第四十八話…… 『魔境街・6』
この森の樹木は全てが巨塔の様に高い、 確かに背の高い樹木達だが、 そう感じる要因は他にも有る
「私達の体が小さいのだ、 楼よ」
「ははっ、 その話2回目だよ、 櫓」
和気あいあいとした空気が流れている、 周囲には自分たち以外の仲間達がトコトコと歩いたり休んだり
ここに敵は来ない、 周囲に立つ樹木達の独特な刺激臭を他種族は嫌うからだ
私達はむしろその匂いを好み、 この樹木が落とす実や葉を食べて生きる
樹木達は我々の排泄物を栄養にしている
「……2回目なら指摘する程じゃ無いだろう?」
「どうかな、 今言っとかないと3回目を平気な顔して2回目って言い出すかもしれない」
むっ
「私はそれ程馬鹿では無いぞ」
「はいはい」
地面に落ちている小さな木の実を咥える、 私は少し熟れている物が好きだ
楼は歯ごたえのある物が好きだそうだ
灰甲種その種族はだいたいどの地域にも居て、 その地域事に進化をした生き物
特徴は背に背負った巻貝だ、 色や形に個性が現れるが、 血の近い物の形は似か寄る
双子の兄弟である私と楼は性格こそ違う物の、 見た目は瓜二つだった
私達灰甲種のアイデンティティである殻は硬い、 肉体を守る為に硬い
だが、 父が言っていた
「この森の外には我々の殻を平気で破る強者がひしめいている」
木の実を食べながら楼へと話しかける
「信じられないね、 塔爺はこの木のてっぺんから落ちても無事だったってよ?」
そう言いながら楼は木の葉をむしゃむしゃと食べる
父が語った
「昔、 朝日の方角から空を統べる族帝、 『空帝・智洞炎雷候』がやってきた」
「『智洞炎雷候』は太い首と巨大な体躯を持つ巨竜で、 一度空を舞えば、 地上は雷と炎で地獄と化した」
それに襲われたら……
「一溜りも無いんだ、 私達はな、 それ程の化け物が世界には居る」
「櫓も好きだよね、 そういう話、 父さんに似てさ」
それはそうだろう、 世界とはこの狭い森の中だけでは無い、 広くどこまでも無限に広がっているのだ
まだ見ぬ景色、 まだ見ぬ伝説達
想像しただけで電撃が体を迸り、 興奮が身を焦がし、 震えた
私は父の話す森の外の冒険譚が好きだった
反対に楼は父の話す外の世界に興味を持っていなかった
「その話もほんとかな? 父さんが見た訳じゃないでしょ? そんなのが傍に居ればこの森だって流石に無事じゃ済まない」
またこう言う事を言うのだ、 と櫓は木の実の殻を割りながら思った
「櫓も知ってるだろ? 僕達の足でそう遠くは行けないよ、 それに何で……」
「何で自分達の誇りを卑下する様な話を父さんはするんだよ、 殻は僕らの誇り何だ」
「真実でも簡単に壊れる何て話を楽しそうにしないよ」
私は頭を抱えた
「それに父さんの話を信じるなら、 僕達はこの森の外に出るべきじゃない、 僕らは弱いんだ」
……………
違うと言いたかったが事実だ、 硬い殻に覆われて、 でも重い殻のお陰に動きはのろま
この森で一生隠れて生きるだけの、 憧れ達とは違う、 なんの意味もない、 生産性も無い生き物
灰甲種は、 ただ生きる為に生きる、 それだけの生命だった
「もう夢を見るのはやめなよ櫓、 僕達には何の意味も……」
「それは違うぞ楼」
楼の言葉を遮って強く言い放つ
「私達灰甲種は弱い、 それでも確かに生きている、 この森でそれでも確かに生きている」
「最も大切なのは、 まず自分と言う生命が確かに、 この世界に強く存在しているという事」
「自身の足で地面に立ち、 命の炎を燃やし、 全力で生きているという事だ」
楼をしっかりと見据える
「この世界で弱者は淘汰され、 強者すら過去に散っていく、 もう誰もこの世界で自分自身の命を見詰める物は居ない」
「自分の命の炎の輝きを、 照らす道を、 真に見詰める物は居ない」
「生き続ける事に焦がれすぎて、 短くとも、 小さくとも、 生命は確かにそこに生きていると、 自覚している物は居ない」
「……私達、 灰甲種を除いては」
楼が葉を食べる手を止める
「私達は、 自分が生きる為に、 奪うので無く、 協力しあっている、 共存している」
「命の関係でこれ程素晴らしい物は無い、 凄いのだ、 誇っていいのだ、 私達は、 自分達を」
楼が惚けた顔から、 呆れた顔になって首を振る
「ははっ、 その話3回目」
「何度でも話すさ、 楼お前が生きることへの希望を失いそうにその時にはな」
それに……
「楼、 私達には他の皆には無い、 力があるのだ、 運命の力が」
恐らく、 櫓は灰甲種という種族で初めて能力者になった
そして……
楼は、 世界全体でも珍しい、 聖樹の宿命として、 天から選ばれた
正しく運命の導きだった………………
………………………………………
……………………
………
古い記憶だ、 まだ私達が元の世界で生きていた頃の、 楼との思い出だ
あの時楼は、 苦笑いで返した
楼本人には分かっていたのかも知れない、 聖樹の宿命がろくな物では無いのだと
楼の中の聖樹は育ち、 楼を巨大化させ、 周囲の栄養を全て奪うように暴れさせた
自分達を守ってきた樹木も、 そして共に生きていた家族達も
楼は正気を絶たれ、 聖樹に操られ家族を喰らった
私は能力で辛うじて逃げ延びたが、 私達、 誇り高き家族はその日壊滅した
ずっと探していた、 楼の悲痛な叫びと、 破壊の痕跡を辿りながら
あぁ、 何で………………
…………
トロトロとおぼつかない足取りで逃げる聖樹の苗木、 日暮に追い詰められ今にも果てそうなその見た目
頭の悪そうなそれはエネルギー源を失い、 今や死に体だった
それでも、 自分の中にある最後のエネルギーで逃げているのだ、 その動きは先度よりも格段に遅い
のに何で…………
追いつけない
「はぁ…… はぁ…… 待て、 逃げるな聖樹よ、 宿命である楼の命を使い潰しておいて」
「その償いも、 無しに、 逃すものか!」
そう言いながら能力を発動させる、 逃げる聖樹の前に壁がせり上る
もう少し…… あと少し……
聖樹はよぼよぼと壁を回り込んで行く、 その間ですら追い付けない
付かず、 離れず
イライラする、 体力が奪われるばかりで、 一向に……
ドガッ ドガンッ!!
後ろで破壊の音が聞こえる、 日暮だ、 突然現れた男と戦っている
日暮が戦っていなければ既に私も殺されているだろう、 日暮は時間を稼いでくれている
急げ、 急げ
体と心に鞭を打つ、 思いは力になると、 日暮は言っていた
私にも分かる
楼、 家族の皆、 日暮
大切な人を思うと四肢に力が入る、 その瞬間地面が弾ける
「地突柱!」
能力で作り出した柱が自分の体を前方に押し飛ばす、 こう言った使い方を提案してくれたのは日暮だった
自分の体は、 弾かれぽーんと飛んで聖樹を超えて前に進む、 落下は自慢の殻で防御する
「やっとだ」
聖樹を追いかけ出して、 あの森であの日から追いかけ出して、 ようやく
「追いついたぞ聖樹、 その命で償ってもらう」
しおれた聖樹は櫓を見て明らかに狼狽した
無作では無い、 あと少しだけ時間があれば……
日暮こっちは任せろ、 その男は頼んだ
その思いはきっと力になる………
………………………………………
………………………
……………
男が拳を握る、 息を飲む程の間に男の放ったフックは迫る
ギリギリ紙一重で後ろに下がって回避……
にぃ
それを笑って返す男、 握った拳の人差し指を俺に向かって立てる
グシャッ
鉤爪の様に立てた指がかすった俺の頬の肉を抉り取る
「っ!」
舌打ちで済ます、 痛いとか、 辛いとか、 いちいち言ってても仕方ない
肉体はダメージを受けても、 今の所問題なく再生している、 ならば派手に、 もっと攻めろ、 もっと……
グッ!
ナタを握って今度はこっちが強く地面を踏み込む、 男は拳を振り切ってる、 今当てる
「おっ、 らぁっ!!」
男の首筋を狙ってナタを振るう、 日暮には相手が人間だからどうとかという道徳はさっそく存在してなかった
男は左腕を構える、 反応が早い、 明らかに見斬られている
男はもう一度、 にぃっと笑うと、 首筋に迫るナタを慎重に引き付けた、 そして振りに寄る力が最高潮に達する到達地点
力の加わったナタの柄を握る俺の手を、 強く弾いた
パァッン!
そんな音がなりそうな程綺麗に決められた、 弾かれた反動で俺の体が大きく仰け反る
これはゲームでよく見る
「パリィっ!?」
やばい、 やばい、 体が……………
男は流れる水のように、 緩やかな動きで体全体で弧を描く様に、 深く息を吸い体全体に酸素を行き渡らせる様に
明らかに攻撃の予備動作だった、 男がもう一度深呼吸すると、 男の体がぶれた……
何とか後に逃れようと、 仰け反ったまま転びそうになる俺の体、 その目は捉えた、 と同時に衝撃が来た
どすっ!
どっ!!
どすっ!!
強弱を避けた打撃が3発、 そして目視が出来て、 他より早く感覚神経が捉えた3発でもあった
ドガッ!!
最後に蹴り、 予備動作が見え見えだったこの蹴りだけは辛うじてこちらも足を上げてカットした
やはりよろけて転ぶ俺、 痛みは遅れてやってきた、 余りに遅く、 そして多い
「痛って………」
腹を抑える、 穴は空いていないがどちらかと言うより内に響く打撃だ
でも腹だけじゃない、 右肩関節、 左胸、 今さすっている腹は見えた、 でもそれ以外に両脇腹、 鳩尾、 そして
鼻を抑える、 痛てぇ、 鼻が折れている、 顔面を殴られたのだ、 上から下に重心を落としながら打ったと思われる
ので、 この顔面パンチは一発目、 初動が早すぎて気が付かなかった
最後のカットした蹴りも含めて八発、 あの一瞬で八発も打ちやがった、 しかもどれも体に響いている
体は勿論再生しているが、 明らかに傷を追う外傷じゃなく、 今回のこれは急所攻撃、 体よりも精神に響く
しかも鼻を折られ鼻血が出ると、 鼻呼吸がしずらくなり酸素が足りなくなる、 骨折は治っても固まった血は消えない
この男、 再生能力を持つ俺に対して既にいくつか決定打を見出しているな、 俺はまだ見えない
こいつを倒す道筋が見えない
「あぁ、 やっぱり足が折れ飛んでると踏み込みが甘くなるなぁ」
そう言って折れた足をトントンと地面に当て始める男、 そうだ俺が男の蹴りに合わせて頭突きで受けたから男の足は折れた
男は再生能力なんて持っていないから足はそのまま、 と言うかよくその状態で戦いを続けるな
だがそれならこれはアドバンテージだ、 男の攻撃はどうしても足をかばいながらになる、 蹴り技も減るだろう
男は足をまだトントンとしている、 何を?
「おっ、 合った合った、 ここだな」
男はそう言うと折れた足を上げ踏みしめる様に地面を強く蹴る
バキッ!
鈍い音がして、 男が足を上げる、 さっきまでフラフラと頼りなかった足の芯が1本しっかりと通っている
は?
俺は立ち上がりながらそんな顔をしていたんだと思う、 は? って
それに気づいて男は事もなしに言う
「何だよ、 折れてる骨どうしをトントンしながら断面を合わせて、 強く踏めば互いにくい込んでちったぁマシになる」
「寸法が若干変わるから、 そこは注意だな」
「あはは…… 成程俺も今度やってみよ……」
俺はそう言いながら素早く構える、 こいつの攻撃は初動が早すぎて捉えられない
男が踏み込む、 最初程じゃない、 男も言ったように足はマシになる程度で、 完全には治らない
それならこうやって少しづつ敵にダメージを刻め、 そして……
男は強い踏み込みで、 最も速いパンチ、 左ストレートを放ってくる
直線の打撃は、 点だ、 見きってサイドステップで右に躱す、 男は左手を前に出しているので男の左側への攻撃は難しい
そして大切なのは、 この男の信じられない身体能力、 やはり能力に寄る物と考えて良い
ならばそれは、 単純に考えれば身体能力の強化、 または加速、 俺の方が遅くなっているっ落ちの視覚系か
大切なのはそこだ、 それが分かればもっと戦い方も有る
とりあえず今は、 時間をかけて、 敵を見ろ、 そして男が危険を感じる様な、 焦った様な挙動を見逃すな
ナタを強く握って男に振るう、 きっとこの男は後ろ回し蹴りで対応してくるだろう、 だが男は今足を負傷している
だから男の側面にいる俺を攻撃するなら、 パンチを出した左手を曲げた、 肘だ
俺の読みは当たる、 俺の振るった右手を男は振り返りながら左肘で受ける、 ここだ……
「ブレイング・ブースト!!」
男の左肘は俺の右手を受けて弾く、 威力は殺された、 でも俺のブーストに寄る加速なら、 多段でナタを振るえる
「うおっ!?」
普通に振るえば避けられる、 なら敵から当ててくれたタイミングで加速すれば良い
突如吹き飛ぶ程の力が、 自分の左肘を起点にあたり男が倒れそうになる、 男は転ばないよう足に力を入れる
良いね、 人は転びそうになると無意識に耐えようとしてしまう、 そしてその時体を固定しようとする為動けない
敵を倒す為だ、 もっと残酷になれ
振り返った体制の男、 俺の左手はもう動いている、 敵の顔を覆うように
掌を広げ、 人差し指と薬指を平行に、 中指を少し上げ、 手に力を込める
目潰し、 人差し指、 薬指が網膜に触れ、 中指は鼻の頭からおでこにかけてスライドさせる
そのまま指で握り潰すように……
「っぐぅっ!?」
そんな潰れた様な声が出て腹に圧が掛かる、 視界の端が捉える、 また腹パンだ
「うっ、 げほっ、 あぁ!」
今度は吹き飛ばない、 腹に穴も開かない、 一発目の腹パンはこの男の溜めに溜めた最大の一撃の一撃だろう
これは連続の攻防の連携の一発、 差はあるが、 それでも強い
腹パンは振り返りの右だ、 男の左は……
スッ……
不意に喉仏に手が触れる、 男の左手が掴んでいる、 あぁやばいこれも危険な急所攻撃
グシャッ!
「ぅっ、 ひゅっ!?」
男は手に力を込めて俺の喉を潰す、 潰れた蛙が喋るならこんな声を出したろう
息が……
「危ねぇな、 本当に危ねぇな、 何の躊躇いも無しで目潰し狙ってくるかぁ、 その前の動きからしてはなから狙ってたんだろうなぁ」
ひゅぅ…… ひゅぅ…… 苦しい……
「お前見たいな奴、 平気で命殺す奴居るんだなぁ、 俺以外にも、 自分の内側に鋭い牙を持つ獣を飼ってる」
……獣?
「獣は何時だって俺の視界を通して外界を見てる、 血に飢えた様に、 殺すべき相手を見定める様に」
「獣は泣かない、 痛みに嘆かない、 苦しみに悶えない、 折れない、 倒れない、 弱みを見せない、 俺が死ぬまで決して死なない」
「常に鋭い視線で睨みつけ、 敵に命の終わりを教える、 死を与える、 その為に獣は自分の中に住む」
「その獣の意思こそ、 闘争心だ、 自分が感じた怒りや苦しみに反応し、 闘争心を湧き上がらせ」
「獣は耳元で囁く、 殺せ、 敵を殺せ、 惨めったらしく、 苦しみを与えて残酷に殺せ」
「その為の力は獣が貸してくれる、 ただの拳が鋭い爪の生えた太い腕に、 強くしなやかで体重の乗った足に、 体に」
「振るう一撃は全てを噛み喰らう獣の牙に、 闘争心が痛みも恐怖も殺して、 絶対的な力と自信をくれる」
「そういった感覚お前にも分かるだろ?」
潰れだ声が治って来る、 早く呼吸を……
「獣はみな覚えているのさ、 自分は知らなくても獣達は覚えている、 行くべき場所、 向かうべき到達点」
「その場所を俺自身も感覚で理解する、 獣が向かう場所、 目指す場所、 獣達の楽園」
「最強が集い、 真の最強を目指す、 最後の到達点!!」
あれ? 何だ? 何を言われているのか分からない筈なのに、 潰れた喉にどうしても引っかかって来る言葉がある
早く、 言葉にしなくては、 忘れない内に音にしなくては、 今、 早く、 喉治れ、 早く!
熱くなり回復した喉が捻り出す言葉……
「亜炎天…………… か?」
は? 自分で言っておいて何だそれやっぱり俺は知らないぞ……
でも正解だと言うように、 一瞬驚いて、 その後正面の男は最高の笑顔で笑った
「あっはははははっ!! あははっ! お前マジか、 まじで俺の他にも居たのかよ、 亜炎天を目指して居るやつ」
男は腹を抱えて笑う、 俺は深く深呼吸をする
「最高だなぁ! やっぱりそうだよなぁ、 天国と地獄も下らねぇ、 目指すべきは最強の戦士の終着点」
「亜炎天を目指すのは俺たちの誉だからなぁ!!」
くっそ知らねぇって言ってんだろ、 言ってねぇけど
それにしても……
「最強の戦士の終着点、 真の最強を決める場所……」
焦がれる、 どうしようも無く焦がれる、 だがどちらにせよ、 この男に負けていたら最強にはなれない
よく分からないがこの男は俺の壁って訳だ、 あぁ、 俺に想いを込めた奴らの為に戦わなきゃなんだけどな……
やっぱり人の想いは俺には重いわ、 悪い、 後でもっかい背負うから、 今は外させてくれ
「ふぅ………」
肩の荷を下ろすように深く吸った息を吐く、 肩が少し軽くなる
「おい、 お前の能力、 自強化系だろ?」
当てずっぽうだった、 敵の反応で正解を探れ
男は首を捻ってコキコキ鳴らしながら答える
「はぁ? 能力? 俺に能力何て物がある様に見えるかぁ?」
?
「てめぇ能力は分かるぜ、 加速させる様な空気の圧縮がお前の能力、 回復はそのナタによる物だ」
やっぱり、 俺の事は看破されている
うんともすんとも反応しない俺を他所に、 男は平然と語る
「俺のこれは能力じゃねぇ、 感覚だ、 さっき言ったろ、 自分の中の獣、 その力を借りている」
例え話じゃ無かったのか?
「本当に居るんだよ、 俺たちの中には獣が、 俺達は戦いの時無意識にその力を借りる」
「ただ俺は意識的にその感覚を理解しただけだ、 体の動かし方を知るのと同じ」
「ある種の技法って事か?」
男は笑う
「そうさ、 元々自分の中にあった、 意識的には使えない力を、 意識的に引き出せる様にしただけ」
「人は常に10分の1後からしか意識して出せない、 それを意識して出す感覚に似ている、 つまりそういう事だ」
男の言う事が本当なら、 敵の能力を知ればあるいは…… って言う希望が無くなっちまう
でも、 絶望は無い、 強い奴と戦わずして強くはなれない、 それに今はただ俺の為に戦うだけだ
もっと、 もっと自由に戦え ……
「ふはっ、 はははははっ!」
男が楼さんの巨大な遺体を背景に心底楽しそうに笑う
「見えるだろ? 俺の後に、 てめぇを睨みつける強大な獣が、 その牙が爪が、 てめぇを狙って居るのが、 肌で感じるだろ!」
俺の目は一瞬軽い瞬きをして、 開いた一瞬男に被るようにぼやけた輪郭の何かを見る
剛毛が体を覆う二足歩行、 太く強靭な体を、 丸太の様な足が支える、 腕はバキバキに研ぎ澄まされ爪が生える
血に染った様な頭部からは牛魔王の様な角が生え、 毛に覆われた顔からは全身を刺すような鋭い視線
純度の高い殺意を含んだ、 朱海色の瞳が俺を睨みつけている
見えた、 確かに見えた、 これが獣、 そしてこの男の闘争心
獣構えると同時に、 男も構える、 男の体がぶれた時にはもう獣は見えなかった……
バチッ、 バチィンッ!!
伸びだゴムが切れたように、 あるいは電撃が視界を駆け抜けたように、 男の上段蹴りが眼前を通り過ぎる
危ない、 蹴り技、 痛めた足で蹴り技を放ってきた事に驚いたが反応は出来た、 体全体で後に逸れた
だがやはり驚異的な速度、 これを捉えるには……
「ブレイング・ブースト・シンキング!!」
能力の発動、 ブーストに寄る加速、 思考速度の加速だ
ぬわぁんっ!
思考が爆発的に早まり、 流れる景色がスローになる、 思考により敵の動きを全て想定する
蹴りの次は、 そのまま回転して、 俺に向き直って右左で、 ワン・ツー打って……
その動きを回避して潰すには、 どんな動きをする? 最適解を探せ、 敵の動きを数秒先まで想定しろ!
見えた!
ふっ……
俺の見える世界は唐突に当たり前の速度で動き出す
男は警戒しながらも、 予想通り蹴りの流れからそのまま回転、 だったら……
俺は男の回転に合わせて1本踏み出す、 回転する男の死角に入り込む様に、 そして完全に振り返った男の背後を刺す!
「うらぁっ!」
俺の薙ぎ払い、 しかし男を感覚を研ぎ澄まし反応する
男は屈む様に体制を落としながら、 左足を踏み出しつつ、 伸脚の様に右足を伸ばし体を半回転
首を捻り俺を睨みつける
ピシャッ!
ナタは男の脇腹を少しだけ掠める、 まだだ、 俺は男に踏み込んで返す刃で切りかかる
「ふっ、 おらよぉっ!!」
男は冷静に見て、 そんな掛け声を出すと前方に両手を付き、 伸ばした右足で地面を蹴った
側転を思わせる動きで下半身を浮かすと、 空中で俺のナタを蹴って弾き、 自分はその反動で下半身を振って両手でジャンプ
側転ジャンプだ、 やっぱり凄い身体能力だ
男はそのまま地面に足をつけると、 更に踏み込んで一瞬で接近、 拳を俺に放って……
だが!
「ふっ!」
カンッ!
甲高い音を出して男の拳をナタで弾く、 連携の様な二撃目、 を重心をずらして回避
敵が足を上げる、 蹴り
ブンッ!
蹴り上げた足を腰から重心を落として半回転、 回避しながら地面に両手を着いて、 敵にお尻を向けると
右足をあげて敵に直線に放つ、 動画なんかで取り上げてた師範は俺なんかよりもとんでもなく早い動きだった
後方に蹴りを放つこの技、 これは躰道の、 海老蹴り!
ドンッ!
「うっ!?」
その蹴りは確かに男を捉える、 この蹴りに弱点は少ない、 だが唯一の弱点
蹴り出した足とは反対の、 体を支える方の足、 それを敵に掴まれると、 支えを無くした体は重力に引っ張られる
自分の体重で馬鹿みたいに地面に叩き付けられるのだ、 そして不利な体制となる
男が俺の支点となる足を掴もうと手を伸ばす
だからこの蹴りは、 重心を落とし動きの逆、 腰を起点に回転しながら素早く体を元に戻す
「はっ!」
動画の師範の様には行かないが、 憧れて何度も練習したんだ、 俺はこんな世界になる前はそんな事ばっかりしていた
拳を握る、 握った拳の関節から折れ曲がった中指だけを少し突き出す、 親指は中指の関節に当て固定するように置く
中指の第二関節が突き出した拳、 これを腰を持ち上げた流れのまま敵の顔面、 に打ち込む
急所攻撃、 突き出た中指は敵の眼球を狙う、 どっかで知った、 何かの格闘技の技だ!
「ちっ!」
敵は舌打ちと共に顔面狙いの俺の拳を弾く、 明らかに警戒している
それは俺が既に目潰しを狙って来る奴だと知っているし、 きっと少しまだ効いているんだ、 さっきの一回目の目潰しが
きっと男が見る景色は少しだけぼやけた様に見えている、 一回目の目潰しは瞳に指が触れ、 押し込む所まで行ったのだ
目を強く抑えると、 その後少しの間視界がぼやける、 これは液体で満たされた眼球の形が変形するからだと言われている
それだ、 今男は本の少し視界に不利を負った、 能力によって敵の動きを想定しているのも勿論あるが
俺が余りに速い敵の攻撃にしっかり反応できているのは男の視界に異常をきたしているからでもある
そして男もそれが分かっているから、 目潰しを必要以上に警戒しているのだ、 つまりそれが予想出来ていれば
男が俺の拳を咄嗟に弾く事は簡単に分かるし、 俺が男の動きを操ったとも取れる
優位に立つ、 それは戦いに勝つ為には必要な過程だ、 それは本の少しの変化で状況を一変させる
「せいっ!!」
俺は拳を弾かれた勢いを利用して、 敵の弱点、 ふくらはぎの更にした、 敵の俺た脛骨を打つ!
バキッ!
「ってぇ、 なぁ!!」
俺のカーフキックは男の折れた骨を確かに捉える、 しかし痛みを忘れた様な男は鋭い切り返しで拳を一撃
さらにもう一撃、 放つ、 でも、 ここまで、 既に想定できてる
カンッ! キィンッ!
二撃弾く
そろそろ8秒
「ブレイング・ブースト・シンキング!!」
またしても世界がゆっくり、 思考速度が加速して敵の動きを想定する、 分かる、 動きの最適解が
見える、 数秒後、 俺のナタが敵の弱点を穿ち、 敵を地に沈める姿が
ぬわぁんっ
世界が通常の動きを取り戻し、 男が左拳をストレート、 連携で右を出し、 さらに足をあげてチラつかせる
足をあげていても蹴りは打たない、 折れた脛を蹴ったのが効いているので、 男は蹴りは打ってこない
ガッ! ガギィンッ!
二撃を弾いて、 ナタを振るう
「おらぁっ!!」
男は迫るナタを左手で弾くと、 踏み込みながら、 独特なステップで、 牽制の左、 右ストレート、 からの左フック
牽制は危なげなく交わす、 ストレートは左で受けて、 フックは右手で弾く
更に連携で、 右左次々に放たれる拳、 この近距離で、 まるで音速を越えたようなハンドスピード
でも……
「見えてんだよ、 予め想定できてるからなぁ! てめぇの動きはな!!」
ガギッ! ガンッ!! フュンッ!
三、 四と七、 八と攻防は増えていく、 その都度甲高いと金属音と、 透かした風きり音が周囲に響く
「おらぁぁ!!」
男が叫ぶ
ガンッ!!
「っらあ!!」
俺が弾いて声が漏れる
「おらっ! おらぁ!!! はぁ!!」
ガンッ ギンッ!! カキンッ!!
俺が想定した最適解の動きで、 敵の攻撃を受け、 弾く
「らぁ!! はぁ!! うらあああぁああっ!!! はぁぁあああ!!!」
空気の入る間すら埋める程の男の猛攻が、 確かな強度と精度で繰り出される
ガンッ! ギンッ!! フュン! バンッ!! ガンッ!!
フッ! シュン!
「はぁ!!」
手数が増えれば増えるほど、 内側の獣が興奮し、 殺せ、 殺せと力を与え、 その実頭はクールに研ぎ澄まされる
魂を揺さぶる程の男の声と共に繰り出された、 一撃は今までの最高速度を観測した
ガキッンッ!!!
「っ、 わっ!?」
日暮の想定を越えてくるほどの速度、 何とか反応した日暮の体は衝撃に弾かれ少し仰け反る
体勢の悪い日暮……
男が呼吸を短く吐くと、 男の右手はぶれて、 顔面を狙ったストレート
顔を少し逸らして……
男が握った拳から親指を少し立て、 そのままの勢いで、 振り抜く
ビシュッ!!
恐らく目を狙った親指は、 まぶたの横をかする、 えぐるような親指はまぶたの横の皮を引っ張り、 そのままの起動で俺の左耳を引っ掛けてむしり取る
「ッ、 てぇ、っ!!」
音の聞こえが悪く、 目のすぐ隣から温い液体が頬を伝う、 クソ、 最悪だ
さっきから傷の治りが悪い、 俺の再生能力はナタに溜め込んだエネルギーを使っているが
それがそこを着いてきた、 やばい持ってくれよ……
ッ!
そう思っている間にまるで止まらない男の左フック、 大丈夫これも読めてる……
頭を後に逸らしてフックを避けて……
ドヂャッ!
鈍い衝撃と痛みが顔面を叩きつける、 敵の振り切ったフック、 じゃない、 フックを狙ったんじゃなくて
「肘打ちだぜぇ!」
肘だ、 振り切ったフックから肘を顔面に向けて打ち出す、 そうか肘か
有名な格闘技のムエタイなんかは肘の使用が良いんだっけ……
また、 肘が捉えた顔面の、 鼻の骨がひしゃげている、 呼吸がしずらい……
やばい、 頭回らん…… 次なにだっけ……
男が瞬歩の様な動きで詰める、 こいつ、 何で折れた足でそんな芸当が……
そう思った時には腹を何かが突き上げていた、 あぁ、 膝だ、 膝蹴りが腹を突き上げている
その衝撃で俺の体はくの字に折れて、 宙に舞っている……
あぁ、 少し、 届いたと思っても、 またすぐにその差を詰められる……
男が少し沈んで拳を握る、 感覚で分かる、 一撃目の俺の腹に大穴を開けたあれ
あれと同じ威力、 ポテンシャルを感じる、 再生エネルギーが底を着いてきた今この攻撃を受けるのは……
にぃぃっ
笑う男、 そんな事を思う頃には……
「おっ、 らああああっ!!!」
ぐっしやあああああっ!!
「っ、 げええぇぇっ!?」
男の振り上げた渾身のアッパーが俺の腹を貫いていた………………