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第六十七話…… 『前進の一歩、 さあ、 踏み出してその先へ』

心地よい気候、 田舎の大きな家の縁側で茶を飲みながらゴロゴロとしている


…………………


「家に縁側はねぇから、 ここは夢か、 あの世か?」


明山日暮はとんでもなく呑気してた


「負けたって事? まじか、 あ~ いや普通に強かった…… いや、 親が邪魔してこなきゃ勝ってただろ、 あれ」


はぁ……


チリンチリン~


「風鈴だ、 風情め、 なかなか悪くないぞ」


明山日暮は状況もいまいち分からない空間で思いっきりダラダラしていた


縁側に寝転がる、 冷たい床が心地よく、 ずっとこうしていたい


はぁ………………


チリンチリン~


鈴の音


「風が吹いてんだな…………」


風………


チリンッ!


一際大きな鈴の音が鳴る、 不意に顔だけ起こして庭を眺めた


誰かが居る、 こちらに背を向けていて顔は見えない


「……諦めか?」


不意にそいつが声をかけてくる、 何が? そんな問いを返さなくても何がかは理解出来る


「違うわ、 あんまりにも心地が良いから久しぶりにゴロゴロしてたんだよ、 誰だよお前」


チリンチリン~


「我と戦った時のお前は諦めを知らないしつこさが厄介だったが、 落ちたな、 弱者め」


は?


「おーい、 おいおい、 勝手な事言うなや、 全然戦うよまだまだ、 っても状況がよく分かんねぇんだよ」


ひゅ~


風が頬を撫でる、 体を起こして胡座をかく、 庭のそいつは少しだけ思案する様にして言葉を発した


「明山日暮、 好きな食べ物は?」


はい?


「何急に、 ラーメンだろ、 二郎系が良い、 アブラ増し増しで」


ゴトッ!


そう答えた途端何か音がした、 音がした方を見ると驚きの光景が広がっていた


縁側の上に、 二郎系ラーメンが乗っていた、 大切りの背脂がこれでもかと追加されている


うわっ


「まじ? 水もカモンッ!」


コトッ


水の注がれたグラスが隣に置かれる、 おいおいおいおい!


ペキッ


いつの間にか持っていた割り箸を割る、 丁寧にそこから麺も持ち上げ、 野菜と肉とアブラと麺を慎重に掴んで一気に口へと運ぶ


うっ!


「美味い! まじか! 大好きなんだよ! まさかもう食べれないと思っていたから、 ううぅ……」


感動のあまり涙が出てくる


「……人間、 随分と不健康な物を食うんだな、 不摂生が祟るぞ」



「美味い=健康だわ、 気分はな」


ズルルッ ムシャムシャ


「はぁ…… 美味い、 で? それで俺にラーメン食わせて、 てめぇは何が言いたかったんだ?」


そう聞いて麺を再び口へ運んで……


「ゴーヤチャンプルー」


あ?


ジャキ ジャキッ


食感がいきなり変わる、 麺じゃい、 これは……


「わっ!? 苦っ、 俺のラーメンがゴーヤチャンプルーに変わっている!?」


日暮は苦いものが苦手だった


「あはははっ! 通快通快、 まあ、 つまりこの世界は君の想像次第、 夢の中って訳さ、 眠っている時のあれとは少し違うよ?」


くっそ……


「サイダー」


ごくごくっ


「っはぁー、 美味ぁ~」



「……つまり、 君の精神世界って訳だ、 起きるって! って思ったら起きれるんじゃないかな? そして、 さっさとそうしない君は、 やっぱりやる気無……」


グチグチ……


「ちっ、 るっせぇなぁ、 あーはいはい、 行きますよ、 戦いますよ」



「その前に彼女と話をするべきかもね」


あ?


「君に料理を作ってくれる仲居さんさ」


すさっすさっ


軽い足音が背後で聞こえる、 日暮は首だけそちらを向く


「誰が仲居ですか、 余計なお世話です、 去りなさいクソ鳥頭」



「ぷっ、 あはははっ、 明山日暮に毒されてるよ、 いや、 君自身も明山日暮なのかな」


あっはっはっ


「それじゃあね、 今回は我は必要ない様だ、 また、 機会があれば会おうじゃないか」


そう言ってそいつは消えていった……


「それで? あんたは?」


女性は和服を来ている、 縁側へと続く座敷、 そこに座布団を敷いて彼女は日暮のすぐ近くに座った


「初めまして、 面と向かって会うのは初めてだもんね日暮、 私は和藏わくら君の中に潜む住人の内の一人さ」


はい?


「あっ、 もしかして、 ココメリコで鳥頭共との戦いで、 俺に能力の事を教えてくれた、 その後も何だかんだと助けてくれた、 あの?」


感覚では分かるんだが、 どうしても無意識の何かなのだ、 だが分かる、 大事な局面で助けてくれるあの声だ


「わぁ、 そうそう、 私は秒数を測るのが得意だからね、 君に最適なタイミングを教えたりした事あるかな」


そりゃあ……


「サンキュサンキュです~」



「いいんだよ♪」


………………


「で? 何もんなの? あんた以外にも居るよう言い方だったけど?」



「あ~、 説明難しいから気にしなくて良いよ、 敵じゃ無いし、 私以外も気にしなくていい、 あんまり関係無いから」


じゃあ良いや………


「……そろそろ戻りたいな、 教えてくれよ敵の場所と、 タイミングを」


和藏は笑う


「良いよ、 構えて」


目を瞑って握ったナタを意識する、 どんな事があっても離したりしない、 ナタに巻き付く骨が腕に突き刺さり一体化する


構える


「行くよ、 3…… 2…… 1、 今!!」


結局この空間の事、 なぜ深谷離井との戦いで負ったダメージによる気絶でこんな景色を見ているのかは分からなかった


どんな意味があったのか、 分からなかった、 それでも、 特段気にはしない


「ブレイング・ブースト!!」


この空間で叫んだ声は、 しかし現実では出ない、 日暮の肉体は生命活動に必要ない部位を優先して蘇生したために、 喉は後回しだ


だが問題なく能力は発動する


グシャアアアアッ!!!


確かにヒットした手応え、 それを感じた時には日暮の意識はもうあの縁側には居なかった


その縁側にて日暮を見送った者は空を仰いで口を開く


「頑張って日暮」


……………………………



………………



……


ラーメン……


ラーメン食いたいなぁ…………


「あぁ…… 悪くない夢だったな」



「お兄ちゃん! 大丈夫?」


ん?


「あぁ、 なんも問題無い、 戻れ牙龍」


ナタの刃を敵まで届かせたナタに巻き付いた骨、 伸縮可能の骨が戻って来て、 ナタが自分の手元に再び収まる


「日暮、 済まなかった、 俺のせいで……」



「そう言うの良いから、 どうこう思うんだったらさっさと避難してくれ」


謝る父親を追い払う


「お兄ちゃんまた戦うの? どうして? どうしてお兄ちゃんが戦わなくちゃ行けないの?」


「もうやめようよ、 私怖いよ、 逃げようよ皆で……」


おいおい


「それだけは無理、 あんたらはそれでも良いかも知れないけどな、 大切な事なんだよ」


「命はただ生きていれば良い訳じゃない、 生きてるって実感が欲しいんだ、 皆は命さえあればそう思うのかもな」


「俺は違う、 逃げた先に有る命に実感を感じない、 立ち向かってヒリヒリと削れる様な緊張感、 身を晒す危険、 これが生きるって言う事だ」


そう言って再び前へと歩き出す、 誰も止める事の出来ない歩み、 向かう先は……


「お前もそう思うよなぁ! 深谷離井みやはない! っとに油断したぁ! でかいダメージ貰った! それでも笑えるよなぁ! 最高に楽しいよなぁ!!」


少し離れた位置にいる離井の肩が揺れる、 最初より全然いい顔してるぜ


「明山日暮! 覚えてるかぁ! あの時の! パラサス・ダイブ! 編作!」


肉の糸が編み込まれ形作る、 それは大きなサメだ、 大きな牙がでかい口から溢れんばかりに主張している


そのサメを見た途端脳が痺れるように、 心地いい感覚と共に目を見開く、 あぁ、 そういう事か……


「どっかであった事ある様な、 懐かしい感じがしてたんだよ、 そういう事か…… 深谷離井……」


あのサメは俺が描いた絵だ、 そしてお前が居たから完成したサメだった、 離井が作り出したサメは未完成、 今度は俺の番ってか?


「そのサメェ! 足んねぇ部分があるぜ! エラがねぇ! 三日月型のゴツイエラがねぇ! お前が教えてくれたんだぜ!」


なぁ、 そうだろ?


「はーなんっ!!!」


……………


『はーなん、 見てよ、 クソデカブレードを付けた龍だ、 授業中に描いた!』



『……はーなんって僕の事? それに、 カッコイイけど授業は聞かなきゃ、 また居残りさせられるよ』


…………


ふっ


「その名前で俺の事を呼んでたのはお前くらいだよ日暮ぇ! そして大正解!」


そういうとサメはゴツイエラをその体に刻む、 離井が俺に手を向ける


「おらあいつが元のご主人様だ、 飛び付いて来い!!」


そう叫んだ途端、 サメは大きな口を開けて日暮に突進してくる


「俺が描いた絵なんだ、 俺に敵対しないパターン、 俺を認識するパターン………」


でかい口が俺も丸呑みする様に被さる


(……あぁ、 違ったわ、 敵だった)


まあ良いけどねっ


「ふっ!」


屈伸の容量で膝を曲げ低い体制で回避、 上で、 バクンッ! と大きな音がする


「牙龍!!」


曲げたら伸ばす、 下からナタを振り上げ叩きつける


グシャアアアッ!!


深く抉れ飛ぶサメ、 しかしそれと同時にサメは自ら体を解いて糸状に自壊する


ピシュルッ!


「げっ!?」


音を立てて人が引かれ日暮は縛られる、 俺を縛る糸が離井へと繋がっている


「おらおらっ!! あははっ」


離井は笑うと糸を引きながら回転を始める、 物凄い力だ、 日暮はそのままの勢に引かれ、 振り回される


「おっらァ!!」


離井が糸を体から自切し日暮はそのまま遠心力に任せ吹き飛ぶ、 その方向は上、 その高度は天井に届く程


キラリッ


何かが光る、 キラキラと何かが光っている、 それは、 糸だ、 この広間の天井周辺は既に幾重にも糸が張り巡らされている


「切断領域! パラサス・ダイブ! 進宮鄴菅切断錐しんこうぎょうかんせつだんきり!!」


ギリリリリリッ


周囲の糸が波打って刃を形成する、 切断領域、 この天井は予め作られた狩場、 シュレッダーって訳だ


体に糸が触れる


ビシャアアアッ!!


「いったぇっ!?」


ここはまずい、 早く抜け出さなくては……


そうして気がつく、 離井が居ない、 何処に………


殺気、 背後


「うっ!」


空中で身体が捻れない、 まずっ……


クジャアンッ!!!


「ぅげぇっ!!?」


槍が日暮の背中を掠め抉る、 こいつ俺をぶん投げてその後、 既に自身も上へと上がってきていたか


下を見る、 落下位置には幾重にも糸が張り巡らされている、 ここに落ちていけば俺はみじん切りだ


糸が迫る、 背中の痛み、 だが、 集中しろ、 ここが大事な所だ、 見極めろ……


糸、 何故肉の糸が切断力を生むのか、 離井が引くことによって切断力は生まれる、 だが、 この糸は既に張り巡らされたもの


張り巡らされた糸は離井から絶えず出続けている訳では無いので引いたり明らかな動きは無い


糸の上に展開された刃も、 飛び飛びであり、 仮にも足を着くほどのスペースがある、 それは離井自信が糸の上を移動しているからだろう


でなければ俺の背後に周り、 強い瞬発力による突き等繰り出せない、 この糸の上は人が乗る事が出来る物なのだ


刃には感覚が開いているが、 それを感じされない程空間を埋めているように感じる、 それは残像


振動だ、 等間隔に刃の着いた糸を超振動させることによって、 刃の振れ幅を作り、 全体に切断効果を作っている


離井自身は自分の能力だ、 糸の振動の感覚によって刃の振れ幅を理解して、 等間隔に空いた糸の上を次々と駆け、 飛び移って居るのだろう


ならば日暮も、 一瞬の、 刃と刃の感覚が開く一瞬を見極めてそこに足を付け!


「ブレイング・ブースト・シンキング」


クニャアアンッ~


世界の動きがスローになる、 遅い速度で刃が止まって見える、 見極めろ、 そのタイミングを……


「さあ、 見極めてくれるんだろ? タイミングは任せたぜ」


夏の縁側、 先程の夢、 あの時間は彼女を強く意識する為の時間だった、 彼女は高い演算能力で、 タイミングを見計らう


『……3 ……2 ……1』


今!


ピタッ!


切断領域を作り出す糸、 その上に確かに足が着く、 だがゆっくりはしていられない、 すぐに飛べ


「はっ!」


ビョォンッ!


糸が一瞬しなって身体が飛び跳ねる、 そうして世界は元の速度へと戻る


少し上にある糸、 今度はこれ!


「ふっ!」


その次は右上の、 その次は横の糸はに飛び移って、 その次は……


ピョンッ! ピョッ! ビョオンッ!


糸から糸へと飛び移って登っていく!


「あははっ! 俺はバランス力無い方だけどもっ! 人間本気になればっ! 何だって! できる!!」


離井の居る位置まで一気に駆け上がる、 そうして右手を握る


「ッ! まじか日暮ぇ! おっらァ!!」



「はっ!」


敵のリーチの長い槍、 軽い動作、 糸を跳ねてそのまま空中で体を回転、 それによって槍を流しさらに糸を踏み込む


ビョンッ!


離井に向けて最後の跳躍、 その際右手を大きく引いて、 左半身を前に出す、 出した左半身で引いた右手を隠す


グッ!


強く握った右手それを前方に強く振る


「おらァ!!」


離井がナタを警戒して体を逸らして回避を……


「っ!?」


(……ナタが握られていない? 何処に、 左かっ……)


日暮の振るわれた右手にはナタが握られて居ない、 離井は警戒、 持ち帰られていると推理した左手を見る……


ふっ


(!?)


無い、 左手にも無い、 ナタは忽然と姿を消した、 離井一瞬の戸惑い、 離井の目が空の左手に注目を集める


おいおい、 振るった右拳にも、 少しは警戒しろよなっ!


さっ!


パンチかに思われた日暮の右手、 その右手は離井に到達する時には開かれていた、 まるで離井の視界を塞ぐように掌が顔にかぶされる


人差し指と薬指が両目に、 中指は鼻の上を滑らせるように、 押し込む……


グッ!


グチャッ!


「うあっ!?」


目潰し、 離井の視界は異物の混入と衝撃で、 暗転する、 強制的に瞼が閉じられる


「あははっ、 初めてできた、 きっしょい感覚だ! そしてぇ!!」


右手の感覚を無くならないうちに、 すぐその下、 離井の鼻に触れる、 親指と折りたたんだ人差し指で挟み、 捻る


バキッ


「あっ!? っち! ざけんなぁ!! 肉糸切断!!」


顔面から手を離す、 離井の能力、 切断力を伴った糸が高速度で迫る


「あぶねっ!」


回避、 離井の目を潰したから精度が悪い、 山勘で糸を飛ばしてくるが、 これだったら空中だろうと避けれるぜ


それに、 目と鼻、 離井のダメージを見る限り、 やはり有効な攻撃だ、 全身に肉の鎧を着ているとはいえ、 本物の鎧にだって目と空気の穴は空いているんだ


五感に近い部分は鎧が薄く、 そこは離井と言う芯の部分、 本体の部分にもろに繋がっている


それに、 街での戦いでうんざりする程の急所攻撃をされて気が付いた、 鼻を折られると呼吸がしずらくなる


動くには酸素が必要、 呼吸は生命の根幹だから、 それを阻止する事は敵の動きをかなり制限させられる


こいつの能力の性質上、 直ぐにでも新しいパーツを作り直して補填して来るが


生まれた一瞬の隙、 ここに叩き込む、 警戒の外、 空中で向かい合っている正面からで無く、 背後、 死角を刺す!


離井から消えた様に見えた日暮のナタは、 日暮から見える位置、 離井の背後へと、 まるで独りでに動く様に回っていた


離井は気が付かない、 ナタが離井に迫る


クジャアアンッ!!


「うがっ!?」


あははっ


背後からの、 意識外からの攻撃、 それはよく刺さる


「牙龍! 喰らえ!!」


グシャアアアアンッ!!


「うがぁ!!?」


痛みに悶える声を出す、 離井が困惑の声を出す、 あははっ あはははっ


「あははははっ!! 楽しいなぁ! あの頃みたいだなぁ! 一緒に笑って、 お前もそうだろ!!」


グッ!


離井が手を引く、 肉糸を手繰り寄せる動作


シャピインッ!


糸が日暮に向かってくる、 それを避け……


「パラサス・ダイブ! 肉糸切断・輪玉斉羅伊糸りんぎょくせいらいし!!」


ビィィンッ!


激しい音を立てて、 向かってきた糸が、 別の糸を引き、 一瞬で抱える程の糸の玉を作り出す


編解へんかい!」


高密度で編み込まれた糸が、 一気に程かれ周囲に飛び散る、 その軌道、 予測不可能な切断糸が日暮を襲う


ピシィン! ビシャアッ! ピシャアンッ!!


「ッ!」


身体中切り刻まれていく、 そのままじゃ細切れだっ


そろそろ八秒……


「ブレイング・バースト!!」


ドガアアアアアンッ!!


圧縮された空気の波動が向かってくる糸を散らせ、 その先の離井ごと天井まで吹き飛ばす


危なかった……


足元に糸、 見極めて飛ぶ


ビョンッ


もう一度、 駆け上がる


離井が埋まった天井から抜け出し、 糸で自分の体をつってこっちを見る


「痛ってぇな日暮ぇ! あはははっ、 成程、 そういう事かよ!!」


日暮は手ぶらだ、 又しても右手にも、 左手にもナタは握って居ない、 たがナタは日暮に追従する様に着いてくる


いや……


「そのナタに絡みついた骨は伸びるんだったな! 」


「伸縮可能な持ち手、 ならその骨がテメェにつながってさえ居れば、 さっき見たく伸ばして俺の背後に回らせることも出来って訳だ!」


その通り、 日暮は笑う、 絡みついた骨は日暮に突き刺さり一体化する、 骨を伸ばす事も出来る


柔軟に伸び、 鞭のようにしなって襲いかかるナタ、 手に持って居なくても日暮の思いどうり、 第3の手の様に動く


(……って言ってもあんま伸ばしすぎると、 防御出来ないし、 言って中距離だな)


離井が周囲の糸を手繰り寄せる動きを見せる、 強く引いている、 何を……


「てめぇがさっき、 俺に矢をぶっ刺してきたよなぁ! あれと同じく、 おっさん共が無駄打ちした矢ァ!」


弓矢の様にしならせた肉の糸に、 離井が触れる


「外に転がってる俺の分身が大量に取り込んでてなぁ! こっから糸伸ばして、 既に回収済み何だよ!」


グシャリッ


離井の体から大量の矢が湧き出てくる、 この量……


「まじでどんだけ無駄打ちしたんだよおっさん共!」



「あははっ、 撃ち落とす!」


空中で進みも遅い、 この段階で離井との距離15メートル強、 俺はまあまあの的だ……


バシュンッ!!


グシャッ!


「あっ!? 痛ってぇ……」


速い、 引かれた弦がはじき出す弓の速度にこの空中戦で対応できない


(……くっそ、 クールタイム、 能力発動まであと少し)


だが……


バシュ! バシュ! バシュンッ!!


何本も糸を出して、 絶え間なく、 同時に何本も打ち出してくる、 矢の雨、 ここで全部使い切る消費量だ


「ッ、 てめぇも無駄打ちっ、 いってぇ!?」


グシャッ! グシャッ!!


ああっ!


「あははははっ、 いってぇなぁ!!」


再生してんだ、 あるのは痛みだけ……


グシャグシャッ!!


「追いつかねぇ!」


横の糸に狙いを逸らすように飛び移る、 暫くは逃げ惑うしか無いか………


ギチィチィ……


離井が別の糸を引く、 その糸の先は……


「生きてんだろクソドラゴン、 何時までも寝てねぇで起きやがれ!!」


ドラゴン?


ギリリリッ ピシャッ!!


「グラアアアアアッ!! ガアアアアッ!!」


スコップをぶっ刺して壁に縫い付けてやった龍、 そいつが目を覚ます、 まじか……


「ここには不死身の化け物しか居ないのかよ、 っても龍はまじもんの化け物だっ」


糸が引かれて、 手網を引かれる様に龍が起こされる、 龍は操られる様にこちらに向かって飛んでくる


「飛べるんだ、 龍だもんなぁ」


真っ直ぐ突進……


「流石に糸を避けるより簡単だっ、 ぞっ!!」


真っ直ぐ突進してきた龍を軽い動作で回避、 背中に降り立つ


「安定した、 足場!!」


そのまま龍の上を掛ける、 少し暴れているが糸の上よりは全然いい、 そこからしっぽかけて走り、 踏み込む


「ブレイング・ブースト!!」


ドオォォンッ!!


足元から空気の圧が弾ける、 日暮は離井を目指し上へ、 反作用で龍は下に吹き飛ぶ


全くさっきから不遇な龍だ、 生まれたてで大した事もまだ出来ない、 空腹で力がない


そんな龍をわざわざ叩き起して向かわせたのは、 おそらく龍に注目させて、 離井は何か迎え撃つ策を講じたからだろう


本来ならば警戒して近づくべきだが、 敵の矢数はまだありそうだ、 どちらにせよ距離を取っているのは不利


ブーストで加速した体は容易に高い天井まで吹き飛ぶ、 同じ高さで離井と目が合う


離井がこちらに矢先を向ける


パシュバシュッ!!


「っぶね!」


近距離からの射撃、 矢の到達が余りにも早い、 紙一重で2発打たれた矢を避ける


ぴぃんっ


糸を踏む、 この高さまで近ずいたなら後はさっき見たく、 糸の上を飛んでいけば……


「ははっ! パラサス・ダイブ、 肉糸切断!!」


離井が構える、 しかし矢を飛ばす弦意外の糸は用意されて居ない、 どれだ? どの糸が………


ビシャッ!!


足元に熱、 下を見る


「っ、 いてぇ!?」


くるぶしが割れそうだ、 深く切断されその深さは腱を断ち切る寸前


何故?


俺はタイミングを間違えていない、 張り巡らされた糸の切断感覚を見極めて糸を踏んだんだ、 タイミングだけはミスらない


はず………


ちっ!


切れた足で踏み込んで別の糸をへ……


ぴぃんっ……


ビシャアッ!!


「いてぇ!」


また、 まただ、 何故、 何故だ、 何故切れる…………


よく見る、 ああそうか、 糸が振動をして居ない、 さっきまでの糸は離井から切り離され予め張られた糸だった


だが、 この糸は、 離井から伸びた物なんだ、 さっきの龍に注目させて、 こいつはその隙に自身の周囲に、 予め貼っていた糸とは違う


今能力で張った糸、 離井と繋がって居るので能力の発動で瞬時に切断線として、 どんな起動にも動かせる


俺は糸を足場に踏んだ、 しかし能力が発動し、 おそらくその糸は解れる様に二本に別れたんだ


それで俺の足を切り付けてきた、 くっそ、 予め張り巡らされた糸と、 今新しく張られた糸の見分けが難しい


このまま足を削られるのは不味い、 足を失ったら下に真っ逆さまだ


「はっ!」


又しても飛ぶ、 すぐ下に糸がある、 この上に………


「牙龍!」


ガシャッ!


いや、 糸には乗らない、 ナタに巻きついた骨を伸ばして天井に突き刺す


ぶら~ん


体が宙に浮く


「的だ!」


バシュバシャバシュンッ!!


矢が飛んでくる


グニャンッ!


ナタの骨を曲げて体を持ち上げ回避、 よし、 ギリギリ八秒……


「ブレイング・ブースト・シンキング」


ぐにゃ~ん


本来シンキングは敵の動きを予測する為に使うが、 今回は違う、 遅く伸びた世界でふたつの糸を見極める


予め張ってある方は振動している、 その振動を見れば見極められる……


ふと、 離井が笑っているのが見えた、 すぐに理解した


(……あっ、 ミスった)


離井の周辺に展開された糸、 それは全て後から張られた糸にすげ替えられている、 元から張られていた糸は一本も無い


まじか……


日暮の能力には八秒のクールタイムが有る


(……無駄にしたぁ)


その上もう糸の上を跳ねては行けない、 どうにか方法を……


不意に熱気、 後方から………


ドっ!


!?


衝撃がゆっくり、 ゆっくりと伸ばした感覚の中で走る、 痛み、 この伸ばした痛みは不味い


チッ


ヒューーンッ


そんな音を立てて、 何の成果も得られず世界は元の速度に回り出す


ドガッ!!


「うげぇ!?」


背後から痛み、 首だけ振り返る、 クソ龍だ、 背後からタックルしてきやがった、 この局面でコイツ!


だが、 これいいんじゃないの?


土壇場だけどいい流れ何じゃないの?


ガチャッ


俺がこのシェルターに入ってきて初っ端に投げたスコップ、 それが首にぶっ刺さったままだ


そのスコップの持ち手を何とか掴む、 龍は俺の背にタックルした流れでそのまま離井に向かっている


「ちっ、 こっち来んなよクソ龍!」


離井が悪態を付く、 この龍は別に離井の味方じゃない、 ただの野生動物何だ、 そりゃ目の前の獲物に向かっていく


「あははっ、 おらそのまま突進だ!!」


龍の背中に何とかよじ登る、 暴れたって振り落とされないぜ?


離井に接近


「おらァ!」


龍を軽く避ける離井とすれ違いざまに抜いといたスコップで殴り掛かる


「これもう俺ドラゴンライダーだろ!!」


横凪に振るったスコップ、 しかし、 安定しない足場から繰り出される攻撃に力が入らない


ガキッ!


離井は軽く弾き、 糸を添わせスコップが掴まれる、 糸はそのまま上がってくる


「やばっ」


だが、 スコップから手を離すより先に糸が俺の腕に巻き付く


「あはははっ、 ライダー失格!!」


糸が強く引かれる、 そのまま勢い良くぶん回される


一回転、 二回転……


日暮は三半規管が弱いためすぐに目が回る


(……うえっ、 気持ち悪い………)


「オラァッ!!」


どしゃあああんっ!


そのまま上へ飛ばされる、 すぐに天井に背中からぶつかる


あ~~?


なんだかよく分からない、 目が回って……


離井が自分で張った糸の上を跳ねる


ジャキィンッ!


離井は鋭い槍を構える、 一点突撃


目が~ 目が回る~~~


にやりっ


離井と真っ直ぐに目が合う、 あははっ


ガリッ 左手で天井の柱を掴みながら両足も天井に付く、 右手でナタを構える


「牙龍!!」


ガギィンッ!!


槍とかち合う音、 しかし肉を固めてできた槍も、 ナタに巻きついた骨はそれを容易に喰らう


驚きを見せる離井、 だが終わりじゃねぇ


「らァ!!」


グシャアアアッ!!


返す刃で深く切りつける


あはははっ


「ちっ、 日暮ぇ! テメェ目が回ってねぇのか! んでたよ!」


そうして気がつく、 日暮の耳からダラダラと血が流れ出ている


「ぶん回されながらよ、 予め三半規管を自分でぶっ壊しといたんだよ、 そして再生させた、 新品! 元気ピンピンなんだよ!!」


深い傷を追った離井の体は自由落下を始める、 日暮はそれを追うように手を離し自身も落下した


「パラサス・ダイブ、 肉糸切断・連緬鋼糸切断鑚れんめんこうしせつだんきり!! 俺だ! この戦い勝つのは俺だ! 俺なんだよ!! てめぇを殺すのはぁ!!」


上から追う日暮を離井は睨みあげ、 鋭い幾何学模様を描く肉の高摩擦ブレードを構える


「あははっ、 戦いは楽しい! 勝利の瞬間は最高に楽しい! だから俺は戦うし、 俺が勝つ! 喰らえ、 牙龍!!」


少し先を行く離井に対して日暮は自身のナタを構える、 小細工は要らない、 真正面から打ち砕く!


屏風に描かれた風神雷神の様に、 または襖に描かれた虎と龍の様に、 ふたつの存在は自身の存在を叫び睨み合う


互いの殺意を持って、 敵を殺す刃を構える


互いは嘗て親友であった、 共に笑いあった仲であった、 しかしそれは今この戦いを止める理由にはなり得ない


だが、 それでいい、 人は変化する、 時が経てば感じ方、 考え方、 心境の変化もあるだろう


あの頃と同じ様には笑えない、 きっとあの頃の様に二人で同じひとつの机を囲い、 ノートに絵を描きあっても笑えない


だが、 今、 互いが全身全霊をかけて、 戦いを楽しんでいる……


「あはははっ!! ぶち死ね!!」



「こいっ!! 返り討ちにしてやる! ははっ!!」


奇しくもあの頃のように笑いあっている、 殺し合い、 互いにひとつの命、 それを天秤に掛け合った時


どんな力の差も、 置かれた状況や、 邪魔な柵も関係ない、 大きさも重さも関係ない


平等に釣り合う、 全てを平等にする、 寸分の狂いもなく平にする、 対等にする


だからこそ笑う、 だからこそ、 戦いは楽しいのだ!!


8秒!


「おらァ!! ぶっ飛べ!!」



「細切れに吹き飛べ!! はぁ!!」


ガギィィイイインッ!!!


二つの刃が力強く衝突する、 甲高い金属音が、 この広場全体に響き渡った


肉の刃、 どれだけ力強くても肉の刃だ、 それが生命である限りナタに巻き付いた骨が喰らうのだ


敵のブレードを喰らって………


っ!


ガギィンッ!!


「うげっ!?」


日暮から悲鳴が盛れる、 ナタが弾かれた、 相手の刃に弾かれた


なんで……


にやりっ


笑う離井、 よく相手のブレードを見る、 これは………


ギランッ


鈍く光を放つ何かがブレードの内側にしまわれている、 それはまさかの……


「スコップ! テメェ肉のブレードの中にスコップを隠して……」


不味い立て直しを……


「一閃!!」


早い、 一瞬で反応した離井が返す刃でブレードを薙ぎ払う


やばっ!


びしゃあああっ!!


「あああああっ!?」


右手首が吹き飛ぶ、 握って居たナタが手首事飛んで、 後方へと流れていく……


あっ、 やばいかも


ナタを失うのは不味い、 今無くすのは不味い……


ナタの骨、 伸びろ!


だが、 日暮と繋がっているからナタに巻きついた骨は伸縮する、 日暮と繋がって居るから傷も回復する


この局面でナタを手放す、 これが引くにとってどれ程の損失だろう


あははっ


笑い声が聞こえる


「やっとナタを離しやがったなぁ!! トドメだ!!」


日暮は精一杯空中で体を捻って飛んだナタに左手を伸ばす


届く、 あと本の数センチ、 あと少し……


「死ねぇ!!」



グザアアアアアッシャ!!!


っ!?


「うああああっ!!!?」


腹に物凄い痛みと熱が走る、 刃が腹を貫通している


「高摩擦ブレード!!」


ビシャアアアアアアッ!!!


肉の糸で作られた幾何学模様を描くブレードの刃が回転し、 高摩擦切断領域を作り出す


グシャアアアアアアアッ!!!


「ぎゃああああああっ!!?」


漏れ出すように絶望の悲鳴が滲み出る


チェーンソーの刃の様に、 絶えず高速度で流動し続ける刃が、 腹の中で踊った


意識が朦朧とする、 伸ばした手に感覚が無い、 開いた左手が空を切る


あっ、 掴み損ねた………


まづったな……


何だかよく分からなくなってきた、 腹が暑くて、 吐き気に近い何かがすぐ喉をついて出てきそうだ


鉄臭いそれが溢れ出す時、 俺はお終いだ…………


痛みからか、 無意識な敗北意識からか、 逸らすように目を瞑った………………


……………………………


……………………


………


『日暮くん、 これミサンガ、 編んだから受け取って?』


……………


菊野の声だ、 俺が街に発前にそう言ってミサンガを付けてくれたんだ、 訳あって街で取れちゃったけど、 さっき会った時結び直してくれて


ミサンガって、 そもそもなんだっけ? アクセ? それともなんかあれだっけ? 切れたら願いが叶う叶わないみたいな………


あれ?


ってか、 なんでこのタイミングでそんな事を思い出してんだ?


…………………………


………


グイッ!


左手が何かに引かれる、 あ? 何だ?


薄目を開けてそれを確認する……


………


「あっ」


ナタだ、 飛んでったはずのナタが俺の左腕を引いている、 俺の手はナタを掴み損ねたのに


なぜか?


「ミサンガだ、 菊野から貰ったミサンガにナタの骨が引っかかって………」


それは偶然だった、 はためいたミサンガが掴み損ねたナタを引っ掛けてくれたのだ


最後の最後、 力をくれた


「ありがとう、 菊野、 まじベリーセンキューグッとグッとだぜっ!」


グイッ!


引き寄せて………


グッ!


再び強く握る、 腹に突き刺さったブレードと、 耳に張り付く様な離井の笑い声


ド近距離、 振り返り際確定で当たる!!


「っ! ブレイング・ブースト!!!」



「っ!? 何でナタを!?」


超加速したナタによる一撃っ


横迅一閃!!!


グシャアアアアアアッ!!!!


っ!


「ぐっ!? あぎあああああっ!?」


バッシャアアアアッ!!


加速したナタが、 敵の肉体を大きく削る、 離井の胴体真ん中を側方から吹き飛ばしっ


離井の上半身と、 下半身が吹き飛びを泣き分かれる、 そこから破裂した水道管の様に大量の血が溢れ出る


相手の血を浴びて、 腹に空いた穴から自身の鮮血を浴びて、 笑う


「アハハハハッ!!」


笑う!


自由落下も終了、 一秒後地面衝突!!


くじゃああああっ!!


どしゃああっ!!


「ぎゃえあっ!?」


バタンッ バタンッゴロゴロ…………


大きな音を立てて地面に叩きつけられ転がる、 ああっ、 大丈夫それでも生きてんだ……


身体が熱い、 最後の一撃で離井の肉体を大量に抉り取ったので、 ナタがそのエネルギーを自身の再生能力へと変換しているからだ


数秒後何とか立ち上がる


「あぁ…… バカだるい………」


離井も数メートル離れた位置に倒れているが起き上がりそうだ、 真っ二つにした体は繋がっている


いやそうか……


「土壇場で本体の肉を操って上半身に集中させたな、 下半身の方は殆ど纏ってた肉の鎧って訳だ!」


ぐしゃ!!


その肉塊の塊にナタを叩き付けると、 ナタは肉塊を喰らった


「あははっ、 よしこれでテメェの真骨頂、 能力による身体強化は出来ないだろ、 な?」


離井が立ち上がる、 鎧を脱いだ分さらに細く痩せこけている


良い、 死の瀬戸際で掴んだ勝機、 それを確かに手繰り寄せ勝ち取った


心地よい興奮の痺れ


面白い!!


「ぅぅっ………」


離井が立ち上がって日暮の正面切って向き合う、 その姿は何処か力無い


「随分萎んじまったなぁ? 離井、 トドメだぁ」


最後の最後、 キッチリ殺し切る


グッ、 ナタを握り込む


「ッ、 ……ねぇ、 ……んねェんだよ」


離井の声が小さく聞こえる


「え? んだって?」



「死ねぇねぇんだよ! 来いクソ龍!!」


グイッ!


最後の糸、 最後残った肉片による糸が龍を引き寄せて………


………


ふわっ


視界の隅に雪が降った様に見えた、 ひらひらと舞った様に思えた


「おいで、 もう大丈夫だよ」


プツンッ!


離井の伸ばした糸が切れる、 声のした方には……


「雪ちゃんっ」


街から一緒にやってきた少女、 雪ちゃんが居た


「さっきから悲しい悲鳴が聞こえてきて、 大丈夫だよっ」


その優しい声音、 落ち着いた様子で降り立った龍は少女の手に触れ瞼を閉じる


モンスターが言う事を聞いている


「何か知らないけど相変らず凄い………」


そう素直に思った日暮と違い、 離井はその光景を見て愕然としている、 それを見て………


モンスターが従う存在……


「魔王……」


離井が小さくぼそりと呟く、 日暮にはそれが聞き取れなかった、 だが少女は離井の方を向く


「敵…… 魔国式結界…………」


ギリっ


「っくそぉ!!」


ばっ!


離井がそう呟いて背を向けて駆け出す………


え?


「まっ、 逃げんのかよ!!」


雪ちゃんを見る


「追ってお兄さん……」


日暮は頷き走り出す、 離井は広間の裏口、 日暮が入って来た方の出口に向かって全速力で掛ける


「あはははっ、 待て! ぶっ殺させろ!!」


駆けて………


「待ってお兄ちゃんっ!!」


妹の声が響く、 妹の茜だ、 茜の伸ばした手が俺の腕をグイッと掴む


あ?


そう声が漏れ出そうになって気が付く、 茜の目には大粒の涙が溢れている


「行かないで…… 私達をっ、 また、 置いていかないでよっ!」


正直


このまま走って、 離井の背を追い、 トドメを刺す必要性は有るのか?


そう問われた時、 日暮は応えように困る、 何なら本当に初めての人殺しになる


応えようが無いし、 なんと答えても誰も納得しないだろう……


別に追わなくたって良い………


…………


ふっ


日暮は優しく笑う、 茜はその顔を見て綻ぶ様にはにかんだ……………


そうそう………


「無理っ!」


日暮は残る事を決断………………


「……え?」



「いや無理、 止められても無理、 止まる選択肢ねぇから、 俺今最高に楽しいから!」


軽い動作で腕を振って、 茜の手を振り解く


「後でな!」


だっ!


たったそれだけでまた走り出す、 下らねぇ、 下らねぇ事は考えらんねぇ!


「あははははっ!」


最高に楽しい! それで良いじゃねぇか!!


駆ける、 離井が出ていった出口から日暮も飛び出る


幸いにもこのシェルター施設の敷地は出口が一つしかない、 今は吹き飛ばされて出入りし放題の正面玄関だ


そちらの方に走る人影が見える


「直ぐに追いつく! 命掛けたんだ! 最後はぶっ殺すのが礼儀って奴だよなぁ!! あははっ」


日暮は走る足に力を込め、 シェルター施設の敷地外へと足を踏み出した…………


…………………………



………………



……


はぁ…… はぁ……


「あああっ、 ああっ!」


細い枯れ枝の様な手足を必死に振り、 離井は全力で逃げていた、 纏っていた肉の鎧を全て剥がされ、 残ったこの命も刈り取られる勢だ


恐ろしい……


恐ろしいのは明山日暮じゃない、 さっきの少女、 話に聞いていた、 あれは完全に魔王だ


現代の魔王………


『君、 深い恨みを宿しているね、 もしかしたら君が、 この現代に誕生した魔王なのかもしれない』


離井は一度だけ街の方へ行った事がある、 その時であった能力持ちの反社組織、 『ブラック・スモーカー』なる奴らの親玉に言われた言葉だ


魔王、 異世界がこの世界と融合し、 モンスターだけでなく、 魔王と言われる存在すらこの世界に降り立った


それが俺なのだと言った……


だが、 感覚で理解出来る、 あのガキ何もんだ? あれは絶対に内側は化け物だ、 あれは、 魔王だ……


さっきこちらを見てきた目、 それを思い出すと鳥肌が立つ


「くそっ!」


こうして背を向け逃げていること自体屈辱だが、 むざむざ殺される気も無い、 すぐに山を登ろう、 藍木山だ


猿帝の元へ行けば、 そこにたどり着きさえすれば、 俺はまた……


ざざざざっ………


気がつけば雨が降っている、 跳ねる水溜まりと、 頬を伝う雫が擽ったい


不意に正面に気配を感じる……


「君、 大丈夫かね? 大分息が上がって居るし、 体調も悪そうだ……」


声が聞こえる、 低い男の声だ、 顔を上げると几帳面そうなスーツ姿の男が立っている


目を引くネクタイや、 手提げのカバンに、 腕時計、 革靴、 そして雨を弾く安っぽいビニール傘がよく目立つ


まるで通勤途中のサラリーマンの様なそいつは、 この世界の景色にあまりにもミスマッチであり、 異質さが際立つ


「あ? 誰だお前?」


大丈夫かだ?


「ああっ、 別にピンピンしてるよ、 なんも問題無い、 テメェ、 ぶっころされたくなかったら妙な真似はするな………」


ゴホンッ


話の最中に男は咳払いをして割り込んでくる、 何だかその行為は無性に腹が立つ


「あ~、 済まない、 勘違いさせてしまったね、 大丈夫かと聞いたのはだ、 君の具合の事では無くね」


「君は真っ直ぐ走ってくると私とぶつかってしまうだろ? 雨に濡れて汚れた貧乏臭いガキのせいで私の服が汚れてしまったら叶わないからね」


高いんだよコレ?


そうつけ加える所、 妙に頭にくる、 何だコイツ?


「そんなに死にたいか、 ならぶっ殺してやるよ……」


一般人のおっさん一人殺すくらい能力の強弱は関係ない、 殺す………


「ふん、 邪魔なら殺してどかすか、 いやはや、 実に合理的でとても賛成だよ」


男がそうつぶやく……


ベタっ……


何かが張り付く、 雫が滴る頬を何かが這っている……


これは……


「カタツムリ…… ?」


こんなやつ、 いつの間に着いたんだ?


「知っているかい?」


男の声だ


「沖縄に生息している巨大なカタツムリ、 アフリカマイマイという種が居る、 そいつは食用としても食う事が出来るでかいカタツムリさ」


「だが、 リスクが高い、 そのカタツムリを決して素手で触っては行けないよ、 もし触った手で、 口や、 目に触れてみなさい?」


「寄生虫を飼っているんだ、 アフリカマイマイの体内には夥しい、 そしておぞましい程の寄生虫が居るんだ」


「それはアフリカマイマイじゃ無いけれど、 似た様な物さ、 異なる世界のカタツムリ、 そして異なる世界の寄生虫だ」



ぐしゃっ ぐしゃりっ……


「あっ、 え? あぁ……」


ベチャッ ベチャリッ


身体がズブズブに崩れていく、 肉が溶けるみたいに崩壊していく


手で触った頬に指が突き刺さり、 指も簡単に折れてしまう……


「その寄生虫は体を溶かしてしまうんだ、 潰れたトマト…… いや、 私はトマトが好きなんだ、 この例えはやめようね」


「何にせよ崩れてしまうんだよ、 ボロボロに、 面白いだろう?」


ああっ、 ああっ!


ぐしゃっ!


ベシャアアッ!!


膝から砕けて崩れ落ちる、 周囲にグズグズの肉片が飛び散る


「おいおい、 汚いじゃないか、 再三言うようだが、 汚れたく無いんだ、 気を付けてくれ」


ふざけんな、 ふざけんなよ……


こんな意味分かんねぇ所で…………


「これで仕事は終わりだね、 おつかれ深谷離井君、 あの世で一服すると言い、 おっとそうだった、 自己紹介がまだだったね」


「名刺を切らしていて恐縮だが、 名前は森郷雨禄もりさとさめろく、 兄弟は居らず一人っ子さ」


誰だ…… 知らない………


「一応、 私の今の所属は、 ブラック・スモーカーと言う組織だ、 知っているかな?」


あいつら…………


「君を始末しに来たんだ、 大分弱って居た用で助かったよ、 さてはて、 さっさと帰るとしよう」


目的は終わったと言うように踵を返す男、 離井は地面にへばりついて去っていく男の背中すら見えない


(……………結局、 何も出来ずに終わったな)


最後にそう思って離井は死んだ


打ち付ける雨ですら、 離井の体を更に破壊し、 流れ、 どこかへ消えて行った


その後やってきた日暮は、 とうとう離井の姿を二度と見つける事は出来なかった………

深谷離井みやはないの父、 深谷智みやさとるの家から見つかった古い手記、 その一文


・昨日息子を酷く叱責した、 しかし今日になって冤罪であったと学校側から連絡が来た、 どうやら離井は覗き行為等はして無いという事だった。 何故息子が騙されたのかは分からないが私は判断を間違えた、 息子の話もろくに聞かず叱りつけ、 罰を与えた、 愚かな事をしたと思う。


・妻と話し、 離井と久しぶり…… いや、 もしかしたら初めて出かける事にした、 藍木山の裏手にある酪農地で、 キャンプ場や観光施設としても人気がある場所だ。 休みを取って平日に行く事にする、 人が少ない方が心も休まるだろう。 そこでしっかりと息子に謝罪をするつもりだ。


……………………


・息子が行方不明になった、 酪農地の散歩コースで少し目を離しただけだったのに、 息子はかなりはしゃいでいた、 凄く嬉しそうにはしゃいでいた、 初めて家族と出かけて、 遊んでもらえるとはしゃいでいた、 にも関わらず。 警察に通報はした、 日が落ちるまで妻と周辺を探し回った、 だが見つからない、 後は警察に任せる事になった、 頼む、 息子を……


………………


……………


・あれから2ヶ月経った、 離井はまだ見つからない、 妻はショックで寝込んだあと、 離井の話をしなくなった、 ぼっかりと穴が開いたような心、 そう思いきや余りに変化が無い、 これがどれだけ私が今まで、 離井と接してこなかったか、 親としてろくに何もしなかったかが伺えた我ながら吐き気がした、 結局謝罪も出来ていない、 すまなかった、 すまなかった離井……

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