第五十二話…… 『喜びの対』
『何をやっていたんだ!!』
その通りだ
『貴方が、 貴方が守らなくて誰があの子を!!』
全くその通りだ
『あの子じゃなくてお前が死ねば……』
そこまで考えて首を横に振る、 やめろ全部杞憂だ、 そんな事は言われてない
少なくともまだ……
「はぁ………」
さっきからため息ばかりだ、風呂に入って体も温めて覚悟を決めたと思ったのに
目を潰れば昨日の事の様に思い出す、 ひと月前俺は一人暮らしをする彼女の家へ急いで向かった
その時まるで恐れは無かった、 一番恐ろしいのは彼女を失う事だ、 そうわかっていたから、 とにかく走った
彼女の部屋は鍵がかかっていたが、 俺は合鍵を持っている、 急いで開けた
この鍵のかかった部屋に凄く安心した、 彼女は家にいる時しっかり施錠する、 彼女は今日家に居る筈だから、 彼女は安全だ
断片的な思いが彼女の身の安全を保証してくれた様に感じて、 俺はドアノブを捻った
『奈々歌! 無事か?』
ここに向かって来るだけでも横目に何かとても恐ろしい化け物が見えた
だが彼女は無事だ、 無事だ!
玄関からすぐ狭いキッチンがある通路、 そこから繋がるトイレや浴槽に電気は着いていない
彼女はリビングスペースに居るだろう、 すぐ目の前だ、 すりガラスのドアに遮られているが
呼んだ声に反応が無いのは、 彼女の身に何かがあったからじゃない
良いんだ、 聞こえなかったんだろ? 寝てるのか?
震える手でリビングスペースへのドアののぶを捻る
『奈々歌? 居る……… ?』
明るい、 彼女は昼間電気を付けない、 光は十分入るが、 時間帯によっては薄暗さを感じた筈だ
こんなに明るい……
ボロボロ……
何かが降ってくる、 じゃない、 さっきから目を逸らしてた、 なんか変だ
ボロボロ……
ようやくそちらに目を向ける、 瓦礫が地面に落ちている、 明るい訳だ、 天井には大穴が開いていた
二階建てのアパートの上階なので、 なるほど天井に穴を開ければこうなる……
え? え? 焦り……
『奈々歌! 奈々歌!!』
彼女の名前を大声で呼ぶ、 頼む返事を……
視界の端に何かを捉える、 何だ?
真っ赤に染まったフローリングの中に何かが倒れている
ボロボロだ、 パーツ毎にしか判別出来ない、 細い指の付いた手、 赤と対をなす白い肌
何処かで見た事ある、 ああ、 ああ
『ああああっ!!』
バサンッ!!
何かが降り立った、 屋根に大きな何かが降り立った音だ
上を見る、 大穴から見える空を何かが遮る、 巨大な顔がこちらを見下ろす、 鳥だ
鳥は首を伸ばして中を覗き込み俺と目が合う、 やばい、 やばい
俺は自分の命欲しさに一目散に逃げ出した、 情けない、 ピクリとも動かないあの死体は顔も見えなかったが彼女に他ならないだろう………
その彼女を置いて俺は逃げ出した、 だからずっと聞こえるのだ
『お前は何をしていたんだ!』
彼女の両親には1度だけあった事がある、 きっと記憶の中の優しげな声を荒げて俺を罵るだろう、 その幻聴が聞こえる
でもそれでいい、 それでいいんだ……
憂鬱げにふらふらと歩いて、 でも足が震えて近くに見えたベンチに落ちた餅の様にベタリと座った
立ち上がれない…… 何をしているんだろ俺は……
峰鳥羽晃はこれから起こる絶望的な憂鬱に一歩も動けなくなってしまった
情けない、 口では死んでしまった彼女の分まで生き抜いた見せる、 等と言ったが、 そんな物、 ただの虚勢だ
もう一歩だって進めない、 本の少しも生きていたくない……
周りを見る、 ここはシェルターの共有スペースのうちの一つだ、 いくつか有る共有スペースを歩いて回って彼女の家族を探していた
見つからなければ良い、 そう思っては首を横に振って、 あの日の事を思い出して自分を戒めて
そして遂に一歩も歩けなくなってしまった
外の空気が吸いたい、 そうだ少し散歩しよう、 自由に外を歩いて、 歩いていたらその内彼女に会える……
「……あき君?」
立ち上がろうとして声がした、 懐かしい呼び名と声だ、 誰だっけ?
無気力に首をもたげる、 声のした方には驚きと戸惑いをごちゃ混ぜにした顔をする見慣れた女性がいた
……馬鹿な、 ありえない
そんな事すら思うのは後回しで、 俺も女性と同じ顔になった、 え? え?
あっ……… え?
「な…… 奈々歌…… ?」
嘘だ、 どういう、 え? え? ???
大前提が崩れる、 喜びよりも先に不思議な感情で一杯だ、 このまま地面に埋まってどこかへ行ってしまいそうだ
あれだ、 あれ? あれか…… 幻覚
絶望に埋まって、 頭がいかれちまったんだ…………
………………………
………
………………… え?
え? え? えっ!?
「奈々歌!」
「あき君!」
2人の声が重なる、 ああ、 ああ、 嘘だ
「奈々歌、 なんだよな、 生きて居たのか!」
彼女の部屋で見た血溜まりに沈む遺体、 あれは……
そんな思考をかき消して、 俺は彼女に寄ると勢いよく抱きしめる
「あき君、 も生きて……」
グスッ、 っと鼻を吸う音が抱きしめた胸の辺りから聞こえる
幸せが全速力で自分を打ち付けた、 ずっと会いたかった、 もう一度……
その思いを分かち合う様に彼女は俺と共に泣きあって、 再開を喜びあってくれた
………………………
…………
……
「……そもそもあの日、 市内に居なかった!?」
俺の声に彼女、 奈々歌は首を縦に振って頷く
「そうだよ、 妹とジェラートを食べに隣町にある牧場の併設したキャンプ場に行ってて、 そう言ってあったよね?」
え? あれ………
『……奈々歌、 明日予定は?』
電話越しに蛇口を捻った音が聞こえる
『明日はね、 妹と出かけるんだ、 ほら隣町のジェラートが美味しいキャンプ場あるじゃん?』
『あ~ 俺も気になってた所、 またいつか俺とも行ってよ』
『ふふっ、 いいよ』
………………
そうだ、 これは前夜の記憶、 朝から出かけているって言ってた
「そうか、 じゃあはなからアパートに行っても、 居るわけなかったのか」
「え!? 行ったの?」
そりゃそうだろう
「まあ、 パニックになってて、 居ない事も忘れてたし、 それに、 何かあったらと思うと……」
そこでふと彼女の部屋の惨状を思い出す、 血溜まりに沈む遺体、 その遺体は何処かで見た事がある人だった
でも、 今目の前に居る彼女と比べると、 そういえば全然違うぞ
頭に焼き付いたそのシーンは少しも欠けることなく、 詮索に瓦礫の位置まではっきり思い出せる
だから、 違う、 ボロボロの判別も出来ない様だったけど、 やっぱり違う、 誰だっけあれ
「そうなんだ、 あき君ありがとう」
彼女の声で引き戻される
「ああ、 いや良いんだよ、 本当に無事で良かった」
…………
「私の部屋どうなってた?」
「あぁ……… どうだったかな~」
あの惨状をわざわざ伝える必要も無いだろう
「そっかぁ、 舞さん無事かな…… あっ、 お隣さんね」
お隣の舞さん、 という人は俺も見た事があった、 確か妙に白い肌の線の細い人……
あっ、 と思う、 もしかして奈々歌の部屋で見たのは……
「……その舞さんは奈々歌があの日出かけているの知ってた?」
奈々歌は首を傾げる
「ううん、 流石にそんな事は言ってないけど、 どうして?」
不安そうな顔
「いや、 心配してるだろうなって、 奈々歌の事気にかけてくれてたしさ」
「そうだよね、 本当に舞さん無事だと良いけど」
舞さんは一人暮らしの舞の事を気にかけてくれる凄くいい人だった、 もしあの日も奈々歌を気にかけていたなら
そして、 俺みたいに彼女を助けようとするなら、 予定を知らないから返事をしないのを心配したなら
ベランダの防災用の仕切り板を破壊して奈々歌の部屋に入ろうとするだろう、 恐らくベランダの鍵は閉まってなかった
奈々歌はたまにベランダの鍵を閉め忘れると言っていた、 入ろうとしてベランダからあの大きな鳥に見つかった
舞さんは一旦奈々歌の部屋に逃げいるだろう、 だが相手は化け物、 天井を突き破って侵入してきた
そうすれば………
舞さんとは俺も話をした事がある、 奈々歌を泣かせるんじゃないわよ! と背中を叩かれて、 それを奈々歌と笑いあった
奈々歌じゃなかった、 でも凄く良い知り合いだった、 喜びと悲しみが交互に襲う
鮮明に思い出せる記憶
うっ……
涙が頬を伝う
「えっ、 どうしたの、 あき君?」
あぁ、 奈々歌を心配させてしまう、 ごめんなさい舞さん、 いつか必ず貴方のご遺体は綺麗にして供養します
この事も奈々歌に打ち明けます、 だから、 だから今は……
「ううん、 なんでも無いよ、 ただ奈々歌が生きててよかったって、 改めて……」
「……うん、 うん、 私も、 本当に良かった」
喜びも悲しみも両方あるなら、 今だけは喜びを、 喜びを優先させて下さい
俺たちは2人で泣きながら、 それでも笑いあい、 抱きしめあった
舞さん、 貴方が言った様に、 奈々歌にはもう悲しい涙は流させない、 俺が絶対に守ります
そう強く、 胸の中で強く強く、 誓うのだった…………………
……………………
…………
……
皆の視線が集まる、 何で、 何でこうなるんだ、 全員分の視線が集まる、 何で……
「さあ、 日暮君や、 乾杯の音頭頼むわ」
「えー、 俺?」
そりゃそうだろうと周りが頷く、 一部はよく分からないと言った雰囲気だが……
はぁ……
「えー、 皆さん、 改めて明山日暮です、 分からない人は、 誰やね状態でしょうが、 まあ皆さんそれぞれ出会ったばかり」
「この地下シェルターで皆さん仲良くなる為に、 今晩は挨拶も含めて楽しくご飯を食べましょう」
「乾杯」
くっそ適当で、 それっぽいこと言うこの乾杯の音頭と言うやつ、 職場の飲み会で1度やらされた事がある
周りの奴らは乾杯の前ですら何かに酔っ払っている、 ヘラヘラと笑って、 若者をまつりあげて
グッ
乾杯にあげた方の右手とは逆の、 下げた左手を強く握る、 つくづく不安定だ
周りの人達は俺に続いて「「乾杯」」と言う、 その顔は皆が皆喜びに満ちている
紙コップの中身はお茶だ、 机に並ぶ夕飯だってオードブルでもコース料理でもなく、 最低限の贅沢と言った感じで
これでもかなり配慮をしてもらったのだ
この地下シェルターにはかなりの人が避難している、 人が多くなれば争いの種も産まれやすい
このシェルターは『ひとつにまとめない』に重点を置いて、 共有スペースも数が多いし、 こうした食事スペースにおいても
個室が取れたり、 洋室だったり、 和室だったりと、 雰囲気でもかなり飽きない
こんな状況でも、 大切な子供の誕生日だと言えば、 個室を取ってできる範囲で要望に応えたり
定期的に宴会形式の食事会を開催してみたり、 もう少し暑くなったら流しそうめんを催すとも言っていた
例に習って今回俺達は個室を借りて居る、 参加者は甘樹ビルからの避難者とシェルターで再開したその関係者達だ
それぞれで席を囲んで居るが、 席は基本自由なので色んな人と話せるだろう
周りを見渡せば笑顔が咲いている、 子供達の傍には生き別れていた母親が
孤独だった男性に付き添う女性が
友達と席を囲んで盛り上がる姿が見える
「日暮君、 と言ったよね」
不意にそう呼ばれて声の方を向く、 そちらには40代程の男性と、 その傍に男性の妻と子供が居る
その子供は両親よりも、 そばに居る老夫婦、 鉄次さんと、 桜花さんに囲まれて笑顔を見せている
「ああ、 そうです、 えっと?」
「ありがとう、 本当にありがとう」
そう言いながらグッと近づいてくる、 えぇ?
「ちょっと、 あなた、 落ち着いてよ、 まずは自己紹介しないと、 困ってるじゃない」
「ああ、 そうだね」
男性は妻に諌められて体制を立て直す
「改めて明山日暮君、 俺は仁、 鉄次と桜花の息子の仁だ、 親父とお袋を助けてくれて本当にありがとう」
成程老夫婦の息子夫婦って訳だ
深深と頭を下げられて随分恐縮する
「頭をあげてください、 良いんですよ、 家族で再開できて本当に良かった」
「私からもお礼を言わせて下さい、 お義父さんとお義母さんを助けて頂いて本当にありがとう、 息子も喜んでるわ」
傍を見ると、 孫の笑顔に自分達も最高の笑顔になる老夫婦の姿が、 どちらも楽しそうだ
「何か例をしなくては行けないね」
「本当に良いんですよ、 助け合いですから、 その気持ちが有るなら誰か他の人を助けて上げてください」
「そうやって助け合いの輪は大きく繋がって行きますから」
似合わねぇ、 これ誰の言葉だっけ? 少なくとも俺の心の言葉では無い
更に大きく頭を下げられ困惑する
「それくらいにしてやれ仁、 日暮君は謙虚なんだ、 こちらが頭を下げれば下げるほど腰が低くなってしまうぞ」
鉄次さんだ、 可愛い孫に腕を引っ張られながらそんな事を言う姿は何処かおかしい
「わかったよ親父、 ……日暮君、 この事は絶対に忘れないよ、 それと引き止めて悪かったね、 皆君を待っている様だ」
周りを見ると、 多くの視線を感じる、 俺は軽く頭を下げると、 大きく手を振る子供達の所へ赴く
「日暮にぃちゃん!」
「おう、 お前ら楽しんでるか?」
優しい顔をした女性がこちらに向かって微笑む、 秀介たちの母、 鞠心さんだ、 先程既に挨拶を終えている
「日暮くんは挨拶周りかしら?」
「あはは、 まあそんな所です」
俺が周ったって…… 云々言い出すと皆恐縮し出すので言わないが、 本心はめんどくさいのも相まってしなくていいのならしたくなかった
「さっきから皆して、 日暮お兄ちゃん、 菜代お姉ちゃん、 櫓おじさんって、 知らない内に家族が増えちゃった見たいね」
そうやってはにかむ鞠心さんは凄く温かみのある人だ
「菜代ちゃんは、 向こうの美人の子よね? 櫓おじさんと言うのは…… どなたかしら」
「あ~、 櫓さんはちょっと体調が優れない様なので、 ここには来ていませんよ」
櫓さんは地下シェルターに来てから、 自分がいると人が怖がると言ってリュックに引きこもって居る
リュックも宛てがわれた荷物置き場に置いてきたので、 ここに居ないのは本当だ
「あら、 そうなの、 お礼を言いたかったのに、 菜代ちゃんには伝えなくちゃね」
「そうですね、 あと櫓さんには俺から伝えて起きますよ」
鞠心さんが頷く
「日暮くん、 私今最高に幸せよ、 これも貴方たち、 いや皆さんのおかげなの、 だからありがとうね」
鞠心がそういうと、 子供達も続けて感謝の言葉を言ってくれた、 受け取りすぎだ
でも一時は生き別れた親子が再開する、 そうして笑い合う姿は美しい物だった
…………………
………
「……そうなんですよ、 彼女、 奈々歌と生きて再開できたんです!」
バーン! と大きく手を広げて1人の女性を紹介するのは峰鳥羽さんだ、 死んだと思っていた彼女が生きていたんだ、 そりゃこのテンションにもなる
「初めまして、 日暮くんだったよね? あき君を助けてくれてありがとう」
落ち着いた雰囲気の女性は幸せそうに笑って頭を下げた
少し胸が苦しい、 貰いすぎだ、 皆から受け取りすぎなんだよ……
「……いえ、 再開できて良かったです」
そこで峰鳥羽さんがグイッ寄って小声で話を始める
「ごめんね日暮君、 俺は彼女が死んで居たって勘違いしていた事、 奈々歌には黙っていて欲しいんだ」
「分かりました、 2人の事情です、 うっかり言わないように気をつけますね」
大して理由も聞かずに大きく頷く、 峰鳥羽さんは寧ろ理由も聞かれないことにホッとしたようだった
「何をコソコソと話してんの?」
「え? いや、 なんでも無いよ、 あっ、 ほらこれ美味しいよ」
そんなふうにたどたどしく誤魔化しをする姿からは、 今朝までの暗く沈んだ峰鳥羽さんを想像出来ない程生き生きとしている
「晃、 その子が日暮君かな?」
壮年の男性が向かってくる
「そうだよ父さん」
「そうか、 皆噂の日暮君だぞ」
ぞろぞろと人が集まってくる、 この人達は……
「あ~、 しまった父さんは変な所で真面目でめんどくさいんだよな、 日暮君紹介するね、 俺の家族と、 奈々歌の家族達だ」
こちらで再開した家族だそうだ、 ここに居なかったのは峰鳥羽さんだけだった事になるが
峰鳥羽さんは彼女の家族にあった事はあっても、 その逆はまだ無く、 今日この場で双方の家族が初面会した事になるらしい
「ありがとう日暮君息子を助けてくれて、 おかげで家の息子にこんな可愛い彼女が居るってしれたよ」
「ありがとうね、 何も隠す事無いのにねぇ」
あははっ、 笑い合う夫婦は峰鳥羽さんの家族か
「晃くん美男子だから、 奈々歌ちゃんの彼だなんて、 あなたとは大違い」
「おいおい、 俺だって昔は……」
こっちは彼女さんの方の家族か
「そんな事言ったら家の夫何か……」
「全く昔は可愛げがあったのに、 女は歳食うと、 あっ、 うそうそ、 いてぇ!!」
双方の家族が楽しそうに話をしている、 渦中の峰鳥羽さんと彼女さんも巻き込まれて大家族みたいだ
すっかり俺は忘れ去られた様なので軽く頭を下げてその場を去る
色んな人と話をして少し疲れた、 自分の席に戻る、 飯食わせろ、 お茶飲ませろ
俺は人気の無いおかずを1口食べる、 別に美味しい、 お茶が乾いた喉を潤す
「日暮く~ん、 はいお茶のおかわり」
今日再会を果たした、 女性3人組の元気な女性、 優香がお茶を注いでくれる
「ありがとうございます、 いっぱい話してると喉が乾きますね」
注いで貰ったばかりのお茶を1口飲む
「あはは、 そうでしょ、 でも日暮くんとお話したい人はいっぱい居るからさ、 ふふっ、 私もそう」
いたずらに笑う優香を横目で見る、 凄く眩しい
「ねぇ、 日暮くんありがとうね、 日暮くんのお陰でにっち……、 新那と再開できて、 凄く嬉しい」
「俺だけの力じゃ無いですよ、 寧ろ優香さんも、 美里さんも、 新那さんも、 それぞれがそれぞれを想って、 会いたいって強く思ってた」
「思いには力があるって誰か言ってました、 皆さん最高に仲良しですね」
俺の言葉に優香ははにかむ様に笑う
「そうなの! 大学からの友達何だけどね、 ああ、 って話長くなっちゃうな、 もっと知ってもらいたいな私、 達の事」
最後の方は少し小声だった
「日暮くん、 もし良かったらこの後………」
「優香、 まただる絡みしてるの? あんたすぐに酔っ払うんだから」
優香はその声に少しビクッとしたようだったが、 すぐに切り替えた様に声を出す
「みーちゃん! 余計な事教えないで! まるで私が酔っ払うとすぐ絡むめんどいやつみたいじゃん! 第一お茶じゃ酔えないよ!」
「いや実際そうだから、 こいつとは飲みには行かない方が良いよ」
優香は犬歯を見せて、 うーっ! とうなると逃げる様な足取りで新那さんの所まで戻って行った
あー
「楽しめてますか? 美里さんも……」
「無理に笑いかけなくても良いよ」
遮るような美里の言葉……
「……はぁ、 まあ分かりますよね、 実は全然人と話すの慣れてないんですよ、 俺」
「見てれば分かるよ、 目は合わないし、 人に話す言葉もどっかで聞いた事あるような事ばかりで自分の心を見せたがらない」
………
「ごめんね、 急にこんな事言って、 私の事は全然嫌な奴って嫌ってくれて構わない、 だから一つだけ教えて?」
そんな事を言われても、 怒りも生まれなければ、 何も思わない
「優香の事、 日暮くんはどう思ってるの?」
…………
「あの子は結構単純だから助けて貰って、 気にかけてもらって、 今日手を引いて上げてたのも、 凄くあの子は嬉しかったと思う」
「でも日暮くん、 いつも目をそらすよね、 皆の笑顔とか、 心からのありがとうとか、 関係無い振りするよね?」
自分で助けておいて……
そう小さく聞こえた、 無責任だと言われた気がした
「私はね、 優香にも新那にも笑顔でいて欲しい、 その笑顔に救われてるから、 最高の友達でいたいから、 だから私が言うね」
「心が無いなら、 日暮くんはもう人と関わりあいを持たないで、 優香に希望を与えないで」
……
………何て、 何て言えば良い? 何て返せば良い? 彼女の声は別に大きくない、 周りの喧騒に揉まれさらに小さく聞こえる
でも俺の耳にじゃない、 俺の、 人間としての俺の心と言う部分にズドンッと届く
ここは今宴の会場だ、 皆が笑いあっている、 こんな所でこんな話を普通しない……
「ふっ………」
自然と笑ってしまった
「? ……何で笑うの?」
彼女は少し震えていた、 それは人に嫌味な事を言って、 相手を怒らす事や嫌われる事を恐れているような震えで
右手で左腕を抱いて、 左手はスカートを握っている、 少し下を向いて俯きながら……
それでも、 中途半端な俺にこの言葉を言ってくれたんだ、 嫌われてもいいだって? 俺はこの人の事を嫌いにはならない
友達思いで、 物凄く責任感のある人じゃないか
はぁ……
「俺は昔から分からないんですよ、 人を好きって気持ち、 知らないんじゃない、 理解出来ないんです」
これを言うのは初めてじゃない、 だがこの言葉を聞く人は皆言う
『まだ若いからな、 これからそう思う様になる』
と……
は?
火のないところに煙は立たない、 って言葉をご存知でない? これからって何だよ、 そもそも要らない物をこれこら欲しがるのか?
でかでかと漢字の書いてあるTシャツを外国人は買うだろう、 でも日本人は買わない、 それは根本が違うからだ
それと同じ、 俺は他の奴らと根本の部分がまるで違うんだ、 それを理解する人は居ない……
「……やっぱり」
?
「やっぱりそうだったんだね、 そうじゃないかと思ってたんだ、 日暮くんにとって人との深い関わり合いは要らないんだよね」
………
「私ね、 ビルに居る時ずっと思ってた、 日暮くんが平気で化け物が溢れる街に出ていって、 私達は見送る」
「日暮くんは平気顔して帰ってきて、 私達は帰りを迎える、 これっておかしいんだよね」
………
「誰かがやらなくちゃ行けなくて、 日暮くんがやってくれるから、 私達は見ないようにしてるの」
「死にに行くのと同義なのに、 平気で見送るの、 私達に気を使って返り血を拭ってから来る日暮くんを知らないフリして迎えるの」
「よく考えたらありえないよね? 送り出して帰って来ないかもしれないのに、 それでも当然の様に送り出して」
「私には無理、 あの化け物を見るだけだ怖い、 その上戦って倒す何て、 普通の神経じゃない」
「でも日暮くんはそれが楽しいんだ、 それこそ人生の楽しみで、 生きる事なんでしょ?」
……………
「それって私達の恋みたい、 誰かを愛す事みたい、 人生の楽しい事、 その中に辛さもあって、 だから生きてるって思える」
「だから私達が戦いから目を逸らすのと逆に、 日暮は誰かの愛から目をそらすんだよね?」
……………………
……
「あー、 あー、 そうやって理論的に考えた事すらないよ、 そん言われればそういう気もする」
「俺が好きとか、 愛見たいな物を絶対に抱かないってのはそうだよ、 俺がそうだって決めたから、 俺は今進んでいる道が良い」
でも……
「でもね、 何でか分からないけど、 人が目の前で悲しんでたら助けたくなるんだ、 無責任でも、 ただの俺の心の問題だよ」
「寝覚めが悪いとか、 飯がどうとか、 そんな理由だ、 後先考えず、 それがまあ、 良くなかったって事なんだろうけど……」
思いは力になる、 そして日暮の場合鎖になる、 背負えば重し、 でも見捨てても重しだ、 どっちの重しが重くないかって事だ
「目の前の人位はこれからも助けますよ、 俺がそうするって決めたから、 そうします」
「勝手な事を言うけど、 助けられたくなかったら俺の視界から全力で回避してくれよ」
はぁ、 何言ってんだ俺、 馬鹿だ
美里さんも一瞬、 は? って顔をして、 意味が全く分からないからか乾いたように笑う
「あははっ、 何言ってるの? はぁ、 人って難しいのよ、 こん事言ってもね、 求めちゃうんだから」
「私達は人から求めちゃうの色んな助けを、 日暮くんが助けてくれる人なのはもう分かっちゃってるから」
難しいよ
小声でそうつぶやく美里さん、 もう震えてはいない
「あー、 何私を引き剥がして日暮くんと楽しそうに話してんのよ、 みーちゃんさんさぁ!」
「あぁ、 ゆう来たの、 日暮くんやっぱり面白いわ」
美里がガシッと優香の腕を掴む
「さあ、 おいとまするわよ、 日暮くんも忙しいみたいだし」
「えー 、 今戻ってきた所何ですけど……」
優香は文句を言おうとして何かに気づく
「日暮くん、 呼んでる見たいよ」
美里さんの声に、 そちらを見ればよく若者に絡む元気なおじさん船路さんが手を振っている
「日暮くん、 そろそろ締めの挨拶頼むわ」
あぁ、 まあ1時間位は楽しんだかな? 少し眠たげな子供も居るようだ
めんどくせぇなぁ……
「はーい、 いま行きます」
優香と美里に軽く手を挙げて背を向ける
「さぁ日暮くん、 1本締めで頼むよ?」
社会人時代、 同じセリフを言われた、 あれは確か忘年会みたいな席だ
さっさと終わらせたい……
けど
「皆さん、 楽しんだでしょうか? そろそろ締めの時間、 なんですが、 ひとつその前にご報告があります」
早くも手を叩く格好をしていたおじさんが、 何だ? と言った顔で見てくる
「あー、 知っている人は知ってるでしょうが、 知らない人も居るだろうから、 一応言わせて貰いますが」
「俺って、 ここから直線じゃ10km位のそんな遠くない田舎、 まあ、 藍木とかいう田舎から一週間前調査に来たんです」
あら、 藍木ってあの? 川と山のあるあの? そこから来たの?
と声がちらほら上がっている
「藍木のシェルターに十数人規模の調査隊があって、 俺はそこの所属です、 でですね、 その調査一段落つきまして」
「終わったからには、 報告に一時帰還しなければ行けない訳です、 という事で俺一旦藍木に帰るので、 よろしくお願いします」
まあ、 この地下シェルターまで来たんだ、 ここにいれば安全だ、 俺が居ようが居まいが変わらんだろう……
「え? 日暮にぃちゃん、 帰っちゃうの?」
おいおい、 何で不安そうなんだ?
「秀介、 これは仕事みたいなもんだからな仕方ない、 でも遠くない内に戻ってくるよ」
「このシェルターの偉い人と話をして、 俺達と助け合いの関係ができる様にしてもらっている」
「関係が出来れば、 一気に距離も短くなる、 すぐにこの街とあの田舎の距離は一月前と変わらない物になるだろうぜ」
その言葉を聞いて秀介は胸を撫で下ろした様だった
「いつ行くんだ?」
船路さんが聞いてくる、 まぁそうだな
「急ですみません、 明日の予定です、 明日で一週間でして、 明日帰らないと書かされた遺書が効力を発揮して……」
「って、 そんな事はどうでも良くて、 急ですが明日帰ります」
皆んなが顔を見合わせる
「本当に急じゃねぇか」
「ええ、 でも発前にみんなとこうしてわいわい楽しめた良かったです、 力貰えましたから」
さっそく心にも無いことばかり口をついて出てくる
皆首を縦に振って賛同してくれた、 楽しめたなら良かったよ
「じゃあ、 改めて締めさせて貰いますね」
皆が構えたのを確認して、 手を叩いた、 心ごと引き抜いて掻きむしりたくなるほど嫌な感覚だ
でも、 まぁ、 終わった、 終わった、 寝よう……
退場していく子供や、 その家族やら老夫婦やらに続いて俺も退散しようと……
「さてさて、 子供達は解散して、 これから大人の時間かいね?」
勝手やってくれ
「日暮くんの送別会兼ねて、 ん? おいおい、 どこ行く主役?」
俺に言ったんですか?
「皆で送り出したいからよ、 話そうや」
無理、 無理無理無理、 絶対無理
「いや、 お気遣いなく、 皆さん楽しんで下さい……」
「気遣いじゃねぇ、 ほらコップ持て」
あ? 持てだ? 何でこいつ俺に命令してんだ?
日暮は今不安定だ、 笑ったと思ったら怒る、 誰だってそんなもんだが、 怒った時怒りのボルテージがいきなり振り切れるのは日暮位だろう
日暮の怒りとは、 つまり戦いの中で敵に見せるあれなのだ
「いや、 俺……」
「あー、 そうだ日暮くんさっきからお腹が痛いって、 締めの挨拶までは自分がって言ってたけど」
美里さんが俺の言葉を遮って何か言い出す
「ね? 日暮くん大丈夫? 私正露丸持ってるからさ、 それに毎日動き回って凄く疲れが溜まってるのもあると思うんだ」
「どうか皆さん、 日暮くんは今晩解放してあげて下さい、 ね」
…………
「……おぉ、 そうなのか、 悪かったな、 無理するのは良くねぇ、 早く休め、 締めまでやってくれてありがとうな」
毎日動き回って、 つまり自分達の代わりに戦ってくれて、 という皆が目を逸らしたい部分に軽く触れて、 引き止めずらくした訳だ
「……じゃあ、 皆さん、 そのせっかくですがすみません、 先に上がらせて貰います、 おやすみなさい」
「おう、 今日はありがとな、 おやすみ」
俺痛くもない腹抑えながら歩く、 連れそう様に着いてきてくれる美里に優香が声を掛けるが、 直ぐに戻るからと伝えて居るのが聞こえた
無言で歩く、 会場に使ってた部屋を出た、 もう美里以外誰も見てないのに、 痛くもない腹を抑えるのをやめられない
美里が、 自身の宛てがわれた部屋の前までやってくると、 扉を開ける事無く止まる
「めんどくさいよね、 ああ言うの、 日暮くんからしたらもっと何だろうけどね、 それと正露丸本当にいる?」
俺首を横に振る
「……いいえ、 馬鹿みたいですね俺、 普通の人はこんな事で…… いえなんでもないです、 ありがとうございました」
「いいの、 疲れてるのは本当だろうから、 ゆっくり休んでね」
美里さんは軽く手をヒラヒラと振ってその場を去っていく
何も、 何も考えなくない
泥の様に眠りたい、 たらたらと歩き出す、 終始無言で、 虚空に溶けそうだ
俺が宛てがわれた部屋だ、 と言っても当たり前だが一人部屋なんかじゃない、 今回避難してきた人、 男性陣の部屋になる
だからあの人達が帰ってくる前に、 俺はぐっすりしてないと違和感がある訳だ……
くっそ…… 今この瞬間実家の自室、 そのベットに頭から布団を被って眠りたかった
部屋をすぎてタラタラと歩くと、 展望室と言う名前の部屋がある、 ドアをくぐると殆ど闇だが、 下に小さな光が足元を照らしている
ここは地下だけど、 地面に穴を開けて、 鏡の反射などで空を見る事が叶うらしい、 キラキラは星か? 流石に分からない
「はぁ…… は? いやおかしい…… はぁ、意味わからない……」
何か分からない感情が込み上げてくる、 ダルくて、 重くて、 苦しい、 徒労感と倦怠感を混ぜたような感情だ
このまま闇に溶けていたい……
「もみくちゃね、 それが嫌で夕飯の前に帰りたかったのよ」
声がして初めてこの空気に人が居る時知って驚いた、 菜代さんだ、 良かった赤裸々に感情を吐かなくて
「私も苦手だから、 人と沢山話すの、 人と笑い合うのも苦手、 だから天体観測が趣味なの、 周りに人が居ないから」
「そのくせ、 星を見てると孤独さは感じないのよ」
だからここに居たのか
「星見えます?」
「いいえ、 暗いだけ、 早くビルに帰りたいわね、 あとこれ」
菜代さんが何かを手渡してくる、 これは?
「ミルクココア、 缶の、 これは?」
「備品の中にあったの、 あぁ、 ビルの方のね、 飲もうと思って持ってたけど、 あげるわ、 じゃあ」
有無を言わせない物言いで席を立ち、 この部屋から去っていく
パシャパシャ、 カチャッ
よく振って、 スチール缶を開ける、 開けた途端あまり香りが花を抜けて脳を刺激する
ごくっ
あぁ、 甘い………
この部屋で目をつぶると完全な暗闇になる、 ただ一人、 この部屋で、 俺は湧き上がってくる感情を静かに流した……