第七十九話…… 『藍木山攻略戦・3』
この力を初めて使えた時、 俺はそれをよく覚えていない、 物心着いた時には既に能力、 黒砂は俺の周囲に漂っていた
幼い心、 癇癪に触れる度に能力は暴走し黒砂は自身の意思とは別に周囲に舞った
ひとたび舞い上がれば黒い粒子は周囲の奴らを誰彼構わず巻き込み、 体内に取り込んだ者の体を蝕んだ
それ故に忌み嫌われ、 自身をそれでも愛そうとした両親すら黒砂により肺に重い病気を患って死んだ時、 その姿を見て皮肉にも俺は能力の制御を獲得した
インスピレーションだ、 閃きだった、 今までは出来なかった事が、 不意に出来る、 視界がバッと開ける感覚
両親の遺骸を前に俺は生物として、 生命として前に進み、 能力者として猿帝に認められた時、 俺は一人の戦士として前進した
今はもう自由に扱える、 力、 この黒砂は俺自身だ、 どんな形にも代わり、 瞬時に硬質化、 俺の心を移す力
だが……………………………
………………………
…………
「はぁ……」
思わずため息が出る、 力を有し得た尊厳、 一族の最高戦力としての矜恃、 戦士としての誇り、 両親や過去に黒砂の影響で死んで行った者たちへの罪悪感
「自分で自分を縛り付けて不自由になってたんだな、 俺は……」
自由に崩れて、 自由に舞う、 自由に形を成して行く、 望んだのはそんな生き方だったろ……
猿帝血族最強の戦士…………………
「はっ、 流石に型にハマりすぎだよなっ………」
そう呟くのは猿帝血族の能力者、 黒砂を操る力を持つ躍満堂楽議だ
彼の目の前、 そこに悠然と立ちはだかり史上最強の敵として道を塞ぐ人間の能力者、 奇妙な果実の能力で樹木と一体化した男、 威鳴千早季が音を立てて踏み込む
黒砂を集め槍を作る、 双頭槍、 躍満堂楽議が双頭槍を好むのは単純に戦っていて面白いからだった
構える……
グギギギギッ…………
威鳴から音が鳴る、 しなりの強い樹木、 引き付けられた枝木が元に戻る様な振動、 遠心力で振り切り叩き付けるような力
抑圧された筋肉による爆発的な躍動が………
バアアアヂィンッ!!
今弾けた!
「っ!」
ギンッ! ドオオオオンッ!
「おっ! すげぇ力ぁ!」
物凄い力強さで一瞬にして迫った威鳴の拳を槍で弾く、 諸に食らってないのにも関わらずその衝撃は身を激しく揺らす
だが……
「ふっ、 らぁっ!!」
バギンッ!!
威鳴の突進後に生まれた一瞬の隙をぬって槍による一閃、 そのタイミングは天才的!
だが速度を優先し、 極限までテンションを抜いた衝突時のインパクトによる斬撃呑みを目的とした一撃は威鳴の硬い外皮に弾かれ傷を付けなかった
すぅっ………
流れる様に後ろ手に引かれる威鳴の拳、 正確に、 真っ直ぐ貫く様に、 そこに内包したエネルギー……
バシンッ!!
放たれる!
……ふっ
パシッ!
本能的な、 思考に頼らない感覚的な部分で反応し、 槍の柄で威鳴の拳を弾き、 紙一重、 本の数ミリ単位の回避の後に……
振り上げ!
「ははっ! セッらァ!!」
大上段の振り下ろし!
カッ! バキッ!!
威鳴の体表に食い込む槍先、 通る! もう一回転!
「おっらァ!!」
バギィンッ!!
一撃目の傷に回転した槍の逆の刃で正確にもう一撃、 連続二連撃の猛攻に強靭な樹木の体表も欠損する
覗く威鳴の肉体! もう一撃を更にそこに……
ビチチッ!
「神木ノ地早・枝乃木末枯・衲藤桟杰林………」
「……万天ノ原」
ドガァッ!!
地を穿って樹木の根が伸び、 威鳴の前ににて渦を巻き始める、 とぐろを巻いた様に抑圧された力は突如、 バネが弾かれた様に打ち出された
バギッ!!
「うっがっ!?」
力を逃がす暇もなく直撃した力の塊に、 二百四十八センチある躍満堂楽議の体が容易に吹き飛ぶ
フワッ!
「シャラァイッ!!」
咄嗟に槍を砂状に、 吹き飛ぶ背後に塊としてかき集めぶつかる事によって威力を殺し、 何とか持ちこたえる
はぁ………
あはは…………
「なんつう力してやがる威鳴千早季、 こんなに吹き飛ばされんのは産まれてこの方初めてなんだよ……」
大体さっきの怪しげな呪文、 何やら呟いたあとに根が生えそれが弾けたが……
その速度は異常だった、 一瞬の内に成長する命は無いように、 瞬きと同時に迫る程の力も有り得ない
だが……
「今は威鳴千早季自体が一つの樹木何だ、 あれは奴自身の根だ、 枝葉も伸ばし攻撃してくる、 そして何よりその力」
一撃諸に食らうだけで身がひしゃげると理解出来る
「いてて、 今食らったのもやばかったな」
バリリッ
「黒砂を固めたアーマーを予め急所に仕込んでおいて正解だった、 万が一つに助かったぜ」
威鳴千早季……
「思ったより強えぇ……」
躍満堂楽議は天才だ、 その才に恵まれた力故に今まで一度も本気を出した事は無い
いや、 正確に言えば、 出せた事が無い、 何時だって届かない刃は無く、 容易に敵を殺して来た
だが今回ばかりはそうもいかない、 威鳴千早季は本気を出さなきゃ殺されるのはこちらだ
「……出した事もねぇ本気が、 土壇場で出せると自惚れるほど戦いを馬鹿にしちゃ居ねぇよ」
それでも…… いや、 だからこそ
「あはははっ、 俺は一体どこまでやれんだよ、 俺は最強であるかどうか、 確かめさせてくれよ!」
心の底から笑えるのだ…………
ならば、 自信が今出せる全力、 地平線の様に、 水平線の様に、 不確かな線引きによる一時的な力の限界
先ずはそれに到達する……
「印飛灯篭……」
呟くのは能力の名前、 生まれた時から既に共に有った、 黒い砂の力の名前……
爆虎雷龍、 力強いイメージ……
「竄夏・蝋漏砂塵結!!」
鞭のように長く、 尾を引いた砂の塊、 よく見ると砂同士がうちに入る様に引きずり込むブラックホールの様な起動で旋回している
それが計五本、 躍満堂楽議の体を起点に伸びる
グッ! バンッ!!
今度はこちらから踏み込む、 一気に掛け迫り……
「オラァッ!」
高く跳ねながら上段から槍の振り下ろし、 威鳴はその軌道を読めている様に無駄のない動きで回避
その動きの連携で握られた拳が躍満堂楽議を目掛け迫って……
(………いや、 狙いはパンチでは無く、 拳を意識させての…… 足元!)
バチッ
弾かれ様な音が聞こえ、 威鳴の足元から伸びた太い根が低い起動で地面を舐め這いずる様にそこを攫いに来る
掴まれば強力な力で振り回されるか……
「ふっ! 見えてんだよォ!」
躍満堂楽議はその場で跳躍、 足元に迫る根を回避し槍を構える、 威鳴と目が合う
「葉籐・千花・裸芝智ノ范澪」
バシバシバシッ!!
またしても何事か呟く威鳴、 それを合図に威鳴から枝が生えて引き付けられる
(……狙うなら空中でってか? だが……)
ビリリッ
「竄夏、 薙ぎ払う!!」
ギイイイイッ!!
巻き込むように回転する五本の黒砂のブレードは、 向かって来る枝に食い込むと………
バギギギッ!!
シュレッダーに巻き込まれた様な音を立てて伸びる枝を粉砕!
まだっ!
ガンッ!!
「あははっ、 気ぃ取られてんなよ! こっちの槍先が届いてんだろ!」
威鳴にぶつかる躍満堂楽議の黒砂による槍、 硬い外皮が勢いの無い槍先を止めるが……
槍先が崩れて黒砂が舞う……
ゼロ距離!
「印飛灯篭、 秋憂・奴刃番切!!」
……印飛灯篭は黒砂の流動を操る能力、 躍満堂楽議は砂型を四つに分類
春来・暢拙葉波は設置型の砂、 固めた砂を任意のタイミングで爆破、 黒砂を四散させる能力
竄夏・蝋漏砂塵結はブラックホールを思わせる内回りの起動を描くブレードを複数生やし、 操作、 破壊する能力
そして……
秋憂・奴刃番切は自身を中心とし指定範囲内で複数の黒砂の刃が高速回転、 渦を巻く事でミキサー状の切断空間を作り出し、 触れた物を悉く切り払う
そして、 円形の黒砂による切断空間、 その切断半径は躍満堂楽議によって指定でき、 その切断半径が小さい程砂が凝縮し攻撃力が上がる……
今回は……
「サイズ指定、 四十センチ!」
ビリリリッ!
小さい、 何時もならば最小半径三メートル程だが、 四十センチは硬い外皮を確実に破壊し、 一瞬の内に回避出来ないと勘で指定したサイズ
音を立てた切断空間が渦を巻き始め………
ギリッ!
バギギギギギギギッ!!!
ッ
バキィンッ!!
巻き込み抉り剥ぎ取る様に切断空間が威鳴の外皮を剥ぎ取る
「あはははっ」
躍満堂楽議は思わず笑う、 黒い渦を透かして威鳴の白い肌が見え隠れする、 剥がしてやった!
そこに!
その脆い人間の肌にぶち込む、 最大出力で打ち込む、 最後の最後の力の解放!
確実に捉えた!
パンッ!!
手を前方、 正面の威鳴に向け力強く叩く、 その手に黒砂が吸引する様に集められる、 周囲を舞う全ての砂が急激に掌内側にて凝縮、 硬質化
全てを集め黒いモヤが晴れた時、 本の一瞬、 確かにダメージによりたたらを踏む正面距離三メートルに捉えた威鳴と目が合う
……黒砂は躍満堂楽議の体表や、 体内から汗や涙と同じ様に排出され続け、 その操作を獲得した躍満堂楽議はそれを凝縮させ体に隠す、 または武器として持っていたりする
そしてその全てをひとつに凝縮すると超硬質の拳台の石となり、 能力の一旦としての浮遊力が、 世界に流れる歪なエネルギー、 ミクロノイズに干渉
掌の中で発熱し、 掌を開き黒石が空気に触れる時、 黒砂石の体表が爆発すると共に前方へ急激な推進力を産む
その速度は音速を超え、 超近接、 距離三メートルの射程にて、 強化された威鳴の網膜にすらその影を移すことは無い
………
その力……
「印飛灯篭、 牫冬・檑青頚石!!」
開かれる掌……
黒い硬質化した石が空気に触れ発熱、 そこまでを何とか捉えた威鳴は、 その次の瞬間、 躍満堂楽議の掌の中の石を見失った
ッ!
バシュツツツツツンッ!!!!
ビッ
ビジャアアアアアアアッンッ!!
空気を引き裂き、 劈く様な音は、 容易に威鳴のもろくなった外皮と、 その内側の肉体を吹き飛ばす……
貫通した衝撃で、 臍がそのままの勢いで開いた腹の外側、 背中まで引っ張られちぎれ飛び、 背骨が押され突き出し飛んで遠くの木に突き刺さった
くの字に曲がって吹き飛び、 情けなく全てをぶち撒けて飛んだ
ああ!
いい気分だ!
「あはははっ!」
いい気分だ! 勝利は! 戦いは! 強い敵、 強い自分!
「あはははははっ!! 俺が最強だっ!!!」
初めて呼吸をした様に、 追い詰められ自身の燃え滾るような本気を感じ、 もっと、 今までよりもっと強くなった!
自身の力を知り、 短い戦闘の中急激に成長した、 確かに今し方黒石を内包していた両の手に力が入り
絶対的な興奮が痺れるように熱く、 熱く燃え上がり、 叫びたがっている、 生命が! 存在が!
ッ!
「いよっしゃああああっ!!! ぶっ殺した!! 俺は! 俺が! 猿帝血族最強の戦士、 躍満堂楽議が最強だぁ!!!」
………………………………………
…………………
………
「……奏嫡・爛奇・西洲ノ迅瑪」
………………
「……終世開眼樹」
………
…………………
…………………………
……?
「あ?」
バジィイイインッ!!!
衝撃音
?
加重
?
あっ!?
ッ……
「うあああああああっ!?」
悲鳴
躍満堂楽議はそれが自分の口から出て居るのだと遅れて気が付いた
体内をのたうち回る何かが居るかの様に、 内で暴れる獣が牙を剥くような
痛みが、 痛みが全身を駆け巡る……
これは……………
「いっ、 威鳴千早季ィ!!!! おまっ! お前は何をしたぁああああっ!? お前は何処にいるぅ!!」
グッジヤアアアアッ!!
腹に痛み、 おいおいおいおいおいおい!
「……あ? 腹に穴が空いてんのは…… 俺……………」
音を立て、 腹を突き破って何かが飛び出してきた、 これは…………
………
「裹落花の果実・ツェイクシ」
ぐじゃじゃじゃっ!!
ボロンッ
音を立てて躍満堂楽議の腹から何か丸い物がまろびでる、 それは胎動しその外皮を破って何者かが姿を現す
「ごめん、 まともに戦えなくて、 これは卑怯だったよな……」
威鳴千早季だ、 丸いものは大きな果実、 突如腹から茎の様な物が突き破って出てきた、 その先に着いていた物がこの果実
そこから威鳴千早季は出てきた、 いや……
確かに捉えた、 証拠に腹に大穴開けて崩れ落ち死んだ威鳴の体が今も消える事無くぼろ雑巾の様に落ちている
何の冗談だよ、 有り得ねぇだろうが……
「……威鳴千早季が、 ガハッ、 ああっ、死んでんじゃ、 んだよぉっ」
威鳴が手を構える、 その手には赤い果実が握られている
「躍満堂楽議、 お前は確かに俺を殺したんだよ、 お前の勝ちだ、 普通ならな」
果実から出てきた威鳴、 そうか……
「お前自体が果実なのか……………」
ガリっ
ボオオオォォンッ!!
威鳴の体に再び炎が灯る
「どんぐりの木が毎年変わらず実を落とす様に、 一年に多くの実を付け落とす様に、 俺もあの人の落とす木の実のひとつにすぎないから」
炎を纏った拳が握られる、 それが真正面から躍満堂楽議へと叩き付けられる
ドスッ!
着火!
ボオオオンッ!!!
ッ
「ウアアアアアアアアッ!?」
前身が熱い、 苦しい、 吸い込む空気が熱く喉が焼ける……
「アアアアアアッ!?」
焼ける視界、 遠退く音、 実感する死
死………………………
俺が?
………………………………
……………
……
『議、 私は貴方が心配です』
?
これは…… 昔の……………
……
『貴方は産まれつき能力が使えます、 普通、 能力は早い者でも物心着く頃に会得します、 我らが猿帝も、 能力を会得したのは三つの頃と聞きます』
『運命とは確かにある、 ですが能力を持ち産まれた貴方に戦いの世界で生きる以外の選択肢はありません』
『貴方は他の多くの物が望む能力を得ると同時に、 多くの者が持つ人生の選択肢を持つ事なく生きなくては行けない…… っ』
ゴホッゴホッ
咳き込む母を覆う様に黒い砂は家中に舞い、 差し込む日差しを反射しキラキラと光る
元々住んでいた村で、 自分の制御の出来ない力により多くの村人を病に陥れ、 忌避され村外れのボロ屋へと隔離された
父は戦士だったが、 病に蝕まれた体で敵と戦い敗れ亡くなった、 その敵が猿帝血族よりも格下の種族であった事から父は弱者として不名誉に死体を晒され侮辱を受けた
母のお腹の中には自分にとっての弟か、 妹となる子がいたが黒砂の病は母より先にその子を殺し
母も遂には床から動けない程衰弱し日に日に弱っていく母を自分は見ている事しか出来なかった
被害者ズラは出来なかった、 皆を蝕むこの病はそもそも自分が原因なのだがら
それでも母は何時も自分を枕元へと呼ぶと、 こうして最後自身が死に絶えるまで話をした
『……貴方が、 心から望むままの人生を歩んで欲しい…… けれど、 私に貴方の進む道を正す権利も、 邪魔をする力もありません…… ですから』
力強い母の目、 見添える目と自分の目が合う
『私の言葉を忘れないで、 貴方が自分の意思で進む道を決定するだけの力を得た時、 私の言葉を思い出して考えなさい、 貴方は能力者や戦士である前に、 貴方自身なのですよ』
?
『っ、 っほ、 げほっ、 はぁ…… はぁ…… ごめんなさい、 本当にごめんなさい、 貴方を置いて先に死ぬなんて事はしては…… っ、 いけないのに……』
?
母の頬から涙が伝う、 喉に何かが引っかかった様に苦しく息を吐く母はそれから暫く酷く咳き込んで
自分の手をこちらに向け、 手を重ねると今にも閉じられる程細まった目で、 しかし確かにこちらを見て……
『議…… 躍満堂楽議っ……』
名前を呼んだ、 確かに呼んだ、 名前を呼ばれたのは初めてでは無いのに、 その時名前を呼ばれた時は体全体に電撃が走った様に思った
その電撃が脳をビリビリと走り抜ける、 切れたロープが繋ぎ直される様に、 水源を塞ぐ不動の岩が経年劣化で壊れ、 決壊したように水が溢れ出す様に
何かが内から溢れ出し全身を駆け巡る、 百年かけて理解する事をたったのひと時で脳に焼き付けられるような
焼けそうな程暑い額がその内側の脳からの血流を確かに理解し、 情報を全身へと送り、 呼吸し大きく膨らんだ肺が世界に溢れる力を知った
合わなかった視界が鮮明にピントが合い、 不鮮明だった音を耳が確かに拾い、 匂いも空気の味も、 触れる母の手の温もりも全てを感じた
全能感が脳をしびれさせた時、 コツンッと音を立てて何かが落下した
それは固められ硬質化した黒砂だった、 見ると差し込む光は黒砂に遮られること無く十分にボロ屋を照らして見せた
落ちた黒石に触れると理解した、 これは今自分が硬質化させ固めたのだと、 黒砂は自身の力であり、 それを自由に操る事が出来るのだと
思い出した、 今まで不自由で、 出来なかった事が出来るようになり、 それを喜んでくれる存在がすぐ側に居ることに
『っ、 おっ、 お母さ…………』
初めて覗き込んだ母の目は、 その時既に光を失いくすんでいた、 先程まで感じていた温もりも下火になった燃えカスの炭の様に現実味のない物だった
母は亡くなっていた、 既に限界が来ていて、 先程の会話は今際の際に最後の力を振り絞って母が残してくれた物だったのだ
不意に心が極寒の地ほどに冷え込んだ自分は今まで何をしていたんだ、 何もして来なかったんじゃないか?
そもそも、 自分とは何者で、 躍満堂楽議と母が呼んだ名前すら自分の物とは思えない程実感が無い
能力の操作が出来ずに暴走する? いや、 有り得ない、 能力は自分と言う存在その物、 鏡なのだ
それは能力の欠損だ、 そんな事があるとしたら能力を使う物にも欠損が有ったと言うことになる……
躍満堂楽議は産まれながらにして能力を会得していたが、 彼の脳は大切な回路が少し欠損していた
親の介護が無くては生きる事は出来ない状況で、 不意に光を追ったり、 ストレスを起こしたりすると意味もなく奇声を上げて怒ったりした
その度に能力が暴走し黒砂を舞いあげて居たんだと理解した、 自分は今まで……
……………
『おそらく黒砂が脳内の欠損した部分を補習し繋いだんじゃろなぁ、 ミクロノイズによって齎される能力、 しかし能力は時に発現後に更にミクロノイズに触れる事がある』
『その時、 能力の進化、 又は能力の覚醒を促す時があるじゃ、 誰よりも早く能力を手に入れ、 誰よりも早く力の使い方を理解する』
『正に戦士としてはうってつけ、 最高最強の個体、 戦うと言う事に関して他に類を見ない成長性、 戦う為に産まれてきた命!!』
目の前の老婆はまだ幼い躍満堂楽議に手を広げそう言って見せた、 力の使い方を徐々に理解し、 幼くして敵を粉砕、 殺した時
猿帝に認められた時、 躍満堂楽議自身自分こそ戦士である、 戦いにおいて最も最高の戦士だと疑って止まなかった
………………………
そう、 今の今まで……
…………………………
………………
『……私の言葉を忘れないで、 貴方が自分の意思で進む道を決定するだけの力を得た時、 私の言葉を思い出して考えなさい、 貴方は能力者や戦士である前に、 貴方自身なのですよ』
…………………………………
…………………
………
ああ、 そういう事か、 そうか、 そうだったのか…………
腹に大穴を空けて、 体に燃え盛る炎を纏わされ、 苦しみに悶え悲鳴を上げながら
躍満堂楽議は理解した、 あの時の母の言葉を思い出し、 今、 ようやく理解した
威鳴の言葉を受け、 縛られている自身に気が付き、 母が言った、 自分の意思で自分の進む道を決める力を得て
初めて理解出来た
ああ…… 俺は、 自由だ………
猿帝血族最強の戦士である前に、 俺は俺自身何だ、 俺はどんな形にもなれる、 どんな姿にもなれる俺は……
ビリッ
あの時、 始めて能力を制御出来たあの時と同じ、 体を痺れる電流が脳を刺激し、 流動する力が生命を理解させる
…………………
「躍満堂楽議! 受け取れ! さっききしゃまが放った黒石じゃあ! それがありゃお前はまだ戦えるじゃらァ!」
カンッ!!
甲高い音がして老婆、 碌禅径璃越が自身の杖で黒石をフルスイングで打つ
黒石は向かう先を理解して居るように真っ直ぐに躍満堂楽議へと向かい、 黒石が彼に触れた時自壊し崩れ砂へと戻った
ビリリリッ
砂が躍満堂楽議を多い渦を巻く、 その勢いは威鳴の炎を消す程の勢いで
黒砂の渦が晴れた時、 そこには黒砂に全身を覆われた真っ黒い人影が立っていた
出血が止まっている事から砂が傷口を塞ぎ止血しているのだろうと威鳴は思った、 だがそれは時間稼ぎだ
実際失った血液は大きく、 全身を焼いた火傷も黒い装甲の下にそのまま、 ボッカリ開いた腹の穴は塞ぎ切れて居ない様に窪んでいる様に見える
最後の最後、 土壇場で掴んだ本の少しの時間、 束の間の延命措置
その程度だ、 確実にここでとどめをさせる、 威鳴は燃え滾る拳を握り今一度構える
…………………
「ああ……… 越婆ありがとう、 あんたはイカれた婆さんだけど、 親の居ねぇ俺に何だかんだ良くしてくれたよな……」
真っ黒い人影は天を仰ぐ
「俺はもうどっちみち助からねぇ、 本気になれなかったツケだ、 だから越婆、 俺の事はもう良い、 もう良いんだ……」
威は横目で婆さんの方を見る、 婆さんは右手に光る何かを取り出しそれを必死に覗いていたが躍満堂楽議の声を聞いてそれをやめた
「そうか…… また若いのが逝くな、 まあ、 こっちはあらかた片付けたでな、 少し骨が折れたが…… あとは好きにせぇ」
その声を聞いて威鳴は周囲を見る、 躍満堂楽議に連れられて襲ってきた五体の猿型モンスターは皆死んでいる様だった
だがそれ以上に………
「っ、 お前ら! 皆!」
仲間達は一様に倒れ伏している、 この婆さんが全員やったのか?
やっぱりこの婆さんも危険だ、 どうにかこの婆さんも殺らなくてはならないが……
「千早季、 貴方は貴方の敵を倒しなさい、 きっと簡単では無いでしょうけど」
っ
「姉貴!」
「男と男の戦いは分からないけど、 女同士のドロドロの戦いなら自信あるから、 婆さまは私に任せて」
またしても風の様に何処からともなく現れた威鳴の姉、 そう呟き威鳴に向かって軽く手を上げると老婆と並ぶ
「安心せい、 本当に邪魔をするつもりは無いぞ、 そもそも、 先程の話を聞く限り貴様が居る限り、 キャの童も死なぬのじゃろぉ?」
「えぇ、 何度死んでも何度でも育み育てる、 私の可愛い千早季、 何時までも永遠にあの子は私の物ですから」
威鳴は間合いを確かめる、 躍満堂楽議はそれを目で追いタイミングを測る
「じゃあ何故躍満堂楽議は戦うのか、 全て無駄になると理解していても戦うのか、 それは奴が今見ているものは結果では無く、 過程だからであろう」
「奴は今を全力で生きておる、 未来へと軌跡を描く戦士では無く、 奴という命を燃やして」
よっこらしょ………
「あの人間の姉を名乗る化け物よ、 貴様を殺せばあの威鳴と言うのにも今度こそトドメをさせる、 そうじゃな?」
ふふ……
「えぇ、 そうですとも、 さあ、 それでは……」
杖をつき、 老婆は右手をあげる、 そこには怪しく光る奇妙な物が浮かび上がる
威鳴の姉は長い髪を揺らし悠然と構えた、 笑絶えず、 その様は余裕に満ちている
ひゅ~
風が吹く、 睨み合う、 威鳴と躍満堂楽議、 威鳴の姉と碌禅径璃越
風が揺らす木が、 葉を落とし、 その葉が先日降った雨が作った水たまりに落ち、 波紋を作った
ポチャっ……………………
………………
……
バッ!
ガンッ!!!
次の途端響く金属が金属を殴りつける様な音、 その音と共に威鳴の体から炎が消えて、 代わりに威鳴の体を伝う果実の汁が鈍く色を変えると共に硬化した
「地核の果実・マダムア=ダッツ……」
互いに硬化した肉体、 鋼や黒曜石を思わせる程互いに固められた拳
威鳴は躍満堂楽議の肉体を炎では貫けないと悟り、 果実を変える、 その為自分内に宿した近接格闘術と硬い拳だけが武器である
しかしそれは躍満堂楽議も同じ、 傷口を全て固め塞ぐのに多量の黒砂を使用している為、 槍等の武器を作る余裕は無く、 その肉体に薄く纏わせるに留まっている
互いに同じ条件、 だからこそ……
本気になれる!
……
ふっ
威鳴の固めた拳、 先手をとったそれは躍満堂楽議の硬い外郭に弾かれる、 だがそのままの連携で……
「らっせい!」
ロー!
バキンッ!!
蹴りによる威力、 ぶつかった衝撃音、 だが躍満堂楽議はそれをしっかりカットしてくる
コイツ……
(……槍を持たなくなって随分身軽だな)
………
躍満堂楽議が双頭槍を使うのは単純に戦っていて楽しいから……………
いや、 違う、 本当は
戦士だった彼の父が双頭槍を使っていたからだ
貰い物だ、 全部、 獲物も肩書きも進む道も……
今は違う
肩が羽の様に軽い
飛ぶように踏み込む!
グッ!
「セッらァ!!」
躍満堂楽議が踏み込んで直線の突きを放ってくる、 長い腕、 広い間合い……
(……距離をとったらダメだ、 リーチで潰される、 なら)
バッ!
威鳴は逆に前に飛ぶ、 勢いのままに飛びこむように、 そうしてスライディングする様に体制を低く、 敵の拳を躱す
ブンッ!
頭上で鳴る風切り音、 当たったらやばいのはわかるでも……
(……俺の武器は機動力だ、 奴より小さく、 それでいて力はある、 低い軌道……)
それを意識する、 灯台もと暗し、 背が高いものほど足元にくっつかれるのを嫌う
(……おそらく敵の次の行動は……)
蹴り
威鳴は今躍満堂楽議の足元に沈んでしゃがんで居るような体勢、 そこに張り付かれると相手は咄嗟に蹴りを出す
予想通りに!
「地面舐めてんじゃねぇ!」
ブンッ!
蹴りをよく見る、 ここ!
フッ!
しゃがむ様な体制から、 更に深く、 正に地面を舐めるほど低く屈む、 体上方スレスレを蹴り脚が通り過ぎるのを感じ
威鳴はそこから跳ねる様に上半身を起こすと……
「らァ!!」
バキンッ!!
腰をだけ浮かし、 腕と足で体を支えた奇妙鳴体制から相手の軸足の膝を蹴り抜く
「うあっ!?」
これにはさすがの躍満堂楽議もたたらを踏む、 人は背後に倒れそうになると足に力を入れ倒れまいとする
そこに隙が出来る
この奇妙な体制から放てる、 最強の蹴りがある
威鳴の大好きな日本の裏側の格闘技の蹴り、 名実共に最強の肩書きを手にした蹴り
左足を振り、 力によるタメを作って、 そのまま踏み込んで跳ぶ!
両足を上げて左手を軸に体を持ち上げ、 加速した右足が最強の力を得る
体全体で蹴る!!
ッ
ドスンッ!!!!
「ぅがあああっ!?」
威鳴の蹴りが衝撃音を伴って躍満堂楽議にぶつかる、 体制を崩していた敵は吹き飛ぶ様に倒れ込む
その隙に立ち上がる
グッ!!
休む暇は与えない、 畳み掛ける!
「オラァッ!!」
量の足で踏み込んで固められた拳に力を貯め、 跳んだ!
……
威鳴の拳が躍満堂楽議にぶつかり………
ガギィッ!
金属を引き裂く様な音が聞こえた、 っ!
躍満堂楽議が防御の為構えた拳を、 威鳴の拳に側方からぶつけ、 回転、 威力殺しつつ力を流す……
そのままの勢いで前方へと足を進めた威鳴に、 テンションを抜いた初動の早いパンチが威鳴の顔面下部、 顎にぶつかる
ッ!?
衝撃が脳へと流れる、 やばいまずい耐えろ耐えろ耐えろ…………
躍満堂楽議が軽い動作で立ち上がると、 構え、 跳んだ!
黒い拳が威鳴を確実に捉える
ドガァンッ!!
っ!?
……威鳴千早季、 身長百八十センチ、 体重六十八キロ、 体に纏った硬質化した果実の液が+十一キロの増量
……躍満堂楽議、 身長二百四十八センチ、 体重八十七キロ、 体に纏った黒砂の鎧で+十キロの増量
体格差約一.三倍!
鍛え抜かれた瞬発力と、 そして、 その間際にて拳に相乗した彼自身の強い思い
それは、 確かな爆発的パワーとして威鳴を襲った!!
ッ!?
「うあああああっ!? っ、 うああああああああ!!!!!」
体が後方に吹き飛びそうだ、 いや本当なら吹き飛ぶのを……
「! 足を地面と硬化させて吹き飛ぶのを耐えやがったか!」
躍満堂楽議は一世一代の全力で殴りかかった為に体制が少し悪い、 ただ前進するしか道のない躍満堂楽議だったが
この時、 戦士としての思考で、 その身を、 少し引いた………
バキンッ!
つ!?
「引っかかった! 既に地面には俺から流れ落ちた果汁が硬化し始めているぜ!!」
しまった!
躍満堂楽議はすぐ足元似合った果実の蜜を踏み、 足が地面に固定された
吹き飛ぶ程の威力を物理的に耐えた威鳴の体は衝撃でズタボロ
正面の躍満堂楽議も既に瀬戸際で能力の維持が困難になってきた、 傷を塞ぐ黒砂が落ちれば確実に死に絶えるだろう
互いに地面に足を縫い付けられ、 動く事も出来ず回避も容易では無い、 逃げるだなんてもってのほか
後退すら出来ないこの状況下にて距離一メートル、 どちらの拳も確実に当たる超ド至近距離!
もう、 前を見添えるしかない、 敵を見添えるしかない、 握った拳を……
「おらァ!!」
「セラアァッ!!」
前方へ、 敵へ放つしか無い!!
ガギィンッ!!
ぶつかり合う拳と拳、 終わらねぇ!!
「はァ! らァ! セイァ!!」
「ハァァ!! ああっ、 テラァッ!!」
ッ
バキン! ガギンッ!! バッギィンッ!!
激しい衝突音が空気を揺らす、 この山中に二つの生命のぶつかり合いが児玉する
「うらあああっ!!」
躍満堂楽議の拳、 威鳴が引き付けて身を引く、 そのまま打ち出された様に向かってくる拳に鋼の如き頭突きが繰り出させる
ガッ!
バギイィンッ!!
「ッ、 うああああ!?」
硬いヒット部位に対して脆い手が砕ける、 躍満堂楽議の装甲は肌を沿わしている為関節部は固く出来ず、 関節の多い手は脆いのだ!
っ!
「うあああああ!!!」
「ああああっ!!!」
バギイイインッ!!
ガアアアアンッ!!!
グジャ! ゴジャアッ!! ドガッ!!
ッ!
ドガアアンッ!!
「うあああああああああああっ!!!」
「らああああっ!! ああああっ!!」
ガギンッ!! バギンッ!! バギッ!
ドッ! ドガッ!!
バガアアンッ! ドンッ!!
ドガアアアアアン!!!
はァ!
はぁああああっ!!!!
「らあああああっ!!!!」
「セラあああああっ!!」
っ!
バギイイイイイイインッ!!!!
ッ…………………
「ああっ」
寿命の灯火が消えていく、 躍満堂楽議は拳を放てば放つほど、 強靭な威鳴の肉体にぶつかり、 脆くなって砕けていく
黒砂が砕けて砂となり舞う、 装甲が剥げて躍満堂楽議の肉体が顕になっていく
再び血が溢れ出し、 痛みと冷たさを思い出させる……
威鳴の拳、 彼は力強い目をしている、 これが人間の目か
縛られず、 個人を大切に、 伸び伸びと生きてきた者たちの目か……
ッ
ドスンッ!!!!
「ぅがぁああっ!?」
最後の一撃が躍満堂楽議をぶっ刺す、 重い一撃は確実に、 生命奪う為の殺意を豊富に含み
躍満堂楽議は苦しさのあまり身を悶えた、 そういば……
「ああ…… 誰かに、 負けたのも、 初めてだな………………」
拳を振るった威鳴は寂しそうに笑うと口を開いた
「躍満堂楽議っ、 お前はまじで強かったよ」
………………
『……躍満堂楽議!』
………
母の声と被って聞こえた自身の名を呼ぶ声、 なぁ、 俺は今俺を生きたぜ
「わる…… く、 無かったな…………」
躍満堂楽議はそう呟くと急激な眠気に襲われ目をつぶる………
その目が二度と開かれる事は無かった……………………
……………
威鳴はその様を最後まで見送って息を吐く
はぁ………
先延ばしにしていた現実に目を向ける、 仲間達が皆倒れている、 力無く伏せている
皆………………
「千早季、 終わったの?」
「姉貴、 終わったよ、 姉貴は?」
そう聞くと姉は視線を向ける、 そこには眠る様に綺麗に瞼を閉じた状態の老婆が横たわっていた
死んでいる様だ
「終わったよ戦いは」
ああ、 戦いは終わった、 でも……
「みんなは………」
「それは………」
うっ、 うぅ…………
小さな呻き声が聞こえる、 それは地面を転がる仲間達達からだ
っ!
「お前ら! 大丈夫か? 息あるか?」
状態を起こそうとする仲間の背を支えてあげると彼は楽そうに笑った
「私が皆をまるで死んだ様にカモフラージュさせたわ、 上手く行ったようで良かったけど」
!
「ありがとう姉貴! お前ら立てるか?」
「……ああ、 威鳴、 胸の苦しいの無くなったぜ、 敵を倒したんだな?」
威鳴は頷く
「お前らはここで待ってろ! 第四体のリーダー日暮君も大丈夫だろう!」
「威鳴、 お前は?」
威鳴は拳を握る
「決まってる、 このまま猿帝ぶっ飛ばしてくる!」
威鳴はそう言って立ち上がり洞窟へと歩き出したのだった…………
今エピソードで描かれた威鳴が躍満堂楽議の腹を貫いて出て来る際に使っていた『裹落花の果実・ツェイクシ』ですが
そもそも何故躍満堂楽議の腹から貫いてその果実の実が生えてきたのかと言うと、 ツェイクシの種は胞子状であり、 威鳴の姉が既にその胞子を撒いていて
躍満堂楽議は気づかない内にそれを体内に取り込んでいた、 自分が他者を苦しめる黒砂と同じ容量で敗北へと追い込まれたというシーンでした
その描写を書き忘れた事に気づきここに書き足します、 こういう事はじつはしょっちゅうあります!(気をつけます)