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第五十三話…… 『前進の一歩』

明け方、 太陽の光が世界を照らすよりも前、 薄暗い世界に多くの影が道を進む


「いやぁ、 この舗装? してある道路、 と言うのは歩きやすいなぁ、 獣道とは大違い」



「だろうな、 まあここは普段車の走る場所だ、 どうせ通るなら車に乗った方が快適だな」


ふたつの呑気な声が聞こえる


「は~ん、 成程ね車って言うのはそこら辺に転がってる、 それの事か? 乗ってみたいなぁ車」



「他人に運転させる分には楽だぜ、 それで、 話は変わるがここに来る幹部は2人じゃ無かったか?」


そう質問をするのは人間だ、 そりゃそうだろう人間だろう、 だがそいつの隣を歩く物は人では無い


「あ~、 少し厄介な事が起きた、 八宝上道師はちほうじょうどうしが死んだ」


そう話すのは猿型モンスター、 猿帝血族の五人の能力者ノウムテラスその一人、 躍満堂楽議やくまんどうらくぎ


「あの幻覚爺さんが? 確か普通に強かったと思った…… それとも単純に歳か?」



「あっはっは! 確かに俺達もいつぽっくり行くか心配してたもんだ…… でも違う、 殺されたんだ」


誰にだ?


「あんたも手伝って捉えてくれた村宿冬夜だったかな? 彼さ、 奇妙なんだけど、 捉えられたまま師殿を殺害したんだ」


「それも奇妙だけど、 体は捉えられたままなのに、 逃げられたって猿帝は言うんだ、 死んだんじゃなくて……」


生命反応の無い肉体がそこにあるのに死んだじゃなくて逃げられたか、 肉体を捨てたと言う事らしい


「じゃあ村宿冬夜の能力だな、 まあ、 村宿冬夜の能力が分からないからこそ爺さんの幻覚で縛り付けとくのが有効だったが」



「そういう事で貴重な能力者ノウムテラスを2名も失ったよココ最近で、 まあ猿帝は宗の奴を頭数に入れてないだろうけど」


別にそいつの事は知らないけれど、 村宿冬夜があの状況から切り抜け、 あの爺さんを屠っている、 危険だな


「ところで、 あんたの事は離井でいいのかな? 呼び方分ける?」



「あー、 難しい所だよな、 俺は離井が能力で作り出した意思のある肉人形だ、 離井はシェルターにいる本体だから……」


「おっ、 本体からのメッセージだ、 脳を経由して繋がれる様になってる、 離井のフルネームで深谷離井みやはない


「離井が本体、 俺がしん、 もう1人作戦室に紛れ込んでる肉人形をたにと呼んでくれだと」


猿型モンスターは首を捻る


「なんだっけ、 漢字? み、 がしん、 でや、 がたに? 難しいね」



「まあどっちでもいいと思うぜ、 俺達肉人形は姿形違うから、 顔で覚えてくれても構わない」


うんうんと猿型モンスターは頷いた


「まあ俺は良いけどね、 こいつらは…… その辺の機微は分からないよ、 馬鹿どもだから」


躍満動楽議やくまんどうらくぎが右手で頭をかきながら、 左手でそいつらを指さす


それに反応して……


ギャアッ!! ギギギッ!! ギギャッ!!


全く知性の欠けらも無い大声、 大量の猿型モンスターの声が響く、 その数は50程か?


「あぁ、 あぁ、 うるせぇなぁ、 互いに自分の存在を証明しようとしてんだ、 特に意味もなく」


猿共め、 と蔑む躍満動楽議やくまんどうらくぎをお前も猿だろと深を通して離井は思った


「仲間じゃ無いのか?」



「雑兵…… いや飼ってる雑魚共か、 猿帝血族は元々多くの種族を取り込んでひとつに纏めた種族」


「こいつらは最下層の種族、 知性もなければ、 こっちが何を言っているかも分からないんだよ」


猿帝血族は藍木山に突如出現した、 猿帝も含め誰もが困惑した、 山に住む人達は避難の為に逃げ出した


猿帝が止めなかったのもあるが、 最下層の雑兵猿共は人間を追って皆山を降りた、 今山に残っているのは


戦士としての素質や知性を確かに持つものだけだ


「まあ、 子飼いの雑兵でも弱い弱い人間達には有効、 本当に無駄が無くていい世界だよ」


話しながら歩いている内に広場に着く、 この広場はシェルターのすぐ目と鼻の距離だ


「本体からここに待機だと、 日の出と同時に奇襲を掛ける、 これでいいんだろ?」



「その通り、 弱者を蹂躙する場合の鉄則、 少し猶予を与え準備させる、 その上で力の差を見せつける、 真正面から全て叩き潰す」


躍満動楽議やくまんどうらくぎはにやりと笑った


「それでこそ蹂躙、 侵略、 略奪、 強者が弱者に行う淘汰、 自然の摂理よ」


なるほどな、 惨たらしく殺されるか、 どうされるかは知らないが、 見るからに残虐そうな奴らだ


「最後の確認だ、 深谷離井よ、 残部貰うぞ、 全部貰って良いんだな?」


この猿はこういう所が有る、 ダメって言っても全て持っていくだろうに、 この計画を提案したのは離井だった


この場では戦で言う将の様な立場にならざるを得ない、 そして将には責任がある、 つまりこの質問は責任を負う覚悟をしろという事だ


ふんっ、 下らん


「俺は人間を恨んでいる、 あんたらがやらないなら、 俺一人でやる」



「成程気概よし」


今しばしその時を待つ、 世界が光に照らされた時このシェルターは灰に帰す


…………………


………


「よし、 猿共が合流したならこれで準備終わりだ」


まだ薄暗い世界、 シェルターの中は更に暗く、 目の覚めている者は居ないだろう


離井は昨晩眠れずずっと起きていた、 なんの心配も無い、 今日が始まりだ、 ここから真の世界の終わりが始まる


現代に爆誕した魔王の存在に人は恐れおののき、 俺ら笑う、 笑うだろう


「はははっ、 楽しみだ、 絶望を見せろ、 死を見せろ、 無様に晒せ、 てめぇらの命をドブに……」



「……んぅ、 お兄ちゃん……」


隣から声が聴こえる、 茜だ、 誰がお兄ちゃんだ、 こいつもおしまいだな、 全員ぶっ殺してやる……


「っ、 はぁ、 茜が、 死ぬ…… のか……」


『お兄ちゃんっ』


『お兄ちゃん!!』


『お兄ちゃん♪』


グッ


「うるせぇ! うるせぇうるせぇうるせぇ、 黙れよ、 全部破壊してやるって言ってんだよ、 その為にここまで準備して来たんだろ」


思い出せ……


『離井君、 女子の着替え覗いてたよね?』


はぁ?


『離井、 お前には失望した、 罰を与える』


は? ふざけるな


『何故こんな事も出来ない、 グズのノロマが、 飯まで残しおって、 俺に感謝も出来ないのか?』


記憶の中で鮮明に浮かび上がる、 男だ、 父親じゃねぇ、 と言うか本当に誰だか知らないが、 男だ


男は金具の付いたベルトを手に巻き付けている、 あれが結構痛い、 泣き叫べば……


『うるさい』


『教育がなって無い』


『こんなに叫ぶのは人じゃない、 人間じゃ無い、 家畜』


鮮明に思い出せる、 俺は親に捨てられた、 親は俺の事が心底嫌いな様で、 何処かも知らないド田舎に俺を連れてきた


遊びに来た、 少なくともそう思って居た俺は何も知らずに駆け回った……


気づくと親は居なかった、 直ぐに俺を置いて帰ったのだと思った、 そしてそんな俺に声をかけたのが記憶の男だ


『俺はパパの知り合いで元教師なんだ、 君のパパとママは仕事で突然帰らなくちゃ行けなくなった』


『俺が連絡を受けて迎えに来たって訳さ、 とりあえず俺の家に来て泊まって行きなさい』


今にして思えば荒唐無稽、 だがこの頃ガキで、 知らない土地で親が居ない、 不安だった、 親の知り合いならば……


夕飯は豪勢だったのも俺を安心させた、 俺はそのまま一室窓の無い部屋をあてがわれると


その後少し前まで、 太陽の日を拝め無かった


監禁


俺は見知らぬ男に、 つい最近まで監禁されていた、 そこで暴力を受けた


同級のカス共を、 親を、 その男を、 助けもしない他の人間を、 いや世界を憎んだ


そしてひと月前、 全てが変わった、 10年に渡る監禁は、 男が出現したモンスターに殺された事で終わった


その男を殺したのが、 猿帝だった


俺は能力を手に入れ、 猿帝と共闘関係を結んだ


そして今日、 始まる、 恨んだ世界が終わる、 その始まりが……


このループ、 過去を思い出し、 怒りをフラッシュバックさせる、 これだけで頭が氷のように冷える


ただ待ってても人間様の世界を照らす太陽は何の気なしに昇る、 それが合図だ


俺をはめた同級の女と、 何も知らねぇ両親は運のいい事にシェルターに避難している


あいつらだけは……


「この手で殺……」



「っ、 お兄ちゃん? 寝ないの?」


瞬時に笑顔の仮面がべたりと張り付く、 吐き気のするような声が吐き出される


「おはよう、 たまたま目が覚めただけだよ、 茜はもうちょっとおやすみ」


そう言って茜を優しく撫でる、 この手の温もりが後少しで……


「……うん、 おやす……」


言いきらずに眠ってしまう所も愛おしい、 彼女が血溜まりに横たわる、 俺に助けを求める


俺は……………………………………


……………………


……


ガチャンッ!


「土飼さん! 緊急事態です!!」


とてつもない勢いで飛び込んでくる男、 このシェルターの警備員で、 厳格なゲートに居座る門番


彼がゲートを開けるから、 調査隊は外に出れるし、 彼がゲートを閉ざせば、 気休め程度に敵の侵入を防ぐだろう


そして彼は外からやってくる危険をいち早く発見する事にもなる


そして緊急事態、 その言葉はまだ目を覚まし、 寝ぼけた顔で薄いコーヒーを飲んで居た土飼の頭を急激に叩き起した


「っ、 どうした!」



「ゲートの外、 広場の辺りに猿型モンスターが!」


また来たか、 奴らは外を徘徊している、 シェルターの避難者を怖がらせない様に早急に対処を……


警備員の血走った目を見る、 緊急事態ではあるが、 何度も対処して来た事でもある、 何か……


「……どうかしたかね?」



「いっ、 あの敵の数が、 多くて」


何匹だ? 目で聴く


「50近く、 いる気がするんです」


は?


50だって? 敵の数が? 猿型モンスターは多くても基本3~5匹程で行動する奴らで、 厄介だと思っている


「50? と言うのは50匹という事か?」



「そうだと言ってるんです! しかも奇妙で、 落ち着いているんです、 勝手に動き出す素振りも見せないし」


「時折、 ぎゃあ、 とか鳴くんですけど、 統制が取れてるみたいな」


そこまで言われて土飼の頭に先日の村宿冬夜の報告が蘇る


猿型モンスターの中の5匹の能力者ノウムテラスと、 その長、 猿帝


(……まさか、 その猿帝とか言うのじゃないだろうな)


まあ何にせよ


「分かった、 このシェルターの危険は我々が対処する、 絶対に守り抜く」


警備員は期待の顔をして、 監視に行くと出ていった


土飼はドタバタと作戦室であるプレハブ小屋を走り回る


「土飼さん、 どうした? 走り回って……」



「緊急事態だ! 皆を起こして来い!!」


言われた一人は可哀想に、 訳も分からないままに土飼にケツを蹴られ駆り出された


土飼はこのシェルターと調査隊のリーダーである大望吉照たいほうよしてる元へと飛び込む


「失礼します!」



「来たか土飼君」


待って居ましたとばかりと大望、 いつもそうだ状況を真っ先に理解しているのはこと男、 理由は不明


「緊急事態です」



「ああ、 皆を集めてくれ」


こうして藍木シェルターは慌ただしく朝を迎える


動き出す、 さぁ動き出す、 抗わなくては、 奪われたく無ければ戦わなくては


これから起こる戦いを知ってか知らずか、 小鳥たちの朝のさえずりはまるでいつも通り変わらないで空気を震わした


…………………………



……………



……


ちゅんちゅん


「朝だ」


目を覚ました、 起き上がって用も無く歩き出す、 まだ薄暗い様な時間だ、 俺がこの時間に目を覚ますのはなかなか珍しい


「まぁ、 いい、 どうせ今朝も早い、 藍木に帰んなきゃだから……」



「もう、 行くのか?」


その声で振り返る、 櫓さんだ、 俺のリュックの傍に居る


「行っても良いけど、 皆俺を送り出す気みたいだから、 それより櫓さんはどうするの? 街に残る?」



「そうだな、 私の力がこの街の復興に役立つのでは無いかと密かに思って居るのだ」


なるほどね


「立つよ、 絶対、 まぁどうせ直ぐに会うよ、 そんな遠い距離じゃねぇ」



「それもそうだな」


周りを見渡すと朝の早い大人の寝床は既に空だ


飯食いに行ったかな?


「俺も飯食ってくるよ」



「ああ、 力を付けてこい」


櫓さんに見送られて向かった食堂は人がごった返して居た、 クソ


「昨日甘樹ビルから来た方ですか?」


誰か、 管理する側っぽい人に話しかけられる


「ん? ええ、 明山日暮です」



「成程、 明山様でしたか、 こちらへ、 まだ慣れないだろうと今朝も個室を用意さしていただしております」


そうなんだ


ついて行くと昨日と同じ空間だった、 昨日……


拳を握ると関節がバキッと音を立てる、 朝からイラつくな


「皆さん、 おはようございます」



「お、 おはよう、 早いじゃねぇか」


船路さんだ


「飯食ったら行きますね」



「送り出させてくれよ、 皆で」


人と話をしながら朝飯を食っている間に子供達や、 他の人も目を覚まして、 集結する


その場にはこの地下シェルターの管理人、 木葉鉢朱錬の姿もあった


「おはようございます、 今朝発つのですね?」


俺は頷く


「日暮さん、 藍木シェルターとの協力関係の件、 満了一致で協力関係を結ぶ事に決定しました、 これで藍木山攻略の助けが出せます」


「ただし直ぐには難しいかもしれません、 色々スケジュールの調整を行なう予定です」


助かる


「ありがとうございます、 本当に助かります、 こちらもきっと直ぐには動けません、 相応の準備が必要ですから」


朱錬が頷く、 さてと……


「そろそろ行くかな」



「自転車を用意しております、 どうぞ使ってください」


来た時も自転車だった、 その自転車は初日でおしゃかになったが


「ありがとうございます、 流石に徒歩は何時になるかと思ってました」


流石に外まで見送りには来ない、 当たり前だシェルターの外は魔境、 この街は魔境街なのだから


だからこの貸切の個室が最後のお別れを言う場所なのだ


「頑張ってな」 「応援してるわ」


「日暮にぃちゃん、 頑張って」 「直ぐに帰ってきてね」


「日暮君、 影ながら応援してるから」


「日暮く~ん! 行ってらっしゃいだよ!」 「頑張ってね」


皆がワイワイと送り出す、 思いは力だ、 その力が俺の背をグイッと押す、 やっぱ力は力だな、 鬱陶しいけど


「日暮くん、 行くのね」


部屋を出ると通路に菜代が待っていた、 俺は自分の荷物と櫓さんを持つと歩き出した、 出口まで送ってくれると言う


「6日間か、 なんか長い6日間だったね」



「そうですね、 濃い6日間、 いや藍木を出て一週間、 の前にココメリコ探索してから11日、 俺達の出会いから11日目ですね」


ははっ、 と菜代が笑う


「あんまり経ってないね」



「ですね」



「これからも私の助けは必要かしら?」



「要ります、 バンバン打ってください」



「そう…… あのね」


ん?


「ここに家族は居なかったわ」


やっぱり


「可能性は低いけど、 もし良かったら藍木シェルターの方も探して見てくれない?」


シェルターか……


「ダメかしら?」



「良いですよ、 良いです、 えぇ、 良いですよ」



「何それっ」


…………


「その、 菜代さんからしたら馬鹿だって失望するかもしれません、 やっぱり話しません、 忘れて」



「そこまで言って? 話してよ」



「藍木シェルターに家族が居るんです、 俺の……」



「うん、 良かったわね」


このタイミングで言う事に気を悪くした様子は無い


「でも会ってないんです、 馬鹿みたいな理由ですけど、 うちの親は止める気がするから、 戦うの」



「誰だって止めるわ、 心配だもの」



「避けてました」



「良いわ、 行かなくても誰かにそれとなく聞いてみてよ、 菜代って苗字の避難者が居ないか……」


俺は首を横に振る、 菜代がえ? みたいな顔をして慌ててさらに横に振る


「いや、 探しますって、 そうじゃなくて、 帰ったら会ってみようと思って、 家族に」


自分で言いながら、 え~、 と思う、 何が自分を変えたのか


思いは力だ、 家族は色んな事思ってるだろうな……


「そうね、 そうしろとは言わない、 けどそうして見た方が良いわ」


リュックの中の櫓さんが反応する


「日暮の家族はどんな人だ?」


……


「別に、 両親はいい人、 祖父母は優しい、 妹とはあんまり話しないけど、 そんなもんだろ」



「成程、 兄妹が居るのだな、 家族は大切にだぞ、 気付いたらそこに居ない、 そんな日がいつか来るかもしれない」


櫓さん……


「わーってますよ、 その為に帰るんだ」


俺を変えたのは櫓さんの兄弟楼が亡くなって、 それを悲しむ櫓さんを見たからかもしれない


「ならいい、 ん、 出口が見えてきたぞ」



「お、 じゃあ行ってきます」


菜代さんが頷く


「助けが必要な時はすぐに言って、 いつでも打つわ、 サンちゃんはお散飛に行ってて居ないけど、 この後ビルに戻るわ」


櫓さんを菜代さんに渡す


「私もビルに行こう、 ここにいる訳にはいかないからな」


そう話している間に俺は用意された自転車を発見、 サドルの高さなどを調整すると跨った


「日暮くん、 行ってらっしゃい」



「日暮、 頑張れよ、 行ってらっしゃい」


日暮は頷く


「それじゃあ、 また、 お元気で! 行ってきまーす!」


2人に手を振り送り出される、 俺は自転車のペダルを勢い良く回転させた


……………………………


……………


流れていく街の景色を見る、 まだ舗装が綺麗な場所しか走れないし、 障害物は避けなくてはならない


午前中には藍木に着けると思い、 その為に極力戦いは避けようと思った


一昨日戦いをした楼さんの体があった場所、 そこを通って行く、 既に何日も前の出来事に感じる


この街での調査を終えた、 だが最後に心残りがひとつ、 路地裏にある異世界の洞窟、 大蛇さんと共に暮らす雪ちゃんの事だ


この街を出る前に必ず寄らなければならない、 俺は洞窟の方へと自転車を進める


「この路地、 狭い、 狭い路地を自転車で走れないんだ俺」


路地の入口に自転車を停めて、 進んで行く、 この街の危険なモンスターをあらかた殺したからかヤバイのにはエンカウントしないで来れた


暗い路地、 それを明らかに破壊して洞窟は初めからあったと言うように大口を開けている


カーン コーン


進み入ると洞窟内を靴音がこだました、 エネルギーを貯めたクリスタルの壁面が十分に洞窟内を照らしている


やがて広場に出る、 この広場に雪ちゃんは居るのだ


「おじゃましまーす」


反響する声、 しかし帰ってくるのは……


し~ん


静寂………


「し~ん、 し~~ん、 し~~~ん」



「めっちゃ、 しんしん言ってる娘が居るよ」


岩陰から少女が顔を出す、 雪ちゃんだ


「静寂の真似、 してた、 隠れてたの驚いた?」


驚いた? も何もこの空間には雪ちゃんの他に大蛇さんやその子供達型わんさか居るのだ


隠れるにも程があるし、 そもそも大蛇さんは隠れる気すら無いと言った感じにとぐろを巻いている


「余の事は岩の塊か、 背景の一部と思え」



「え? まだ続けるつもりですか? 隠れんぼ」


雪ちゃんが岩陰から出てきてすぐそばまでやってきた


「見つかった」



「やっ、 やったー?」


適当に反応すると満足したようで彼女は平らな岩に腰を下ろした


「遅い」



「……何が?」



「来るのが遅い、 昨日何してたの?」


一昨日雪ちゃんと会って、 その後VS聖樹戦が始まった


そして昨日はシェルターに大移動していた、 やる事はいっぱいだった


「昨日はやる事があって、 バタバタしてた」



「知らない、 私を優先して欲しかった、 真っ先に来て欲しかった、 私ものすごく心配してた」


えー


「乙女の心情だ、 推し量ってやるのが男の仕事だぞ、 明山日暮」


大蛇さんが首も持たげずに言い放つ、 んな事言ってもなぁ……


「ごめん、 昨日の内に来れれば良かったね」



「……はぁ、 良いよゆるす、 いっぱいお話してくれたら」


にこっ、 と笑う雪ちゃん


「……そうしたいのは、 山々何だけど………」



「え?」


実は………


「帰らなきゃ行けないんだよ、 俺この街に住んでる訳じゃないから」


みるみる内に泣きそうな顔になる雪ちゃん、 あれ、 こんな筈じゃ無かったのに


「また、 置いて行っちゃうの?」


またってのは、 もしかして両親の事を言っているのか?


「またすぐに会えるよ」



「会えない人も居るよ」


…………


「指切りしようか?」



「しない、 行かないで」


…………………


はぁ……


俺は内心ため息をつきながら、 それでも心のもやもやをそのままに、 少女の震えた声をそのままには出来ない


どさりっ


音を立てて俺も腰を下ろす


「………帰らない?」



「帰る、 でも直ぐにとは言ってないだろ?」


雪ちゃんは幾分か震えの取れた声ではにかみながら頷いた


…………………………



………………



……


「日暮くん今どの辺かしら」


菜代の目が彩度を増した様に明るくなる、 菜代の絶対命中の秘訣は視力の超強化による物だ


視力を一時的に高め、 遠視と動体視力を向上させる事こそ、 甘樹ビル屋上の番人、 菜代望野なしろののの能力だった


「さっき出た所でしょ? 普通まだ全然じゃない?」


菜代は日暮がシェルターを後にした後自分もシェルターを後にすると早々にビルの屋上へと帰っていた


「そんなに心配なら連絡してみたら? 無線機で、 遠くに行っても繋がるんでしょ? 櫓どう?」



「ああ、 問題なく繋がる、 試しにかけてみれば良い」


その両声が右から左から向かってくる様で菜代は耳を塞いだ


「さっきの今でいきなり連絡なんて出来るはず無いでしょ、 そもそも日暮くんも話しながら運転は危険よ」



「つまり、 心配しても仕方ないって事でしょ? 着いたら向こうから連絡くれるよ」


何だこれ、 まるで私が心配で心配で気が気じゃないみたいだ


「別に、 心配なんてして無いし」


そう言いながら強化された瞳は平気で数十キロ先の景色を鮮明に映す、 何気なく藍木の方を見てしまう


望野ののは周りに人が居なくなると、 喋り方が少し可愛くなるよね」



「……サンちゃんうるさい、 ………ん?」


言い返しながら日暮が数時間後には着くだろう藍木シェルターに目を向け首を傾げる


「…………え? え? ええ!」


目に映った気色に驚き急いで無線機を手に取ると日暮へと電波を飛ばす


「なんだい、 結局掛けるの?」



「うるさい! あっ、 日暮くん? え? いやうるさいってのはサンちゃんの事で、 じゃ無くて、 今どこ?」


声が焦る、 その様にサンちゃんも、 気色を眺めていた櫓も何かを感じ取って黙っている


やっぱり心配だ、 伝えなくては今見た信じられない情景を


シェルターを、 おそらく猿型のモンスターが襲っている様を


それを拒み、 侵入させまいと戦う男たちが見えた、 伝えなくては、 この惨状を


…………………………



………………



……


「俺ですか? あー、 実は会う人が居てまだ街に……」



「そうなの、 良かった、 いや、 良かったのか……」



雪ちゃんの居る洞窟に腰を下ろし、 雪ちゃんと雑談をしていると、 菜代さんから突然無線がかかってきた


「お兄さん? 誰なの?」


雪ちゃんが目を細めながら俺の脚をバンバコ蹴って急かしてくる、 しかし菜代さんの声からして緊急事態だ


一言一句聞き逃さないよう雪ちゃんを目で制して話を促す


「菜代さん、 どうかしたんですか?」



「……落ち着いて聴いてね、 私が遠視出来る事は薄々気づいてるわよね?」


まあ、 でなきゃホームセンター『ココメリコ』で、 上空の暗低公狼狽あんていこうろうばいをこの街のビルから狙撃する事なんて出来ない


「それでね、 私今藍木のシェルターを見たのね、 そうしたら猿型のモンスターがシェルターを襲っているの」


え?


「……数は? 状況はどうなってます?」


藍木山に遠征に行っている冬夜と、 能力持ちの威鳴いなりさんが居れば大丈夫だろうが……


「劣勢よ、 敵の数は50弱、 とても持たないわ、 まだ何とか侵入はさせて無い様だけど」



「そうですか、 分かりました、 すぐ向かうようにします、 状況報告を逐一、 後俺が後で説明するので、 射撃お願いします」



「分かったわ」


ピガガッ


音を立てて無線機が切れる、 不味いことになった


反射的に立ち上がろうとしては、 ギュッと服を掴まれる


「行かないで……」


雪ちゃんが俺を止める、 シェルターはもう長く持たない、 急いで向かって、 崩れた橋の問題もあるし……


何にせよ出発が早ければ早い方が良い……


けど………


「……雪ちゃん、 あのね」



「行かないで!!」


少女のキンキン声が洞窟に木霊する、 不思議と体から力の抜ける様な声だ


悩んでいる時間は無い


「雪ちゃんから預った髪留め、 御守りとして持ってて、 返しに来いって、 雪ちゃん言ってくれたじゃん?」


「一昨日、 俺結構やばかったんだけど、 今生きてこうして雪ちゃんに会えたのは御守りのお陰だよ」


御守りには力がある、 以前のココメリコの戦いでも、 母から貰った厄除け守りに助けられた


「今日本当は返しに来たんだ、 約束だったし、 でも俺行かなきゃだから、 もう少し持ってても良いかな?」


なんて言えば良いか分からない、 言葉を伝える、 伝わってくれ……


「あげる、 返さなくて良いからあげるよ、 だから、 行かないで……」


少女はついに涙を流し始めてしまった、 昨日の夜、 美里に言われた言葉がフラッシュバックする


『心が無いならもう人と関わらないで、 優香に希望を与えないで』


俺は戦いが楽しくて戦っている、 でも人はそんな事知らず、 最前線で戦う俺に期待して、 勝手に希望を持つ


俺は他人に無関心で居れる、 でも人はそうは行かない、 人には心がある


俺に思いやりの心が無いのを知らずに期待して居る、 俺が勝手にその場をされば無責任だと言うのだろう


俺はまた、 無責任に人を助けてしまったのか、 人を助ける為に、 目の前の少女を見捨てるのか?


いやそもそも俺は人を助けに行くんじゃ無い、 モンスター共と戦い、 殺し合うのが楽しいのだ


ヒーローじゃ無い、 なら目の前の雪ちゃんを助けるのも俺じゃなくて良いのでは?


………………


『こんな世界になっても人の社会は全く滅んでいない、 現存している』


『社会のコンセプトは人と人とが手を取り合い、 輪になって助け合っていく』


『今の君も、 誰かに助けられて生きている、 そんな君が社会を見捨てるのは余りにも無責任だ』


…………


ココメリコでの戦いの後、 調査隊所属で俺の上司に当たる人、 土飼のおっさんが言ってた言葉だ


助けるも無責任、 助けないも無責任


でも………


俺は涙を流す雪ちゃんを抱き寄せ、 頭に手を乗せる


こんな事をするのは、 俺がヒーローだからじゃ無い


戦いを楽しもうが、 殺し合いを楽しむために戦おうが、 誰かの期待を背負おうが、 何をしようが


社会は滅んでない、 俺は社会人だ


目の前で、 涙流してる少女を助けるのは何もヒーローだけの仕事じゃない、 俺は大人なんだ、 俺は都合よく社会人の責任果たすぜ


「俺の住んでる地区のシェルターに、 家族、 じいちゃんばあちゃん、 父親、

母親、 後五つ下の妹が居るんだ」



「……会いに行っちゃうんだ、 私を…… 置いて、 置いて行っちゃうんだ!」


腰ほどの高さの頭を撫でる


「まあ、 行くよ帰る、 でも置いて行くがあるなら、 その逆置いて行かないもあるよね」



「……え?」


俺は顔色を伺うように上を向いた雪ちゃんの涙を指で拭う、 大人なら誰だってやる事だ


「大蛇さん、 ちょっと出かけても良いかな? 雪ちゃんと」


大蛇は首を持ち上げて頷く


「それは雪次第だな」


そうか、 そうだよな


「え? 何するの?」



「ちょっくら出かけようって言ってんの、 いっちょ終末世界でサイクリングと行こうや」


俺はそう言って洞窟の出口を指さす


「……洞窟から出るの、 でも……」



「俺の家族や、 友達の冬夜とその友達よ精霊みたいな奴、 いいおっさんに気のいい兄さん、 俺にミサンガくれた菊野も」


「俺の…… まぁ、 大切な人達に会ってみてほしい、 こんなにいい人ばっかで偶に心が痛む程、 良いヤツらばっか」


「それに、 風を浴びて、 日の光を浴びて、 川の音を聴いて、 山の息吹を感じて、 俺はそういった世界のありのままを感じるのが好きだ」


俺の服を掴む雪ちゃんの手を取る


「フィニッシュ・ワールドでもネバーエンディング・ロードな全力逃避行、 世界を駆ける感覚は最高に気分いいぜ!」


少し強引なくらいが良いのだろう、 踏み出す手助けそれさえ出来れば……


手を引く


「さぁ、 行こうぜ!」



「うんっ! あと、 意味わからない!!」


そうやって笑う雪ちゃんの顔は、 陽の光を遮る洞窟から出ずとも別の光に照らされた様に明るく見えた

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