第七十三話…… 『コネクト』
昔、 まだ幼かった頃、 五年に一度しか花をつけないサーマトの木が庭に生えていて……
母様はその花が大好きだった、 花が咲いたら一緒にお花見をしようねって約束して、 私はそれが楽しみで楽しみで……
毎日観察した、 時にはメイドさんと、 時には執事のじじ様と、 時には庭師のお兄さんと……
父様と、 兄様と、 姉様と、 そして母様と、 見守った、 お手入れもした、 虫さんが来たら別の花へ移したりした
ずっと、 ずっ~と、 花が咲く時を待った、 心待ちに待った……
…………
ある晩になって花は突然咲いた、 私は導かれるように目が覚めて、 その花が徐々に開いて行くのをただ見つめた
夜風に揺れ、 月光を反射する白銀の花弁は、 どこか懐かしい、 そして全く知らない香りと共に、 美しく咲き乱れた
「っ、 わぁ…………」
感嘆の声が漏れた、 私は暫く一人でその花を見つめていた、 物音のしない静かな夜闇の中、 華麗に輝くその花を……
………
その翌朝私の目覚めは早かった、 昨晩の興奮が覚めやらず、 私の足取りは軽い、 るんるんっ、 と弾む心を踊らせ私は母の元へ急いだが……
そこでふと思いつく、 きっと五年に一度咲く花だ、 もう皆朝一番に気が付いて居るに違いない、 きっとサーマトの開花の話でもちきりだろう
……
『淑女とは、 押し付けられた肩書きではありません、 そうあるべきと象られたものでは有りません……』
『それでも、 他の誰もがそう思うように、 利己的で聡明でありなさい、 落ち着き払って優しくありなさい』
『中途半端ではなめられます、 ならば突き通しなさい、 極めた物には神性が宿ります、 こちらを害そうと寄る不届き者には頑として譲らない』
『真っ直ぐ見つめ、 見通しなさい、 相手が気圧される程の鋭い気品を持ちなさい………』
お祖母様の言葉だ、 だめだだめ、 こんな浮ついた気持ちじゃまるで子供じゃないか……
「私は一人前の女の子、 落ち着いて、 気品……」
ガチャリッ
「おはようございます! ねぇねぇお母様! あのね! あっ…… あの、 花の事なんだけどね」
突然入って来た私に驚きもせず笑顔を向け微笑むのは流石に母様だ、 でも私が花の話をした途端母様の顔が歪んだ
?
「……ねぇ、 お母様? どうしたの?」
母様は顔を曇らせ、 そうして話をしてくれた、 あの木はもう枯れてしまったのだと……
え?
庭に出てすぐに気がついた、 毎日見ていた背の低い木だ、 その木は力尽きた様に撓垂れ、 枯れていた
ごめんね……
そう母様は呟いた、 聞けばこの木は元々弱い木なのだと言う、 花を付けるために力を使って、 そのまま力尽きてしまう様な個体もあるらしい
私が楽しみにしていたからだろう、 皆悲しそうだった、 私が泣いたからだろう、 直ぐに新しい木が植えられてあたらしい花が付いた
結局私は母様との約束を果たせなかった、 母様と共にサマートの美しい花の下でお花見をする約束は無くなってしまったのだ……
だが、 目を潰れば今でも鮮明に思い出せる、 あの花の美しさ、 私だけが知っている、 あの花は確かに咲いたのだ
花を付ける前に力尽きた弱い木何かじゃない、 あの夜の短い間だけ、 それでも確かに咲いたのだ、 美しく、 華麗に
あれこそ他から物を言わせない、 鋭い気品、 お祖母様の言っていた美しさだった、 そしてあの花は確かに私の前で咲いて見せたのだ
皆残念がっていた、 でも本当は私はそれ程じゃ無かった、 寂しかったけど、 でも私だけが知っているから、 私だけが見て満たされたから
何故だろう、 その事は一度も家族に話す事は無かった、 独り占めしたいと思ってしまった、 お祖母様に話したら叱られるかな……
これは私だけの記憶、 私しか知らない思い出、 そう私……
明山日暮の………………………………
………………………
………
は?
は?
は?
……………
「っ、 はぁ!?」
ばっ!
音を立てて体を起こす、 何? 何があった? どこ? は?
……今のって誰の……………
周りを見回す、 血の着いた道路や壁、 転がる猿型モンスターの死体、 そうだ、 俺戦って……
その後…… あの女に…………
そうだ、 あの女に何かをされて………
「ちっ、 何処に行きやがったあの女…… 痛ってぇ、 頭がガンガン………」
抱えた頭、 不意にすぐ側に気配を感じる、 すぐ隣に………
「ここにおりますよ、 私なら」
声が聞こえた、 すぐ真横から、 そちらを睨みつける
「ごめんなさい、 頭、 まだ痛みますか? コブになったかもしれません、 倒れた衝撃で頭を打ってらしたから」
こいつ……
女はそこでようやく俺の敵意丸出しの目を見て狼狽える、 すると深々と頭を下げてきた、 頭が地面に着くほど
流石にこれには面食らう、 と言うか少しづつ頭が冴えてきた……
「っ、 あ〜、 いい、 もういいから、 頭上げてよ、 俺もいきなり睨んでごめん、 もう怒ってないから、 はぁ……」
このままでは話が進まないと思って目を逸らした、 聴きたいことは山程有るんだ、 話してもらわにゃ……
そこで頭に何かが触れる、 女性の手だ、 手が日暮の頭を撫でる
は?
「っ、 いてぇ」
「ああ、 腫れているようです、 大丈夫ですか、 少しお待ちくださいね…… 痛いの痛いの、 飛んでいけ~ 飛んでいけ~」
あ?
「ちっ、 んだよ、 良いよ、 やめろよ恥ずかしい!」
女性の手を振り払う、 怒ったかと思い女性を見ると、 その顔は以外に微笑んでいた
「この世界ではこの様に子供達に癒しの言葉を掛けるのですね、 お優しい人達です」
母が子に紡ぐように優しい声音にむず痒さが全身を襲う
くっそ………
「はぁ、 もういい、 あんた襲われてたみたいだったけど無事か?」
女性が頷く
「先程は助けて頂き感謝しています、 突然の急襲に、 戦いの慣れていない物ですから酷く苦戦を強いられてしまい」
「……その割には強力な力を持っていた様だけど?」
転がる猿型モンスターの首を見る、 その断面は物凄く鋭利な刃物で切られたように綺麗だ
「ああ、 能力の応用です、 私の能力は………」
っ
「ちょいちょいちょい! 待て待て、 不用意に自分の能力を晒すなよ、 知られてない事が最大のアドバンテージだろ?」
女性は驚いた顔をする
「確かに…… でも御敵に対してならまだしも、 信用出来る御仁に本質を隠すのは愚かな事です、 助けて頂いた恩もありますし」
信用?
「ちょっと早計過ぎない? もっと相手を疑った方が……」
そこまで言葉にして女性が微笑んで居るのが分かる、 何だ? そう言えば何か違和感が……
あれ?
「そう言えば、 何で俺たち普通に会話出来てるの? 言葉通じてなかったのに……」
女性は可笑しそうに笑う
「随分と気付きになるのが遅いですね、 周囲を酷く警戒しているかと思えば、 その実抜けた部分もある、 うっかりさん」
グッ
腹たった、 無言で拳を握る
「えっ!? いや、 馬鹿にした訳ではっ、 説明っ、 説明致しますから!」
日暮は拳を下ろして続きを促す
「先ずは、 ……貴方の名前は明山日暮さん、 年齢は二十一歳、 能力は圧縮した空気圧を放つ『ブレイング・バースト』…… ですね?」
……こいつ、 何で俺の事を知っていやがる?
女性が俺を見る
「今度は貴方の番です、 私の事を教えて下さい」
笑う女性、 は? んな事知る訳ねぇだろ……………… あれ?
「……フーリア ……フーリア・サヌカ、 年齢は二十歳、 能力は指定箇所に強制的な境界となる部分を作り、 そこに力の流れを発生させる、 バウンダー・コネクト」
あの艶のある黒い光は、 この能力によって作られた境界だったんだ、 猿型モンスターは首を起点に、 頭部と胴体に、 隔てる様に境界を作られた
でもそれだけで首が飛ぶわけじゃ無い、 その境界を流れる力が加わって切断されるのだ………
……どういう事?
いや、 能力の仕組みもいまいち分からないけど、 何で俺がそれを知っているんだ?
女性…… フーリカが笑う
「私の力は境界を作る事が出来ますが、 境界を無くす事も出来ます、 本来触れる事はあっても、 交わることの無い物同士を繋げて、 流れによって巡らせる」
「私がした事はその一旦、 互いの額と額を合わせ、 その壁を取り払う、 直接脳と脳を繋げ、 流れを作って巡らせる」
「脳とはその人の知識の図書館ですから、 それを共有する、 それが知識共有・プラリズム・コネクトです」
つまり、 その人間の情報、 日暮はフーリカの、 フーリカは日暮の、 記憶…… 言語や、 基礎知識、 思い出何かも共有したのか?
だから………
「幼少の頃、 サーマトの花が一晩だけ咲いて、 その美しさを独り占めした…… ってのはあんたの記憶って事か?」
フーリカが目を見開く
「ふふっ、 懐かしい、 結局誰にも話す事は無かった私の秘密、 貴方に知られていると言う事が妙にむず痒いです」
記憶が溢れてくる、 魔王軍の進行、 モンスターの凶暴化、 頻発する古龍による被害と、 活火山の噴火
灰色に染った景色と、 朱色に染った視界、 次々に殺されて行く家族、 それでも人々は自分を助ける為に盾となり
希望を託され、 走った、 必死に走った、 ただ逃げた、 逃げて逃げて……
ぽろ……
涙が頬を伝う、 嘘だろ……
「厄介な能力だな、 まるで自分の事みたいに感じて仕方ない」
首をブンブン振りったくって思考を散らす、 俺が泣いたって仕方ねぇだろ
「……伝え聞く話ではなく、 私の見た景色、 感じた思い、 全てそのまま伝わってしまいますからね、 でも……」
「日暮さんはお優しい方ですね」
は?
見ればフーリカも泣いていた、 同じ様に思い出しているのかもしれない
くっそ……
いいから、 そう言うのキャラじゃ無いから……
「はぉ…… まあ、 大体わかった、 話したい事は有るけど、 ここじゃあ話も出来ない、 移動しようぜ」
「……はい、 そうですね、 えーっと、 シェルター、 成程人が居て帰る場所、 今は調査の仕事中………」
おいっ
「勝手に記憶を読むなよ……」
「あははっ、 すみません都合が良いので、 成程成程…… 家族が……………… この少女は…… 魔王?」
え?
フーリカと目が合う
「あっ、 いやいや、 何でも無いです! そうだ、 私もお仕事お手伝いしますよ!」
?
「えーと、 フーリカさんだって目的があるんじゃ?」
フーリカは首を振る
「分かるでしょう? 今の私には何も無いんです、 失って、 故郷すら遠い、 今の私は何をしたら良いか分かりません」
……………………
「はぁ…… そうだな、 分かった、 着いてこいよ、 取り敢えずさっさと帰って呑気しようぜ」
フーリカは頷いて共に歩き出した………
………………………………
…………………
……
はぁ…… はぁ…………
「馬鹿じゃんっ! 馬鹿馬鹿馬鹿! 馬鹿じゃんんッ!!」
「日暮さん…… その様な…… 言葉を使っては行けませんよ…… はぁ……」
調査開始から三時間後、 フーリカと出会ってから二時間後、 それだけの時間を要して日暮はようやくシェルター入口へと周回を終了して帰って来ていた
いや、 厳密に言えば順路を大きく逸れ、 目的の場所まで途中向かっていたりしたのだが、 それが良くなかった……
「はぁ…… はぁ…… それでも良かったです、 私…… こんなに軽くて動き易い服は初めて着ました、 素晴らしいですね」
「そうなんだ…… そりゃよかった、 まあ、 流石にあの分厚い服よりは良いでしょうね……」
日暮はついさっきまでの出来事を思い出す………………………
…………………
……
……フーリカと共に調査を再開して間もなくの事だった
「はぁ…… はぁ…… 日暮さん、 少し、 歩くのが、 速いです…… はぁ……」
後ろを振り返るとフーリカは荒く息を吐きながら電柱に体を預けている
ジリジリジリ……
日が出てくれば流石に暑い、 季節的な統計で行けば、 おそらく二十数度と言った所だろうが、 それでもだ
カラカラン
日暮はリュックから水筒を取り出すと、 フーリカに渡す
「飲めよ、 流石に暑くなってくるな……」
「ありがとうございます、 まさかこちらの世界がこんなにも暑く、 辛いとは……」
えぇ?
「いやいやいや、 もっと行くからね? 世界の違いはあれどそこまで…… いや、 アメリカとかは場所によっては年間の平均気温が二十度前後って言うし、 場所の問題か……」
と言うか……
「フーリカさんや、 その服暑くない? 汗が滝のように流れてるけど……」
フーリカはこちらを見て水を煽る
「あまりジロジロと見ないで下さい、 そういう事は気が付いても言わないのが紳士の嗜みでは?」
「は?」
ひっ………
「……そもそも、 だったらどうしろと言うのです? 私の服は確かに厚手で重く季節感にあって居ません」
「ですが、 この服の下は……… とにかく! そんな議論をしても無理なんですよ! 私に裸体にでもなれと?」
うるせぇなぁ……
「キンキン声で喚くな、 んな事言ってねぇよ、 どんだけお淑やかに振舞っても…… お前お転婆娘だろ」
日暮の言葉を聞いてフーリカはあんぐりと口を開ける
「そっ…… そう言う貴方だって! 助けてくれたし下手に出てれば! 人が何ですって? 私が年下だからってただ黙って居るとでも?」
ジジジジジジ………………
「はぁ…………… ごめん、 止めない? 謝るから、 ごめん、 俺が悪かった、 疲れるだけだから」
「……そうですね、 らしくなかったです、 頭が沸騰してしまいそうなのは事実です、 すみません」
少しだけ歩く
「ちょっと先に服屋が有るんだよ、 そこで服を新調しようぜって言いたかったの」
「……これは失礼しました、 良いですね、 異世界の服屋さん、 私興味あります……」
日暮は地図を見る、 道順を変えるのはまだしも、 流石に調査を遂行しないのは不味い
そこで大きく迂回し、 服屋によったら予定の道順へと戻ってくる道を考えた
「よし、 これで行こう」
…………
歩き出してからは早かった、 服屋までは実際にそこまで離れては居ない、 歩いて十分ほどで到着する事が出来た
暗い店内、 ココメリコの事を否が応にも思い出す……
互いに見合わせて気を付けて店内に侵入する、 田舎でも都会でも、 何処にもある大手の服屋、 日暮は余り来ないかな……
「わぁ! 凄い! カラフルです! 服の色が! それに…… 薄い、 軽い! 丈夫!」
フーリカは異世界の服屋にとてもご満悦の様だった、 あっちこっちとせせこましく見て周り自分に合わせて確認している
「一応そのカーテンの所で試着も出来るからね、 まあ、 暗すぎて分かんねぇだろうけど」
は~い
そんな呑気な返事が帰ってきた、 それを聞き流して日暮自身もメンズ服を見る
「おっ、 このマウンテンパーカー、 防刃仕様じゃん、 ってもこれこそ厚手だな、 流石季節外で値引きされてるだけある……」
「こっちは撥水でこの軽さ、 サイズは…… あったXL、 色は…… 黒でいっか」
そんな風に暗い店内で服を物色している、 この時日暮は結構呑気してて、 警戒を怠っていた!
「きゃあああああ!」
突然聞こえる悲鳴! 日暮はけっこうびっくりした!
え?
「フーリカ! ちっ、 なんだってんだよ!」
俺の声を聞いてフーリカはカーテンを開けて試着室から出てくる、 しれっと花柄の涼しそうなワンピースを着こなしている
「日暮さん! 今っ! 今このカーテンを開けましたか? 覗きませんでしたか?」
…………………
「あ?」
「っ、 怒らなで聞いて下さい! でも、 今、 誰かが確かに、 見ていたんです! 瞳が覗いてっ! 信じて下さい!」
はぁ……
「別に疑う気もねぇよ、 異常があるのは試着室の中じゃねぇんだろ? 俺が取り敢えず見張っとくから、 ちゃんと服着ちゃってくれ、 あと荷物も纏めてすぐ動ける様に」
フーリカは俺を見た後、 頷いて中に戻って行く、 日暮は周囲を見渡す……
「右は婦人服、 左は紳士服…… セール、 季節服、 アクセサリー…… 熊の剥製……」
この店は大きな熊の剥製を中心に置いてある、 アウトドアブランド、 《ベアー・ザ・ワールド》とも関連していてシンボルとしてはうってつけだ
「あの熊の剥製が動いたって事は…… 無いよな?」
じっと見る、 暗い店内でじっと見ていると周囲の闇と同化して今にも消えて居なくなりそうだ
「……疑う訳じゃ無いけど、 フーリカの見間違いって線も有るからな…… 」
……
カランッ………
?
ハンガーが引っかかって落ちた様な軽い音が聞こえた、 すぐ近くだ………
試着室の中?
……ガサ ……ガサ
何かを漁る様な音が聴こえる
ガサガサガサガサ…………
「おい、 別にそんなに急がなくても良いぜ? 今の所何とも無いんだ、 あっ、 決して疑っている訳では無く」
……………………
?
何か妙に静かだな? 何も言わない、 無視か?
…………………
しゃー………………
そんな音を立てて試着室のカーテンが開いていく、 女性的な特徴を持つスカートが目に付く、 それはスリットが入った無地であった
(……? 違う服に着替えたのか……)
…………
「フーリカ、 結局違う服に着替えたのか? 急がなくては良いと行ったけど、 呑気な奴…………………」
カランッ!
「………………えぇ? なんじって? よくきこきこきこきこきこ…… えな~い………」
?
スカートから伸びる枯れ枝のような足に目が行く、 今にも折れそうな、 ミイラの様な細さだ
……………………?
「………若いの? 使うかえ? でもでもでもでもでもでも! ……今わわわわたしが使って……………」
グッ!
「っ、 黙れ!! 牙龍!!」
グシャアアアアアア!!
「ギャタアアアアアアア!? ガッブランッゲ!?」
明山日暮の気性の荒さはひと月前の比じゃない、 緊張感の中、 試着室の中身がフーリカじゃ無かった、 見た目化け物
それだけで脳は臨戦態勢に入り、 攻撃に移る、 もし人間だったら? その時の事なんか考えていやしない
「きっしょいんだよ、 死んどけボケカス……」
カシャッ!
「えっ!? なんの音ですか? さっきから」
試着室のカーテンを開けてフーリカが出てくる、 そうだ、 そもそも判断は簡単だった
試着室は三つあったのだ、 フーリカは真ん中の試着室を使っていた、 今の奴は向かって右から出てきた
「よぉ、 着替えたか? 返事くらいしろよな…… ほら、 そいつ敵だ、 まあもう死ぬだろうけど………」
吹き飛んだ敵を見る、 ますます気味が悪い、 枯れ木の様な脆い体、 死にかけの老婆の様な引きずった様な声
ゾンビかミイラ化の様な崩れた体、 これが化け物じゃ無かったら、 化け物の定義が怪しくなってくるレベルだ
若者向けの小洒落た服を着込んで居るのも妙にミスマッチだ
「まあ着たい服着れば良いけど、 似合って無いぜ、 センスあるヤツにコーディネートして貰ったら良い…………」
そこまで言って違和感に気がつく、 薄暗闇で気が付くのが遅くなったが……
その違和感の正体をフーリカが言い当てる
「あれ? でもそのおばさん、 目が無いですよ、 のっぺらぼう? の様です、 でも私さっき確かに覗かれたんです、 黒い瞳が確かに見えて……」
「……疑いたくは無いけど、 それってやっぱり見間違いじゃ………」
……………
ドンドンドンッ!!
……
突如背後から足音、 しかも大きい!
え?
背後?
何か、 やばい!
「フーリカ避けろ!」
ばんっ
左手でフーリカを押す、 彼女は驚いた様な顔をして、 試着室の方へ数歩後退して……
「っ! 日暮さん後ろ!」
「何がっ…… ぐええっ!?」
ドスンッ!!
振り向こうと体を捻った所に、 側方からとてつもない衝撃が日暮を襲う、 衝撃によって体が飛ぶ
!?!?!?
ドガシャアアアンッ!
「っ、 日暮さん!!」
フーリカの声が妙に遠くに聞こえた、 んだ?
霞む目でそちらを見ると大きな影がのっしりとあった、 筋骨隆々、 二メートル近い体躯、 その体に足の長いファーがアクセントな季節感の無い上着を着ている
それが毛皮の様で、 熊の様に見える……
そう言えば…………
………
『服屋の、 熊のボウル君、 来月末で撤去されちゃうそうよ? 子供が怖がるからって』
『えー、 昔からあって馴染み深いから無くならないで欲しいな~』
………
以前母と妹が話していた会話が今思い起こされる、 そうだ、 そもそも熊の剥製は撤去されたんだ
ずっと来てない服屋で忘れてたけど、 もう一年近く剥製はこの店に無かった、 忘れてた、 擬態でもなんでも無い
あいつは堂々と立ってやがったんだ、 くっそ、 気が抜けてた……
少しづつ体が感覚を思い出してくる、 ゆっくり、 ゆっくりと体を起こす
「おいっ! 俺の妹をぶん殴んじゃねぇよォ! 妹が必死にお洒落してんのに似合わない何てかわいそうだろ!」
でけぇ奴がでけぇ声で何事か叫び出しやがった、 うるせぇな……
(……妹ってのはまさかあのミイラ野郎の事か? 兄は筋トレにハマって、 妹はダイエットにでもハマったってか?)
そんな呑気な事を考えながら体制を立て直す、 大丈夫、 ナタによる再生能力で外傷は治ってきた、 ……戦える
デカブツを見る、 デカブツはフーリカに迫っていた
「妹が服を選んでたんだ! 俺は確認してあげようと思ったんだ! 決してお前の着替えを覗いたんじゃないのに! 俺を覗きだと? ふざけるのも大概にせぇい!」
やばい、 フーリカの能力なら殺す事は可能だろうけど、 フーリカ自身突然の事で臨戦態勢に入っていない
助けに……
……側方、 殺気!
っ!
ジャギイアッ!!
「っぶね!?」
何かが吹き飛んで来た、 それは骨の様な拳だ……
「あら? 外したわ、 と言うか手がとんとっ、 飛んで行ってしまったじゃじゃない…… そっそっそっ、 それに、 お兄ちゃんに殴られたのに、 何で立ち上がれんの………」
うるせぇな!
タタッ!!
一気に駆ける、 強い踏み込み、 接近……
左足で踏み込んで、 右足を上げる、 蹴り!
「ぶっ飛べクソカス! ブレイング・ブースト!!」
ドズウウウゥッ!!
「グゲギギャアアアアッ!?」
重い蹴りがミイラ女の側面から叩きつけられる、 そのミイラ女はそのままの勢いでフーリカへと迫っていたデカブツに衝突した
ドカアァンッ!!
「ゲギャンッ!?」
「グガアアアッ!?」
ドシャアアアンッ!
店内のハンガーラックをなぎ倒して二人とも吹き飛ぶ、 だが巻き込まれたデカブツの方は対してダメージは無さそうだ
「大丈夫か、 フーリカ?」
「はい…… 助かりました、 あと呼び捨てになってますよ、 気安すぎです」
今?
「いや、 どうでも良いだろ、 はぁ…… そんな事より………」
ガラガラ カランッ……
「おいおいおいおいおい! 俺の妹を足蹴にするたあどういう了見だァ? てめぇ! 妹は俺の妹何だぞ! 俺の!」
「おおおおおおっ、 お兄ちゃん…… きへへっ、 もっともっもっと怒ってよ! あのクソガキ、 あのクソガキのせいで私の大事なお洋服が台無しぃ、 イヒヒヒっ」
やっぱり兄の方はピンピンしているが、 妹の方はブーストにやられて体がえげつない方向にねじ曲がっている、 だが……
「ほんとにゾンビか何かか? 気色悪い形になっても普通に生きてやがる、 さっきのナタの一撃のヒット部位も抉れている割に血が殆ど出てない」
カサカサカサカサ
まるでムカデの様にきしょい体で地を這う様に移動する妹、 何かやばそう
「フーリカ妹の方の首を飛ばして、 デカブツは俺が殺る」
「……面倒くさそうな方を押し付けたんじゃ無いですよね? まあ、 良いです、 何にせよパワー系は苦手ですから」
その言葉を聞いて俺はデカブツに向けて歩き出す
「おっおっおっ! お前をが勝手に決めるなぁ! 私がお前を殺す!」
妹の方の突進、 だが……
キラキラキラ…………
突如妹の首に暗い艶を持つ、 黒曜石の様な輝きが満ちだす、 それは……
「そろそろ死になさい、 醜い命にせめて平等なる死を、 バウンダー・コネクト」
対象に強制的な境界を作る力、 それは本来繋がっている事が当たり前な頭部と胴体を別の物として隔てる境界を作り出す
そしてその境界を起点に流れる力が隔てた首を力いっぱい弾き飛ばす……
グシャアアアッ!
「ギョエッ!?」
ドサッ!
大きな音を立ててそれだけで妹の方の首が飛んだ、 胴体が倒れ込んで音を立てる
「うおおおおっ!! 嘘だぁ!! マイシスター!! うわあああああああんっ、 うわっ……… ぐけぇ!?」
「うるせぇ!」
掌を上に向けて、 大口開けて喚くデカブツの下顎を叩きあげる
グリュッル
そんな感覚があった、 恐らくデカブツが舌を噛んだんだと思う、 ちょっと気色悪い
「うっげぇぇ! ああ!?」
「あはははっ、 噛むと痛いよなぁ、 数週間は地獄だぜ? 治るまで飯も味がしねぇ、 だから、 その前にぶっ殺してやるよ」
喚く、 喚く、 デカブツが喚く
「あはははっ!! てめぇの敗因は、 一発目の打撃で俺をぶっ殺せなかった事だ! 後悔しろ!!」
ダッ!! 踏み込み!
「ぐゾがァ!! じねぇ!!」
ブンッ!!
振るわれる拳が空気を切って向かってくる、 薄暗闇で視界不良、 よく見なくちゃなぁ……
だがそれは……
「ふっ、 ハズレ」
敵もだ、 敵はどうも夜目が効くタイプじゃ無い、 暗い店内で互いに不利で、 互いに有利
ならばこそ!
無駄の無い動作、 見切れる程の初速! この環境下ならスピードが勝つ!
ブオンッ!!
力強く速い攻撃、 デカブツの大ぶりのパンチはしかし、 速度を伴って日暮に……
ドジャアアアンッ!!
ヒットした、 確かに薄暗闇の中で人型に拳がぶつかった………
ははっ
「せーのぉ! おらぁ!! 牙龍!!」
盛大に振りかぶったナタ、 デカブツの背後に回った日暮が全力で叩き付ける
グシャアアアンッ!!
!?
「うがァ!? なっ! 何故! 何故後方に…… 俺が殴ったのは……」
「ばーーーーーかっ、 それはマネキンじゃぼけぇ! で、 終わりじゃねぇ! ぶっ飛べ! ブレイング・ブースト!!」
グッ!!
反発する様な筋繊維が、 しかし、 空気圧による爆発的な躍動力を手に入れた刃が………
ビジジッ! ビシャアアアアッ!! ジャキィンッ!!
「ウガェア!?」
断末魔の悲鳴と共に、 デカブツの胴体を真っ二つに吹き飛ばした
ドザァンッ!!
崩れ落ちて物を言わなくなったデカブツを見下ろす
「ははっ、 短期決戦が命、 長引いてたらお前の勝ちだったよ体力的にも」
ナタをしまってフーリカの元まで戻る
「お疲れ様です、 やはりお強いですね日暮さんは、 とても心強いです」
「そっちこそお見事、 首を切断するの上手だね、 恐ろしや恐ろしや」
おどけて見せるとフーリカは少しだけ怒って、 その後笑った
「はぁ、 もう、 なんだか疲れてしまいましたね、 そうだ、 お洋服やっぱりこのワンピースが気に入りました」
涼し気な花柄のワンピースだ、 何処か幼げで、 それで居て背伸びした様な、 とても似合っていた
「おお、 良いじゃん、 似合ってるよ」
「そっ、 そうですか…… 悪くないです、 そう言うの、 ふふっ」
出会ったばかりだったけれど、 少し息も合ってきた、 互いに笑うと一気に仲が良くなったような……
「わっ、 わわわっ、 私………………」
………
?
?
「え?」
「わわわわわわわっ、 私は? 私は似合うぅぅ?」
ギチギチギチギ
硬い体を無理やり動かす様な音が闇の中に響く、 この音、 この声は……
「けははっ、 けははははっ! 似合うかって聞いてんのよぉ!! 答えなさいよクソガキ!」
嘘だろ、 まじか……
「おいフーリカ、 仕留め損ねてるぞ」
「えっ、 私のせいにする訳じゃ無いですよね? 首を飛ばしたのに生きてるなんて知らないですよ」
敵を見る、 敵は胴体の手で自分の頭を抱えて笑っている、 くっそ気色悪い
「不死身じゃねぇな、 少なくともナタでえぐった肉が再生してない、 つまり斬って斬って斬りまくれば良い、 肉片のひとつも残さず牙龍で喰らい尽くす」
「フーリカ、 足を狙って、 死なないけど機動力は無くせる」
「分かりました、 トドメは任せましたよ」
キラキラキラ
敵の右足が黒く光る……
ビシャアッ!!
「ギャラララアッ!? っに、 何やってくれてんのよ!! 私の綺麗な足が!!」
うるせぇ……
「ブレイング・ブースト……… 牙龍!!」
グジャアアアッ!!
空気圧に背中を押され一瞬で敵との距離を詰める、 そのまま勢いを活かして袈裟斬りに、 敵の体が大きく抉れる
「ぎゃああああああっ! 服が! わたしの服が!! 気に入っていたのに!!」
終わりじゃねぇ
「ふっ! らぁ!!」
クジャアアッ!!
「ぎゃああああああ!?」
返す刃で更に切りつける、 そのタイミングで敵の左足に黒い光、 フーリカの……
ビシャアアアッ!!
「ぎゃああっ、 また、 私の足が……」
「足だけじゃねぇ…… 全部失う、 全部喰らう、 おっらァ!!」
ぐじゃああっ!!
まだまだ………
「らぁ!! ふっ、 おらぁ!! せいっ! はぁ!!」
グシャッ! ビシャアッ!! ドジャアアッ! グジャアアンッ!!
連撃、 連撃、 連撃、 削る削る削る!!
「ぎゃああああああ!? 痛い痛い痛い痛い!!!」
「あはははっ、 さっさと死にやがれカス!!」
デカブツの兄貴の方は機動力も高かった、 だがこの妹の方ははっきり言って弱い、 謎の耐久力はあるが、 動きが遅すぎる
度重なる連撃で敵が細かく小さくなっていく、 その肉体ももうそろそろミンチの域だ、 今度こそ終わり……
……………
「きゃあっ!? っ、 助けて!」
っ!?
「っ、 フーリカ?」
振り向く、 フーリカを何かが襲っている、 あれは……… 何?
「人形がっ! 人形が襲ってくるんです!」
マネキンかっ
妹の方を見る、 こいつはもう殆ど虫の息だ、 もう動き出す事も無い
「ちっ、 クソがっ!!」
ダッ!!
踏み込んでマネキンに距離を詰める
「せっ! らァ!!」
バギィンッ!!
マネキンが吹き飛んでぶっ壊れる
「大丈夫か? 何かわからんけど嫌な感じだ、 一旦退くぞ!」
パシッ
フーリカの手を取って走り出す、 よく見るとこの服屋はおかしい、 マネキンが次々と走るこちらを向いてくる
「っ、 退くって何処へ?」
「とりま外! この中はやばいっ!」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタッ
カランカランカランカランカランッ
動き出し手を伸ばしてくるマネキンを躱す、 そこらじゅうでハンガーがぶつかり落ちて音を立てる
ヒヒヒヒヒッ ヒッヒッヒヒィイヒィヒッ イヒヒヒヒヒッ
この笑い声………
「がああああっ! ぎゃあああっ! こっこっこっ! このお洋服屋さんはぁ! 私の物なのよ! 全部! 全部私の力なのよ!! これがっらああああっ!」
ガラガラガラガラガラガラッ
でけぇ声が響く、 この建物全体が地震の様に揺れ出す、 傾いている……
適当なガラスに向かって行く、 もうすぐ目の前だ……
「ちっ! フーリカ! 心構え!!」
「えっ!? 何ですかっ……」
はぁ………
「ブレイング・バースト!!」
空気圧が前方へ打ち出される、 ガラスへと衝突して……
バリィィンッ!!
派手にガラスが割れて吹き飛ぶ、 そこに向けて飛び出した!
景色の違和感、 やっぱりこの建物全体の揺れはこういう事か……
浮遊感
ガラスから飛び出した途端体を襲う浮遊感、 一階建ての豆腐建築の服屋だ、 外に出れば地続きの筈……
「まじかっ! あははっ」
「えっ!? なんで空中!?」
高さは五~六メートル程か、 着地出来るか? フーリカも居るのに、 能力も使って今はクールタイム中だ……
「バインダー・コネクト」
キラキラ………
スタッ……
「えっ…… 空中に足場?」
「能力の応用です、 本来地面と落下物の間に隔たりはありません、 重力に従って落ちる、 それだけ、 なので私の力で地面とは絶対に触れない隔たりを創ったんです」
その足場から降りる、 真ん中辺に足場があったので、 高さ的に二人とも怪我をするような事は無かった
建物を振り返る
「……何あれ」
ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ……
大きな音を立てて建物が持ち上がっている、 その下部から生えたぶっとい足によって…………
「こっ! この建物は私の物なのよ! 私の能力なの! 私のドルトナ・ハウスなのよ!!」
バキン! バギンッ!!
建物の側面から腕が生える、 それだけじゃない………
ドガァ!!
頭まで生えやがった、 くだらないロボットアニメの様な、 建物から手と足と頭が生えた化け物
これと戦えって?
「………馬鹿じゃん」
「……あまりそう言った言葉は使ってはいけませんよ日暮さん」
二人でその化け物を見上げて少しの間呆然と立ち尽くした………