第四十七話 ……『魔境街・5』
ある警察官が眠気覚ましのコーヒーを入れた、 勿論ブラックだ
外を見る、 真っ暗闇の空は当たり前に夜で、 時刻は21時56分
明け方、 始業時間までの宿直なので、 たとえ夜が老けようとも私からしたら今日はまだまだこれからだ
と言っても夜になれば流石に電話の鳴る回数は少なくなる、 それに鳴らないならば鳴らないに越したことはない
警察署にかかってくる電話だ、 事件事故等が主な内容だが、 深夜にかかってくると同じ内容でも質が変わってくる
夜の時間に動き出す物には昼間には無い暗いエネルギーを感じる、 恐ろしさを感じる事はやはり夜が多い
そもそも、 誰もが心穏やかに暮らすための警察官だ、 事故も事件も起きれば勿論快く人々の為にこの身を削るが
電話が鳴らないと言うことは、 少なくとも今私が担当するべき事件や事故は起きていないという事
だから……………
プルルルルルッ!
(うわっ!?)
と思ってしまったのは秘密だ
ふぅ………
一呼吸着くと、 電話の相手を待たせないよう受話器を取った………
……私はその夜の、 そのかかってきた電話を一生忘れないだろう
その電話は耳をつんざくような……
『きゃああああっ!?』
悲鳴から始まった
異質だと思った、 ブラックコーヒー何かよりも、 もっと鮮烈に、 その悲鳴は私の眠気を吹き飛ばした
「どうされましたか? 事故ですか? 事件ですか?」
少しマニュアルとずれているが仕方ない、 この電話の相手の心の平穏の為、 少しでも早く行動を………
『助けて!! 早く! 早く来て!!』
明らかに興奮している、 なんだ、 事故で怪我人が、 それとも事件に巻き込まれて
「落ち着いて、 詮索な情報を下さい、 でないと助けに迎えません!!」
ドンッ! バンッ!
何だ? 何か激しく打ち付ける様な音が聴こえるぞ…… やはり時は一刻を争う状況の様だ
「情報を!! 事件ですか? 事故ですか!!」
こちらのまくし立てる様な声、 これで良い、 自分よりも相手が興奮している時人は自分の興奮が覚めてく傾向にある
電話の声は、 特徴から高齢の女性と思われるが
こちらの狙い道り女性は状況を語り出した、 その声は大きく震えている
「まっ、 孫が、 孫が息子と喧嘩になって、 殴り合いを!」
喧嘩、 つまり父親と息子の親子喧嘩か
自分もつい最近、 世帯持ちでありながら久々のパチンコと言ってかなりの額を使って来た息子を叱り、 喧嘩になったな
そんな記憶が頭によぎったのは恐らく、 親子喧嘩と聴いて、 自分の中で事件に対する警戒度が下がったからだろう
実際親子喧嘩や、 痴話喧嘩、 友達との言い合いまで、 事件性の低い事柄を通報し解決して欲しいと言うものは少くない
警察官が間に入って仲裁して欲しいと言うのが依頼なのだ……
ならば先ずは女性を落ち着かせ、 住所を聞いて、 喧嘩している2人にこの電話の受話器を渡して貰うのも良いだろう
私が着くまで喧嘩をしていては怪我をしかねない、 一旦2人には落ち着いて貰おう
「では先ずは私が2人に話をするので、 電話の受話器を……」
明らかに幾ばくが腑抜けた様な声で女性を落ち着かせようと話しかけて………
ドガンッ!!
大きな音が受話器の向こうから聞こえた
それに心なしか、 先程からまるで獣の鳴き声の様な、 喉を焦がすような声が聞こえる様な………
『きゃああっ!! 早く!』
またしても女性の声が響く、 何だ、 何か違う、 感だが、 何かが何時もと違う
がああああああっ!!!!!
!?
『早く来て!! 息子が殴り倒されてっ』
何だ?
『きゃああああっ! やめて!! 目玉をっ!』
目玉?
『息子の目玉を、 孫が潰してぇ、 あああっ!! 助けて!!!』
はぁ…… はぁ…… 何だ? 何なんだ?
さっきから……
『がああああああああっ!!!!!!』
女性の悲鳴すら押し潰して聞こえる、 この化け物の様な叫び声は
受話器を通してまで背中に鳥肌が立つ様な恐ろしさは……
何なんだ!?
……その後、 固定電話の位置情報から住所を特定、 仮眠室の同僚達を叩き起し3分後には出動
5分後には発信元の宅邸に辿り着いたが、 電話がかかってきてから約10分が余りに遅く感じた
けたたましいサイレン音と共に発信宅に飛び込み、 家屋の中へ突入
激しい緊張感の中、 私が見た光景は、 どす黒く、 余りに異質だった
リビングと思われる空間に若い男が一人悠々と立っていた、 その表情は伺えなかったが、 電話で言っていた孫だと分かった
理由は足元だ、 恐らく彼の父で、 女性の息子と思われる男性は…… その男性の状態はその場ではうまく確認が出来ない程
余りにも残酷に、 ズタボロだった
踏みつけにされた顔面が威力で床を突き破っていた、 四肢は全ておかしい向きを向いて、 腹には蹴り抜かれたのか大穴が空いていて
孫と思われる男の足はズボンの裾から、 頭のてっぺんまで全て返り血に染まっていた
壁も、 タンスも、 床も、 その他家具も、 殆どが余波によってか破壊されて
後の調べでは折れかかった柱によって、 家が数ミリ傾いていたそうだ
電話をした高齢の女性は受話器を持ったまま失神していた、 命に別状は無かった
……この事はある理由からも大きく報道され、 一時の間社会全体を混沌に染めあげた
男は勿論逮捕され、 名実共に殺人犯として取り上げられた
……この夜の事は忘れない、 今となっては恐ろしい化け物が街を行き交うのは早速当たり前になってしまったが
この事件が起きたのは世界がこんなになる二年も前の事だと言う事実
人間も時に恐ろしい化け物になるのだと恐怖した、 そんな夜だった……
………………………………………………………
………………………………………
………………………
よく見る……
バッシィンッ!!
鞭が打たれたような張り詰めた音が空気を乾かす
「やっぱりそうだ、 反応出来るぞ」
眼前にうろうろとふざけた動きで逃げ回る聖樹の苗木
小太りのガキ見たいな見た目だが、 ただの聖樹とかいう樹木だ、 手足の様な枝だか、 根だが生えている
足とは別に1本根が地面にぶっ刺さって居て、 地面をエグりながら一緒に移動している
どっかに繋がってると仮定すれば、 大蛇さんの居る洞窟に繋がりエネルギーを吸っているのか……
クソ苗木の足は速くない
「その根っこぶった切ればてめぇ止まるよなぁ!!」
イッキに詰めてナタを握り……
「日暮! 蔦が後ろから回って来ている!!」
ちっ
サイドステップで回避すると、 左横を蔦が通り過ぎる、 やれるところでやる
「牙龍!!」
蔦にナタを打ち付ける、 ナタがツタを喰らい切る
編み込まれたような蔦がバラける、 1本1本は本来こんなに細いのか……
苗木はその間にまた離れている
「ちっ、 めんどくせぇから逃げるなぁ! てめぇが死ぬ事は確定してんだよ!!」
その距離を一気に詰めて無防備なクソ苗木の側面を力いっぱい蹴りつけ……
バキッ!
一瞬巨大に育った不動の大樹が見えた気がした……………
「痛ってぇ!?」
蹴りつけた聖樹の苗木はその見た目の割に吹っ飛ぶことも無く、 固く重い
自分の足の方がダメになる、 なるほどな馬鹿みたいな見た目でもしっかり聖樹って訳だ
蹴りの体制から足を戻す、 その隙を狙い蔦がしなって襲い来る
よく見る…………
「右! 次は後ろ! 全然遅い!!」
余裕を持って避ける事が出来ている、 その理由、 今聖樹の蔦は長すぎる
先程、 櫓さんの能力で壁を作り、 楼さんを崩そうとしていた時は俺達とクソ聖樹の距離は離れていた
遠くからのピンと張った蔦によるしなりのある攻撃は脅威だった、 でも今は違う
その脅威は、 俺たちの距離が遠かったからこその脅威だ、 本体からのリーチの広さも合わせた強さだった
今は数メートル圏内にクソ聖樹を捉えている、 その上で蔦の長さは同じなのだ
蔦は本体からの指示を受けて動き出しても肝心の叩く先端部が遅いなら、 十分に見切れる速さだ
それに……
「おら! 当てられるんなら当ててみろ!!」
そう叫びながら複雑に、 そしてクソ聖樹を囲うように走り回る、 その間蔦は俺を狙って右往左往
つまり………
「!?」
聖樹が驚いたように固まった、 逃げ回る日暮の狙いにあまりに遅く気付いたからだ
「俺苦手なんだよなぁ、 絡まったあやとり解くの、 でも、 絡ませるのは得意だったなぁ」
聖樹は複数の蔦を考え無しに動かし、 いや、 動かされた、 敵を近づけて蔦に余分なあぞびが出来ていたにも関わらず
聖樹の蔦は……
「ガッチガチに、 複雑に絡み合っちまったぜぇ、 もう解けないくらい固結びになぁ!」
「てめぇが結んだんだ、 恨むなら脳の無い自分自身を恨めよな!!」
強く踏み込む
「ブレイング・ブースト!!」
超加速したナタをクソ聖樹に叩き付ける
「ぶっ飛べ!!」
バシャアアアアンッ!!
大きな音がして、 確かな手応えを感じる、 でも……
「ちっ、 外した」
クソ聖樹は絡まった蔦を盾にして、 ナタが本体に当たるのを避けたのだ
牙龍によるナタの切斬力を、 ブーストによる超加速で底上げした攻撃、 蔦は絡まった所からバッサリと切れとんだ
しかしこんな事は自分を追い込んだだけだ、 蔦は切れとんでコイツは無防備の丸裸
硬いこいつを破壊するにはやはり能力の力が必要だ、 8秒後、 今度こそ……
ザッ!
聖樹が手前で腕の様な根を交差させ、 構える、 何だ?
ボスッ! ボスッ! ボスッ!
突き破るような音がして聖樹の体から蔦が新たに生えてくる
ちっ、 無限生成かよ、 めんどくせぇ
今度は聖樹は蔦を不必要に伸ばさない、 短いまま近接戦闘を学んだ様だ
「はぁ…… なめんなよ、 俺の得意は超近接、 てめぇは死んだも同然だ……」
ボスッ! ボスッ!
言い切る前に更に蔦が出てくる、 その数は20本は軽く越えているように思う
メチメチッ……
それを拗らせ、 拗らせ、 編み込んで行くようだ
何を………
次の瞬間には1本の余りに太い強靭な蔦が出来上がっていた、 近接に特化した2メートル程の長さ
巨竜の尾の様な見た目のそれを……
ブォンッ!!
横凪に振るってきた
別に早くはない、 1本にした分重さがあるからだろう
だが………
「ひぃぇ!? 当たったたら、 死ぬわ!!」
質量を伴った薙ぎ払い、 風を切る音が死の実感をひしひしと伝える、 これは当たっちゃいけない
ブオンッ! ブオオンッ!!
2撃、 3撃、 振るわれる敵の太蔦、 でもな……
「ちょっと極端だよな、 さっきは数十本も出して、 今度はたった一本、 当たったらやべえが交わすのは………」
横凪に振るわれる太蔦をしゃがんで交わす、 クソ聖樹に目があれば、 目が合っていただろう
「交わすのは容易いぞ、 そして、 てめぇの頭の悪いイタズラ、 そろそろ終わりにしようか」
しゃがんだままの体制からナタを構える、 バランスを取るように左手を地面に着き左足を軽くクソ聖樹に向けて出す
「8秒、 ブレイング・ブースト!!」
体重をかけて支えていた右膝を伸ばしながらクソ聖樹に向けた左足に体重移動を行う
左手でバランスを取りながらその体の流れで右手に構えたナタを振るう
ブゥンッ!
風きり音が聞こえた、 上だ、 太蔦を俺めがけ頭上から振り下ろしたんだろう
これが当たれば俺は頭を潰され地面に叩きつけれるだろう、 初夏の何も知らないカエルのようにアスファルトのシミになるだろう
だが、 俺はひとりじゃない
「任せろ! 地突柱、 サイズ指定2m、 造設イメージ『強固』!」
日暮が低い体制を取っているが、 その間に櫓さんはリュックから転がり降りて地面に触れていた
櫓さんの能力で地面から太く強固な柱が立ち上がる、 その柱は日暮の頭の高さずっと越え、 振り下ろされる太蔦に……
ドッスンッ!!
下から突き上げるようにぶつかった
ボロッ、 ボロっ……
柱の方が少しかける
「急げ日暮!」
「言われんでも、 そんな呑気してねぇ!! ぶっ飛べ!!」
既に超加速したナタは地面スレスレのかなり低い位置でなぎ払われた
ズサッ!!
手応えを感じる、 クソ聖樹を見る、 小太りの様な体はそのままだ、 だが……
ドサッ
クソ聖樹はバランスを崩して地面に転がる、 支える物が無いからだ
日暮はクソ聖樹が体を支え、 走っていた足のような根っこを切り飛ばした、 そして普段ならばすぐに再生するだろう
だが、 もう一本
体から足とは別にもう一本伸びていた根があった、 それは恐らく大蛇さんのいる洞窟に繋がっていて
その洞窟のエネルギーを吸っていたんだろうが、 その根っこもぶった切った
クソ聖樹は苗木の内はエネルギー源が無くては生命を維持出来ない、 つまり……
ゴロンと地面に転がりあっぷあっぷとしているクソ聖樹、 そいつを冷たく見下ろす
「チェックメイトって訳だ」
エネルギー源を失い明らかにしおれていく様だった、 このまま放置してもいずれ果てて死ぬだろう
だが
無駄に声明エネルギーを座れた櫓さんの兄弟、 楼さんを思う
楼さんを宿命により奪われた櫓さんを思う
ナタを強く握る
「叩き割って確実な死を与える、 世界はてめぇの思い道理には進まない、 次はもっと謙虚に育つんだな」
そう言いながら次は無い、 その魂ごと吹き飛ばす、 そう思いながら……
「8秒だ、 楼さんにあの世で詫びろ、 地獄から土下座してな!」
思いは力だ、 その力を全てこの一撃にこめる!!
全身が硬直するほど力んだ、 最後の一撃を盛大にぶちかます為に…………
…………………………
……… スタッ ………………
不意に背後から軽く降り立った様な足音が聞こえた気がした…………
「ブレイング・ブー………」
「意味ねぇぜ、 そいつ叩き割ったって」
後はブーストだ、 そう叫ぶだけだ、 でも意味無い………
と言うか誰だ、 こんな場所に人の声……
体は力んで硬直したままだ、 余りにも不意の声に驚きよりも、 は? といった気持ちが強かった
遅れて危機感が出てくる、 こんな所に冷静で気の抜けたような忠告
それにそんな忠告をして来るってことはこのクソ聖樹の事を知ってるやつって事だ
…………誰何だ?
クソ聖樹はしぼんでいく様だ、 元気が無い、 動き出して逃げたりはしない
力を抜いて声がした背後を振り返る………
………………
……あれ?
振り返って見ても誰も見えない、 声の主は? 幻聴? それとも上? 背後………
そんなに長い時間じゃなかったと思う、 声がしてから本の一瞬惚けたそれだけだった……
視界の端、 それも下に影の様な物が、 見えた気がして……
「……へへっ、 気ぃ緩みすぎだ、 なぁっ!」
その声でようやく眼球がそいつを捉える、 声の主は男、 左足を前に出し、 深く構える
俺の臍の付近に左手を手刀の様に構え、 その位置をまるでロックオンしたようだ
右手は脇を固め、 後ろに引かれている、 握られた拳は上を向居ている、 見ただけでわかる
中段突きだ
何だ? 誰だ? 攻撃される、 バックステップで威力を逃がして…………
……………………え? 何だ……
もう突きは放たれているじゃないか………
とっくに、 とっくに、 本当に一瞬の事だった、 どうしようも無いから走馬灯のように景色が遅く見えたんだ
声がして、 振り返って、 何となく見えた様な、 その時にはもう腹を………
っ!?
「ぅげぇっ!?」
腹を潰されて、 肺の空気が全て抜けるような声が出る、 圧力によって凹んだ腹から、 体全体に衝撃を受けて
そこらじゅうが熱い
と言うか……………………
ドサッ!
「っがっ!?」
そんな声が出た時には地面に転がっていた、 充血して真っ赤な視界には数メートル先に知らない男の姿が見える
腹を殴られて、 吹き飛ばされて、 地面に転がった
そう理解した、 でも理解が追いつかない
敵なんだな、 そうなんだな、 そう思っても力が出てこないのは……
どぱっ どぱっ どばばっ
「ぉええっぇぇぇぇっ…… ぁえぇぇ」
既に自分の体内から湧き出る血液が作る血溜まりの中に沈んでいるからだろう
震える手で腹を摩る、 何だよ………
触ったことも無いぶよぶよした何かを触った、 長く飛び出したそれは捻れて腹から紐みたいに飛び出ていた
ははははっ………
嘘だろ…… 臓物だ…………… これを突き一撃で?
かろうじて…… かろうじて死んでないのは、 ナタが俺を回復させているからだ
何度も助けられた暗低公狼狽の敵の肉体をエネルギーに変換する力のおかげだ
奴の骨が絡みついたナタが殺した敵の肉体を喰らって、 そのエネルギーを貯蓄しているから怪我をしても再生する
何とか死んでないだけだ…… でも体は一度実感した、 これは死だ
死
「っぁはははっ、 あああ!」
無意味な声が出る、 圧倒的な痛みを笑って誤魔化そうなんて馬鹿みたいだ
知らない男はこっちを見る
「……あぁ? 死んでねぇなぁ、 ……能力か? てめぇ能力者か?」
その呼び名が出て来るって事は少なくともこの男は別世界の何者かと繋がってるって事だ
男は無警戒に近付いてくる
「再生か? おら」
飛び出た臓物を無造作に掴むと根菜の収穫でもするみたいに引っ張った
グシャグシャッ
「うおえっ!?」
「あははははっ!!」
何笑ってんだよ、 俺の臓物振り回して遊んでんだ
意識が切り替わる、 恐怖は薪だ、 死なないから、 まだ死んでないから、 消えない
死の恐怖は乗り越えるための、 闘争心を燃やすための良質な薪だ
打ち上げられた魚みたいな俺をしゃがんで見下ろす男、 殺す
ナタを握る手に力をこめる
「っしねぇっ!」
不格好に男を目掛けナタを振り上げる
「はっ」
軽く仰け反っただけで避けられた、 クッソ……
「あははっ、 良いなぁ、 そんなになってもガタガタ、 震えない所が良いなぁ」
余裕の表情で見下ろす男、 その顔をギタギタに破壊してやりたいのに……
「怒りの表情が出来るのは上々だ、 ムカつくよなぁ、 まだ何もしてねぇ、 その上死んでねぇ、 そのくせ」
「諦めて、 恐怖に震えて、 死を受け入れて、 ムカつくよな、 死にたくなきゃ抗えって、 思うよなぁ」
「その点お前は合格だ、 俺を殺したいって意思がひしひし感じる、 ははっいいぜ、 あとどれ位で回復する?」
「もう一度立ち上がって、 俺に立ち向かってみろ、 抗ってみろ、 殺してみせろ!!」
こいつ………
俺はもうこの男を殺すことしか考えられない、 それ以外の事が頭から抜けてしまったようだ
男は周囲を見渡す
「あ? もう一体仲間居たよな? 何か小さい奴、 周りの壁もそいつの能力だろ?」
「でも見えねぇ、 逃げたか?」
櫓さんが居ない? でもどうだって良い、 こいつ、 こいつ、 こいつ、 こいつの臓物も吐き出させてやる
「あぁ、 あの馬鹿聖樹追いかけてったか、 逃げる時間は稼げたな、 あれが死んだら困っちまうからな~」
聖樹が逃げた…… 確かにさっきまでのしぼんでいた聖樹の姿かたちは見えない、 あいつあの状態からまだ動いて逃げたのか
櫓さんはそれを追いかけて行ったか、 なら良い、 もういい……
「こいつ回復するまで、 そっちを追って……」
「ブレイング・ ブースト!!」
また寝転がった体制から不格好にナタを振るう、 男がナタに反応する
俺はこちらも不格好に足を持ち上げる、 良い、 ナタはブラフだ
加速させたのは足、 つまり
ナタに注目して横を向いた後頭部、 そこを目掛けて超加速した蹴りを放つ
ぶっ飛べ
バシッ!
蹴りは確かに、 横凪に男の後頭部を捉え、 足に直撃した手応えを感じさせる
男の体が吹き飛びそうに……
パキッ パキンッ
その時、 何かが外れるような、 そんな音が聞こえて、 男が拳を握って蹴りとは反対、 自分の顔面を殴った
グルンッ
首は半周回転すると元の位置へ、 男が首を擦りながら具合を確かめる
「おぉ、 危ねぇ、 いててぇ、 かなりの威力だな、 今の蹴り」
嘘だろ、 まさか今
「首の関節外してなきゃ吹っ飛んでたな頭」
そうだ、 さっきの音は関節が外れる音、 そして自分の顔面を殴ったのは
反対側から打撃による衝撃をあえてずらして打つことによって、 衝撃同士が横にズレる
関節の外れた首は回転して威力を殺す
理屈的にはこうだろうが、 それをやってのけたのか、 今この土壇場で
まじかこいつ……
「良いねぇ、 本気で楽しくなってきたぞ」
そう言って笑う顔は……
「マジモンの化け物かよ……」
腹を摩る、 引っ張り出された臓物は再生して新しい物に入れ替わってる、 流れ出した血液も
腹の穴もほぼ塞がった、 戻ってこないのは消費したエネルギーと、 体力と気力だけだ
でもそんなの心持ちだけでどうとでもなる、 五体満足なら、 足があれば踏ん張れるし、 手がありゃナタ振るえる
「はぁぁぁあっ」
息を吐きながら手でも地面を押す、 膝に力を込めて、 タレ落ちる血液を感じながら
立ち上がる、 こんな状態でも
それでも……
「完全復活だ、 ラウンドツーの為、 ご希望に答えて、 立ち上がってやったよ、 てめぇをぶっ殺すためになぁ!!」
「あはははっ、 何だよ全然元気じゃねぇか、 はぁ、 先に言っとく、 ゴングも、 レフェリーも無しだ」
バッ!
いきなりだ、 それは男の着ている服がはためいた音だと理解した
ゴングも、 レフェリーも無し、 つまり判定も無ければ開始の合図も無い、 俺が立ち上がった瞬間戦いは始まっていた
だがそれは容易に予想出来たことだ、 これは試合じゃない、 いつも戦うモンスター共もそいつの気分で所構わず襲ってくる
それと違いは無い、 なら俺もそうだ、 堅苦しい常識は外せ、 目の前の男は人間じゃない
じゃないとか、 あるとかどうでもいい、 殺すと言ったら殺す
今はそれだけムカついてる
男の攻撃は拳だ、 右パンチだ、 ぶれる様に、 でも次の瞬間には到達している、 それだけ敵は速い
ガキンッ!!
思い金属音、 拳の初動を捉えたから、 山勘で狙いを絞り到達地点をナタで防いだ
ヤバっ、 と思ったのはその一撃だけでナタを握る手が痺れ、 力が抜けそうになったからだ
男は止まらない、 右を打ったなら、 次はその連携で左手ストレート、 恐らく牽制では無い
バックステップで躱す
その考えをまるで知っているように男は前に出した左足で俺の右足を踏みつける
グッ
後ろに退こうとした体が縫い付けられたみたいに元に戻る
左手ストレートが向かって、 ならば上半身だけで回避を……
ひゅんっ
左から風きり音、 横目で確認、 それは手刀だ
一撃目で放たれた男の右拳は早くも形を変え、 今度は手刀として俺の横首に向かっている
ヤバ、 どうやって避ける……
バッ!
頭よりも体が先に動く
左手で男の左手ストレートを防御する
グシャッ!
腕が肘関節から奇妙に曲がる、 ちっ、 どんな威力してやがる
続く男の右手刀は触れるギリギリのタイミングで、 体重移動により右方向に回避
足を踏まれているため体全体は回避できないが、 手刀方向に移動し威力を減少させる
弧を描いた手刀が首をかする
パシャッ!
触れただけで皮膚が裂け口を開く、 どんなやり方だよ、 手刀ですか?
でも軽傷だ、 さっきと比べたら全然軽傷、 死んでなきゃ軽傷
右に回避した体の流れで左足を浮かす
「っ、 せいっ!!」
男の側面に蹴りを放つ、 男は両手を出しているため横腹に蹴りがヒットした
「っ、 おぉ、 上手いタイミングで、 蹴り放って来るじゃねぇか」
蹴りだけじゃねぇ、 この距離なら確殺の攻撃、 俺の能力の真骨頂も余裕で当たる
8秒
「ブレイング・バ……… えっ!?」
能力を言い切る前に驚く、 俺の体が突然大きく傾いたからだ
男に踏まれて固定されていた右足に力が入らない
「お前が蹴り入れたタイミング、 そこで少し強く踏み込んどいたらよ、 ははっ、 てめぇの足の骨ヒビ入ったみたいだぜ」
「脆いなぁ、 肉体は、 凄く脆いなぁ」
パキッ パキパキッ
ヒビ? あれだよね? 骨折の手前みたいなやつの事だよね? え?
パキッ パキンッ
え?
体が完全に倒れそうになる、右足が体をまるで支えない
踏まれた足の甲の骨がヒビ入ったならわかる、 でもそのヒビが……
ドサッ 完全に崩れる
「これ、 股関節まで右足全部の骨ヒビ入って無い? と言うか砕け散ってない?」
「ずいぶん鈍いなぁ、 戦いは体が資本なんだから、 自分の体は常に自分で理解してろよな」
口角をあげて不気味に笑う男、 直ぐに立ち上がれない俺
男が足を上げる
「さっきのお返しだ、 蹴りってのは……」
股関節がしっかりと開いている、 曲げられた足は弧を描いてしっかりと遠心力による力がこもっている
聞いた事がある、 蹴りはパンチによる打撃の約3倍の威力がある
突きで腹に穴が空いた、 これも意味わからない威力だが、 その3倍の力の蹴りによる打撃
動けない俺
あれ? あれれ?
「……死じゃね?」
唐突な実感、 あれぇ? こんな筈じゃ無かったんだけど
「ぶっ飛べ」
短く言い放ち、 強大なパワーを保有する蹴りが横凪に振るわれる
あぁ………………
世界の進みが遅く感じる、 この感覚懐かしい、 探索を始めた頃はよくあったな
………何かが引っかかる、 それは肌で感じるよりも、 感覚で何かが引っかかる
ゆっくりに流れる世界で唐突に思う
あれ? こいつ、 この男じゃね?
雪ちゃんの両親を殴殺して、 雪ちゃんを攫ったのは
それに、 楼さんにトドメをさして殺したのは
それを理解して少し怒りに気づく、 ダメだろ、 今俺がこいつに殺されたら
負けたら、 ダメだろ……
そうだった、 俺は今、 人の思いを背負って戦ってるんだった、 身勝手には死ねない
約束したから、 雪ちゃんからお守りに貰った髪留めを、 大切な髪留めを雪ちゃんに返しに行くって……
あぁ、 柄じゃねぇよ、 王道ヒーロー漫画の主人公みたいに戦うのは……
……………………
…………
「……っ、 ブレイング・ブースト!!」
突如元の速度に世界は動く、 諦め無い
蹴りの軌道は読めている、 俺の首、 漫画でよく見る蹴りで首をねじり切るあれ
あれをリアルでやろうとしている軌道だ、 そしてそれはこの男なら可能だろう
だから、 蹴りは顔面のすぐ隣、 もう見えている
ローキックは脛周辺の硬い骨を当てる、 だが気を付けなければならないのは、 硬い部位への直撃
実際硬い膝で蹴りを受けられ、 蹴った側が足を痛める事もある
ならば、 ブーストによって加速を促すのは……
強靭な頭蓋骨、 つまり頭突きだ
「っらあっ!!!」
共に硬い骨、 だが、 頭蓋骨には、 泣き所など無い
ふたつの骨が……
バッギッツ!!!!
衝突!
脳全体に衝撃、 世界全体が揺れる地震が起きたと錯覚するほどの衝動に
次の瞬間、 地面に転がる
あれ? また吹き飛んで転がってるよ……
でも………
「あはっ、 あははっ、 ひははははっ!」
俺の笑い声だ、 頭蓋骨を割ってそこから直に感じ取った、 手応え
焦点の合わない目で男を見る
男の足は………
「ああっ!? 痛ってぇ、 弁慶の泣き所に頭突きだぁ!」
しゃがんで脛を抑える男、 その足は折れ曲がっている
男がこっちを睨みつける
あれ、 でも……
「あははっ、 あははははは!! やるなぁ、 楽しいなぁ、 傷を貰ってっからが、 戦いの本番だよなぁ!!」
膝を支えにして起き上がる、 なんて奴だよ、 珍しいタイプだよね、 この闘志
俺も体を起こす、 敵を睨みつける
死を実感する攻撃、 一撃が即死の緊張感、 明らかに強い敵
やっぱり、 さっきからひしひしと感じてるんだよね………
「ははっ、 やばい、 クッソ楽しい」
どうしようもなく笑う日暮、 それを見て目の前の男も口角を上げた……




