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第六十九話…… 『団欒・2』

『それじゃ行ってくるから、 日暮、 茜の事よろしくね』


そう言葉を残してリビングから、 いや、 玄関を慌てて飛び出していく音と共に母の気配はこの家から完全に消えた


『うわあああんっ うわああんっ!』


母が行ってしまった、 そうなると妹は途端に大泣きしてしまう、 きっと母が好きなのだと思う


『茜、 大丈夫だよ、 そうだお菓子、 お母さんお菓子隠してんだよ、 隠し場所知ってるから食べよう!』



『うっ、 ううんっ 朝ごはん食べてすぐはダメなんだってっ、 ぐすっ、 歯も磨いたし………』


困った、 まだ小学校に入る前の幼い妹はとてもお利口で母の言った言葉は絶対に守るのだ


歳をとってから思った事は、 母が妹をお利口な良い子に、 曲がらない様に育てたのは日暮が原因かもしれない……


日暮は小学二年生で初めて、 宿題をサボった、 めんどくさかったから親に嘘をついてやっていかなかった


まさか先生に怒られただけでなく、 帰って両親にまで怒られるとは思ってなかったが……


日暮はそれからも懲りずにサボった、 その内何も言われなくなった


小学四年生の時、 初めて授業中に寝た、 教師は初め寝不足を疑って心配していたが、 三者面談にてそうでないと分かり怒られた


勿論両親にも怒られた、 だがこれも懲りずに恥ずかしげもなく惰眠を貪った


起きてたって落書きしてるだけ、 宿題を珍しく出しても、 次の日には出さない


そんなだった、 日暮は昔からそんなだった、 そんなだからダメだったんだと思う


……………


まあ何にせよ、 任されたからにはどうにかしなくては……


『……茜はなにがしたい?』



『……………分かんない』


度々母に留守番を頼まれる、 その度に泣きじゃくる妹をなだめようとするのだが、 妹は何時もそう答えるのだ


[分からない] と………


困惑する日暮は何時も家にあるおもちゃで遊んだり、 ゲームに誘ったりするが、 偶に笑ったりもするが、 大体は空振りだたったりする


当人に分からない事が他人に分かるはずが無い…………………


『あっ、 そう言えば……』


今朝母は洗濯機を回すのを忘れて居た、 その為やっといてくれと頼まれていたのだ……


特徴的な青色のカゴを手に取る、 洗面所に乱雑に置かれた洗濯物をカゴに詰める


洗濯機に適当にぶち込む、 えーと、 電源ボタンを押して………


そこで不意に視線を感じる、 日暮の背後に付かず離れず、 茜が見ている、 その目は不思議と真剣な目だ


『……やる?』


こくりっ


小さく頷く茜、 そうとなったら……


洗濯機の前に子供用の台を持ってきて置く、 手招きしてその上に乗せる


『それではっ、 洗濯を始めます!』



『……うんっ!』


おっ? 何だが元気が出てみたいだぞ?


『そうしたらまず、 この電源ボタン…… 白いボタンを押すんだ!』


ピッ!


ボタンを押すと特徴的な音が鳴って、 それで妹が笑顔になった


コース選択はすすぎ一回で、 洗濯スタート


ピ~ ピ~ピピッ


『次は洗剤ね、 えーと、 汚れにガツンとのタックルを、 蓋をそう、 でここの線まで…… 一緒やろうか』


蓋を持ってもらい線の所まで来たらストップを言ってもらう


『このくら~い………』



『ストップっ!』


なかなか正確な量だ、 頼まれた時何時も適当な量を入れている日暮とは大違いだ


『今度はいい香り、 柔軟剤をこの線まで……』


柔軟剤を入れる引き出しに流し込んだら蓋を閉める


バタンッ


じゃ~ グワングワンっ


そんな音を立てて洗濯機は稼働を始めた


『よしよし! 茜がやってくれたからお母さん喜ぶよ』



『わっ! 本当? お母さん喜ぶ?』


何時にない笑顔、 本当に母が好きだな……


『もっとお母さんが喜ぶ事しちゃおっか?』



『うんっ!』


日暮自身はしたくもなかったが、 思いつく限りの家事やらなんやらをやってみた、 お昼はお弁当を作ってくれてある


食べたお弁当箱も何時もは置いておくだけだけど、 二人で洗った


茜はそうやって普段母がやっている事を自分も出来て喜んでいた


夕方になって帰ってきた母は目を丸くした


『え? 洗いものしてくれたの? 洗濯も干して取り入れてくれてるし、 その上畳んである、 それに掃除まで?』


少しだけ誇らしい気分になるな


『茜がやったんだよ』


それは自然と口をつついて出てきた言葉だった


『ううん、 違うよ、 二人でやったの、 お兄ちゃんが教えてくれたんだ~』



『あらっ、 そうなの~ それなら今日は美味しいもの作らなくっちゃ! 何食べたい?』


わー


『私も手伝う!』


その笑顔が何だかとっても眩しくって、 こっちまで明るくなる


これが尊さか、 そう思った………


………………


……


ズサズサッ


着崩れた作業着に袖を通す、 左の胸ポケットにメモ帳とボールペン、 右にスマホ、 スボンのポケットに財布を入れる


カチャッ


車の鍵を手に取る


『………行ってきます』



『行ってらっしゃい日暮~』


朝から快活な母の声を背に受けて、 泥のような気持ちと、 鉛のように重い体を引きずって玄関を出ていく


気づけば高校を卒業して就職していた、 職業は工場系で日々なんの変化もなく繰り返すだけの日々


父の朝は早く、 日暮が目を覚ます頃に家を出る、 その後気怠げに準備をして日暮が家を出る


その後、 自転車通学の妹を中学に送り出してから母も家を出る


季節は少しづつ暖かくなってもうすぐ仕事を始めて三年目になろうとしていた


無、 もう無だ、 とにかく仕事中は無だった、 自分がいる様で居ないような、そんな感覚


家に帰っても似た様なもんだった、 部屋に籠って、 夕飯になったらリビングに行って


黙々と飯を食う


『……それで○○が………』



『……○○も良いけど勉強は………』


黙々と飯を食う


『やってるよっ、 △△△って事が✕✕✕…………』



『~~が、 ………で、 ○○○○………』


周囲に漂う音は、 屋台の金魚すくいの様に、 群れている様に思い網を入れても、 気が付けばそこには金魚が居ない


すっかり穴の空いた網の様に、 何も得ることの無い心は、 同じ卓上で繰り広げられる会話すら拾う事は無い


気が付けばベッドの上で天井を仰いでいる、 LEDのライトが眩しくっ目が痛い、 スマホの電源を付けて、 消して……


目を閉じる……………


それだけ、 気が付けば朝になって、 繰り返す、 ただただ疲れる……


…………………………


…………


何時からだろう、 母の手伝いをする様になったのは、 夕飯を作るのを手伝ったり、 一緒に掃除したり


何時からだろう、 父や兄の洗濯をしたくないし、 一緒も嫌になったのは


何時からだろう、 母の小言に鬱陶しさを覚えたのは


何時からだろう、 祖父と祖母それと父と話をするのがめんどくさいと思ったのは


何時からだろう……


兄と話をしなくなったのは………


最後にまともな会話をしたのは何時だったか、 同じ家の中に居て別の空間と隔てられているかのように


気が付けばその隔たりはまんま心の距離になっていた、 悪い印象は無い、 何も思わない、 だからこそ何も無い


……………


ぴーっ


電気コンロの [切り] ボタンを押すと間の抜けたような音が鳴り、 熱の供給がストップする


完成だ、 割引シールの貼られた厚切りロース肉をポークステーキにした、 夕飯ではあるがニンニクを気にしてトンテキにはして居ない


バターを使った濃厚なタレを掛けた逸品だ……


『…………あれ? そう言えばお父さんは?』



『あっ、 今日飲み会で居ないんだっけ、 忘れてたわ』


母が目を開いて固まる、 四枚、 成程作りすぎってしまった訳だ……


『まあ、 日暮が食べるかも…… 呼んできてよ日暮』


えー


『もう…… 時間になったら降りて来いって………』


ギィ…… ギィ……


ノロマな速度で軋む階段の音が聞こえる、 降りてきた様だ……


ガチャ


『あっ、 日暮っ、 ご飯よ』



『………へい』


それだけ言って母から台拭きを受け取ると机を拭き始めた、 父と違い以外としっかり拭くとは思う


拭き終わったらそれぞれの箸をそれぞれの席へ並べている、 まあ手伝いはしてくれる


『日暮っ、 お皿持ってきて、 普通め薄めで』



『………分かりづらいな、 ラーメン屋かよ』


何時も使う平皿を持っていく、 パンのシールを集めて貰える様なお皿だ、 それを三枚持って行く


『もう一枚持ってきて、 間違えて四人分作っちゃった~ 作ったのは茜だけどね』



『はいはい』


兄と母のなんて事ないやり取りが繰り広げられている、 だが最近何か変だ、 ちょっとした事で何だが頭に来る


『ごめんなさいねっ、 作った私が覚えてれば余分に作らずに済んだもんねっ』


自分でも嫌な言い方だった、 そんな事を言ってしまった事に対しても頭に来る……


はぁ………


『っ、 日暮、 ご飯もってちょうだい』


兄は無言で茶碗を用意し、 ご飯を盛り始めた、 少し多い……


『多い、 そんなに大食いに見えるっ?』



『ああ、 わるい』


ダメだ、 何だが全然ダメだ、 ずっと頭に来て仕方ない……


高校受験、 今年受験の年だ、 今はもうずぐ五月であり中三に上がったばかりだが真面目な人は既に勉強を始めている


私もその内の一人になる、 しかも私は筋金入りだ、 県内随一の進学校を志望する事は最早決定事項だった


その為の協力は惜しまないと笑顔で親に言われた時はゾッとした、 望んでもいない目的地、 そこへ続く為のレールが知りもしない所で組まれていく


私は気付けばそこに居る、 何も分からないまま、 知らないまま、 そうする他ない、 たどり着けなかった時、 親の向ける笑顔がどう変化するのか想像すると怖い


親が私に厳しいのは兄がダラけたからだ、 何時だってそうだ、 のうのうと生きている兄の影に私は居る


私は多くの光に照らされ隠れる所もない、 身を隠す術すら知らない……


『そうだ、 日暮、 本当にこの後行くの? 海』



『行くよ、 飯食って風呂入ったら行く』


兄はキャンプと釣りが好きだと言うのは知っている、 度々一人で出かけている様だ


兄ばかりいつもいつも、 遊んでいるだけだ、 人生笑って生きているだけだ


『何狙いなの?』



『アジング、 パワーイソメで何でもごされよ』


へ~ 楽しみね~


と声を漏らす母、 母と兄がこうして話をしている場面を見るのも以外と久しいかもしれない


きっとさっきのやり取りで私の機嫌が悪いと思い、 母も話しかけずらいのかもしれない


同じ家に居る祖父と祖母は、 しかし食事等は何時もそれぞれで行っていて、 一緒にご飯を食べる事は珍しい、 時間が結構ズレているからだ


だから兄に話を振る他無いのだろう


…………


私特製のロースステーキを兄は特に何を思う訳でも無くバクバクと超速で平らげていく


(……少しくらい味わって食べれば良いのに、 何を焦ってるんだか)


父もそう、 兄と同じで物凄い速度で食べ終わるのだ、 大体美味いとか何とか言ったらどうなんだ? 私はそもそも何で夕飯何か作ってるんだ?


思い出せない


カチャッカチャッ


『ご馳走様でした』


兄が食べ終わり立ち上がると休む間もなく皿を洗いリビングを去って行く


『楽しみね、 何釣ってくるかしらね?』



『知らない』


母困った様に笑い、 いきなり話題を変えてくる


『そう言えば! お父さんが今日飲みに行ってるお店ね、 日暮と同級生の子の親がやってる所何だけどね、 その子が学生の頃もう頭良くって……』


『まあ日暮とはあんまり接点無かった見たいだけどね、 その子が空いた時間に家庭教師とかやってるらしくて……』


『もうね教えるのがとっても上手って評判でね、 それで茜は今勉強は順調? 行き詰まったりしてない? もし良かったら……』



『大丈夫だよ……』


母が更に困った様な顔をしてそれから黙ってしまう、 これじゃあ私が悪いみたいだ


『ご馳走様……』


母を一人残し私も早々に部屋に籠った


…………………


……


ガサゴソ ガサゴソ


物音?


『うっ…… はぁ…… 寝てた』


勉強机の電気が自分の影を濃くする、 暗い部屋の方が集中出来ると思い机の電気だけで教材に向き合って居たが、 気が付くと眠っていたらしい


今日は金曜日、 明日は休みだから少しくらい生活のリズムが崩れるのは問題無いが、 塾に行かなくては行けない


『別に行かなくても良いんだけどな…… 明日は授業無いし、 自主勉強なら家でも出来るのに……』


送り出される、 ニコニコと送り出されるのだ、 頑張ってこいよと、 母が私を送り出すのだ


頭を抱える


『あああああっ!』


こんな日が続く、 これから先も、 まだまだこれからなのに、 三年の修学旅行だって、 部活の大会だってそうだ


部活に関しては母と決めた、 学習に重きを置ける部活で、 更に面接にてアピール出来る物が良いと、 半ば強引だった


『もうっ、 なんなのっ!』


色んな部活を見学して決めたかった、 友人と切磋琢磨したかった、 体動かすのもありだった、 文化部も憧れた


私が入った部はボランティア部だった、 福祉協議に則った活動による社会勉強と、 自己アピールに全振りした活動内容


部活が終われば勉強………


『もうっ! もう…… いや』


涙が勝手に出てきた、 私の悩みは贅沢だ、 早い時期から塾に通って、 色んな経験を学べる場を用意して貰い、 最高のステージへと押し上げられる


きっと望んで手に入る立場では無い


『望んでない…… そんなの……』


じゃあ、 それならば私は何を望んで居るのだろう? 何が欲しい? 何になりたい?


『………………分からない』


ガサゴソ ガサゴソ


物音


『何さっきから…… 隣、 お兄ちゃん?』


時計を見ると時刻は十一時半、 何時もならとっくに家を出ている気もするが……


はぁ……


『別にどうでも良いや、 喉乾いた、 水飲んで寝よう』


ガチャリッ


ガチャッ


ドアを捻った音が、 同じ音と被る、 隣の部屋だ、 偶然、 ばったりタイミングが被ってしまった


『あっ、 もしかして起こしたか? なら悪かった』


起こされたのは事実だが、 ほぼ寝落ちだったので別にそれに対して文句は無い


『別に…… それより何でまだ居るの?』


少し棘のある言い方だなとは自分でも思う


『忘れ物した、 ラジペン、 取りに帰ってきたんだよ』



『あっそ……』


それで送り出してしまえば良い、 それで会話も途切れて床に付ける、 それなのに……


『……お兄ちゃんは良いよね遊んでばっかで、 気楽で、 私と違って人生お花畑で』


兄が押し黙る、 そこが攻めどきだ! そう司令を受けたように感じていた物が突然溢れだしてしまう


『ずっとそう、 昔から呑気にのらりくらりして、 全然言う事聞かないからお母さんも嫌気が差したんだろうね、 そのしわ寄せで私にばっかり厳しいし』


『学生時代何て遊んでただけじゃん、 私と違って、 部活も勉強もしないで、 高校も有り得ないくらいの底辺校だったし』


『そのくせバイトもしないで、 人生一体何したの? 何かした? 今まで生きて来て大した事してないよね何も!』


何か、 私の中の黒い何かが鋭い切っ先を兄に向ける、 きっとズタボロに切り裂い、 きっと傷ついた


そんな兄の顔を拝んでやろうと思った……


『……大丈夫か? 本当に俺と違っていい子だよお前は、 俺じゃ背負えないもんなあんな大きな期待、 凄い』


兄は傷なんかついてなかった、 全く意に返さなかった、 その上心配までされた


うっ……


『なんっ…… なんなのっ』


また涙が流れて来てしまう、 情緒がおかしい、 ぐわんぐわんと頭の中が揺れている


そんな私を見て今度は本気で驚いた顔を兄はした


『っ、 大丈夫か?』


うるさいっ


『近寄らないで!』


そんな私の声が届いて居ない様に兄はすぐ側までやってくる


『なに? さっさと出ていったら? 海でも山でも能天気に遊んでれば良いじゃんっ……』


ガシッ


っ!?


兄が無遠慮に私の腕を掴みあげる、 なに? 今更怒ったの?


『っ、 離してよ』


兄の顔は……


『良かったらさ、 一緒い行こう、 海』


は?


こっちが面食らう程優しい顔をしている、 嘘でしょ? こんな人だったっけ?


『行くわけ無いでしょ…… こっちは受験生なの、 毎日勉強で忙しいんだから』



『受験生…… には早くないか? まあ、 俺が言うのもおかしいけど、 確かに勉強は必要です、 でも同じくらい楽しいも必要だぜ?』


そんなの……


『茜、 お前はなんの為に頑張ってるんだ?』


うっ………


『……分かんない、 分かんないけど、 別に関係無いでしょ!』



『普段だったら無いって答えるけど、 今は有るって答えます! あのなぁ、 偉そうな事言うけど、 茜、 お前はお前だ』



『誰かの為じゃない、 誰かの夢じゃ無い、 お前の努力は、 お前自身の為に、 ……茜自身の夢の為に頑張ってるんだ、 誰が何と言おうと』


違う……


『違うよ、 今の私は操り人形、 私は弱いから誰かに糸で引かれないと起き上がる事も出来ないんだ……』


否定して欲しかった、 きっぱり……


『そうか、 なら今は俺に引っ張られろ、 暖かい格好して来い、 今から行くぜ、 海に』


そんな……


『お母さん心配するかも、 きっと怒られる……』



『親何か何しても心配して来るもんだよ、 させるだけさせとけ、 それに怒られても茜じゃ無い、 俺が言われるだけだから』


それもそれでおかしいけど……


『じゃあ外で待ってるから、 急がなくて良いから早めで』


どっち?


そう思っている内に兄はさっさと行ってしまった……


『……どうかしてる』


引き返すように部屋に入る、 こんな状況で私を遊びに誘うなんておかしい、 どうかしてる……


クローゼットを開ける


『私ってばどうかしてるよ、 本当に……』


気が付けば寝間着から冬服に着替え私は部屋を飛び出していた


……………………


……


ガチャッ


兄の車、 箱型の軽自動車で、 屋根が高く広々空間の遊び心がある…… とCMでやっている車だ


確かにフルフラットにすれば大きめの荷物も余裕で乗るのでキャンプの道具や釣竿、 椅子に、 クーラーボックスまできっちりと収まっている


外は寒い、 まだ春の温かさが夜の帳の降りた闇の時間まで届く事は無い


だが、 忘れ物を取りに戻ってきたと言っていただけあって、 既にエンジンを掛けて時間のたった車内はエアコンが聞いていて暖かい


その上兄の車は全席はシートヒーターが着いていて、 座った途端暖かく、 以外と気が効くところもあるものだと少し感心した


『ブランケットも有るよ、 クレーンゲームで取った』



『……膝掛けに使う』


凄くぬくぬくとした空間だ、 節約して暖房を極力弱めた自室よりかなり暖かいのでなかなかに心地がいい


カッチャ カッチャ


人形四コマ漫画のポップで可愛らしいキャラの首振りの置物がダッシュボードの上で揺れている、 何時も位置が違って居るのはきっと固定がされていないからだ


~♪


一瞬兄が好きなアニメの主題歌がカーモニターにBluetoothの文字と並んで表示されるが


兄がすぐにラジオに切り替える、 深夜のラジオだ、 風情を気にした様な妙に落ち着いた語り口で今度こそ知らないロックナンバーの紹介をしている


車が発進する、 吐き出す様な唸り声と共に、 砂利の庭をタイヤが勢い良く蹴って、 その体を前へと押し出した


もしかしたら初めて乗るかもしれない兄の車の助手席、 以外にも兄は安全運転で慣れないと言う以外はとても落ち着く


母の運転は周囲に気をつけすぎて過剰な位だし、 父の運転は少し怖い、 そう言えば昔おじいちゃんの車に乗ったこともあった


気付けば瞼を閉じていた、 普段は考えない様な事や、 思い出すことの無い古い記憶が頭の中で踊って


それが輪郭のないぼやけた物に変わって行く、 そうして張り詰めた糸が切れる様に私の意識は暗闇に落ちた……


……………………


………


ふぁ………… あ……………


『海、 遠いんだよ、 まじ偶には海の方からやって来いってな……』


そんな事を呟いたが思い出した様に口を閉じた


すぅ…… すぅ……


隣で茜が寝ている、 なかば強引に連れ出してしまったが、 疲れてるだろうに悪い事したかな?


既に車を走らせて三十分程、 目的地まで四分の一って所か、 まだまだ道のりは遠いな……


そう思っていた矢先、 ポケットが震える電話だ、 都合よく赤信号で止まったが既に切れてしまっていた、 相手は……


『母さんだ、 そりゃそうか……』


母は既に眠りに付いていたので、 好都合と思い茜と出かけるとメールだけ送り付けておいたのだ


この先に自販機がある、 そこで停車する


もぞもぞ……


『………んっ? 着いた?』


茜が目を覚ます、 電話は車内でしない方が良いな……


『いいや、 自販機寄るわ、 何な飲むか?』



『……暖かいお茶』


俺は頷いて財布とスマホを持って外に出る、 フロントガラスから中を覗くと茜乗瞼は既に閉じられている


スマホを操作して通話を折り返す


ぷるるるっ


『あっ! もしもし? 日暮? ちょっとどういう事? 今何処に居るの? 茜も一緒って、 何考えてるのよっ?』


まくし立てるように迫る声、 はぁ、 めんどくせぇ


『あーっす、 今ね…… 山の中、 ほら長いトンネルあるじゃん、 あれの手前くらい……』



『茜は? 茜はそこに居るの? 居るなら変わって』


はぁ……


『茜は寝てるから無理、 起こすの悪いし話なら明日の…… いや、 帰ってからにしてよ』



『今すぐ帰って来なさい、 日暮、 どんな趣味も良いし、 貴方が楽しいなら特に言うこと無いわ、 でも他人を巻き込んだらダメ』


『茜は今将来の為に頑張ってる時期なのよ、 無駄な時間何て極力無くさなきゃ勿体無いの、 それがわかってるの?』


『私達大人と、 茜の時間は価値が違うの、 一瞬一瞬がすごく大切なのよ茜には』


よく言うよ……


『大人になってつくづく思うよ、 どんな時間、 遊んでる時間も仕事も、 だらけてる時間も…… 無駄な時間何てひとつも無いんだよ』


『全部の時間が自分を支えるのに必要なんだ、 どの瞬間も今自分に必要な事を心のままにしているに過ぎない』


『無駄かどうかは茜が決める事だ、 明日家に帰ってから茜が決める事、 それまでには誰にも分からない事だ、 俺にも、 母さんにもな』


『それを決め付けた様に語ってる時点で、 それはもう茜の意思じゃないんだよ、 茜は母さんじゃ無い、 もっとちゃんと茜自信を見てやれよ』


深いため息が電波に乗ってスマホのスピーカから届けられる


『偉そうに…… わかった様なこと言わないで、 大体貴方は何も知らないでしょう茜の事、 何にも見てないし、 興味も無いでしょ家族の事なんか』


『こんな言い方はしては行けないけれどあえて言うわ、 茜は日暮とは違うの、 茜は頑張る事の出来る子なのよ、 日暮には出来なかった事よね?』


それに関しては返す言葉もない、 今更、 あの時頑張っておけば良かった…… 等とは一ミリも思わないが、 何一つ半端なまま時が経っただけなのが俺だ


『貴方は強いわ日暮、 誰の言葉も意に返さない、 揺るがない強い精神的が有るわ、 でもそんな人は早々居ないの』


『お願いだから茜の邪魔をしないであげて、 ね? お願い』


母の声は不思議だ、 申し訳なさと、 馬鹿律儀さと、 甘ったるい優しさを全部混ぜて煮込んだ様な、 そんな声を出す


だが残念、 よくわかってるじゃん、 届かない、 日暮には、 届かない、 揺るがない、 倒れない、 強い


『そこで俺が比較対象になる当たり、 自分の意思入りまくりだと思うんだけど、 その意思がイコール茜の意思じゃない事はご存知?』


『ガッチガチのその母さんの意思が、 茜を縛り付けて、 茜は訳も分からないまま引きずられてるんだろ?』


『俺は出来なかった努力? じゃあそれなんの為の努力だよ? 自分の笑える未来の為だろ?』


『……俺の中学の担任、 知ってるよな? その先生が言ってたよ、 今の自分が、 そのまま十年後の自分だって』


『なあ? 今笑えない奴が、 どうしてその先の未来で笑えるんだよ? 笑える未来の道って、 自分の未来への道って進むのが楽しくなる程、 面白いものでなくちゃ行けないんじゃないのか?』


『最高に楽しい道程の先こそ、 更に楽しくて最高な未来への道何じゃないのか? 茜は…… 泣いてたよ、 辛くて、 何にも分からないんだ……』


『俺と同じだよ、 皆同じさ、 誰かの敷いたレールの上じゃ、 何処に向かってるのか、 分からないんだよ、 目的地が分からないんだよ』


『レールは自分で引かなくちゃダメだ、 誰かの言う通りじゃなくて、 俺がそうした様に、 自分の思うままに』


………………………


はぁ……


『長々と、 日暮にお説教されるなんてね、 結局何が言いたいの?』


ため息をつきたいのこっちだよっ


『茜の邪魔をしてんのはあんただ母さん、 知ってるか? あんまきつく縛り付けたら、 苦しくて息も出来なくなるんだぜ?』


少しの沈黙が流れる


『……日暮だって茜には頑張って欲しいんでしょ? 貴方が言ったんじゃない、 茜は凄い子だから応援してあげたいって』


『望むなら茜を大学まで連れて行きたいって、 だから自分は早くから働くからって……』


いや……


『そこまでは、 言ってないけどさ…… でも俺も間違ってたよ、 自分の事ばっかで茜の事…… いや家族の事だって考えて無かった』


『茜がどうしたいかは俺には分からない、 けど俺が茜に思う気持ちは昔とあんま変わり無いみたいだ、 泣き顔何て見たくないんだよ』


『だから母さん、 母さんももう誰かの為に頑張り過ぎるなよ、 他人の人生まで生きなくていい、 真の意味で、 これからは茜が自分の為に頑張れば良いんだからさ』


またしても沈黙が流れた、 俺はようやく小銭を自販機に入れた


チャリンッ


『……考えさせて、 一晩、 それまでゆっくり休んで……、 偶には息抜きも必要だわ』



『ああ、 おやすみ』


暖かいお茶のボタンを押すと、 音を立てて望みの物が提供された……


『えぇ、 おやすみなさい……』


ツー ツー


力無く呟いた母の言葉を最後に通話は終了した、 何だがどっと疲れた


さてと……


ゆっくりとドアハンドルを持ち上げ優しく閉める、 何度も起こしても申し訳無いからな


受け皿の様に開かれた妹の両の手にしっかりとお茶を握らせる


『って事で、 さっさと行きますか』


軽い動作でシートベルトを装着し、 シフトレバーをドライブに入れる


『出発~』


何だろう、 俺も変に緊張してたのかな、 ちゃんと母と話をして、 そうしたらさっきまでより大分気分が軽い


ラジオに丁度流れる軽快なジャズの音色の様に、 明るい気分で日暮はアクセルを踏んだ

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