第七十一話…… 『それぞれの団欒』
静かだ……………
「あ~ 世界騒音! 皆叫んでるっ ドキドキ恋のスキャンダルっ ふっふっ!」
作戦室、 藍木シェルターの敷地内にある、 プレハブ小屋、 危険調査隊のメンバーの仕事部屋だ
普段はメンバーの人が何人も居るが、 今は殆ど私がこの食堂エリアを独占している
歌だって歌っても誰にも聞こえやしない、 多分二階にはこのシェルターのリーダー大望議員がいるかも知れないが、 まあいい
所々吹き飛んだ、 見るからに破壊されオンボロになったこの作戦室、 食堂エリアもそうだ、 机や椅子が吹き飛んでいる
「……私、 今朝ここでモンスターに襲われたんだよね、 我ながらよく何とかなったよ、 日暮くんが来てくれなかったらやばかったよ」
今朝シェルターはモンスターの襲撃にあった、 侵入したモンスターによって私は襲われあと一歩で…… という所まで死が迫っていた
菊野和沙はたった一人生々しく破壊後の残るほこり臭い作戦室の食堂でお茶を飲んでいた
多くの調査隊メンバーや、 自分を除いた事務員がシェルターにて家族との時間を過ごして居るだろう
シェルターがここまで危機に瀕した事は一度も無かった、 皆命からがら生き延びて、 その実感を大切な人と感じているのだ
「私は違うけどね、 一人の時間を何時でも、 どんな時でも楽しみますよ」
菊野の家族も勿論シェルターに居る、 今日この後の食事の配給は暫くの間この作戦室では行われない
ボロボロでとても人がゆっくり過ごせる空間じゃ無いからだ
だから直ぐにシェルターに戻って家族と過ごす事になる、 だが……
「……はぁ、 何か嫌だな………」
家族の事は勿論好きだが、 神経質な母と、 呑気な父のふたりの性格はこの極限状態の避難生活によって芳しくない
マイペースな弟は同級生の友達と常にたむろして話をしていて普段居ないので、 いい空気感は常に無い
「なんて事ない会話を私が橋渡しして繋げるの、 おかしくない? 気使うんだよ、 はぁ……」
頼むから父との母には仲良くして欲しい、 あと弟はほんと何とかしろよ……
一人だと文句ばかりが口をついて出てくる、 いつもだったら少し年上のお姉さん、 綿縞朝乃さんが居るのだが……
望んで一人になっておいてそんな文句は言えない……
「はぁ……… 日暮くんともう少し、 話したかったな……………」
そんな言葉をポツリ……
「ちーっす、 うぇーっす、 こんばんはっす、 菊野さっきぶり~」
っ!?
「えっ!? ひっ、 日暮くん!?」
驚いた、 彼はこちらに向かってドカドカ歩いてくる、 妙だな、 彼は今久方ぶりの家族団欒を楽しんでいる……
いや、 彼が楽しんでいなくても、 家族は心待ちの再会で、 離さないくらいの勢いだと思っていた
「あれ? 皆との話は、 家族会議とか無いの?」
「あ? あー、 終わった」
さっき私がシェルターを去ってまだ十分程だと思うが…… 積もる話も有るだろうにもう終わった?
「……早いね、 皆もっと日暮くんとお話したかったんじゃない?」
彼は首を傾げる
「そんな大袈裟な、 たったのひと月会ってなかった位で話す事なんかねぇよ」
「っ、 そうなの?」
驚きだ、 多分菊野家だったらあーだこーだ母がひたすら細かい事聞いてくるし、 父は不神経にいろいろな話をするだろう
それが死んだと思って居た家族が帰ってきたとなればもっとだ、 失った何かを取り戻すが如く共にいる事を強制するだろう……
「色々心配されたでしょ?」
「そりゃな、 だからってどうだこうだは無いよ、 それよりも俺は菊野に話があったんだよ」
へー…………… え?
「私?」
日暮は深く頷く
「菊野がくれたミサンガ、 これのおかげでまじで助かった、 ありがとな」
?
「……何かあったの?」
「そう、 さっきの戦いで、 このミサンガに助けられたんだよ、 結構やばい局面だったから」
先程の深谷離井との戦闘でナタを握る右手首毎吹き飛ばされ、 俺はナタを離してしまった
咄嗟に伸ばした左手は虚空をきり、 ナタを掴み損ねた、 俺は諦めた、 だが引っ張られる感覚に気づけば瞑っていた目を開けみれば
風に瞬いたこのミサンガがナタに絡み付いた骨に引っかかって居た、 俺はそのままナタを引き寄せ、 最後の最後、 決定打を撃ち込むことに成功したのだ……
………
「だから助かった、 でも引っ張られて少しほつれてな、 切れそうになっちまったんだ、 悪い」
菊野は少し怒った様な顔をする……
「そんな危ない事を感謝されても全然嬉しくありません…… でも…… 良かった」
やっぱり良い奴だな……
「それに、 日暮くんミサンガって何なのか知ってる?」
?
「……ブレスレットの一部だろ?」
菊野が首を横に振る
「それだけじゃなくて…… 御守りなの、 自然に切れたら願いが叶うって、 そういう代物なのよ?」
「そうだったの? 願いが…… ってあれ? 俺願いそもそも決めてないぞ?」
日暮くんが首を傾げる…… 大丈夫
「私が願いを込めておいたから、 大丈夫だよ、 日暮くんは大丈夫……」
「? そうなんだな、 ありがとう、 因みにどんな願いだ?」
それは………
「ふふっ、 秘密…… な~んて」
菊野は笑った、 慣れ親しんだ人に向ける、 優しく慈愛の籠った笑を
「んだよ、 それ…… あははっ、 まあいいや、 とりあえずありがとな、 俺はもう行くから」
日暮は手を挙げて挨拶する
「うん…… うん、 また明日ね、 おやすみ」
「おう、 また明日な……」
去っていく日暮、 その後ろ姿を見つめる……
「願い…… か、 私の願いは勇気だよ、 どんな時でも前に進み続ける日暮くん、 でもその歩みが止まった時、 先に進む勇気をあげる……」
そんな願い、 だからその時まではきっと簡単に切れはしない……
「少し元気になったな、 もう少しだけここで休んだら、 シェルターの方に戻るとしますか……」
そう言って菊野和沙は一人ティーカップを傾けた………
…………………………………
…………………
……
作戦室を出てシェルターに戻る、 日が落ちて夜の帳が上がる頃、 空気はやはり少し冷たくなる
「……そう言えば」
思いついて足を止める、 ガザゴソ…… リュックを漁り目的の物を取り出す
「よっこらせ……」
シェルター敷地内、 広い駐車場の縁石のひとつに腰をかける、 手に持ったそれは無線機……
ピガガッ
「あ~ 明山日暮です、 応答願います……」
『……はいはい、 こちら菜代、 良かったわ、 日暮くんの方から掛けて来てくれて』
ややあって返事が来る、 菜代望乃さんだ、 彼女は今朝まで日暮が遠征調査に赴いていた隣町
甘樹駅前の背の高いビルの屋上に住んでいる人で、 日暮の命の恩人でもある、 今は協力関係で、 遠征先の戦いでその絆も確かなものとなった
「遅くなってすみません、 やっとひと段落ついた所で、 ありがとうございました、 菜代さんが今朝連絡をくれ無かったら俺は今頃まだ呑気にその辺の道でサイクリングしてました」
『うふふっ、 そうね、 してそう…… でも良いのよ、 ……皆、 無事なのね?』
菜代さんからすればこの藍木シェルターに避難している人等面識無いだろうに、 それでも心配するその声は本物だ、 優しい人だ
「ええ、 こっちの調査隊がちゃんと機能したみたいで…… まあ、 色々あったけど結果的には皆無事でした」
本当は何人も死人が出ていたはずだ、 だがそれが今や [はず] で済んでいる、 これはありえない事だ……
街から共にこの藍木へとやってきた少女、 雪ちゃんの能力は死者すら甦らせる、 日暮は密かにこの力を忌避していた
『……そう、 なら良かったわ、 それより今朝、 君どうやって帰ったの? 何か思ったより早かったみたいだけど』
今朝、 菜代さんからこのシェルターの現状を聞いて日暮は急ぎシェルターに帰ることにした、 流石に自転車を漕いで進むのでは一瞬では着けない
街から来た少女雪ちゃんと共に暮らしていた白い大蛇、 その大蛇の力を使い、 俺と雪ちゃんは空の彼方にぶん投げられたのだ
後は雪ちゃんの能力もあって、 まさか空路で降り立つ事が出来たので一瞬で戻って来る事ができたのだが……
「今朝の事は…… そうですね……………」
そうして日暮は今朝の事や、 それに関連して雪ちゃんの事も話をした、 菜代さんの事は信用出来る……
そうして帰ってきたシェルターの事や、 今の現状の話を細かく説明した………
……………
「……って事で、 無事敵を倒してシェルターは何とかなりましたけど…… 襲撃をかけて来たモンスター、 猿帝血族の事は解決していないです」
『そう、 根城にしている藍木山だったかしら? いずれ襲撃戦を仕掛けるなら言って、 勿論私も協力するから』
なんの躊躇いもない善意、 その優しさ、 日暮には持ち得ないものだった
「……ありがとうございます、 あ、 あの…… シェルターの避難者の名前を調べたんですけど……」
菜代さんの家族は現在行方不明だ、 甘樹市の大きなシェルターにも菜代さんの家族は居なかった
希望は薄いが、 藍木シェルターに家族が居るか調べて欲しいと頼まれていたのだ
先程避難者のリストを見たが菜代さんの家族を確認する事は出来なかった……
『……そっか、 そうなのね…… はぁ……… 一体何処に居るのかしら』
「すみません、 何時も助けて貰ってるのに、 役に立てなくて……」
無線機の向こうから少し寂しそうな笑い声がかすれて聞こえた……
『ふふっ…… 謝らないでよ、 ありがとう探してくれて、 日暮くんの方は家族に会えたんでしょ?』
「はい、 皆無事でした……」
すこし言葉に詰まってしまう、 それを向こうは分かっているようにさらに少し笑った
『私に遠慮しないで、 良かったら話してよ日暮くんの家族の話、 一人は慣れてるんだけど夜長に独りで思い老けるのは寂しいの』
昨日まで賑やかだったからかしら…… 菜代さんはそうつけ加えた
少し悩んでから口を開く
「……拍子抜けしました、 俺の家族は心配性な所あるから、 何がなんでも辞めさせに来ると思ってたんです…… 戦いを」
確かに少しだけ言い合いはあった、 でも母は最後には認めてくれた
「大きな意味を持って闘えと言われました、 中途半端に流されるなって意味だと思います」
『……複雑な気持ちだったでしょうね、 きっと日暮くんが戦い以外では満たされる事が消してないと知ったのね』
『……だからこそ迷った、 本人が望む血みどろ道と、 他人が望む平和で日暮くんからしたら退屈な道……』
『生まれた事に理由は無い、 でも生きる事に意味を見出すことは出来る、 日暮くんの場合戦いこそが生きる意味だった』
『意味の無い人生にだけはして欲しくなかったのね、 親として子供には、 だからこその、 大きな意味を持て…… ね』
菜代さんの言葉を聞いて深い息を吐く、 空気が震えて少し白んだ様に見える、 今晩は肌寒そうだ……
「……また少ししたら伺いますね、 どうせそうなるだろうし」
『ええ、 いつ来ても歓迎するわ』
菜代さんの声にもう寂しさは無かった、 日暮は座っていた縁石から勢いよく立ち上がる
「本当にありがとうございました、 もう飯の時間らしいので行きますね…… あと、 近い内に甘樹シェルターの木葉鉢さんに繋げて貰いたいです」
『えぇ、 ふたつのシェルターの協力、 私と日暮くんで繋げるのね、 良いわ、 私もまたシェルターに行って話をしておくわね』
それじゃあ………
互いにそう言い合って無線を切った、 櫓さんの能力で作られた無線機は凄いな……
「はぁ…… さて、 そろそろ飯だ、 食って寝たら明日が来る、 そうしたら……」
そうしたら仕事が始まる、 少なくとも一月程前まではそう言って絶望に身を沈めて眠りについた
だが……
「あははっ! そうすりゃ、 また、 別の戦いだ、 戦い戦い! 気分良いなぁ~」
声が弾む、 望んだ世界、 その性質の夜はどうしても、 不思議なくらいに、 明るく明度の高い色彩に見えた
……………………………………
…………………
………
暗い……
「はぁ…… いつ来てもここは胡散臭い所だねぇ~ 空気もジメジメとして居るし、 暗くて…… 陰気」
きっちりとしたスーツ姿の男が厚手の背広を脱ぎ、 丁寧に畳む、 見た所高級ブランドの様だが、 かなり着古されている様にも見える
するるっ
ネクタイを指で緩め、 その後にソファーにドカりと腰掛ける、 古いソファーが…… ギィと音を立てた
「はぁ…… 埃臭いし、 それに硬いソファーだ、 スプリングが効いてないんじゃないか?」
薄暗い空間でスーツの男は怠そうに文句をたれ天井を無意味に仰ぐ、 見た目は仕事終わりのサラリーマンと言った所だが……
「うるせぇなぁ…… だったらこの部屋から出てけよ、 休みたくても休めねぇだろ」
薄暗い部屋に別の男の声が響く、 スーツの男が部屋に入るよりも前にスーツの男が腰掛けるソファーの向かいにある別のソファーに寝転がって居る人影があった
「君こそあまり大きな声を出すなよ、 療養中なんだろ? 体に響くんじゃあ無いのか? 特にこんな硬いソファーで寝ていたら」
「そう思うんだったら静かにしててくれよ、 っと、 目当ての奴が到着だぜ」
薄暗い部屋の空気が変わった、 そいつの能力が使用される時、 何時もそんな感想を抱く
「ふぅ…… やっと帰ってきたかナハト、君も人を待たせるのが好きだね?」
スーツの男が放つ嫌味ったらしい言葉に、 しかしやってきた男はそれを気にもとめない
「ごめんごめん、 流石に族帝殺しは楽じゃないよ、 時間が掛かった、 でも二人でおしゃべりしてたんだろ? 韋刈とさ、 そうだろ? 雨禄」
ナハトと呼ばれた男は薄暗い空間でも分かる程楽しそうに肩を震わす、 その声は少し嬉々が混じっており、 声の印象は幼く感じる
その男の言葉に雨禄と呼ばれたスーツの男が何か言うより先に、 向かいに寝転がる男、 柳木刄韋刈が体を起こして反論する
「んなわけねぇだろ? そこの馬鹿社畜野郎となんか少しでも話が合う訳がねぇ、 はぁ…… 寝る」
韋刈はそう言うとまたソファーに横になって、 少しした頃にはもう寝息を立て始めた
「私としても君のように若くして刑務所に入っている様な社会不適合者のガキと話す事など無いよ、 と言い返してやるはずだったが……」
「まあまあ、 勘弁してあげてよ、 韋刈も折れた足が障って中々思う様に動けないらしいし、 ずっと殺す…… 明山日暮を殺す…… って暗示かけてるみたいだし」
確か韋刈は数日前、 駅前の方で聖樹の宿命の殺害と、 苗木の回収を任されて居たが、 その最中に戦闘になった明山日暮なる人物との戦いで足を負傷したんだったか
(……まあ、 韋刈は実力だけは確かだ、 しかも恐ろしい事に能力者では無い、 生身で化け物何だ)
そしてそれを退けた男、 明山日暮……
「あまり会いたくないな私は」
「そう? 俺はワクワクしてるよ、 どんな奴何だろう? 面白い奴だと良いなぁ」
そう言って笑う男を見て思い出す、 いけないいけない、 こんな話は別に興味無い……
「話は変わるが、 言われた通りきっちり殺してきたよ、 深谷離井君だったか?」
「ああ、 良かった、 上手く行った様だね、 彼も能力者、 強かったかい?」
下らない質問だ……
「私は楽をするのが好きでね、 漁夫の利と言うやつさ、 彼が満身創痍で命からがら逃げている所を能力でトドメを刺したさ」
幼い印象の男はまたしても笑う
「向こうは雨が降ってたろ? 何だった? 血に飢えた獰猛な魚じゃ無かったか?」
「いいや、 小雨だったからね、 何だったか、 大きめのカタツムリだったよ、 形も残さず崩れて死んだ」
「ぶふっ! 貝故虫かっ! それはそれは…… 壮絶な死だったろうね、 雨禄の能力は怖いよほんと」
そんな事は無い……
「私の能力、 カーン・ゲルトは召喚能力、 その時その時の状況や環境に適応出来るモンスターを異世界から召喚する事が出来る…… だが」
雨禄は大袈裟に手を挙げてみせる
「呼び出せるモンスターは選べない、 能力が勝手に連れてくるだけだ、 自動的な力程恐ろしい物は無い、 何故なら実感を得ないまま業を積んでしまう」
まあ良いがね……
「所で、 ひとつ聞きたかったんだが? 今回殺した深谷離井君だが? 確か君が声を掛けたんじゃなかったかな? 何とか言ってかどわかしたんだろ?」
「そうだよ、 彼は恨みを復讐心に変えて居たからね、 状況も悪くなかった、 だから教えたんだ、 君なら魔王になれるって」
魔王…… ね
「魔王か、 さながらゲームの中のラスボスと言った所か、 御伽噺の世界だな」
クスクス、 笑い声が響く
「この世界からしたら御伽噺さ、 ありえない異なる世界の話なんだから、 それに魔王と言う存在は確かに居るんだよ?」
「だとしたら何故深谷離井君を私に殺させたんだい? 君は探して居るんだろ? 魔王を……」
ボワっ
ナハトがカンテラに近づき火をつける、 それをソファーの前の机に置く、 周囲は淡く照らされた
「簡単な話さ、 深谷離井は魔王じゃ無かった、 本物を見つけたからね、 韋刈が両親を殺して連れ去ろうとした娘、 名前は雪だったか、 やっぱり彼女だった」
以前報告を受けた、 魔王の条件を満たした少女が居るからと、 確か韋刈が回収に行ったのだ
少女の両親を殺し、 連れ去ろうといざ少女の方を見た時、 既に少女はそこに居なかった、 そこから少女は行方不明だった
「でも今朝の事だ、 魔王という存在が放つ魔力、 あれは確かに魔国式結界の波動を感じた、 これは確かだ」
「そしてそちらを見れば、 あの少女が居たんだ、 空を飛んでいた、 自転車でね」
変な話だ、 笑いも出て来ない
「それで? その少女を捕まえようとしなくて良いのかい? ナハト、 君の悲願なんだろ?」
ナハトも斜め向かいの一人用のソファーに深く腰掛ける
「勇者と魔王の物語ってさ、 いつも勇者が後手だろ? 魔王が力をつけて世界征服を目論んだ頃ようやく勇者が冒険の旅に出るんだ」
「それと同じさ、 誰が決めてるのか知らないけど、 まだあの少女に魔王としての自覚が無い以上、 俺も手を出せないの、 待つのも仕事なんだよ、 勇者はね」
勇者ね……
「まさか君がこの世界の勇者だなんて面白い話だ、 君こそ魔王か何か、 悪で飯食うタイプだろ」
「あははっ、 そうかもね、 でもそれじゃあ何も変わらないんだ、 魔王が現れて、 勇者が立ち向かって、 戦って、 血が流れて……」
ナハトは机に無造作に置かれたクルミを手に取る
「インビコール・ムーブ」
そう呟くと手に持ったクルミが外殻をそのままに、 内側の実だけ、 受け皿の様に開かれたナハトの左手にコロリと転がる
座標変換、 ナハトの能力は選択対象の座標を指定位置へとずらし、 移動させる能力
ナハトは掌でクルミの実を転がす
「……つまらないと思わないか? 同じ事を繰り返すだけの世界なんて、 俺が勇者になってつくづく実感するよ」
カリカリ、 音を立ててクルミを咀嚼する
「やる、 やらないじゃ無くて、 俺は別に勇者何か望んでないんだ、 誰だってそうさ、 望んでなんか無い、 それは魔王も同じ……」
「勇者の力を与える…… 神のような存在が居るとしたら、 魔王の力を与える悪魔の様な存在も居るんだ、 さながら俺たちはチェスの駒さ」
?
「魔王もそうなのかな? 望んで世界を破壊しに行っているのでは無いのか?」
「違うよ、 むしろ魔王こそ被害者だ、 魔王になる条件が有る、 それは第一に人である事だ」
カラン コロン
中身の無い、 空っぽなクルミの殻がナハトの手から転がって落ちる
「種族としての違いはあれど、 人族だけが魔王と勇者になる、 他の動物や、 一括りに…… モンスター達には本来関係ない戦いなんだ」
「それは族帝共も同じ、 しかし何時だって勇者と魔王の戦いは世界規模だ、 何故なら魔王はモンスターを操る事が出来るんだ」
「人は操れない、 だがモンスターなら操れる…… そして条件二つ目、 それは深い絶望感を持つ者」
「だいたいの場合は家族を失った子供と言うパターンが多い、 そういう意味でも深谷離井は可能性が低かった……」
「でだ、 ここまで来れば分かるよね……」
雨禄もクルミを手に持つ、 それをコロコロと転がして話の続きを待つ
「……人間種族がピンポイントで狙われているんだ、 勇者も魔王も、 世界を巻き込んだ戦いは、 結果的に人間間での戦いに過ぎないのさ」
「……戦争という事か? それをしくんで要る物が居る、 ではそいつらの狙いは何なんだ? 何者だ?」
ナハトは首を横に振る
「分からない、 昔から世界に居て、 何処からか俺達を見ている、 なにか目的があるのか、 本当に余興でやっているのか分からないが……」
「頭に来て仕方ないんだよ、 しみったれた奴らに運命を決められるのは、 だから流れを変えるんだ、 今度は俺達が仕掛ける番だ」
ナハトは笑う
「その為に世界をこんな風にしたのか? いや、 別に悪くないがね」
「いい世界になったろ? まさか二つの世界が混じり合う何て、 世界の神気取りのしみったれ共はどう思ってるかな?」
「今頃てんやわんやしてると嬉しいんだけど…… それに、 本来向こうの世界でのみ起こる勇者と魔王の戦いが、 違う世界」
「想定外の世界で、 想定外の方向に向かった時、 しみったれ共はきっと対応しきれない、 ……または今度こそ姿を表す」
「そこを叩く、 それでお終いにする、 そしてようやっと人類は、 新たなスタートを踏み出すんだ」
そう語るナハト、 雨禄は顎に手を当てて考える
「まあ、 成程な、 何となくは分かった、 だがどうしても不安感が拭えないよ、 何故ならその計画は君の物であって私のものでは無い」
「私達は仲間だが、 同じ方向を向くとかじゃ無い、 言うなればこの建物で暮らすルームメイトみたいな物さ」
「君のやり方もどうかと思う、 その作戦の為に一人の少女が実際に絶望を味わっている、 可哀想じゃないか?」
ナハトは笑う
「意外だね、 腹黒くて外道だって聴いてたけど? 子供には優しいのかな?」
雨禄は笑う
「皆そうさ、 女の子…… うら若い女の子だぞ? 可愛い子だぞ? 守りたくなるだろ? ぎゅっと、 抱きしめて、 あげたくなるだろ?」
身振り手振りに大袈裟なポーズを取ってみる、 だがこれは実際思っている事だ
「今この世界で可愛い女の子が震えている! 救ってあげなくっちゃ可哀想だ! 温めてあげるんだぁ! ……おっと」
気が付けば立ち上がっていた雨禄はスプリングの効いていないソファー腰を下ろす
「おや? 韋刈、 君もそう思うだろ?」
「……うるせぇ、 寝れねぇって言ってんだろ、 なんで俺が刑務所入って、 てめぇが社会人なんだよ、 この変態をさっさと捕まえろ」
いつの間にか起きていた韋刈がそう反応する、 そのタイミングで更に別の声が近ずいてくる
「おや? 皆帰ってきたみたいだね、 夕餉の時間だ……」
ガチャリッ
「ただいま!! 帰ったぞ!」
「……煩い、 お前はでかい声を出す以外に事故証明が出来ないのか?」
大きな体格と大きな声の男、 その隣に細い体に全身黒い服を着た男が話し掛ける
「おかえり、 遠太倶、 冥邏、 順調かい?」
「ああ! 街に出ばってる人型モンスターの親玉と大喧嘩してきたぞ! 勿論勝ったのだがな! あっはっは!!」
その大きな声に流石に眠れないのか韋刈は腰を起こす
「……首尾よく、 進んでいる、 言われた通り資産家のおっさんの首は切って来た、 予想通り銃火器を複数所持していた、 後で回収してくれ」
「うんうん! 皆上手くやってるね」
ガッハッハ!!
「ここ最近で失敗続きなのは韋刈! お前だけだなぁ! まあ! 余り気を落とすな! ゆっくり休んでいろ!!」
でかい声……
「……あ? おい、 てめぇ木偶の坊、 死にてぇのか? 俺が足使えないって事がてめぇを守る盾になると思うなよ? お前程度片手で殺せる……」
「あはははっ! 元気元気! ジョークだよぉ! 俺たちは! 仲間だろ?」
この男はこれを本気で言っているから頭にくる……
「はぁ…… 腹立つ」
「韋刈、 足の経過はどうだ? 上手く接合した筈だが、 問題はあるか?」
韋刈は首を横に振る
「いいや、 やって貰った前より全然良い、 助かったよ冥邏」
「なら良い、 所で魚惧露は何処にいる? あいつは何時も時間を守らない……」
もう一人、 その六人で徒党を組んでいる、 リーダーは勿論、 ナハトだった
「魚惧露は人じゃないし、 彼なりの何かが有るんだろうね、 まあ、 放っておきなよ、 話がある時は向こうからやってくる」
「……そうか、 なら……」
ドサッ
「今日の分だ、 味わって食え」
冥邏は背負っていたバックを逆さにして中身を放り出す
「おお~ 生ハムじゃあ無いか、 それにチーズも、 おい、 何処かにワインは無いか?」
「……いや、 これ丸ごと食っても腹たまらねぇよ」
骨付きで塊の生ハムを前に嬉々として喜ぶ雨禄と、 悪態を着く韋刈
「ワインは無いが、 カップ麺はあった、 好きなのを食え」
「やったァ!! ならば俺はこれとこれと、 これも……」
ベシンッ!
「一人一つだ…… それが分からないか? 遠太惧……」
睨み合いを始める冥邏と遠太惧を後目にナハトは大きな文字で味噌と書かれたカップ麺を手に取る
「素晴らしい発明だね、 これで実際美味いんだから、 遠太惧、 湯を沸かしてくれ」
「おう! ファイヤー!!」
ボウッ!!
部屋全体が照らされる程の炎が遠太惧から吹き出して、 その炎に当てられた鍋に入れた水が直ぐに沸騰する
その湯を蓋を開けたカップ麺に注いで数分待つと……
「完成だ、 それじゃあ皆食べようか……」
ナハトがぐるりと周りを見る
雨禄と目が合う、 韋刈は割り箸を割った、 冥邏は生ハムにナイフを入れる、 遠太惧はカップ麺の蓋を開けた……
「手を合わせて…… 俺達、 『ブラック・スモーカー』の、 皆の帰還に感謝して、 いただきます」
五人で手を合わせ束の間の晩餐と休息を過ごすのだった………