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第七十八話…… 『藍木山攻略戦・2』

殺れる……


グシャアアアッ!!


まだ殺れる!


グッジャアアアアッ!!


まだ!!


「おっらああああっ!!」


グジャアアアアンッ!!


「ギィヤヤヤヤヤヤッ!?」


断末魔の悲鳴が鼓膜を震わせる、 興奮が身体中を駆ける、 殺す事に対する絶対的な快感に酩酊する


ああ………


「あはははははっ!!! 弱い弱い弱い弱い!! 弱いんだよ猿ども!!」


グジャアアアアッ!!


ギャアアアアアアッ!?


まだ小さな個体だった、 恐らく子供の猿型モンスター、 でも関係性無いよな? 敵だからな、 な?


「死ぬのは弱いからだよなぁ!」


あの頃を思い出す、 鮮血の赤と、 青い春、 不良時代に暴れ回った列強街道


理不尽に振るい、 恐怖に顔を歪める奴らを嘲笑って、 叩きつけた、 怒りをぶつけた、 明らかに相手が悪で有ると決めつける事は良い


リミッターを外す、 箍を外す、 人間性の輪郭を破壊する、 自身を獣と化す、 鬼と化す、 牙の生えた、 クレイジー・ウルフだ


「あはははっ、 死ねぇ!!」


威鳴いなりは笑う、 作戦は開始した、 本来威鳴率いる第三隊に被せる様に、 日暮率いる第四隊による挟撃が予定されていたが


その前に終わる、 猿帝血族は思ったよりも弱い、 弱小種族、 一体何を恐れて居たのか?


恐る?


いいや…………………


「恐るるに足らず」


威鳴は周囲を見渡す、 目的地であった藍木山の中腹にある自然の洞窟、 『静岩窟せいがんくつ』、 その大きく広げた口の眼前で威鳴達第三隊は戦う


威鳴の笑いは山に響く、 仲間達の笑いも山に響く、 まるで酔っ払った狼の遠吠え、 気分高まった獣の声


「ああああっ!! あばり足りねぇ!! 猿帝血族!! もっと! もっと踏ん張れやぁ!!」


威鳴達第三隊は躍進する、 静岩窟へと進んで行く、 立ちはだかる者達は弱い、まるで、 戦士では無いかの様な……


目の前に立ちはだかる細い体の猿型モンスター、 そいつに向け威鳴は拳を握る


握った拳は、 轟音を立て、 空気を内包し、 轟轟と燃え盛って居た、 威鳴の力、 恵の神から授かった果実を取り入れ、 特殊な効果を体に宿す


太陽の果実・ランゴ、 赤く甘い果実は燃え盛る能力、 自身すら焼く熱量が敵モンスターを蹴散らし燃やす


炎纏いし拳!


「おっらァ!!」


ドスッ!!


……ボンッ!!


「ギイヤアアアアッ!?」


威鳴に殴られその体を燃やされた猿帝血族のモンスターは悶える、 この炎は簡単には消えない


蹴散らす、 弱い


いや………………………


「俺達が最強だ! 俺達が孤高の狼だ! 俺達の………………」


第三隊は無双した、 敵を圧倒した、 猿帝血族の長、 猿帝が潜むとされる静岩窟もたった今、 包囲した


このまま叩く、 このまま突き進む、 このまま殺す!


威鳴はその燃え盛る拳を暗闇を包む、 自然口、 静岩窟へと向け、 勝利を叫ぼうとした…………


……………………………


………


ビリリリリリリッ………………



…………………


………



……………


……


「……………ん?」


…………


ビリッ!


痛み、 痺れるような? いいや、 画用紙を引き裂く様な、 耳元でチリチリと何かが音を立てて…………


ビリリリッ!!


っ………


「ぎゃああああああっ!?」


仲間達の、 悲鳴


「うっ、 うああああっ!!!?」


恐怖と驚き


「…………んだ、 これは」


違和感


……………………………


これは……


「黒い…… 砂?」


………………………………


違和感はあった、 そうだ、 敵にも能力者ノウムテラスが居るはずだったんだ、 そうだ………


こんなに簡単な筈が無い…..


ひゅ~


風が吹く


黒い砂が舞う、 細かな物だ、 細かな砂が渦を巻き出す


何だ?


「何だこの砂は……………」


突然現れた、 雪が舞い出すように、 何処から突然舞ってきた、 この砂は上から………


「うっ、 げっほっ、 うっ、 あっ、 っほ、 げほげほっ……」


仲間の咳き込む声が聞こえてそちらを見る、 仲間のひとりが腹に手を当てて苦しそうに咳をしている


「おい、 大丈夫かよ」


駆け寄った仲間が咳き込む仲間の背中を摩る、 仲間思いの良い奴等なんだ、 家は……


そう思いながら威鳴もその仲間に駆け寄る


「大丈夫かよっ、 砂、 この黒い砂を吸ったのか? おいお前らハンカチでも服の裾でも良い、 吸い込まないように……」


ゲホゲホ……


ゴホゴホ……


周囲から苦しそうな咳の音がする、 周りを見れば時既に遅し、 仲間達は一様に腹を抱えてうずくまって咳き込んでいる


「っ、 おい! お前ら、 大丈夫家!」


くっそ、 なんだよ、 さっきまで上手く行ってたのに、 さっきまで、 さっきまで………………………


あれ?


………………あれ?


さっきまで上手くいってた?


威鳴は改めて周囲を見渡す、 違和感……………


「………上手く行って当然だ、 おかしい、 全然変だと思わなかった、 ここには………」


転がる小さな死体、 体の細い死体、 弱そうな個体、 戦えない個体、 そんな見た目の死体しか転がっていない


シェルターを襲った個体は頭は足りないが、 肉体は強く、 群れると恐ろしい力を発揮した奴等だった


ここには………


「……そんな強そうな奴はいない、 確かに弱かった、 そう思いながら殺してた、 でも、 何だ…… 全然変に思わなかった」


「俺達は、 戦えない様な奴ら相手に散々痛めつけて殺して、 叫んでイキって、 何してたんだ?」


まるで馬鹿の戦い方だった………


……風が吹く、 砂が舞う、 この砂は上から舞って…………………


ようやく、 そう思い立って、 妙に重い首を持ち上げ威鳴は静岩窟の上方を見上げる


…………………


「…………おっ? やっと気が付きやがった、 てめぇはその炎のせいで俺の砂が弾かれてやがるな」


そこに居た、 明らかにさっきまで殺していた個体とは違う、 鍛えられた体、 戦士の様な雰囲気を醸し出す男が居た


……………………………


…………… ?



「…………つまり、 ………? だからつまり…… あっ、 お前が…… の能力? なのか………………?」



威鳴は違和感を感じる、 何だ? 全く頭が回らない、 重い、 頭がぐわんぐわんと重い


?????


これは………………


………


「あははははははっ! さっきまで散々イキリ散らしてたのがもう懐かしいな! 頭回んねぇだろ! そりゃそうだぁ!!」


目眩までしてきた、 分からない、 もう分からない……… 気持ち悪い…………


ガサガサ…… ガサガサ……


草をかき分けてゆっくりとこちらに近づく気配がある、 静岩窟の上にいるやつじゃない、 もう1人……


……


花見丈虫はなみじょうちゅうと、 言うなの巨大なトカゲに酷似した生物が居るじゃえ、 谷から谷へと跨ぐ程大きく、 尾と頭部に巨大な花の映えておる」


うへへっ


気味の悪い笑い声が森に小玉する


「その花から出る蜜の香りには強い麻痺作用があり、 少し吸うだけで頭がどんどん馬鹿になる、 酷い物は幻覚さえ見る」


「死んだ八宝上道師はちほうじょうどうしの爺が敵を効率よく殺す為に好んで使っておったが、 成程、 よく効くようじゃねぇ?」


老婆の声だ、 引き攣っていてかすれている、 威鳴はそう思った


躍満堂楽議やくまんどうらくぎ、 きへへっ、 早い所子奴らにトドメをさしておやりなされな」



「そうしたい所だがな、 俺が能力を本領で使うには近ずかなきゃ行けねぇ、 近ずいたら俺もその蜜で馬鹿になるだろ、 なんの為に風上に居ると思ってやがる、 安心しろよ、 砂を吸ってるだけでもその内死ぬ」


あまり大きな声で話している訳では無いのに互いに声が通じあっている様だ、 こいつら……


あっ…… あっ………………


「……アネ ………姉貴……....」


そう呟く、 小さな声だが確かにそう

絞り出す、 その声は確かに届く……


(うっ………)


突如口内に異物、 詰め込まれた様にえずきなりそうになりながら、 しかしそれを振り絞った力で噛む


ガリッ!


「うっ、 うぇぇぇっ」


突如視界が酩酊し酷い頭痛に襲われる、 あのやろう、 何を食わせやがった………


「あはははっ、 あははははははははっ!!!」



笑いが止まらない、 気分が高揚する、 アドレナリンが過量に分泌され興奮が最大ボルテージまで振り切られる


酔っ払った様に、 これは、 覚醒剤………


酔醒よいざましの果実・カクオ」


ぼやけて居た視界が定まって行く、 焦点が合って深く深呼吸をすると新鮮な空気が脳を覚ます


軽く目を瞑って、 もう一度目を開けると状態の異常は消えていた


(……よし、 これで戦える)


威鳴は服の裾で鼻と口を塞ぐ、 体を覆う炎は消えている、 二つの果実の効果を同時には使えない、 つまり炎で弾かれていた黒い砂はもう弾く事は出来ない


そして炎による攻撃も出来なくなった、 意識を保つ為にはこれしか無いが、 その分生身で戦う他ない


だが………


「あはははははははっ! どうってことはねぇ! 俺がてめぇらぶっ殺してやる!」


笑い、 叫ぶ


酔醒の果実・カクオは脳を爆発的に稼働させアドレナリンを大量に出す効果、 そのせいで興奮気味になってしまう……


威鳴ははっきりとした視界で本の数メートルの距離にいる老婆の個体と、 上方に余裕の笑みで居座る戦士風の個体を見上げる


「なるほどなぁ! 敵は二人居たのか! 洞窟の上のお前が砂の能力! そしてその婆さんはぁ……………」


老婆の個体を見る、 曲がった背中に小さな体、 この時の威鳴は意識障害の力がこの老婆の能力であると早合点していた


だから……


「あははっ!」


ばっ!!


笑って、 一気に駆け出した!


「婆さん! 先ずはあんたから叩く!!」


本の数メートルの近さ、 駆け出し接近、 あっという間に距離を詰める


出すなら蹴りだ、 蹴りは拳による打撃の約三倍の威力があると言われている、 この体格差、 小さな老婆なら一撃で取れる!


左足で強く踏み込み、 右足を上げる、 老婆の胴体を捉える様に側方から叩きつける!


「らっ、 せいっ!!」


筋肉によるしなりを、 強靭な足の骨に携え、 その暴力が小さな老婆に触れる……


その瞬間、 老婆の構えた右手が摩訶不思議に光った様に見えて、 老婆が裂けんばかりの深みシミを作って、 笑った


……………


ぐるんっ!


老婆の体が捻れる様に、 まるで新体操の選手かのように柔軟な体で体の軸を回転


ぶつかった蹴り足の威力をそのままに、 自身への衝撃を巧みな身体操作で殺し、 左手に持った杖を振るう


コツンッ


音を立てて威鳴にぶつかった杖、 それは威鳴が思っていたよりも、 数倍のインパクトを産み……


「っ!? うっげぇっ!?」


叩きつけられた


ドサッ ドザ………


地を転がる威鳴、 気が付けばどんよりとした暗い雲を見上げていた、 叩きつけられた右腹部が痛む


「あっ…… 何が………」


老婆を見る、 老婆は怪我一つして居ない、 さっきと同じ場所で杖にもたれ悠然と立っている


「おっほほほほほっ おへへっ おへほぉっほっ! あらおや、 惜しかったの? いや、 お前でなくワシが、 もう少し中心上部、 鳩尾を打てば息が出来んくなっとらぁったのにのぉ……」


威鳴は横腹を抑えて立ち上がる、 不味い、 この婆さんも只者じゃない、 それに……


「おい躍満堂楽議、 花見丈虫の蜜香は散ったでな、 そろそろ降りてきて手伝っちょくれい」



「あーったよ、 さてとやる気出していくかぁ」


ドスリッ


躍満堂楽議と呼ばれた戦士風の個体が降りてくる、 大きい、 その体は二メートルをゆうに超えている、 鍛えられた肉体は隆起し正に戦士の風体


「紹介に預かった、 躍満堂楽議だ、 お前、 人間の能力者ノウムテラス君、 君の名前、 聞いとこうか?」


ハスキーな声だ、 深みがあって色気が漂う様な、 余裕を感じる、 それは相手を見下す事ではなく、 経験による絶対的な自信から来る


「……威鳴千早季いなりちさき、 お前らを殺す、 この地の希望だぁ!」


躍満堂楽議は笑う


「おーおー 良いね、 俺も猿帝血族の中じゃ、 希望的存在として見られてんだよ、 互いに譲れない物背負ってんな……」


躍満堂楽議は手を前に向けると周囲に漂う黒い砂が敵の手元へと急速に集まっていく


そのままに凝固して形作る、 それは槍の形、 柄を起点に左右両側に刃先が着いている、 双頭槍、 それを構える


「無手にワリィけど、 こっちも瀬戸際なんでね、 全力で行かせて貰うぜ?」



「はっ、 んな事気にすんなよ、 幻覚能力さえなけりゃ……… 太陽の果実・ランゴ……」


ボオオオオンッ!!


もう一度威鳴の体から炎が噴き出す、 それと同時に酔醒の果実の効果が切れ、 脳が冷静になっていく


「おほぉっほっほっ…… じゃあワシは隙を見て背中でもブスっと行くかのぉ? ワシの短剣でのぉ~」


老婆は杖を左手で持ち替え、 右手で腰から刃先がギザギザとした切れ味の悪そうな三角形の短剣を取り出す


(……厄介な、 あの婆さんも只者じゃない、 目の前の戦士風の男を相手しながらこの老婆にも気を張るのはリスキーだが………)


威鳴は思わず下唇を噛む、 だが次の瞬間思わず破顔した、 何故なら……


「……お前ら」



「げっほ、 げほっ…… ああ、 威鳴、 舐めんなよ俺達を、 てめぇの頭張る、 クレイジー・ウルフを、 げほっ」


第三対のメンバーが立ち上がる、 お前ら……


「大丈夫なのかよ」



「げっ、 ああ、 問題ねぇ、 息止めて…… たからなぁ、 はぁ……」


明らかに顔色が悪いだが思ったよりは気合い張れてるみたいだ、 なら……


「あははっ! 俺の能力、 印飛灯篭いんびとうろうが生み出す黒砂は身体に有害な効果を齎す、 少量体内に入った時点で肺炎、 肝臓や腎臓への障害を引き起こす!」


「極小の砂は粘液から細胞や血液へと侵入、 するとたちまち痛みや、 血液の凝固が発生する! つまり、 そんなに長くねぇぞそいつらは!」


威鳴は首の後ろが痺れるように感じる、 怒りと先頭への静かな興奮が脳への血流を激しくさせるからだ


だが……


「お前の能力で生み出された砂なら、 お前を殺せば全て消える、 そういう事だろ!」


躍満堂楽議は笑う


「その通り!! だが容易じゃねぇぞ! 言ったろ、 こっちも本気でかかるって…… おめぇら! 人間殺すぞ!!」


叫び、 そして……


ガサガサ ガサガサ


「ギャアアアッ!!」 「ガアアアアッ!!」 「ギガアアアッ!!」


猿形モンスター、 しかも戦士風の男程では無いが、 何奴も此奴も強そうな奴が五体も出てきやがった


「威鳴! 俺達の事は…… 心配すんな、 全員無事だ、 ちったあ具合悪ぃけど、 気張れば大した事はねぇ、 おめぇはそいつを任せた、 俺達は、 婆さんと合わせて六人、 きっちり殺しとくからよ……」


お前ら…… だが…………


何処まで言ってもボロボロだ、 こいつらは戦えるって体じゃねぇ………


立ち上がった事がもう奇跡だ、 この戦いに全員で勝つのは、 さらなる奇跡を願う様なもんだ、 そんなもん、 今更……


……………………………



…………


「……第四隊、 敵背面から、 挟撃開始!!」



「「「うぉぉ!!!」」」


………



あれは………


「第四隊、 そうか…… そう言えば今回の作戦は………」


………


「おらぁ!!」


グサッ!


「ギィッ!? ギャアアッ!?」


第四対の甘樹あまたつメンバー、 リーダーの日暮を除けば最年少二十二歳の平太へいたが猿型モンスターの背を槍で付く


「ナイス平太! おっらァッ!!」


ガコンッ!!


そこに被せる様に家の第三隊のメンバーが金属バットで猿型モンスターの顔面を強打する、 何だよ全然元気そんじゃねぇか


「威鳴さん! 第四対隊長の日暮くんは敵の能力者ノウムテラスと交戦中の為現在隊長代理、 私、 浜戸瀬はまとせがリーダーやってまーす!」


甘樹組の第四隊メンバー浜戸瀬さんか、 日暮の心配は余りしない、 何とかするだろう彼なら


「こいつらは作戦通り! 我々と第三隊の挟撃で倒しますよ!!」



「ありがとう浜戸瀬さん! おらァお前ら踏ん張れ! 俺がこいつぶっ潰すまで死んでも死ぬなぁ!」


威鳴の鼓舞に第三隊だけでなく、 第四隊のメンバーまでもが力漲る


「おっほっほっ、 若い衆に囲まれて中々悪くない気分じゃなぁ~ どれ、 偶には老体叩いて遊んでやるかのぉ?」



「あっはっはっ! 良いねいいねぇ! ちったぁ合戦の雰囲気出てきたじゃねぇかァ!! 簡単に潰れたら容赦しないぜ人間っ!!」


緊張感が全身を走って、 躍満堂楽議の持つ黒い槍先が威鳴に向く、 もう婆さんの方は気にしない、 頼んだぜ……


ふぅ……


……


バッ!!


踏みこむ、 威鳴は敵に向け全力の突進、 炎を纏った体は湿った地面に焼跡を残しながら敵へと向かう


拳を握る


「っらぁっ!!」


右拳を敵へと放つ、 背の高いこいつは顔面周辺、 首筋、 鳩尾等の急所への攻撃は届きずらい


ならば狙いは腹、 当てさえすれば毛深い相手の体に着火する事が出来る、 簡単には消えない炎


研ぎ澄まされたストレート、 昔ボクシングを習ってた頃、 そして高校時代の喧嘩で実戦用に磨かれた一撃


放たれた拳が相手を捉え………


バッ!


「おっと、 危ねぇ」


躍満堂楽議顔面バックステッブで距離を取り……


「あははっ、 おっらァ!!」


双頭槍による一振、 弧を描き、 首筋を狙った一撃、 よく見る……


パシッ!


接近直前、 側面から右の掌で槍の柄を打つ、 そのままの勢いで体を左回転、 槍の柄を押し半身で避け……


「らっせぇっ!!」


後ろ向きに跳ねる、 跳ねた体から、 左足を強く待ちあげ、 引っ張りあげるように右足を加速させる


後ろ回し飛び蹴り、 跳ねれば届く、 相手の顔面末端、 顎! そこに向けて……


「おっらぁ!!」


蹴りつける!


ドスっ!


ヒット!


だが………


躍満堂楽議の左の拳が槍から離され、 威鳴の放った蹴り足と逆に構えられている、 蹴りがヒットした瞬間、 ヒット部位の逆に対して……


コンッ!


握られた左手の甲で自身の顎を軽く殴ったのだ………


それにより…………


「ふっ、 蹴りはいい蹴りだったな、 ダメージゼロだけどなぁ」



衝撃か殺された!


(……まじか、 蹴りのインパクトとは逆方向からぶつける様に拳で殴ってインパクトを起こす、 ぶつかりあった衝撃が丁度相殺される強さで……)


そして……


(……まずい、 体制が悪っ………)



「おらァ!」


ドスっ!


躍満堂楽議の左の拳が威鳴にぶつかる、 蹴りの時もそうだったが相手に炎は移らない、 常に黒い砂を体表面上に流動、 ヒット部位に対して集め、 硬化する事によってそれを防いでいる


砂のつぶなら燃やせるが、 それが固まった物となると日は着きずらい様だ……


「うげっ!?」


殴られ地面を転がる威鳴、 何とか地面衝突の威力は流したが、 直ぐに立て……


「おらぁっ、 っ! あっぶっ!?」


ビシュンッ!!


起こした体の直ぐ上方を真っ直ぐ過ぎていく槍先、 僅かな殺気を感じ体を沈めて良かった


だが……


グルングルンッ


回転する槍、 この槍は双頭槍、 回転して敵背後に向いた刃先が遠心力を伴ってこちらに向く


「らァ! 止まらねぇぞォ!!」


ブワンッ!!


「はっ!?」


紙一重で避ける、 だが更にもう一回転


ブワッ!


ビシッ!!


「ってぇ!?」


カスる槍先、 不味い、 この砂が体内に入るのは不味い


「うおおおっ!」


っ! ボオオオオンッ!!


身体中から更に多量の炎が噴き出す、 稲荷を起点に気温が一気に上がり周辺温度が五十度程までぶち上がる


これには躍満堂楽議もバックステッブで距離をとる、 威鳴はカスった傷を見る、 付着した砂であろう物が燃えカスのなって散って行く


「あっちぃ~ 砂が一瞬で燃えやがった、 厄介な炎だな~ だが火力を上げるには相当力を食うらしいな」


その通りだ、 一時的に火力をあげただけで威鳴自身が暑く苦しい、 維持するのも難しく、 既に炎はその勢いを弱めている


「っ、 冷静に…… 分析してんじゃねぇよっ、 この野郎……」


はぁ……


拳を握る、 威鳴の炎、 それは太陽の果実・ランゴの蜜、 それが発火している、 体から体液としてその蜜を出しそれが燃えている


握られた拳の中、 そこに密かに溜められた蜜の存在に勿論躍満堂楽議は気が付かない、 威鳴はそれを……


「おっらぁ!」


敵に向かって投げ付ける、 高熱の蜜は身体から離れると徐々に火力を抑え後に火が消えるが、 勢い良く打ち出せば急激に冷やされ直ぐに固まる


空気に冷やされ琥珀の様に固まった蜜、 固まった蜜はもう一度触れる事によって再燃、 固められた外郭を破り酸素を吸って勢い良く吹き出し爆発する……


敵は一瞬警戒したが直ぐに火が消えた事により、 向かってくる琥珀状の蜜を槍で弾こうと槍を振るった


…………………


(……良かった、 明らかに距離を取られるんじゃなくて、 そこなら……)


思案する威鳴、 躍満堂楽議には見えていない、 後方から密かに、 不動の筈の樹木、 その枝が伸びている事を……


カンッ!


敵が槍で琥珀を弾いた時、 同時に木の枝が琥珀に触れた………


っ……


ボオオオンッ!!!!


爆発!


威鳴が触れることで再燃、 爆発する琥珀、 だが唯一、 彼の姉を名乗る恵の神


既にこの山に根を下ろし、 威鳴に能力の実を授ける本人ならばそれは可能、 伸びた枝は姉の制御下だ……


………………………


「うおっ!!? 爆発しやがった!? っちぃなぁ!!」



(……くそ、 長い槍で弾かれた分距離稼がれた、 大したダメージにはなってねぇな……)


威鳴は心の中で悪態を付くが……


バシバシッ!!


「っ!? 木の枝が伸びやがった! っそ、 んだこれぇ!?」


躍満堂楽議に向かってしなった木の枝が鞭のように向かって行く


「っち、 らぁ、 せぃっ!!」


枝に向けて一閃、 そのままの勢いで回転し、 反対の刃でもう一閃


バチンッ バチッ!


断ち切れる枝、 あの姉の制御下に置かれている時点で強度が増している筈だが、 あの槍、 そして敵の技量は相当な物だ


だが……


(……時間は稼げた、 ナイスっ)


枝との一戦を繰り広げる躍満堂楽議の背後、 死角へと走った威鳴は敵が反応するより早く、 相手の背後に手を向ける


(……距離三メートル、 当てる)


威鳴は深呼吸をする、 先程威鳴は体から一時的に火力強の炎を出した、 ならばこれはその応用……


体全体出すのでは無く、 正確に噴射ポイントを限定し、 向けた掌からのみ、 高火力の炎を噴射する……


ボッ!


「火炎放射!!」


ボオオオオオンッ!!!!


噴き出す炎は躍満堂楽議の背中に迫り……


「……ったく、 こうでなきゃな戦いはァ!」


カンッ!!


下を向いた槍先を地面に叩きつけ躍満堂楽議は体を高く持ち上げ上に逃れる


「ちっ、 逃がすかよっ!」


それを追って威鳴は炎が噴き出す手を上へ、 姉の制御下になっている木の枝も捕らえようと上へ向いて……


その時敵の能力、 黒い砂で作られた槍先が崩れ、 砂状に崩れていっている事に気が付いた…


「あははははっ、 良いねぇ! おもしれぇ! だったらぁ! 印飛灯篭・秋憂しゅうれい奴刃番切やつはばき!!」


黒い砂が敵を中心に渦を巻き出す、 その勢いは協力で竜巻、 黒砂を巻き込んだ竜巻だ


その黒砂は刃状に硬質化、 半径三メートル程の黒いミキサーだ……


ジャギィンッ!


……


ビシャアッ!



「ってぇ……」


もろに巻き込まれる……… いや………


グイッ!


「おわっ!?」


寸前で足首を引っ張られ尻餅を着いて後退する、 これは、 木の根……


「威鳴、 大丈夫?」


姉だ


「わりぃ助かった」



「お姉ちゃん大好きって言いなさい、 そして立ちなさい」


はぁ………


「はいはい、 大好き大好き、 よっこらっと……」


姉が威鳴の隣に立つ


「あ~? その女今どっから現れやがった? いや、 あれか、 木の枝や、 根を操ってたのがその女か?」



「あらあら、 初めまして、 この間の藍木シェルター襲撃の際にしっぽ巻いてお逃げになった方ではありませんか」


躍満堂楽議は首に手を当てごきりと鳴らす


「生憎こっちは厳しい世界で生きてるもんでね、 逃げる事が全て恥であるとは思わないんだわ、 安い挑発に乗っかってやっても良いが……」


はぁ…… いきなり出てきて何煽りあいしてんだ?


「姉貴、 準備は終わったのか?」



「取り敢えずこの周辺は、 この山で一番偉い老樹に話を付けてきたから、 後はこの山も徐々に私の物になるわ」


あっそ……


「姉貴、 頼むわ」



「……勿論、 貴方がそれを望むなら」


威鳴は頷くと敵を、 躍満堂楽議を睨みつける


「お~ 姉貴か、 別にいいぜ二人がかりで、 それがお前の全力ならな」


躍満堂楽議は手を掲げるともう一度、 周囲に漂う黒砂が形をなし、 槍へと代わる、 それをかがげて見せるその姿、 戦士の姿、 やっぱり……


「確かに、 これが俺の今出せる全力だ、 俺は全力を出してお前にぶつかるよ、 お前は強い、 ただの俺じゃ歯が立たないくらいにな……」


だけど……


「躍満堂楽議、 だったか? お前も全力を出したらどうだ?」


敵は余裕たっぷりに上がっていた口角を落としこちらを睨む


「俺が手を抜いてるって? そう言いたいのか? 心外だな、 これでも俺は一流の戦士だ、 どんな奴相手でも本気でやってるつもりだぜ?」


いいや……


「お前は確かに全力でやっている、 だがそれはどこまで行っても猿帝血族の戦士としてだ、 そうある様に演技した物で、 お前じゃない」



「何言ってんだ? 俺がそれ以外の何だって言うんだよ? 俺が他の誰かや何かになれってか?」



「なってるって言ってんだよ、 お前はお前と言う命を生きてない…… お前は本気を出した事が無い、 そうだろ?」


「天性の才能に恵まれ力を得て、 それを軽く振るうだけで相手は倒れ、 仲間はお前を持ち上げる、 挫折や力不足を実感する事が出来ないままお前はここに立ってる」


「お前は心の底で焦っている、 本気になれない自分に、 それを演じる事でしか他者に表現出来ない事に」


「そして求めている、 本気になれる程強い奴を、 初めて手応えを感じ戦える瞬間を」


怪煌龍かいこうりゅうと言うドラゴンが以前里を襲った、 平気で血族共を喰らい、 襲撃から一般人十二人、 兵も八人喰らった化け物だ


躍満堂楽議はその襲撃の際怪煌龍の首を落とした、 英雄として祭り上げられ猿帝から改めて実力を認められた


だが……


(……あれはつまらなかった)


怪煌龍は空気中に飛散した黒砂に気がつくことも無く、 ブレスを吐くためにそれを多く吸い込み、 体内から形成された刃で喉元をバッサリ断ち切られた


ただ手をかざしただけ、 それだけで殺せる、 本当は威鳴の仲間も手をかざすだけだその体内に取り込まれた黒砂を操り腹を貫く事が出来る


それをしないのは一重に……


「おらぁ! 能力持ちは威鳴さんが受け持ってくれてんだ! こいつらは俺らでぶっ潰すぞ!!」



「せいっ! 今です! 畳み掛けて!」


力尽きそうでも、 踏ん張って、 倒れそうでも、 気合いで立って、 そういう自分では経験したことの無い力


底力を見ると希望を感じる、 万が一、 その刃が、 自分の首筋に届く事を期待してしまう


だから……


……


「うっ、 んっ、 んあっ…… うっ」


甘ったるい香りのする女の声が漏れて威鳴の姉が嘔吐く、 何かが女の喉を通って器の様に広げられた手へと落ちる


キラキラと、 唾液か、 樹液か、 半透明のそれは水晶のように透き通った丸型の果実


「んっ、 ふふっ、 さあ、 威鳴受け取って、 私の想いが詰まった極上の果実……」



「……はぁ、 まじでどんな状況だろうと他人の嘔吐物を口に入れる気にはならねぇが…… 仕方ない」


ころりんっ


女の手から威鳴の手へと渡されるそれ、 威鳴は顔を歪めながらそれを口へと運ぶ


かりんっ!


薄いガラス細工を悪様な、 上質な飴細工が砕ける様な、 濃厚で甘い匂いと共にそんな音が聞こえた


「んふっ♪ 威鳴、 これで貴方と私、 もっと一緒に、 近くに、 居られるわねっ♪」


ふっ……


そんな言葉を残し、 瞬き程の間に気が付くと女は消えていた、 そこに立つのはまた威鳴だけ


「別に二人がかりで戦う気は無いよ、 そうじゃない、 ひとつになって戦うんだ、 これが俺の全力だから」


ぐぐぐっ


周囲の木が歪にひしめき合う、 鳴く様に、 森全体が生きている様に、 うねり、 曲がったそれ等が威鳴に向かう


バシュンバシュンバシュンッ!!


一瞬伸びた枝が威鳴を囲み、 その姿を隠した、 だが、 それ等が威鳴に向かい、 そして巻きついて居るのだと気が付く頃にはその姿を視認できた


「……まじか、 正直驚いたぜ」


この静岩窟をぐるっと囲む周囲一帯の樹木が、 根こそぎ消えた、 いや、 物凄い密度で威鳴に取り込まれた


「……御伽噺にでも出てくる仙人かよ」


威鳴の体は木で出来ていた、 時折枝分かれした様な木だ、 木に足が生え、 腕が生え、 頭が着いた、 そんな感じだ


それが悠然と立っていた、 ただそこに立っていた、 風に揺られ葉を揺らし立っていた……


ギチチチチチチッ



なんの音……


バヂィンッ!!


っ!?


ガギイイィンッ!!


「うおっ!?」


反発する力、 バネのように、 しなった木の枝が弾かれ元に戻る様に、 強い力で踏み込み、 威鳴が吹っ飛んできた


(……踏み込む時の音か、 さっきの鞭を打った様な音は、 そして……)


戦いの経験から相手の殺気で威鳴の狙っている場所を山勘で当て、 咄嗟に振り上げた槍、 それが強く打ち付けられ手が痺れる


おいおい……


「あはははっ、 化け物じゃねぇか!」


ギヂィッ!


関節構造を最早無視した挙動で、 威鳴は空中で体を捻り、 打ち出される蹴り


さっきの力を逃がした時のようには行かない、 今度は避けねぇとただじゃすまねぇ!


「印飛灯篭・春来しゅんらい暢拙葉波ちょうせつようば!!」


渦を巻き、 丸くひとつの塊として砂が凝縮する、 それを威鳴の蹴り足にぶつける


ドシャアアアアアンッ!!


バギィンッ!


まるで柔い風船でも潰すように忽ち粉々に粉砕される黒砂玉、 だがそうでいい


暢拙葉波は本来設置型の力だ、 内包した砂を勢い良く噴射する装置、 破裂されて弾け、 中の砂が勢い良く噴き出す


威鳴に向け鋭く、 躍満堂楽議自体を吹き飛ばすように!


ブワァンッ!!


吹き出した砂が体を押し後ろ方向への力を得る、 それに合わせて跳躍、 距離を取った、 ここから攻める………


バヂイィィンッ!!



衝撃と痛み、 跳躍し距離を取ったその先で、 突如、 躍満堂楽議の体を鞭打つ衝撃、 横目で見る


木の枝……


(……あいつ、 体から枝を伸ばせるのかよ………)


物凄い衝撃で体が浮いて静岩窟の岩肌へ叩きつけられる


ブファッ!


ドンッ!


咄嗟にクッションとして展開した黒砂の塊で衝撃を緩和出来た、 だが背を打った


ああ、 身体から複数枝を伸ばし悠然とと立つ威鳴、 きっと直ぐにまた踏み込んで来る、 これはやべぇな………


「あははっ、 あはははっ、 良いねぇ」


体に走る痛みが熱と興奮を呼び起こす、 ああ、 これは簡単には片付かなそうだ……


はぁ……


立ち上がる躍満堂楽議、 クラウチングスタートの様に踏み込む姿を見せる威鳴……


「今回はまじで…… 楽しめそうじゃん」


そう呟いた躍満堂楽議の声は、 威鳴の地を穿つ躍進の音で掻き消された

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