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代五十一話…… 『管理人』

ずっと会いたかった…… 約束だったから


ずっと会いたかった……


会いたかった人が、 目の前すぐに居た


最初、 目の錯覚かと思った、 期待はしていたけど、 お母さんはもう居ないと……


風呂上がり、 まだ火照った体の俺達を見つけたお母さんは、 時でも止まった様に静止していた


先に動き出したのは、 下の弟妹達だった


「おかぁさん!!」


次男の洋汰は、 まだ小学生で、 幼さの残る大きな声で叫んだ


時の止まっていた様なお母さんは、 洋汰の声に頬を叩かれたようにこちらに拙くかけてきた


「おかぁさん!」



「おかぁ!」



「おかぁ…… おかぁさん!」


他の弟妹達、 唯一の中学生である俺の下に、 洋汰を含め四人の弟妹がいる、 その四人が次々に声を上げる


お母さんが俺たちの元に駆け寄る、 その目には大粒の涙が浮かんでいて、 声は震えていた


「っ、 洋汰、 海愛みちか幸佳さちか純也じゅんや


お母さんが弟妹四人を抱きしめて、 しっかり目を合わながら、 一人づつ名前を呼んで行く


俺はまだ、 声を出せなかった……


俺は強くなくちゃ行けない、 中学生何だよもう、 もうガキじゃないんだ、 泣いたりしない


俺は長男何だ、 大人なんだ、 居なくなっちゃったお父さんの代わりに、 家族を支える……


俺だけは泣いちゃいけない、 俺だけは強く……………


不意に視線を感じてそちらを向く、 お母さんと目が合った


ああ………


「お母ぁ……… さん………」


違う、 声を出さなかったんじゃない、 出せなかったんだ、 だってこんなに震えてる


涙だってとっくに頬を伝ってるじゃないか…………


お母さんの優しい目を見て、 溢れ出すように……………


「秀介、 こっちへ」


とぼとぼ歩く、 するとぎゅっと抱き寄せられた


「秀介、 よく頑張ったね、 偉い、 本当に偉いわ」


あぁ………


次の瞬間には、 俺の涙腺は濁流の様な涙を流した、 止められなくなって、 弟妹と一緒にお母さんに強く抱きしめられて泣いた


中学生になって、 いやその前ももうこんな機会は早速なかった


抱きしめるお母さんの体温は、 出たばかりの湯銭よりも俺の心と体を温めた……


……………………………………



………………………



…………



……



……………………… 何も



何も考えたくない………………………


………………


ガチャッ


ノアノブを捻る音で、 何処を見るでも無かった視界を、 正面のソファに焦点を合わせる


出されたどっかいい所のお茶は少しも口を付けていない、 気だるすぎる、 が


頭を切り替える


ドアが空いてこの部屋に入ってきたのは、 以外にも若い女性だった……


薄い色のブラウスに、 膝下のスカートを履いていて、 清楚な印象を受けた


その人は頭を下げると、 腰を上げる動作をした俺を


「座ったままで大丈夫ですよ」


と諌めた


女性は正面のソファに優雅な動作で腰を下ろすと、 もう一度軽く頭を下げた


「遅くなって申し訳ありません、 私この甘樹地下シェルターの現管理人を務めております」


木葉鉢朱練このはばちあかねと申します」


随分と謙虚で、 ひとつひとつの動作が綺麗な人で、 面食らうが、 はっ、 として……


「明山日暮です、 忙しいだろうにすみません」


と頭を下げた


人と話す事すらあまり慣れていないのに、 ここに甘樹ビルからの避難者のリーダーとして対面する事となり


胃がキリキリと痛む様なプレッシャーで、 数刻前の怒りはとうに冷め、 そして目の前の朱練の存在に……


明らかに呑まれた


にやりと笑う朱練の顔、 だが今の日暮には愛想が良い様に見えるだけだった


「この度は危険を顧みず、 多くの方をこのシェルターに導いて下さった事、 心より感謝致します」


「と言うのも、 このシェルタを建てたのは私のお父様なのですが、 ……父は生前人を救う、 人の人生を豊かにする」


「そういった事に熱心な方でした、 私が今このシェルターの管理人を務めて居るのは、 父の心を継いでの事でして……」


そこで朱練は少し下を向く


「ですがこんな小娘では父の様には行かず、 人々を救うどころか、 避難者の方達には不便な生活を……」


少し声が震えている様に感じた


「シェルターに避難されて居ない、 今もモンスター達の脅威に晒されている方たちを助ける事もあまりできておりません……」


ぐすっ……


「すみません……」


演技らしさは無かった、 これは実際朱練の本心であり、 話した事にも何一つ嘘は無いからだ


「あっ、 その、 何と言ったらいいか…… そのお父様は立派な方だったんですね」


何言ってんだ? 他に言うことねぇの?


朱練が柔らかく、 寂しげに微笑む


「ありがとうございます、 ダメですね私…… お客様の前なのに」



「そんな事っ、 ありませんよ、 大事なのは朱練さんが街の皆んなの事を想って居るっていう事実です」


「多くの人の涙を拭っているじゃ無いですか! だから朱練さんだって珠には泣いたって良いし、 誰も攻めません」


「皆で助け合えば良いじゃ無いですか!」


本当に何言ってんだ? 俺? 本当に俺か? 俺らしく無いぞ…… ったって何も言わない訳には……


顔を上げた朱練と目が合う、 吸い寄せられる様な綺麗な目だ


微笑んだ朱練が言う


「ありがとうございます、 日暮さんは優しいんですね」


え…… あ……………


「いえ、 別に俺なんて大した事……」



「そんな事ありません」


言葉を遮られてドキリとする


「日暮さんが私に言って下さった様に、 私も貴方に言わなくてはいけませんね」


「日暮さんは凄い方です、 勇気を出して、 この地下シェルターまで皆さんを導いた」


「これは前線で戦う貴方だからこそ出来た事です、 素晴らしい、 誇ってもいい事だと思います」


真っ直ぐに見つめられて放たれる言葉に思考がかき消される、 きっと言われている通りなんだ、 俺は……


今度は日暮が目を逸らして下を向く、 朱練は内心細く微笑んだ


朱練は思う……


(……良かったわ、 話で聞いていたより全然普通で、 もっと尖った人だと思っていた)


(……でも、 いつも道理だ、 いつも道理彼も私の助けを欲して、 私を助けてくれる)


朱練は地下シェルターのリーダーを行っている、 この地下シェルターには防衛団と名した団体があって


主に男性で構成された、 モンスターとの戦闘ないし、 シェルター周辺の治安維持


または、 周辺調査を行っている、 その団の方達は朱練の事をとてもしたっており、 自分達のことを


『木葉救助隊』等と命名して活動していて、 木葉鉢朱練を助ける者達の数は30人をゆうに越えている


彼等はとても私に忠実だが、 別に特段汚い手を使ったり、 脅迫や洗脳でそうしている訳では無い


自ら進んで、 私の事を助けてくれるのだ


目の前の日暮の事を見て朱練は更に思う


(話した感じやっぱり普段目立つ様な子じゃない、 この状況下が彼を爆発的に成長させたんだ)


彼はきっと強い、 きっと私を大いに助けてくれる、 ならば……


(やっぱり、 欲しい、 私が誘ったら彼、 きっと了承してくれるわ)


伏せ目がちな日暮を見て確信する、 行ける


随分打算的思考だが、 嵌めるつもりも無ければ、 彼自身を尊重もするし、 勿論一番に私が彼を助けるだろう


ただ求めるだかじゃダメ、 与えなくてはならない、 貰うよりも多くを


無責任じゃない、 私にはそれが出来る、 私には人を導く才能と力がある


カリスマがある


さて、 ならば与えなくては、 彼は一体何を求めて居るのかな?


彼自身の口から語られるだろう、 少し時間はかかるかもしれない、 だけど一言一句聞き逃すつもりは無かった


彼が口を開いた……


「俺は、 本当に大したことして無いです」


………


「……いえいえ、 そんな悲しい事をおっしゃら無いでください、 貴方は……」


そこで日暮と唐突に目が合う、 彼はいつの間にか顔を上げていた


「俺が何ですか?」


何ですか? とは? どう言った類の質問だろう、 と朱練は内心首を傾げる


(いつもと流れが違うな、 なんだろう?)


「ですから、 日暮さんは凄い方だと……」


日暮が崩れてしまいそうだった体勢を整える、 その背筋は伸び、 座高が朱練より高い分、 少し上からの視線を感じる


「いや、 俺が大した事無いって言ってるんですよ、 俺が俺自身を、 で? 何ですって?」


え? と朱練は思う


「いや、 ですから……」



「違うだろ、 自分の事を一番知ってるのは自分何だよ、 だって自分の事は自分で決めるんだから」


「俺は自分が大した事してないと思う、 だってそうだろ?」


そこまで言うと彼は口を付けていなかったお茶を取り口に含む


「俺が向かうべき所に比べたら、 何だって大した事ねぇ、 何だってできるし苦ですらない、 そうだろ?」



「………はぁ……」


朱練は頭に? が浮かんでいる様だ、 いきなり何言ってんだって感じだ


そりゃそうだろう、 朱練には確かに打算的な所がある、 それは仕草、 話し方、 読心術も心得があるし……


それに確かに人の事も想っていて、 だからこそのカリスマ力で、 人は彼女に着いてくるのだ


そもそも、 人が目の前で、 『自分なんて……』って言い出したら、 事情を知らなくても、 『いえいえそんな事は……』と返すのは割と当たり前で


だからこそ、 朱練も日暮さんの言葉に、 『そんな事はありません』と返すのだ


実際、 日暮は仮にもリーダー的な立場で、 人を連れてここまで来たわけで、 賞賛に値するし


朱練はこのシェルターのリーダーとして彼を多くの視点から見るのは普通の事だった


そこに本の少し、 彼女の思惑に彼を有効に使えないか、 と言う水面下の感情はあっても


悪い話を切り出すつもりも無ければ、 害すつもりも無く、 彼も自身が上に立ち、 導くべき人の一人と思っていた


人は大きな物に救いを求める、 そして大きなものに対して貢ぐ、 神と信者のように


(……私は神じゃ無い、 でもなってくれって頼まれた時にはなるつもり、 私には人を導く力がある)


その力を確かに朱練は持っていた、 そしてそれが今回あだになった


明山日暮は………


「このお茶美味しいですね」


カップを机に置いた日暮が言う、 いきなり話が変わったな……


「……それは良かったです、 お客様用に備品の中から選別したものでして……」



「このお茶は美味しい、 本当に美味しい、 凄い、 凄い美味しいです」


美味しい美味しいと連呼する日暮、 朱練は少し戸惑った、 おかしい人を見たからじゃない


流れを切られた事にだ


話し方にもコツがあって、 人の心を動かす為に流れを作らなくてはいけない


その流れは今、 さっきまで朱練にあった、 朱練の存在に日暮は圧倒され、 明らかに流されていた、 のに……


今、 朱練はその流れを見失っている、 よく観察をしろ、 よく見て……


「あんたがしてるのはこれだ」


薮から棒な日暮の発言に更に困惑する、 何が?


「このお茶は美味しい、 それは俺が飲もうが、 あんたが飲もうが、 誰が飲もうが、 そして飲まなくても」


「このお茶の味は変わらない、 この味がお茶の個性なら、 それは人に評価されなくても、 このお茶はそれをわかってる」


「このお茶からしてみれば、 自分が美味しいなんてのは初めから知っている事だし、 周りからの声は今更すぎてうるさく感じるだろうな」


相槌すら返すタイミングが分からない、 先ずは話の趣旨を理解するべきか?


「……成程、 一理ありますね、 日暮さんが先程言った『自分の事を一番知っているのは自分』と言う言葉を絡めるなら」


「確かにこのお茶は私達が味を褒めなくても、 それを理解しているでしょうね」


だから何だよ、 と朱練は自分で話を補足しながら思う


「俺の事は俺が一番知ってる、 あんたが俺の事を必要以上に持ち上げようと、 俺は自分の立ち位置を見失わないし」


「ぶれない、 折れない、 だからもっと自然体で話してくれませんかね?」


打算的な動作や口上が気に触っているのだと気づく


「……とは言ってもお客様ですからね、 それに守るべき市民で……」



「違うよ、 守らなくていい」


………………


「いえ、 これはシェルター管理者としての義務ですので」


日暮の言わんとする事を全体的に理解は出来ていないが、 そこは譲れなかった


父の意志を継いでいるのは本当だ、 シェルターの管理人として、 守らなくてもいい人なんて一人も居ない


「守りますよ、 貴方がここに来た時点で、 私はあなたを庇護します、 これは決定事項です」


「私は人を救うべく作られた、 この地下シェルターの管理人ですから」


守るべき市民、 守るべき市民、 守るべき………


言い放つ言葉、 言葉には力がある、 数日前にも、 若い男性が他の方と言い合いになった


私はその報告を受けて自ら赴いて、 彼に言った


『これ以上問題事を作るならば……』


男性は目を剥く


『追い出すつもりか? 人殺しめ!』


何を根拠に、 しかし男性はヒステリックを起こして私の腕を力強く強引に掴む、 ピキッと腕が痛んだ


だが大切なのは動じない事だ


『いえいえ、 元気は有り余っている様ですねと言いたいのです』



『あぁ?』


男性の目をしっかりと見る


『私の手伝いをしてくれませんか?』


男性は目を逸らす


『は? そんな事やるわけ……』


グイッと男性に一歩寄る、 男性はお退けたように身を引く、 男性は掴んだ腕を離した


ここだ、 タイミングはここだ


『大丈夫、 大丈夫です、 貴方は大丈夫ですよ』


男性は唾を呑む


『何、 言って……』



『大丈夫です、 私が居ますから』


男性は言葉を失って大人しくなった、 後日男性はやる気のある目で私を手伝いたいと防衛団に入団した


若い男手はさぞ歓迎された様だ、 団員とも上手くやれている様だし……


………


目の前の明山日暮を見る、 彼の目を見る、 彼の目には……


ビュウッ!!


突然突風が吹いた、 鋭い風は全身を切り刻む、 無数の手が命を摘もうと向かってくる


その次に幻覚の様な懐かしい匂い、 草の匂い、 鉄の匂い、 血の匂い……


グシャッ!!


お腹が苦しい、 何かが零れる、 それから血の匂いがする、 臓物を撒き散らして、 それで……


笑う、 それを笑う


敵の体を破壊して、 破壊されて、 心底心底楽しそうに笑う、 笑う、 笑う


明山日暮が笑う


「ひっ!?」


朱練は短く声を出した


(……何だったの今のは)


お腹を触る、 何ともない、 当たり前だ腹に穴なんか開くわけが無い


明山日暮を見る、 あれ? 笑ってない……


「どうかしました? 顔色悪いみたいですけど」



「………いえ、 お気になさらず」


朱練はそう答えながら、 そうかと思う


いつもと同じだ、 言葉には力があるが、 何でも良い訳じゃない、 人それぞれに言うべき言葉がある


朱練はそれを相手の目を見て探っている、 相手の目を通して、 その瞳が移す心の景色を見ている


この間の若い男性の目には、 私が映っていた、 そういえば防衛団の多くの瞳には私が、 またはその人の家族が……


守りたいと思う人が写った、 それは人の心理的描写なのだ、 朱練は目を見てそれがわかるのだ


だから、 やはりそれがあだとなった


明山日暮の内側では常に、 思い起こされている、 苦痛が、 悲鳴が、 何度も何度も


臭い物に蓋を誰かがしてしまう、 だが、 成長には必要なのだ、 忘れない、 絶対に忘れない、 埋めたのなら掘り起こす


何度も苦しむから、 いつか平気になる、 枯れる涙があるなら、 気にならない苦痛も有る、 慣れろ、 慣れるまで苦しめ……


そしてそれを笑って乗り越えろ


へへっ


「っ!?」


朱練は今度こそ身を引く、 やばい勘違いしていた、 明山日暮が守るべき存在?


違う、 明山日暮は人間の形をしただけの、 早速化け物では無いか


明山日暮は誰かが導かなくても、 自分の進むべき道を進んでいる、 自分で照らして、 自分の足で進んでいる


支えなく、 ただひたむきに真っ直ぐ……


美味しいお茶の美味しさは褒めなくても、 お茶自体が十分に知っている、 か


「……日暮さんは自分の未来の形を決めているんですね、 その為の道を一人で進んで行くんですね」


「それを決めきってしまっているから、 私の見え見えの勧誘が鬱陶しくて仕方ないんですね」



「そう、 だから言ってんだ、 もっと対等に話そうぜ、 時間は有意義にだ」


朱練は理解する、 明山日暮はこの世界を、 崩壊後の世界を最高に楽しんでいる


人間社会の形に沿わない、 社会不適合者だと


はぁ………


ため息が漏れる


(お父様、 こういった人はどうすれば良いの? 明らかに私には助けられない、 救いを求めて無い)


自分で自分を助けてしまう人、 私には手に余る


「……あんな人の上に立ちたいだけか?」


日暮の質問にむっとする


「違います、 私は人を正しく導きたいだけです」


いつの間にか私が彼の言葉に反応する順番になってしまった


「進む道は誰もが同じじゃない、 皆が皆進むべき道があるって事はご存知?」



「ええ、 肝には銘じています、 しかし前に踏み出せない方も居ます、 私がしている事は所詮踏み出す手伝いです」


「……それで、 私のやり方に思う所がある様な言い方ですが」


少し威圧するような言葉、 その言葉では羽虫がぶつかる程にも日暮は動揺しない


「他の奴らは知らないけど、 俺はあるよ、 幾らでもある」



「何でしょうか?」


日暮はまたお茶を口に含んで話す


「あんたはまず、 他人の心配より自分の心配を優先するべきだ」


…………


「……はて? 何の事でしょうか?」


また話の方向性が変わったか? 自分の心配とは?


「あんた今腕痛めてるだろ? その右腕痛めて仕事に支障が出てるんじゃ無いのか?」


朱練はぎょっとした、 その通りだ、 先日の若い男性を諌めた時、 腕を強引に掴まれてから少し違和感がある


右利きなので殆どの作業は痛めた右腕ないし右手を使わなくてはいけない状況だった


「……整体師のご経験が?」



「無いよ、 無くてもわかる、 右腕を庇って無理に左手で物を持ったり、 力を込めて、 今度は左肩や腰に来てる」


「慣れてない動きをすると、 連動して体を痛めるからな」


目を見開いて本当に驚いた、 朱練は昨日右腕を庇って無理な体の動かし方をした、 それが祟って体全体がなんだか痛い


特に左肩と腰に来ている事は確かだった


「よく見てらっしゃるんですね、 驚きました」



「同じだよ、 右手を失って、 焦って左を出すと、 左脇周辺の筋肉を痛める」


経験があった、 それに朱練の動作も別に隠す気などなく自然体だったのですぐに分かる


「右手を失って?」



「なんでも無い、 とにかくあんたにも立場が有るんだろうが、 あんたが思ってる程に他の人間は弱くない」


「自分の事は自分で守ってるんだ、 それをしてないのはあんただけ、 体が資本何だからしっかり休みなよ」



「……お、 お気遣いありがとうございます」


朱練の困惑は加速する、 なぜ、 なぜ私が説教される立場になっているのか


しかし言われていることはストンと胸に落ちる、 立場があるからこそ自分を大切にしなくてはいけないのは事実


でも何故……


「なぜ突然、 そんなに普通の感じに戻るんですか? さっきまで本当に変な人でしたよ…… あっ」


自分のペースを崩されて、 睨まれて、 気圧された次に心配された


(……私は彼をどう言った人と思えば良いの?)


「あ~、 俺人と話すの苦手なんで、 すいませんね」


苦手とか、 そういった次元じゃ無いよ、 まともに成立して無かったよ!


と内心朱練は思った


「まあ、 何が言いたいかって事ですが、 俺の事は大して気にかけなくて良いですよって」


「求め合うんじゃなく、 与え合いましょう、 はなからそっちの方が効率がいい」


朱練はもう日暮に対して頭を悩ませる事はやめた、 もっとシンプルに行こう


「分かりました、 では日暮さんは何用があって、 ここに来たんですか?」


日暮が頷く


「まあ1つ目は単純に皆を連れてきただけだよね、 2つ目は協力出来ないかなって」


1つ目は既に成された、 私はさっき見た、 生き別れた母と子が再開する姿を、 通りすがりに見た、 美しい光景


「……成程、 協力と言うのは? ただの全善意と言う訳では無いですよね?」


協力してくれる様だ、 だが彼は自分の事は助けなくて良いと言った、 つまり一方通行になってしまう


彼から与えられるだけだと、 私も管理人として彼に何か与えたくなる、 やはり彼の申し出には無理がある


日暮は首を横に振る


「あんたが考えてる事は分かる、 結論から言うと俺じゃなくて、 俺の所属している所と協力して欲しいんだ」


朱練は日暮の事を殆ど知らない、 彼が何処から来たのかさえ知らない、 所属している?


「日暮さんは一体……」



「俺は藍木あいきから来たんだよ、 一週間前くらいに」


藍木、 ああ、 あの藍木か、 藍木川と藍木川がある、 田畑に囲まれたあの……


「藍木にもシェルターがある、 そこで人が暮らしていて、 それを守る為の調査隊もある、 俺はそこの所属です」


「この街には光の矢の調査として訪れました、 それは解決しましたが……」


朱練は顎に人差し指を当てて頭を巡らす、 藍木にもシェルターがあるのは知っている


シェルター同士協力して戦うのは好ましい、 藍木にも戦う者が居る、 ならば協力するのは得策


それに第一、 その皆を救いたい、 ひと月前なら藍木へなんて車で10分の距離、 境も無ければ、 そこに住む人に違いは無い


助けたい……


朱練は頷いて日暮を見る


「まずは状況を諸々教えて頂けますか?」


日暮は頷いて話を始めた…………………


…………………


…………


「……では、 藍木ダムを復活させることが出来れば、 電力の復旧も期待できると?」


一通り話を聞いて朱練が期待を込めて頷く


「はい、 そうだって偉い人が言ってました、 しかし問題は藍木ダムへ続く道、 藍木山なんですよ」


藍木山には猿型モンスター、 猿帝血族が根城にしているのだ


「藍木ダムの復活による電気の供給は生活に必要不可欠、 では協力と言うのは藍木山奪還の戦力の提供ですか?」



「まあ、 諸々ですかね、 戦力も物資も」


朱練は頭を抱える、 おそらくこちらの地下シェルターの方が規模も、 物資の量も藍木シェルターより大きい


だがそれに伴って避難者も多い、 物資も人員も簡単には渡せないだろう


「……検討させてください、 しかし、 必ずお力は貸します、 約束します!」



「あっ、 ありがとうございます」


語尾を強めるような言い方に少し驚く、 その反応を見て朱練が補足する


「すみません、 流石に私一人で管理している訳じゃありません、 話し合いをして、 明日までには必ず答えを出します」


「ですが、 私はもう力を貸す事をつよく誓っています」



「何で? あぁ、 そうか、 電力が復旧すれば皆の生活が少しは楽になる、 本当にお優しいですね」


朱練は首を横に振る


「いいえ、 それは確かにありますが、 協力ですので、 日暮さんは既にこの街を救って下さっているんですもんね」


「だから今度は私達の番と言う事です」


暴走した櫓さんの兄弟、 巨大化した楼さんと、 根源である聖樹の苗木、 その存在がこの街に齎した損害は小さいものでは無い


楼さんはあの巨体で街中を歩き回り、 聖樹の暴走で、 蔦がビルやらなんやらを破壊し回った


この街の一番に解決するべき問題だったのだ、 その戦いは昨日日暮達の健闘で幕を引いた


「それに危険なモンスター達をこんなに倒して下さったんですもの」


クリップボードにはこの街の脅威を書き留めた菜代さん直筆の手配書があって、 その殆どにチェックがつけられている


殺した危険なモンスターにチェックを入れていた、 参考にそれを朱練に見せた為の日暮の戦いを断片的に知っているのだ


「これだけの事をして頂いたんですもの、 今度は私達が全力で日暮さん、いえ、 藍木の町を助けましょう」



「……本当にありがとうございます、 お願いします」


日暮は丁寧に頭を下げた、 とっ……


コンコン、 ガチャリッ


ノブを捻る音がして2人して開くドアを見る


「お話の最中すみません」


事務の女性が一人入ってくる


「話をしたいとこちらの方が」


事務の女性に促されて、 人が一人、 菜代さんだった


「ごめんなさいね」


そう短く言って部屋の中に入ってくる菜代さん、 朱練さんは良いともダメとも言っていないが、 菜代さんには有無を言わせない圧力があった


「菜代さんどうかしたんですか?」


日暮がそう聞くと、 朱練は合点がいった様だ


「成程、 貴方が甘樹ビルから光の矢を打つ、 菜代望野なしろののさんですね」


そう言って微笑む朱練さんの顔は、 さっき最初に初めて合った時の、 いわゆる営業スマイルで、 切り替えが早い


「これはどうも、 シェルターの管理人さん、 ごめんなさいね割り込んじゃって」


菜代と目が合う、 はて?


「いえいえ、 ちょうど話に一区切り付いた所でしたので、 大切なお話なら席を外しましょうか?」


菜代さんが首を横に振る


「違うわ、 ただ私ビルの方に帰ろうと思うの、 ここに居ても落ち着かないわ」


生き別れの家族が居るかも知れないと菜代も期待していた様だが、 この様子を見るに見つけられなかった様だ


「一応言っとこうと思って、 後はまあ、 日暮くんが上手いこと丸め込まれて無いかとか心配もしに来たわ」



「いえいえ、 こちらが右往左往させられた位でしたよ、 言葉のキャチボールで投げたボールで別の競技始めちゃう位」


日暮は何か言われてるはと思いながらも、 どうでもよかったので欠伸をした


それにしても……


「菜代さんビルの方に戻っちゃうのか、 どうしよう、 俺もそろそろ藍木に帰って報告しなくちゃ行けないんですよね」


菜代さんがこちらを見る


「あら、 そうなの、 寂しくなるわね」



「いやいや、 どうせ直ぐに会いますよ」


菜代さんは少し考えて……


「分かったわ、 その話今夜皆にするんでしょ? 別れの挨拶がバラバラになると面倒だしそこまでは居るわ」



「助かります」


菜代さんは手をヒラヒラさせて去っていく、 多分あのビルの屋上は相当落ち着く様で、 用のない場所はさっさと去りたいのかも


元々一人でいた訳だし、 これからはまたビルの屋上で一人、 でも快活サンダーも居るし寂しくは無いだろう


まあ何にせよ、 今夜確かに言わなくてはならない、 そこまで居てくれるなら嬉しいな


「帰ってしまうのですね?」


朱練がそう切り出す


「まあね、 藍木山の調査も同時に進行してて、 俺の友達がしてるんだけど、 そっちの報告も聞きたいな」


朱練はうんうんと頷く


「話もひと段落ついたし、 日暮さんは早くみんなの所へ行ってください、 別れの挨拶は余裕を持ってしなくては」


直ぐに会える距離だけどな、 そう言おうとしてやめる、 俺だって運良く生きてる


皆からしたら随分長い道のりになってしまったのかもな……


朱練が腰を上げる


「それでは、 この辺で、 私は仕事に戻ります、 協力の話明日の朝までには結論を出すので」



「ええ、 よろしくお願いします」


別れて、 歩き出す


みんな家族に会えたのだろうか? 藍木の仲間達は元気にやってるかな……


「あとそうだ、 雪ちゃんにも髪留め返さなきゃ……」


新たな出発を前に旅立ちの挨拶をしなくては、 準備を終えて向かうのだ……


その後日暮は広すぎシェルター内で迷子になりかけたが、 何とか無事にみんなの所へ着いた

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