第六十一話…… 『前進の一歩・9』
『……私カーテンはレースまでしか閉めないの、 目が覚めた時真っ暗だとまた眠くなっちゃうから』
『……でも、 これからはあなたが起こしてくれるんだもの、 締め切るのも悪くないわね、 私とあなただけの空間……』
もうずっと、 ずっと前の事に感じる、 彼女が目の前から居なくなって、 喪失感と怒りの中で溺れたあの時から
もう4年も経つのか……
調査隊の実質的なリーダ、 土飼笹尾33歳は、 6年前の27歳の時愛する人ができた
それまでこれといった特徴の無い人生観で生きてきた 土飼にとってこれは大きな出来事だった
『……全く注文が多いんだから、 ……朝は紅茶? それともコーヒ?』
『……ミルクティーが良いわっ』
他愛のないやり取りで笑い合う、 笑顔の君が好きだった……
……のに
~[さようなら]~
たったそれだけ、 たった五文字の平仮名で構成された文言、 それが綴られた手帳の切れ端が彼女の最後の気持ちだった
彼女は突如居なくなった、 仕事から帰って来たら居なくなった、 通帳や印鑑、 金目の物も全て消えていた
ちょうどその頃大規模な詐欺グループの摘発があり、 全国に同じような手口の被害者が沢山居る事実に震えた
彼女はその詐欺グループの実行犯だった
彼女とのやり取り、 会話、 あの笑顔も全部……
全部…………
怒りは沸いた、 でもそれ以上に虚無感に溺れた、 何もしたくない、何もしないまま時を過ごした
何にも影響を受けない、 何にも興味を示さない、 市役所仕事に対しても熱意も無いがただ目の前に出される仕事をこなしている内に気づけば課長を任されていた
ただ虚無感に呑まれた時を過ごす、 ただ……
……………………………
…………………
……
今はただ、 怒りが沸く
「ふざけるなぁ!!」
土飼が叫ぶ、 全身が震える、 怒りが脳を刺激する
避難用シェルターの敷地内、 そこに建つプレハブ小屋はこの終末世界で戦う、 危険調査員の作戦室だった
現在シェルター全体のリーダーである大望吉照を除いて、 調査隊の実質的リーダとして土飼には責任がある
虚無感に溺れて生きていた頃には無い気迫、 この終末において彼はそれを取り戻していた
そして……
「えははははっ! キレてんなぁ? あはははっ! 力のねぇ弱者が、 自分の命も守れない雑魚が一丁前にイキリやがる、 人間社会の構図」
「だがよぁ? もう人間社会は滅んだぜ? 今はよォ、 力が全て、 生きるか死ぬか、 極限の世界、 もう誰も守ってくれはしない」
「シンプルで、 そして本来の姿、 世界はその美しい光を取り戻した!!」
それが目の前で手を掲げ笑う、 それは先程突如この作戦室に侵入してきた
膨れ上がった肉体、 4本の足が3m程の体を支え、 肉が疼いて腕となり、 どんな形でもこねくりあげる、 余りにも残酷な見た目
3つの口と20程の目玉、 それは化け物、 明らかに化け物、 そいつの正体は肉人形
人間でありながら人間を恨み、 能力に目覚めた男、 深谷離井の能力、 パラサス・ダイブ
それは触れた肉体を肉の糸に分解、 それを操る事が出来る能力、 編み込んでどんな形でも作り上げる
それは例えば手、 足、 頭、 それぞれの編み方が有る、 それらを組み合わせれば人間そっくりの肉人形を作り出せる
命や意思を司る、 心臓や脳すら作り出せる、 生命の創造と傀儡こそパラサス・ダイブの真骨頂だ
そして深谷離井は手始めにこのシェルターの人間を皆殺しにする為に二つのことをした
ひとつはモンスター、 裏山である藍木山を根城にする猿型モンスター猿帝血族と手を組むこと
そしてもうひとつは2体の肉人形を作り出し、 調査隊のメンバー殲滅することだった
自身の苗字から一文字ずつ取って『深』『谷』と名付けられた2人は離井の命令どうり戦闘を開始した
しかし谷はシェルターの裏手で、 調査員のおっさん、 元建設業をしていた奥能谷弦と
能力者である調査隊のお兄さん的立ち位置の威鳴千早季との激しい戦闘の末に消滅した
そして今作戦室内に侵入し、 笑う化け物は深の方である
深は作戦室に侵入すると、 すぐ目の前に居た土飼の急造隊5人を襲撃、 1人を意図も容易く殺し、 土飼を庇って別の1人は負傷
その現実を目の前で見せられ、 土飼は怒らずには居られなかった
「お前! 人を殺しておいて、 何をヘラヘラと笑っている!」
「殺したから笑ってんだよ、 殺しは楽しい、 なぁ、 お前らだって分かってんだろ? 楽しいから調査隊何てやってんだ」
?
「モンスター殺しも立派な殺害だろうが、 俺のしてる事とお前らのしてる事は同じ…… えははっ」
は?
「何だと! 俺たちは何時だって大切な人達の為に戦っているんだ!」
他のメンバーが叫ぶ、 そうだ、 その通りだ、 俺達は……
バシュンッ!!
張り詰めた音
「うげっ!?」
短い悲鳴………………
は?
「……うるせぇ、 今はてめぇに話してねぇ、 引っ込んでろモブ野郎」
化け物の手が形を変えて作り出した湾曲、 そこに肉の糸が張られている、 クロスボウの形
そこから打ち出された矢は今し方悲鳴をあげた仲間の脳天に正確に突き立っている
「ははっ、 また1人…… 2人……」
そう言って矢が装填される
「っ! やめっ!」
バシュン!!
「ぎゃっ!?」
ドサッ
音を立ててまた一人倒れる、 ああ…… ああっ!!!!
3人が目の前で余りにも簡単に殺された、 先程俺を庇った仲間も…… そう言えばさっきからピクリともし無くなっている
嘘だ……
「皆………」
「皆死んだなぁ、 弱い弱い、 あんまりにも弱い、 なぁ? 土飼さん、 あんたはどうだ? あんたもただむざむざ死ぬのか?」
あああ……
「俺は…… 俺はまだ……」
「まだ……? いいや何も無い、 あんたには何も無い、 他の奴らと一緒さ、 無駄な命、 意味の無い命、 どうでもいいような命」
そうか…… 俺は確かにそうだ、 馬鹿でなんの取り柄もない……
だが、 それは俺の話だ
「……お前随分と人を見る目が無いようだな、 彼等が無駄な命だと?」
今し方殺された彼等を見る、 彼等は死してなお輝いている、 命の火、 その輝きだ
「お前の目は腐っている、 性根も、 魂も、 腐り果てている、 お前には見えない様だな彼等の命が、 命を燃やすその炎の輝きが」
自分とは違う、 彼等は無駄にしなかった、 何も、 命を守った、 人を助けた、 これは素晴らしい事だ
「彼等は! 輝いて居る!! 彼等は………」
素晴らしい! そう今一度叫ぼうとして気が付く、 目の前の化物語震えている、 これは……
フフッ……
「フハハッ…… アハハハハハッ!!! ハッハッアハハハハハッ!!」
笑い、 馬鹿にした笑いだ
「……なにが、 おかしい」
「っ、 ハハッ、 いやなぁ…… だってそうだろ、 笑えるだろっ! 俺の目が人を見る目が無いだって?」
腹、 と思われる場所を抑えながら笑い体を震わせる化け物、 なんなんだ……
「あんたにそんな事言われるとはなぁ土飼さんよぉ…… だってあんた……」
俺の名前を知っている…… こいつは何者………
「あんた、 ヘヘッ、 女に騙されて金取られたんだよなぁ!」
……………………
『さようなら』
……………
「…………は?」
「ウヘッ、 ヘヘヘッ、 見る目がねぇのはあんたの方だよなぁ? なぁ?」
何でこいつが彼女の事を…………
「土飼さんよォ、 ひとつ教えてくれよ、 何でそんな女の事好きになったんだ? 色仕掛けか? ッヘッヘッ」
「……………………………」
あ…………
「別れ際はどんなだった? あんたはうじうじと涙を流して懇願したのか? 帰ってきてくれ~ って、 ハハハハッ」
「それとも激怒して一人ブチ切れてたんじゃ無いのか? アハハハッ!」
「………………………………………違う、 俺は………」
勝手に言葉が出ていた、 這い出るように、 ただ1つ言わなくてはいけないと思った
「俺は彼女の事を憎んじゃいない、 悲しんださ、 怒ったさ、 でもそれは確かにこの世界に彼女がいて、 俺の傍で笑っていた事への証明だ」
「………………は?」
化け物はさぞ特異な顔をした、 土飼の言葉が余りにも奇怪だったからだ
「俺は彼女の事が好きだったんだ、 それはお金じゃない、 それは信頼じゃない、 愛だ」
「お前は愛を知っているか? 愛とは多くの気持ちの先にあるが、 それで居てそれらとは切り離された極地にある心理だ」
「俺は裏切られた事で、 金と彼女への信頼を失った、 でも…………」
土飼は真っ直ぐに敵を睨む
「彼女への愛は失って居ない」
「………………あぁ?」
つまりそれは……
「あんたまだ好きなのかよ、 その女の事が………」
「好きだとかどうだとかじゃない、 これは愛だ、 簡単に消えはしない、 それが愛だ、 俺は彼女を愛しているんだ」
……ぷっ
………………
「アハハハハハハハハハハッ!!! そりゃそりゃ良いなぁ!! そんな下らねぇもんの為に自信を滅ぼした相手を想うのかよ!」
「下らねぇなぁ、 本当に下らねぇ! お前らはいつだったて下らねぇ、 家族の愛、 恋人の愛、 愛愛愛! ハハハッ!」
そう笑いながら化け物は土飼に拳を向ける、 その拳が疼いて変形して土飼を一撃で押しつぶす質量を持つ
「愛がそんなにすげぇなら、 その愛で自分を守って見やがれ!!!!」
怒りにも感じられる化け物、 深の声、 その本体である離井自身は他人から愛されなかった
家族から、 学校の同級生から、 よく分からん人間も、 そして本当に憎むべきあいつにも
ずっと心を蝕まれ傷を付けられてきた、 だから許せない、 土飼の語る愛は心底不愉快だった
その怒りに土飼は目をそらさない
「……そうか、 お前は愛を知らないのか、 不憫な者だ、 それだから……」
質量を持った化け物の拳が土飼に迫る、 その瞬間……
ドガァッンッ!!
何かを破壊する音と共に……
スタッ! ダンッ!! ……………ザグッ!!
グシャッ!! ザッ! グッシャアアッ!!
目に追えない速度と、 遅れて届いた踏み込むような音、 それに続いた切断音を立て、 何かがこの戦場に侵入した
?
?
2つ分の疑問、 それは今喋っていた土飼と、 そして拳を放った化け物だ
土飼は困惑した、 すぐ目の前まで迫っていた拳は当たらなかった、 化け物は放った拳の…………
「あ? は?」
感覚が全く消えて、 腕は……
細切れになって宙を舞っていた、 切断音は腕を切り飛ばした音……
それを行った者は……
土飼は遅れてそいつに気が着く、 自分を庇うように立つ男の影、 その手には剣が握られている
誰だ?
土飼は大望の能力を知らない、 そして目の前の男がその能力によって召喚された、 異世界の剣士であることも知らなかった
当然化け物も知らない
「っ! 何だてめぇ? どっから来て、 今一体何をしやがっ……」
ザッ!
化け物が叫んでいる途中である事を気にする素振りも無く、 目の前の男の踏み込む音が聞こえて
姿が消えた
?
化け物は強化された眼球で一瞬だけ捉えた、 低い、 低い姿勢で男が自身のスグ傍、 懐に入り込んで居る
男が低い姿勢から剣を構える、 その構えから感じるプレッシャーが化け物に無意識な回避行動を取らせた
化け物が少し身を捩って…………
グッシャアアアアアアアッ!!!
あれ?
いや、 もう遅いぞ、 既に剣は振り切られて居る
え?
体が何だか、 とんでもない威力で吹き飛ばされて居る………?
バギィッンンンッ!!
壁を突き破るような音がして、 その後化け物は自身が転がって居ることに気が付いた
空が見える、 外だ、 気が付いたら外まで吹き飛ばされている
「あ?」
ザッザッ
足音が近づいてきて、 理解する、 こいつは、 この男はやばい
肉の化け物は自身の体を確認する、 下半分が細切れ肉にされて吹き飛んでいる、 たったの一瞬で振った剣の斬撃は一度では無い
軽く見積って十~二十は切り刻まれて、 そのまま吹き飛ばされて今外に転がって居るのだ
ぐしゃぐしゃ
直ぐに肉を捏ねて下半身を作り出す、 立ち上がって構える
悠々と歩き近づいてくる目の前の男、 化け物はそいつを早速人間では無い
真に化け物であると理解して構えた
………………………
…………
吹き飛んで瓦礫と舞った埃を手で払い土飼は今見たとんでもない出来事を思い出した
突然現れた男はたった一度の踏み込みであっという間に化け物を細切れ肉して、 軽々そのまで吹き飛ばした
「なんだったんだあいつは?」
そう呟いた時階段を駆け下りる音が聞こえた
「鉢倉! どこいった! ん? あぁ! 土飼君!!」
それは大望だった
「大望さん! 」
「土飼君、 無事かね?」
大望は横に首振る
「俺は、 でも皆が……」
土飼以外の四人は既に息をして居ない、 四人は余りにも惨たらしく死んでしまっている
目の前で、 彼等は敵に立ち向かった、 誰かの為に戦った、 それの代償だって言うのか
彼らを待つ者に、 強く誇らしい姿だった等と伝えれば良いのか?
自分は余りにも無力だった、 彼等のリーダとして先頭に立ったのに、 誰一人守れなかった、 逆に守られた
「っ、 くそぉっ!」
拳を地面に叩きつける、 余りにも情けない自分に怒りが沸く
それに対して大望は口を開く
「すまなかった、 私が、 もう少し早く…… 土飼君、 君は素晴らしく戦った」
「事務員の方達が2階に治療スペースを作ってくれた、 君は一旦そこで休みなさい」
土飼は震える
「………………出来るわけ、 敵を倒さなくては……………… っ、 …………いいえ、 分かりました、 少ししたら復帰します……」
自分の無力さは今実感した所だ、 それでも自分に出来る事はある筈だ、 しかし今は満身創痍、 少し休み傷を癒さなくては出来ることも出来ない
ふらふらと立ち上がって階段を登っていく、 それを大望は見送った
「後は任せなさい、 鉢倉、 頼んだぞ……」
そう言って大望は自身の親友を追いかけ破壊後から外を目指した
………………………………………………
……………………………
…………
ブンッ!!
腕が、 長くて筋肉の付いた腕が獄速で振るわれる、 空気抵抗の音が死を連想させる
「……ふっ」
「ラアアアアアッ!! アッハハハッ!!」
笑いながらその殺意の塊の様な攻撃を躱す、 そのしなやかな打撃は当たれば鞭のようにその身に痛みの枷を刻むだろう
だから……
「ブレイング・バースト!!」
これは力だ、 明山日暮の力、 空気を高密度に圧縮して、 それを打ち出す、 エネルギーの発露は破壊の象徴
その力を叫ぶ
「!? ウゲェアアッ、 じゃあ!!!
んじゃあ?」
空気圧が敵、 猿帝血族殺戮係、 千里の邪馬蘭に突き刺さる、 邪馬蘭はそれによって悲鳴をあげるが……
グッ!
グリップの聞いたスポーツシューズを踏み込んだ様な音がして邪馬蘭の体がサイドステップをする
これは……
「まじか、 俺のバーストが当たった衝撃、 それを一瞬で危険と判断しサイドステップで力を逃がした?」
口で言うなら簡単だ、 だがバーストは今まで悉くの敵を吹き飛ばし、 ボロボロに破壊してきた
そもそも空気なのだ、 目に見えない、 この敵も当たった瞬間に驚きの顔をした、 だが当たると同時に回避
その回避速度も一度当たったバーストから逃れる程の瞬発力、 こいつは……
「ッハハ! なんじゃあ? 今の? フキッ、 吹き飛ばされるかと思ったわ! アハハハハッ!! 面白いのぉ!!」
戦闘狂、 しかも感覚派だ、 生まれた時から戦士の思考、 戦闘センスは一級品
「天然物のバトルジャンキーだ、 あはははっ、 良いねぇ~」
日暮は敵を前にして笑う
「こういう奴が一番殺しがいが有るんだよなぁ!!」
日暮も同じ、 生かす選択は端からない、 目が会った瞬間命を賭ける、 勝敗の天秤に……
敵を睨む……… よく見ろ………
バッ!!
「ラァッ!! っ死ねぇ!!」
邪馬蘭がいきなり突っ込んでくる、 バネの効いた踏み込み
長い手足に、 三メートル越えの身長、 そして全身しなやかに鍛えられた筋肉、 それをもじゃもじゃの長い体毛がおおっている
踏み込んで全身が揺れる、 まるで無意識に狙いの起動を不透明にする様に、 視線を隠すように
一瞬で距離を詰められる、 邪馬蘭の大きな拳が日暮の顔面に迫る、 当たれば相当なダメージ
……だが
「ふっ! ったらねぇよ!!」
刹那の紙一重で拳を避ける、 そのまま避けた方向に軸足を意識して回転……
ギュッ!
ナタのグリップを強く握り込む
「っ! らぁ!!」
牙龍、 彼がそのナタに着けた銘、 元々実家にあった物でホームセンター『ココメリコ』での戦闘を経てそれは進化した
グシャッ!!
ナタが肉をえぐる感覚、 カウンターは決まった、 このカウンター攻撃、 敵の攻撃に対して回避、 後、 体を半回転、 その勢いでナタをスイングする
よくやる攻防だ、 だからこそそのカウンターは確かな制度と練度をもって敵にヒットした
そしてここからがこのナタ、 牙龍の真骨頂……
「喰らえ! 牙龍!!」
グッシヤァ!!
「ッ! ギャアアアッ!?」
蛮鳥族の長、 暗低公狼狽の肉体は相手の血肉を自身へと変換し取り込む力を持った細胞出できていた
日暮のナタは暗低公狼狽との戦闘で奴の骨の一部が絡みつきナタと一つになっている
だからナタ、 牙龍に切りつけられると、 それに追随し、 切りつけた敵の肉体を喰らう様に抉り飛ばすのだ
「なんじゃあ!! カスっただけじゃ…… のに、 のに傷が広がってえぐれたぞ!!」
は驚きの声をあげる、 痛みに手で抑えた傷はカスったにしては大きく、 大量に血が流れ出ていた
良いねぇ、 でも終わりじゃねぇ……
「連撃、 確殺!!」
グッ!
足に力を込め敵に向けて更に踏み込む、 一瞬で懐に入り込み……
「っ! はぁ!!」
一閃
…………
バッ!!
その時そんな音を立てて空気が揺れ動いた
そう思った時には目の前に、 懐まで入り込んで完全に捉えていた敵を……
見失った
(…………………え?)
ぶるっ
体が震える、 鳥肌が立つ、 殺気……
上方から……
はっ!
「上っ!」
日暮は見た、 人間性、 社会性に生まれながらに縛られ、 抑圧されて来た物には存在しない
野生に生きた者の、 枷を持たない自由過ぎる殺意、 その躍動を……
陽の光を遮る、 高い、 敵はたった一度のジャンプでその体を、 優に五メートルは持ち上げていた
日暮は下からどっしりと構える、 迎え撃つ………………
バシッ!
「アハハハッ! おっそいのぉ!!」
「っえ!?」
そんな声が漏れる頃には既に掴まれている、 上から伸びた長い腕が俺の頭をガッシリ掴んで、 敵が引き寄せられる
長い腕、 そうだ敵の腕の長さに対応出来ていなかった、 それに重力による自由落下もあってその腕は容易に俺を捕まえた
「捻り切るッ」
グッ ピキッ
敵は俺の頭を掴んだまま、 空中で体を捻って回転、 足を降って勢いを付ける事で俺の首は横を向かせれ、 そのまま可動域外にまで力が加わる
やばっ……………
しかし日暮もどちらかと言えば感覚派、 考えるより先に体は動く
バッ!!
首の回転と同じ方向に体を捻って飛ぶ、 足さえ浮いていればただ体が回転するだけだ
体が一回転して地面に足を着く
「っぶねぇ………」
そういった途端、 グッと体が引っ張られる、 それに驚いた途端顔面に衝撃が走る
ドスッ!!
「うぐっ!?」
「アハハハッ、 膝ァ、 もろ入ったァ!!」
敵は俺の頭を掴んだままそのまま体を引き寄せ、 俺の顔面に膝蹴りを叩き込んで来た
?
顔面が陥没して脳が圧死した様な感覚に何が何だか分からない
そのまま次の瞬間には更に横方向から衝撃
ドッ!!!
蹴り、 地面に降り立った敵はそのまま俺の側面を強く蹴りつける
体が宙を浮く……………
グッ!
気付いた時には地面が足に着いていた、 支えるように付いた手が引きずられて痛い
だが無意識に倒れまいとした体は、 不格好、 それでもしっかりと地に足が着いていた
顔面周辺が熱くなる、 俺のナタは敵の肉体をエネルギーに変換、 それを身体に還元し回復を齎す力がある
それによって傷が引いて行く………
後ろから小さな声が聞こえる
「お兄さん大丈夫? やっぱり私も手伝おうか?」
それはさっきまで居た甘樹の街で出会い、 そして一緒にこの藍木に訪れた少女
両親を失い、 記憶を失い、 孤独な少女は異世界からやってきた地上神、 家一つ程の大きさを持つ大蛇、 白従腱挺邪と共に洞窟で過ごしていた
そんな彼女を一緒に連れて来たのは本の気まぐれだ、 彼女の気晴らしになればいいと思ってのことだ
何か不思議な力を持っている様だが、
戦いなんかしなくていい
「大丈夫、 雪ちゃん、 でも俺が死んだら後頼むわ」
「やだ、 なら手伝う」
明らかに機嫌が悪くなる少女、 まあ、 今の発言は良くなかったな
「嘘だよ、 死ぬ気はねぇ、 心配してくれてありがとね」
少女に目線を合わしてひらひらと手を振る、 少女は少し笑う
まあ何にせよ長引かせる積もりはさらさらない、 さっさと終わらせよう
「おい手長猿、 今から俺の言う事を耳か〜ポジってよく聞け、 俺はまず最初に右手でお前を殴る」
右手を掲げながら敵に近づく、 ナタは左手にわざわざ持ち替えている
は首を傾げる
「なんじゃあ? 突然、 次攻の開示とはのぉ? 何か張っとるな? 企んどるなぁ?」
「ああそうだ、 だが何にせよ最初はこの右手だ!」
拳を大袈裟に握る、 引く、 その拳に全てをかける
力み
それは傍から見ても結構わかるものだ、 この時、 邪馬蘭は少なくともこの右の拳はなんの絡めても含まない攻撃であると理解した
邪馬蘭も相対する様に拳を握る、 読みどうり
こういう敵は単細胞、 真正面から来れば、 真正面から向かってくる
俺の拳が敵に到達する
「おっらぁ!!」
ドスッ
「ハハッ! 弱っわいのぉ!」
敵が笑う、 ただの拳、 ド素人のパンチ、 それに大きな力は生まれない、 やはり生身の弱さ
ナタを失い、 能力をも失えば明山日暮は弱小種族の枷に縛り付けられる
だが、 今はその弱さが良い
グッ
ナタを握る左手に力を込める
「ブレイング・ブースト!!」
そう叫んでナタを振るう、 叫ぶ、 能力の名前を
「っ!?」
敵は先程俺の能力を一度見ている、 こういう敵は決して考え無しじゃない、 どちらかと言えば結論を出すのが早いのだ
こいつは俺の能力が空気を圧縮した塊を飛ばす能力だと凡そ当たりを付けていると思われる
そして俺の能力の応用、 指定方向への空気による加速、 ブーストも頭の片隅に既に考え仮定しているだろう
この敵は感覚派、 感覚派の思考は分かる、 日暮自信が感覚派だからだ
実際敵はナタを警戒して反応する、 バックステップで回避………
?
邪馬蘭は不思議に思った、 邪馬蘭は戦う人間の能力が空気圧である事を看破している、 そしてその勢いを利用し加速技を使う発想も容易に出来る
敵の能力、 あの空気圧の威力は相当な物、 実際に食らったからわかる、 そしてこのナタは………
遅い、 加速がかかったのはこのナタじゃない………
ドッスゥッ!!
「ヴヴッ!?」
腹、 腹に突然とんでもない威力が刺さる、 腹は……
「言ったろ? 一発目は右手で殴るって」
ド素人のパンチ、 だからこそいい、 その次にナタに意識を向けさせる事で、 右手拳を頭から消す
ブーストによる加速をかけたのはナタでは無く、 すでに触れていた右手の拳、 超加速パンチが敵の腹に突き刺さる
「ッグアアアッ!! アアアアッ!! じゃぁ!」
敵が叫ぶ、 叫びに麻酔、 アドレナリンの放出で痛みを薄める
その前にさらに攻める!
「今度は左!!」
敵に向けて踏み込む、 流れる様に左手から右手にナタを移す、 左拳を固く握る
敵は…… 直ぐに反応する、 良い結構ダメージがあったらしいかなり警戒している、 だが敵は知らない、 俺の能力はクールタイムが必要
8秒、 8秒待たなくてはあの力は使えない、 だからこそ2発目は絶対に当てなくては行けない
「っらぁ! ブレイング・ブースト!!」
能力を叫ぶ、 全力で、 例え発動しなくてもこう言うのは勢いが大事だ
敵が俺の左手に意識を向ける、 向けすぎる
カランッ!
何か金属音が足元でなる、 質量のある鉄の塊が地面にぶつかった音だ
ナタ、 左手から右手に移したナタ、 そこから左手に注目を集めてその瞬間ナタから手を離す
よく見てた、 敵の軌道、 さっきと同じ、 バックステップで回避行動を取ることを予想していた
だから投げた、 左手を警戒してバックステップで後ろに下がったその足元にナタを投げた
下ろす足の裏に丁度立ったナタの刃が向く
ザクッ!
「ッギャアアッ!? 足がっ…… ナタ、 しまっ……」
このナタは……
「喰らえ牙龍!!」
敵の足元から龍がそのアギトを広げる
ッグシャアアアアッ!!
「ギャアアアアアアアアアッ!?」
「あははっ、 さっきのブーストがそんなにきいたか? 足元がお留守なんだよ!」
バジャッ
不快な水音がして抉れ飛んだ敵の土踏まずが地面を踏む
「ッグ! 痛ってぇのぉ!! 足がァ!!」
「あはははっ」
それでも敵は感心する程一瞬で意識を入れ替える、 右の拳が握られている
「死ねジャァ!!」
体制を低く……
ブンッ!!
風きり音を僅か数センチ頭の上で聴く、 ナタは敵の足を抉って既に抜け地面に落ちている
体制を落としたままナタを拾って更に踏み込む、 敵の懐へ
そのまま、 ナタを拾った体制から、 敵の振るった右手の脇腹目掛けて、 屈伸運動を意識して体重移動
切り上げる
「っらぁああっ!!」
ナタの刃が敵に触れる………………
ドッスッ!
あれ? 触れない……………
いや、 腹に衝撃……
膝、 敵の膝蹴りが俺の腹に綺麗なカウンターで突き刺さった
「っ、 うげぇぇ!?」
「ジェッシェイッ!! だはははっ、 入ったのぉ!! カウンター至極!」
腹が…… 熱い…… 腹………………
………………
グッシヤアアアアアアアッ!!
……
思い出すのはつい数日前、 甘樹の街である男と戦った、 男は自身の名を柳木刄韋刈と名乗った
奴の拳、 あいつの全力の一撃は俺の腹を貫いて大穴を開けた、 ナタによる回復が無かったら今頃あそこで死んでる
その痛みに比べたら………
「うっ、 ああっ!」
潰れ腹に力を込める、 声が滲み出るように気孔を広げる、 呼吸……
ピンチはチャンス
敵は膝蹴りをした、 片足を上げている、 俺は空中に縫い付けられるようにして居てその向きは敵に向いている
カラリ
口の中でそれを転がす、 舌の上をそれがコロコロと転がる
もう八秒経ってるぜ
「ブレイング・ブースト!!」
ボンッ!
顔だ、 口の中に空気が勢い良く吸い込まれ圧縮される、 音を立てて頬がいっぱいに膨らむ
俺は狙いを定める様に口を細く開け放つ、 圧縮された空気は出口を見つけ、 勢い良く吹き出す
口内に転がるそれと共に………
グシャッ! グシヤッ!! グシャンッ!!
「!? アアアッ!? んじゃぁ!? あああっ、 痛ってぇ…… 痛ってぇんじゃぁああ!!」
敵を貫く、 打ち出されたのは……
「はははっ、 歯だよ! てめぇにさっき顔面膝蹴り食らった時に折れたんだ、 それをずっと口の中で転がしていたんだぜ?」
良い感じだ、 流れを掴んだ、 飛ばした歯は胸を貫通している、 だがこれじゃあ死なない
もっと攻める
「ジャアアアア!! ころずッ!!」
「あははっ、 死ぬのはてめぇだよ手長猿!!」
俺は地面に降り立つと腹に力を入れて前へ、 既に懐に入り込んでいる
ギュッ
ナタを握る手に力が入る、 このナタでこいつの内蔵を抉り取ってぶちまける
「おっらァ!!!」
シュインッ!!!
ビシャアアアッ!!!
「ギャアアアアアアッ!?」
限界の集中による高精度が導き出したナタの刃の軌道は、 正確に敵の臍下2cmを横凪に切りつける
食らいつくような龍の牙が深追いする様に敵の傷を広げる返り血が俺を染めた
あははっ
気分が最高に良い、 確実に敵と認定した生物を叩くのは、 自身の生命への肯定
自分を認め、 初めて人は踏み出す力を得る、 だからもっと殺したい、 もっと戦って真っ当に殺して、 さらにその先のステージへ
上り詰めたその先でたどり着くべきその地で、 最強の生命への成る……
「らああああああっ!!」
返す刃でさらに肉薄する、 確実にトドメを刺す、 もう一度後三秒後、 能力を持って確実に殺す
確かな軌跡で刃が、 一撃目の傷をなぞる様に吸い込まれる、 さらに深く切りつける!!
空気を切って、 虚空を切って、 振るわれた刃が敵の血で濡れた傷に触れる
興奮して、 血が沸騰するように熱い、 全身が熱い、 この感覚、 この感覚
熱い、 熱い……………………………
熱い……
「あっ…… あ?」
気がつく、 これは興奮による熱何かじゃない、 もっと物理的に熱い
これは…………
「やっと分かったんじゃ、 お前さんに追い詰められてぇ、 ずっと内側の中のどっかのこっかのあちこちからあーだーコーダー責め立てる、 コロコロせっ殺せっ!」
「って急かす声、 これじゃったか、 この力じゃったか、 掴んだぞ、 今その感覚を、 これが………」
ビジジッ ハジッ!
体中が熱く、 何かのエネルギーが迸る、 これは血だ、 さっき浴びた奴の血、 返り血が熱い
何か不味い
「これがワシの能力じゃあ!!!!」
能力、 能力……
ジリリリリッ ジジジジッ!!!
「食らえェ、 昂血晟叙、 壱ノ番・烈玦爆朱尽!!」
バヂィィィィイッ!!!
熱っち…………
ドガアアアアアァァァンッ!!!!
爆発、 まるで水蒸気爆発の様に圧力のある、 そして湧き上がった熱の報酬により体は脆い間接部から好き勝手の方向に吹き飛ぶ
バギギッ! グシャアッ!!
ドシャッ!!
焼け落ちた家屋の様に音を立てて崩れ落ちた………