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第七十七話…… 『藍木山攻略戦・1』

う~ん…………………


「相変わらずだね、 ここは、 日当たりも悪いし、 ジメジメとして」


ザアザアザアッ


緩い風が木と木の間を抜け去っていく、 揺れた枝葉が不気味な音を立てる


「………お前か、 随分と久しぶりだな、 何をしに来たんだ、 勇者ナハト?」



「無駄な挨拶無しでいきなり本題に入るのはせっかちだけど話が早くて助かるよ、 猿帝」


藍木山あいきやま深い森の中で向かい合う二つの命、 片方は今この山にて生態系を作る猿帝血族の帝王、 猿帝本人


そして……


「お前は相変わらず突然やってくるな勇者、 先に挨拶をするべきはお前だな、 本当に突然やってくる」


ブラック・スモーカー、 それはこの終末世界で悪事を働く反社組織の名前、 構成員は主に六人


街で日暮と戦闘になった、 柳木刄韋刈やぎばいかり深谷離井みやはないに最後トドメをさして殺した、 森郷雨禄もりさとさめろく……


その他に、 冥邏めいら遠太倶とうたく魚惧露ぎょぐろ、 そして今この山にやってきたこの組織のリーダー


勇者・ナハト、 それは世界、 神から確かに託される称号であり力、 魔王へと立ち向かう為の力だ


「まあ俺の能力は座標変換、 指定座標に俺を固定し瞬間移動するなんておちゃのこさいさいだからね」



「……それで? 何をしに来た?」


ナハトは近くの大きな岩に背を持たれ猿帝に向けて不敵な笑みを向ける


「あれ~? 彼、 猿帝、 あんたのお気に入りだった深谷離井君は居ないのかな?」


猿帝はナハトを鋭く睨み付ける


「……ああ、 深谷離井は殺されたんだ、 中々に使える奴だったんだがな、 お前のお望み通り死んだと言う訳だ」



「あははっ、 ごめんごめん、 でも元々言ってあったでしょ? あんたの用が済んだら深谷離井は殺すって」


猿帝はお腹を摩る


「……まあ良い、 それで? その報告に来た訳じゃ無いだろうな? こちらも準備があるのだ、 さっさと要件を話せ」


ナハトは首を傾げる


「準備? 何かするの?」


猿帝は深くため息を着く……


「鬱陶しい人間共がどうもこの山に攻め入って来る様だな、 俺の仲間に占術せんじゅつを得てとする奴がいてな、 そいつによるとどうも面倒な戦いになるそうでな……」


ナハトは笑う


「へー、 人間の癖に勇気有るじゃん、 いつ来るの? 良かったら手を貸そっか?」


猿帝は首を横に振る


「いらん、 貴様らにもやる事が有るだろう、 何せ、 貴様が探していた魔王が現れた様だしな」



「にひひっ、 そうなんだよ! ようやく力を顕現してくれたんだよ! 魔王!」


酔狂だ、 魔王の顕現を嬉々として笑顔を作る勇者など前代未聞だ


「ならばさっさと帰れ」



「おいおい、 まだ要件を話してないだろ?」


…………


「あははっ、 そんな焦れないでよ、 俺が言いたいのはさ、 準備出来たって事、 こっちの都合で始めるからね?」



「その事か、 わかった肝に銘じておく、 俺達猿帝血族はお前たちの行動には基本不干渉で良い」


ナハトが頷く


「うん、 無駄に被弾したく無かったらそうしてよ、 くれぐれも暫く街の方には近ずかない事…… そうじゃなきゃ、 あんたでも死ぬぜ?」


猿帝がバキバキと首を鳴らす


「近ずかぬ、 お前達があれをこの世界に呼ぶ以上、 全ての生命が危機に晒される、 我々は隠れて居るとしよう」



「うんうんっ、 良かった、 あんたらとは仲良くしたいしね、 それじゃ帰るね」


ナハトがこちらに背を見せる


「頑張ってね、 人間共も決して弱く無いよ、 この山、 藍木山争奪戦、 健闘を祈るよ!」


言いたいことだけ言って去っていくナハト、 瞬きをして次の瞬間その姿は消えていた


「………人間か、 ままならないな族の帝王も…… さあ来い、 人間共よ、 共に未来をを懸けた、本当の戦いを今始めよう」


…………………………………



…………………



……


今にも落ちてきそうな、 深い影を内包した雲が厚い壁を作る、 折角なら青空が良かった


温く緩い風が、 湿った空気と土の匂いを運んでくる、 森の中、 自然に溢れたそこは木々や花々が咲き乱れる


花粉症により鼻炎をこじらせ酷い鼻ずまりで息が出来ない、 山道が必要以上に体力を奪い荒く息が切れる


はぁ…… はぁ………


「点鼻薬とかあったらどれだけいいか…… あと尽きないくらいの鼻紙と鼻炎の薬…… はどうせ飲んでも効かねぇか……」


はぁ…………


「やる気出ねぇな……… っとに……」


愚痴ばかりが口をついて出てくる、 明山日暮は窒息寸前の魚の様に半開きの口で、 大分頭の悪い顔をしながらだらだらと歩く


周囲に立つ木々の間を縫って進んで行くと目の前に木で組まれた決して大きくない物置の様な建物が見えてくる


近くに立つ看板を見るとそこには『藍満堂あいみつどう』と名前が入っており、 御堂である事が分かる


藍木山の山道を登り、 中腹にあるのがこの御堂であり、 山道の入口に道祖神、 藍満堂に地蔵菩薩、 御堂の中には立派な御地蔵様が鎮座している


日暮は普段閉じている御堂の扉に躊躇いなく手をかけ、 小さな動作で戸を開け中へ侵入する


「……明山日暮です、 戻りました」


薄暗い室内に目が慣れてくると、 中に数人の人影が存在する事を感じる


「お疲れ様です、 周囲の状況はどういった様ですか?」


その中のひとりが小さな声でそう問い掛けてくる


「周辺に敵の気配はありません、 藍木山を根城にしていると言っても全域では無く、 初めの予想通り一部、 静岩窟せいがんくつの辺りに群れを成していると思われます」


静岩窟は藍木山の参道を脇道に逸れた先にある自然の洞窟で、 深さは無いが危険である為立ち入りが禁止されているエリアだ


ここからさほど距離も離れていないので少し偵察して来たが実際その周囲には簡易的な建造物や、 当の猿帝血族達が居たので確実だと思う


「やはり…… 私含め三人はあまりこの山について詳しく無いので、 事前に拝見した藍木山の地図は頭に叩き込みましたが……」



「まあ、 元々軽登山の出来る山としてある程度整備されて居たのでひと月ちょい位じゃあまり変化はありませんが、 雨も降ったりして足元が少し悪いです」


そう話す日暮、 それに耳を傾ける者、 御堂の中には日暮を合わせて九人の人物が居た


「……成程、 敵地にて斥候として出て冷静な状況分析、 第一自然体でまるで揺らぎが無い、 恐怖すら殺し、 落ち着いている…… 」


「噂通り、 やるな日暮隊長」


隊長………………


「当然ですよ鉄二郎かなじろさん! なんたって木葉鉢このはばち様が直々に押している人ですから、 これでなんて事無い奴だったら俺は彼を殴ります!」



「……平太へいた、 全くお前らは木葉鉢、 木葉鉢と、 奴の奴隷か」


鉄二郎と言う少し髪に白い物が混じる男が、 平太と呼ばれたまだ若い青年に睨みを効かせる


彼等に出会ったのは数日前、 藍木山攻略戦に向けて協力相手である甘樹あまたつシェルターの戦闘員と合同会議を行った時だ


……………………………


…………


『今回の戦いで俺達は四つの隊に別れて戦う、 日暮、 お前はその内の一つ、 第四隊の隊長になってもらう』


初めそう言われた時日暮は何を言われたのか理解出来ず、 そう淡々と告げる土飼つちかいのおっさんの正気を疑った


不向き


日暮に人の前に立って導く力は無い、 日暮が戦えるのは主に一人だから、 日暮には絶望的な程に協調性が無いと自負している


『いやいや! 無理ですよ! 絶対死人が出ます』



『気持ちは分かる、 だが頼む、 正直言って戦いにおいて言えばお前の右に出る者は居ない、 大望たいほう議員や、 甘樹の木葉鉢さんの推薦でもある』


土飼は日暮の方にどっしりと手を置く


『頼んだぞ』


唖然とする日暮を置いて時間は進み、 日暮の隊である第四隊の面々と顔合わせする時がやって来た


内の第四隊の目的は、 第三隊と合同で敵本陣を挟撃し敵を殲滅する強襲部隊であり、 第三隊の隊長は威鳴いなりである


話では威鳴も特殊な能力を保持しており、 強襲部隊の隊長として先陣をきる事において、 日暮と威鳴が選抜されたのはまあ理解出来た


第四隊のメンバーは、 藍木シェルター組が五人、 甘樹シェルター組が三人である



第三隊が実戦に重きを置いた、 若者達で結成された隊であるのに対し、 第四隊は奇襲攻撃を行うバランスタイプ


三、 四隊の強襲は、 左右による挟み撃ちでは無く、 第三隊が正面を切り襲撃、 第四隊は敵陣背後に回り時間差で挟撃と言う形になっている


日暮をリーダーに、 藍木シェルターから経験豊富な二十代~四十代の隊員、 そこに甘樹シェルターから、 鉄二郎さん、 平太君、 そして……


『私は浜戸瀬湯甲はまとせゆこう、 この二人、 鉄二郎さんと、 平太君とは何時もチームを組んで居ます、 ので我々は結束力は強いですよ』


浜戸瀬さんは四十路らしいがそうは感じられないがっしりとした体をしていて居る、 それに三人は何時ものチームだと言うのが心強い


日暮も流石に藍木組の面々とは上手くいくようになっているし、 その上甘樹組がバラバラでないのは日暮にとって有難かった


そういった事も含めて隊組を厳選したんだろうけど…………


……………………………


……………


「二人っ、 鉄二郎さんも平太君も落ち着いて、 遊びじゃ無いんですよ、 皆さんもすみません…… それより」


浜戸瀬の声で日暮は我に返る


「日暮君、 ではどう動こうか?」


日暮は目をつぶりこの山の地形を頭に描く、 この山、 裏山という事もありあの頃は遊び場にしていた場所の一つでもある


「俺達の役割は第三隊による強襲に被せる様、 奴らの背後を叩く事です、 ここで大切なのは第一に俺達の存在を気取られない事」


この数で動くのに気が付かれるなと言われるのはキツいが、 何とかしろと言われている


その為に第二隊が陽動で周囲で枯葉を燃やしたり、 大きな音を立てたりして注意を逸らすと言うから大胆な作戦だ


ピストル、 かけっこのアレ、 アレの一発目が行動の合図になっている


「俺達は迅速且つ確実に目的である静岩窟の裏道に抜けなければなりません、 そこで……」


日暮は息を吐く


「当初の作戦にあったルート、 この藍満堂の左手に伸びる登山道の途中から薮を進む順路でしたが、 これを一旦忘れて頂きたいです」


周囲が息を呑む音が聞こえた


「理由ですが、 下見で発覚した事ですが薮の中は先日の雨でぬかるみとても歩けると言った場合ではありません」


それに……


「恐らく奴らの狩猟用の罠と思われる物が藪の中にありました、 実際にうさぎが掛かって居ましたが、 鋭利な刃物に捉えられて居ました」


「俺達も万が一引っかかれば大怪我を負います、 危険すぎる」


浜戸瀬が顎に手を当てる


「しかし…… そうなれば、 どういたしましょう? まさか、 山道を正面から行くと言う事は無いでしょう?」


日暮は笑う


「あははっ、 まっさか~ …………と、 言いたい所ですが、 その通りです」


おいおい……


「……それは無いでしょ日暮君、 無い無い、 ナッシングですよ」



「いいや、 ありだね、 但し、 山道と言ってもド正面のじゃない、 裏の山道だ」



「裏?」


日暮は頷く、 そうして背負ったリュックの中から地図と、 鉛筆を取り出す


「わかってる通り俺達のいる場所はこの藍満堂、 そしてこっちに伸びてくのが山道…… でだ」


日暮は鉛筆を持ってぐるりと回った裏手のある位置を丸で囲む


「ここの位置、 ここは少し切り立った崖だ、 と言っても傾らかな傾斜で、 ゴツゴツとした岩が飛び出ているエリア」


まさか………


「登るのですか? ここを?」


日暮はニヤリと笑う


「登る、 崖と言っても四メートル程で、 その上は旧登山道ってのが実は有る、 柵で覆われてるが今更だろ」


「崖も足場はしっかりしてるし、 大人は知らないがガキの頃はそこでロッククライミングごっこが流行るほどだった、 ガキの俺でも登れた、 余裕だよ」


旧登山道は元々廃止され柵が掛かっていた、 だが、 手前の崖は元々旧登山道に続く道だったのが大雨で崩れ、 今の崖になったのだ


そこで黙って聴いていた藍木シェルター組の人が手を上げる、 確か組式くみしきさんだったか


「日暮君、 それはいい案だ、 でも問題もある、 それはその崖に向かう事だ、 ここから崖のある裏手に回るには一度この山を降り無ければならない」


「そうなったら時間が掛かりすぎるし、 そもそもそれでは本末転倒だ」


その通りだ、 だが………


「勿論案があります、 この藍満堂の裏手の斜面を真っ直ぐ下ります、 そうすればそのまま旧登山道へ続く崖まで行けます」



「……しかし、 それでは結局斜面の罠に…… いや、 そういばこの裏は……」


日暮は頷く


「この裏の斜面は一部砂利です、 以前有害な毒草? みたいな物が温暖化のせいか大量に生え、 それを根こそぎ掘り起こして砂利で整地したんですよね」


つまり……


「砂利の地面に罠は掛けられない、 少し急ですが砂利道を下ります、 それなら大幅なショートカットに……」


………………


バァーーーーーンッ!!



合図の音だ、 一発目の銃声で行動の合図、 迷ってる暇は無い


「実を言うと俺はあの砂利道を何度も降りた事があります、 小さい頃からね、 俺を信じて着いてきて下さい!」


第四隊のメンバーは顔を見合わせて、 その後に深く頷いた


「分かった、 俺達は日暮君に着いていくよ、 君は大望議員と土飼さんの一押し、 藍木の希望だからね」



「私達もそれで、 木葉鉢さんの言葉を信じ、 貴方を信じましょう」


良かった…… なら


「急いで行きましょう、 俺達全員でこの地の希望として、 人々を救い、 悪を打ち砕きましょう!」


そう言って日暮は立ち上がると、 藍満堂の扉に手をかける、 自身の背後に続く人の気配を感じつつ裏手の斜面へ歩く


初めに日暮が砂利の斜面に足をかける、 砂利が転がって落ちていく、 変わらない……


「皆さんゆっくり、 砂利はある程度固まっています、 右半身やや前に出して、 足をストッパーの様に斜めに起きます」


「体の軸が斜めを向けば急激に落ちることはありません、 コツは体重を若干後ろに持っていく事」


「転びそうになったら後に、 尻餅を着くだけなら体は止まるし、 大きな怪我もしません」


日暮が足を前に、 前に、 一定の距離を開けて後ろに続くメンバーも上手いこと降りてくる、 人間自分の体のバランスの取り方は無意識に熟知している物だ


…………


バァーーーンッ!!


二発目の発砲、 これはボヤ騒ぎ開始の合図、 音と合わせて煙を炊き猿帝血族を混乱状態へと誘う


五発目の発砲が第三隊による襲撃の合図、 それまでに何としても裏手に周り準備をしなくてはならない


ザザザザッ


最後に緩やかな砂利の坂を下って日暮は地面に着く、『 実下林みしたばやし』、 ここはそう呼ばれている、 先程まで居た藍満堂は『実上林みかみばやし』と言う


実下林は狭い林で、 すぐ先に開けた道、 藍木山の下手を走る道路が見える


この道路を真っ直ぐ進めば『藍木ダム』と言う大きなダムがあり、 件の旧山道へと続く崖はこの道をまもなく進んだ所にある


(……この林、 よくカブトムシを取りに来たな……………)


頭を横に振る、 昔の事なんかいい


「皆さん、 もう少しです、 足元に気をつけて道路へ出ましょう!」


全員が斜面を下った事を確認してから日暮は道に向かって指を指す、 良かった、 誰も怪我をせずに済んだようだ


ザッザッ


林を抜けて道路に出る、 山の中の道路という事もあって特に変化はなく、 障害物となる物もない


そのまま真っ直ぐ道路を進んでいく、 ほんの数百メートル登ると角張った岩肌の崖が見えてきた


「着きました、 ここです、 大人になってきてみると意外と小さいですね、 登れますね?」


隊員達が顔を見合わせるのを横目で見ながら、 日暮が真っ先に崖に手をかける


「よっこらせ、 次はここ、 えっと…… こっち、 よっ、 こうで……」


日暮は結構昔の記憶を保持するタイプだ、 岩肌の特徴から最も登りやすい所を思い出しつつどんどん登っていく、 数回足を掛けただけで登りきった


「こんな所です! 皆さん慎重に……」


…………


バァァァンッ!!


三発目、 あと二発打たれた時、 第三隊が敵本陣に突入する


ひゅぅ~


風が出てきた、 何か嫌な物を孕んだ匂いがする


「よっこらっせ、 よし、 俺で最後だ、 日暮君、 皆登れたよ!」



「分かりました、 皆さん怪我等は有りませんか?」


メンバーは皆覚悟の決まった顔で頷く、 ならよし


「皆さんみてください、 あそこに旧登山道があります、 柵で塞がれて居ますが、 予めぶっ壊して起きました、 早速進みましょう」


歩きだし柵を潜る、 叩き壊された南京錠が無造作に地面に転がり悲壮感を演出する


細い丸木が埋め込まれた、 山道に良くありがちな階段のような道、 歩く、 登っていく


はぁ…… はぁ……


やはり、 息が切れる、 こっちの山道は随分昔に整備された物でかなりきついのだ


「はぁ…… 所で日暮君? この道をこのまま登って行く事は少し遠回りじゃないか?」


この山道は山頂への一本道だ、 目的地の静岩窟へ抜ける道はなく、 結局ある程度道を外れなくてはならない


(……だがこれも大丈夫の筈だ、 この旧登山道から薮を抜け静岩窟の裏手に出るルートを俺は知っている、 昔切り開いた……)


………………あれ?


「こんなだったっけ? この山、 あれ、 この辺こんなに鬱蒼と……」


昔、 日暮がまだ小学生の頃の記憶、 山は人の手が入らなくなると途端に荒れる


旧登山道が廃止されてからどれだけ経ったろう、 ガサガサとまるで底の深い玩具箱、 無造作に置かれた書類の束


その中から薄い記憶を元に道を探す?


(……あっ、 無理だこれ、 ここまで順調に来れて完全に余裕ぶっこいてた)


……………


バアァァァンッ!!


四発目の発砲、 まずい、 間も無くだ……


「日暮君、 何処だね? 何処を行くのかね? それにその道は安全なのか?」


えっ……


やっべ、 やっべぇ……


どうしよう…………………………


…………………


……


ぶわぁんっ!



……何か、 何かが視界を遮った、 何だ、 何だ、 何だこれ?


「……………赤い…… いや、 血の水玉…… ?」


一抱え程の赤黒い血の水玉、 それが空中に浮遊し、 悠然と漂う、 風が表面を撫で、 水面が波立った


この挙動には見覚えがあった……


これは………………


「冬夜…… いや、 水饅頭か?」


冬夜の恋仲であり、 この世界の原初の神秘、 清流薫る、 藍木の地に昔から住む水の神、 マリー


その姿にとても似ている……………


水玉が揺れる、 揺れて………………



ドスッ!!


「ぅげぇっ!?」


突進してきた、 こいつ…………


「日暮君大丈夫か!? そいつは何者なんだっ…………」


慌て出すメンバーを日暮は手で制す、 まあこの反応は本物だな


はぁ……


「……どっちも正解よ、 今は機嫌が良いから許してあげる、 私は私だけど、 この体の殆どは冬夜の血液よ」


突如水玉が言葉を発する、 その光景に多くの者が警戒したが、 ややあって藍木組は警戒を解く


「これは前に見た事がある、 冬夜君の能力だったかな?」


まあ冬夜の場合は神秘との協力であり、 能力とは違うんだけど、 めんどくさいのでそれで通してある


「その様ですね、 で? 冬夜はどうしたんだ?」


水玉が揺れる


「話せば長くなる、 でも今は時間無いんでしょ? 着いてきて、 私があの洞窟の裏まであんたらを導くから………」


……………


バアァンッ!!


五発目……………………


「あっ、 やっべ、 作戦始まりっ、 よし、 分かった、 頼んますマリー様!」



「ふんっ、 着いてきなさい人間っ!」


第四隊は水神、 マリーに導かれ旧登山道から、 鬱蒼生い茂る藪の中に突入する


風に揺れる木々の葉の隙間から目的地である静岩窟の岩肌が見える、 目的地はすぐそこだ


ふっ……


「待ってろよ猿帝血族っ!」


湧き上がる闘争心と共に日暮率いる藍木山攻略戦戦闘隊・第四隊は湿り気含む空気と地面を蹴って林を駆けた


戦いは開始する


…………………………………………



………………………



………


バアァンッ!!


五発目………


「作戦開始だね、 さてはて上手くいくかな…… いや、 行かせて見せる、 敵は薙ぐ、 刹那の内に、 山にその足で立ち上がる巨木が如きの力量で……」



「やる気一杯ね千早季ちさき、 私の方も準備OKよ、 この山の根下ろしは終えたわ」


第三隊を率いる威鳴千早季はこの山に潜む自身の姉、 と言うか、 恵みの女神であり、 ひょんな事からその神と姉弟となった存在に密かに話しかける


恵みの女神は元は御神木であり、 地に根を下ろしその地形を掌握する事も可能、 しかし、 それには少し時間も掛かる


「この山は大きいわ、 洞窟の周辺だけでも三十分は掛かるわ、 それまで頑張ってね」



「ああ、 頼んだ、 行ってくるよ」


千早季は少し緊張を孕む足取りで仲間の元へ戻っていく


「皆! 準備は出来た?」


ガチャ ガチャ


金属がぶつかり、 迸る熱量を感じる視線が感じられる


「千早季、 こっちは準備万端だせ? 早く号令をかけろよ、 暴れたくてうずうずしてんだから!」


千早季は笑う


「OK OK! じゃあ行こうかっ! おめぇら! 分かってんな! 空気吸え! 腹に力入れろ! エンジンフルスロットルで掛けやがれ!」



「おうっ!!」


あははっ!


「敵は世界のラングラー! 俺達はこのワールドのクレイジー・ウルフ!! 牙を剥け! 噛み付け! 噛み砕け! 敵に刻め!」



「殺せ!」 「噛み殺せ!」 「穿てぇ!!」


はぁあああああっ!


「おめぇらァ!!! 敵ぶっ殺すぞ!! 全員っ! 血祭りだァ!!!」


威鳴は叫ぶ、 脳が痺れる、 血液が身体中を駆け巡る、 熱い、 喉が熱い


あの頃の様に!!


………


『クレイジー・ウルフ』


高校生で構成された不良集団、 甘樹西高校と言えば有名な不良校であり、 悪目立ちしていた


昔程じゃない、 現代において暴力は求められていない、 ニーズに答えられない力はNOT・リアリティ


だが、 譲れない戦いも時にある、 そしてそれに向かって行くことこそ男である


威鳴千早季は高校時代、 甘樹西高校に通うバリバリの不良であり、 『甘西のクレイジー・アギト』と呼ばれた男である


不良を薙ぎ倒し、 時には仲間も薙ぎ倒し、 当てつけの様に街路樹を薙ぎ倒し、 彼女に別れ話を持ちかけられれば泣き倒し


数々の逸話を残すこの男、 喧嘩上等・百千五十勝・サーモン百貫ドンと来い


この男の鼓舞は、 昔から人を焚きつける、 自信の発する炎が、 周囲まで焼け野原にしていく


そこに立つ、 黒焦げのごとき漆黒の狼達こそ第三隊・『クレイジー・ウルフ』だ


……………………


威鳴達は全速力で山道を駆け、 真正面から敵陣、 猿帝血族の根城、 静岩窟へと襲撃を掛けた!


威鳴の周囲を囲むメンバーは当時、 威鳴を筆頭に『クレイジー・ウルフ』としたヤンチャしていたメンバー達で構成されている


甘樹シェルターの隊員はなんだかんだ元不良が多く、 『クレイジー・ウルフ』のメンバーも所属していた


そして甘樹組と藍木組が合同訓練を行った日、 威鳴は初めてこの馬鹿どもと再開した


満場一致で威鳴がリーダー復帰、 もう一度あの頃の馬鹿青春へ戻った彼ら


止められる者はいやしない!


…………


ガザガサガサガサガッ……………


ガサンッ!!!


「おっらぁ!! 猿ども!! カミコミじゃあああああっ!!!」



「「「「おおおおおおおおおっ!!!」」」」


っ!?


空気が張り詰める、 薮をぬけ、 開けた静岩窟のそのド正面を、 フルパワーでど突く!!


緊張……


そして………………


「ギャアアアアアアッ!! ギャアアッ!!」


猿どもの威嚇! 臨戦態勢、 早い、 流石に自然界に生きる生命よ、 命の危機に敏感


だが……


威鳴は固く手を握る、 掌の中に転がる感覚、 赤く、 丸みを帯びたそれは甘い香りを放つ果実……


威鳴はそれを大きな口で迎え入れる


「太陽の果実・ランゴッ!!」


ガリっ!!


瞬間………


ボワンッ!!


「っ、 アッチイッ!!!」


炎が噴き出す、 果実を食べた威鳴の体から消えない炎、 まさに太陽の如き熱を放つ炎が噴き出す!


「ギャィヤアアッ!!」


正面に猿型モンスター、 行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ!!!


「ああああっ! おっらァ!!!」


炎を纏った拳で………


ドスっ!! 殴る!


衝撃に、 その後着火!!


ボオオォンッ!!


「ギィギャアアアアアアッ!!?」



「ぶっ! あははははははっ!! ぎゃあああっ! 最高だなぁ!! 最高だ!!!」


叫ぶ威鳴、 それを皮切りに……


「千早季に続け!! 敵をぶっ飛ばせぇ!!」



「猿野郎が! おっらァ!!」


ドス!


金属バットを肩に担いだ仲間が猿型モンスターを殴打する、 痛みに疲弊したモンスターは尻もちを着く


「ぶっ飛べ!」


ガアアアアンッ!!


ゴキっ!!


「ギャイッ!?」


死んだ


「何だよ!! 猿型モンスター弱いじゃねぇかァ!!」



「俺も一匹やった!! 止まらねぇぞ!!」


狂乱に叫ぶ第三隊、 敵の数も余り多くない、 突入してまだ僅かだが戦いの優劣は着いている!


もはや背を向けて逃げ出そうとする個体すら居る始末、 弱い、 思っていたよりも弱い!


なら!


足元に小石、 威鳴は小石を掴んで握込む、 石が、 一瞬で熱され赤熱の波動を放つ


構える


「燃え咲かれ!! ファイヤー投擲!!」


バシンッ!!


弾けるように放たれた小石は敵の背中を打つ、 瞬時着火!


ボワアアンッ!!


「ギイギャアアアッ!!」


良い、 軽く小突けば相手は倒れ、 悲鳴をあげて死に絶える、 正に無双!


全地区制覇も夢じゃないと言われた甘西の『クレイジー・ウルフ』は伊達じゃない! 弱きも強きも食いちぎる


第三隊は……


「最強だァ!!!」


威鳴は叫ぶ、 蹂躙して叫ぶ、 なんて事は無かった、 不安が無かった訳では無い


この作戦を会議内で話をした時、 余りにも準備期間が短すぎる、 無謀な戦いだと思った


威鳴は敵を穿ちながら今回の藍木山攻略戦の概要を思い出す


………………………………


……………


『藍木山攻略戦・作戦概要』


・第一に、 この戦いの目標はこの地の保守的誇示、 並びに人々の社会的安全性を求める戦いである


・その為に敵戦力の全壊、 及び敵モンスターの首領『猿帝』の完全な討伐である


・藍木山攻略は、 その後の藍木ダム復旧の最も必要な足掛かりであり、 藍木ダムの復旧は生活エネルギーである、 電気の確保を目的としたものである


・敵モンスターに慈悲を抱く者を作戦には参加させない、 作戦に参加する事は敵の生命を奪う事であり、 それは今回誇りとして扱う物とする


・作戦参加者は敵生命の殺害を許可する、 但し無闇な略奪行為や、 悪質な殺害方法を認可しない、 迅速且つ速やかに敵生命の命を絶つべし


・作戦参加者は自身の命を最優先して守るべし、 また、 仲間が危機に瀕した時も同じく守るべし


・作戦参加者の命の保証はしない物とする、 万が一命を落とした場合に備え、 作戦参加者は遺書を用意すること、 また仲間が命を落とした場合、 遺品の回収を行う、 行えぬ場合は無理にしないこと


…………………


・作戦遂行中は安全の為藍木シェルターを無人とする、 避難者は一時、 甘樹シェルターへ避難する事


・その方法として、 能力者ノウムテラスである、 フーリカ嬢の力を使い藍木シェルターと甘樹シェルター間を繋ぎ移動を可能にする


・それに踏まえ、 能力の存在を避難者に公開する事とする、 それについて能力保持者が自身の能力の開示を断る事を禁じ、 例外無く公開することを決定する


……………


・作戦開始時、 藍木シェルターには作戦参加者呑み、 滞在する事とする


・この作戦は参加数三十九人を十人隊を三隊、 九人隊を一隊の四隊を構成する、 それぞれの隊に一人隊長を置く事とする


・作戦の開始は能力者ノウムテラスであるフーリカ嬢の協力を元に、 隊を作戦対象である藍木山の指定箇所へ移動させる事とする


・第一隊を実下林西側の藍木山記念碑付近に、 第一隊の作戦は陽動、 ボヤ騒ぎを起こし敵モンスターを撹乱する、 隊長は藍木シェルター戦闘員リーダー、 土飼笹尾つちかいささお


・第二隊は実上林北側の藍木山管理事務所の詰所内に、 第二隊の作戦は陽動と三、 四隊の援護、 ピストルによる作戦時間の合図、 隊長は甘樹シェルター戦闘員リーダー、 雷槌我観いかづちがみ


・第三隊は静岩窟に程近い山道の危険看板付近、 第三隊の作戦は特攻、 敵モンスターを正面から叩き殲滅する、 隊長は藍木シェルター戦闘員、 能力者ノウムテラス、 威鳴千早季


・第四隊は静岩窟に程近い藍木山中腹、 藍満堂内に、 第四隊の作戦は奇襲、 第三隊との挟撃で敵モンスターを背後から強襲する、 隊長は藍木シェルター戦闘員、 能力者ノウムテラス、 明山日暮


…………………


・作戦の失敗はこの地に生きる人間の敗北と敵モンスターによる侵略の可能性を高めるものであり、 許されるものでは無い


……………………



………


「あ~あ、 おいおいおいおい、 下働きさせてた弱小個体の奴隷共が次々殺されてんじゃねぇか、 それに人間共も雑魚殺してイキリ散らしてよぉ……」



「下山途中で引き返して来て良かったぞぇ、 曄占ようせんの光が屈折したのでまさかと思ったが、 一杯食わされた様で……」


びゅ~


風が吹いて体毛が靡く、 静岩窟で敵モンスターを倒す威鳴達を、 静岩窟上方から見下ろす二つの影があった


「越婆よォ、 もうちこっと占の精度上がんねぇもんか? 師の爺さんが死んで今、 猿帝は洞窟内部で一人何だ、 万が一がありゃ困るぜ」



「悪かったわ、 アシの力は少し先の軌跡の可能性しか読めんでな、 対象が想定外の動きをするとそれこそ困るぞぇ」


一人は背の高い個体、 体には強靭に鍛えられた筋肉が付き、 自身が戦士である事を誇示するように大きな牙をむき出し笑う


猿帝血族、 能力者ノウムテラス、 藍木シェルターの襲撃の際に来ていた、 躍満堂楽議やくまんどうらくぎである


そしてその隣、 腰の曲がった老婆風の個体、 身体中に貝殻で作られた装飾品を身につけ、 杖を着いて気味の悪い薄ら笑いを浮かべる


猿帝血族、 能力者ノウムテラス、 占術使いの碌禅径璃越ろくぜんけいりえつが笑う


…………


同時期……


「アハハハハハハッ! また会ったのぅ? 人間!!」


猿帝血族殺戮係、 千里の邪馬蘭やばら、 藍木シェルター襲撃の際日暮と戦闘をし能力に目覚める


その際日暮に貰った一撃によって左腕を失っていて、 不格好である


「久しぶりじゃん、 ってか人間で一括りに纏めんなよ、 明山日暮、 俺の名前ね」


静岩窟の裏手まであと少しの所で邪馬蘭は突然現れた、 まるでこちらの動きを察知した様に


「明山日暮か、 覚えた、 しかし越婆の占は正確ジャのぉ、 本当にいよったぞワラワラと、 全員血祭りじゃなぁ!」


邪馬蘭は叫ぶ


「日暮君! 敵の出現だ皆で強力して倒そう!」


日暮は首を横に振る


「ダメです、 こいつは能力者ノウムテラス、 束になっても基本敵いません、 能力者には能力者を、 俺一人で戦います」


それに……


「戦闘音が聞こえますね? 第三隊は既に戦いを初めている、 そろそろ援護の奇襲攻撃を開始しなくては行けない頃です、 ですから先に行ってください!」



「それは…… 分かった、 静岩窟を攻略したらすぐに千早季君を連れてくるから!」


そんなに呑気に戦う気は無いがまあ良い、 今は頷いておく


「マリーさん! 皆を案内してあげて、 こいつは俺がここで倒す!」



「はいはい、 精々頑張りなさい、 さあ、 私に着いてきて!」


邪馬蘭が脇を通過しようとする第四隊のメンバーを目で追う、 おいおい!


グッ!


踏み込む!


「よそ見すんなよ手長猿!」



「おっ? あははっ、 名乗って無かったのぉ!!」


ナタによる一閃!


ガキンッ!!


甲高い音を立ててナタが弾かれる、 邪馬蘭の右手には、 逆手持ちで厚刃のサーベルの様な剣が握られている


「弱いやつ相手じゃ拳をつかうが、 強い奴には剣も使う、 ワシは猿帝血族殺戮係、 千里の邪馬蘭じゃあ!!」


ブンッ!!


「っ! あっぶねぇ!」


振り上げられたサーベルを回避する


ふぅ……


第四隊のメンバーの背中が見えなくなって肩の荷が降りた、 心に余裕ができて


笑う


「あははっ、 良いじゃん良いじゃん! こう言う戦いを望んでたんだよ俺は!!」


血気湧く、 焦燥を薙ぐ、 全身に興奮が充満して息が苦しい、 それでも、 いやだからこそ


日暮は笑う


藍木山攻略戦はまだ、 幕を開けたばかりだ……………………

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