第七十四話…… 『想い繋がり』
がああああああああっ!!!!
ぎががががががっ!!!
…………
「ぐがあああああっ!!! 逃げんじゃあねぇわよぉっ!! こんのっ、 クソガキ共がァ!!」
ガラガラガラガラガラッ………
ドスンッ!!
地面が揺れる、 巨大な影が日を遮りその巨大な体躯を揺らし迫ってくる……
馬鹿みたい…………
本当に……
「馬鹿じゃああんっ!!」
「グラガアアアッ!! てめえも! 私のお店の飾り人形にしてやんよォ!! 生きたまま縛り付けて着せ替え人形にしてマネキンとして私の店に飾るゥ!!」
うわっ……
「やばい事言い出したぞあの馬鹿、 さっさとぶっ殺して終わらせねぇと周辺への被害も恐ろしいな……」
「と言ってもどうします? 切っても削っても死なない敵、 しかも巨大化して来ました」
日暮の言葉に、 隣を進むフーリカが敵を身添えながら答える
日暮は後ろを振り返って見上げる、 大手服屋の看板をでかでかとぶら下げた建物に、 頭の悪い手と足と頭が生えた
こういうタイプは……
「まあ、 本体は別に要るって事かな、 あのミイラ女も恐らくハリボテ、 本体か、 核? 見たいなのがあるタイプじゃん?」
「やっぱり…… 恐らくそうでしょうね、 こちらの言葉の理解や、 知能の高さから見ても、 恐らく相手を取り込む様な能力…… となると」
取り込む…………
「化彲群と言うモンスターが居ます、 小さな虫の群れですが、 そいつらは脳髄をすすって食べてしまう、 そして万能な肉体細胞がそれを取り込んでしまう」
怖い……
「あの様な個体ともなれば今までにどれだけの命を吸い取って来たか、 そして遂には能力者にまで成った」
「あれが化彲群と言う特殊モンスターと、 能力の辿り着いた末なら、 このタフネスも理解出来ます」
成程な…… っても、 どうするか……
………
グイッ
っ!?
フーリカが突然その足を止めて敵に向き直る、 すぐに追いつかれる、 何か策でも思い付いたのか?
「フーリカ? どうした?」
スタスタ……
敵に向かうフーリカの後ろ姿を見る、 何故だろう、 不安な程そこからは焦燥を感じる
「ゃあああああああああっとぉ!!! 止まりやがったな! わあああああったしのぉ! 着せ替え人形になる決心がぁ! 付いたっ! 様だな!!」
「黙りなさいっ!」
敵がフーリカを見下ろす
「ああああんっ? 何指図してんだよドブス! よく見りゃあ私の方が百倍可愛いじゃねぇか?」
「いいえ、 ブサイクは貴方です、 それに気色悪い、 日暮さんだって私は可愛くて聡明で美人で最高だって言ってました」
ふぁ?
「……おまっ、 それ自分で言ってて恥ずかしく……」
「日暮さんも今は静かにしてて下さい」
ふざけてるのかと思ったがフーリカの声は冷え込んだ冬の空気の様な冷たさだった
怒ってるのか?
「……貴方に聞きたい事があります、 貴方は魔王軍四天王、 血虐のマカラ率いる、 第三勢力、 その化彲群ですか?」
知らない単語、 だが知識共有でフーリカの記憶を共有されている日暮は、 フーリカの思いを理解する
そうか、 フーリカにとってこのモンスターは………
化彲群と言うモンスターは一瞬困惑した顔をした後、 割れる程顔を引き攣らせて笑った
「あっ、 あははっ! あはははははっ! そうかそうか、 女、 お前、 ラグノート皇国の生き残りかぁ?」
ラグノート皇国、 フーリカの生まれ故郷だ、 ラグノート皇国は魔王軍四天王、 血虐のマカラ率いる第三勢力、 目の前化彲群によって尽く滅ぼされた
「ラグノート皇国の生き残りって言ったらぁ~ あははっ! 家族も国民も見捨てて、 一人逃げ出した皇女だけ、 へへっ、 お前っ! フーリカ・サヌカかっ!」
フーリカが下を向いて震えている、 拳は強く握られ、 その華奢な体は悲愴に溺れている
記憶を共有してるんだ、 その時の気持ちは理解出来てしまう、 苦しみ伸ばされた手を視界の端に置き去りにして、 家族の断末魔に耳を塞いで駆け出した
生きろ! 生きろ! 生きろ!
ただ、 そういう様に強く願われ、 簡単に死ぬ事が出来なくなった命、 数千、 数万の無念を一人の女性が背負って立ち上がる
もしかしたら、 死んでしまった方が楽なのかも知れない、 でもその想いは決して簡単に振り解ける物じゃない
笑う家族の顔なのだ、 手を振る民の顔なのだ、 その想いなのだ、 簡単には切れない、 切っては行けない
何より、 フーリカは………
皇女なのだ!
………
「……下郎が、 貴方にも兄、 モンスターとは言え家族がいたでしょう? 家族を失って悲しみは無いのですか?」
化彲群は更に笑う
「あはははっ! 何言ってんだ? 私達は元より殆ど複製、 クローン何だよ! お兄ちゃんは偶々、 人間の兄弟を食った時にその気持ちを取り込んだってだけ!」
「全部おままごとっ! 家族だなんて拘ったりはしないわっ! 私は強い! 強い者はたった一人でも生きて行けるっ!」
「たった一人でも! 躓かない! 折れない! 倒れない! 最強なのよ! ……へへっ、 それに比べてお前はどうだ? 」
「他人を守ると言う無駄な事、 それでもそれを力に立っているとして、 しかし人を守る事が出来ず自分だけ無様に逃げ延び生き、 その上弱く、 一人では何も出来ない」
「あははっ! あはははっ! フーリカ・サヌカっ! お前一体何の為に生きているんだ? あんっ?」
フーリカは下を向いてただ震えるばかりだ、 何も言い返さない、 その姿に日暮の方が正直耐えられない
フーリカとは出会ったばかりだ、 本当だったら日暮に言葉を挟む資格は無いだろう、 だが日暮は今、 フーリカの想いを知っている
日暮は口を開こうとした、 フーリカより前に出て、 相手を下そうとした、 だが一歩前に出て、 フーリカと並んだ時、 フーリカの横顔を見て思わず息を呑んだ
……
風が吹く、 彼女の纏う花柄のワンピースが風に揺れる、 彼女は地に立っていた、 確かにその足で……
「言いたい事はそれだけですか?」
「……は? 何を強がって…………」
ギラリッ
フーリカの目が鋭く光る
「別れの言葉何ですから、 聴いたんです、 言いたい事はそれだけですか?」
何処までも冷たく研ぎ澄まされた瞳だ、 恐ろしさすら感じる、 だがわかる、 これは彼女の心だ、 彼女は今怒っているんだ
家族の、 国民の、 故郷の仇を前に、 その清く純粋な心で怒っているのだ、 だからこそ、 その姿は気品に溢れ、 美しく、 相手を圧倒する
「っ! 何雑魚が睨みあげてんのよっ! あんた如き負け犬がいっちょ前に怒って何になるって……」
しゅるるっ……
軽い音を立てて生地が擦れる、 フーリカが腰のリボンを解く、 緩み、 遊びを作った衣が風に吹かれ大きく揺れる
白い手が、 その丸い肩からワンピースの肩紐を外す、 片方…… もう片方と、 流れる様な動作にまるで無駄な動きは無い
ふぁさっ………
蝶の舞う様な軽い音を立ててワンピースは地面に落ちた、 鋭く突き刺さるように綺麗な赤みがかった白が眩しく突き刺さる
「……日暮さん、 良かったら後ろを向いていて貰えませんか? 女性の裸を見れるのは婚約をした殿方だけですので、 その気が無ければ……」
っ!?
そう言われて目を逸らす
(……いやいやいや、 ふざけんな、 そう言うのはやる前に言えよ)
だいたい何やってんだ………
そう思ったがその疑問は口には出なかった、 振り返るよりも前にそれを見ていたからだ
フーリカの体、 白い肌には刺青が入っていた、 それも蔦が全身を縛るように、 身体中に、 絵か、 文字か、 分からない、 でも……
少なくともさっきまでは無かった、 腕にも、 足にも、 首にも恐らく、 今は全身に入っていた
そして思い出す、 フーリカと知識共有をした時、 彼女は日暮の持っていたチョークを取り、 床に何やら陣を描いていた
恐らく身体中の刺青は能力由来だ、 フーリカの能力には陣が必要なのか、 そしてこれから行われる力の陣は能力発動と共に現れる
「……そんなに慌てて逸らされたら逆に傷つきますよ、 この力は陣を晒さなければならないので仕方なく……」
敵が狼狽える
「なっ! 何よ! 肌を晒した位で! 私だって! 私だって脱いだって良いのよ!!」
「……愚かですね、 そして矮小、 貴方は戻るのです、 自分を育てた地へ、 元の場所へと、 私が橋渡しをします」
フーリカは右手の親指と人差し指を繋げ丸を作る、 左手も同じように丸を作る
「こちらの世界と、 本来触れ合うことの無いあちらの世界、 そのふたつを接合する」
フーリカは左右の丸を鎖の様に繋げた、 交わる、 接点を作り出した……
「あちらの世界へお帰りなさい…… ワールドセレクト・シンクロノイズ…… 引き込み戻せ、 リジウム・コネクト!」
ぐわんっ!
フーリカが唱えた途端、 世界に黒い穴が開いた、 決して大きくない、 であるのに強い存在感と、 吹き荒れる様な強風が吹いた
強風が渦巻いて敵に向かう、 それに捉えられ敵は引きずり込まれる様に悶えだした
「何なのよ!? これは! 何をする気よ! おいっ! 何だこれは!!」
「戻るんですよ、 貴方が、 私が住んでいた元の世界に、 ただ、 場所は指定してあります、 あなたの大好きな魔王城です、 ああ、 勿論、 元魔王城ですが……」
元魔王城、 それが何処を指すのか敵はすぐに理解した、 自分が仕えていた前魔王軍が以前住んでいた城
そこは今、 廃墟と化し、 滅怪獣、 喰戯吏牙狼が住んでいる事は有名な話だ
喰戯吏牙狼に食えぬ物は無い、 そして、 奴にとって化彲群は恰好の餌食、 どんな姿になろうと、 必ず本体を探し当て貪り喰らう事を得意とする
敵が狼狽する
「やめっ! やめろ!! 嫌だ! あいつは恐ろしいんだ! 引き裂く様に食うんだ! 嫌だ! 嫌っ………」
「そうですか、 ならば余計に私は願います、 貴方はかの獣に残酷に食われる様を、 そうあって下さい」
敵が藻掻く、 藻掻いて…… それでも無駄で、 喚いて最後には黒い穴へとその体を呑まれた
元に戻る………
黒い穴は敵を呑み込んでそのまま姿を消した、 決して倒せた訳では無い、 だがもうこの世界にあのモンスターは居ない
「終わったのか……」
しゅるるっ
再び布の擦れる音がして、 その後に言葉が帰って来る
「はい、 終わりました、 もう良いですよこちらを向いても」
フーリカの方を向くと解かれたリボンは固く結ばれている、 彼女は微笑む、 そこには先程の冷徹さは見られない
その事にほっとすると同時に不意に思う…… 突然だけど敵が去って、 元の世界、 モンスター達やフーリカが来た世界に戻った
こちらの世界と、 触れることの無い異なる世界が接点を持つ、 ……一月前、 世界がこうなるには同じ様に、 接点が必要だった筈だ
今目の前で起こった出来事と、 日暮の脳内にある、 彼女の記憶で確信した……
…………
「……日暮さん? どうしました怖い顔して、 ……ああ、 さっきの婚約の話は冗談ですから、 気にしなくても………」
「この世界にモンスターが溢れたのは、 フーリカ、 お前の能力の影響なんだな?」
自分でも驚くほど冷たい声が出たと思う、 フーリカは少し目を見開いて、 寂しそうな顔で俯いて、 黙った
フーリカは敵から逃げてきた、 故郷が焼かれ、 必死に逃げてきた、 終わる気のしない長い逃走の日々
何度も追い詰められ、 その度に周囲の者が彼女を守り、 盾となって彼女を逃がした、 繰り返し繰り返し、 何度も何度も……
遂には彼女はひとりとなって、 見知らぬ土地の深い森林の中で追い詰められた、 執拗な追跡にフーリカ自身疲れ果て諦めた
だが彼女には力があった、 見た事も、 あるのかすら分からない、 こことは違う遠く離れた世界、 その世界からやって来た勇者、 エバシ・キョウカの事を知っていたから、 最後掛けた
何としても生き延びるために、 彼女は逃げ延びるために、 二つの世界の世界に接点を作り出し、 あの黒い穴を通ってこちらにやって来た……
それが一月前、 きっと彼女も誤算だっただろう、 まさか自分以外のモンスターまで異世界に溢れ、 その結果世界は崩壊したのだから
……
気づけば日暮は願っていた、 目の前の彼女が、 違うと、 私は関係無いと、 そう訴える事を……
フーリカと目が会う、 彼女が口を開く
「……雪ちゃんですか、 魔王の力を継いだ少女は、 モンスターすら操る魔王の力、 その力が完全になればこの世界は真の意味で滅ぶ事になります」
「その前に始末した方が良いでしょう、 この世界の為にも、 ねぇ日暮さん、 私はそれを貴方以外の人にも伝えても良いのですよ?」
少しその声は震えて居た、 だが堂々と構えていた、 きっと本当にそうするだろう
「皆信じます、 今人々は疑念を持ってる、 死んだ人間を蘇らせたんですよ? 普通じゃない、 その力を多くの人が見てる」
「今は感謝してるでしょう、 でも少し落ち着いたら誤魔化せなくなる、 第一、 死を甘く見すぎです、 死は確定した事柄です……」
「蘇ろうと、 一度確定した死はその身に刻まれます、 蘇った人達が一番疑念を持ってるでしょう、 それだけ強烈なインスピレーション何ですよ死は……」
「こんな事は言いたくないですけど、 彼女に力を使わせたのは日暮さん、 あなたのせいでは? 人が集まる場所で戦いを始め、 結果多くの人が亡くなった」
「雪ちゃんは優しい子だから、 力を使わざる得なかったのでしょうね、 日暮さんのせいですよ……」
ギリッ
日暮が強く歯を噛み合せる
「随分と強気だなフーリカ、 他人に罪を意識させて、 自分の罪を小さく見せようってか? 皇女様のやる事とは思えないな」
だいたい……
「相手の弱みを掴んだ気になってイキるなよなぁ? 人の記憶勝手に読んで雪ちゃんまで巻き込んで」
「そもそも世界が接点を持たなきゃ、 この世界の住人だった雪ちゃんが魔王になる事も無かっただろ、そうだよな?」
そう語気を強めると彼女は唇を震わせた、 まるでシンクロする様に彼女の記憶が思い起こされる
『……生きたかっただけなのに』 『……辛く苦しいのに』 『……自分のせいで誰かが傷付くなんて』『……じゃあ、 どうすれば良かったの』
……………
日暮は頭を抑える、 少し目を瞑って頭が冷えるのを待つ、 降り注ぐ陽光が容赦なく照りつける
はぁ…………
深く息を吐く
「フーリカ、 自分の罪は認めろよ、 自分のやった事からは逃げるなよ……」
「っ! 分かってますよ!! 言われなくても…… 私だってこんな事になるなら、 死んでしまえば良かったのに……」
彼女はそう言うとちからが抜けた様にへたりこんでしまった、 鼻をすすっている、 涙溢れて止まらない様だ
彼女に向かって歩く、 彼女が気に入って着た花柄のワンピースも元気を無くした様に地面にしおれてしまっている
彼女のすぐ側まで歩いて、 日暮も片膝を着く、 目線を合わせようとしても彼女は俯いて居てこちらを見ない
「フーリカ……」
彼女に手を伸ばす……
パシンッ!
「っ! 触らないでください! 私っ、 私にっ! うっ、 私が…… 私のせいで……」
はぁ……
「フーリカっ!」
「近寄らないでって!」
バシッ!
またしても振り上げられる彼女の手を少し強引に止め、 掴む、 今度は逆の手を上げられるが……
パシッ
そちらも掴んで暴れようとする彼女を押さえつける、 そうして初めて彼女は顔を上げた、 目が合う、 恐怖と、 困惑を織り交ぜた様な目だ
そんな目で見るなよ、 こっちだってこんな事はそうそうしたくねぇんだっての……
それでも………
グイッ!
腕を引っ張って引き寄せ、 抱きしめる、 ああ…… やっちゃったよ、 こんな事してどうなるってんだよ……
そんな後悔が頭をよぎって、 でも強く抱き寄せる
俺だって分かってるよ……
「雪ちゃんに魔王の力、 不可能な死者蘇生をさせたのは俺のせいだ、 俺は周りを気にせず敵と戦った、 俺の罪だ」
「雪ちゃんの力が危険であると分かって居ながら、 それでもあの子をどうにかしたいと思ったのは俺のわがままだ」
「全部俺に力が無かったからだ…… さっきはごめんフーリカのせいじゃない、 自分の罪を認められないのは俺の方だ、 お前のせいじゃない」
言い忘れていた、 言わなければいけない事があった、 疑念を持つより先に
「ありがとな、 さっきの敵撃退してくれて、 俺じゃ倒しきれなかった、 お前が居てくれて良かった」
自分の心の渦巻いた濁流の中から、 丁寧に、 綺麗な部分を選んで、 フィルターで濾した言葉を彼女にかける
彼女は真っ赤に腫らした目でポカンとした顔をしているが、 日暮の言葉をようやく理解して首が取れそうな程の勢いで首を横に振る
「っ! いいえ! いいえっ! 違う! 違います! 私はそんなにっ、 そんな私なんて……」
まあ、 そうだよな
「俺なんかにとやかく言われなくても、 自分自身を一番許せないのは、 フーリカ自身だよな、 ……分かった気になる訳じゃない、 でも」
「……俺もそうだよ、 共有してるから分かるだろ? 罪悪感で押し潰されそうだ、 一人で笑ってるだけだと思ってた、 楽しいだけだって……」
「でも、 俺は生まれた時から一人の時なんて無かった、 一月、 離れていて、 死んだと思ってた息子の事だって、 平気で受け入れるんだぜ?」
簡単には切れない、 人の想い
「そんな人達の前で、 俺だけ笑って、 俺のせいで傷付いた命があって、 偶に分からなくなる、 俺は、 何をやってんだっけ………」
彼女の目がこちらを見ている、 あれ? 何言おうとしたんだっけ? 分かんなくなっちまった……
「………………日暮さん、 ありがとう…… ございます、 やっぱり優しいですね、 でも無理に庇おうとしないで、 私もちゃんと自分の罪を認めなきゃ」
彼女は目を閉じて、 深く息を吐く
「私は逃げて、 追い詰められて、 深く考えること無く世界を繋げました、 初めてで、 本当に出来るのかも分からなかった……」
「結果的に成功しました、 私はその後疲れにより昏倒して実は目が覚めたのは一週間程前で……」
「回らない頭で、 ふらふらと街を歩いて、 状況を知りました、 わっ、 私の力のせいでっ…… この世界は滅んだんですねっ………」
ぽたぽたと涙が頬を伝って地面を濡らす
「ごっ、 ごめんなさい、 ごめんなさいっ、 本当にごめんなさいっ、 生きたいって…… 望んで、 ごめっ………」
「それは謝る必要無いだろ」
………………
罪を認める、 罪と向き合うのは正しい、 きっといい事だ、 でも、 どんな状況だって、 それこそ罪の無い命が、 生きる事を望むことが罪だなんて有り得るはず無い
「それは謝るな、 俺はお前と会ってまださっきの今だけど、 それでも会って良かったと心から思うよ」
「生きてなきゃ、 俺も、 お前も、 生きてなきゃ、 この出会いも無かった、 フーリカっ、 お前はどうだ? 俺との出会いも無ければ良かったって思うか?」
(……何言ってんだ、 俺は………)
彼女は少し沈黙して、 その後首を横に振った
「……私、 仲の良い兄姉はいましたけど、 歳の近い友達は居ませんでした、 日暮さんとは会ったばかりだけど……」
「失礼で、 少し怖くて、 すぐに怒って、 でも優しい所もあって、 これからも、 一緒に居たいけど……」
「……この出会いを犠牲にして、 時を巻いて戻せるなら、 私はそちらを選びます、 私が寂しい思いをするだけで救われる命があるなら………」
っ!
「それじゃあ俺も寂しいままだろ! 勝手居なくなろうとするなっ……」
フーリカは少し、 少しだけ頬を染めて、 その後苦笑いをした、 彼女の能力は厄介だ、 俺の気持ちだってお見通しだ
……日暮は寂しくなんて無い、 どっちでも良いし、 どうでも良い、 話す言葉全て軽く、 気持ちが乗る事は無い
日暮は、 一人でも生きて行ける……
「……日暮さん、 その言葉は……」
言われなくても分かってる、 まやかしだ……
それでも……
「それでもっ! そうだとしても、 今俺が必死こいて思ってもない言葉つらつら並べて訴えてるっ! この気持ちは! 誰が何と言おうが本物なんだよ!」
伝わんないか? なら……
「もっとシンプルに言うならな! お前が抱えた罪とか、 能力とかなんやらかんやらとか全部関係無くって! 純粋に一緒に居たいって言ってんだよっ!」
フーリカが目を見開く、 おかしいな、 俺も目の前の彼女の心を共有しているはずなのに、 彼女の心が分からない
でも、 それは当たり前の事だ、 その法則に能力なんて関係ない、 わかんないから知ろうとするんだ……
「お前がこの世界に来た事を無くして俺との出会いも無くすんなら、 俺の罪もお前が無くすって事だ、 この世界になってからの人の罪までお前は背負うことになる……」
「……それでも構わないと思えます、 日暮さんが私に罪と向き合えと言ったくれたからそう思えました」
そうかよ……
何をどうしたって、 そうやってへこんで下を向いて、 全部自分のせいにして生きるつもりか……
だったら……
「それなら、 俺の罪を背負ってくれ、 能力がなければ、 この世界にならなければ、 俺は戦ってなかった、 戦わなければ巻き込まれる命も無かった」
「……………はい、 日暮さんがそういうなら、 それは私の……… うぐっ」
ぐいっ
両の手で彼女の頬を挟んで言葉を途切らせる、 口を尖らせたその顔は少し面白い
「っ、 なっ、 何をっ」
ふっ……
「俺の苦しい荷物を、 お前が背負ってくれるなら、 お前を苦しめる重荷を逆に俺が持ってやるよ」
「………はい?」
彼女の目をしっかりと見る
「どうしても歩けない、 苦しいって言うなら、 互いに協力して進もうぜ」
「……自分が何を言っているのか、 分かっているんですか?」
当たり前だろ
「……雪ちゃんの事は俺も分からない事が多い、 きっと危険な力なんだと思う、 だからさ、 隣で見張っててよ、 俺と一緒に」
「そうしたら、 すぐ隣に居るなら、 俺はフーリカを守れる、 お前が他人から批難されても、 盾になれる」
「一石二鳥で力は二倍だ、 互いに想いを共有したからこそ、 互いにしか知りえない事だからこそ協力しないか?」
…………
「………私に魔王を守れと?」
「魔王にならない様に力を貸してくれって言ってんだ、 少なくとも雪ちゃんはまだ何も悪い事をして無い」
その代わり……
「お前の事は俺が守るよ、 お前は自分の罪を認めて居る、 なら本来第三者が口を出す事は出来ない、 少なくともお前も何も悪い事はして無いんだから」
彼女の目が泳ぐ……
「……私がそれを望んで居るとでも? 私の心を理解して分かったつもりになっているんですか?」
「違うよ、 あいにく人の心は理解出来ない主義でね、 これは対等な関係での条件だ、 せっかく出会って仲良くなったんだ、 協力して行こうよってね」
彼女は少しだけ目をつぶって、 静かに、 深呼吸をした、 頬をかすめる風と、 すぐ近くに感じる人の温もり
「……日暮さん、 私達すごく近いですね、 心臓の鼓動が聞こえる程に」
は?
あっ………
「わるいっ、 つい勢い余って……」
フーリカが笑う、 それは自虐的な笑では無く、 よく知る彼女の明るい笑だった
「久しぶりに心が温かくなりました、 ……別にそんなに慌てて離れなくても良いのに」
「……日暮さん、 ありがとうございます、 ……あの、 良いんでしょうか? 私、 日暮さんの肩を借りて歩いても」
日暮は頷く
「良い、 自分の力で歩ける様になるまで、 気の済むまで、 取り敢えず踏み出してみようぜ、 その手助けならいくらでもするよ」
「……そうですか」
彼女は意味ありげに空を見上げる、 つられて日暮も空を見上げる
夏を控えた田舎の空は、 青く澄み渡った一面の色彩に鋭い陽光が反射して、 遠くに見えた大きな入道雲が懐かしい気持ちを甦らせる
この空を、 違う世界に住むふたりが一緒に見あげていることは一つ、 大きな奇跡だった
「日暮さん、 私はこの世界の為になる事をしたいです、 罪滅ぼしじゃ無いけど、 そうしなきゃ生きている心地もしません、 それじゃあ本末転倒です」
「誰かの助けになりたい、 私を助けてくれた多くの人に誇れる様、 私も多くの人を助けたい、 私に日暮さんの戦いの協力をさせて下さい」
強い目だ、 強い気品に溢れた目だ
ふっ……
「ああ、 頼むわ、 俺も訳あって人の助けにならなきゃなんだわ、 一緒に戦おうぜ、 きっといいコンビになれるよ」
突き出した拳に、 彼女も笑って自分の拳を当てた
さてと……
「じゃあ、 そろそろ行こうぜ、 帰ろう」
立ち上がって彼女に伸ばした手を、 確かに彼女はとる
「はいっ、 行きましょう!」
そう答える彼女は少しだけ軽くなった体で、 手を引かれ歩き出した、 確かに踏み出した一歩は前へと進む、 前進だった
……………………
………
ジリリリリリリリッ
馬鹿だ………
「馬鹿暑い…… 昼に向かって急激に暑い、 ほんとに馬鹿だろ、 ただでさえ敵との戦いで体温上がってるのに……」
「言葉が汚いですよ日暮さん…… はぁ…… 溶けてしまいそう、 気温どんどん上がってるじゃないですか……」
この季節、 昼にかけて突如気温が上がったりする、 だが一点午後には雨が降りそうなそんな天気だ
あの後急いで元の周回コースへと戻り、 予定の以来を二人でこなすと、 足早にシェルターへと戻った
シェルターの敷地をくぐってたった今、 作戦室の前までやって来た所だ、 と言っても損壊が酷いので立ち入りは禁止されている
作戦室の前に土飼のおっさんを見つけた
「土飼さ~ん、 帰って来ましたよ~」
おっさんが振り返る
「お~ 帰ってきたか日暮君、 遅かったから心配……… ん? 誰かな?」
おっさんはフーリカの存在に気がつくなり得意の観察眼をギラギラと輝かせる
「あ~ 依頼の途中で会ったんだよ、 この辺の人じゃないらしいけど、 まさか放置はできないし、 連れてきたって訳」
土飼は頷く
「それは良くやった、 どんな方でも受け入れよう、 大望議員も喜ぶだろう、 また後で話を聞かせて欲しい」
「……それよりも、 何だか二人とも距離が近くないかな? まさか……」
ちっ
「近いのこいつですよ、 暑さで頭がやられたのか、 おかしくなりました」
「ちょっと日暮さん! 酷くないですか? と言うか誰なんですか?」
そのやり取りを見た土飼が仏の様な顔をしだす、 無性に腹の立つ顔だ
「そうかそうか、 まあな、 時間は関係無いからな~ おっとそうだ、 私は土飼笹尾、 彼の上司に当たる」
知識共有でフーリカは日本語がペラペラなので無理無く伝わる様だ、 まあ、 髪色や顔の造形は日本人ぽく無いけど
「……おっさんキモイ顔すんなよ余計嫌われるぜ、 そうだ疲れたんで一旦休みますよ俺、 後で色々話があるので、 じゃあ」
「………酷くないかな、 日暮君……」
そうぼやく土飼のおっさんを無視してフーリカを連れてシェルターに向かう、 もうそろそろ時間的にお昼か?
「まあ、 なんにせよ休憩だな……」
そう言えば……
(……フーリカの事、 家族とかにも説明しなきゃいけないのか…… くっそめんどくさいなぁ)
「はぁ………………」
「どうしました? 大きなため息をついて、 それよりも楽しみです、 日暮さんの家族、 ふふっ」
めっ…………
「めんどくせぇ………………」
その声は何処までも澄んだ風に乗って、 深い青色の空に消えていった……




