばす様な、 無知、 無思考故の澄んだ残酷さ
あの力……
(……もし捕まったなら何をされるか分からない、 力加減を相手が誤り死ぬ可能性はかなり高い)
危険を孕んだ存在、 ならどうするか……
「……貴方に対する恐怖は、 私が絶望に暮れた、 魔王軍の進行による恐怖と比べたらなんて事は無い」
思い出せ、 怒りを、 絶望に沈む深い恐怖は、 それでも明山日暮、 彼のおかげで私は、 前に進む推進力に変わった
日暮の事を想うと力が湧く、 何故なら私は………
「私は、 明山日暮が好きだ! 吹き飛べ、 バウンダー・コネクト!」
きらきらきら………
小宇宙の様に、 深い暗さの中に無数の煌めきを内包した、 銀河系の様な円盤が敵の左足を覆う様に現れる
それは不可思議な、 正に異次元な空間であり、 触れた物は、 決して全く隔たりの無い一つの物でも、 強制的に接点を作り出し、 二つの元として定義する
その時まだ、 それはくっ付いた状態だ、 一つだったはずの物が、 二つになり、 くっ付いた状態で、 だがそこに力が流れる時、 ふたつは確かに分けられる
この力は接点の作り出す境界に、 力の流れを生み出し、 勢いよく切り飛ばす、 正確で確実性を持った異次元の切断能力、 それがバウンダー・コネクトの一側面だった
きらきら……
能力が光って、 敵の太腿を丸ごと包む、 一本の太腿に中心から上下に分かれる、 この時、 敵、 遠太俱の太腿は二つのパーツに分けられた様になる、 つまり分つのは簡単だ
二つのパーツの間を流れる力、 吹き飛ばす!
「貴方じゃない、 寧ろ、 私は貴方の事が嫌いです、 私が好きなのは日暮さんです……」
凛と立つ、 鋭い程の気品、 その存在に宿された鋭利な刃は、 敵が足を吹き飛ばされるよりも更に早く、 敵の心を突き刺した
真っ直ぐ、 冷静に、 深く……
…………………………………
………………
……
ギャー ギャー
リンリン…… リンリン……
黒くテラテラと、 丸みを帯びた体で、 三対の足で、 立派な角を掲げたカブトムシ
父が取ってきたカブトムシ、 強そうだな、 硬そうだな……
きっと、 俺の拳程度じゃ、 傷も付かないんだろうな……………
っ
ブンッ!
グジャアアアッ!!
………
ベチャッ
拳に黒いシミが付く、 嘘だ、 こんなつもりじゃ無かった
……………
『見てください○○君が夏休みの工作で作った作品、 見事ですね~』
皆が触ってる、 凄い凄いって言ってる、 僕も……
バキッバキッ
『あっ………』
唖然とした空気、 降り注ぐ皆の目、 ○○君の泣き声、 先生の怒る声
こんなつもりじゃ無かった……
…………
『おい! デブ、 足遅いんだよ! お前のせいでリレーで内のクラス最下位じゃねぇか!』
『このままじゃ本番も負け確だぜ! お前その日休めよ』
そんな……
『休めないよ、 ママに怒られる……』
『……あっそ、 理由があれば良いんだよな? 走れない理由があれば』
場所は体育倉庫裏だった、 詰め寄ってきたクラスメイトは倉庫のドアに徐に手を掛け、 中から金属バットを取り出す
照りつける陽の光を反射して、 鈍い銀色が反射する、 後ずさり……
『やめて……』
『うるせぇよ、 黙れ』
やめて…… やめて………
ギラッ
振り上げられた金属バットが、 恐怖を煽る、 数秒後に感じるだろう恐怖で身が強ばり、 硬直する
『てめぇが悪いんだからな、 おらァ!!』
ブンッ!! フルスイング!
っ
接触!! 粉砕!!
バギィンッ!!
ああ、 ああ…………
『っ、 は? 何で…… 何でバットの方が壊れるんだよ、 お前何で、 何で何とも無いんだよ!?』
何とも…… 無い?
怖い、 怖い、 怖い、 怖い、 怖い………
グッ
怖いから、 守らなきゃいけないから、 これは……
『仕方ないんだよ』
グリグリグリッ
握られた拳が異様な音を立てる、 クラスメイトよりも既に体は大きく、 その様は正に鬼の様だった
『おっ、 おい! 何睨みつけてっ、 来んなよ! おいっ! やめ、 やめっ』
っ
ドガアアンッ!!
初めて、 人に振り下ろした拳は、 想像以上の力で、 クラスメイトを捉え
吹き飛ばした
ガジャアアアアンッ!!!!
体育倉庫に吹き飛んだクラスメイトがぶつかり、 大きな音を立てる、 聞き付けた教師がやって来た時に見た彼の顔は
笑っていた、 と言う………
………………………………
………………
『遠太俱、 君は素晴らしいよ、 明るくも、 暗くもない、 心に光も影も無い、 表も裏も無い、 君は純粋無垢だ』
初めてナハトに会った時、 それは遠太俱が傷害の罪で刑務所の中に居た時だった
彼はなんてことの無い動作で、 牢屋の鍵を開けると、 座り込む自分の横に並んで腰を掛けた
遠太俱は最初、 警察官のイタズラかと思った、 刑務所の警察官も皆いい人で、 結構ユーモアに溢れて居るのだ
だが、 遠太俱が思考よりも、 本能に近い部分で、 それは違うと見抜いた
『お前、 誰だ? 何で俺の名前を知っている?』
『難しい事じゃないよ、 面白そうな子を探しててね、 調べたんだ、 何人かスカウトしに来たんだよ』
?
『おめぇ何訳わかんねぇ事言ってんだ? ん? 名乗ってねぇな? お前は誰だ?』
あははっ
『そうだったね、 俺はナハト、 遠太俱、 君をスカウトしに来た、 どう? 俺に着いてこない?』
『……俺、 頭わるからよく分からねぇぞ? 何が言いたいんだ?』
ナハトは笑う
『あははっ、 そんなに深く考えなくても、 言葉のそのままの意味だよ、 ただ、 付け加えるなら、 戦わない?』
戦い?
『誰と戦うんだ? 俺には敵などいた事が無いが』
『そりゃそうだ、 君の敵はついさっき現れたばかりだからね』
そうだ
『外に行こう、 着いて来てよ、 一緒に美しい世界を見に行こう』
ダメだな
『俺はもう、 この拳を振らぬと決めた』
『それは、 お父さんに怒られたから? お母さんに泣かれたから? それとも、 人を殺してしまったから?』
………
学生時代の体育倉庫裏での出来事、 クラスメイトは助かった、 トタンの壁が衝撃を殺してくれたからだ
あの日から、 周囲が遠太俱を見る目が明らかに変わった、 触らぬ神に祟なし、 誰も遠太俱に話しかけないし、 付かず離れず、 距離を取ってきた
両親は怒り、 悲しみ、 苦しみ、 泣いた、 もうこんな事はしない、 そう心に留めて来た
のに
また、 やってしまった、 自分を『使えないクズ』と罵った会社の先輩を殴り着けて、 そのまま放置して帰った
誇らしい気持ちがあったが、 次の日にはそれも消えていた、 その先輩は死んでいた、 打ち所も悪く、 即死だった
そうして自分はここに居る、 本当に、 本当の本当に、 こんな事をやるべきでは無い
『それは君の本心かい? 自分を抑圧するとストレスがたまらないかい?』
分からない……
『そうか、 ならやっぱり着いてきなよ、 夜明けを迎えた新しい世界の景色を』
言われるがままに連れられて歩いた、 警察官達は何処へやら姿が見えない、 一歩外に出れば、 閑静な日本の街並みとはズレた喧騒が響いている
ドシンッ ドシンッ
足音を立ててこちらに何者かが近付いてくる、 身長二メートルの遠太俱と同じ程の背丈、 筋骨隆々の者
『モンスターだね』
モンスター?
『さあ、 どうする遠太俱、 敵は直ぐにでも襲って来るよ?』
『……敵なのか? 人だろ、 分からん、 襲って来るのか奴は?』
グギャアアアッ!!
バンッ!!
『ほら来た!』
『そうなのか? ただ走っているだけじゃ……』
グッ!
ハギィンッ!!
大きな音を立ててモンスターの拳が遠太俱に当たる、 その衝撃、 巨体から繰り出されるパワー
驚いた……
バキッ……
『ギギャアアアアッ!?』
『あははっ、 何で壊れるのがモンスターの拳の方何だよ』
?
『今のは攻撃だったのか? 弱すぎて分からなかった、 だが、 俺を害するならば然なし、 正当防衛で戦わなくてはな』
グギッ ギチッ
遠太俱の握られた拳が巨大な岩の様に、 敵の自然的に鍛えられた強靭な腹筋を目掛けて振り上げられる
『ふんっ!!』
っ
バギッ! グジャアアアアアッ!!!
『ウギャゲッ!?』
バタッ
たったの一撃で敵を粉砕する、 その男の顔は笑っていた
『ははっ、 良いね、 見てよ遠太俱、 周りをさ、 君の敵がいっぱい居るよ』
これはさ……
『仕方ないよね、 遠太俱はそんなつもりは無いわけだし』
はっはっ
『その通り、 俺はお前らの事をちっとも全く殴りたくなど無い! だが! 襲われるならば仕方なし!!』
はははっ! あははははっ!!
強さがあって恐怖を知らない、 無思考であって尚恐怖を感じない、 ただ、 ただシンプルに……
熱い、 俺は、 燃えている、 俺は、 俺は……………
……………………………………
……………………
………
「熱く燃えているぅっ!!! ファイア・インパルトっ!!!」
っ
ボオオオオオオオオンッ!!!!!!
発火!
ジュワッ!
「っ、 あつっ………」
ぶわっ、 と一気に汗が吹き出す、 ちりちりと肌の焼ける様な痛み、 これは……
「っ、 発火能力!」
「おおおっ! おおおおおっ!!!」
轟轟と燃え滾る巨漢の男、 男の咆哮が倉庫内に木霊する、 ビリビリと震え、 恐ろしい
玉のような汗をかく、 それは暑さ故か、 それとも、 この熱の中で確かに感じる悪寒故か
男は笑う
「俺っ! でなく、 その日暮なる者がすきぃっ!?」
っ
「そう! 何勘違いしてるの! 私は貴方の事なんか……………」
あっはっはっはっはっ!!!
「つまりっ!! 三角関係と言うやつかぁ!! 燃えてきたァ!!!」
っ!?
「ちょっ、 何を……」
「お前は! 俺が好きっ! 俺も、 お前が好きぃ、 だがっ、 ひぐ…… なんだったか、 そいつもお前が好きぃ!」
ならばっ!
「そいつ、 ころぉっすっ!!!」
こいつ、 本当に頭どうかしてる………
あれ?
「そう言えば私の能力は? 敵に既に触れていた私のコネクターは?」
感触がない、 先程まで敵の太腿を二つの定義に分かち、 切断するだけだった筈の能力の発動点を感じ無い
「っ、 バウンダー・コネクト!」
もういい……
敵への更なる不快感から、 太腿で無く、 今度は確実に敵が死に絶える胴体へとコネクターを設置する
良い、 このまま能力を発動すれば、 敵の胴体は泣き別れ、 確実に殺せる……
「燃えてきたァ!!!」
ボオオオンッ!!
吹き出す炎、 更に上昇する気温と、 敵を中心に巻き上がる火災旋風
…………
パリィンッ!
ガラスが割れる様な音がして、 フーリカの能力、 バウンダー・コネクトが作り出すコネクターが………
「嘘……」
破壊された……
「……能力すら、 焼き尽くす炎、 炎………」
そもそも、 敵の能力が炎なら、 さっきまでのこの男の肉体の強さはなんだったの? まさか……
「あれは、 全部素の力なの、 人の身に有した力だって言うの……」
うおおおおおおおっ!!!!
ぼぉぉおんっ!!
ビリビリビリビリっ
あれ?
(……私、 結構ヤバい奴の目の前に居る?)
炎、 故郷を燃やす炎、 田畑を燃やす炎、 親を、 兄弟を、 友人達を燃やす炎
立ち向かっ…… 立ち向かって……
手を敵に向ける、 能力………
「……はっ、 ばっ、 バウンダー・コネクト………」
っ、 パリンッ……
ああ…………
燃え上がる男の、 その内側の温度が最高点に達する時、 抑圧された熱量が、 今か今かと吹き出す時を待つ
高火力熱の放出
「俺の全心の熱さを受け取れぇ!!! ファイア・リーグリスッ!!」
ゴオオオオオオオンッ!
……………………
っ
ボガアアアアアアアアアアンッ!!!!
男を中心に全方位に最大出力の炎が拡散、 爆発する、 呑まれれば焼け死ぬだけ
イカレているけれど、 ネジは吹き飛んど居るけれど、 これが一種の愛情表現なのだとしたら
自身の炎で、 想い人を焼き殺して、 その事実を目の前にした時、 彼はどう思うのだろう?
この男なら、 直ぐに私の事なんか忘れるかも、 そもそも本気で恋なんかした事無いでしょ……
チリリッ
先んじて、 フレアの様に尾を引いて届いた炎が皮膚を焼く、 吸った空気が噎せ返る程に熱く、 肺が痛い
……………………
(……日暮さんならどうかな、 私がここで死んだら、 日暮さん、 私の事覚えていてくれるかな………)
日暮がフーリカを想ってかけた言葉、 日暮がただ前に前進する力
(……日暮さんはどっちを選ぶんだろう)
彼の全てを知っているのに、 どちらとも言えないのが今は、 妙に心寂しかった
………
ブワアアンッ!
高質量の熱風の、 その背後から、 迫る、 高波の様な炎
倉庫内は一瞬で百度に迫る程空気を熱し、 炎に触れた鉄の棚が赤色に染まる
ふわりっ
日暮と出会った日に、 服屋で選んだ、 彼も似合っていると言ってくれたお気に入りのワンピースがひらめく
ああ……
………………………………………………
……………
ちっ ちっ ちっ……
「ああ、 この世界を焦がすインフェルノ、 この絶望に触れて、 それでも尚、 炎の光は美しい」
カタンッ……
………?
「フーリカ・サヌカ、 久しぶり、 君は私を知らないだろうけど」
暗闇だ、 気がつけば暗闇に居た、 敵も、 炎も見えない
「諦めてはいけにゃいよ、 フーリカ、 君の想い人は決して諦めにゃいだろふ、 彼も帰ってくる、 さっきの疑問は本人に聞きためいよ」
そんなの……………
「わかってる、 わかってるもん」
「くりゅふっ、 フーリカ、 がんばっ!」
……………………………
分かってるよ、 一つだけはっきりと、 自分の気持ちが
日暮さんに会いたい、 顔を見て、 おかえりって言いたい
死んだら、 出来ない、 それだけは嫌だ
………………………………
………………
「ワールドセレクト・シンクロノイズ、 世界を繋げ、 リジウム・コネクト!」
両手の人差し指と親指を繋げ丸を作り、 そのふたつを鎖の様に繋げる、 二つの円が繋がる、 世界が繋がる
ぐわあんっ
異世界の口が開く、 大きく口開く……
………
ボガアアアアアアンッ!!!
迫った炎を、 異世界の口が吸い込む様に、 それを取り込む、 倉庫内の温度は上がり続けるが、 高温の炎がフーリカには届かない
彼女の前に開いたそのゲートは、 向かってくる炎を全て向こう側へと送る
はぁ…… はぁ……
敵の火力はこちらの能力すら燃やす、 その存在定義と言う地盤すら燃やしにかかる火力
だが、 ぼっかりと口開いた世界の穴は閉じはしない、 本当は一秒でもこの異質な門を早く閉じたい
(……全心の熱さと敵は言っていた、 つまりこの高火力は自分の内側の炎を全て打ち出す技)
敵の体内に炎が溜まり、 それを打ち出す技を使うのだと、 フーリカは敵を考察する
つまり、 全てを打ち出した時、 この技が終了するその時、 その時ならバウンダー・コネクトによる切断を使える
ぼっ、 シュッッ…………
ぶわんっ!
唐突に倉庫内を照らす炎の光が弱まる、 来た……
「ガス切れっ!」
「ちっ、 ガス切れかっ!」
っ
相手と言葉が重なる、 嫌な気持ち……
「今っ! ハモったぞ! 以心伝心っ!!」
「うるさいっ! バウンダー・コネクト!」
躊躇わない能力、 敵の首筋に接点を作り出す、 切り飛ばす、 このまま……
………………………
『……どうして酷く人の首を切るのかしら、 苦しまず心臓を止める毒だってあるのに、 敵国の間者だろうと人は人、 処刑のやり方が酷くある必要があるのかしら』
…………………………
お母様の言葉、 優しい母の言葉、 私はこの人の首を切り飛ばし、 もう一度何処かでお母様と会える時があったなら
その時、 お母様はどんな顔をするだろう……
お母様に悲しまれたくない、 でも日暮に会う為には殺すしか無い
あれ?
どっち付かず、 常にどっち側に行くべきか悩んでいる、 これ、 日暮に似ている
彼も人として生きる道と、 戦いを求める生き物としての選択に日々葛藤している
悩むな、 すぐに決断しろ………
「私は、 それでも、 日暮さんに会いたいから………」
敵を、 殺………………
「繋がる想いっ!! 万歳!! 燃えてきたァ!!!」
ボオオオンッ!!!!
ジリッ
パリンッ!
「へっ? 嘘…………」
敵から炎が上がる、 それも高火力、 嘘だ、 再発火が速すぎる、 ほんの少し、 ほんの少し思案しただけで
ほんの二秒程で決断したのに、 余りにも長すぎたその時間、 それに……
(……私ほっとしてる、 人を殺さなくて良かったって、 ほっとしてる)
私が人を殺して悲しむのは、 もしかしたら日暮さんも同じ、 彼も私を人殺しの目で見るかも……
っ………
ばっ!
後ろを振り向いて、 かけ出す、 逃げる、 何か、 何か急に逃げたくなった
(……私、 私って最低っ)
あああっ!!
「追いかけっこかァ!! 捕まえるっ!! 取り敢えず放つ炎! ファイア・リーグリス!!」
っ、 ボオオオオオオォンッ!!!!
先程と変わらぬ火力、 高出力の全方位火炎放射、 空気は嘔吐く程熱く、 今にも燃えそうになる
はぁ、 はぁ
すぐ目の前に、 出口、 出口、 出口、 鉄の取っ手に触れる
ジッ
「熱っ…… うっ、 でも……」
そう言えば、 この倉庫の外には人が何人か居た、 私がこの倉庫の扉を開けたら、 その人達も炎に巻き込まれてしまう……
けど………
(……外に居た人達は別に、 遊んでばかりのなんて事ない人達だった、 良いよもう)
ガチャつ
っ
押し寄せられる程の空気が外から入る、 炎の影響で倉庫内の空気が減っていたからか、 何にせよ
涼しい……
いや、 熱………
振り返るまでも無く、 すぐ背中程までに迫った炎
(……軽い火傷で済めば良いけどな)
…………
………………………
パシッ
不意に手を掴まれる
(……誰? 日暮さん、 だったら良いのに……)
グイッ!
「……翼を開いて防御!」
引かれ、 何かに包まれる、 それは少しゴツゴツの様なふわふわの様な、 奇妙な触り心地で、 凄く安心する
それに……
(……熱くない)
何か……
(……お母様に包まれてるみたい)
……………………
…………
「フーリカさん、 大丈夫!」
この声は……
「……天成さん? ……どうして」
「助けに来たよ」
助け……………
「っ、 敵、 炎は?」
「ふふっ、 炎? 効かないよ」
バサンッ!
「ドラゴンに炎をぶつけるなんて愚策でしょ」
ドラゴン……
「……わぁ、 天成さん、 綺麗……」
「そうでしょ♪ 私は半人半龍になれる、 ドライ・ドライグ、 それが私の能力、 私も力を手に入れたよ、 前進する為の力」
天成はそう言いながら優しくフーリカを抱き上げる、彼女はこの倉庫内で焼かれ続けたのか
肌は乾燥し、 スス焼けた様に肌が焦げている、 綺麗な髪も、 似合っている可愛いワンピースも少しだけ焼けてしまっている
最低……
(……女の子相手にこんな事、 絶対に許せない)
「ねぇ、 星之助君、 彼女を救護室に運んでくれる?」
「あ、 あぁ、 鈴歌、 お前どうして……」
ちっ
「ねぇ、 今大変なの、 余計な事は考えないで私の言う事を淡々とやってよ」
星之助聖夜は、 下を向く、 私から一方的に彼を突き放したが、 いざここに戻って来たら何と彼は倉庫前の若者達にここから離れる様に説得していた
私が、 『ここは危険だから離れて』と彼に言っていた言葉と、 倉庫内から響く破壊音で彼は危険を感じたらしい
私に言われた事を考え、 周囲の人間を避難させたんだから、 結局彼も私が傍で彼に掛け続けた呪縛からは逃れられない様だ
まあ、 助かった、 今、 倉庫内から吹き出した炎は一瞬で通路の壁や天井を焼き、 気温は四、 五十度程には暑い
ここに一般人が居れば大人数が怪我をしていた事だろう
まあ、 何にせよ……
「もしフーリカさんに何かしたら叩き潰すからね」
「っ、 分かってる、 でも、 お前は…… なんでも無い」
フーリカさんを星之助君に渡す、 その時フーリカが僅かに口を動かす
「……敵は、 能力は炎ですが、 際限が無い…… それに加えて、 凄い力です…… 一緒に戦えなくて、 ごめんなさい……」
「良いから、 私を逃がしてくれてありがとう、 お陰で私踏み出せたから…… さあ、 行って」
星之助君がフーリカさんをお姫様抱っこで抱え走り去って行く
さて……
ドスッ! ドスッ!
ガジャアアンッ!!
ドアを吹き飛ばし中からそいつは出てくる、 身長二メートル程の巨漢、 肩や腕が太く、 化け物じみた力の持ち主
そして、 身体中から吹き出す炎、 本人が出てきた事で通路が熱を更にあげる
(……このままじゃ火事になってしまう、 早く止めなくちゃ)
ドシッ!
「はっはっはっ!!! どうだ! 俺の底無しの想い! お前ももっと俺の事が好きになったのではないかぁ?」
は?
「はっはっ…… ん? どこ行った、 女、 どこ行った! 追いかけっこの後は隠れんぼかぁ?」
さっきから……
「おい、 あんた私達の事を見下して、 『女』呼ばわり? 貴方からしたら私達は皆同じって事なの?」
凄く
「気に食わないわ、 貴方、 フーリカさんを焼いて、 貴方は最低のカスよ」
男は困惑の顔をする
「ん? 誰だお前は…… さっきの女はどこに行った? あの女、 俺を誘っておいてまさか……… 逃げたのか?」
ふざっ……
「ふざけるなぁっ!!!!! 逃げるなぁ!! 女ァ、 逃げるなァ!!」
ちっ
「うるさっ、 何を勘違いしてるの、 アンタみたいな奴が他人から好かれるはず無いでしょ、 身の程を弁えろ」
ちっちっ
「ふんっ、 甘いな、 女は俺を見ると目を逸らす、 距離を取る、 それは、 俺、 と言う存在を目にすると、 思うに目眩を起こすのだ」
?
「眩しすぎて、 クラクラしてしまうのだろろう、 無理も無い、 俺、 が魅力的だから」
にやり
「そうだろう? 女、 お前も」
???
「その女って言うの止めてくれる? 私の名前は天成鈴歌、 覚えなくて良いよ、 私貴方の事嫌いだから」
「逆説か? つまりは好き、 俺の名前は遠太俱、 互いに名を知り合った時、 心は通い合い惹かれ合う、 よもやお前俺の事が好きだな?」
はぁ…………
早速天成はこの男との会話が嫌になってきていた
(……フーリカさん、 よくこんな奴と暫くやりあってたな)
「お前は俺のことが好き…… 俺もお前の事が……」
「さっきの子の事は?」
……………………
「……さっきの女も好き」
「お前、 最低だよ、 でもそこまで恨みは買われないよ、 良かったね、 だって貴方の事を好きな人は誰も居ないから」
…………………………………
「っ! つまり! 俺とさっきの女、 俺とお前! そしてさっきの女と何とか男! これは、 四角関係ぃっ!!!!」
!?
「四角関係で、 俺の炎の火力も四倍!! 燃えてぎぃたああああああっ!!!」
ボオオオオオオンッ!!!
!
熱い、 灼熱、 これ程の炎、 火炎旋風と赤熱の空気、 これ程の………
………
ふふっ
これ程の熱を前にしても恐怖が湧かない、 さっきも言ったけど……
「打ち出す炎、 ファイア・リーグリスゥ!!」
「ドラゴン相手に炎だなんて、 愚策何だよアホカスがっ!!」
ボオオオオォォォンッ!!!
肉体に打ち付ける炎、 だが、 代表に生えたドラゴンとしての皮膚が、 まるでその熱量を感じさせない
温い
バサンッ!
翼を広げてはためかす、 翼が風を、 空気を集め操る、 不思議だこの程度の事は余りにも単純、 簡単に出来る
ボワアアアッ!!
流動する空気が炎を集め、 敵が炎を打ち終わった時、 集められた空気はビー玉程にまで圧縮された
「!? 何だ! なぜ俺の炎が!」
ぐりっ!
その圧縮された炎を拳の中に握る、 確かな熱を感じるそれ
バンッ!!
踏み込み、 地面に亀裂が入る
「どうせ力でねじ伏せて来たんでしょう、 今までそうやって与えられた力だけで他人に勝った気になってきたんでしょう」
それは、 私も同じ…… でも!
「全ての方向に道は続いて居る、 大切なのはどう極めるかだ、 私は与えられた力を考え、 更に研ぎ澄まし、 極めてきた!」
「ただ見せつけて、 無思考に振るってきたお前とは違う、 そして……」
グイッ!!
接近、 赤熱の爆発玉を握った拳を大きく溜めた構えで、 それは剛力で敵へと振るわれる
「炎でも、 力でも、 私の方が強いのよっ!!」
っ!
ゴバァァアンッ!!!
衝撃、 後に、 爆発!!
ドガアアアアンッ!!!
!
ズザッ!
天成は瞬時に距離を取る、 敵顔面に当たった拳は確かな手応えに加え、 小規模の爆発を起こした為敵の顔面からは煙が上がって居る
「どうだっ! 思い知ったでしょっ!」
ぼわああああ………
ただ静かに煙が敵の顔面を隠す、 不意に敵が両の手を掲げ勢い良く拍手をした
パアァッッッツンッ!!
!!
ブワアアアッ!!
「っ、 煩い、 それに………」
拍手の音は大きく耳がキンキンする程、 そして何より叩きつけられた掌から空気が発生
それは数メートル離れた天成の髪を勢い良く揺らす程だった
一気に敵を覆っていた煙が晴れていく
っ!
「あっはっはっ!、 派手だなぁ、 愛情表現がぁ、 ぃよしっ! 気に入った! もう一度、 飛び込んで来い、 今度こそこの胸で受け止めてやるっ、 さぁ!!!」
ゾッ!
思わず鳥肌が立つ、 ああ、 きっとフーリカさんも同じ事を思ったんだ
嫌気が指すとか、 頭を抱えるとか、 そんなレベルでは無い、 無知無思考とか、 バカとかアホとかそんな物では無い
こいつは……
「あっはっはっ、 あははっ、 さぁ来い、 おいで、 何をしたって仕方無いだろ、 結局は俺の胸の中に収まる以外に選択肢は無いのだから」
気持ちの悪い顔で笑っている、 自身の中で渦巻く物を、 あーだこーだと言い訳を立て弱い物に振るってくる
知らない見ないを当たり前とし、 自身の拳で例え誰かを傷つけたとて、 言い訳の理由を並べ自身を正当化
誰からの批判も何もまるで気にもならない、 何故なら人の話を聞いてない、 無思考を極めればここまで……
醜悪、 悪だ、 人を傷つける事は多くの場合自分も傷つける事だ、 ぶつかり合えば弱い方がより大きなダメージを追うが、 多くの場合自分も無傷で済むことは少ない
だからこそ罪の意識が芽生える、 罪悪感が重しになる、 だとしたらこいつは常に無傷だ物理的にも精神的にも頑丈で傷が付かない
逆転の発想だ、 自分が何をしようとされようと、 自信が傷つか無いから、 他人も傷付いてないとか、 他人も気にしてないだろうとか
自分の狂った尺度で他人を測りにかけて、 最後は力でそう思わせる、 全部他人のせいにして、 自分の思うがままに……
(……あれ、 私も似た様な)
ぎりっ
(……私は違う、 私はこんなに酷くは無かった、 少し人を困らせたぐらい……)
違う、 どれだけ考えてもそうだ、 もしかしたら、 この醜悪な男と、 今までの私は似ているのか……
ちっ
「お? 怖い顔するなよ可愛い顔が台無しだぞっ、 それに……」
ボオォンッ! ボォオンッ!!
敵の拳に炎がまとわりつく、 熱く燃える拳
「いいな、 爆発するパンチ、 俺も真似するぞ、 そうだな…… ファイア・パン……」
バンッ!!
くだらない、 先にきっちから踏み込む、 くらえ、 龍のパワー、 龍の体に宿る一撃
「トロウ・ドライグッ! はぁっ!!」
ドスっ!!
敵に拳が突き刺さる
「うっ、 おお、 良いパンチだ、想いがこもってる」
すぅ……
流れる様な動作で敵の手が、 手首を掴もうと迫る
パッ!
勢い良く引いて、 連携で逆の手……
せいっ!
パシンッ!
「単純、 そもそもお前、 戦い知らないだろ」
っ!
ちっ!
それは……
(……囮よっ)
ぶんっ!!
天成は柔軟な体つきによって、 そこから半回転、 勢い良く加速したそれが敵に迫る
尻尾、 ゴツゴツとした龍の尻尾、 ヤシの木の様に引き付けた反動で力を解き放つ!
バジィインッ!!
「うぜぇ!?」
良し、 効いてる、 このまま……
っ
「それ」
ドスっ!!
っ!?
(……へ?)
ドサッ
振り向き際、 余りにも軽い動作、 大振りでない、 敵の拳は待っていた、 顔面末端、 あごに向けて、 ただ拳を置いていた
こちらの回転の力を利用された、 なに、 全く……
(……あれ? 体に力入らない)
気がつけばしゃがみこんで居た、 目が回る様な酷い目眩、 呼吸や会話すら億劫になる程の倦怠感
えっ……
一撃………
「だから言ったろう、 単純だと、 お前は戦いを知らない、 俺よりも弱い」
がっ
その男は無造作に近寄ると、 炎の鎮まった手で乱暴に私に触れる
「女、 お前見れば見る程器量が良い、 気に入った、 少し遊ぶか」
嫌だ……
触れる手は、 嘗ての記憶を蘇られる、 それは私が必死に嫌悪し、 そしてその側面で受け入れ力として活用した
桜初御前としての、 あの暗い停滞した空間での記憶、 あの女教師の記憶
自分に近い醜さ、 自分が嫌悪する部分に触れる手、 不味い……
クラクラと眩む頭で理解する
(……私じゃ、 勝てないかも)
天成鈴歌はゆっくりと目を閉じる、 見つめる暗闇が懐かしく心地好く……
…………………………………
……………
「だからこそ君はしょのちかりゃをえりゃんだ、 他側面を持つ自分の全てを受け入れ、 多方向で極めた」
「天成鈴歌も、 桜初御前も、 確かなる君りゃ、 君は多面体りゃ、 それを理解して受け入りぇ、 相反する側面を切り捨てにゃかった」
だから……
「君の中には確かに、 拾ってでも捨てずに、 君にとっておぞましく、 それでも大切にゃ側面、 だから君が選んだ力」
さあ……
「天成鈴歌じゃ勝てない時は、 昔から彼女を演じてきたでしょ?」
………………………………
……………
ふわんっ
羽が、 しっぽが、 鱗が、 まるで風で舞落ちる様に体から離れた、 全く違う物を、 代謝し汗を流す様な感覚で自然に
ぐわあ~
彼女の髪、 無警戒に男が掴むかのように手のひらの暑さが伝わる、 そうだいつもそうだ、 いつもあの女は私の髪を撫で回す所から始める
だが…………
髪色が、 黒く、 いや、 ツヤを失い光を反射しない闇、 目を閉じた裏側の様な闇色に染まっていく
暗闇の中で目眩も何も関係ない、 見えないからこそ、 見えている、 そうだ、 最中私は薄暗闇から目を逸らすように目を閉じていた
いつも、 その時間、 私は彼女を演じ、 彼女に頼りきって居た
だから、 あの時と似た今は……
しゃらん
何処かで鈴のような音が鳴る、 何処かでロウソクの火が灯る、 此処で彼女は笑う
ふぁんっ……
暗転
「っ、 何だ?」
通路を照らすライトが消える、 次々に消えていく、 地下シェルターである甘樹のシェルターの倉庫前通路は暗闇とかす
ガチャン
何かが音を立てて、 扉が開く、 観音扉、 遠太俱は見た
暗闇の中で、 鈍く光を放つ、 タンス程の大きさのそれ
「は? 仏壇? なんでこんな所に、 さっきまであったか?」
不気味な存在感を放つそれ、 その暗闇に満たされた壇内の中で、 何かが動く
「っ、 これ、 何かおかしいくねぇか? おい女、 停電してる…… いやまさか、 女お前の仕業……」
しゃらん
「黙りなさい、 ここは『頂様』の御前ですよ」
?
「んだ、 それ?」
「『頂様』の光届かぬ下賎の者よ、 退きなさい」
ギョロ
暗闇の中で目玉が動く、 それは彼女のか、 それとも仏壇の中から確かに感じる視線か
遠太俱は野生に似た感覚で感じ取る
「お前、 誰だ? さっきの女じゃねぇ、 また逃げやがったのか? 女って奴はいつもいつも逃げやがる」
しゃらん
「私の名前は、 桜初、 『頂様』を彩る色彩、 私に触れて良い者は『頂様』にその御霊を捧げ、 認められた方のみですよ」
しゃらん
「もう一度言います、 退きなさい」
っ!?
ばっ
遠太俱は気が付けば後へ引いていた、 女はまだしゃがんだままそこに居る、 何も変わらない
「女は弱い、 力のままに抑え付ければ抵抗しなくなる、 それは俺を受け入れた、 つまり好きと言う事、 皆涙を流して俺の胸の中に抱かれた!」
「お前も!! お前もそうだろう! お前も俺が!!」
内から湧き上がってくる熱、 それは怒りとは別、 遠太俱自身分からない彼の心の中で渦巻く感情
無知故に逆境に怯えない、 震えない、 引かない、 そして彼には力がある
「俺の愛は、 暗闇を照らす!! ファイア・インパルトっ!!!」
ボオオオオォォォォォンッ!!
吹き出す炎、 炎は高質力で燃え上がり、 暗闇を照らす……
「おおおおおっ!!」
しゃらん
さっきからそうだ、どこかから鈴の音がする、 近い様で遠い様な、 何だ……
何故……
「壁は何処に行った? 天井は、 扉は、 床は? 何故、 何処までも闇なのだ……」
「言ったでしょう、 ここは『頂様』の御前ですよ」
さあ……
「告げなさい、 ここで、 自身の事を、 罪を命の道程を、 ここで全て告げなさい」
は?
「お前が何を言っているのか、 俺には分からな……」
「闇が恐ろしいんですか?」
っ
「怖いだろ! 暗闇とかお化けとかでるかもしれないし、 皆怖いだろ!」
いいえ
「貴方が恐れているのは、 自分の心の闇です、 貴方は無知無思考であるから、 貴方の前に道はありません」
「進む道がありません、 ただ時間に背を押され、 命の代謝に引っ張られているだけ、 貴方はちっとも生きていない、 貴方の命は暗闇」
さぁ
「告げなさい、 『頂様』に洗いざらい」
遠太俱は、 恐怖しない、 しない……
あああ……
「ああああああっ! ああああああああっ!!」
それは彼が自身が本来感じている恐怖すら、 理解する事ができないから、 受けた傷すら理解出来ない、 常にストレスに変換されていくそれを知覚出来ない
だから、 彼の中は闇だ、 何も無い、 だからこそ、 彼の中から出てくるのは雄叫びの様な、 慟哭だけだった
彼女は、 そして仏壇の中で『頂様』は、 それを確かに聞き届ける
「……そうですか、 『頂様』は申しております、 貴方の命にせめてもの救いあれ、 生きて停滞であれば、 死して前に進みなさい、 と」
しゃらん
鈴の音がして、 彼女は立ち上がる、 その手には黄金に輝く錫杖の様な物が握られて居る、 それには綺麗な音を震わす鈴がいくつかついたいた
以前、 こんな事があった、 『頂様』の元にて、 憂夜と呼ばれた女性が居た
彼女は、 教師の仕事をしていたが、 上司からの度重なる度を越したセクハラに怒りを抱いていた
ある時、 女教師は笑顔が増えた、 憂夜としてもよく笑う様になった、 それは彼女の悩みの種が消えた事を意味していた
彼女の上司、 当時の教頭だった男は、 死んだ、 夜中の事だった、 突然死だったが、 彼の暮らす家の電気は全て寿命を終えた様に切れていた
彼の家族は夜中、 不思議な鈴の音の様な音を聴いたと言っていた、 夫や、 父を失ったその家族は
後に、 『御頂益の会』と呼ばれる宗教団体に心の拠り所を求めた
その夜、 一体、 何があったのか
しゃらん
「『頂様』に代わり、 私、 桜初が、 貴方をお救い致します」
しゃらん
「どうか、 そのまま楽にしていて下さいませ」
錫杖が遠太俱に向かう、 いつにか能力の炎は消えていた
錫杖の先端が遠太俱に触れる時、 遠太俱の腕は無意識に動き、 その錫杖を掴んだ
グッ
「女、 よく見たら美しいな、 俺が女にヘコヘコするのは初めての経験だったが、 悪くない、 だが……」
「俺は上! 女は下! 俺は向かう所敵無しの遠太俱様だ!!」
遠太俱の心の炎は消えていなかった
「……救いようがありません、 これもまた、 ある種極めた結果なのでしょうか」
「私はひ弱です、 私、 桜初でもダメ、 鈴歌でもだめ、 でも大丈夫、 2人で戦いましょう」
闇を閉じ込めた瞳、 その片方に色が灯る、 闇その物の様な髪に、 美しい色彩が混じる
「最初から、 こうすれば良かったね」
「そうね、 別に私と貴方は喧嘩してる訳じゃ無いのだし」
ひとつの肉体に、 二側面を写す、 まさに、 そこに立つ姿こそ、 何も捨てなかった、 彼女本質だった
「ファイア・インパルスッ!!! 五角関係で、 炎も五倍だァ!!」
あはは……
「もう訳分からない、 何であんなに自己肯定感高いの?」
「ただの錯覚よ、 終わらせて上げましょう、 私達で、 彼を」
常に二側面の二人で進んで来たから、 今も二人で一緒に立てる
「行こう」
踏み出したその足は、 確かな強さを感じる前進であり、 その様は、 余りにも美しかった……