第七十六話…… 『藍木山攻略戦・目前』
「……さて、 我々の状況はこんな所だ、 朱練君はどう思う?」
甘樹シェルターの会議室には紅茶のゆったりとした香りが漂って居る、 そこに大望吉照の声が静かに放たれる
「そうですね、 藍木山攻略作戦は相当な準備が必要そうですが、 遠征任務に出ていた隊員が一人行方不明になっているのではそう悠長にもしていられませんね」
藍木山に遠征任務に行っていた村宿冬夜は未だに帰っては来ない、 行方不明のままだ
「それに、 藍木シェルターが襲撃を受けていた、 その上襲ってきたモンスターと人間が手を組んで居たと…… こんな世界で能力に目覚めた悪人すら敵になるなんて」
朱練は頭に手を当てて項垂れている、 敵はモンスターだけじゃ無い、 悪の意志を持った人間が、 能力を得て襲って来る
そう言えば……
「人間の敵はシェルターを襲った深谷離井だけじゃ無いぜ、 聖樹討伐戦の時襲って来た奴が居たからな」
聖樹討伐戦の話はこの話し合いで話をさせて貰った、 その時、 モンスターであり仲間でもある櫓さんとその弟、 楼さんの話もした
今まで黙っていた事もあって皆モンスターが仲間であるという事を初めは疑う様な顔だったが、 そこは日暮が必死に話をした、 菜代さんも手伝ってくれた
そもそもモンスターと言う呼び名も総称で、 動物との境は曖昧だとフーリカやレイリアさんが言ってくれたのも大きいが何とか納得してくれた
『……まあ、 その櫓さんに会ってからだな、 全てを決めるのは』
と土飼さんに言われた、 だが実際櫓さんの能力はきっとこの先必要になるだろう、 資材さえあればどれだけ大きな建物だろうと建造出来る、 作る能力
そうなれば、 落ちている藍木の両橋を修繕する事も可能だろう、 それに第一櫓さんはとてもいい人なのだ、 人じゃないけど……
これからも仲良くしたい………
と、 まあ、 何はともあれ…………………
「そいつは能力を持ってなかったんですけど恐ろしいくらい強くて、 俺が何とか引き留めて居る間に櫓さんと菜代さんが聖樹を倒したんですよね」
菜代さんも頷いている
「そんな事が…… その人物は一体何者だったんだね? 何が目的で襲われたんだ?」
大望議員が首を傾げる、 確か……
「柳木刄韋刈と名乗ってましたね…… 聖樹を生かす事が目的だったみたいだけど、 まあ、 裏にはもっと大きな目的が有るのかな?」
そう言葉を放った日暮は頭を抱えるが不意に周囲の人間が驚いた顔をしているのに気がつく
?
「ん? 皆さんどうかしました?」
土飼のおっさんと目が合う
「柳木刄韋刈と言ったか? 同姓同名? いや、 珍しい名前だ、 そして恐ろしく強い…… やはり本物か?」
ん?
「なんだ知らないのか日暮、 柳木刄韋刈と言えば、 熊殺し、 最強の男、 とか呼ばれて一時ひっきりなくメディアに出演してた男だぞ」
知らない
「私も知っています、 結構イケメンで女の子からも人気だったんですよね、 懐かしい…… まあ、 あんな事がある前ですが」
木葉鉢さんが含みを持たせた様な言い方でそう言う、 あんな事?
「本当にご存知無いのですか? ……殺人ですよ、 しかも実の父親を、 当時彼は人気絶頂中でしたからそれは大きな反響で、 多くの人が彼を恐れました、 確か二年ほど前の事ですね」
二年前…………
「ん? って事は………」
「はい、 殺人ですし、 反省も無かったので二年程では出れません、 本来なら今も刑務所の中の筈です」
まじで?
「逃亡犯って事? え、 じゃあ刑務所も機能して無い、 警察も機能して無い、 犯罪者がわんさか野に放たれてる訳?」
「……どうでしょう、 モンスターも跋扈している訳ですし襲われれば無事では居られないでしょう、 ですが可能性はある」
日暮はこの近くの留置所や刑務所の位置をいまいちどこだか知らないが、 市内には無かった様な記憶がある
「警戒するに越した事はありませんが…… 」
「そちらの面でも何か問題があったならこちらからも力を貸すつもりだ、 そうでなくても協力出来る事があれば何なりと言ってくれ」
心配をする木葉鉢に大望議員は強い口調でそう言ってみせる、 木葉鉢さんはほっとした用に深く息を着く
「ありがとうございます、 それでは、 私共の戦闘隊が動ける様になるまで…… 三日、 三日頂ければ万全な準備で藍木山攻略戦に挑めます」
「おぉ、 十分だ、 だが無理は禁物だ、 無理と言うのは時に大いなる災いを齎す、 急ぎたい気持ちはあるが、 焦ってはいけない、 十分な休息を取るように」
木葉鉢は頷く
「はい、 そうします、 隊員には十分な休息を取らせて準備を致します」
「君もだぞ、 目の下の隈を笑って隠そうとするのは駿助に似た様だがな」
木葉鉢は苦笑いを浮かべて誤魔化した
「ふふっ、 そうですね、 全くです」
その言葉を最後に一旦会話に区切りが着く
「さて、 そろそろ話も着いたし帰るとしよう、 伝えたい事があれば日暮君の持つ無線機で話をすれば良いね?」
「はい、 その様に致しましょう、 では予定では三日後、 作戦を無事遂行しましょう」
大望と木葉鉢は互いに手を出し固く握手をすると頷きあった
…………………
その後皆挨拶を済ませると帰宅する事にした、 威鳴が「木葉鉢さんと話がしたい!」 だとか、 フーリカが、 「外の街を見てみたい!」とか何とか言い出したがめんどくせぇので背中を押してドアに押し込んだ
「あ、 菜代さん、 それじゃあまた、 櫓さんにもよろしく言っといて下さい」
「えぇ、 伝えとく、 でも皆会いたがってたわよ」
数日前に別れたばかりのこの街で出会った人達の顔が頭に浮かぶ、 あー、 俺は別に会いたくねぇけど……
「また会えますよ、 近い内に」
「そうね、 じゃあまたね」
軽く手を挙げてドアを潜る
「皆こっち側に来ましたね? じゃあ閉じますよ」
フーリカがそう言うとドアがバタリと閉じられ次に開けた時には元の物置に戻っていた
「日暮君! 日暮君! 木葉鉢さんも菜代さんも美人だね? ね? 二人ってさ、 どんな男が好みなの?」
威鳴さんだ
「え? 知らないです、 本人達に聞いてみれば良かったのに」
「うっ…… 俺にもっと勇気があれば……」
威鳴がそう言ってがっくしと肩を落とす、 そんな事より……
「大望さん、 土飼さん、 今日はこの後どうすれば良い? 個人的には呑気したいけど…… あと、 明日からも何する?」
何やら会話していた2人はこちらを見て頷く
「ああ、 午前中の調査おつかれだったな、 この後はゆっくりしてくれ、 そして、 明日はまた会議だ、 藍木山攻略戦について調査隊の中で作戦を立てる」
「おっけー、 まあ色々準備しろって事ね、 じゃあ今日は解散解散だ」
無事会議が終わったが、 面倒な事に明日も会議があるらしい、 まあ良いけど……
ともかくそう言って日暮は会議室を後にする、 フーリカもその後ろを着いてくる
「ねえ日暮さん? 先程の女性二人とは仲が良いんですか? 特に菜代という方、 随分仲が良さそうでしたが……」
「あ? 数日前に一緒に戦った仲だからな、 仲間だろ、 あと少しは気が合う気がするな」
………
「成程…… あの二人以外にも別の女性達とも仲が良かったと、 それにこちらのシェルターにも学友の女性と仲が良かったり……」
?
「何を人の記憶勝手に読んでブツブツ言ってんだ?」
フーリカと目が合う
「でも一番は…… 私ですよね?」
「? 一番うるさい奴? そうだな、 お前だ」
目を逸らされる
「はいぃ!? ふんっ、 日暮さんは大切な話をするとすぐそうやって誤魔化すんですから! もういいです、 ぷんぷんっ」
へ?
理解が追いつかないが怒った様だ、 そのままひとりで通路の先へズカズカと早歩きで歩いて行ってしまった……
「えぇ………」
大切な話?
「強くなる話かな? でもそんな話して無かったよな…… まあ、 いいや」
そうしてぼーっと一人たらたらと廊下を歩く、 反響する足音が木霊する、 ああ、 じれったい……
「さっさと戦いたいな、 族帝、 猿帝、 どんな奴だろう、 それに能力者の他の敵も居る、 楽しみだ」
「柳木刃韋刈との再戦も楽しみだし、 その後ろに控えてる奴らも居るならまとめて相手になる、 そんでモンスターも沢山いる」
やっぱり……
「最高だよこの世界、 少し前までのクソみたいな世界には絶対に戻れやしない、 ずっとこの戦いに溢れる世界が……」
そこまで口にして不意に口を閉じる、 今の言葉を家族に聞かれたら、 信頼する人達に聞かれたら、 フーリカに聞かれたら
どう思われるだろう?
「……………何だそれ、 どうもこうも無いだろ、 大切な事は最強になる事だ、 強さを求め続ける事だ、 戦いを楽しむ事だ」
分かってる、 でも、 ああ、 だから、 俺はここに来たくなかったんだな……
あまりこの気持ちを他人に知られたくない、 何故? 知られたら……
「…………嫌われるから? ……嘘だろ、 マジで? そんな事を恐れてる訳?」
いや
「そんな訳無いね! 絶対に無い! 俺は最強だから、 精神的に最強な奴は他人を必要としない、 俺は一人で……」
タッタ……
不意に前方から走って近づいてくる気配を感じて顔を上げる
「お兄さん見つけた!」
ん?
「ああ、 雪ちゃんか、 よくここが分かったね」
「うん! あの女が悔しそうな顔でしっぽ巻いて逃げてるのを見かけたから、 こっちかなって」
フーリカの事か?
「ひでぇ言い草…… あっ、 そう言えばおっさんに聞いたらこの後はもう休みで良いってさ」
「え! 本当? じゃあ遊ぼ遊ぼ! 何が良いかな……」
魔王…… 先程まで話していたこの世界とは異なる世界に実在する最悪、 フーリカが物凄く警戒していたが
雪ちゃんが本当にその魔王、 今第となる魔王なのか? とてもそうとは思えない程彼女の向ける笑は光に溢れている
「午前中は、 ナギとかくれんぼと鬼ごっこをしたから…… じゃあ散歩しよ!」
おっ、 あんま疲れない奴来たな
「おっけ、 良いよ、 ちょうど外の空気を吸いたいと思ってた所だった訳だよ」
「うんうん! じゃあ行こ!」
雪ちゃんははにかみながら日暮の手を取ると上機嫌で歩き出す、 その感覚を何処か心地よく思う自分を見ないふりをしながら日暮も歩き出した
…………………………
……………
……
全く……
「全く日暮さんは! ぷんすかぷんすか! 何で私がぷんすかしてるのかも考えもしないで!」
日暮さんとはまだ出会ったばかりだ、 本当に今日、 数時間前に会ったに過ぎないのに……
私の能力、 プラリズム・コネクトは知識共有の能力、 コネクトした対象に私の記憶や経験を全て渡す代わりに、 相手の同じ物を受け取る
その力はある意味強制であり、 相手に拒否権を与えない、 少しだけ罪悪感を残すこの力
私は日暮さんと言う人間の全てを知った、 そして彼の優しさを目の当たりにした、 短い時間で、 私は確かに彼に惹かれている
だからだろう、 私も気が焦ってしまっているんだ、 何故なら彼は考えが読めないし、 それに彼は意外と人に好かれるタイプだから
「……はぁ、 何だか上手く行かないな…… お母様や、 姉様型が魅力的な女性の何たるか、 何て話をしていたけど、 もっとしっかり聞いておけば良かった……」
そう言って下を向いて歩いて居たがふと思う……
「あれ? ……ここどこ? えっと、 日暮さんは……」
後ろを振り返るが日暮は居ない、 そりゃそうだ私が勝手に彼を置いてズカズカと来てしまったのだから
でも大丈夫、 日暮の記憶を元に道を辿れば良いだけだから………
「あれ? 日暮さんもしかしてこの辺来た事無い? ……と言うか日暮もそんなに知らないんだ……… うそ」
道に迷った、 完全に迷った
「まあ、 適当に歩いてればその内知っている場所に出るよね………… でも」
…………………
昔、 似た様な事があった、 私の実家、 まあ城なのだが、 城は大きかった、 恥ずかしい話、 自分の家で幼い頃の私は道に迷った
運も悪く歩けど歩けど、 知っている空間、 使用人にも出会う事は無く、 半べそかいて歩いて居ると不意に音が聞こえた
甲高い金属がぶつかり合うような音だ、 激しい音の旋律に導かれる様に辿り着いた大きな広間は、 城の裏手に設置された城内兵士の鍛錬場だった
幼い私はそちらに向かって歩みを進めて………
ガキンッ!!
ぶつかり合う闘志の暴れ狂う獣のような本性、 熱く、 鋭く、 そして冷たい殺意を持った人間が集まるその地獄の様な空間に足を踏み入れた
思わず声が出た
『あっ、 凄い…… 兵士さん凄い!』
ギョロリ
戦闘訓練そのままの殺気を孕んだ目がこちらを射止める、 周囲の兵士はこちらを悪意ある意志を持って睨みつけた
っ
『ひっ…… ごめっ、 ごめんなさいっ』
私は思わず尻もちを着いて、 お気に入りの服も汚して後ずさった
少し沈黙が流れる……
『……え? 皇女様? フーリカ様か?』
一人の兵士がぽつりと言った、 その途端周囲に緊張が走ったのを肌で感じた
ドサ ドサ ドサッ!
誇り高き我が国の騎士達が音を立て我が先にと膝を着いて頭を垂れる、 まだ幼い私に……
『えっ、 あっ、 え…………』
困惑する私、 そこに大きな声が響く
『皇女、 フーリカ様! 申し訳ありません! 突然のご来訪とは言え気が付かず、 剰え皇女様を驚かせその体を地へ触れさせてしまった! 本当に申し訳ありません!』
大きな声が木霊する、 それに体がビクリと震える、 そんな謝罪など要らないから早く手を引いて立ち上がらせて欲しかった
『いっ、 いえ、 大丈夫です、 私も勝手に来ちゃって…… ごめんなさい』
『っ! 皇女様が私共に謝罪の言葉を述べたぞ、 嘘だ、 こんな事あってはならない!』
?
『我々はそもそも片膝では足りないのでは、 皇女様より目線が高くなってしまっているぞ!』
?
『腹を割いてお詫びしなくては、 死んで償わなければ! そうでなければこの国の騎士、 いや人間として生きられない、 死ねない……』
!?
『うわああああ! 皇女様! 見ていて下さい! 今皇様から賜ったこの剣で我が臓物を撒き散らし致しますので!!』
え!?
騎士達は次々と剣を抜いて自身の腹へと当てて行く、 いや、 いやいやいや、 待ってくれ、 待って………
『ぃや……… やめっ』
幼い私にはかすれた様な声を出すので精一杯だった、 咄嗟の事だ、 どうにかやめさせないと………
あっ! あっ………………
声が出なかった、 恐ろしくて、 震えて、 ああ、 ああ………
誰か…………
『馬鹿者共が! 貴様ら自身の名誉に恥を塗り、 悪名高くその命を散らすつもりか! 貴様らそれでも誇り高いラグノートの騎士か!』
大きな声が響く、 男の声だ、 こちらに向かってくる一人の男が居る、 彼の纏うオーラは他の者とは一際違って感じた
『フーリカ様、 申し訳ございません、 どうぞ我が手を取り腰をお上げください』
『えっ、 あ、 はい……』
彼の差し伸べる手を取ると彼は軽い動作で立ち上がるのを手伝ってくれる、 清潔感のある男だ、 こんな場で無ければ基本フーリカは物怖じしないタイプだが
彼にはそれ以上に親しみやすさがある、 そうして彼は笑うと騎士たちの方を向いた
『フーリカ様は怖がって居たぞ、 お前らは精神が未熟だ、 ここは城なのだから皇族の方が来られると言うのは考えいれる事だ、 言い訳は聞かん、 恥を抱えて外周に行ってこい、 百往復だぞ?』
『もっ、 申し訳ありませんでした鉢倉様! フーリカ様も申し訳ありませんでした!』
ドタドタドタ!!
慌ただしくかけ出ていく騎士達、 余程この男を恐れている様だ
『はぁ…… 全く、 すみませんでしたフーリカ様、 奴らやる気があるのはいいんですが、 血気ばかり盛んで頭が足りないんです』
そう言って男は頭をこづいた
『そう……… ねぇ、 貴方は?』
『おっと失礼しました、 私は八光騎士が一人、 鉢倉辿です』
先程の雰囲気を潜め鉢倉と名乗った騎士は柔らかい声音で言葉を紡ぐ、 私は彼の誰とも違う、 まるで生まれた世界すら違う様な雰囲気が好きになった
その後私は無事に送り届けられたのだが特段この話を問題にしたり、 誰かに話したりはしなかった
あの鉢倉と言う騎士ともそれ以来会っていない、 あの時より私は成長した………
……………
「………適当に進んでいたら本格的に知らない場所に来てしまった」
何処だここ?
…………
ん?
声が聞こえた気がした、 誰だ?
「雪ちゃーん、 何処にいるの? はぁ、 直ぐに居なくなるんだから…… ん?」
そう話す彼女と目が合う、 日暮の記憶が鮮明に彼女の事を思い起こさせる
「あっ、 貴方は菊野和沙さん………」
「へ? はい…… そうですが、 ん? どちら様ですか?」
ああそうか、 咄嗟に言葉が出たけれど彼女とは今が初対面だ、 彼女は私の事を知らない
「えっと、 遅れてすみません、 私はフーリカと申します、 えっと、 日暮さんのお友達の菊野さんですよね?」
馴染みの名前が出たからか彼女は少し警戒を解いたように見えた
「ああ、 日暮くんの知り合いね、 私の事も知ってる様だけど……… まあ、 いいや、 それより幼い女の子知らないかな? 雪ちゃんって言うんだけど」
知っている、 魔王の幼体じゃないか……
「……見かけて居ませんね、 日暮さんと一緒に居るんじゃ無いですか?」
「そうかもね、 そうなら安心だね、 それより貴方はこんな所で何をしているの?」
うっ……
「正直に話しますと、 道に迷いまして…… さっきまで日暮さんと居たんですが、 その、 今は一人で道が分からなくて」
「ああ、 このシェルターも広いもんね、 なら良かったら一緒に行こうよ」
そう言って彼女は来た道を戻る様だ、 彼女は記憶によれば日暮と親しい、 もう何年と言った仲だ、 そして感覚的に彼女は日暮の事を……
「ありがとうございます、 あの、 良かったら少しお話をしませんか? その日暮さんの事とか……」
「うん? 良いよ、 気になるんだ日暮くんの事……」
うっ!?
「えっ、 いやっ、 ぜっ、 そんな事……… そんな事……………… あります…… が………」
「あはははっ、 フーリカさんは素直だね、 あの一癖二癖、 いやもっとかな、 日暮くん、 の事がね」
……………………
「あの、 貴方は? 菊野さんはどう思って居るんですか? 日暮さんの事……」
タンッ タンッ タンッ…………
「んー? 友達でいい、 いや、 友達がいい? いやいや、 やっぱり友達で良いやって感じ?」
?
「フーリカさんの言いたい事分かるよ、 その気持ちもね、 でも私は日暮くんの背中を追いかけられないかな、 隣を歩くなんてもっと無理」
「………それは何故?」
菊野は乾いた笑い顔を向ける
「だって、 それじゃあ私が私で居られないもの、 日暮くんが今のまま自分の見据えるその道を進むのならね」
「私はそんな彼の姿が好き、 でも彼の進む道は私が好きな私である為の道とは大きく離れている、 私は私の進むべき道を進みたい」
何故だろう? そう言ってのける彼女の姿に日暮がだぶる、 そうか、 彼女も日暮に惹かれて、 影響されたんだ
だからこそ自分という存在の大切さを理解したんだ、 何が大切であるのか、 そうして踏み出した一人なんだ……
「貴方は? 日暮くんの隣をそれでも歩む?」
ふっ……
「私、 好きですから、 愚問です、 意地でも彼の傍を行きます、 離しません」
「あははっ、 うんうん、 強い意志があれば大丈夫、 っと、 話してる間に着いたよ」
何度か見た空間だ、 大広間、 日暮の家族もいる場所だ
「ありがとうございました、 菊野さん、 話が出来て凄く良かったです」
「うん、 私も、 それじゃあまたね」
短い時間だったけど大切な話を出来たような気がする、 自分の気持ちも分かった様な気がした……………
………………………………
……………………
………
「暑っついね、 おっ、 入道雲、 雨降らないと良いけど」
「うん! でもね可愛い傘があるの! それにうさちゃんの耳が着いた雨合羽も、 それを着て雨の中お散歩するのは好きっ」
そっか……
「まあ梅雨の雨ってテンション上がるけどね、 建物に入った途端大降り始まった時の運の良さによって全能感爆上げするわ」
「あははっ、 ねぇお兄さん!」
少し先を走って前に出る雪ちゃんを目で追う、 彼女は明るく、 あどけない顔で笑う、 そんな彼女と目が合う
「私ね、 少し思い出したんだ、 何かねふっと思い出したの、 お父さんとお母さんの事」
っ
彼女の両親は既に亡くなっている、 雪ちゃんも含め三人で細々とこの世界で生きていた
そこを突然何者かに襲われ、 両親は殺され、 雪ちゃんは行方不明に……
街で亡霊の様になった雪ちゃんの両親に彼女の事を任された、 運良く彼女を見つけた時、 彼女は記憶を失って居た
……………
「……そうなんだ、 ………あのね雪ちゃん、 君の両親は……」
既に亡くなって…………
……………
「大丈夫だよ!」
…………え?
彼女が舞うようにくるりと回る、 その顔は何処までも晴れやかだ
「忘れちゃったの? 私の力!」
力…………… 死者蘇生
「私の力の対象は蘇生させる相手の肉体が本の少しでも残って居れば大丈夫なの! お兄さん教えてお父さんとお母さんは今何処にいるの?」
っ
っ……………………… っ………………
「えっ、 あっ………… はぁ…… はぁ……………」
言葉が突っかかる、 引っかかって全く出てこない、 息が荒く苦しい、 いや、 おかしい、 おかしい、 おかしい……
そんな事おかしい……………
「お兄さん? 大丈夫? 具合悪い?」
心配そうに覗き込んでくる彼女の顔を見れない、 死者蘇生が可能と言う事実がおかしいと、 そんな疑問は頭から灰のカスの様に風に吹かれて消えた
頭の中に今蛆の様に湧いて溢れているそれは日暮と言う存在の輪郭を貪り食らう程の嫌悪感と罪悪感を齎した
………蘇生対象は、 蘇生する相手の肉体がほんの少しでも残っている事?
嘘だ…… 嘘だ………………
…………良かれと思った
………正しい行いだと思った
……せめてもの救い、 慈悲のある弔いだと思った
……………日暮は、 あの日、 雪ちゃんの両親の亡霊から雪ちゃんを任された、 あの日
……………酷く壊され、 汚れてしまった彼らの肉体を、 弔ってしまった
……………急造した釜に火を入れ、 彼らの魂が天国に行けるようにとか何とか考えて、 骨まで灰にしてしまった
……………死した命に、 それでも敬意を持って厚く弔った、 と思っていた、 そうする事こそ正しい事だと思っていた
は?
肉体が少しでも残ってれば生き返る? 死んだ命が?
疑問を抱こうにも納得の方が先に来る、その不可能の奇跡を既に日暮自身が目撃しているから………
弔わなきゃ生き返ってた…………
前提が間違ってた、 固定概念に囚われてた、 肉体が更に朽ちて、 蛆が湧いて、 野鳥についばまれ、 剥き出しの骨にホコリが被っても
それでも生き返るなら、 一人残された娘が、 両親に生きていて欲しいと当然に願うなら………
(…………………俺は、 あの死体をそのままにしておくべきだったんだ……………)
灰が全て風にさらわれるその時まで日暮は傍で見守っていた、 肉体の一欠片も残っている筈が無かった
…………………
「お兄さん? ねえ、 顔が青いよ? 大丈夫? ………どうして泣いてるの?」
え?
ぽたっ
涙が頬を伝ってくる、 嘘だろみっともなさ過ぎる、 自分のせいだろ、 また、 特に何も考えずに行動したせいだろ
何時もそうだ、 死んだんなら生き返る事だって有るかも……………… 有ったのに………
ぽたっ
(…… クソ…… 俺が泣いたって仕方ないだろ、 罪悪感だけ感じて被害者面するな)
気づいたら体を震わせて膝を地に付いていた……
言わなくては
「……っ、 雪ちゃん、 あのねっ…… その……………… 無理なんだ…… 君のお父さんとお母さんの体は残ってないんだ……」
言え
「俺…… 俺が弔ってしまった、 焼いてしまったんだっ、 ……ごめん、 本当にごめんなさい」
こんな時ばかり喉の奥を付いて出てくる弱い声は罪の意識を感じていると、 そう他人に理解してもらう為の演技に過ぎない
そうだろ?
謝罪もし足りない、 頭を地に着けたって変わりはしない、 罪だ、 裁かれようとも変わりはしない
罵倒される、 冷たい目で見られ、 そうされる事が罰であり、 罰を受ける事が今日暮が自身を許す事ができる唯一の方法だった
許されたい…… 許したい自分を……
この時日暮は本気でそんな事を思った、 そんな最低な事を………
ひたりっ
小さな手が触れる感覚がして顔を上げる、 少女の顔を見る
「そうなんだっ、 でも大丈夫だよ? ふふっ、 だって私にはお兄さんが居るんだもん!」
………………………
へ?
少女の顔、 少女は変わらない晴れやかな笑みで笑った、 亡くなった両親を死者蘇生できる力を持っていて
それが正しい、 間違って居ると言う議論は置いといて、 少女はやはり両親ともう一度再開する事を願うだろう
そこに諦めや妥協を抱けるにはまだ、 雪ちゃんは幼すぎる、 それが可能を不可能にされたと知ったなら尚更……
笑うか? そんなににこやかに、 笑顔を作れるか? 実の両親の、 もはや仇の様に睨まれると、 軽蔑されると思っていた
その日暮が居るから?
うっ…………
ドッカリッ…………
鋼鉄の枷を掛けられたように、 重い、 今までの正義ぶってた気持とは違う、 これは罪と罰だ、 責任だ
日暮は彼女に対して報いる必要がある、 彼女が日暮を求める以上、 日暮は命を燃やして彼女を守る必要がある
ああああああああああああああああああああああああああっ
…………………………………
………
「………うん、 そうか、 そうだね、 安心して雪ちゃん、 君が自分の事を自分で決める事が出来る、 大人になるその時まで俺は……」
「未来永劫に、 が良いな?」
……………………
「ずっと側に居るよ」
「うんっ……… ふふっ」
雪ちゃんは笑った、 屈託の無い、 磨かれた硝子の様な、 職人が丹精込めて作った造花の様な、 何処か恐ろしい程形の整った笑だった………………
……………………………………
………………………
………
結果的にやはり敵陣に攻め込むと言う行為に対して準備期間が三日では足りなかった
大昔の戦争じゃないんだ、 兵士じゃ無いし、 一人の命も失われてはいけない
焦って事を進める事はあっては行けない、 少なくとも猿帝血族も五十に近い数の兵を失っている
そういう意味では同じく準備の期間に差し掛かって居ると判断し、 当初より入念に余裕を持って準備を進めた
準備に五日掛かった、 いや、 最終調整に際してそれだけ掛ける様に設定し直した
行方不明になっている冬夜の事は日暮が強く推した、 あいつなら大丈夫だ、 きっと無事に生きている、 簡単に死ぬ様な奴じゃないと
甘樹シェルターの隊員達とも顔合わせをした、 シェルターの方が手薄になっては行けないので全員は無理だが四十人程いる隊員の約半分
十九人、 こちらの藍木シェルターの隊員数と合わせて三十四人にもなる、 心強い数だ、 彼らと何度か作戦会議を行い、 合同訓練も行った
木葉鉢さんからよく言われている様で彼らは空間転移やらなんやらに多く疑問を抱かなかった
会議に参加して、 合同訓練に参加して、 合間に調査に出て、 終わればシェルターの家族の元に帰る
父が居て、 母が居て、 祖父母が居て、 妹が居て、 そこに当たり前に、 雪ちゃんが居て、 フーリカが居て
そこに菊野が来たり、 威鳴さんが妹やフーリカと話したがって来たり、 土飼のおっさんが挨拶に来たり
人に囲まれて、 そう時を過ごす事は世界をモンスターが跋扈する以前の世界で望まずとも手に入った機会だ
社会的に幸せだった、 日暮は幸せだ、 文句が出てくるのも幸せだからだ、 甘ったれと言われればそれまでの……
生まれた時から人に囲まれて、 人が居たからこそ日暮は居る
………この戦いは、 この地に住む人達、 日暮を育ててきた人達のこれからの未来の掛かった戦いだ
日暮の育ったこの藍木の地で、 この地とこの地に暮らす人々の人生を背負った戦いがもうすぐ始まる
不思議だ、 託された希望はずっしりと、 確かに肩に乗って日暮と言う人間にある種の力を与える様だ
自分はそうでないと思っていた、 のに、 まるで異世界の勇者の様に、 戦いの前、 人々の想いに鼓舞される
確かに地を踏み締めて立って見た時、 この地を均した者、 轍を刻んだ者、 血を滲ませた者、 そして足元で支える者
決して一人で立っている訳では無い、 立たせてもらっている、 支えられて生きているという事を強く実感する
心の底から力が湧いてくる……………
……………
「……日暮、 戦いの準備は出来てるか? この戦いで俺達は大きく変わるぞ、 前に進む、 この世界で、 前身する」
その声を気怠げな目で一瞥して、 息を深く吐き出す、 最近は晴れの続いた空も今日は一日厚い雲に覆われるだろう
薄暗い視界と、 暗い心、 ただただ急かされるだけの落ち着かない気分と不快な焦燥感だけ引きずって、 立ち上がる
目をつぶる、 用水路に滞留した落ち葉の様に何時まで経っても消えない内側の闇が不意に鏡の様に鈍く光り、 自分の心を写す
心の底から湧いてくる、 託された想いを、 願いを、 届けよう、 前に進めようと、 止めどなく溢れ出す力は………
「……うえ」
日暮にとってただただ気持ちの悪い感情だった…………………
……戦いが始まる、 蒸し蒸しとした空気を纏って踏み出したその足が向かう先
暗雲立ち込め山肌覗く、 そこに潜む鬼の目光る、 藍木山攻略戦の始まり




