第五十四話…… 『前進の一歩・2』
「自転車よし!」
自転車の後ろ物置場所に、 タオルやらなんやらをぐるぐるに巻き付けて座っていられる様にセットする
「雪ちゃん、 ヘルメデカい?」
「ぶかぶか~」
やっぱり、 流石に俺がしてた奴じゃデカいわな、 俺は良いけど、 雪ちゃんは……
「準備出来たか?」
「まだ、 雪ちゃんのヘルメが無いや」
洞窟から出て自転車のある路地の入口まで出てきた、 大蛇も出てきたが周囲の建物を這って出てくる巨大な蛇の姿は正しく巨大モンスターだ
「それならば子蛇を巻いていけば良い」
子蛇?
チュルチュルと小さな蛇が出てくる、 まあ小さいと言っても4、 50センチはありそうな長さだけど
大蛇さんと同じ白色でまあデカい普通の蛇かなって感じだ
しゅるしゅると地を這うと雪ちゃん登っていき、 頭に巻き付いていく、 雪ちゃんは全く怖がらないのでいつも道理なのか
「重くない?」
「少し…… でも少しだよ?」
結構軽いのかな
「でも、 蛇さんが可哀想かな?」
「大丈夫だ、 その蛇はあのビルの屋上から叩き付けたとて全くダメージにはならない、衝撃緩和の能力が高いのだ」
まあ、 何にせよ
「安全運転で行くよ、 どんだけ焦っても早くは帰れない、 道路状況は最悪だからな」
今すぐにでも到着したい、 でも無理だ、 無理なものは無理、 俺はシェルターのおっさん達を信じるしかない
「その件だが、 提案がある、 余は昔敵をしっぽに巻き付け投げ飛ばし、 十数キロは遠くに飛ばした事があるぞ」
???
「へ? だから?」
「投げ飛ばしてやる」
!?
「今、 安全に行くって言った所ですよね?」
敵、 敵って言ったよね? 敵なら破壊する前提でぶん投げてもそりゃ良いでしょうけど
十数キロ投擲されたら、 俺も雪ちゃんも新品の自転車も無事じゃ済まない
「だが、 おそらくお前の到着時間は夕方程になろう、 投げれば一瞬だ、 それに……」
「私が何とかするよ」
大蛇さんが頷く
「雪が居るから問題ないだろう」
そうなの?
「大丈夫だよ」
何故だろう、 これから空の彼方にぶん投げられて、 それでも大丈夫だと言ってのける少女に対して、 なら大丈夫かと謎の自信が出てくる
「さぁ、 自転車に跨るんだ」
はぁ、 考えても仕方ねぇ
「おっけぇ、 雪ちゃんも乗っけて準備完了」
「完了ー!」
雪ちゃんが俺の背中を片手で掴んで、 もう片手が宙をヒラヒラと揺れる
後ろ向きに横目でその様を見ていると、 小さく声が聞こえた
「魔国式結界・弥弥戸羅俱」
まだ幼い少女の口から吐き出されたとは思えない様な厳格さと威圧を感じる声音に背筋が冷えた
一瞬、 雪ちゃんの姿にだぶって背後に何か強大な何かの存在を感じた
「……え? なんだって?」
何とか声を出す頃にはにこにことした幼い少女の顔に戻っていた
「これで大丈夫!」
「では、 投げるぞ、 明山日暮、 雪を頼んだぞ」
その言葉には多くの意味合いが込められている様に感じられた
俺が何か反応を返す前に大蛇さんのしっぽが迫ってきて俺達をまるっと囲む
だが不思議な事に俺達を締めたりはせず、 ある一定の付近でしっぽは止まるのだ
こう、 丸っと、 バリアー、 いや結界で囲われている様に、 しっぽはその結界を掴んでいて、 持ち上げられても俺達の周りに結界は固定されている様だった
俺達を掴んだしっぽが上昇して行く、 大蛇さんは体を捻ると
「では、 行ってこい!!」
そう言ってしっぽを振り、 遠心力が最高点に達する地点でしっぽが解かれ………
「っ! ぎゃああ!!」
「わああっ、 あははっ!」
とんでもない威力で、 吹っ飛んだ
みるみる発射点から遠ざかって、 重力に抗う為にかなり高所まで飛ばされたので体が引っ張られる……
かと思いきや……
「え! 苦しくない、 Gとか無いぞ、 何で?」
「えへへっ、 私のおかげです」
まさかっ!
「さっきの、 けっ、 結界の、 力なの!?」
「そうです!」
すっ
「すげぇ!!」
「えへっ」
ぶっ飛ばされて、 色んなものの上空をとんでも速度で横切っていく、 その様は空を横切る流れ星か
でも……
「ずれて、 流石にずれてない? このまま進むと違うところ着くよ!」
あ、 ブーストで修正すれば……
「大丈夫!!」
雪ちゃんがそう言いながら、 仮造の後部座席の上に、 よっこらしょと立ち上がる
「え? いやいや、 流石に危なくない?」
上空を流れていく鉄の塊の上に立つ少女、 結界で守られ空気抵抗も無く不思議な空間だ
「見てて、 私の力! 魔国式結界・遊獣飼絡」
「空を駆け、 天参る、 魔国獣・参色烏、 私達を運んで!!」
立ち上がった雪ちゃんが上空に手を伸ばすと、 空を切り取った様な黒が突如現れ、 そこからぬらりと一匹の巨大な烏が姿を現す
翼を広げた姿は5m程か、全体的に艶のある黒色の羽の中に所々青みがかった黒と、 黄色がかった黒が混じる
参色…… 3色
そのカラスはこちらに向け下降してくると、 ガシリッ、 と音を立てて周囲の結界を掴む
鉤爪の様な足が持つのでこの結界が目に見えたなら玉を持つ龍の様にも見えるが、 烏である
そしてなんと言っても……
ガァ!
ギャアッ!!
ガッギャァッ!!
3つの鳴き声、 3つの……
「頭が、 3つ! トリプルヘッド!!」
そのデザインは……
「かっこいい! 俺好みだ!!」
三首、 三色の巨大カラスは日暮に刺さった
「……………私は怖い」
さっきまでの厳格さを感じる声とは打って変わって、 柔らかい声の雪ちゃんが烏を見て驚く
「雪ちゃんの友達でしょ?」
「……う~ん? 友達みたいなんだけど…… 知らない…… みたいな?」
あれそうなの?
烏は雪ちゃんの指示に従い藍木シェルターの方へと飛び、 俺達を運ぶ、 上空からなら本当にすぐ着くだろう
「分からない、 けど、 いい子」
「だね」
大切なのはあれだけ離れている様に感じていた藍木にもうすぐ着くという事
1週間ぶりの故郷、 状況は大きく変化した落ち着いては居られないだろう
だけど……
「待ってろ藍木、 そして猿帝血族共、 最終決戦のその始まりにしてやるよ」
そうして笑う、 空に笑いが溶けて、 もう目的地は目の前……………
……………………………
…………………
……
「打て打て!!」
パシュンッ! パシュンッ!
張り詰めたクロスボウの矢が猿型モンスターの体に吸い込まれていく
ギャアッ!? ギギャア!?
猿型モンスターに突き刺さった矢はその特性からは簡単には抜けない、 無理に抜こうとすれば肉をエグって最後には鏃だけ体内に残るだろう
「矢はまだまだある、 打て打て! 敵はもう半数近く倒した、 あと少しだ!!」
そう大声を出して皆を鼓舞するのは土飼の仕事だ、 鍛えられた軍人や、 猟友会で構成されている訳では無いので当たる確率は高くない
だが矢数を用意して、 一斉射撃、 数打ちゃ当たる作戦は見事にはまっている
明朝、 敵発見と共に準備を行った、 この時を想定し予め武器や物資を一纏めにしておいた
管理者である大望の指示に従い迎え撃つ準備を行った
まずこのクロスボウである、 勿論だがこのシェルターは災害避難用なので敵を迎え撃つ事など想定はしていない
このクロスボウ含め、 警棒やら物資やらは全て大望が持参した物だ
ひと月前誰よりも早くこのシェルタに自家用バンで乗り込んで準備をしたと言う噂がある、 あの人は一体何を考えてその行動に移ったのか
まるで予め想像していたかのような行動力の速さに時々背筋が寒くなる
パシュンッ!!
矢が猿型モンスターに突き刺さる、 何本も突き刺さって死ぬ
この死体が積み上がって行く様を土飼はどこか腑に落ちない様に見ていた
朝日が登るのと同時に始まった襲撃だったが、 猿型モンスターは未だこのシェルター施設の敷地を超えることは出来ていない
3メートルを超える縦柱の鉄柵は容易に登ることをさせない、 その上この鉄柵には……
バチィッ!!
ギャアッ!?
田舎のコンビニについてるブルーライトのあれ、 そんな音がして鉄柵を掴んだ猿型モンスターが弾かれるように鉄柵を離した
電気が流れる様になっている、 発電機で蓄えた電気をふんだんに使用して敵侵入を拒んでいる
敵を一匹足りとも通さないこの状況に他の者たちは優勢を感じて士気もかなり高まっている
だが、 どうにも解せない、 その原因それは、 奴らの後ろ、 そこに立つふたつの影だ
ひとつは同じ猿型モンスターだ、 姿形は少し違うが、 モンスターである事は見ればわかる
人間には不可能な程、 過酷な自然が育てた屈強な体つき、 堂々と仁王立ちで構える姿は歴戦の戦士を思わせるオーラだ
倒れていく猿型モンスター達とはまったくの別物、 明らかに他とは異なる
そしてもうひとつ
(……何故だ、 何故モンスターの隣に人が立っている)
もうひとつの影は人間だ、 知らない顔だが、 戦士風のモンスターと並ぶ姿は共闘関係である事を優に想像させる
この襲撃、 間違いなくこのふたつの影、
ないし更に後ろに居る者たちの仕業だろう
このふたつの影は今も仲間が矢にいられ倒れていく様を平然と見つめて居るだけだ、 時折会話の様なものを挟んでいる様にも見えるが
とても仲間を助けようとかそういった動きは見られない、 それが不気味
だが今は……
「打て打て! 確実に数を減らせ!!」
目の前の敵を迎え撃つだけだ……
…………………………
………………
……
今朝は忙しい、 凄く忙しい、 もうとっても忙しい……
「状況を誰か纏めて!」
「大望さんからの指示だ! 事務員は作戦室から絶対に外に出ない事!」
「シェルターの方達にはこの話は……」
「今の所伝えて居ない、 まともな判断ができる状況では無いから……」
どうたらこうたら、 うんたらかんたら……
朝の作戦室には慌ただしい声や、 不安の声が響き渡っていた、 それはそうだろう敵が沢山攻めてきた
やっぱり現実とは思えない、 作戦室に引きこもって現実から目を逸らしている毎日、 現実の方からやって来るなんて
何度かあった事だ、 モンスターがシェルターの傍までやって来る、 それをその都度調査隊のメンバーがやっつけてくれていた
今もそう、 調査隊の人達が外で戦っている、 土飼さんの指揮する声がこのプレハブ小屋を揺らしている
手が震える……
「和沙ちゃん、 大丈夫?」
私、 菊野和沙に声を心配そうに声をかけてくれたのは、 同じ事務員として業務をする少し年上のお姉さん、 綿縞朝乃さんだ
「あ、 朝乃さん…… だっ、 大丈夫です……」
明らかに声が震える、 恐怖がフラッシュバックするからだ
和沙の家は比較的藍木山側にあり、 落ち着いた田畑が続く田舎の景色がどっと広がる所にポツンと存在する
ひと月前報道を見て初めは、 なんの事だか? と思っていた、 だが藍木山から叫び声や鳴き声がこだまして……
『何かやっぱり変、 何かおかしい気がするわ、 逃げるわよ』
母がそう言うと私達他の家族は急いで準備を始めた、 昔から母の持つ危機察知能力、 虫の知らせの様な物には絶対的な信頼があった
家を出て、 お父さんが車のエンジンをかけた、 ブルルンッ! そのエンジン音が何故か私の心を落ち着かせた
良かった、 助かった……
車に家族で乗り込んで、 わけも分からないままさぁ出発、 私は助かったという謎の安心感が湧き始めていた
ゆっくりと走り出して庭を右にハンドルを切っていく、 父の運転は非常時でもとても安全運転だ
ハンドルを元にゆっくりと戻し、 道へと出ていく、 あとは下ってシェルターへと着けばいい
『あ、 部屋のストーブ切ったっけ?』
突拍子も無い言葉を言ったのは弟だった
『は? ストーブ? 5月だぞ? 何で』
『いや、 古い灯油を来年まで入れとくなって、 ならちょくちょく焚いて使い切っちゃおうと……』
父と弟の会話は随分呑気で、 危機を感じている母が徐々にイライラとしている気配が伝わる
見に行けば良いのだ、 まだ庭を出た所なんだ、 すぐに確認して戻ってこれる
弟はいつも行動が遅い、 父はハンドルを握っていて、 母よりは私の方が早い……
『お母さん鍵、 私見てくるから』
私は家族の中では行動力がある方だ、 いつまでも始まらない掃除を初めに掃除機をかけ出すのはいつも私
お母さんが料理を作ると台を拭いたり準備するのは私、 父と弟は言われてもダラダラしている事がある
母はきちっとしている、 きっと母に似たのだ
鍵を受け取ると小走りで庭を駆ける、 底の厚いパステルカラーのスニーカーが地を踏みしめる
鍵を開ける、 さっきまで呑気に過ごしていた自宅だ
間取りも、 柱の位置や扉の位置も完璧にわかる、 玄関から自分の部屋まで目をつぶってもたどり着けるだろう
2階に駆け上がる、 寝室は全て2階だ、 弟の部屋は私の部屋の隣、 私の部屋の前を通り過ぎてすぐだ
横目でドアの空いた私の部屋を見る、 飾り気のない部屋だけど整頓はされていると思う、 クマのぬいぐるみを持って行こうと思ったけどやめた
そのまま弟の部屋の前に来る、 弟の部屋はドアが閉まっている
ガチャッ
ドアを開けた瞬間むわっと熱気が立ち込める、 確かに朝晩はまだ冷えるけど昼間にストーブを炊く程冷えては居ない
カーテンの締め切られたへやは薄暗く、 足元に積み上げられた漫画を蹴り飛ばしてしまい反射的に、 ごめんと謝り、 何故私が謝るのかと疑問に思う
カーテンを強引に開けると光が部屋を満たす、 部屋をぐるっと確認する、 目に入ったストーブに特徴的な赤い光は着いていなかった
「なんだ、 しっかりきってあるじゃん」
私は徒労感に苛まれ、 代わりにストーブのプラグを抜く、 これで安心して車に戻れる、 戻ったら文句の1つでも言ってやろう
私は弟の部屋を出て自分の部屋の前を通り過ぎ…………
ピッ
ん?
ピッ
ピッ、 ピッ
何処かで聞いたことのある音がする、 この特徴的な高い音は
「へぇ? あれ? ストーブのボタンの音…………」
ストーブの電源ボタンを何度も押す音だ、 つけたり、 消したり、 つけたり
ドクン ドクン
私の心臓の鼓動が早くなる、 早く、 早く車に戻らなくちゃ
でも例えばストーブが着いてたなら私が見に来た意味がまるで無い
私は震える足で弟の部屋の前に立つ、 ドアが閉まっている、 閉めたんだっけ?
ガチャリ
震える手でノブを捻る…………
「………何にもない、 ストーブも消えてる」
ストーブから伸びるプラグも抜けている、 なんだ、 なんだ
「はぁ、 勘違いか」
私は踵を返して引き返す、 その背を部屋の生暖かい空気が押した、 風の流れを感じた
そう言えば……
足早に自分の部屋の開け放たれたドアの前を通り過ぎる瞬間、 思った
さっき開け放ったカーテンが風に揺られてヒラヒラとはためいていた様な記憶が湧き出てきた
窓が空いているという事……………
『ジャケに、 マブマブい部屋じゃぁぁのぉ…………』
踏み出そうとした足が止まる、 声が聞こえた、 すぐ横、 私の部屋からだ
『ピッピの機械は熱を出す、 ふんわり布地は日光遮り、 ガラガラ窓は開閉式』
声のする方を向くと空いたドアから正面に見える私のベットに何かが腰をかけていた
『ふかふか寝具は甘い誘惑、 キラキラ玩具も甘い誘惑、 甘々香りをクンクンペロペロ魅惑の菓子も、 これまた誘惑』
身体中が毛むくじゃらの大きな塊がそこに居た、 ベットに腰掛け、 私のゲーム機を片手にボロボロとチョコ菓子を頬張っている
『良い暮らしジャのぉ~ のぉ、 人間』
不意に毛むくじゃらの中から鋭い瞳が私を捉える、 私は蛇に睨まれたカエルの様に固まってしまった
びちゃ、 びちゃ、 だらららら
何かが垂れて私の部屋の床を汚している、 そう言えば毛むくじゃらは小脇に何かを抱えている
『良い暮らしじぁのぉ!! って言っとんじゃ!!!』
鼓膜を揺るがす程の声で貼り付けられる、 小脇に抱えているものは
人間だ、 ボロボロにされた人間だ、 体から血を吹き出しもう生きては居ない
悲鳴すら出ない、 やばい、 やばい、 やばい……
恐怖で縛られた体は……
ダッ!!
音を立てて走り出す、 フローリングの床を滑るように掛けて、 落ちる様に階段を降りる
振り返らない、 振り返らない
靴履く時間すら惜しい、 軽く屈見ながら靴を拾うと、 そのまま突進する様に玄関のドアを開く
車に全力疾走する
薄いストッキングを突き破る様に小石が突き上げてくるがもう良い、 もう良いから
『和沙急げ!』
私は一目散に車に乗り込むとすぐに車は出発した、 後方には猿型の化け物があともうちょっとの所まで降りてきていて
弟に文句も言う余裕が無い程切羽詰まりながら私たちは避難した
あの時体が動いたのは何故だったのか、 勇気が湧いたのは……
懐かしい記憶の中の、 勇気のある彼らのお陰だ…………………
………………
……
「朝乃さん、 私たちにもできる事ってありませんかね? こんな状況皆んなで力を合わせて立ち向かいましょう!」
震えが止まり私は顔を上げる
「和沙ちゃん? えっ、 えっと、 わたし達に……」
いつも落ち着いていて優しい朝乃さん、 彼女がここまで狼狽える事は珍しい、 いつも笑顔をみせて元気をくれる
でも本当は彼女だって怯えているんだ、 いつも貰ってばかりじゃダメだよね
『引き付けて、 今、 打て!』
外から戦闘の音が聞こえる、 そうだ
「戦っている調査隊の方が万が一怪我をするかもしれません、 ここに備品を運び込んで治療スペースを作りましょう!」
いつも大人しい和沙の声は朝乃を超えて、 この部屋全体に響いていた
皆怯えている、 誰かが守ってくれて、 自分は隠れてやり過ごしたそう思うだろう
その保守的な意志を和沙は打ち破り、 慣れてない大声を張っている
その姿に朝乃は勇気を貰った、 踏み出す誘惑を確かに貰ったのだ
「そうね、 そうしましょう! 皆さん手を貸して、 私達を守ってくれる人達を、 私達で守りましょう!」
凄い、 朝乃の声はクリーンでよく通る、 年上のおじさんおばさんやら年下の私も彼女の事は慕っている
やる気を灯す、 勇気は伝染する
「わかったわ、 確か医療セットがあっちに……」
「この辺の机、 端に寄せるわよ」
「誰か、 ブルーシートが調査の準備室に……」
「私、 シート取りに行ってきます」
ここは2階の会議室だ、 この部屋が一番広く使える部屋である
準備室は1階だ、 食堂を抜けて、 その奥にあり、 準備室から裏口につながっていて建物の裏に出ることも出来る
食堂を通り過ぎる、 そう言えばまだ朝ごはんを食べていない、 調査隊の方達もそうだろう
後で何か取りに来た方がいい、 何か口に入れる物はある筈だ
そのまま通り過ぎて準備室に入ると、 すぐに明るい青色のブルーシートを見つける
それを小脇に抱えて走り出す、 6月、 朝方のまだ冷たい空気が私の背中を押した
私は一気に駆け抜けて階段を登ると会議室に入る
「ブルーシート持って来ました、 そう言えば食堂に何か食べるものありますか? 食べなければ持たないので、 あれば持ってきます」
「キッチンの棚に栄養補給できるお菓子のやつ有るわ、 箱に入ってるから、 あと出来れば水も!」
私は頷くとブルーシートを渡して走り出した
後ろから足音がする
「朝乃さん!」
「流石に1人じゃ無理でしょ?」
私達は急いで階段を駆け下りるともう一度食堂に走り込む、 キッチンの戸棚を開けるとか『カロリーイート』なるお菓子が出てくる
運動部の大会で生徒がよく食べてる、 そんな印象だ
箱ごと持ち上げるがそんなには重く無い
「こっち水あったよ、 私2本持つから」
和沙は頷いて1本持った
「それじゃあ戻るよ……」
不意に朝乃が周囲を見る
?
「どうしました?」
「いやなんかさ、 風入ってきてるよね? 何処か窓空いてる?」
今日外はよく風が吹いている様だ、 その風が室内に侵入している、 確かにカーテンの端がヒラヒラと
「そう言えば、 準備室出る時も風かあったんですよ、 もしかしてそっちから吹いてきているのかも……」
風が吹いている、 今、 そしてあの時も……
「いい匂いが染み付いた所ジャのぉ、 美味そうな飯の匂い、 嗅いだことな無い匂いが鼻腔をくすぐる、 誘惑ジャのぉ」
っ!?
私は声のする方を向く、 食堂の窓側の席に誰かが座っている、 多分朝乃さんも見たと思う
差し込む朝日がキラキラと反射する、 毛むくじゃらで大きさを感じるシルエット
あれ? あれ? 知ってる…… 何でこいつが、 あの時のあいつだ、 どうしてここに……
「クンクンこれは何の匂いかのぉ、 コウバ、 コウコウ、 香ばしい、 誘惑ジャ~、 腹が減る」
「教えてくれんかのぉ、 何食べたんジャ? 豆特有の香り、 カラカラ、 腹がカラジャ~、 食わせてくれんかのぉ~」
やばい、 やばい
ゆっくりと毛むくじゃらがこちらを振り向く、 その目
「ひぃっ」
朝乃から声が漏れる、 ダメだまずい
「また、 だんまりか、 人間、 こっこっこっこっこっ、 答えんかァ!!!」
私は、 体の震えを何とか抑える、 勇気、 お願い勇気、 湧いて出て、 力をください
「朝乃さん、 『カロリーイート』持てますか?」
そう言いながら、 強引に押し付ける
「え? まぁ、 何とか、 うん、 私持つから逃げよう……」
「逃げてください、 それを持って、 私があいつを引き付けます」
朝乃はポカンとしている、 ダメだ
「行ってください!!」
「っ、 何言ってるの! 馬鹿な事言ってないで……」
私は朝乃を軽く押す
「行ってくださいって言ってるんです! 2人で逃げたらダメです、 それじゃあいつが着いてくるだけだから」
捲し立てる私の言葉に朝乃は息を詰まらせる
「……でも」
「外に誘導出来れば良いんです、 調査隊の方達が倒してくれるから、 少し走るだけです、 走れますよ私の足は震えてない」
勇気があるから
「さぁ行って!」
「っ、 ごめんね、 ごめん」
謝って欲しい訳じゃない、 でもそうする他無いのだろう、 助けが呼べるわけでも逆に助けられる訳でもない
できるのは信じて走るだけ、 なら、 信頼に答えてやりきらなくては、 何がなんでも追ってきて貰うんだ、 逃げ切るんだ!
ふぅ…… 深呼吸をする
「あぁ、 あれでしょ? あれの臭いね、 あれね」
「ん? ドレ?」
毛むくじゃらが反応する、 精一杯に言え、 言え
「え? あれだよあれ、 知らないの? あんなに美味しいのに、 勿体ない」
「ダカラ…… あれってドレの事? その美味しいのドレ?」
「そんなに知りたい?」
「すっごく知りタイ、 タイタイ」
「本当の本当? そんなに知りたいの? 他の何を差し置いても知りたい?」
「知りタイ! 言うの? 言わないの? 言って!! 教えて教えて!!」
ふ~ん、 なら……
「教えてあげる」
「やっ、 やっややややったァ!、 教えて、 ハヤヤヤヤく!」
全力でにっこりと作り笑いをする、 足に力を込める
「良いよ、 私を捕まえる事が出来たらね!!」
そう言い放って全力で駆け抜ける、 やばい、 煽るなんて、 でも他に無い、 お願い着いてきて
「ふ~ん、 お腹ペコペコペコペコ、 もう口がこの香ばしいもんの口ジャア~」
ガラッ……
椅子から降り立つ音が背後で聞こえる、 私は精一杯走って裏口から出て、 調査隊の元まで行くの
「面白いっ! 面白いのぉ!!そういやぁ、 てめぇ人間の小娘てめぇぇっ、 カラも香ばしい匂いがシミ着いてれぇぇ!!!! てめぇをクルクルケルって!」
「喰ってやる!!」
毛むくじゃらは立ち上がると体長3メートル近く、 酷い猫背で前屈みに構えると
ッドオオオッンッ!!!
強い踏み込みで食堂の机や椅子を吹き飛ばす程の威力で前進した
その音を後ろで聴く、 やばいでも、 準備室まですぐそこだ、 あの体長ならば狭い準備室の中では動きづらいだろう
あと本の数メートル、 そこを曲がれば……
ブワァンッ!!
背後から大風が吹いた様に感じてつんのめりそうになる、 なっ何?
そう思った瞬間……
ドガッ!!! バヂィンンッ!!
あまり聞きなれない音がして何かが通り過ぎ、 目の前の壁に衝突する
グワングワン
建物全体が大きく揺れた、 それ程の衝撃、 その次に光、 建物内の明度が上がる、 壁でもくり抜いたような……
「うそ………」
言葉を失う、 様なでは無い、 目の前の壁に大穴が空いている、 裏口のドアから出る必要なんか無いじゃないか
ボッカリと空いた穴から光が差し込んで、 外に出られる、 でも、 進めば……
「おい……… 着いたァ、 かけっこはとくとく得意だァ、 嬢ちゃんの細い足と違ってぇんばあああららあぁっと、 レの足は特別だァ」
毛深い体、 そこから伸びる長い足はスプリンターの様に柔軟にバネの様に鍛えられている
「俺は、 猿帝血族、 殺戮係、 千里の邪馬蘭、 肉体に余る地力だけで大陸切り開いた超上種だからなァ!!」
大地を震わせる様な声が空気を震わせる、 私の倍はある巨体から見下ろされ、 今度こそ動けない
外に出れた、 勇気をもって行動した、 中学の校外学習の時、 風に飛ばされた私の帽子をコース外の藪の中から拾ってきた時みたいに
この間見た、 ふたりが遠征に発つ前に見せた止められない、 前進の一歩みたいに
行動して…… できたと思う、 けど……
村宿冬夜は、 威鳴千早季と藍木山に遠征後、 一週間、 未だ帰らず、 生還は絶望的
明山日暮は……
『あぁ、 恐ろしい…… ごめんなさい、 俺怖くなって、 家族に会いたくなって……』
遠征に向かってその日の内に明山日暮はそう言って帰ってきた、 明山日暮から発せられる前進の勇気を全く感じない
明山日暮は今も怯えてシェルターに引っ込んで家族と共に暮らしている
家族に会ったのは良いだろう、 でも、 あの時から私は彼の事があまり好きじゃない
すごく勝手な理由だが、 物凄くガッカリしたからだ、 明山日暮はそんな事を言う人間じゃない
いや、 そもそも……… よく考えたら
あれは、 明山日暮なの?
違う、違う、 絶対に違う!!
私の内側で否定する声の存在に気づく、 あんな勇気のないへなちょこが、 私に踏み出す勇気をくれた明山日暮な訳がない
違う、 違う!
「違う!!」
思わず声に出る、 毛むくじゃら、 邪馬蘭はそれに首を傾げる
「へ? 何が?」
何が? じゃないよ、 私ずっと分かってた筈だ、 心の奥であれは明山日暮じゃないって、 分かってた筈だ
でも、 最近再開したばかりだから、 とか、 家族もそう思わないなら、 とか
くだらない思考で考えるのをやめてた、 言ってやれ、 言ってやれ……
「ねぇ、 早く教えてよ、 この香ばしいぃ、良いイィ香りは……」
「違う!! 違う!! 全然違う!!!」
香り? 知らないよ、 醤油とかその辺じゃないの? どうでも良いよ、 そんな事はどうだって良い
大切な事を言ってやるんだ
「シェルターで怯えてるへなちょこの馬鹿!! あなたは、 あなたは明山日暮じゃ無い!!!」
大声で腹から声を出して叫び散らす、 果たしてこんな事をして何になるのか……
「? ??? はてな? 何? この香ばしい匂いはその明山日暮って事? その明山日暮ってのがこの匂いって事?」
「あぁ、 もうめんどくさい! 変な勘違いしないで!」
「はや? じゃぁああっ、 何だよ、 君からも匂うこの匂いは君がその、 明山日暮ぇっと良くくっつく程近づいてるからじゃなぁい?」
っ!
「もう、 変な事言わないで!!」
調子が崩れる、 くっつく? 明山くんと…………
「ああああっ!! もう、 やめて!! 違うわ、 明山君はそんなんじゃない、 明山くんはそんなんじゃないの!!」
「いや、 明山日暮ってのより、 匂い、 コウバシ匂いの方が気になってるんだけど?」
そうだった………
グルルルルルゥッ、 大きな大きなお腹の音が鳴った
「でも…… もういいや、 お腹空いた、 君からこの香ばしい匂いがすすするるのは確かなんもんだから、 ねぇ……」
「喰うね」
ズカズカ
近づいてくる、 どっちにしてももう出来ることは無い
私は最後の勇気を絞って明山日暮を疑う自分を叩き付けた
勇気の後は、 どうする? 覚悟だ、 後は覚悟、 喰われる、 覚悟……
え?
え?
「捕まえたぁ」
長い腕が伸びていつの間にか私の頭に手が置かれている、 いらない、 こういうのはイケメンがやるものでしょ?
逃げないようにか抑えつけるので、 私の赤みがかったブロンド色のセミロングがべしゃっと潰される
細い縁の眼鏡を透かしても、 目元に涙なのか汗なのか、 よく分からない物が見えるだろうか
震える手で大きめのカーディガンの袖を強く握りしめ、 逆の手はチェック柄のスカートを強く握る
いや、 いやいやいや、 嫌だ
外まで来たんだよ? だったら調査隊のおじさん達、 誰か来てよ、 私は精一杯勇気出したよ
できる事したよ? 非戦闘員の私がここまでやったら、 後は戦闘員が何とかしてよ
「ひ……… 日暮くん………」
ねぇ、 シェルターに居るのは別物だって私気付いたよ、 だったら本物は? 本当や明山日暮は?
いるんでしょ? お願い、 お願い…… あの時みたいに、 困ってる私を……
「けて……、 助けてよ!! 明山日暮!!」
声が、 もう出ないよ
あああああああああっ!!
声が……
ぎゃああああああ!!
声?
ビギャアアアアッ!!
え? 何の声?
え?
「落ちるぅ!!! 急降下ぁっ!!!!」
空から声が降ってくる、 この馬鹿みたいなうるさい叫び声は……
毛むくじゃらが空を見る
「っ! あれは、 魔国獣、 参色烏!!」
老婆する毛むくじゃらに巨大鳴鳥が急降下で襲いかかる、 その鋭い爪をすれ違いざまに振るった
「っ! ギャアアアアッ!?」
咄嗟に腕を上げて防御した毛むくじゃらの腕がズタズタ裂ける、 その反動で私は離されて尻もちを着いた
数瞬後、 別の何かが降り立つ、 それは自転車に乗って……
「雪ちゃん、 俺にしっかり捕まってろよ! サイクリング・アタック!!」
ガッシャンッ!!
金属音がして上空から自転車が降って来て毛むくじゃらにぶつかる、 自転車のサドルに片足だけ載せた人影が目に入った
「そして、 自転車をそのまま打ち込む、 バイバイク・ブースト!!」
サドルから降り立ちながら空中で体を捻り、 その体制から自転車の後輪を蹴りつける
その蹴り足に、 空気が圧縮され、 前方向に思いっきり弾ける
「っ!? うっわぁ!!!」
毛むくじゃらがその意味の分からない自転車事故にあったまま、 自転車と共に思いっきり数メートル吹き飛ぶ
スタッ
華麗に地面に着地する姿、 その首元に少女が腕を回して捕まっているが、 男が屈むことによって少女は地面降り立つ
「着いた!!」
少女が男に笑いかける、 一方男は……、 いやよく見慣れた、 その顔は
「明山くん!!」
「お、 よぉ菊野、 お前大丈夫かよ? 随分厄介そうなのに絡まれて……」
涙が零れてくる、 その姿
「明山くん、 だっ、 大丈夫だよ……」
吹き飛ばされた毛むくじゃらが首をゴキゴキと鳴らしながら起き上がる
私は尻もちを着いたまま、 それでも信じてる明山くんが何とかしてくれる
大切なのは……
「大切なのは、 前進の一歩、 踏み出す勇気だよね!」
拳を握って明山くんに向ける
日暮はその菊野の強い姿を見て笑う
「あははっ、 なんか良くわかねぇけど、 その通りだ、 いい事言うじゃねぇか菊野」
そう言うと明山くんは構える
「雪ちゃん、 そっちの菊野と一緒に居てくれ、 あいつ片付けてくる」
明山日暮が恐ろしいモンスターに対して、 前進の一歩を容易に踏み出す
モンスターに自分から近づいていく勇気、 その姿こそ明山日暮だ、 彼は怯えない
少女がかけて来て私に言ってのける
「安心して、 お兄さんがきっと勝つよ」
はぁ、 この子…… 誰に言ってんの?
「ふふっ、 そんなの当たり前じゃん」
私は、 私の過去と今を恐怖で縛る毛むくじゃらの敵と、 私の過去も今も、 そして未来も光で照らしてくれる明山日暮の戦いを
自分の命をかけて見届けたいと、 そう強く思った…………