第五十五話…… 『前進の一歩・3』
ドカアアアッン!!
破壊音がしてそちらを見る、 プレハブ小屋の方だ
「土飼さん、 今の音、 なんでしょう!?」
「わからん、 打つ手を休めるな!」
まるで壁でも破壊した様な音だった、 プレハブ小屋の方だ、 何が起こっている……
その思考をかき消す様に声が響いた
『シェルターで怯えてるへなちょこの馬鹿!! あなたは、 あなたは明山日暮じゃ無い!!!』
その声は女性の声で、 精一杯張り上げた物だとわかる、 しかしその内容、 それに頬をベシンッ、 と叩かれた様に目が覚める
シェルターに今居る明山日暮は明山日暮じゃない? 確かに違和感はあったが、 誰も口にしなかった事だ
その違和感が今の叫びで現実味を帯びて暴れだした
「おい、 土飼、 どう思う?」
調査隊のメンバー、 元建設業を営み力と人を見る目には自信があるという奥能谷弦が矢を装填しながら聞いてくる
奥能さんは明山日暮の違和感をずっと感じて、 心にモヤモヤを抱いていた一人だ
「言われればその可能性は十分に、 奥能さん右奥の個体を狙って」
「了解」
パシュンッ!
「あれは明山日暮じゃねぇ、 目を見りゃ分かる、 俺はあいつの恐ろしい前進のその目を見たんだ、 あの目はしようと思ってできる目じゃねぇ」
「経験からか、 それか生まれつきか、 そういった染み付いた目だ、 シェルターんのが偽物なら、 確かにあいつの目にはそんな光は無かった」
まあ、 ひとつ言えることが有るとすれば
「恐ろしい、 恐ろしいって言いながら帰ってきた割には、 偽物の目は恐怖に揺らいで無かった、 打算的、 ありゃ演技だな」
「市役所でタヌキになる土飼、 てめぇと同じ目だ、 なんか企んでる目だぜ」
土飼は各方へと指示を出しながら話を返す
「随分と嫌味な言い方ですが、 まあ言われてる事は分かります、 確かに怯え方に違和感はあった、 今思えば隠す気が無い程でした」
でも今偽物はシェルターで家族と過し、 少なくとも絶望に沈んでいた明山家族を笑顔にしている
その姿を見て違和感を突き付ける気になれなかったのはリーダーとして良くなかった
だが、 歪だ、 打算的に行っている割には明山家族に見せる偽物の笑顔は、 本当の笑顔に見える
この間まで家族に会う気などさらさら無いとあくびしながら言ってのけた本物の方が偽物に感じる程だ
そう思っている内に戦況は変化してくる、 調査隊ひとりが打った矢が柵に群がる最後の猿型モンスターにトドメを刺した
迅速に対応する出来たのは他の要因もある、 明山日暮が調査に向かった甘樹駅方面、 その調査対象であった光の矢
元々敵モンスターを打ち倒し、 助けられた隊員も居るので味方の可能性が高いと考察されていた、 その光の矢がこの戦いでも放たれたのだ
その戦闘威力で危うい敵を悉く戦闘不能にしてくれた、 暫定味方の救いの矢により、 敵をほぼ殲滅した
その実感が作越しに積み上がる猿型モンスターの死体の山を見れば確かに感じる物だ
「やった!」
「やったぞ!」
50体近く居たモンスターを無被害で倒したのだ、 誰もが脅威をやり過ごしたと思うだろう、 だが……
「皆、 まだ浮かれるな!!」
土飼の言葉出場が静まりかえる
「ひとまず目先の大量の猿型モンスターは倒したが、 殆どの人にとって一匹でも脅威だ、 侵入されていないかこれから施設内をくまなく調査するぞ」
調査隊のメンバーは18人、 行方不明の日暮、 冬夜、 威鳴を除けば15人だ
「5人づつで3チーム作る、 リーダーは俺、 奥能さん、 関さんだ」
関さんは藍木を東西南北に管轄した調査隊の南区のリーダーを担当している方で、 優れた判断力を持っている
その後その3人の元につく4人を選出
「関さん隊はここに待機、 どうもあのふたりが気がかりだ、 見張りと、 ここは両サイドの中間地点、 助けが必要な時には駆けつけてくれ」
猿型モンスターの死体の山、 それが死んで行く様を呆然と眺め、 結局何もしてこないおそらく猿型モンスターのリーダーとその隣に立つ人間
そのふたりは先程よりも奥、 矢の届かない位置まで下がり何やら話をしているようだった
先程声を張り上げて、 どういうつもりかと聞いたがシカトされるばかりでらちがあかない
「わかりました、 動きを見せた場合、 どうしましょう?」
「猿型モンスターはいつも道理、 しかし雰囲気が違う十分気をつけて対処、 人間の方はなるべく足等を打て」
モンスターを殺す事すら抵抗がある、 その上人殺しとあっては正義の為でも社会と言うのは許してくれない
いつか復興する社会で、 英雄の彼らが断罪されるとしたら、 調査の為の建造物侵入位で良いのだ、 それすら無い方が良いが
関さんは頷くと4人に指示を出した
「奥能さんはシェルター方面を、 私は破壊音がした作戦室の方を」
奥能が頷く
「気をつけろよ、 さっきの音は尋常じゃない、 それに女の子の声もした、 早く行動しよう」
「ええ、 奥能さんも新手の敵がいるかも知れません、 お気をつけて」
そう言うと行動を開始する、 先程の破壊音が聴こえたのは作戦室の裏側だった、 急ぎ足でそちらに回り込む
ガッシァアアンッ!!
っ! まただ、 今度は何か金属の塊が飛んで行った様な音が響く、 一体何が起こっているんだ
作戦室、 プレハブ小屋のその角を、 滑り込むように右に曲がる、 一体何が……
「いったあああいっん、 ンジャぁ!! 吹っ飛んだのはそうでも無いがァ、 魔国獣の一撃が痛んで痛んで、 苦ジィのぉ!!」
空気ををふるわせる様な大声、 その声には怒りと、 隠しきれない無邪気な笑いの様な物が含まれている
それは片腕をだらんとぶら下げ、 酷い猫背に構える背の高い猿型モンスターで、 身体中が毛むくじゃらなのが特徴だった
プレハブ小屋の壁に大穴が空いている、 さっきの破壊音はこれか、 そしてその大穴の傍に女性と子供がいる
「っ、 菊野君、 大丈夫か? 一体何が」
その声で菊野和沙はようやくこちらに気付いた様だった
「土飼さん、 ようやく来た…… じゃなくて、 やっと来てくれた…… でも無くて」
彼女の言葉を聞く限りかなりピンチだった可能性がある、 大人しい彼女は身体中汚れて居るし、 涙を流した後も見られる
不甲斐ない…… 俺達が守らなくては行けないのに
「菊野君、 怪我は?」
「いいえ、 何とか、 でも立てなくて」
そうもなるだろう、 あの化け物にきっと彼女なりに立ち向かったのだろう、 それは誰だってできる事では無い
誇らしい、 だが今度は我々の番だ……
「君達は逃げて、 後は私達が……」
「でも、 お兄さんが居るし大丈夫だね」
菊野君に寄り添うまだ幼い少女がそう言う、 お兄さん?
敵の方を見る、 あぁ、 あのモンスターに立ち向かうなんて、 きっと普通の精神力では無理だ、 勇気が必要だ
「土飼さん、 あれ……」
部下の声で、 そのあれを見る、 いや彼が目に入る、 堂々と立ち、 当たり前にナタを構え、 モンスターの前に立ち塞がる男
あ、 あれは……
「ひっ、 日暮君じゃ無いか!」
男は首だけ振り返ってこちらを見る
「あっ、 土飼のおっさん、 わりぃ、 帰るの遅くなったわ、 報告は敵共全員ぶっ殺した後で良いか?」
そう言いながら、 すぐに敵の方を見るのは明らかに明山日暮だ
「……本物という事か?」
「そうです、 土飼さん、 あれが明山くんです! シェルターに居るのは偽物ですよ!」
菊野君が食い付いてくる、 成程な
「今見たら、 全然違うじゃないか」
敵を前にして楽しそうに笑う、 あれが誰に真似できようか……
「土飼さん、 会議室に治療施設を仮造しました、 怪我した人はそこへ」
助かる
「ありがとう、 では我々は日暮くんの援護に回るぞ」
そう言ってクロスボウを構えた
…………………………
………………
……
「あ~、 こっぴどく殺られたなぁ、 全滅、 無駄死にだったんじゃないか?」
柵の手前でくたばる死体の山を見て、 離井から切り離された肉人形、 深がの言葉にそのリーダーである躍満堂楽議は答える
「ふん、 無駄死にになるかどうかはコイツら次第だった、 柵にふれれば電撃を食らう、 それは見ていれば分かったこと」
「だがこいつらは学習もせず、 痺れて打たれて死んだ、 頭の悪い劣等種だ、 猿帝も要らないと言っていた」
躍満堂楽議は頭を抱えて背後を見る
「まあ、 空の彼方から光の矢が飛んでくる等と思ってもみなかったのは事実だがな…………」
離井も存在は何となく知っていたがまさか打ってくるとは思ってもみなかった、 そちらも警戒しなくては行けない……
「……それに、 無駄になるかどうかは、 お前にもかかっている、 深谷離井」
「どういう事だ?」
躍満堂楽議が死体郡を指さす
「お前なら有効に使えるだろ、 その死体郡、 いや肉の塊をよ」
成程そういう事か、 と離井は思う、 離井の能力『パラサス・ダイブ』は触れた肉体を糸状にばらす事によって肉糸を作れる
その肉糸を体に纏わせ編み固めれば、 自身の体の肉体の上に強靭な肉の装備を纏えるし、 傷付いた箇所への補填もできる
また、 肉体に形があって、 脳には脳の、 心臓には心臓の、 手には手の、 それが分かっていれば深の様な肉人形を作り操る事も可能である
「……良いんだな、 なら全部貰うぜ?」
「そこはお互い様さ、 所詮利用し合う仲、 利用し合ってる最中は仲良くやろうや」
シェルターに居る本体の離井から肉人形の深に命令が来る
(……その肉体は全て俺が取り込んで良し、 その力で谷と協力して調査隊のメンバーを殲滅しろ、 ね)
オーバーキルだろ、 調査隊のメンバーは一般人ばかりなんだ、 能力持ちはもう居ない、 村宿冬夜は不安事項だが……
目の前の死体郡、 50体をゆうに越す数の猿型モンスターの死体を見て笑う
「こんだけありゃ、 全てどうとでもなる、 俺の能力は量が質だ、 最高品質ってわけだ」
これだけありゃ、 全て、 この世界の全てを破壊する、 その起爆剤にはなる
「パラサス・ダイブ、 解き、 巻き取れ」
肉が糸となり、 解れて、 自身へと巻き取られていく、 何重にも何重にも巻き取られ皮膚が厚く重なって……
パシュンッ! グサッ
音を立て矢が突立つ、 今や強靭になった肉体に対してようやっと矢先が食い込む
「おっ、 おい! お前ら不審な動きを見せるな!次は急所を狙うぞ!」
柵越しに男が声を張り上げる、 シェルターの調査隊メンバーだ
「はぁ、 ほんとに下らねぇなぁ、 打つなら黙って連射しろや、 俺はどっからどう見てもてめぇらの敵だろぅが」
「アハハッ、 いい所だと思うぜ、 人間種のいい所! 同時に悪い所」
悪すぎだろ、 少なくともこの状況じゃな……
だから
「死ぬんだぜ、 雑魚ども」
ゴボッ
音を立てて深の体が沸く、 肉糸を巻いてどんな形でも作り出せる、 奴らの持っているクロスボウ
クロスボウの形を肉で作り上げる、 肉弓だ
今しがた打ち込まれた矢を装填する
「矢は、 壊れない限り何度でも利用できる、 お前らも後で回収するつもりだったろうが……」
バシュッンッ!!
深の肉弓が音を立てて矢を放つ
「ぐふっ!?」
柵越しに中の調査隊のメンバーの一人の脳天を矢は平気で貫く
「矢は相手に回収される危険もあるんだぜ? って事で、 お前らが雑魚猿殺すのに使った矢……」
「雑魚猿の肉体と一緒に全部体内に回収させてもらったぜ!!」
ボコボコッ ボコボコッ
深の肉体が膨張する、 体の内側から肉が溢れ出して、 大きく膨らんでいく、 上半身が風船の様に膨らんで
体調3メートル
グッシャアッ! バッシャアッ!!
その肉体を支える為の強靭な足が4本音を立てて生える、 大きな体を支える4本の足が四方に大きく開かれる
バシャッ!! バチャッ!! グシャッ!!
複数の音を立てながら肉の弓が2つ、 3つ、 湧き出て、 全方位からまるで腕の様に伸びる
最大で湧き出した肉弓は8つ、 それ全てに体内から矢が自動装填される
「ああああっ!! あ! あははっ!! 無駄に数用意し過ぎるのも良くねぇなぁ!!」
ハイになった声で笑い、 膨らんだ肉の上部から丸い肉の塊が吹き出す、 それはそいつにとっての顔だ
丸い肉塊に口が3つ、 3方向に向き、 目玉が20個ほど、 全ての方向を捉える
離井の能力は肉体の形を大きく変える事が出来る、 その膨れ上がった悪魔のような見た目はまさに
「バッ、 化け物!!」
「正解、 化け物の頂点、 現代の蘇りし、 魔王、 その再来だぁ!!!」
ガチャッ ガチャッ
肉弓が柵の内側へ向く
「射撃!」
バシュンッ! バシュ! バシュンッ!!
「うげっ!?」
「がっ!?」
「っう!?」
「伏せっ………………」
残り4人に4発、 鍛え上げられた眼筋が容易に無駄なく敵の脳天を貫き破壊する
数打ちゃ当たるダァ?
「てめぇらの敗因はそこなんだよ、 戦いの初心者が、 無駄打ち舐めすぎ」
無駄にはしない、 ひとつ無駄に零すと、 更にひとつまたひとつ、 無駄にすれば積み重なっていく
ここで必ず勝たなくては行けないんだ、 その為の力なんだ
ゴボッ!!
鈍い音を立てて太い腕が体から生える、 その腕が柵へ伸びる
バチンッ!
触れた途端電撃が走る、 でも……
「ビリビリペン位の痛さだなぁ、 慣れればなんて事ねぇ……」
分厚い肉壁を纏う事で電気を無効化、 そのまま柵を掴むと……
「ぶっ壊れろ!!」
バキッンッ!!
柵を掴んだ手を力ずくで振りったくる、 すると大した強度を持たない留め金が鈍い音を立てて壊れる
そのまま異形の肉塊と化した深は足を進める
「侵入~」
敷地内に入っていく深の後を躍満堂楽議が追う
「と言っても俺たちのやる事残ってるか? 既に敷地内には邪馬蘭と、 お前の兄弟の谷がいんだぜ」
「多分さっきの破壊音は邪馬蘭の仕業だな、 あいつは頭いかれた残酷野郎…… っておい……」
話をする躍満堂楽議を一瞥もせず深はそのまま歩みを進めていく、 そこからは笑い声が溢れてくる
「あははっ、 遂にだ、 遂に始まりだ! あはははっ、 ファンファーレだ!! ぶっ殺してやるカス共!!」
躍満堂楽議はその様を後ろで見て笑う
「生き生きしてやがる、 そんなに嬉しいか? 同族殺しがよ」
まぁ、 なんにせよだ
「俺は一旦、 邪馬蘭の奴の事見てくるから、 あんたはあんたで好きに暴れな」
あと、 それと……
「てめぇの本体、 深谷離井に伝えとけ、 いつまでシェルターに引っ込んでんだ、 この祭りを楽しまねぇのか? ってな」
それだけ言うと躍満堂楽議は破壊音のした作戦室の裏手へと足を進めた…………
…………………………
…………
……
がやがや…… がやがや……
がやがや………
ひそひそと不安そうに話をする人達、 シェルターの中、 皆怯えている様だった
でも……
「……大丈夫だよね?」
「ああ、 問題ないだろう、 今までだって何度かあった、 その度に土飼さん達調査隊のメンバーが解決してくれた」
茜の不安がる声に父が反応する、 モンスター襲来の報はシェルターに届いていた
だが規模は伝えられておらず、 いつも道理とされていた、 度々猿共がシェルター付近に近づき対象するらしく
その際は避難者はシェルターを締め切り、 外出を禁じて凌ぐそうだ
「……安心しなよ、 大事には至らない、 もし何かあっても俺が皆を守るから」
そう話す離井に家族が顔を上げる
「日暮、 長男として責任を持ってくれる事は父さんも嬉しい、 でも…… この間みたいに……」
父が首を振る
「いや、 なんにせよひとりで何でもやろうとするな、 今度は父さんも一緒に戦う」
ああ、 そうか、 確か一月前、 本物の明山日暮は家族を逃がす為に殿を務めそのまま行方不明になったらしい
まぁ、 本人は生きていた、 しかも頭のイカれた戦闘狂で、 戦うこと命で家族にすら会っていないらしい
それが本当に好都合だったが、 そんな事を知らない家族からして見りゃ怖いんだろうな、 また家族を失うのが……
「日暮、 今度は皆で戦おう、 一致団結して乗り切ろう、 家族だから」
家族? 家族が一致団結? 有り得ねぇ、 だが、 この家族なら……
「そうだね、 今度は一緒に……」
『……深谷離井に伝えとけ、 いつまでシェルターに引っ込んでんだ、 この祭りを楽しまねぇのか? ってな』
一緒に……… 一緒に……………………
「…………………俺、 ちょっと手、 洗ってくる」
突然立ち上がり去っていく息子の背を家族は不思議そうに見送った
…………
トイレに座る、 まただ、 またここだ
先日怒りに任せて殴りつけたトイレの壁はタイルが剥がれ落ちている、 その掃除をしたのは俺じゃない、 誰かがやったんだ
1人になれる空間………
『トイレマン!』
『トイレの離井くん、 あははっ』
昔からだ、 何故か俺は人から笑われバカにされる対象だった、 根暗だったからか、 猫背だったからか
それもこれも部屋に閉じこもって親から出された課題の勉強をしていたせいだ
視力が悪くなって目付きが悪かったのも、 コミニュケーション能力が育たなかったのは
遊びより勉強主義の親の躾が原因だ
嫌になって、 逃げ出したくなって、 1人になりたくて、 でも1人になれる場所はここしか無かった
昔から離井は物を考える時トイレの個室に入った、 あの時は自分の問題点を必死に考えた
だが今は………
「殺す殺す、 殺す! 言われなくてもこれから全員殺してやんだよ!」
他人への憎悪しか無い
脳に肉糸で作り出した連絡機関に、 受信が入る、 猿帝血族の死体を大量に取り込んだ深では無い
もう一体の谷の方だ、 谷はこのシェルターの裏、 そこに陣取らせた、 何も知らない調査員がそちらに向かっているのは把握している
確か奥能とかいうおっさんの臨時チームだ
そして今、 接触したらしい
「その場所は奇しくも、 俺が威鳴千早季を殺してやった所なんだよなぁ」
調査員達の墓だな
「頼んだぜ、 盛大にぶち殺すしといてくれよ」
…………………
………
「おめぇ、 何もんだ? 正直に言え、 俺は人の目見れば分かる、 隠せねぇぞ」
奥能はクロスボウを目の前の男に構える
「……避難者ですよ?」
「避難者はシェルターの中で怯えてる、 てめぇみたいに隠す気もないヘラヘラ顔でこんな所に突っ立ってりゃしねぇんだよ」
奥能のチームはシェルターをぐるっと1周周り外敵が侵入して居ないかを確認していた
その途中で影の中に立ち竦む男を見つけた
「おいお前ら、 こいつは避難者じゃない、 さっさと構えろ」
「え? でも……」
奥能は自身の感で、 目の前の男が異様である事を看破したが、 周りの物はそうはなれない
「奥能さん、 彼は人間……… っ」
1人の隊員がそこまで言って黙る
?
「ん? どうした……… は?」
今話していた隊員の姿が消える、 視界の上をブランブランと、 何かが揺れる
上を見る
「っ…… っ、 け…………」
隊員が顔を真っ赤にして宙に浮いている、 いやよく見れば糸のようなものに首を釣られている
「っ! おい! 今助け……」
ぐじゃぁ!!
鈍い音がなって首がねじり切れる、 血が吹き出して地面を派手に染めた
ボトッ
死体が降ってくる
……………
「っひぃ!?」
「あっ、 あっ、 ああっ!?」
他の隊員が狼狽える、 まずい、 動揺してやがる、 まとめなくては………
「はぁ、 はぁ………」
まずい…………
「なんだ、 こりゃ………」
俺も動揺しちまってる………
「……お前! お前がやったのか!」
隊員の1人が怪しく立つ男に食ってかかる、 ダメだ……
「おい、 不用心に近づくな……」
パシャッ
音を立てて何かが光る、 それは這いずる様な、 足元、 下だ
「んなっ!?」
糸だ、 グロテスクな色をした糸が地面を幾本も這っている、 その糸は元をたどれば全て正体不明の男から伸びている
「うっ、 うわぁ!?」
近ずいて行った隊員が転ぶ、 いや……
「え? いっ、痛っ、 いったぁ!?」
彼の足元の糸がピンッと這っている、 そして、 彼の足が、 足首から切断されていた
やばい、 やばい
悶える隊員に対して、 正体不明の男が手を向ける、 その指からは同様の糸が垂れている
「っ! やめろ!」
男がニヤリと笑う
パシャッ パシャッ パシャンッ!
糸に僅かな光が反射して煌めく、 隊員の身体は力無く項垂れると遅れて全ての関節事にボトボトと崩れた
血の海
目の前で2人死んだ、 目の前で人が死ぬ
初めての光景じゃない……
それを初めて見たのはもう何年前になるか……
……………………
……
奥能谷弦52歳、 元建設業を営む男、 人への厳しさは人情であり、 若者にも確かにしたわれる彼
そんな奥能には頭を抱えたくなる様な過ちを犯した過去があった
それはまだ奥能が新人の頃、 彼の上司に当たる人の話になる
………
夕方、 時期的に少しづつ日照時間が長くなってきた頃
『って事で、 工事は一旦中止だ』
季節外れの台風は明日にもこの地域に接近する、 その為作業は中止になるが幸い工事はまだ前段階
組んだ足場を1度解体するなど、 そういった作業が発生しないので大きな遅れは発生しないだろう
それに胸を撫で下ろす
『おい奥能、 明日は来なくて良いからな』
上司の言葉に振り返る
『あっ、 はい、 分かりました、 八縁さん達はどうするんです?』
上司である八縁や、 他の人達はどうするのだろう?
『俺達は…… いや、 俺達も明日は休みだろうな』
ん? あっ!
『片付けですか? 台風は午後から到達らしいですからね、 午前中はそれに備えて現場の片付けですよね?』
『はぁ…… まぁな、 っても今日殆どやっと居たしな合間に、 予報はとっくに出てたんだ、 だから明日は来るとしても確認くらいだろうから、 確認に人数要らねぇよ』
それを聞いて安心する、 なら明日は本当に休みで良いのだ
やったぁ!
まだ若い心は、 仕事への情熱よりも突然舞い降りた休みに歓喜した
『家で大人しくしてろよ』
俺は頷くと明日の予定を考え始めた……
次の日は早起きをした、 がもう一度瞼を閉じると2度寝してしまい目を開けたら9時だった
『仕事はっ…… 休みと』
外出は控えるとして、 家で出来ることはやっぱり……
朝食を適当に取り、 身支度を整えると自室の机に向かった
安物のラジカセの電源を入れるとお気に入りの女性ラジオコメンテーターの声が流れる
その声に耳を澄ませ、 コピー用紙とボールペンを用意すると、 今回のテーマである
『台風の日の過ごし方』
についてメッセージを書いて、 ファックスを送る、 彼女に読み上げられる事が当時の奥能の夢だ
そうこうしている内に時は立ち、 時間も午後に差し掛かった頃、 窓の外を見ると存外まだ天気はそれ程悪くない
だがふと頭が閃を覚える
『あれ? そう言えば、 あれどうしたっけな?』
奥能は昨日片付けを任されたネジ入りのまあまあ重い箱を思う
途端に不安になってきた
例えばあれが野ざらしで、 強風に飛ばされたりしたら………
『やばい、 やばい!』
確認に行くなら今しかない!
なんの考えもなしに車の鍵を掴むと飛び込む様に乗り込んで現場に向かった
数キロ離れた現場に着く頃には雨が降って、 風も強風が吹いていた
来る事を後悔しだしたが仕方ない
現場に入っていくと、 一直線に倉庫へと向かった、 だが
ガチャ
扉は施錠されている、 この中にしっかり保館されているのを確認出来れば一安心だったがそう簡単には行かないらしい
現場を虱潰しに探し回って……
『おい! 何やってんだお前!』
怒鳴る様な声が聞こえてそちらを見る、 その途端ビュッと強風が吹いて、 雨足が更に強く打ち付ける
声の主は上司の八縁さんだ
『えっ! なんでここに?』
『そりゃこっちのセリフだ、 確認しに来て見りゃ、 何しにきやがった?』
奥能は経緯を話した
『……お前昨日片付けてたろ、 俺が見てた』
そう言えばそんな気も…… いやぼーっとしてたかな覚えてない
『奥能さん鍵もってます? 自分一応確認してきます』
『馬鹿言え、 確認には俺が来たんだよ、 お前はもう帰れ』
打ち付ける雨でびしょ濡れで、 かろうじて声が聞こえるが、 台風は本格化してきた
八縁が倉庫に向かって行くのを見送りながら俺は車に戻った
……………
ガシャァン
……
音が響いた、 大きな音だ
奥能は車のエンジンをかけようとしていたのやめて慌てて車の外に出る
今の音は?
倉庫の方では………
『はっ、 八縁さん!』
雨が視界を遮る、 風で体が飛びそうだ
倉庫は潰れていた
原因は後から知った、 強風で飛ばされてきた別現場の鉄柵がぶつかったそうだ、 その現場を指揮していた会社はその後大変な事になった
だが、 その時の自分には何が何やら
、 雨と風に身を打たれ、 次に気づいた時には病院の待合室に居た
八縁は駆けつけた消防隊員によって助け出されたが、 数時間後病院出息を引き取った
目の前で人が死ぬのは、 最悪気分だ二度と、 二度と体験したくない、 いや、 俺が守らなくては
この経験をした俺が人を危険から守らなくては……………
……………
なのに…………
バシュッ!
「ぅげぇ!?」
気づけばまた1人首を釣られている、 やばい、 やめろ
「やめろ!」
パシュンッ!
クロスボウに矢を装填、 躊躇いもなく正体不明の男に打ち込む
許さない、 許さない
「その人を離せ!」
クロスボウを番え……
パシュンッ!
矢が放たれる、 放ったのは俺じゃない、 正体不明の男の伸ばした手から放たれた
「あははっ、おいおい、 不用意に撃つなよ、 糸はどんな形にも編めるんだ」
よく見ると男のては弓の様な子弧を描きそこに弦が張られている、 今打ち込んだばかりの矢を打ち返してきたのか?
あっ
後ろを振り向く、 隊員の脳天に突き刺さり、 その隊員は泡を吹いて倒れた
首を釣られていた隊員も遂に息絶えた
俺だけになった
「あ~あっ、 責任感じるなぁ? 奥能さんや、 これは監督責任だなぁ、 あんたのせいだなぁ」
言葉が突き刺さる、 その通りだ……
ここは、 このシェルター裏は既に……
「俺の肉糸がそこら中に張られている、 ここは俺が準備した、 狩場なんだよ」
クソ……
力を持っている者、 自分を大きく見せているだけの自分とは違う
越えられないほどに大きい、 届かない程に高い
クソ………
それでも………………
「許さないぞガキ、 俺がきっちり責任とる、 お前を倒す」
奥能は腰から警棒を抜くとどっしりと敵に構えた
…………………
その様を背を伸ばした一本木が見ていた、 その気には見事な果実がなっている
正体不明の男も、 奥能も気が付かない、 こんな木はついこの間までここ生えてなど居なかった
木の生えてる場所は、 ちょうど離井が数日前、 威鳴千早季と言う調査員を殺した場所だった……………