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第五十九話…… 『前進の一歩・7』

この作品はフィクションです、 作中の地名や、 活動等は現実の物とは全く関係ありません

藍木シェルターの総リーダー、 元地方議員の男、 名前は大望吉照たいほうよしてる


彼は昔一度だけ不可思議な体験をした事がある……


大望が高校生の頃、 地元屈指の進学校に受験し


落ちた


その虚無状態で滑り止めの私立高校に通い続けるも全てが失われてしまった様な気持ちに苛まれ


特に何もしないまま、 ただ時が過ぎて……



部活動は強制だった、 何もしたくない為逆に悩んだ、 その結果楽そうだったのでボランティア部に入った


放課後は街を練り歩き、 ゴミを広い、 困っている人が居たら助け、 時折、 保育園や、 老人ホームへ言って催しを開き


商店街の看板の張替えに始まり、 民家の掃除、 車の洗車、 わんちゃん猫ちゃんのお風呂に


人の足らないお店にボランティアで人手出をしたり、 迷子の子猫を探したり、 迷子の老人を探したり


災害が起きたら災害ボランティアに行くという予定まで仮に組まれていて


まるで仕事だった


金の貰えない仕事


ある時思った、 こう言った事はそれに対する熱意が無くてはとても出来ない、 びっしりと組まれたボランティア予定の日付が大望の精神を削った


大望には熱意が無かった、 燃え尽きていて、 楽そうだから入ったのに蓋を開けてみれば過労


運動部の走り込みに比べれば、 大会前の追い込みに比べれば、 プレッシャーを感じないしきっと楽なんだろう


それでも、 毎日毎日人に会って、 違う事をして、 目新しさの日々に飽きてきたある頃………


……


「おっ、 面白そうな依頼入ってるぞ」


同じボランティア部の友人、 鉢倉はちくらが部室の掲示板を見ながら言う


「それで面白かった事あったか?」


大望がそう返すと鉢倉は笑った


「いいや? でもこれはまじ、 まだ格付けする前のだけど、 特別案件かもな」


ボランティア部は部員強制の『予定依頼』と個人で行う『個人依頼』がある


『予定依頼』はカレンダーに既に書き込まれた内容で、 それとは別に『個人依頼』を行わなくてはならない


うちの部活はどこにそんなにやる気があるのか、 そこら中に広報を出して居て、 依頼主が依頼書に内容を書き込んで郵送またはファックスで送る


そうしてホワイトボードに張り出され、 基本的には皆それぞれ行きたい依頼に行くと言うのが『個人依頼』だ


そして依頼の格付けもあり、 難しさ、 期間、 内容等で変わってくる


依頼はその全てを基本的にこなさなくてはならないので馬鹿みたいに忙しいのだ


だが他校や中学校のボランティア部とも連携を図ったり、 地域の団体とも繋がっていて取りこぼすという事は無い


そして、 依頼の格付けで『特別』と『事件』というふたつの格付けは学生が手を出すということは少ない


『事件』という格付けはそのまま、 事件性があり、 警察の両分では? と判断される物であり、 これは学校側が警察に連絡を入れている


『特別』は難しい、 または緊急、 特殊であったり、 内容が不明、 または奇怪、 きな臭い


その他、 反社や宗教団体等が絡む依頼だと判断された場合も『特別』として入り、 後に『事件』に変更されたりする


「捜索依頼だ、 行方不明者の捜索依頼だと」



「事件だろ、 警察の案件」


端からやる気の無い大望は部室の机に突っ伏して瞑想を始める


部員は28人とまあまあ居るが、 今日は『予定依頼』が入って居ないので部員は殆ど『個人依頼』に向かっている


部室に居るのは大望と鉢倉だけだった、 鉢倉も余り本気にならないタイプであり、 互ににやる気がない事を知っている


だから気があって居るのかも知れない……


「まあ聴けよ、 この捜索依頼は確かに事件依頼だろうけど、 これは資料の一部でしか無いようだ」



「……? 関連はしてるけど依頼自体は別って事か?」


鉢倉は頷く


「まず捜索依頼だが、 これは一昨年のだな、 捜索対象は当時15歳の青年で名前は矢口蒼太やぐちそうた、 依頼主はその家族、 父親がこの部活のOBらしい」


勿論警察に依頼しただろうが、 少しでも可能性を大きくしたかったのだろう、 だから独自の情報網を持つボランティア部にも依頼したのだ


彼は今年で17歳だろうから俺達の1つ上だ


「因みに彼は見つかってない、 残念な事に、 でもう一枚、 これも捜索依頼で今度は22歳の女性、 これは昨年だな」



「捜索依頼がもう一枚あるのか?」



「いいや、 もっとある」


ペラペラ


音を立ててまとめられた依頼書を鉢倉が捲っていく


「7枚かな? 全部行方不明者の捜索依頼だ」



「………で? それ等は全部本依頼の資料なんだよな? 肝心の本依頼は何なんだよ?」


鉢倉が依頼に目を通している、 その一瞬の静寂が夏のジメッとした空気と混じって気分が悪い


「調査依頼みたいだな、 歩道橋の安全確認の調査らしい」


???


「は? 突然関係なくなるじゃんか、 意味分からん」


鉢倉も意味が分からない用で更に依頼内容を読み込んで大きく目を見開く


「まじかよ、 おいおい、 関係無くないみたいだぜ?」



「……どういう事だよ?」


鉢倉がペロリと唇を舐める


「この7枚の行方不明者全員がこの歩道橋を渡っている最中に忽然と姿を消しているらしい」



「……は? ……歩道橋で? そもそも場所が特定出来てるのに行方不明も何も無くないか?」


鉢倉は考え入る様に顎に手を当てる


「奇妙な話だが皆目撃者…… に近い人が居るみたいだ、 例えばさっきの当時15歳の男は中学生の弟と出掛けていたらしい」


「そこで偶々この歩道橋を渡ったんだが、 この兄の方が一緒に居た弟より早く駆け上がったんだ、 競走でもしてたのかもな」


「そして兄が登りきって曲がり角を曲がった後ろ姿を弟は見ていて、 弟も登りきって角を曲がった時には兄の姿は見えなかった」


「歩道橋は一本道だ、 弟は足の早い兄が既に対岸の階段を降りたんだと思った、 それを追いかけて降りたが兄は居らず」


「周辺にも、 目的地にも、 そして夜になっても家に帰って来なかった、 そして今も、 こんな感じで他も誰かしらが近くに居た、 または直前に見ていた」


「その上で、 目を離した時には居なかった、 という物が全てみたいだ」


鉢倉は依頼書から顔を上げると、 大望と目が合う


大望は背中に氷でも入れられたみたいに背筋が冷えていて、 部室に2人しか居ない事が心細く感じた


「いや、 怖いんだけど、 普通じゃない」



「だから言ったろ暫定『特別依頼』だって、 まあ怖がるのわかってて言ったんだけど」


鉢倉は笑った、 大望が怖いのが嫌いだと知っているからだ、 本当に性格が悪い


「俺もう歩道橋渡れないよ」



「あははっ、 安心しろよ、 この歩道橋だけ避ければ良いって訳だ、 それにこの歩道橋を渡るのがダメならもっと皆居なくなってるよ」


…………


「因みに何処それ?」


鉢倉は心底性格の悪い顔で笑う


「俺らの通学路だ」



「へっ!?」


大望は震え上がった、 歩道橋って言ったら1つしかない、 つまり


「さあ、 だらだらしてても仕方ない、 帰るだけで依頼もこなせて一石二鳥、 受けようや」



「はわわわっ! ほんとに言ってんの?」


鉢倉がバックに資料を詰め込んで行く


「大丈夫だって、 いつも通ってるあの歩道橋だぞ? 見るだけで良いんだ、 それで完了、 ただ帰るだけで良いんだよ」



「いやそうだけど……」


鉢倉が急かすので大望も荷物を纏めて立ち上がる、 廊下を歩きながら説得する


「特別ってついてるからには曰く付き、 と言うかどっからどう聞いてもヤバい案件だよ」



「落ち着け大望、 見えないデメリットはある、 でもメリットは馬鹿でかい、 良いか?」


「この学校に存在する部活の中で、 一番自由で、 一番楽で、 一番楽しい…… 可能性を秘めてい部活はこのボランティア部だ」


「部活動は強制、 やる気の無い俺らからしたら、 なら楽で楽しいのが良いって訳だ、 この部活は決まった事ばかりはやらないし、 こうやってやる事自分で決めれる」


「それに、 個人依頼は別に一人でやってもいい、 仲の良い奴とやっても良い、 自由にやれるんだ、 だがひとつネックがある」


「ボランティア部の部員は個人依頼でポイントを稼がにゃいけない、 ポイントが100ポイント行ってない奴には学校の雑務が与えられる、 それは知ってるな?」


初めに聞かされる事だ、 学期で分けられたりもするが、 一年生を除いて、 二三年生は1年度でポイントを100貯める決まりがある


今年2年生の大望達は100ポイント貯めなくては行けない、 だがそんなに難しくない


例えば街のゴミ拾いに参加すればそれだけで2~3ポイント、 高い格付け程ポイントを貰え、 上手いやり方をすれば一日で10ポイントを稼ぐ奴も居る


だがもし100ポイント行かなかったら……


「放課後居残り、 そこら中の掃除に始まり、 部活や委員会の補助や雑務に回され、 応援団やら風紀委員の下働きやら……」


そしてそれらは、 ひとつ1ポイントしか貰え無い、 前年の不責を抱えたまま新年度のポイントは貯められない


『予定依頼』をこなしながら雑務に走り回され、 100ポイントを越してようやく、 新年度分のポイントが稼げるようになるのだ


「今は夏だ、 しかし夏休みは先週終えた、 まだまだ暑い季節と言う奴で、 時はどんどん秋に向かっている」


……………


「俺は今、 28ポイントだ、 大望お前は?」



「……………33」


……


「なあ? 無理があると思わないか? 俺はな、 これでも結構やった方だと思ってるんだ、 でも……」



「わかるよ、 今のペースじゃ確実に来年度に間に合わない」


一年生の頃はまだ楽だった、 ノルマが無いからだ、 ポイントは貯めれるので、 一年生の時は88ポイントで、 来年は楽勝だと思っていた


だが現実は非情、 一年生には事ある毎に高得点の簡単な依頼が先輩から回され、 特別ポイントとかいう謎のポイントも付くようにできていた


少し、 やりがいを感じさせる、 『罠』


自分にもできるかもしれないと思わせてからのこれ、 そしてこのザマ


「ケツに火が付いてから頑張れる奴ってのは結局端からやる気のある奴で、 俺らは焦りはあるけど、 それでもやらない、 だろ?」


まったくその通りである、 まったくやりたく無いのである


「だからこれよ、 この依頼は確実に特別だ、 そして特別依頼の達成ポイントを存じているか?」


確か……


「内容によっても変わるが、 最低でも50ポイント…… でかい」


鉢倉が頷く


「この依頼は入りたてほやほやだ、 きっと明日になれば他の奴らが持っていっちまう、 それだけ破格だって事」


確かに


「近所の、 しかも毎日通る通学路、 曰く付きだけども、 ただそこを通るだけで完了、 つまりいつも通り帰るだけで50ポイント、 美味すぎる」



「だろ? そういう事よ、 如何に楽して楽を得るか、 それだけよ、 頑張ったらダメ」


賛成だ


「今一番怖いのはポイントが足らなくて雑用係に回される事だ、 それより恐ろしい事などない」


大望から恐怖は消えていた…… いややっぱりちょっとは怖いけど


「行くか」


今年度中分のポイントをさっさと終わらせたい、 その為の大きな依頼、 その歩道橋に向けて、 いつもの通学路を家に向かって進む


初夏から夏にかけて間延びした昼間の明るさは少しづつ寂しく、 最近では6時頃となれば暗くなり始める


今は5時過ぎ程で、 殆ど部室でダラダラしてただけだった


空は美しく、 傾いた太陽がレースの様に薄い雲に反射し空を黄金色に照らす、 まだ青い空との色合いの対比が心地いい


「俺、 特大メンチ、 大望は?」



「カレーパンをひとつ」


惣菜屋の前で足を止める、 ここの惣菜は評判で、 大きくて安くて、 美味い、 学生達の空腹の助けだった


少しすると小袋に包まれた熱々の惣菜達が手渡される、 今は夏だが、 冬の時期、 この瞬間は格別である


ザクッ


隣で心地のいい音が聴こえる


「あっ、 あっ…… うまっ!」


大望もカレーパンを頬張る


「うん、 いつでも美味い」


揚げた香ばしさに中はフワッとモチっと、 ピリッとスパイスの特製カレーが食欲をそそる


互に無言で頬張りながら、 着実に目的の歩道橋まで進んでいる、 その妙な緊張感だけが腹のそこでピリピリと痺れていた


「なぁ……」


鉢倉が唐突に声を発する


「何だよ?」



「……あのさぁ、 ポイントの事も考えなくちゃ行けないんだけどさ、 考える事って他にもあるじゃん?」



「例えば?」



「………その、 例えば…… 進路…… とか」


まさか不真面目な鉢倉からその言葉が出るとは考えても居なかった、 実際俺は考えない様にしている


「まだ2年の夏、 考えてる奴は考えてるし、 そうじゃないやつもいっぱい居るだろう、 でさ」


「大望は、 何か、 夢とかあんの?」


今まで鉢倉とそういった話をした事は無かった


「何だよ突然、 俺は、 無いよ……」


元々の志望校は進学校で、 その先大学に通い、 その先、 中学生の時点ではその先が見えていた


だが受験に失敗して、 全てが無気力な今の自分には少し先の事も考えられない


大望は努力で成績を上げてきた、 天才の家系とかでは無いので、 失敗した事による家族からの失望なんかは無かった


だががっかりはしただろう、 高い金を払って私立高校に通わせる羽目にもなったし、 息子はいつまで経ってもやる気が戻らない


嫌になってくる


「そうか、 ………俺はさ、 海外に行きたい」


え?


「海外? いつ?」



「馬鹿、 んなすぐ行ける訳無いだろ、 大人になったらだよ、 海外に行って何て言えば良いか…… なんかでっかい事がしたい」


何だそれ?


「大雑把だな? そもそも海外じゃなきゃダメなのか?」



「海外が良い、 何かさ日本って窮屈だよ、 好きだけどさ、 何か海外ってド派手だろ? ドガーン、 ドバーン、 見たいな?」


えぇ?


「は? 何だそれ? そんな理由かよ」


俺の言葉、 その後一瞬間が空く、 あっ、 しまった


「……まあ、 そうだよな」



「あっ、 いやっ、 馬鹿にしたかった訳じゃっ……」


一瞬下を向いた鉢倉が上を向く


「ふっ、 わーてるよ、 俺も適当に言っただけだから、 気にしてねぇよ」


…………


「……そうか」



「ああ、 おっ! それより見えてきぜ、 件の歩道橋」


鉢倉が指を指す先には、 いつもの通り道にある見慣れた歩道橋がある


こんなどこにでもある見慣れた物が曰く付きの代物何て……


実際に今も人が登って降りていく


本当にここが………


「よーい、 ドン!!」



「って、 おい!」


鉢倉が突然走り出す、 いきなりかよ


小走りでそれを追いかける、 本当に突破的な奴だな


鉢倉の後ろ姿を見て、 不意に記憶が頭に過ぎる


『そして兄が登りきって曲がり角を曲がった後ろ姿を弟は見ていて、 弟も登りきって角を曲がった時には兄の姿は見えなかった』


先を走る鉢倉は俺より先に歩道橋を登り始めるだろう、 俺はその背を追って登る事になる


同じ、 この依頼の資料としてまとめられた捜索依頼は全部目撃者が居た


階段の一段目を登り始めた鉢倉、 つい今さっきのやり取りや、 鉢倉の夢を『そんな』何て言ってしまったモヤモヤ


さらに傾いた太陽が、 怪しく空を紅く染める、 逢魔が時


大望は不安になる、 そんな事はありえない、 フィクションだ、 でも、 あの歩道橋を登りきった時、 鉢倉は居ないかもしれない


自分が最後の目撃者になるかも知れない、 まずい、 まずい!


「待て! 鉢倉待て! 止まれ!!」


大望はようやく階段の一段目を踏みしめた、 鉢倉は七、 八段上で、 もうすぐ登りきってしまいそうだ


足に力込めろ!!


ドッ!


疲れも全く気にならず全力で踏み込んだ、 今ある全ての力をこの一瞬に、 少しづつ近づく後ろ姿に手を伸ばす


この時、 大望は受験失敗の無気力さを経て、 久方ぶりにそれ以来の全力を出した


鉢倉の背がすぐ目の前に……


ドスンッ!


「うげっ!」



「痛っ!?」


鉢倉にぶつかる、 え? こいつ登りきる手前で突然止まりやがった、 急に止まるからぶつかって……


あっ


その反動で俺は後ろ向きに力が流れる、 やばい、 落ちるっ……


パシッ


伸ばした手が掴まれる


「あっぶねぇ、 何してんだよ大望」



「あっ、 はぁ……」


溜め込んだ一年少しの疲れが一瞬でドッとのしかかる、 その上友人が目の前に確かに居る事と、 感じた体の浮遊感も相まって息が切れる


「……助かった、 いきなり走り出すなよ」



「え? その割にはお前も全力だったじゃん? もしかしてお前、 俺が消えちまうとでも思ったか?」


ドキリッ


「はっ は?? は?」



「あははははっ!!」


何笑ってんだよ!


「あはははっ、 はぁ、 笑った笑った、 さあ、 行こうぜ」



「……あぁ、 念の為同時にな」


一段、 久々に全力で走って気分が良い


二段、 何かこうやって息がキレるくらい全力を出すのは久しぶりだ


三段、 ……何か、 何でも良い、 勉強でスポーツでも、 このボランティアでも良い


最後の一段、 また、 何か頑張って見たい、 それに夢も諦めたくない


なりたい、 人々を導く、 正しい存在に、 俺は政治家になりたい


………………


ジジジジジジ


まだ暑い街に蝉の声が響く、 日が傾いて、 綺麗な夕焼けがこの歩道橋の上からでもよく見える


なんて事ない


その素晴らしい景色と、 気持ちを思い出せた事以外はなんてことは無い


ぷっ


「あははっ、 あはははっ!!」



「ぷっ、 ふはっ、 あははっ!」


何にも起きない


2人は歩道橋を登りきった一本道で互いの顔を見合って大笑いした


「あははっ、 大望お前! 何をビビってたんだよ、 何も起こる訳ねぇじゃんっ!」



「ふははっ、 鉢倉お前だって一瞬ほっとした顔してたぜ? 本当はお前もビビってたんだろ?」


2人の笑い声が世界にこだまする、 夕焼けの街に溶けていく


はぁ……


「なあ、 鉢倉、 さっきの話だけどさ……」



「あ? さっき?」


………


「俺、 本当は夢、 あるんだよ、 俺は、 政治家になりたかったんだ、 中学の時めちゃくちゃ勉強してさ、 高校も、 大学だってそれなりの所目指してた、 ビジョンがあったんだ」


俺は手すりに肘を置いて夕日を見る、 鉢倉は隣で手すりを背もたれにして天を仰いだ


「受験失敗した、 ここに来て、 無気力だった…… でも、 やめた! やめたぁ!! やーめたぁ!!」


「終わり! うじうじ終わり! 俺は政治家になってやるっ!!!!」


全力で夢を叫ぶ、 鉢倉が笑う


「あははっ、 いいじゃん、 良いなそれ、 俺も叫びてぇ」


鉢倉も夕日に向く


「俺の夢はさっきも言った通りだ、 まだ全然考えられてねぇ、 でも昔っから考えてた、 何かとにかくでかくて凄い事がしたい!」


「ここじゃない何処かで、 とんでもなくスケールのでかい事がしたい! 俺はビックになりたいっ!!!!」


夢を分かちあって、 今以上の輝きを目指して、 互に進む道は違くても、 共に高みを目指すならいつかその頂上でまたこうして2人で笑うのだろう


……


「おいお前ら! 何を叫んでいる、 その制服うちの生徒だな!」


声がして下を見る


「げっ! 山陸やまろくだ」



「まずいよ、 山陸先生に捕まったら、 怒ってるみたいだし説教貰うかも」


体育教師、 山陸は説教が長い事で有名である


「今ならまだ顔が割れてない、 うちの学校の誰かでしかない、 逃げるぞ」



「あははっ、 あぁ、 走るぜ!」


2人で一本道の歩道橋を駆ける、 沈みかけた夕日がその2人の姿を写していた


「あ! 待て! 逃げるんじゃない!」


ドタドタ


階段を駆け上る大きな音が確かに迫っている、 体育教師なだけあって山陸先生は足が早いのだ


「急げ!」



「おう!」


…………………………


…………


「待たんかお前ら………… あれ?」


山陸が息を切らしながら階段を駆け上り、 一本道の歩道橋を見ると


そこに2人は居なかった


「足の早い奴らだな、 もう降りてる頃か?」


だが階段を降りている姿は見えない、 注意深く、 見ながら下に降りて、 左右に伸びる道にも見当たらない


「足が早い、 説教は置いといて是非我が陸上部に欲しい人材だな」


……だがそうはならなかった、 この日大望吉照たいほうよしてると、 鉢倉辿はちくらたどるは下校中に忽然と姿を消した


2人が在籍していたボランティア部の部室からは、 後に『事件依頼』へと変更され警察に任されるはずだった不可思議な依頼書がなくなっていた


互いの両親は捜索届を出し、 息子達の帰りを待った


…………………………



……………



……


当の二人は………


「…………あ? え? 何処ここ?」



「……? 俺ら歩道橋を走ってたよね?」


2人は見知らぬ森の中に居た


これが大望が学生の頃に体験した不可思議な体験である


後に知る事だが、 この時二人は、 地球とは別の世界


現代風に言うなら、 異なる世界、 異世界


二人は異世界転移をしていた


………


「いやいやいや、 どういう事?」



「わかるわけねぇ」


しばらくぼーっとして、 それから歩き出した、 獣道を歩いた、 森の中で周囲に何も無さすぎるからだ


とにかく動きたかった


「おいあれみろよ」


鉢倉がそう言うので見ると、 1箇所開けた岩場に、 洞窟があった


時間は同じくらいで、 薄暗くなって居るが、 森の中だ、 もっと暗い


「こういうのってあれだろ? 取り敢えず洞窟で夜を明かす、 見たいな?」



「……何にも無いと良いけど」


ゴソゴソ、 大望はバックを漁る


パチッ


「懐中電灯、 持ち歩いてんだ」


ゴソゴソ、 鉢倉もバックを漁る


ピカッ


「俺も」


2人分の光が心強い、 洞窟は余り深くは無く、 すぐに奥に着いた


洞窟の奥にはどかりと何かが有る


「うっ……」



「まじかっ……」


死体


人間の死体があった、 腐敗は終わり既に白骨化している


互に息を飲み、 少しの間立ち尽くすが、 以外に脳は冷静だ


「調べてみよう、 何か分かるかも知れない」



「……うん」


死体は意外にも綺麗で、 何者もこの遺体を荒らさなかった証拠である


「これ、 手記だ」


大望は彼の身にまとったボロきれから一冊の手記を手に取る、 そのページを捲った


「日本語だな、 普通に読める、 綺麗な癖の少ない字だ」



「……そうみたいだな、 これ、 こいつの財布だ、 中に学生証が入ってる矢口蒼太、 これ、 依頼書の資料にあった名前だ」


一昨年、 当時15歳の青年、 矢口蒼太、 あの歩道橋を中学生の弟と渡った際に失踪


大望は手記を読み込む


「この手帳は父親に買ってもらった物らしい、 初めは普通の日常の事が書いてある」


矢口はマメな性格な様でキッチリと日付を書き込み管理している、 大望は矢口が失踪した一昨年の六月のページを捲る


「……『俺は夢を見ているのか、 ここは何処だ、 太一は無事なのか? 俺はおかしくなったのか?』」


太一と言うのは彼の弟の事だろう


「その三日後だ…… 『やはりここは地球では無い、 一晩考えてそう結論づけた、 UFOに連れ去られたのか、 それは謎だが何にせよ違う星、 または違う世界に居る様だ』」


「『動植物の違い、 空気の匂いの違い、 雨の違い、 太陽や空、 星や星座の違い、 比べる物は多くそのどれも異なる』」



「矢口は随分色々な知識に詳しいな、 あっ、 そうだ資料、 バックの中に入ってたぜ」


資料には失踪した人間のプロフィールが簡単に記されている


「……矢口の親父は医者だ、 矢口自身は科学者を目指していたらしい、 成程なキッチリしてる訳だ、 志望大学はs大学だってよ」


s大学、 大望が中学生の頃将来学びを得ると思っていた一流大学だ


矢口にも夢があった、 家族も未だ彼の帰りを待っている、 だが実際に彼はこんなわけも分からない所で既に息を引き取っている


余りにも無念だ、 大望はそんな彼を見て絶対に元の世界に帰るのだと決意した


「……手記の続きだ、 『この場所には度々俺のような突然この世界に訪れた物が居るようだ』」


「『この洞窟にもそれらしい痕跡があった、 ここで手に入れた情報を元に北へ山を降りていくと街道に出る』」


街道?


「『そのまま道を下っていくと街が見えてる来るから、 その町の門番に、 エバシ=キョウカの仲間だと言え』」


エバシ=キョウカ? いや明らかに日本人の名前だよな?


「『彼女は…… 地球への戻り方を知っている』」


!?


「まじか! おい鉢倉、 いきなり有力情報だぜ!」



「ああ、 そうだな……」



「なんか反応薄いな?」


鉢倉は首を横に振る


「いや、 その、 なんか疲れちまってな、 どうするかは明日の朝考えるんじゃダメかな?」



「そんな悠長な…… いやまあ良いか、 こんな暗闇で懐中電灯の光使って小さい字を見るのは俺も疲れた」


空腹感は余り気にならない、 洞窟には矢口が使っていたと思われる粗末な布団やらなんやらが転がっていてそれを使って横になる


(……これは明日の朝体が痛くなりそうだな……)


大望はそう思いながらまだまだ長い夜が明けるまで永遠に感じる暗闇の洞窟で体を休めた


………………


時は過ぎ、 眠ったり、 起きたりを繰り返し、 早朝、 空が白み始める頃、 大望はゆっくりと体を起こした


鉢倉は寝付きが良いらしく終始リズムの良い寝息が聞こえていた、 そう言う所が本当に羨ましい


だが今は聞こえない


「鉢倉? ……小便か?」


この洞窟にトイレなんて無い、 小便がしたくなったら勿論外で立ちだ


大望は外の光を求めて洞窟の外に出た


「うぅんっ……」


まだ日の出前の白い空は目に優しく、 心地良い


洞窟を出ると少し広場になっている、 そこに鉢倉は居なかった


「あいつ何処言ったんだ?」


…………………


セイヤァ!!



はぁ!!


……


何か林の奥の方から声が聞こえる、 鉢倉の声だ、 随分気合いが入っている


声のする方に進むとその先は崖になっている様でそこに鉢倉は居た


「……あいつ何してんだ?」


鉢倉は何か叫びながら両手で持った何かを振り回している


……あれは、 剣?


「はぁ! こうかぁ!! 星見突き! 烈斬!」


はぁ?


「我が漆黒の剣が飢えたケモノの様に森羅万象を喰らう! さあ血に飢え、 亡心し喰らえ! 黒王狼乃悪食ブラックウルフ・デットファング!!!」


鉢倉が大上段に振り上げた剣を叫びながら振り下ろす


それと同時に太陽が昇って来て余りに美しい朝焼けが鉢倉を包む


鉢倉がゆっくりな動作でカッコつけながら剣を鞘に戻し、 一言


「ふぅ、 もう出てきていいよ子猫ちゃん? 君の敵はもう居ない、 さぁ、 こっちでこの美しい朝焼けを一緒に見ようじゃないか!」


鉢倉が大袈裟な動作でこちらを振り返りる


「もう何も心配は要らない、 ただ今は僕の胸に飛び込んでおいで、 朝日の色の瞳をした美しい子猫ちゃ………………」



「誰が子猫ちゃんだ?」


鉢倉は俺の声を聞いた途端全ての動作を止め完全停止する


「……………いつから、 そこに?」



「どうだったかな、 黒王狼ブラックウルフがどうたらこうたら……」


鉢倉が震える


「……それ、 殆ど聞いて……… うわあああああああああああっ!!!!!!」


恥ずかしさの余り朝日に向かって叫ぶ鉢倉、 その姿は余りにもおかしい


「あはははっ! あはははっ! ブラックっ、 王狼ウルフっ、 ぷっ、 あははっ! 子猫ちゃんっ! あははっ」


笑わずにはいられない


「笑ってんじゃねぇ! 覚えてろよ大望!」



「忘れねぇよ…… 黒王狼ブラックウルフ


鉢倉が顔を真っ赤にして震える


「忘れろ!!!」



「あはははっ!」


……………


この時かもしれない、 この時が最後だったのかもしれない


2人で最後に全力で叫んで、 笑いあったのは


この後、 もう二度と俺達は、 2人で笑い会うことが無くなってしまった


この時が最後の、 2人で心通った時間だったのかも知れない…………


…………………………………



…………………



……


大望は目を見開いて驚いた、 シェルターの作戦室、 その事務室を照らしあげる黄金の光


大望は能力者ノウムテラス、 彼の能力は、 死んだ人間の霊魂を呼び起こし生前と同じだけの生存定義を与える事


死んだ人間を呼び起こして、 当たり前に生きているのと同じ事がさせられる


大望は事務仕事の助けに、 メイド長の幽霊『レイリア』を常に降霊している


彼女は地球とは異なる世界のある上流貴族の家に仕えるメイド長だった


降霊できる魂にはその霊魂の存在の強さから等級が別れており、 それは降霊の演出時に発される色によって変わる


青色は一般人、 紫色は何らかの力、 または技能、 その他が卓越した人材


レイリアは紫だった


そして今この事務室を照らしたのは最高等級の黄金色


人に等級等付けられない、 大望はそれを知っている、 皆誰でもいい所もあれば、 そうでない所もある


それでも黄金の光を見て大望は興奮した


黄金色は最高レアリティ!


勇者、 英雄、 大王


そんな大きく力を持った存在の魂を今とっても望んでいた


だが……


その霊魂の姿を見て、 大望は目を見開いて驚いた


その姿には見覚えがあった


歳をとって、 随分変わってしまったが、 間違いない


「…………鉢倉か?」


その霊魂は顔を上げる、 その顔は確かに面影がある


異なる世界であの日笑いあった仲、 自分はこの世界に戻る事を選んだ


そして、 目の前の男は


別れの日、 大望とは逆に向こうの世界に残る選択肢を選んだかつての友人だった

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