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第七十二話…… 『また、 新しい始まり』

夜明けだ、 白んだ空に日が差し込んで来る、 その様は美しいと表現するのが正しいか……


それだけでは無い、 これは初まりなのだ、 新たに動き始める、 これからの初まり………


さあ、 朝だよ、 目を覚まして……


さあ…………


………


「うぅ………… ん……………」


目を覚ます、 見慣れない天井…… いや、 空だ、 空を見上げている……


「………………? …………?」


少し肌寒い、 朝方だろうか、 久しぶりだ………………


「ん………… わぁ…………」


目の前から日が登ってくる、 美しい朝焼けが空を焼く、 この空は広く、 何処までも澄み渡って居た……


訳も分からない、 ここは何処か? どういう状況か? でも暫く考えないで良いそれだけこの景色は美しい、 久ぶりにこんなに澄み渡った空を見た


……魔王軍の進行が初まり、 それによる古龍の活発化が活火山の噴火を導き、 故郷は火山灰に塗れた灰色の空ばかりだった


……………………


「あっ………」


そうだった、 段々思い出してきた、 私は逃げて来たんだ、 故郷から……


父が、 母が、 兄弟が、 家の者が、 兵が、 民衆が、 王女である私をその命をかけて逃がしてくれたんだ


ぽろぽろ……


涙が頬を伝う、 皆の顔が頭に浮かんで離れない、 忘れられない……


「……はっ、 はぁっ……………」


頭を抱える、 今思えばこの清々しい程の朝空は、 心の闇に対する皮肉に感じてさえくる


首を横に振る、 行かなきゃ……


立ち上がって歩き出す、 どこかも分からない、 どこに行けば良いかも分からない……


それでも……


『……生きて!!』


生きなくちゃ、 前に進まなくちゃ!


……………………………



…………………



……


朝が来る、 藍木シェルターにも新たな朝が来る


「皆さん、 おはようございます、 お疲れでしょうが、 知っての通り昨日のシェルター襲撃、 それに伴って今日は緊急会議と致します」


皆の視線を浴びながら、 危険調査隊の実質的リーダ土飼笹尾つちかいささおは朝日を浴びながら言葉を紡ぐ


「えー、 我々の作戦室ですが、 見ての通りボロボロです、 元々数年後には撤去予定の簡素なプレハブの建物でしたが、 昨日の戦いで被害は深刻です」


裏の壁には大きな穴が空き、 正面扉も破壊され吹き飛んでいる、 ひとたび中に入ればそこらじゅうの物が破壊され散乱しているし


外から見ると攻撃の余波でほんの少し建物が傾いている様にも見える


「危険である為立ち入りを禁止にします、 ただ私物や、 仕事に必要な物もありますから、 一度少人数で状況を確認し、 安全が確認でき次第立ち入りを許可いたします」


まるで会社の朝礼の様に、 外の空気を浴びながら話を聞く……


え? まさか今日の会議このまま?


「………暑くなる前には終わりにしたいと思います、 簡潔に現状と、 当面の予定を……」


学生時代の校長先生の話くらい頭に入って来ない、 流石にこの時期、 夏前という事もあって日中は暖かい、 そうなる前……


六時起きで、 七時開始の今日の会議、 はぁ…………


「……仕事かよ」



「寝みぃね、 日暮君、 会議なんかやらなくたってやる事ぐらい見りゃ分かるよな……」


隣に立っている威鳴千早季いなりちさきさんがそう話しかけてくる、 威鳴さんの隣には日傘を刺した女性、 確か姉だと言う女性が立っていた


「猿帝血族をボコボコにぶっ潰すんでしょ? だったらさっさと攻めましょうよね……」



「え? 昨日の今日で? 本当に戦いが好きだね…… それよりも先ずは崩れた足元を固め直す所からじゃないかな?」


足元……………


「……地面?」



「ネタで言ってる? シェルターの問題を解決するまで藍木山攻略戦はお預けって事」


ま?


「えっ! うっそ………」



「おい! お前ら私語を控えろ! 俺が今話をしてるだろ!」


土飼のおっさんに怒られた、 つっても……


「おっさん! 話が長い! ちんたら話してたら暑くなっちまうぜ! そうなったら作業も大変になるんだ!」



「うぐっ、 分かっている!あー、 もういい! まず初めに作戦室の調査担当を発表するぞ!」


作戦室の調査をする班は土飼さんを筆頭にした数人に決定した、 その他にぶっ壊れたシェルター施設への門の修復に数人


シェルターでの戦闘の余波の調査に数人が割りあてられた、 そして……


「日暮君と威鳴君には各自行っていた特別危険調査遠征の報告をしてもらいたい」


欠伸を噛み殺していた威鳴が手を上げる


「すんません、 俺調査行けてなかったんですけど……」



「その事についても簡潔に説明してくれ」


威鳴は頷くと前に出て数日前の事を話し出した、 あんなに堂々とシェルターの中で戦ったので、 深谷離井と言う敵が日暮に化けていた事等は皆承知のようだった


「調査に向かう当日の朝、 シェルター裏で深谷離井に殺さ…… いや、 半殺しにされて……」


しかし能力の性質上、 復活する事が出来たことを明かす威鳴


「だから俺と共に遠征調査に向かうはずだった冬夜君は、 俺に化けていた深谷離井と共に藍木山に向かった筈だ」



「深谷離井はその後藍木山から帰還し今度は留守にしている日暮君に成り代わっていた…… だが」


それでも冬夜は未だに藍木山から帰らない、 日暮は冬夜の力を知っている、 簡単にやられる様な男じゃない


だが、 やはり場所は敵のテリトリー、 戦闘慣れしていない冬夜が遅れを取ることは充分考えられる


勿論、 最悪の場合も………


日暮はそこまで考えて首を横に振る、 ありえないだろそんな事、 俺はただ冬夜を信じるだけだ……


そこで土飼と目が合う


「我々は冬夜君を信じている、 きっと彼は無事だ、 想いは力だ、 彼はそう言った力に踏ん張れる性質だ、 皆も彼を信じていて欲しい」


調査隊のメンバーは大きく頷く、 誰も冬夜の事を諦めてなんか居ない、 その事実に少しホッとした


「本当は今すぐにでも藍木山に向かいたい気持ちだ、 だがそれは許されない、 何事にも準備が必要だからだ」


「その準備に必要な事だが、 そこで日暮君、 君の報告を頼む、 私は此度の襲撃でも我々を助けてくれた空からやってくる光の矢……」


「あの光の矢の存在にとても期待している、 日暮君は光の矢の正体の調査に向かった筈だ、 報告を頼む」


日暮は頷く


「報告しますね、 あの光の正体ですが、 人が意図的に…… と言うか俺達を助ける為に打ってくれていた物で、 俺と同じ様な能力も持った人の物でした」


名前は菜代望野なしろののさん、 甘樹あまたつ駅前に聳えるビルの屋上に暮らしている女性で、 日暮は彼女との邂逅を無事済ませた


彼女に敵意は無く、 寧ろとても優しい人だ、 そして彼女に協力する代わりに、 彼女からの協力を得る約束も出来たことを伝える


ガサゴソ、 リュックを漁り、 中から無線機を取り出す


「話が脱線してしまいますが、 街で他の能力者ノウムテラスの方にも会いました」


それは灰甲種はいこうしゅと言う一般的に言えば異世界から訪れたモンスターなのだが、 やぐらさんと言う、 とても優しい方だ


彼の能力で作られた無線機は何処でどんな状況でも電波を繋ぐことが出来る、 そして同じ無線機を菜代さんも持っていて、 会話も可能である


櫓さんがモンスターである事は今は言わない、 混乱を招くからだ


「……という事で、 こちらの無線機でその菜代さんと話が出来ます、 ですがまだ早朝、 それは後という事でお願いします」


それに対して土飼が頷く


「その時は自分と、 後、 大望たいほう議員にも話をさせて欲しい」



「その様に伝えておきます、 後、 その他にも報告したい事が幾つかあります、 良いですか?」


そう理って日暮はその後街で起こった話を掻い摘んで話した


甘樹駅に程近い、 甘樹シェルターの存在の確認、 そこのリーダーである木葉鉢朱練このはばちあかねさんとも会うことが出来た


そうして甘樹シェルターとの協力関係も取り付くことが出来た、 菜代を通して木葉鉢さんとも話が出来ることを話した


それに対して、 土飼さんだけでなく他の調査隊メンバーも歓喜の声を上げていた、 しかし問題もある……


「調査に向かう際に何ですけど、 絶対に通る橋、 藍木川の橋何ですけど、 近いものだと二本あるんですが……」


橋は二本とも破壊され陥落していた、 原因はやはり行きでであった巨大モンスターか……


「……橋が落ちている? 本当か?」



「はい、 モンスターの仕業だと思います、 実際に橋に擬態して捕食しようとする巨大モンスターが居ましたし、 ああ、 安心して下さい、 そいつは倒しましたから」


土飼が困惑の顔をする


「それって橋と同じだけの大きさって事か?」



「まあ、 上流の方だったので百メートルちょっとくらいか、 本当に恐ろしい大きさのモンスターがまだまだ居るようです」


ふと周りを見ると周囲の人の顔が蒼白として居る、 おいおい、 そこまで怯えるほどじゃ無いだろう


「大丈夫です、 倒せますよ…… と言うか俺が倒します、 俺にはその為の力が有る、 今は少なくとも…… 世のため人の為自分の為に」


「……それで話がそれちゃったけど、 兎に角街との往来が大変何です、 簡単じゃない、 それに橋だけじゃ無い」


「街も完全に停止して居ます、 道路だってまともじゃ無い、 障害物も多いし、 モンスターも多い」


「何処から手をつけるかは俺には分からないけれど、 関係を持つには少々、 遠すぎます」


土飼が深く頷く、 噛み締めるようだ


「分かった、 ありがとう、 日暮君、 君は私が思っていた以上の働きをした、 こちらに帰って来てからも、 報告は以上かね?」


大体の事は話したが、 話していない事、 言うべきか分からないこと、 雪ちゃんの事もある、 これはまた後で個人的に相談したい


そう思えるほど日暮の中で土飼と言う男は信頼出来た


「分かった、 なら皆、 日暮君は結構すごい事して来たみたいだ、 拍手を送ってあげよう、 彼の功績に恥じないよう大きな音で」



「はい?」


周囲の調査員達は不思議と皆笑顔だ、 それは嫌な感じのしない優しさのある顔だ


パチパチパチッ


土飼が笑って手を叩く、 それに同調して調査隊メンバー達、 奥能おくののおっさんや、 威鳴さんまでもだ


「えっ!? いやいやいや、 別にそんな大層な事は……」



「家族を守ってくれてありがとう!」


へ?


そんな声で声のした方を振り返る、 声を発したのは一人の調査員だった


「昨日のシェルターでの戦い、 俺は駆けつけることが出来なかった、 俺は家族に危険が迫っている事すら気が付いて居なかった」


深谷離井と言う敵が侵入し、 今か今かと襲撃を企てていた、 それに気がつけた者は居ない


「日暮君が戦って、 追い払ってくれたって聴いたよ、 だから、 ありがとう」



「いやっ…… いえっ…… そんな、 お礼なんて……」


言葉に詰まる、 この人の家族が何処の誰何て知らない、 俺が直接身を呈して守ったわけじゃない


副次的、 間接的に、 結果的にそうな訳で、 第一、 日暮は感謝なぞされないと思っていた


日暮は誰から見ても分かる程、 楽しんで居た、 戦いを、 嬉々として笑っていた


雪ちゃんが居たから死人が…… いや、 死が確定してしまった人は居なかったと言うだけで、 多くの人が死んでいたろう


首が飛んだものだって居た、 それがどうにかなったというのだから恐ろしいが、 その中の一人がこの人の家族だった可能性だってある


俺は、 人から感謝される様な行いはして居ない……


首を横に振ろうとして……


「俺もだ、 妻から聴いたよ、 君が必死に敵と戦ったって、 自分も大怪我を負いながらそれでも戦ったって」


心強かった…… と


ありがとう、 ありがとう、 ありがとう


拍手喝采


「皆、 日暮君に感謝しているよ」


土飼だ、 嘘だろ? 少なくとも土飼はシェルターにあの時に居た、 俺を見ていた筈だ


俺は視線で土飼に訴える、 それを見て土飼が笑った


「力の無い者には出来ない、 戦う事も、 どんなに君が一癖も二癖もある若者でも、 我々だって人を見抜く力を持っている」


「君の本質的な、 優しさ、 それは見れば分かる、 だから感謝するのだよ」


本質…… って何だ?


日暮は胸が苦しかった、 俺じゃない、 この賞賛を受けるのは………


………………


……じゃあ、 誰だ?


俺でなくて誰だ……………… ?


パチパチパチッ


拍手、 手を叩くのは……


日暮だ


「……俺だけじゃない、 皆戦った、 皆で守った、 皆で、 皆のことを賞賛しましょう、 皆さん、 お疲れ様でした!」


周囲は少し驚いた顔を見せて、 皆で顔を見合せて、 また笑った


「そうだな、 日暮君は頑張った、 でも全員頑張った! 皆で称え合いましょう!」


土飼が音頭をとって皆で拍手しあった、 掌の奏でる乾音、 だがそこには確かに人々の勝利の喜び


称え合う、 分かち合う、 笑い合う、 人間賛歌があった


バンバン


背中を叩かれる、 後ろを振り返ると奥能のおっさんが居た


「日暮、 何かお前成長したんじゃねぇか? 少し大人になったな」


よく分からない、 でも悪くない気分だった


「俺からしたら本当に大した事じゃないんです、 だから何か申し訳無くて…… でも実際皆戦ったんでしょ、 素直に凄いです」



「俺らからすりゃお前の方が凄いんだよ若造! それにまだ言ってなかったよな!」



奥能のおっさんが笑う


「おかえり! よく帰って来たな、 明山日暮!」


っ!


何故だろう、 容易に受け入れられるとストンと胸の中で何かが降りる、 その正体を日暮は知らない


「あっ、 えっ、 ああっ、 帰ってきました…… はい」


田舎あるある、 小学生の頃、 下校中近所の人に『おかえり』と声をかけられ、 何と返せば良いか言葉に困る


あれを思い出した……


バシンッ!


今度は強く背を叩かれる


「ただいまだろうが!」



「ひっ! ただいまぁっ」


少しだけ心が温まった気がする、 皆笑っている、 何か…… 間に合って良かったな


朝日を浴びて束の間、 日暮は周囲の人と笑いあった、 街では何だかんだ気を使ってばかりだった気もするし


こう言う誰もが準平等の感覚を持てる場は日暮の心に平穏を齎す


そう言えば……


「あれ? 土飼さん、 この後俺は何すれば良いの? 良かったら一人でも調査行くぜ?」



「あっ、 それ俺も俺も、 俺はあんまり疲れない仕事が良いなぁ~」


威鳴さんの声だ、 彼も同時にこの後の仕事が決定して居ない


「二人には是非とも周囲の巡回を行って欲しいと思っていた、 昨日の今日だ、 敵はまだ周囲にいる可能性も有る」


「それに敷地の入口が破壊されていて、 今は簡易的なバリケードで塞いで居るが時間の問題だし、 第一、 二度と侵入を許してはいけない」


「おいおいシェルター全体の強度を上げたいと思うんだ、 と言っても出来ることは限られているが」


良かった……


「つまり戦いって事ね、 それに散歩もできて気分も最高! っても人手は足りるの? この数人で?」


土飼は首を横に振る


「何も我々だけじゃ無い、 シェルターの避難民の方にも協力してもらう、 皆で協力するのさ」


成程、 シェルターの中の人もただ呑気にしてる訳じゃないと聴いた、 勿論皆色んなことを掛け持ちで協力していると


ただモンスターは恐ろしい様だ、 適材適所、 怖くない奴が戦えばいい


「じゃあ意気込んで行ってきますよ、 周辺ってどの辺までの話?」


土飼が手に持っていたファイルから紙を二枚取り出す、 どちらもこの近辺の地図の様だ


地図の上には幾つか赤い丸が着いていて、 丸と丸を繋ぐようにジグザグと黒い線が伸びている、 そして二枚の地図は互いに違う箇所を示している


「この黒い線は見ての通り道だ、 一枚はシェルターから手前の側をぐるっと、 もう一枚は裏手をぐるっと、 道順を示して有る」


「赤い線はこの近くの調査対象を纏めておいた、 道順に沿って進み調査対象を順次調査して帰ってくる、 これが君達の仕事だ」


日暮は二枚のうち適当に片方を取る、 それはシェルターの手前の側だった、 威鳴はもう一枚を取り、 俺のと比べている


「……内容は何方も殆ど変わらない、 まあ、 巡回でただ散歩していても仕方ないので、 ついでに調査もしてきてくれという訳だ」


「勿論道中モンスターも現れる危険がある、 これは強制じゃない」


この言葉はいつも言うらしい、 俺達の意思に任されている


ははっ


「行くなって言われても行きますよ、 そうじゃなきゃね、 戦いのついでに調査も兼ねてる、 合理的~」



「あははっ、 戦いの方をついでにしないあたり日暮君らしい、 俺もいいですよ、 猿ども弱いし」


その後準備の為に一時解散し、 調査隊のメンバーはそれぞれの仕事に向かう、 その歩みは昨日の疲れを感じさせる


しかし、 その歩みは確かに希望のある歩みだ、 前進だ……


破壊された門から外の世界へと歩みを進める、 容易にモンスター蔓延る世界に飛び出す


「明山日暮…… 調査を開始します」


自然と上がる口角、 それを意識して日暮は勢いよく飛び出した


……………………………


…………………


ガサガサ ガサガサ……


「あった、 これか…… 柴犬のぬいぐるみの『餅柴』ちゃんか、 物凄いもちもちだ」


可愛らしい子ども部屋、 その部屋を極力荒らさない様に千鳥足で歩き、 優しく入って来たドアを閉める


廊下に置いてあったリュックから大きめのポリ袋を取り出してぬいぐるみを包みこみ、 リュックとは別に持ってきた大きめのショルダーバックに詰める


リュックからファイルを取りだして依頼書を確認する、 依頼書には家の場所、 依頼品、 詮索条件が書かれているが……


「詮索条件は余計な部屋を見ない、 目的の物を取ったらすぐに家を出る、 しっかり施錠する、 ね、 そりゃそうだ」


階段を降りて真っ直ぐ玄関に向かう、 他人の家の中にいると言う奇妙な感覚が、 謎の罪悪感のようなものを呼んでくる


危険調査隊の仕事はモンスターの殲滅ばかりでは無い、 どちらかと言えば今回の様な、 シェルター避難者からの依頼がメインだ


その中でも多いのがやはり今回の様な事だ、 家に物を取りに行ってくれと言う依頼である


薬やコンタクトレンズ、 衣類や生活必需品、 そういった物が優先されているが、 流石に人手不足


今回のように生きるのに困らない物は後回しにされているのが現状だ……


依頼書の詮索事項には、 これはまだ幼い少女の為に両親が買ってあげた物であると……


その家族と知り合いだという調査員に話を聴くと、 少女はどうしても柴犬を飼いたいと目をキラキラさせながら話していたらしい


だが、 二歳年下の弟が犬アレルギーを持っている事が発覚し、 両親は苦渋の決断で柴犬を飼えない事を少女に話したそう


少女は一晩泣き喚いたが、 一緒になって泣いてしまった弟を想って、 気持ちをグッと抑えたのだと


そうしてその代わりに両親は少女に『餅柴』のぬいぐるみをプレゼントしたそうで、 それに大いに喜んだそう……


しかしひと月前避難の際『餅柴』は少女の部屋に置いてけぼりに、 少女も眠れない夜を過ごしたと言う…………


……


ガチャリッ


玄関のドアを開け、 外に出る、 この辺は余り通らない道だったけど、 少なくとも日暮が学生の頃にはここは田んぼだった


たった一枚の田んぼを平らげた土地に、 八の家が並ぶ住宅団地、 その内のひとつで、 外観から中まで凄く綺麗な家だった


ガチャンッ ガチャガチャ


鍵をきっちりと閉めて、 閉まったことの確認をする、 預かった鍵をしっかりとリュックにしまい、 地図上の赤丸にチェックを付けた


「よしっ、 完了、 次々~」


事前に土飼が決めたと言う道順だが、 裏道や、 普段通らない道をなどをぐるっと周り、 約三キロ程の距離を歩く様だ


その道中に調査ポイントがあり、 それを随時調査して行く、 今回の調査は主に、 物を取ってきてくれと言う物が多い


その中でも後回しにされていた物をメインで回収する様になっているみたいだ


シェルターを出て、 既に一時間、 だが調査を挟んで居るので、 ようやく半分で、 この家が三つ目の調査場所だった


「一件目で時間掛かったな…… いや、 二件目もか」


一件目は老夫婦のお宅で、 そろそろ仏壇に線香を上げたい、 神棚にお神酒も上げてくれという物で


依頼自体は良い、 大切な事だから、 だが……


『お線香をあげてくれ、 だが家事は困る、 燃え尽きるまで見張ってくれ』


『日本酒は物置に封を切っていない良いのが有る、 だが最近物置のドアの立て付けが悪く開かない、 裏の窓の鍵が空いているのでそこから入ってくれ』


『次いでに物置の右の部屋に金銀の鯉の置物があるが、 もしかしたら倒れているかもしれない、 いつも侵入して倒していく野良猫が居る、 そうだったら直してくれ』


『その他にも…………』


ウンタラカンタラ どうたらこうたら……


『余ったお神酒は持ち帰ってきてくれ、 儂が飲む、 ちょっとくらい味見しても良いよ? 飛ぶぜ?』


との事……


日暮は日本酒所か、 成人してからもお酒は数える程も飲んでいない


意外と高い物置の窓、 その下に立てかけられた古びた木製の梯子が恐ろしく、 何とか転がりこめば、 そこは野良猫の巣、 金銀の鯉は勿論転げ落ちて居た


直した端から転がされ、 その攻防を繰り返したが、 俺の負け、 ごめん爺さん……


その後家に入って、 先に仏壇に線香を立てた、 独特の香りが花を擽る


その香りを嗅ぎながら今度は神棚に載せられた盃にお神酒を少し注ぐ、 日本酒の独特の匂いに頭がくらりとした


2礼2拍手1礼をしてから、 更に廊下をモップで掛けて、 家に溜まった陰の気を払う為窓を開けて換気、 トイレ掃除……


ここまでする必要があるのか、 俺は……


そんな事を思っている内に線香は燃え尽きる灰となる、 窓を締め切り、 日本酒と、 お婆さんの方依頼で頼まれた、 梟の根付を閉まってその家を後にした


…………


「家政婦か、 婦じゃ無いけど、 まあ、 良いけど、 二件目の方が酷かった……」


………


『ガジュマルのスケッチを取ってきてくれ』



『カジュマルが我が家には有るんだ、 我が子のような物さ、 だが少々大きい、 持ってくることは叶わない、 ならば!』


スケッチして来てくれ……… は?


しかもこの男変わって居て、 画材に指定してきたのはチョークである、 家に小さな黒板とチョークがあるからそれで……


これが一番意味が分からない、 だが少々問題もあった


日暮は勿論美大卒じゃ無い、 美術部員でも無い、 絵は書けるけど、 専らモンスターだのなんだのを描いていた男だ


小学生の頃国語の教科書に載っていた、 木の書き方見ないな話と、 ゲームに出てきた樹木系モンスターを参考に描いた


殆どモンスターになったがまあいい、 もう途中で模写する事を諦めた


…………


「この化け物みたいな絵、 気に入ってくれると良いけど……」


無理だろうな……


そんな事を思いながら足早に歩く、 流石に時間を要し過ぎていると思ったからだ、 あんまり遅くなると心配される


「サボってたとか疑われたくないしね、 にしても、 平和だな……」


シェルターを出てからモンスターには一度も遭遇していない、 つまり戦闘が無いのだ


「まあ、 偶には良いけどね、 ここ最近戦い尽くしだったし、 束の間の休息ですわ~」


暖かな気候になって来て、 汗が垂れる、 少々厚着をして来てしまったか……


ふわっ


肌を撫でるように心地のいい風が通り過ぎる、 息を吸えば懐かしい故郷の香りが胸にいっぱい……………


…………………



「うわっ!?」


思わず顔を顰める、 鉄臭い、 この匂いは最近嗅ぎなれた匂いだ、 風に乗ってやってきた様だ


「血の匂い? 結構すぐ近くだぞこれ………」



『……!』


ん?


『……#%! +*%#!!』


声、 女性の声だ、 離れているせいか声がはっきりと聴こえない……


バッ!


何かまずい!


勢いよく駆け出す、 声の方向に全力疾走、 道順? 知るか! と思ったが運良く道順通りだ


だがそんな事はどうでも良い、 声の方向は、 次の路地を曲がった先………


「%#*%*+_-#!!! ⊿△∞⊿ロっ!!!」


ばしゃあっ!!!


路地を曲がった途端何か叫んだ様な女性の声と共に、 勢いよく何かが舞った


ぐるんぐるん


舞ったそれは宙で回転して…………


どしゃっ! ゴロゴロ


日暮の足元に転がった、 これは……


「首…… これは猿どもの」


声の方を見る、 そこには更に叫ぶ女性と、 その周りを囲む猿型モンスターが見えた、 その数は五匹


また女性が叫ぶ


するとかすかに空気が動いた様に感じ、 女性に迫っていた猿型モンスターの首が光沢のある黒色に似た光を放つ


ばしゃっ!!


次の瞬間猿型モンスターの首が飛んだ、 またしてもそれは宙を舞う


悉く、 悉く殺されているのは猿型モンスターの方だ、 女性はおそらく能力者のうむテラス、 変わった格好をしているが……


「ギャアアッ!」



「%#+*%s!?」


猿型モンスターが女性を掴む、 あの能力、 何をしているか分からないが発動できるのは単発か? 複数発動させられないなら厳しい


なんにせよ!


バッ!


ナタを抜いて一気に駆け出す


「喰らえ牙龍!」


そう叫びナタを投擲する、 ナタに絡みついた骨が伸縮し、 その狙い、 少女を掴んだ個体に正確に突き当たる


グシャアッ!


ナタが猿型モンスターの体を大きく喰らう、 身体欠損した猿型モンスターは不意の攻撃で悶えその手を女性から離した


「戻れっ!…… っ! あっぶね!」


ナタを手元に戻そうとしたタイミングで近くの個体が殴りかかってきた、 それを何とか回避して、 回避方向に体を回転……


「おっらぁ!!」


バキッ!!


その連携でローキックを放つ、 俺の蹴りは正確に、 どっしりと構えた猿型モンスターの腿を側面から捉えた


「ギャッ!?」


猿型モンスターが悶える、 馬鹿が!


「牙龍!!」


グシャア!!


ナタを振り下ろすと猿型モンスターは弾けるように死に絶えた


口角が上がる


「あははっ! おらァ次だ次!!」


動いたのは二匹、 だが馬鹿だ、 大バカだ、 挟み撃ちでもなく真っ直ぐ二匹並んで向かってくる


「お前ら猿帝血族ってさぁ…… まともな奴と、 お前らみたいなアホカスの雑魚で構成されてんのなぁ!」


「お前らレベルだと居ない方がマシだろうなぁ!!」


引きつける、 接近……


「ブレイング・バースト!!」


叫ぶ、 能力を叫ぶ!!


空気圧、 圧縮された空気圧が指定方向に吹き飛び、 破裂する!


ドグシャアッ!!


「ギャアアアアッ!?」



「ギッ!?」


ドカンッ!!


吹き飛んだ猿型モンスターは壁に叩きつけられ絶命した、 それを一瞥し、 そうして女性の方を見る


残りの一体の首が飛んで倒れる、 彼女が最後はやったんだな、 俺が最初にナタを突き立てて悶えて居た個体も死んでいる様だ


俺は女性に近づくと、 彼女は警戒した様な顔でこちらを睨みつける、 だが明らかに人に敵意を向ける事に慣れていない様だ、 少し不細工だ


俺はナタを閉まって両手をあげる、 彼女の能力を理解出来ないうちは危険だ、 俺の首が飛びかねない


「あ~ 落ち着いて、 俺は敵じゃない、 一旦警戒を解いてくれ……」


女性は首を傾げる


「%#%s_+%s%s%@%a!」



英語? いや、 何にせよ知らない言葉だ、 よく見れば見慣れない服装だ……


金糸で装飾された朱色のスカートは脹脛まで伸びていて、 厚手だ、 上に来た服も厚手で白く清潔な色をしている、 腰まである丈と腰や袖から垂れた同色の紐が風に揺れる


首元には黄金の縁に何やら宝石の着いた首飾り、 腕にも似た様な物が着いている、 軽く纏めた髪はグレー系グリーンの色彩で髪先に掛けて淡いブルーへとグラデーションがかかっている


髪留めも黄金色に輝いている、 何処かの民族衣装かの様な装いだ、 よく見れば先程と違い、 困惑した顔立ちは整っていて可愛らしい


………


(……パッと見同い年くらいか? どっからどう見ても日本人じゃねぇ、 と言うか例えるなら異世界人………)


「……異世界人?」


不意に浮かんだ言葉、 異世界は実際にあった訳で、 そこから来たモンスターもいる訳で、 異世界人も………


いやいやいやいや……


「なぁ、 あんた、 もしかして……」



「~~~~(不明瞭)」


わからん…… こういう時はジャスチャーだよな?


(…… 異世界…… 異世界のジャスチャーって何だ? 世界…… 地球…… 丸?)


両手で円を描く、 女性は更に首を傾げる、 良かったのは一応先程までの敵意は引っ込めてくれたという事だ


(……伝わらないか、 せめて絵なら…… あっ)


リュックを漁る、 取り出すのは二件目の依頼で使った黒板、 そして持ってきた……


「チョーク、 これなら道路やら壁に絵をかける…… 描いちゃダメか…… いや、 ヨシ!」


俺は血のついてない壁に向かうと地球の絵を描く、 それともうひとつ丸を描いて丸の中に ? を描く


「えーと、 地球が俺……」


地球を指さして自分を指す、 もうひとつの?をさして女性を指さす、 行けるか?


女性は顎に手を当てて悩みを巡らせているようだ、 頼む! 伝われ!


パンッ


急に女性が閃いた様に手を叩く、 お?


女性はとことことこちらに近づくと俺の持つチョークを指さす


「? あ、 使いたいの? どうぞ」


女性にチョークを渡すと地面に丸を描き始める、 ふたつの丸を、 初め同じ絵を描くのかと思ったが奇妙な事に


ふたつの丸はぶつかり合って一部が重なっている、 女性はその二つの丸を更に別のまるで囲み、 その丸を囲むように何かを描いていく、 それは文字の様だった


一通り描くと女性は地面にチョークを置いて、 片方の丸を指さす、 その後に日暮を指さした


女性の方はそれとは別の丸の上に乗る、 そこから再度同じジェスチャーをされた


「もうひとつの丸に俺も乗れって? はいはい、 何なんだよ……」


重なり合う二つの丸、 その上に乗るので二人の距離は近い、 流石に近い、 すぐ目の前、 四十センチ程の距離で、 頭一つ分小さい綺麗な顔が有る


「~~~~~~(不明瞭)」


女性が何か言葉を唱える、 それは歌の様でも呪文の用でもあった


キラキラキラキラ……………


不思議な事にチョークで描かれた丸や文字が光って見える、 そうして女性は言葉を紡ぐのをやめた、 言い終えたのか……


上目遣いの女性がつま先立ちをする、 何度か、 でも何か不満がある様で顔を顰める、 今度は俺に中腰になれとジェスチャーを送ってくる


は?


いやいやいやいやいやいやいやいや……


不意に彼女と同じ高さで目が合う、 あれ? 何で?


気が付くと日暮は指示された通り中腰になっていた、 女性が満足そうな顔をして、 顔を近ずけてくる


え? え? え?


これって…………… え?


………………


こつんっ


軽い衝撃があって、 近い、 日暮の額に女性の額が当たる、 おでことおでこが触れている


ふわっ


噎せ返るほどの甘い香りが漂って、 女性が目を瞑る、 日暮も気が付けば目を瞑っていた


不意にまた声が聞こえた、 聞きなれない、 しらない言葉………


「%#_-+%s@#%…………… 知識共有・プラリズム・コネクト………」


………知識…… 共有?


………


ドンッ!!!


「うげっ!?」


自分ものか何なのか? もう分からない様な浮ついた感覚の中、 質量を伴った衝撃が頭部を襲う


勢いよく何かを押し込むかの様に、 何かが物凄い勢いで侵入してくる、 脳の外郭を、 頭蓋を粉々に砕いて、 何か……………………


ドサッ


自分がきっと地面に倒れたという感覚だけがせめて感じる事が出来たが、 日暮はそのまま意識を失った……

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