第六十六話…… 『前進の一歩・14』
この作品に登場する人名は全て創作であり、 内容もフィクションもりもりであります。
暗い…… 暗い…… 暗い…… 狂い…………
ギィ…… ギィ……
軋んだ床の音、 地下へと降りてくる人間の気配
まずい、 まずい……
ギィ……
ガチャリッ
音を立ててドアが開かれる、 薄暗い空間の中に少しだけ光が指す、 そこから滲みいる様に男が入って来る
『離井く~ん、 勉強は終わったかな~』
まずい……
端の方が腐り落ちた様なオンボロの机の上には分厚い本が幾つも置かれている、 その殆どが偏った思想による脈絡のない内容ばかりだ
世界に対する価値観、 人生観、 生死、 人、 生物、 神、 異次元、 宇宙
誰が書いたのか分からないその本は明らかに現代に置いてなんの意味も持たない、 非現実的なオカルト話ばかり
この部屋はその本に留まらない、 見た目異物や呪物、 意味がありそうで無いもの、 そんな物ばかりだ
『あっ、 ごめんなさい、 まだ…… 難しくて』
男はにこりともせず口を開く
『何が分からないんだい?』
んなもん全部だ
『こっ、 この、 ~世界とは鏡であり、 人とはプリズムであるって、 どういう事ですか?』
『………そんな事も分からないのか、 はぁ……………』
ジャラッ……
男が地面に張り巡らされた鎖を踏む音がこの部屋全体に響く
『書いてある道理だ、 世界が映し出す光こそ、 人の本質なのだ、 分かったか? それではこの場合の光源は何に当たる?』
『えっ…… たっ、 太陽…… ?』
ジャラッ!!
『っ違ぇよォ!!』
突然大きな声を出す男、 離井は目を閉じて身を縮めた
『……全然ダメだ、 今日一日何をやっていたんだ、 昨日はようやくランク・ローを理解したと思ったのに』
ランク・ローと背表紙に書かれた本、 ランク・ローは著者名だろうか? タイトルの分からない本
毎日毎日、 意味不明な内容の本を繰り返し読まされ、 理解を求められる、 ランク・ローの内容は精神論だった
性悪説に則り人の本質は闇であると曲解した内容で、 人の内に宿る闇こそ人にのみ宿る力であると書いてあった
であるから闇の道を進む事こそ人としての進化であり、 闇を見る事は自身を知る事であると……
光を求める物は弱者では無く邪神の子であると書いてあった辺りから嫌気が差していたが、 結論は罪を犯した著者自身を正当化している様な内容だった
余りの内容の無さにある種の理解を得た離井は自分なりに纏め男に話した
すると男は満足をした様に頷いていた、 だが今日のは別格だ、 余りにも内容が伴っていない、 だからどうだと言う本質的部分が無い
人はプリズムであって、 それでだからどうということは無く、 似た様な何の脈絡も無い思想がつらつらと書かれていて取り留めがない
画用紙にそれっぽく絵の具を飛ばした物をアートと偽って居るような物だ、 そして目の前の男はそれを信じ、 価値を見出している
適当な答えを出す事は許されていない、 男の思想に外れた答えを出すと……
ジャラッ
『っ、 昨日、 ランク・ローの本には、 人の本質は闇であると書いてありました、 しかし今日の本には真逆……』
『人はプリズム、 光であると書かれています、 ここが理解出来ないんです』
男は睨み下ろしてくる
『俺は其の光、 その来る所、 光源の存在は何かと問題を出したぞ、 質問を質問で返す気か?』
『……光源は、 光源もまた人の本質ですか?』
男が不気味ににっこりと口角を上げる
『理解しているじゃないか、 人の放つ光がこの世界に反射して居る、 世界は鏡だ、 人の光を反射して輝くプリズムも又人の本質である』
フッフッフ……
『質問に答えよう、 離井君、 君はこの本達をどんな気持ちで読んでいるんだい?』
『ここにある本はその著者の人生その物なんだ、 多くの人間が居て、 それぞれの人生があって、 それらは全て違う』
『今日の本の作者はカマロラ、 ヨーロッパの上流階級の男の遺した本だ、 対してランク・ローは欧州の元孤児』
『世界観が違って当然だ、 何のために多くの本を読ませていると思っている、 君の持つ世界観が偏らないようにしているんだよ』
『多くの人間の人生を追体験し、 君がその更に先へ歩みを進めるように、 そういった勉強なんだ』
馬鹿言え、 偏ってんだよ、 要らない思想を頭に詰めて、 詰め込んで、 正に今お前が俺を偏らせてる
『離井君、 脳が余り回っていないんじゃないのか? ご飯はしっかり食べたのかな?』
そう言って男は口の広い瓶を指さす、 しっかりと蓋のされたその中で何かが動く
『いいえ…… お腹が空いていない………』
チッ!
舌打ちが聞こえて思わず黙る
『だからダメなんだ、 食べろと言ったよな、 全部食べろと言ったよな! 後で食べますって言ったよな!!』
突然大きな声を出す男、 まずい、 また怒らせてしまった……
ジャリッ
鎖、 俺の体を硬く椅子に縛り付けるそれ、 動くのは首と、 ページを捲ったりご飯を食べれる様に手が動くだけ
しゅるるっ
男がスボンからベルトを外す、 その擦れる音が恐怖を煽る
バタタッ ペチペチッ バタタタッ!
張り詰めた空気を知ってか、 瓶の中でそれらが暴れ出す
『俺が、 お前の為に、 採ってきてやったんだぞ! 栄養が偏らない様に、 蝶々も入ってるんだぞ!!』
瓶を見る、 狭い瓶の中で蝶々何て真っ先に殺されてもう居ない、 虫壺だ、 適当に沢山虫を捕まえて来て、 平気でそれを食えって言ってくる
パタッ! バタタッ! ペンッ! バタッ!!
っ!
背中に鳥肌が立つ、 無理だ、 無理に決まってる、 でも……
ペシィンッ!!
乾いた音が空間に木霊する
『離井君、 ダメだ、 ダメだよ、 勉強も全然捗ってないし、 ご飯もいっぱい採ってきたのに、 こっちの気持を蔑ろにしてさぁ!!』
ペシィンッ!!
目を瞑る
『聞いてんのかァ!!』
ベシィィンッ!!
『いったぁっ!?』
痛み、 焼くような痛みが走る、 それに悶える、 まただ、 またこの男を怒らせてしまった
『そんなだから両親に捨てられたんだ! 失望されたんだ!! 俺が性根の曲がったお前を矯正してやる!!』
ベジィンッ!!
『あっ、 いっ!?』
ああっ……
涙が出てくる、 止まらない、 まだ幼い心が鞭で打たれ悲鳴を上げる
本当に、 本当に、 両親は俺を捨てたんだ、 この男の言う通り、 俺をこの男に売り飛ばしたんだ
あああああああっ!!
昔から、 親のいいつけを守って勉強、勉強、 勉強で、 部屋にこもって机に向かっていた
よく考えたら生まれてからずっと、 それに今と対して代わりがねぇ……
そうやって必死に生きてきた、 のにも関わらず、 俺は昔から人に嫌われて、 嫌がらせを受けた
その嫌がらせの一旦で、 女子更衣室の除き何て不名誉な免罪を着させられ、 糞の親は平気でそれを信じやがった!
更には失望した俺を 捨てやがった、 この男に売り飛ばしやがったダァ!?
ああああっ!!!
ブチブチブッ
何かが切れていく、 空気を割いてこの身を打つ鞭の痛みが、 自分の内側の何も同時に引き裂いていく
ウザイ ウザイ ウザイ ぶっ殺してやる!!
頭が熱を持った、 鎖に縛られ行動を失った離井の中で、 それは確かに着々肥えて行った
それでいて、 隠す様に、 それを少しづつ鋭くする様に、 無意識にそれは形を確かに確立して行った
ただ耐えた、 ただ、 何年も、 何年も、 長い長い時を、 ただ耐えた、 全てはこの身を焦がす復讐のために
全ての本を理解した、 全ての呪物や異物の存在を理解した、 虫だって食った、 なんでも食った
食ってくって食って、 全部自分のものにした、 全部取り入れた
だが偏った思想には染まらない、 既に自分の中に進むべき道が見えているから
中途半端に引かれたレールの上を進むなど実にくだらない、 もっと大きく、 もっと大事な事だ
ある時の事だ、 その日も男はこの薄暗い部屋に入って来た
この時俺の体は既に大人と変わらない程になっていた、 年齢は分からないが二十ぐらいになっただろうか
十か、 十一の頃にここに来たのだから、 本当に長々とここに居たものだ
男はフラフラと覚束無い足取りで俺のすぐ目の前までやって来て、 力を失った様にどさりの膝を着いた
『離井…… うっ、 俺はもうダメだ、 昨日警察がこの家を見に来たんだ、 必死に中には居れなかったが、 怪しまれて』
『今日また来たから、 ついカットして殺してしまったんだ、 遺体を隠した、 だがダメだ、 もうダメかもしれない』
男の息は荒い、 狂った男だと思っていたが、 こいつも人一人殺した程度でこんなに狼狽するんだな
『俺はさっき毒を飲んだ、 最後にお前に言いたい事が有るんだ、 ゲホッ…… お前は幸せになれ、 幸福に生きろ』
相当に頭が逝ってるらしい、 よく雁字搦めで監禁した奴相手にそんな事言えたものだ
男は手に鍵を持っている、 それを鎖をまとめる南京錠へと差し込む
ガチャリッ、 ボトボトッ
鎖が落ちて、 体が軽い、 何年ぶりだこんなに体が軽いのは
しかし立ち上がれ無い、 動かしていない体はもう金属のように固まって動かない
『離井これでお前はもう自由だ、 何にでもなれる、 どんなお前にもなれる、 だが忘れては行けないぞ、 私が教えてきた教育を』
『私の部屋に本がある、 私の書いた本だ、 あれは私の人生だ、 最後にあの本を読んでくれ、 そうしてお前は理解するだろう』
『人の人生を知ることの大切さを、 なぁ離井、 うっ、 ゲホッゲホッ…… そうしたらお前も本を書け、 お前の人生を……』
ドサッ……
男は崩れ落ちてそれ以上何も言わなくなった、 随分中途半端だ、 結局何が言いたかったのかすら分からない
理解出来たのはただ1つ、 煮えたぎる程の復讐心をそのままに、 その復習対象は目の前で、 自害して死んだ
憎んだ思いをそのままに、 何も手を出すことなく死んだ、 ようやっと手に入ったような自由は初めから持っていたもの
ただ制限されていただけのそれを解放され、 あたかも与えられたそれに一瞬の希望を感じた様な気分になったその一瞬に
目の前で男は死んだ、 意味がまったく分からない、 俺は今まで何をして、 結局何がしたかったのか
動ける様で動かない体で男の死体をただずっと眺めて居た、 暫くそうしていた、 そうして………
…………
タンッ タンッ
足音が聞こえた、 地下へと降りてくる足音だ、 聞きなれた男の足音より重い、 誰だ? 警察か?
足音の正体がこの部屋へと入って来る、 それの背は見上げるほど大きかった、 ゆうに三メートルはあったはずだ
それはこの空間を見て少しホコリ臭そうな顔で口を開いた
『随分と奇妙な状況だな、 お前はまるで生きる屍のようだ』
……………
『その男はお前が殺したのか? いや、 この匂い毒か、 自死だな、 それで、 お前の事を教えてくれ』
一方的に話しかけてくるそいつ、 訳が分からない
『……お前、 よく見れば、 ……成程面白い、 下半身が殆ど死んでいる様だな、 壊死している、 だが』
そいつは近ずいてしゃがみ俺の目を無遠慮に覗き込んでくる
『よく見れば、 内側は激しく流動している、 熱い物がドロドロと溶けて流れている』
『待っていろ、 それを今理解させてやる』
?
状況が分からない、 そんな俺を置き去りにしたそいつは、 手を伸ばし、 俺の首を両手で覆う
グッ
っ
『うっ…… ああ………』
突然首を絞められる、 気道が塞がり息が出来ない、 殺される……
『今からお前を殺す、 嫌ならばそれを強く意識しろ、 お前が今確かに感じているそれを望め』
ああ…… あああああああああ
ああああああああああ!!!!
『あああっ、 殺…… す、 殺すっ!!』
バチチッ!
いつの間にか止まってしまっていた時計が、 なんの拍子にかまた動きだしたように
俺の中で停滞していた心が、 再び流動し始めた、 そうだ、 殺す、 その心、 復讐心は初めて俺の心を動かした気持ち
それが再び離井という命を脈打ち、 生かす
それは……
『パラサス・ダイブ!』
クジャアアアアッ!!
突然体が糸の様にほぐれて首締めるそいつの手から逃れる
ドサッ
足に力が入らない、 いや足にこの力を向ける……
グシャラァツ!
死んだ足や下半身が組変わるように、 毛糸の服を解いて新しく手袋を編むように、 能力が離井の体を新しく組み直していく
その足で立つ、 その意思で再び立つ
『パラサス・ダイブ』
クジャアアアッ!
手に槍が生み出される、 余りに拙い、 それでもその先を確かに尖らせる
殺意の牙、 離井がこの数年間自身を内側に隠し、 死体のように生きてきたのは、 今日この時、 この力を手にする為
この復讐鬼をこの瞬間に復活させる為、 この時最早離井は人という生物の枠組みを超え、 復讐を行う為だけの装置じみた感性しか無かった
その為の邪魔者は全て消す!
『あああああっ!! らぁっ!!』
槍を大きく構え、 目の前のそいつになりふり構わず叩きつける
バキッ!
『ほう、 肉体の操作か、 糸状にする事でどんな形にでも成形出来る、 面白い』
そうと言う声に焦りは無い、 槍はそいつの肉体にモロ当たって、 それでいてボッキリと折れていた、 硬い
その鋼の様に硬質な拳を握る
ドスッ!!
そいつの腹パンが離井に突き刺さる
『うがあっ……』
『なかなか気に入った、 師よ、 軽めに能力をかけてくれ』
そいつがそう声をかけると、 いつからそこに居たのか、 背を曲げた老人の様な奴が現れる
『御意、 しかしどうするおつもりで?』
『何、 少し興じただけだ、 特段気にする必要は無い』
老人はそれ以上は詮索せず、 こう唱える
『幻界南南町……』
その途端霧が掛かったように復讐心は息を潜め、 代わりに理性を取り戻す
『何が……』
『おい人間、 気に入った、 着いてこい』
一方的な言い方だったが、 不思議とその時離井は頷いた
その巨体を見上げる
『……あの、 貴方は?』
『……オレは、 猿帝だ』
猿帝、 その時そいつは自分の事をただそれだけしか語らなかった
『着いてこい、 オレがお前の求める物をくれてやる、 お前の求める世界へと導いてやる』
何故だろう、 訳も分からない状況である筈なのに、 この時俺は言われるままにそうした
猿帝は多くの物をくれた、 多くの知識をくれた、 それで居て多くを求めないのだ
『……見返りか? いや、 それは既に頂いたからな、 後は自由だ』
そう言っていた、 あれ? そう言えば俺は何を返したろうか?
あれ? なんかよく思い出せない、 だがまあいい、 何にせよ、 何にせよ!
………………………………………
…………………………
……………
「ありがとう猿帝、 俺に力の使い方を教えてくれて、 これで俺は復讐を、 俺の人生を前に進める事が出来る」
グッ
拳を握る、 ぎゃあぎゃあと声が聞こえる方を一度だけ見る、 そこには今し方ぶっ潰してやった明山日暮と、 そこに群がるその家族の姿があった
「日暮!」
「……………日暮っ」
「お兄ちゃんっ!」
あははっ……
「見りゃ分かるだろ、 ぶっ潰れて死んでるよ、 再生も追い付かないかな」
だからもう良い、 明山日暮の事は良い
「さてと…… ああ、 居たな」
この広間の入口の辺り、 人がごった返している中にそいつを見つけ、 そちらに向かって歩いていく
入口の近くの壁には異世界の化け物、 百楼龍と言う、 龍がスコップで縫い付けられる様にその身を晒している
龍と言えどまだ子供、 明山日暮の能力による攻撃を諸にくらい、 死に絶える寸前なのか、 死んでいるのか……
だがこいつ自身は中々いい仕事をしたと思う、 何故なら……
「急いで! 殺人鬼がこっちに!」
「うるせぇ! 通路には出れないんだよ! 見えねぇのかよ! 通路に出たらやばいんだよ!!」
ぎゃあぎゃあ!
人々は押し合い、 騒いでいた、 皆一様に状況を理解出来ていないといった様だった
「あはははっ! おいおいどうした? 一致団結は? お前ら人間社会の住人の素晴らしい、 素晴らしい~ 力じゃ無かったのか?」
避難民共は、 通路からこの広場を出ることは無い、 何故なら
「だから! 通路にあるんだよ! 見たことも無い、 どす黒い変なもんがよ! それに人が一人飲み込まれたんだ!」
そう叫ぶ男性の声はヒステリックだ、 目の前で起こった現象を理解出来ていない
黒沃苔、 大きいもので一メートル程の幅に成長する黒い苔、 百楼龍等、 胞子が卵殻を突き破り侵入、 生まれつき体内に自生する
その胞子はどんな地面や空間でも、 ほんの少しの水で成長を始める、 この龍の場合は唾や尿へと入り込み拡散される
この苔の特徴はなんと言っても肉食苔である事、 食うのだ生物を
この広間から出た通路には既に黒沃苔がびっしりと生えている、 出て行けば人間だろうが余裕で食らう
俺がお前らを逃がす筈が無い
「皆さん! あの男から遠ざかる様に先頭の方から脇に避けて下さい! そのまま距離を取りながら壁沿いに反対がへ!」
大望議員だ、 人が動き出す、 正直この男を殺して女王蟻を失った働きアリの様に、 避難民がてんやわんやする様を見てみたいが
取り敢えず後回し、 一番大切な事だ、 今やる、 すぐやる
真っ直ぐそいつに向かって行く、 そいつは俺の事を恐れた様に見て戸惑っているようだ
そいつに手を向ける
「パラサス・ダイブ」
ピシュッ!
手から糸が伸びそいつの首にかかる、 そいつは首に違和感を感じた様で触れる
グイッ!
糸を引く、 ピンッと張った糸がそいつの体を固定する
「うっ!?」
鈴がなる様な綺麗な声だ、 恨みつらみを抜きにすればそう思う、 昔からそう思えばそうだったかもしれない
「鈴歌ちゃん! どうしたの? 逃げなきゃ!」
同年代くらいの男がそいつ、 天成鈴歌に駆け寄る、 本当に昔からこいつの周りには人が寄ってきていた
俺と対を成す存在、 天使の様な笑顔で誰にでも優しく、 頭も良く、 運動が苦手なのも可憐さがあって……
そんな事を話していた奴はにやにやと気味の悪い顔で話していた
確かに傍から見ればそう言えなくもない、 十年程の時を要して、 この女はその美しさは極まったように思う
ブロンドの長い髪は良く手入れされていて艶があり、 天使の輪の様に淡く光を返す
華奢な体や憂いを帯びる綺麗な顔は周囲の庇護欲を誘い、 それに魅せられた人間は多く居る訳だ
完璧な存在、 だからこそ、 強く感じる、 俺だけが知っているこの女の醜悪
…………………
『離井くん、 さっき女子の着替え覗いてたよね?』
………
ビキキッ
何故この女に目を付けられたのかは知らない、 だが俺の絶望はここから始まった、 生来の鋭い目を更に細く、 女を睨み付ける
この時を……
『離井、 お前には失望した』
父の声
『こんな事も分からないのか、 はぁ……』
俺を監禁した男の声
………
この時を、 どれだけ待ち望んだか、 俺の十年の絶望、 怒り、 復讐心をようやく晴らす時が来たんだ!
タンタンッ
足取りが軽くなる、 クソ女までの距離、 五メートル、 拳を握る
「おい! 鈴歌ちゃんに近寄るなや!」
「っ、 星之助くん! 助けてぇ……」
男が飛び出してくる、 こいつは…… 記憶がフラッシュバックする
…………
『うわ~ うんこマンだ!』
……
頭に来る、 この男は昔俺の事を散々バカにして嫌がらせを幾度となく繰り返したゴミだ
昔の事だ、 こいつからしたら、 大昔の事だろうな、 だが、 俺は忘れない、 俺という人間の持つ尊厳、 その傷は深い
…………
・笑わないのは、 笑う気が無いからだ
・泣かないのは、 泣く気が無いからだ
・忘れないのは、 忘れる気が無いからだ
・許せないのは、 許す気が無いからだ
………
……絶望の監禁生活で読まされた思想本、 唯一その中で俺の心を揺さぶった一文があった
………
・過去を捨てないのは、 捨てる気が無いからだ
・捨てにずに進め、 拾って進め、 1つたりとも取りこぼさずに、 目を背けるな、 忘れようとするな
・もっと固執しろ、 もっと執着しろ、 タールのようにドロドロの感情を怒りに、 原動力に変えて浸進め
………
作者の名前は無かった、 題名は『執拗』、 ただ怒りに身を悶え、 過去を忘れずに復讐心で前へ前へと突き進んだ事が分かった
最後にこう一言あった
…………
・どこまでも
・執拗に生きろ
……
俺は怒りを忘れてないぞ、 どれだけ時が経とうと忘れる気は無い
………
「鈴歌ちゃんにちかずくなって言ってんだ!」
男が立ち塞がる
「はぁ…… お前はさっき、 俺と明山日暮の戦いを見てなかったのか? お前ごときが俺に立ち向かって、 どうにか勝てるとでも思ってんのかァ?」
タタッ
握った拳、 軽やかな足取りで踏み込んで男との距離を詰める、 至近距離
「くせぇクソのゴミカスはてめぇの方何だよ、 死に晒せぇ!!」
バキッ!!
硬質化した拳が男の顔面を側面から捉え、 衝撃音が響き渡る、 男は横方向に吹き飛んだ
ドサッ!
その拳が当たった顔面は、 大きく陥没し、 顔面の骨が折れて突き出すほど強い一撃だった
落下点周辺から悲鳴が聞こえる
タンッ タンッ
「ああっ、 星之助くん…… うっ、 助けて……」
「お前を助ける奴は幾らでも居る、 だが、 お前を助けられる奴は一人もいない、 腹くくれ」
握ったままの拳、 それをクソ女へと叩き付ける
「おらぁっ!!」
ドスっ!!
「っ、 うっあ!?」
腹パン、 くの字に曲がったクソ女は少し吹き飛んで近くの壁に背中から叩きつけられら
復讐は長引かせてもいい事がない、 痛めつけて苦しめる復讐に興味は無い、 さっさと殺してやりたい
だが、 どうしても一発ぶん殴りたかった
「パラサス・ダイブ、 肉糸切断・連緬鋼糸切断鑚」
刃を構えクソ女に向かって歩いて行く、 壁にたたきつけられ悶えているクソ女の前に立つ
「ああ…… やめて……」
「おいクソ女、 俺の質問に応えろ、 十年くらい前にてめぇのせいで人生がめちゃくちゃになった、 俺はどうしても納得行かなくてな」
女は涙目で俺の顔を見る
「俺が誰だか分かるか?」
首を横に振るクソ女、 まあそうだろうな
「俺は深谷離井、 てめぇとは同級生だった訳だ、 俺は当時お前に女子の着替えを覗いた何てデマを流された、 どうだ?」
女は唾を飲んで必死に頭を回しているようだったが、 そのうち思い付いたように顔を上げた
「あっ…… 思い出しました、 離井くん、 えっと、 あれだよね…… 行方不明になってた……」
行方不明………
グッ!
「まず謝罪の言葉は無いんだなっ」
「っ、 ごめんなさい! 本当にあの時はごめんなさい!」
はぁ…… 何だ、 なんか呆気ないな
「お前はそもそも俺の何が気に食わなくてあんな事をしたんだ?」
確かこの女は頭も良かった、 だが俺は常に学年じゃトップを取ってたし妬みか?
「俺を陥れた程だ、 きっとそれはそれは大層な理由なんだろうな」
女が顔を真っ青に染めて涙をダラダラと流し始める、 女は震えた声で言った
「……ごめんなさい、 私はあの時、 その、 日暮くんの事が好きで………」
大層な大層な理由…………………
………………
?
「あ?」
何だって?
「あっ、 あの頃、 離井くん仲が良かったでしょ? 日暮くん、 明山日暮くんと」
明山日暮? 何でそいつの名前が出てくんだ? ついさっきぶっ殺してやった男の名前、 なんで……
………………
『21…… か、 そうかそうか、 そう言えば、 私の息子も同い年なんだ』
…………
既に始末した俺の本当の父親がさっき、 俺に年齢を聞いてきた時に言っていた言葉だ、 この時俺は明山日暮に化けて居た
明山日暮の年齢は21、 そして俺も21の歳だ、 出身も同じで、 目の前の女も、 そうだ同級生になるんだ
明山日暮…………………
「深谷離井くん! そうよ、 日暮が小学生の時に、 よくほら、 一緒に絵を描いて遊んだって話してた!」
「深谷さんの所の息子さんか、 ずっと行方不明になっていた離井君か!」
明山両親の声がやけに大きく聴こえる、 何だ、 何で俺の事を………
………………
『行け! ファイヤードラゴン! ファイヤーバースト!!』
『負けないよ! パラサイト怪人! ブレードフォルムで反撃!』
…………………
あぁ………
何で、 こんな、 忘れていた、 忘れていた
ずっとずっとむかしの記憶、 クソみたいな人生、 止まった時間、 その中で唯一俺が笑ってた
その記憶、 記憶の中のお前は、 お前は……………
………
『日暮くん!』
………
「明山…… 日暮………………………」
ああ、 そうか、 忘れていた、 そうか……
この懐かしくて、 記憶の片隅に埃を被ったように置かれていた思い出は、 お前だったんだな
…………………………
「で? ぶっ殺してやった明山日暮が何だって? それが俺とどう関わってくるって?」
離井の復讐心は相当深い、 深い深い傷を沿って進んでいる、 今更そんな過去を思い出したからって何になるってんだ
ブレードを女の首に向ける、 短い悲鳴が漏れた
「っ、 だからっ、 その、 離井くんが日暮くんと仲良くしててっ、 少し羨ましくてっ、 嫉妬して…………」
……………………
グッ!
ブレードを握る手に力が入る、 そうか、 そうかよ、 大層な理由だ何だなんか関係ねぇ、 初めっから決まってた事だ
前身が震える、 もう理由は無い、 コイツの顔を見るのも、 声を聞くのも、 生かしておく必要が無い
「後悔しろ、 身勝手な行動による制裁を受けろ、 後悔しろ、 自身の後悔に溺れ死ね、 あの世でもがき苦しめ」
ブレードを女の首筋に近ずける、 触れただけで柔い肌を切りつけ、 押し込めばひき肉の様にボロボロに切れ飛ぶ
「あっ、 やめてぇっ、 ごめんなさいっ、 ごめんなさいっ、 ごめんなさいっ!」
もう手遅れだ、 死ね
「じゃあな、 二度と俺の前に生まれ落ちるな」
十年に詰められた復讐の刃が、 女の首筋に押し当てられる、 血をまきあげ吹き飛ぶ………………
………
その一瞬の、 永遠にも感じる時間の中、 微かに自身の後方で
キャー
悲鳴が聞こえた気がした、 だが大して気にもしなかった、 その時にはもう
首筋が吹き飛んで、 血を撒き散らしていたんだから
……………
……
悲鳴と一緒に小さく声が聞こえた、 「お兄ちゃん」と
………
………………
「うっ!?」
ぐしゃあああああっ!!
?
???
「うっ、 うああああッ!?」
離井の籠った様な声が意志とは関係なく漏れ出す、 漏れ出すのは声だけでは無い
絶え間なく、 絶え間なく……
ドバシャアッ!
血が溢れる、 首筋が吹き飛んで、 おぞましい量の血が吹き出している
何で……
何が………………
「あああっ!? ああ!」
目の前の女は、 白目を剥いて気絶しているが、 何ともない、 首も綺麗なままだ、 俺のブレードはまだ届いてない
首が、 首に………
「これは、 明山日暮のナタァ?」
首筋に後方から突き立っている、 物凄い威力で俺の首を吹き飛ばし、 今にも転がり落ちてしまいそうな程だ
「あああっ、 殺す、 殺………」
そのナタは、 斬撃だけでは無い、 ナタの銘は『牙龍』それは敵を喰らうのだ
大きく口を開く様に、 ナタがそのアギトを開く
グシャアアアンッ!!
「あああああああっ!?」
首が完全に吹き飛び、 顔面が宙を舞う、 体の方は胸の辺りまで吹き飛んだ
宙を舞う顔面、 その目は自身の後方を捉える、 今し方自身を吹き飛ばしたナタに巻き付いた骨
その骨が伸びている、 骨が伸びてここまでその刃を届かせているのか
目でその骨の先を追っていく、 そこには……
立っていた、 そいつが立っていた、 そいつはいっつも血だらけで、 それでも立ち上がるんだ
原型をトドメない、 皮膚や筋肉等、 生命活動に支障のない部分を後回しに、 内臓系と外骨格を優先した
人体模型の様な見た目で明山日暮は立っていた、 だが、 ここまで伸ばしたナタと明山日暮が繋がっているという事は……
グチャラッ クジャアッ
離井の肉を食らって明山日暮が回復していく、 ああ、 このやろう
何で……
「あっ…… っ、 あはっ、 あははっ、 声出るよになったっ、 あはははっ」
笑ってんだよ
クジャアアラアアアッ!
体から糸が発生して吹き飛んだ頭部と既に再生を終えた体がくっ付く
優先順位、 優先は復讐………
「何だかな、 しらけちまったよクソ女、 復讐ってスカッともしないし全然楽しく無いんだよな」
義務感だった、 殺すって俺を初めて動かした気持ちだったから
「あははっ、 先ずは明山日暮、 てめぇにきっちりトドメ刺さなくちゃな」
既に優先するべき事になっていた、 思い出したからか、 あの頃の思い出を
あの頃みたいに……
「最っ高に笑おうぜ明山日暮! 今度は第三ラウンドじゃねぇぜ! ファイナルラウンドだぁ!!」
「あ~? あははっ、 よく分かんねぇけど、 よく分かってんじゃねぇか!!」
形は違えど、 ふたりが笑い合う姿は、 懐かしい、 あの頃の物と奇しくも同じだった……
「明山日暮、 わかった気がしたよ、 お前が戦いの時何でそんなに楽しそうに笑うのか」
「俺は殺しがしたかった訳でも、 悪役になりたかった訳でも無い、 ただ張り合いが欲しかっただけだ」
「多くの人が競い合う、 それを望む者、 望まない者も居る、 でも俺は、 まずそこにすら立てなかった」
「今更、 競い合うだとか高め合うだとか、 そんな事は思えない、 ……ただこの一瞬を全力で生き抜くことは出来る」
「お前は常にそれを思ってる、 お前にとっての戦うって、 生きる事なんだな、 命をかけて戦うことは、 呼吸をする事と同じ」
「それがお前にとっての生であり、 でもお前にとっては過程でしかない、 難しい…… だからわかった気になってみるよ」
今は、 ほんの少し、 滾る復讐心を内側に閉まって、 目の前の日暮との戦いを、 全力で生きる
離井は今、 それだけを考えていた
離井の復讐心を形成した本、 『執拗』この本の一文は離井の生きる指針にもなっている
~『執拗』~
・笑わないのは、 笑う気が無いからだ
・泣かないのは、 泣く気が無いからだ
・忘れられないのは、 忘れる気が無いからだ
・許せないのは、 許す気が無いからだ
・頭にくるのは許せないからだ、 睨みつけるのも許せないからだ、 頭を抱えるのも許せないからだ、 叫びたくなるのも許せないからだ
・過去を捨てないのは、 捨てる気が無いからだ
・捨てにずに進め、 拾って進め、 1つたりとも取りこぼさずに、 目を背けるな、 忘れようとするな
・もっと固執しろ、 もっと執着しろ、 タールのようにドロドロの感情を怒りに、 原動力に変えて浸進め
・自分が過去にも今にも、 他者に尊厳を踏み躙られた、 それはひとつたりとも忘れはしない
・思い出す度に腹が立つ、 あの嘲りに身を悶えるほど怒り狂う
・全身に熱が籠る、 怒りを伴う熱風が脳を焦がして訴える、 魂を焦がして訴える、 俺と言う存在を焦がして訴える
・もっと執拗になれ
・自分の命を生きるのに、 もっと執拗になれ、 自身を脅かすものを狩るのに、 もっと執拗になれ
・どこまでも
・執拗に生きろ




