第六十八話…… 『前進の一歩・6』
この小説に登場する人名、 または地名は作者が3秒で考え付いただけの突拍子も無いものばかりです、 ので実際に存在する物は無く、 同じ名前だったとしても一切関係ありません。
昔、 ある所に一本のそれは立派な木が生えていた、 その木には豊穣の果実が成る事から命を育むには適した場所であった
……………
……
ある時、 宗田そう候と言う旅の詩人が腹を空かせ朦朧としていた所、 偶然その木を見つけ木陰で一休みした
宗田は木の実でも成って居ないものかと上を見たが、 それらしい物は無く、 鳴る腹をさすり少し瞼を閉じた
………………
『あら、 お腹が空いているのね、 可哀想に、 どうぞ私の果実を食べて下さい』
…………
柔らかい女性の声がして、 はっ、 と目を開ける、 何も変わらない景色に夢であったと落胆した時
ボトリッ
音を立てて何かが掌の上に狙いをすました様に落ちてきた
それは美味そうな果物だった、 桃とも林檎とも取れぬそれ、 だが宗田は悩む素振りも見せずただ一心に
食った
するとたちまち空腹は消え、 おまけに元気がもりもりと湧いてきて、 気分まで最高に良い
宗田は立ち上がり木を見上げ、 その立派な立ち姿からこの地の神様であると思い深々とお礼を言った
その後暗くなる前にと思い宗田は走って宿場村に向かった、 不思議な事に息も切れないし疲れない
素晴らしい、 素晴らしい
宗田は宿場村でこの事を語って話した、 だが誰にも本気にされず酒の肴程度の話で済まされたのに腹を立て明朝早々に宿場村を後にした
その後会う人や、 家族、 友人、 行く先々の街でその話を語るも信じる物は居らず、 余りに荒唐無稽だと言われて
そうかもしれない、 あれは夢だったのかもしれないと思う様になりその話をしなくなった
旅の詩人、 宗田の話はこれで終わりである
………
そしてこれはまた別の男、 小さな村で百姓仕事に精を出す若者で、 名を鵜太男と言った
彼の村は今危機に瀕していた、 昨年この地を納める豪族の主殿が病に倒れ亡くなった
新しい当主にはその息子がなったのだがそいつがとんだ悪代官で、 不正を働いたり、 最近では年貢の納める量が増すばかり
村はどんよりとした暗い雰囲気に包まれていた
ある日、 鵜太男は金物の購入をする為街へ出掛けていた、 いつ来ても賑やかな所で家の村とは大違いだ
金物屋での用事を済ませた後、 少しばかり寄り道をしていた、 すると大きな笑い声が聞こえた
『あははっ、 おめぇ、 そりゃあ、 狐に化かされたんだわ、 それかタヌキだなぁ!』
『いえいえ、 これが本当でして、 私が腹を空かせて力尽きていた時にですね、 神様が私にお恵みを……』
旅人風の衣を纏った男が道行く人に話を聞かせているようだが、 どうやらまともに取り入って貰えて居ないようだ
『ならよぉ、 それ何処なんだよ、 今度行って見てきてやるよ』
『いや~、 私も色々な所を回っているので…… ただ、 この静台の街の街道沿いに………』
『話になんねぇなぁ~ 人を笑わせる積もりならもっとまともな話考えて来るんだな』
『あっ、 いや! ちょっと…… はぁ……』
男が肩を落として落胆している、 何を言っても取り合って貰えないという顔をしている
似ている、 俺も何度も領主に掛け合ったが追い返され、 あんな顔で帰路に着くのだ
少し興味が湧いた
チャリンッ
男の置いた金箱に少しばかりの金を入れる
『あっ、 あ、 まいど……』
『少しばかり時間を持て余している、 さっきの話聞かしてくれよ』
男は珍しい事もあったもんだ、 と言った顔をして語り出した、 その話は確かに一笑に付す荒唐無稽な話であった
だがどうも、 男の顔には嘘は見られず、 試しに幾つか質問をするとなかなか面白い事を言った
『たった1つで空腹が治まり、 その上元気や力が湧いてくるか』
『はいはい、 この細い体で四里ある宿場村まで全く休まず、 そして疲れずに走ってこれたのです』
全て信じるなら確かにすごい話だった、 本当にそんな果実のなる木が有るのなら家の村も飢えずに済むかもしれない
『その木何処にあるんだい? 幾ら出せば教えてくれる?』
旅人はギョッとした顔をして焦って応える
『あっ、 あっ、 いえ、 なんて事ない田舎道でしたから特徴がなく覚えていないのは本当何です、 ですが……』
「先程も申した通り、 宿場村から四里程の距離です、 宿場村の名前は笹葉です」
笹葉か、 遠くは無いな
『分かった、 ありがとう、 これ受け取ってくれ』
幾許かの金銭を渡すと男は更に口を開く
『ありがとうございます、 そう言えば確か、 聞きなれないでしょうが私は休野と言う街方面から山道を通って来ました、 ので……』
『分かりやすく街道沿いと言いましたが、 州坂方面では無いので、 探されるなら頭に苔を生やした道祖神様を目印に右に折れて下さい』
『休野と言うのは、 狩間の先か?』
『はいっ、 はいその通りでございます』
成程位置関係は分かった、 ならば少し経った頃見に行ってみよう
旅人風の男は宗田と言った、 俺は宗田に礼を言うと帰路に着いた
季節が少し移ろい、 秋の頃、 百姓はせっせと働く、 年貢の取り締まりは更に厳しく、 皆飢えながら働いた
俺は仕事を足早に纏めると、 既に準備を終えた荷物を纏め、 少しばかり用に出ると家を後にした
家は空だ、 両親とは死別し、 その他家族は居ない、 挨拶は死んだ両親に言った物だ
少しばかり家を開けても誰も文句も言わない、 鵜太男は頭の中に詰め込んだ地理を元に木を探した
宿場村を過ぎて、 道祖神で右に折れ、 次第に山道になっていく、 成程、 確かにこんな山中なら狐もタヌキもわんさか居よう
山道を歩く事どれ位か、 周りは木々ばかりで、 区別がつかない、 男はその存在感に驚いたと言っていた
だがどれを見ても、 ただの木だと言う以外の特徴が無い、 その木を探すのは骨が折れた
その上………
『おら! そっちだ!!』
『追え!』
山賊に襲われ、 命からがら逃げる羽目になった、 その際足を滑らせ、 崖下へ転落してしまう
『ちっ、 下だ!』
山賊達の声が遠くなる、 ああ、 ダメだ……
村はどうなる? これからどうなる?
……………………
………
チュンチュン
鳥のさえずりに目を覚ます、 体中が痛い、 死にそうだ……
目が霞んで……
『……あら大変、 これをお飲みなさい、 果実の汁よ』
何かが喉を通っていく、 体が熱くなった
…………………
………
少しして感覚が戻ってきた、 体に痛みがない
『え? あれ? 俺は……』
体を擦る、 服は擦り切れ血が滲んで居る、 だが体に傷は無い、 馬鹿な……
『俺は……』
『もう大丈夫、 大変でしたね? 少し休んでいって下さいね』
優しい女の声がして振り返る、 美しいまるで天女の様、 そう言えば詩人の宗田も天女の声が聞こえたと言っていたが
『て…… 天女様で御座いますか?』
『ふふっ、 さぁ、 どうでしょう?』
一挙手一投足に気品がある、 間違いない、 そう言えば、 彼女の後ろには
ザザッ……
風に木の葉を揺らす、 立派な大樹が生えているじゃないか……
見つけた
『あの! この度は俺なんぞを助けて頂いてありがとうございました……』
『いえいえ、 困った方を助けるのは気持が良いですから』
………
『その大変厚かましいお願いを聞いて頂け無いでしょうか?』
『お話下さい』
随分呆気なく話が進むので二の足をを踏みそうになる
『実は俺の村は領主による圧政で今とても飢えて居るのです、 年貢年貢で食べるものがありません……』
『まあ、 そんな……』
……
『どうか、 どうか貴方様のお恵みの果実を我々に……』
『分かりました、 困っている方はお救いしなくては』
トントン拍子に話が進む
俺は深々と頭を下げた、 すると
『度々ここに訪れて下さい、 今回の分は帰りに持たせますので………』
え?
『では、 暫し……』
何故か少し声が聞こえづらい……
『……あっ、 あの……』
視界まで霞んで、 意識が……
…………
……
カー カー
カラス
『………え?』
気づくと俺は山を降りていた、 道祖神…… いやそれどころか家の村の、 自宅の玄関先に立っていた
『……は?』
手に籠を持っていた、 その中にはそれは多くの果実が入っていた
わけも分からないまま、 一晩眠った
翌朝、 果実を村の者達にそれとなく配ってみると、 そこから不思議なことが起こった
誰も、 腹が空かなくなったのだ、 米を食わなくても何日でも、 何日でも腹が空かない
元気も有り余って居る、 恐ろしいのは村の者が、 だれもそれを変だと思わない事だ
皆朝起きて、 寝るまで働いた、 皆笑っている
鵜太男は度々その木へ向かった、 その度にそれは色んな果実を貰った
『いや、 本当に皆、 誰も苦しんで居なくて……』
『はい、 その様ですね、 皆さん笑顔で生きている、 素晴らしいです』
時々この女はこちらの全てを監視している様な、 全てを知っている様な事を言う
『あの? 何故こんな、 貴方には一銭にもならない事をして下さるのですか?』
女は笑った
『困った方をお救いすると、 気分が晴れます、 笑顔の童を見ると、 穏やかになります、 それが全てです』
『私は多くの人を愛したい、 育みたい、 すぐ近くで同じ喜びを分かちあって、 共に笑いたいのです』
そう話す女、 鵜太男はいつの間にか少し怖くなっていた、 この女が更に多くの人間にあの果実を食わせたら
確かに、 誰も苦しまないだろう、 笑うだろう、 だが、 誰も疑問を思わず畑を耕して
なった米を自分で食べる、 そんな喜びを忘れ、 大手をふるって年貢として納める
人としての喜びを失って、 人の身に余る喜びを誰もが受け取って、 そしたら人はどうなる?
街を歩いても、 何にも惹かれず、 定食屋の鱒の塩焼きの匂いにも反応しなくなった俺は……
そういった事が喜びだったんじゃないのか? 美味しい物を偶に食べて、 それを糧に仕事を頑張れて
笑えても、 喜びは無い、 喜びを失って、 俺は、 今本当に人として、 生きているのか?
…………………
鵜太男は帰路に着くと、 その翌日街へ赴いて、 街で評判の霊媒師に話をした
霊媒師は話を聞くと、 また数日後に村にある男がやってきた
『自分、 陰陽師やってます、 国村家守って言います、 村ちょっと見せてください』
陰陽師は村をぐるっと回って、 首を振った
『まともなのはあんただけだね、 村人はもう殆ど人じゃない、 食ったら行けないもの食ったでしょ?』
鵜太男は詳しく話をすると、 その木まで案内して欲しいの頼まれた
『良いですよ、 後、 俺ももう、 まともじゃないですよ』
『そうだろうけど、 話できるだけずっとまし』
村人は皆笑いながら、 鍬を鎌を振るっている、 村人にはもう既に目的は無い、 反射で動いている様な物で、 意思の疎通も難しい
いつも道理の街道を行く、 何時も道理の山道を行く
気づけばそこに居る
『いらっしゃい、 早かったね』
『ちょっと、 話がありまして』
女は笑う
『なあに? 今度は何が欲しいの? 何でもあげるよ、 みんながもっと笑顔になるなら』
『いえ、 逆です、 全て返えします、 ですから、 皆を元に戻して下さい』
…………………
『……どうして? 皆あんなに笑顔だよ? 貴方だって笑ってるじゃない』
そうだよな、 そうなんだよ
『あははっ、 そうなんですよ、 おかしくて、 おかしくて、 仕方ないんです、 でもこんなの普通じゃない』
俺はもう普通じゃない、 必死に抗っているが、 顔の形が勝手に変わる程強制的に笑ってしまう
貰った果実を食べた日からずっとそうだ、 ずっと元気なんじゃ無い、 疲れた端からやる気にさせられるんだ
疲れは溜まったまま動かされるのだ、 操られているのだ
『……違うよ、 操って何か無い、 望んで居たじゃない? 誰も苦しまない様にしたいって』
『皆苦しんでる! 今だって人の心を読めるなら、 全部見えてるなら分かるだろ! 折れた骨引きずって歩いてる村人も居る』
『もう限界なんだよ! 死んじまう! それに、 端から生きてるって感じねぇ! 俺は、 死んでるのと同じだ……』
………………
『……? 笑って死ねるなら、 それは幸せな事よ』
は?
『苦しんで死ぬのは辛い事よ、 笑って居れば苦しいなんてことは無いの、 私が皆を愛して、 幸せを抱いて死んでいく』
『これが、 愛と幸福の輪廻、 大丈夫、 不安にならないで?』
怖い
ガサガサ
草をかき分ける音がする
『愛を語るにしちゃ、 ちょっと乱暴な招待じゃあ、 ありゃせんかい?』
陰陽師の国村だ、 そう言えばいつの間にか彼は居なくなっていたのだ?
『えー、 だって貴方怖いもの、 乱暴する人にはこっちだって乱暴するよ、 これが平等、 愛故に平等よ』
『きっしょ、 頭イカれてるわ、 まあ、 人間使って人形遊びする様なイカれた神は早々に消えてもらおうか?』
女は笑う
『あははははっ! 神と知って、 それでも向かって来る、 矮小、 だから愛したくなるの、 簡単に壊れてしまいそうだから……』
『だから、 私は愛すの、 貴方達を、 愛す……』
ガキッ!
音がなって、 女の周囲の空気、 その空気には壁のような物があるとしたら、 それが割れて、 亀裂が虚空に走った
『え?』
『あほ、 世間知らずの田舎神が、 もう終わってる、 こっちはそんな呑気してないわ』
国村が頭をかいて、 欠伸をして、 その間で終わった
気付くと、 初めてさっきまでいた山の中で気が付いた
『あの神は封印しました、 悪い神も丁寧に祀っときゃ勝手にいい神になるんで、 ここに適当に社立てて、 定期的に手合わせに来て下さい』
『えっ、 あ、 はい、 分かりました……』
国村はそういうと歩き出す
『ほな、 帰りましょうか? 悪いけど、 村の人間は、 全く元通りにはできません、 もしかしたら皆廃人かもな』
それは国村のせいじゃない、 そもそもは俺のせいなのだ
『いいえ、 それでも、 今度は俺が体張って、 責任もって皆を支えます、 俺が村を守ります』
国村が笑う
『ふっ、 かなりいい顔する様になったじゃん、 目的をもって生きる、 大事な事や、 あんた今しっかり生きとるよ』
手を強く握る、 生きる、 生きるんだ
『そうそう、 あと、 あんたらを苦しめた領主には罰が降ります、 ようやっと悪事のしっぽ掴めたからお上が腰上げます』
『遅くなって、 悪かったな、 どうかこれからは真っ当な道進んで、 強く生きてください』
鵜太男は強く頷いた
その意志のまま廃れた村を復興、 嬉しい事に皆飯が必要になった、 だから上手い米食わす為に人一倍働いた
あの場所には小さい石の社を立てて彼女を祀った
こうして…………………………
……………………………
……………
……
「私は封印されちゃったって訳です」
「いや、 なら解けちまってんじゃねぇか封印」
封印を施された大樹に宿る果実の女神は上機嫌に自分の事を語って見せた
シェルター裏、 深谷離井の能力で作られた肉人形、 『谷』を倒した威鳴千早季と奥能谷弦は傷を癒していた
「いや、 不安だぜ、 俺にさっき食わせた果実、 その昔話にでてきた物じゃねぇのか?」
「違います、 もうやめたのあんな事、 貴方にあげた果実は傷薬みたいな物よ」
大丈夫なんだろな?
「威鳴、 お前はどうなんだよ、 なんでこの女が姉貴になってんだ?」
「それ俺に聴きます? 朝目が冷めたらなってたんですよ、 意味わかんねぇでしょ? まあでも助かってますよ」
女が威鳴に抱きつく
「重い! ……実際今までに何度か無茶して死にましたけど、 その都度こうして生き返るんですから」
「やべぇな……」
普通に恐ろしいだろそんなの、 目の前で「重くないよー!」と怒る女が化け物だなんて……
「化け物だなんて失礼な、 それにそんなに怖がらないでよ、 さっきも言ったけどもう誰彼構わず人を愛したり、 救ったりはしない」
「幸福にしたい人は一人だけ、 私が愛しているのは千早季、 貴方だけよ」
つまりこう言う事だ、 最悪の場合全人類に向くかも知れなかったこの女の歪んだ愛が今、 全て威鳴に背負わされている
この女の無限の愛を注がれる為に、 威鳴は世界が終わるその時まで愛に生かせれ続けるのだ
恐ろしい、 恐ろしいが……
姉貴の手を軽く払い除けて、 軽口を言い合う二人の様子は、 なんだ全然普通の、 何処にでも居る姉弟だ
(……仲良く、 楽しく過ごせんなら、 別に口出さねぇよ)
それよりも
「いててっ、 くそ動けねぇ」
「奥能さん、 焦る気持ちは分かるけど、 少し休もう、 今出ていっても死ぬだけだ」
シェルターの裏での戦いは終わった、 2人はほんの少し、 休憩をするのだった……
…………………………
……………
……
谷が殺られた、 完全に消滅させられた、 弱点を看破された
「チッ、 威鳴、 まさか死んでないとはな、 それに殆ど不死身、 力もまちまちで危険」
離井は歩いてシェルターの奥の方、 谷が崩したシェルターの壁を内側からちらっと見た
ぼっかりと壁が崩れて外の景色が見て取れる、 今ならその辺に疲弊した威鳴と奥能が居る、 威鳴は基本不死身だろうが
あの女を頃せれば問題は無いだろう、 どうする? 今やるか?
………………
一瞬の思考、 足をそちらに向けようとして……
「お兄ちゃん? 何してるの?」
!?
「っ、 あ、 茜?、 茜こそどうしたの?」
妹、 いや違うけど、 本物の明山日暮の妹だが、 今は俺が肉体の形を変えて明山日暮を演じている
「いや、 何か、 どっかから風でも入って来てる?」
そりゃ壁に大穴空いてんだ、 だが茜を不安にさせてしまう、 ちょうど今茜がいる所からは穴は見えない
茜に怖い思いをさせたく無い……………
………………
は?
何、 考えてんだ?
……まただ、 ずっと茜の事を考えている、 なりすました奴の妹ってだけなのに、 本当に妹の様に思ってしまう
恋しいのだ、 恋しい、 愛おしい
「戻ろう」
「ん? うん」
これからぶっ殺す、 全員もれなくぶっ殺す、 作戦は既に始まっている、 戦いは始まっている
のに俺は、 この後どうするんだっけ? 今すぐ目の前の茜を殺して、 シェルターにいる奴ら殺すか?
戻ってどうする? また偽の家族演じて、 その内に外の奴らがここを突破する
その時俺は? なんにもしないで、 他力本願で、 殺してくれるのを待つんだっけ?
違う、 俺が殺すんだ、 誰も抗えない力、 無抵抗に、 殺して、 殺して
失望と怒りの目を向けられる、 偽の家族に茜に…………
……………
「あのさぁ、 お兄ちゃんはさ、 変わったよね」
茜の声にドキリとする
「……そうかな?」
「そうだよ、 すごく変わった、 だって前は、 私の事なんて全く見てなかったもの」
「私だけじゃ無い、 家族にも、 家族っていう距離感を作って接してた、 何時からかな」
知る由もない、 俺は明山日暮じゃない、 それに聞いた話だと、 明山日暮は変わってない
「すごい冷たかった、 ……いや、 その距離感がさ、 怒らないけど笑わない、 厳しさも無ければ優しさも無い」
「同じ家で暮らしてて、 会話には参加しないし、 ご飯食べたらさっさと部屋に上がっちゃうしさ」
「冷めてたよね、 ずっと聞きたかったんだけど…… 何が悪かったの? 何か気に食わなかった?」
「お父さんもお母さんも、 気にしてた、 絶望みたいな顔で、 下ばかり見てて、 でも時々凄く怖い顔してて」
「あの時も、 皆で避難した時も、 私見えてたよ、 笑ってたよね? 私は怖くて仕方なかったのに、 お兄ちゃんは笑ってたよね?」
「ねぇ? お兄ちゃんはさ、 世界がこんなになって、 皆がこんな…… こんな世界が楽しいの? ずっと望んでたの?」
……………………
明山日暮本人は何て答えるだろう、 それは知らない、 俺は何て答えるだろうか
望んでた
力を、 終わりを、 悲鳴を、 殺すのは楽しい、 力を振るうのは楽しい
恨み、 恨んで、 恨んで………
はぁ……………
「…………お兄ちゃん?」
「分からないんだ、 何を本音にすれば良いのか、 心の底でずっと望んでいたのかも知れない」
「でも、 もしかしたら、 もっと別の物を望んで居たのかも知れない、 その狭間で分からなかっんだ」
「ごめんね」
茜が横に首をふる
「別に謝って欲しくなんか無い、 でもそう言うの確かにあるよ、 今になって気づく事とか……」
?
「私もそうって事、 私ね、 もっと皆で一緒に居たいのかも知れない、 家族が…… 凄く好きなのかも」
「………戻ろ」
歩いて行く茜の後ろ姿、 その愛おしさも愛らしさも、 すべて本物だ、 俺もいつ間にか本物の家族だと勘違いする程好きだったのかも知れない
でも逆は無い、 茜は家族を兄の事を、 この世界になってその尊さに気づいたんだ
俺は明山日暮じゃない、 彼女の想いは俺には向かってない、 俺の事を好いてなんか居ない
さぁ、 どうする? どっちを選ぶ、 どっちに進む
一つだけわかった事が有る、 このまま時間に流された結果を迎える事だけはやめろ、 それは良くない
どっちを選ぶにしても、 自分で決断して動け、 殺すか、 生かすか
…………………
…… 殺す
……………………………
………………
……
女性事務員『佐々木』は正義感の強い事が自慢である、 年齢は秘密だが、 昔SNSでポロッと実年齢が分かる投稿をした事がある
佐々木は今焦っていた
「大丈夫かしら、 和沙ちゃん、 やっぱり私探してくるわ!」
腰を上げると他の子が声を上げる
「いやっ! 佐々木さん、 危ないです…… 化け物が…… でも和沙ちゃん……」
この子は綿縞朝乃元気で気遣いができる凄くいい子、 でも今は涙を流している
(……化け物、 許せない)
作戦室で働く事務員達、 今回の襲撃を受け、 非戦闘員の私達は戦闘員の皆の為に仮の療養スペースを造っていた
私はついさっきまで焦って焦って何も出来なかった、 でもこの状況を変えてくれたのは和沙ちゃんと朝乃ちゃんだった
少し前2人は朝ご飯もまだな私達や調査隊の為に食堂に水と軽食を取りに行っていた
だが、 ついさっき、 大きな音がしてすぐにボロボロに泣きじゃくった朝乃ちゃんが戻ってきて行った
『化け物が、 下の階に…… 和沙ちゃんが囮になるって、 私……』
(……許せない、 化け物だろうがなんだろうがいい加減にして!)
やっぱり和沙ちゃんが心配だ
「私見てくるわ、 皆は手を止めないで」
泣きじゃくる朝乃に言葉をかけようとしてやめた、 気休めにもならないだろうからだ
(……大丈夫、 和沙ちゃんは強い子よ)
きっと大丈夫だ、 皆戦っている、 負けるもんか!
年甲斐もなく廊下を駆け、 階段を駆け下りていく
件の食堂に勢い良く飛び込む
「おらぁ!! かかってきないさい!!」
叫びは勇気になる
……が、 今は必要なかった、 そこにモンスターは居なかった、 だが食堂は机や椅子が吹き飛ばされ荒れている
「びっくりしたぁ…… 佐々木さん!」
可愛らしい声がしてそちらを向くと、 そこに菊野和沙がいた
「和沙ちゃん! 無事だったのね!」
「あははっ、 何とか」
よく見れば調査隊の実質リーダー、 土飼さん達も一緒だ
「良かったわ、 化け物に襲われたって言うから、 土飼さんと合流出来たのね」
「あははっ、 まあ、 我々は何もして無いのですがね」
?
「まあいいわ、 和沙ちゃん戻るわよ、 それに土飼さん達も一休みして」
土飼は首を横に振る
「いえ、 敵はまだ健在で休む暇はありません」
そうなのね、 難しい事は分からない、 でも、 そういうからにはそうなのだろう
「だとしても少し寄って、 水と食べる物を用意したわ、 朝ご飯もまだでしょう?」
土飼は焦りながらもしぶしぶ頷く
「ありがたい、 では直ぐに向かいましょう」
食堂から出た
食堂から出て直ぐに、 音が鳴った
破壊音
ドガッアアンッ!!
皆してそちらを見る、 それを見る
「アハハハハハッ!! 人間共はここかァ? アハハハッ!!! 殺す殺す殺す!!」
でかでかと太った様な巨体、 体長は有に3メートルを越え天井に顔を引きづって居る、 肉が疼き気持ち悪い、 地を4本の足が這う
顔面と思われる所には口が3つ、 目玉が20個付いている
化け物、 大量の死体を取り込み肥大化した離井の作った意思のある肉人形、 『深』だった
「!? なんだこいつ!」
女性陣が顔を真っ青に染めている、 くそ……
『土飼のおっさん、 こいつは俺が引き受ける、 だからあんたらはまず菊野を避難させてくれ』
先程日暮、 シェルターに居るのが本当に偽物なら、 本物の日暮に言われた言葉だ
全く……
「次から次へと、 佐々木さん、 菊野君は避難してくれ! ここは俺達が……」
バシュンッ!
音、 聞きなれたクロスボウの音だ、 俺達はクロスボウを持っている、 そうか、 打ったんだな奴に……
「あっ!? えっ?…………」
バタリ
隊員が一人、 俺のすぐ隣で倒れる
?
正面の化け物を見る、 そいつはクロスボウを構えている、 いや、 疼く肉で捏ねて作り出した様な物で
それでも殺傷能力がある
人がすぐ隣で死んだ………
「え?」
「あはははははっ!!!」
こいつ、 こいつ!
「何やってんだ!!」
怒りが湧く、 怒りが!
「え? 土飼さん?」
女性2人が固まっている
「早く逃げなさい!」
「え? でも、 彼……」
チッ
「彼は見た所無事だ、 急所は外れてる! 気を失って居るだけだ、 直ぐに彼を連れて向かうから、 準備を!」
本当にそうなら良いのに、 明らかに矢は脳天を貫き、 づ骸を割っている
「大丈夫だから、 さあ!!」
「はっ、 はい!」
2人は駆けて階段を登っていく
「土飼さん、 どうしましょう……」
「しっかりしろ! 先ずは俺が奴の気を引く、 俺が外に誘導するから、 そしたら殺るぞ!」
そういうと土飼は走り出す、 焦り過ぎて一人称も安定しないが、 そんな事はどうでも良い
「おい! こっちに来い!」
「……死ね」
クロスボウが引かれる、 矢は装填されている
え?
バシュンッ!
音を立てて矢が放たれる、 嘘だ
呆気ない……
「危ない! うっ!?」
「うわっ!?」
1人の隊員に押し飛ばされなんを逃れる、 危なかった…… そう思ったのもつかの間
「あああっ! いてぇ!」
土飼を庇った隊員に矢が刺さっている
しまった……
くそ! こんなやつ、 どうすりゃあ良いんだよ!
……………………
……………
……
作戦室の一室、 この部屋には普段1人の男が仕事をしている
このシェルター施設と作戦室を管理するリーダー、 地方議員である、 大望吉照だ
彼は襲撃を受けて、 それでもなおこの部屋に籠っている
隠れているんじゃあ断じて無い、 今大望は大きな戦いの中に居た
「来い! 来い来い来い! 来いっ!」
ピカアアアンッ
部屋に光が灯る、 大事なのはここからだ、 この光は演出、 本番はここから
光が金色なら確定
「お! 金! 金色だ! 頼む! 勇者、 英雄、 Sランク冒険者でも何でも良い! 来てくれ!!」
大望は隠している、 実は自分は能力者であるという事
その能力は、 魂の降霊、 陣を描いて、 土下座をすると陣が光る
大切な物は土下座じゃない、 これは方法だ、 魂を降霊するには対価が必要で、 その対価とは『尊厳』
地方議員として高まった尊厳を地に捨てて、 光は発せられるのだ、 つまり「助けてくださいお願いします」と素直に頭を下げろと能力に強要されているのだ
余りにふざけている、 だがそれで人が助かるのなら安いものだ
そして魂がやってくる、 陣にも種類があり、 この陣は異なる世界、 異世界の魂をピックアップした陣だ
金色光が部屋を埋める、 その光が消えた時、 そこには……
「……当たりかも」
剣をぶる下げた1人の男の魂が立っていた