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第八十五話…… 『街に揺蕩う黒い煙・2』

・この作品に登場する名前や、 団体名は作者が数秒で思い付いた物であり、 その他展開も同様に数秒で考えた物が殆どであり、 それらが現実の名前や団体とはちっとも全く関係ありません

はぁ…… はぁ……


ガチャッ


倉庫から出て廊下の先を睨む、 手に持った荷物、 この荷物をおじさんの元へ届け、 それから木葉鉢さんの居る会議室まで走って………


もつか、 私の体力?


…………


私、 天成鈴歌あまなりすずかは昔から運動が苦手だった、 私は可愛い、 運動音痴であるのもおちゃめで可愛いと日々言われ、 私は自身の短所をまるでそのままに、 日々過ごしてきた


私に体力があれば、 もっと全力で、 大きな力で、 あの日、 明山日暮をぶっ叩けた


それがここ最近の私の抱く思いだ、 あんな非力の細腕の小さな手で、 ぶっ叩いた明山日暮はまるで岩の様に不動で


私は腕を痛めた


悔しかった、 ただただ、 虚しかった、 結果大きな牙の獣と対峙した時の様な恐怖まで抱いた


私は今まで、 自身が可愛い事を、 自身の可愛さを武器に、 どんな相手とも戦えると思っていた


この社会で、 強く、 持ち前の頭の良さで、 顔の良さで、 敵を弱い内に陥れ、 弱体化させ、 自身の物にする、 そうやって生きてきた


だが、 モンスターにはそれは勿論効かなかった、 奴らはこちらを捕食対象としか見ていない


……あの日、 ひと月前のあの日、 シェルターに向かって走る私は息も絶え絶え、 弱小個体を狙う捕食者の様に、 そいつは私の背を追って殺しに来た


鳥頭の小学生くらいの大きさのモンスターだった、 大きな嘴と、 長く鋭い爪、 恐ろしかった


つんのめった私にモンスターは迫った、 あれだけ私を持ち上げていい顔をしていた周囲の人間も、 極限状態で他人の命まで気にはしない


その時一人暮らしで、 一人で逃げ出した私をすぐ近くで助ける人は居なかった……


鍛えた私の可愛さは、 所詮人の作る社会だから通用する物なんだと理解した


終わった、 そう思った、 私は諦めて目を瞑った…………


パシンッ!!


不意に乾いた音が響く、 不意に掌が熱い、 不意に気がつく、 閉じたと思った目がまだ敵を睨んでいる事に


私はあの日、 気が付くとモンスターにビンタをしていた、 それは弱い力だったけど


それでも、 敵がその衝撃に少しだけふらついたのを見て、 私は心が軽くなった


だって、 この私が、 お気に入りの服をただ汚されて、 怖くて、 この私が


だから、 最後に一矢報いた様な気持ちになって、 ほっとした


………………


その後のことは記憶が曖昧だ、 突然私が逃げるシェルターの方向と逆から、 一人の男がやって来て、 私に迫ったモンスターを蹴り飛ばし


首をへし折って殺した、 まさに嵐の様に一瞬の攻防で、 圧倒的だった


その男は、 私の事など一瞥をせず、 さらにシェルターと反対方向へと向かって去っていった


私は、 助けられた


…………


悔しい、 悔しい、 悔しい!


何時だって私は、 助けられてきた、 私の周りには人がいて、 私一人じゃ無力だとあの日痛感した


その上


シェルター襲撃の際、 深谷離井に襲われた時、 私を助けようとした人は無力で弱く、 結局私を守れなかった


私は、 自身の魅力に寄せられた、 他人と言う力を振りかざしていたが、 いざと言う時、 それはあまりに脆い力なのだと理解せざる負えなかった


私が今までの人生で振るってきた力、 生き方、 私自身を、 今私が一番疑って居る


あの日、 一矢報いて、 敵をビンタした様に、 私には力がある!


……………


そう思って、 明山日暮をビンタしたのに、 明山日暮はあの時のモンスターと格が違った


私の妖艶さも、 ひた隠した鋭さも、 何も意に返さない、 ひたすらに進む前進、 あいつからはそれを感じた


舌打ちが出る……………


……………………



………


「悔しいじゃん、 私は何にも勝ててない、 戦った事すら無い、 今もこうして守られた」


倉庫内にて、 今、 突然襲ってきた敵、 大きなシルエットだがあれは人間だった、 だがうっすらと見えた敵の顔を天成は知らない


(……流石にこっちに越してきて全員の名前と顔は一致してない、 それでもあの体躯の男、 目立つはずだ)


天成は誰にも真似できないほどの記憶力がある、 それもまあ、 一瞬で覚えられる様な事は無く、 癖で、 数日かけて必死に覚えるのだ


どちらかと言えば記憶の維持力、 保有力が優れている、 藍木シェルターの人間は殆ど知ってる、 新参のフーリカの事も勿論知ってた


甘樹シェルター側も結構覚え始めていた、 だからこそ言える


(……あの男はこのシェルターの人間じゃない、 どっかから侵入してきたんだ、 悪意を持って侵入してきたんじゃ無ければ、 突然私達を襲う理由にはならない)


やはり、 急がなくては、 私に託して、 私を逃がしてくれたフーリカさんの為にも………


『……《かわいい》を教えて欲しいんです、 だって天成さん凄く可愛らしいから』


うん


「任せて、 それは私の一番の得意分野だから」


それだけは人に負けない、 負けられない!


ふぅ…… 行かなくては


倉庫から出てきた私を見かけて一人の男がこちらに近づいてくる


星之助聖夜ほしのすけせいや彼は小学生の頃、 その頃から既に私に魅せられた男、 中学も、 高校も、 大学まで私に着いてきた


いつも彼は私を守ってくれる、 私は彼に甘い言葉を吐けば、 彼は虫が蜜でも吸いに集まる様に寄ってきた


私の一番近くにある、 剣であり、 盾であり、 人だった


だが………


深谷離井に殴られ、 彼は明らかに死んでいた……、 と思う程の攻撃をくらい倒れた、 弱い……


それに、 悔しい、 深谷離井にも、 明山日暮にも、 私と言う人間は通用しなかった、 それがもう本当に悔しい


そう思って日々を過ごすと、 本当につくづく、 目が覚める様な思いだ


「鈴歌、 どうしたんだよ、 何か大きな音聴こえたし、 何かあったのか? さっきの女の子は何処に?」


目の前の男、 非情な事を言うようだが、 全くちっとも、 今は、 この男がどうでも良い、 何の興味も湧いてこない


「……べつに、 後ここは危険だから離れて」


そう言って歩き出す、 とても構っては居られない、 が……


「待てよっ!」


グイッ


「っ、 うわ!?」


ドタッ


唐突に服の裾を引かれ後ろから転ぶ、 尻もちをついておしりが痛い


「いった………」



「あっ、 ごめん…… でも」


でも?


「お前が悪いんだからな鈴歌、 この間からずっと、 俺に冷たくするから」


ちっ


「痛いなぁ、 先ずは謝ってよ!」



「っ、 謝っただろ! ごめんって言ったよなぁ!」


もう構ってられない、 強く引かれた服の裾が伸びているし、 おしりは汚れた


あの明山日暮でさえ私が汚れないように少しは気を利かせてくれたって言うのに


「ちっ、 ふざけないで、 何勘違いしてるの? 貴方はね、 所詮私のお飾りなの、 それも大事な物じゃないわ、 高級料理屋でお皿の縁にソースで文字を書くけど、 所詮あの程度の飾りよ」


あってもなくてもどっちでもいい、 何故なら私はただ一人で何処までも輝いているから


目の前の彼は目を見開く、 ああ、 私の黒い部分が出ちゃったか、 でもいい


鋭く睨みつける


「退けよ、 二度と私に話しかけるな」


ふん


星之助聖夜はそれ以上何もしなかった、 いや出来なかった、 唖然とする彼を置いて天成鈴歌は小走りで走り始めた


……………………………


………


ガチャ!


「おじさん! 曽山おじさんいるっ!」


呑気な時間が過ぎる共有の三番室のドアノブを勢いよく開き、 大きな声で私を表す、 そこに居た人たちは突然の事に驚く


「ん? おう! 鈴歌こっちだ!」



「おじさん、 これここに書いてあった物は全部あると思うから、 じゃあ私もう行くね」


お?


「何か急いでんな? さっきの子はどうした?」



「ちょっと緊急事態、 時間無いから、 私木葉鉢さんのとこ行ってくるから」


曽山は頷く


「助かった、 俺らもすぐに設計案完成させて持ってくって伝えてくれ!」


天成にはそもそもの話がよく分からない


「うん、 分かった」


急ぎ足で三番室の出口へ向かう、 私を見て、 「げっ」と声を漏らしたのは明山日暮の妹だが、 今は気にしない


ガチャ


はぁ! はぁ!


走る、 めちゃくちゃ走る、 このシェルター広い!!


「はぁ! でも! ……でも、 負けない! ここで止まったら悔しい! 私には出来る!!」


通路は頭に入っている、 息が切れようが何しようが、 明日はきっと筋肉痛で全身が痛むだろうけど……


それでも!


「ああっ! 着いた!」


ガチャっ!!


「しっ、 しつっ、 れいしまあっすっ!」


はぁ…… はぁ……


突然の訪問に驚いたのだろう、 部屋の中に居る人達の視線が降り注ぐ


「あの、 貴方は?」


落ち着く声の女性だ、 これが甘樹シェルターリーダ、 木葉鉢朱練このはばちあかね、 綺麗な人……


「はぁ…… 天成…… 鈴歌……… ですっ、 はぁ…… フーリカさんの代理で…… っ、 フーリカさんを助けてください! 敵が!」



「敵っ!? それは一体何が、 何かあったのですか?」


天成は強く唾を飲み込んで息を抑える


「すみません取り乱しました、 私フーリカさんの手伝いをしていて、 曽島のおじさんに頼まれて倉庫に行っていたんです」


できるだけ丁寧に速く伝える


「そうしたら倉庫の奥から見たことも無い人が突然出てきて、 倉庫の棚を薙ぎ倒しながら襲ってきたんです」


「私記憶力には自身があります、 その人は全く知らない人でした、 身長は2メーターは有りましたがちっとも見た事がありません」


「侵入者です! フーリカさんが残って私を逃がしてくれました、 だから、 彼女を誰か助けて下さい!」


話を真剣に聞いていた木葉鉢は驚き、 しかし瞬時に何をすべきか理解した様に顔を上げる


「大望さんっ!」



「ああ、 任せろっ!」


おじさんがそう叫ぶ、 この人は藍木シェルターのリーダであり、 政治家の大望吉照たいほうよしてる


彼は驚く事に突然その場に膝を付き……


「お願いしますっ!!」


大声と共に大きく頭を振り下ろし、 地面に叩きつけるかの如く、土下座した


「……えっ?」


その様に驚いたのは私だけでは無かった、 だが次の瞬間には言葉を失った


彼が頭を下げた先、 その先の床が何やら光り、 魔法陣の様な物を形成していく、 その光量は瞬く間に眩いほどに輝き


光の色が変わる、 金色に……


「おお!! 大当たりだ! 黄金色は大当たり! ゲームで言う所のSSR.URくらいの人が来たぞ!」


そうはしゃぐ大望さんの声が耳に響く頃には、 光は収まり、 魔法陣が消えると同時に何者かがそこに立っている事に気が付いた


「………ひょ? こっこは? どっこ?」


印象は少し頼りない、 そんな声が聴こえた、 幼い……


「子供?」



「ん? いや、 いーや、 見た目は判断基準として乏しいよ、 ヒューマン」


私の疑問の声に反応し、 そいつはこちらを見あげる、 目が合った瞬間に怖気が全身を走った


「ひっ……」



「ん? ごみん、 こわがらせたくにゃい、 みひひっ、 ごみみんみん、 ははっ」


目玉が6つあるのだ、 いや、 違う、 瞼は2つだ、 見た目は何も変わらない、 だが、 ひとつの瞼の中に、 3つ眼球があり、 6つとも瞳孔の色と形が違う、 しかし全てが淡く、 怪しく光っていた


おかっぱの様な頭だが、 良く見れば風をも無しに不自然にゆらゆらと揺らめいている、 意思がある様な


襤褸の様な衣は特段凹凸も無く、 声も中性的で男か女か判別は付かない、 だが、 細く衣から飛び出た手足は陶器の様に白かった


「あっ、 貴方は何者ですか?」


大望の声


「ふ~ん? 成程、 成程…… 君の力で呼ばれた、 降霊術か、 道理で、 忌まわしい龍狩りに槍で引き裂かれた記憶があるのに、 成程……」


それより


「私を呼んだのは私を知る為か~い? 他に用事が、 あるはじだじょ?」


そうだ……


天成は声を出す、 自分が今までの人生でして来た事はクズにも劣る行為すらあった、 それによって他人から怒りも買った


今更善人と呼ばれる人間には慣れない、 だが、 フーリカ、 彼女を助けたい、 仲良くなりたい、 道具でも、 飾りでもない、 対等な友人


これが今、 天成鈴歌の一番求める物であった


「あの! 貴方が何者かは分からないけれど、 どうか力を貸して! 私の友達を助けて!」



「んにゃミ、 あいあい、 分かりゃした、 んおや? や? あや~」



「……あの? 助けて下さるんですか?」


そいつは顎に人差し指を当て首を傾げる、 何かを逡巡しているようだ


「えー、 向こうの遠くに族帝、 あっちの方に魔王の幼体、 そして…… 来る、 古龍が……」



「済まない、 わかったと言ったがよく考えたら無理だ、 君のお友達を助ける以前に、 もうまもなくこの街は消し飛ぶ」


え?


「私は呼ばれたからには君達の為に戦うぽよ、 でも、 優先順位は私が決めゆ」


ちょっと……


「ディも、 力をあげゆ、 君が戦えりぇばしょれで、 おけー」


でしょ?


そう言ったそいつと不意に目が合う、 六つの瞳が、 私の二つの瞳の更に奥、 私の深くの全てを攫い見る


「くりゅふっ、 おもみ~ 綺麗でつやつやした瞳だにゃ、 でも、 そこから奥、 一寸先は闇、 いい物を持ってるちゃ」


ふぁっ!


そいつの纏う襤褸がはためき、 細い腕の先、 血管の浮き出た白い拳から人差し指が伸びて私に向く


「それを、 引き出してあげりゅ、 ほら、 ぐりゅりゅっ、 と」


ぐりゅりゅ~


お腹が熱い


「うっ、 うげぇああっ」



「ほやほや! がんばっ! がんばっ!」


うあっ ああっ、 お腹が熱い、 吐き気が止まらない…… 立ってられない……


ドサッ


何だ? 何? 何をされてる? そう言えばさっきから何で他の人は一言も言葉を発しないの? だれも止めようとしないの?


何?


皆は?


あれ?


「どこ、 ここ…… よく見えない………」



「ふふっ、 ここりゃ、 きんみの心~♪ の~♪ にゃか~♪」


私の心?


「暗いね、 どうして君の心はこんなにも暗くなったのかな? その起源をみてみようっぽ」


私の暗い心の起源…… いや


いやっ


「嫌だっ」


そいつの口が横にも縦にも斜めにも、 まるで裂ける様に広がる、 笑ってるの?


「違うよ、 大切なのは今だ、 今の君だ、 その為にこんなに、 誰にも負けない程着飾って、 美しく、 他人を操って力をつけてきたんだろ?」


「大丈夫、 今の君なら、 あの時の君よりも強い、 大丈夫、 大丈夫、 勝てるよ、 勝てる」


無理だ……


はぁ、 はぁ


無理、 無理無理無理っ!


「絶対に嫌っ!」



「ふりゅふっ、 がんばっ!」


私が、 私の心が、 暗く、 暗く………


染まる………


……………………………



………………



……


『離井君さっき、 女子の着替え覗いてたよね?』


驚き、 焦りに身を震わす彼、 上擦った様な声が聞こえる、 必死に、 そんな事は無いと訴えている


そりゃそうだ、 彼はそんな事してない、 私の言いがかりであるのだ


私からして深谷離井は暗くて、 少し清潔感が無いように見えるが、 今思えば別にどこにでもいる様な奴で


彼が度々嫌がらせを受けていた事は知っていたが、 当時の私はあのセリフを吐いた時までまともに会話をした事も無かった


真面目である事は知っていた、 休み時間すら勉強をしていて、 テストは何時も満点で常に学年でも一位だったと思う


私も上位くらいだったけど、 所詮小学生のテスト程度でそこまで頑張る必要は無いと思っていたので、 そこそこにやっていた


まあ、 何にせよ、 彼が嫌がらせを受けていたのは、 そんなガリ勉と呼ばれる様な部分をからかわれていた節もある


今になって思えば本当に下らなく、 ちょっとした事をつついて、 揚げ足を取るような、 幼さ故の無知な残酷さだった


私もそうだ、 私が彼を陥れようと思ったのは、 当時私が本の少し、 本の少しだけ明山日暮の事を好きで、 彼は明山日暮と仲が良くずっと一緒に居たからだ


何であんな奴とずっと一緒に居るのか、 とかそんな事を考えて居たのだろう、 普段嫌がらせを受けている彼ならば、 今回自分が行うたった一回の嫌がらせも、 彼の中の大きな渦の波の一立ちに過ぎない


そう思い容易に行った悪業だった、 それから彼は不登校になった、 その時内心かなり恐れた、 問題になるとまずい


だがそうはならなかった、 私の醜悪が表に出ることは無く、 深谷離井が免罪である事は公になったが、 私が嘘をついて彼を陥れた事は秘匿された


私が嘘をついて居るかどうか、 それを知っているかどうかは別として、 私が彼を訴えた事を知っているのは私が相談した担任の教師だけだ


この担任教師、 若く綺麗な女性教師だが、 私は実はこの女の事を以前から知っていた


『鈴歌ちゃん、 良いのよ、 貴方はあまり気にしなくても、 悪いのは貴方では無いの、 今回はたまたま彼が割を食った、 それだけなの』


にこにこと笑う、 仮面のように張り付いた笑、 少なくともこの女教師が私に向けてこの笑顔の仮面を外した事は一度も無い


何故なら……


ひとたび、 私はひとたび家の敷居を股げば………


『桜初・鈴歌御前』 『桜初御前さま』 『御身桜初さま~』


外観はどこにでもある家だった、 少しだけ築年数はあるが、 敷地は広い方、 中も友人の家と比べればやはり大きいと思う


一見、 そんな田舎にありがちな、 なんてことの無い一軒家…… なのに


庭先に赤帯の結ばれた鬼畜像、 対面する様に、 青銅製の人面獣、 裏手に作られた手水で手口を清める


玄関には北方が正面を指す様に紐で括られ固定された方位計、 零時で止められた置時計


床に敷かれた赤色の絨毯は決して踏んではならない、 そこは神の通り道、 靴を脱いで上がったなら、 まずは奥の襖を引き中へ入る


『お母…… 上楔じょうせつ様、 私っ、 あっ、 いえ、 桜初おうしょう鈴歌、 今帰りました』


この家ではそれぞれを特殊な呼び方をする、 父を『過特かとく』、 母を『上楔』、 私は『桜初』、 役割によって名前がついている


それはこの家の中で本名よりも大きな力を持っていた


『おかえりなさい桜初、 さあ、 皆さんがお待ちです、 こちらへ』


広い仏間だ、 障子は締め切っていて薄暗い、 その中で幾つもの視線を感じる


『桜初御前さま……』


囁くように、 這いずる虫のように、 ゾワゾワと背中に怖気が走る、 私はこの時間が大嫌いだった


ここは……


『さあ、 桜初、 いただき様にご挨拶をして』



『はいっ、 頂様、 私桜初、 本日も憐華の如く、 咲き誇りました』


敷かれた座布団の上にて頂様に報告をする、 ここは、 私の家は……


玄関に掲げられた立て看板、 そこにこうある《御頂益おいただきますの会》、 私の父は宗教団体、 御頂益の会の幹部であり、 我が家はここ藍木の支部だった


ぱちぱち ぱちぱちぱち


控えめな拍手が聞こえる、 今日も今日とてこの家に集まって来ている人達は皆、 御頂益の会の信者だ


毎日、 頂会と呼ばれる集まりがある、 この人達はその為に集まって居るのだ


勘違いして欲しくは無いので言うが、 何も悪い事はひとつもして居ない、 皆が順番に頂様に本日の報告をする


その後にそれぞれの話を膨らませ、 お茶を飲みながら談話をする、 そういった事だ


だが、 それでもこの独特な雰囲気は、 普段通う学校や、 登校する街の明るさと比べると異様に見える、 停滞した空気がいつも喉に詰まる


父は特別だ、 幹部だし、 母は楔、 ある意味頂様と信者の皆さんを繋ぎ止める、 私は花だ、 私は飾り


花として、 可憐で、 美しく、 綺麗に咲き、 この集まりの中で彩りとして飾られる存在


家に帰れば、 まさに私こそが人々の飾りに過ぎなかった


『……桜初様、 それでですね、 私は思ったのですよ、 夫が私に冷たく当たるのは、 彼が頂様の温もりを知らないからなのでは、 と』


私はただ笑って肯定するだけでいい


『はい、 その様に私も思います、 頂様の温もりは人に宿ります、 勿論貴方にも、 いつか貴方に宿った頂様の温もりが、 亭主様にも伝わる日が来ると、 私も信じて居ます』


私に悩みを話し込む人は多い、 私は花として、 頂様の彩りとして、 人々の言葉を聞き遂げる必要がある


皆笑顔になる、 私を通して頂様の加護に触れる、 皆涙を流し私を通して頂様を崇める


はぁ………


『桜初御前様、 私のお話も聞いて下さいますか?』


あっ


『……先生』


学校の、 女性教師だ、 彼女は困った様に笑う


『桜初様、 ここでも、 私を俗世の肩書きに押し込めるお積もりですか?』


顔だけだ、 笑ってるのは、 私が頂様の彩りだから怒りはしない、 だが内心この女は常に暗い憎悪を世界に抱いていると思うと恐ろしい



『申し訳ありません、 憂夜しゅうやさん、 どうぞお話下さい』


私が慌てて頭を下げると彼女は愛おしい物を見るように、 今度は心穏やかに確かに笑って見せた


『ふふっ…… 失礼しました桜初様、 ふっ、 はぁ…… 可愛らしい、 本当に可憐で美しい…… はぁ……』


女教師、 いや憂夜がここでの彼女の名前だが、 この女は私に魅せられている、 教職であるから、 下校する生徒と同じ時間に帰る事は少なく、 彼女の参加率は低いが


ここに来れば彼女は確実に私の元へやって来て、 距離を詰める、 触れる程の距離で、 そしてこいつは私の耳元で熱い吐息と共に毒を吐く


『あのセクハラのジジイ、 教頭のジジイを殺して下さいと頂様にお願いしてください、 私もう耐えられないわ……』


知らない、 そんな事……


彼女の手が座布団の上に折りたたまれた私の足の上に置かれる、 この女は……


『私にあの男を殺す力を下さいな、 どうか非力で脆弱な私に力を、 機会を、 勇気を……』



『っ、 憂夜、 貴方の気持ち理解出来ます、 しかし、 それをしては貴方が更に苦しい立ち位置へと……』


すさっ


彼女の手が、 私の服の布地を摩る


『構いませんわ、 それが頂様の御加護の元であれば、 私に足りないのは勇気なんです…… それに』


『今私は地獄に居るほど苦しいのです、 私は生きるも地獄、 死ぬも地獄であると言うのですか? 私が酷く苦しんでいるのに、 私にそうするなと? それは頂様のお言葉? それとも桜初様のお言葉?』


地獄はこっちだ、 これで本当にこの女が何事かやらかしたら私の責任にもなるはずだろ、 何としても止めなくてはならない、 それも受け止める花として役割


こういうイカれた奴がいるから余計、 私はここが嫌い何だ…… 嘘をついても後が怖い、 だから……


『これは、 私桜初としての言葉です、 憂夜、 もう少しだけ我慢していただきませんか? お父…… 過特様が今動いておられますから』


父はよく知らないが太いコネを持っているらしい、 信者の皆さんの悩みを解決する為に日々尽力している、 どんな方法を試しているのかは知らないが……


『……その間は? 私はこの滾る思いを何処にぶつけたら宜しいのです? 桜初様、 自分の言葉に責任は持てるのですか?』


馬鹿馬鹿しいやり取りだ、 お前はこの流れになる事を望んで、 私に話をしてきているんだろう


『……はい、 何時もの様に、 ……お気の済むまで』


私の言葉を聞いて女は破顔する、 化け物と見紛う様な顔だ


頂様の花として私がするべき事は、 皆さんの話を聞く事、 それと、 一部信者の方は手による花への接触が許されている


『……上楔様、 私は憂夜と奥の間へと行ってきます』



『ええ、 しっかりと、 彼女の肩にのしかかる重しを払ってお上げなさい』


お前は本当に私の母親か? 親か? 本当にか?


疑問を抱えたまま、 私は憂夜の手を引き奥の間に入る、 私にとってこの空間こそが地獄だった


…………………………



…………


何時からから歪んだ心、 閉じ込められた空間と、 外の世界の区別が付かない


学校に行っても、 あの女教師は居るし、 周囲の人間は私が可愛いって褒め称えるし


私が指示をすれば、 あそこでもここでも、 人の心を動かせるし、 私は、 桜初でも、 鈴歌でも、 同じだ、 私を飾る物があっても花は花、 私は頂様の飾りに過ぎない


だが、 頂様の彩りという他の人間よりも優れている存在、 時を要して特にそう思う様になった


いつまでも嫌気は消えないが、 私自身この小さな池の主の様な、 閉ざされた世界の女王として君臨するのは早速私の当たり前となっていた


………


私が明山日暮の事をちょっと気になったのは、 私の世界の射程圏内に入っていながら、 私に捉えられない


特段何をした訳でも無いが、 彼はまるで私を見無かった、 私だけじゃない、 関わりの無い人間に対して繋がりを求めない


楽しく過ごせればそれで良い、 もっと深い所で、 自分の本質に近い所で、 進むべき道を理解し、 進んでいる


与えられた物しかない私には、 確かに自分の力で進む彼は珍妙に写った、 ただ好奇心がそそられただけ


……


暗い、 暗い、 私に触れる手が闇の中から伸びる、 これは力だ、 私の力、 頂様に彩られた私の力


ちっとも疑問に思わなかった、 私が弱いなんて、 常に動くのは私の周りで、 力とは自分の周囲にあるんだと


まるで私は、 滝の中の不動の岩だ、 ただ削られる、 いつか人々が私に目もくれなくなった時、 私はどうするのだろう?


強くなりたい、 初めて思った、 忘れた過去に牙を向かれ、 前進する生命の躍動を感じた時


私は強くなりたい、 もう、 嫌だ、 あの停滞した空間の中で儚く咲くだけの花で在りたくない


私は…… 私も踏み出したい、 私が、 純粋な私として、 前に、 前進の一歩を踏み出したい!


…………………………………………



……………………



……


暗闇の中で、 私はそれでも目を見開く、 前方と思しき方角を睨み見る


分かった気がする、 私、 自分の事が理解出来た気がする


そう思った時不意に人影が現れた、 影を纏、 崩れた様に輪郭は歪だが、 誰なのかわかる


「深谷…… 離井」


そいつはこちらを強く睨みつける、 恐ろしい、 これが違いだ、 とっくの昔に前進の一歩を踏み出した強い瞳


真っ直ぐで、 飾り気無く純粋で、 だからこそ、 美しい


「貴方は、 多分、 私が心の中で生み出した存在なのね……」


彼は口を開く


「人は死ぬと、 魂を抜かれる、 輪廻転生の為だ、 魂にくっついた俺という人間の意思は神がこそぎ取って、 冥土に返す、 魂は再利用」


…………


「俺はもう、 お前を前にしてもそこまで怒れない、 魂とは生命の根源力だ、 魂の無い俺は意思すら希釈された様に薄く、 何も感じない」


「今の俺はただ、 生前の記憶を元に、 その時感じた事をただ説明する様に話をする事しかできない」


それでも


「俺は話をしに来た、 天成鈴歌、 お前にだ」


これは夢か幻か、 私は振り払えば良いのか、 謝れば良いのか、 泣いて許しを乞えば良いのか……


「俺は、 俺の絶望の始まりはお前だと思っていた、 お前だと思う事で怒りの発起点を作り出し、 怒っていた」


「こんな事は勿論死んで終わった事だからこそ言える事だが、 ただの憂さ晴らしだったのかもしれない」


彼の声は妙に落ち着いていて、 以前向けられた底のない程の怒りと殺意は本当に無くなってしまったのだろう


「お前と俺、 全く違うし同情するつもりは無いけど、 少し似てる、 俺もずっと両親から押し付けられ、 疑問を持たずにただ毎日を過ごしていた」


「未来はあるけど、 光は無い、 それに周囲から俺に向けられる嘲笑も今となっては一笑に付す程度の物だが、 あの時は悲しかったしな」


絶望を感じてた


「お前も、 何か大変な人生を送ってきたんだろ?、 まあそれで俺が割を食う理由には成らないけど、 ……何が言いたいかって言えば」


「怒りに目を向けて、 絶望から目を逸らしていただけなのかも知れない、 だがそれでもいいと思うんだよ、 全ての方向に道は続いてる」


「ならばどう極めるかだ、 俺はお前に対する怒りで前に進めた、 復讐を誓ったからこそ、 執拗に生きれた」


「今となってこそ言える事だが、 お前はきっかけだった、 俺の光の無い人生を打ち砕く、 だから、 ありがとう、 俺は今際の際で笑う事が出来たから」


ぐっ、 思わず拳を握って震える、 まさか、 そんな事を言われるとは思っていなかった


今更だ、 本当に今更感じ始めた悪気に対して、 彼の言葉は私の心に酷い罪悪感を齎す


「……何か色々考えて居るみたいだけど、 俺は本当にもう何も思っちゃ居ないからな? だが勿論慰める様な事もしない、 現実をシンプルにあるまま受け入れろ」


それは作られた設定の中で生きてきた私にとってとても難しい、 そしてそうするべきと思える生き方だった


「ただ、 俺から一つだけ言える事があるとするなら、 俺は死んで、 お前は生きてるって事だ」


「生きる事が大前提の人生の中で、 怒りによって前進し、 力を手に入れた俺がそれでも死んで、 どんな理由でもお前は反対に生きている」


「結局生きてる奴が勝ちだ、 どんなやり方だって、 汚い手を使ったって、 今生きてるなら、 その生き方はある意味間違ってない、 お前の今までの人生だって無駄じゃない」


何で……


「何で、 そんな事…… 何で私にそんな事言うのよ」


深谷離井は笑う、 その体は徐々に薄く、 今にも周囲の闇に溶けて消えてしま居そうだ


「俺が、 今も進み続けてるから、 一歩踏み出して景色が変わった、 本当に生前抱いた事柄が小さく見える」


それでも


「捨てはしない、 拾ってでも進んできて良かった、 お前をあの日ぶん殴っていて良かった、 それだけで吹っ切れた、 今はただもっと先へ進みたい、 それだけだ」


もう本当に私何かには興味ないって事ね、 本当に嫌になる……


「私も、 私が自分の弱さ、 自分の持つ力の弱さに気がつけたのはあんたのお陰、 あんたにぶん殴られたお陰でもあるから」


「そういう意味ではありがとう、 貴方のお陰で私は初めて一歩踏み出せる」


ふぅ……


「……私なら出来る、 今までの人生は弱くクソだったけど、 簡単には捨てない、 全てを引きずって私は前進する」


「私は最強に強く、 そして可愛くなる!」


それは、 天成鈴歌の心からの、 始めての目標であり、 指針だった


……………………………………



…………


「いいめぇ~、 良い目をするようになった、 進む道を決定する事は覚悟の証明、 力の発言には確固たる意思が何より必要だ」


力……


「それに君凄いよ、 普通の人は能力の可能性はひとつ何だ、 その人が無意識に一番大切にして来た物が力となる」


「だが、 君の場合どんな物であれ、 可愛い自分も、 暗い自分も、 天成鈴歌としての自分も、 桜初御前としての自分も、 どれも中途半端ではなく、 貫き通して来た」


「君には選択肢がある、 さあ、 どうする?」


私は……


「どうせなら全部、 全部欲しい、 その中の一つだけなんて選べない、 それは私の側面に過ぎないから」


でも、 どうせなら……


「私は可愛く、 ちょっとくらい派手な感じが良いな」



「おお、 わかった、 今、 君に光が指した、 君は今確かに選んだりゃ、 過去を捨てず、 それでも過去に勝った君だかりゃこそ、 いいじゃにゃい」


そいつの瞳、 不思議だもう怖くない


「君りゃ幸運りゃ、 ここに居るのが皇印龍おういんりゅう・セロトポムで無ければこうはならないよ」


ぐわああんっ


「うっ…… 何……」



「大丈夫、 その熱い物は確かなる力の流動だ、 君の内側で、 それが君の性質、 可愛さとは儚さでは無く、 寧ろ赤く、 熱い、 憐華で無く、 煉華として」


「君は吠える、 さあイメージして、 可愛いは力の結晶、 君は……」


煉華龍れんげりゅう・天成鈴歌だ」


「さあ、 目を開けて、 ふりゅっ、 がんばっ」


そうか、 これは瞼の中の闇、 目を開ければそこには……


……………………………………



……………


会議室、 誰も疑問を抱いたりはして居ない、 一瞬で理解する、 本の数瞬の事だったのだと


「……あ、 貴方様はこれからこの街に何が起こるのか分かるのですか?」



「ああ、 何となくね、 ん? おりゃ」


そいつ、 皇印龍・セロトポムの六つの瞳孔と目が合う


「さあ、 行きなよ」


私は頷く


「えっ? 天成さん、 どちらへ?」



「倉庫に、 フーリカさんを助けに」


えっ


「ダメです! 戻っては行けない、 フーリカさんは特殊な能力を持っている、 簡単にはやられる事は無いはずです、 能力者ノウムテラスには、 能力者を、 どうにもならない」


だから逃げてきた、 筈だ


「木葉鉢さん、 おじさんが、 曽島さんがもうすぐ設計案を完成させて持って来るって」


ふぅ……


「大丈夫、 私にも確かにある、 私は無力じゃない」


胸の内にある熱いもの、 名前……


「ドライ・ドライグ」


体が、 熱い……………


ぐぐぐぐっ


クジャアアッ!


音を立てた、 私の腰の辺りから何かが生え、 服を分け、 出てきたそれは……


「しっぽ?」


ゆらりと、 紅梅色のしっぽが生える、 頭からも髪をかき分け角が生え、 耳が長く、 カラカルの様な耳に変わる


牙が尖る、 爪が鋭利に伸びる、 鱗と羽毛の中間の様な皮膚が覗く、 私は


「龍だ、 私は、 煉華龍だっ!」


半人半龍、 彼女は笑う


「見て、 この見た目結構可愛くない?」


誰もが唖然とする中、 皇印龍・セロトポムだけは笑う


「いいじゃにゃい、 可愛い、 さあ、 行きなさい、 戦って来なさい、 敵を倒し、 強く踏み出すりゃ」


うん


「私、 行ってくるね」


ぐわっ


沈み込む、 下半身に溜める力…… 解き放つ!


バァンッ!!


破裂音の様な音と共に地面が弾ける、 一瞬で景色が流れる、 速い、 速い!


皆を置いてあっという間に会議室を離れた、 これなら、 この力なら


「待っててねフーリカさん!」


力強い、 そして、 誰のものでも無い、 確かに私の力だ

滝の中の不動の巨石ってセリフ、 怒られるかな

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