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第四十一話…… 『陰陽術』

陰陽師と呼ばれる組織が活躍していた時代、 きっと本物の百鬼夜行が盛んに行進していたのだろう


鬼、 妖怪、 人が産んだ穢れに呪


こんな言い方をしていい物か考え物だが……


「儲かっただろうね、 数百年前の陰陽業はさ……」


陽の差し込む客室で座布団に胡座をかき、 お茶を片手に、 ちゃぶ台に肘をつき頬づえをつく男がそう発言する


ちゃぶ台を挟んで男の向かいに座る青年、 男とは反対に彼は正座をして背筋も伸ばし行儀の良い印象を受ける


「あの、 そんな事言って先祖方に怒られませんか? ただでさえこの客間は仏間と隣り合わせだし……」


「陰陽師の人って霊感とかだって有るんですよね?」


青年は目の前の行儀の悪い男に質問する、 本来聞きたい本題になかなか入らないので暇つぶしの会話


そんな程度の質問だった


「あのねぇ、 冬夜君、 霊感なんて言い出すやつはだいたい偽もんだよ、 良いかい?」


青年、 村宿冬夜、 この時は中学二年生である


自身の家が陰陽師の血を引く家系である事は彼の日常の生活に何の影響も与えなかった


親戚に陰陽道を志す、 現代の陰陽師と自称している親戚がいて、 それは目の前の男なのだが……


「例えば霊感があったとして、 だから何? 感じて何が出来る? あのだねぇ、 大切なのは……」


ああ、 変わった人だとは聞いていたけどこう言う事か、 話が長くなりそうだな……


冬夜は顔色一つ変えずその自称陰陽師の親戚の話を聞いていた


「大切なのは、 妖魔に対して何が出来るかだ、 感じれるよりも見れる事、 見れるよりも触れれる事、 ただ触れるよりも祓える事」


「そして、 陰陽師である俺は全部出来る、 感じる、 見る、 触る、 祓う、 お話だって出来る」


「妖怪の友達だっていれば、 仕事仲間だって居るさ……」


冬夜は話を聞き流しながら数日前の事を思い出す、 それは水の友達、 マリーが暴走し冬夜を殺そうとした日だ


明山日暮に出会い助けられたが、そうで

なかったら今頃どうしていただろう


脅威は過ぎ去っていない、 自分も対策をしなければいけない、 そう思った冬夜はその道のプロ


目の前の男、 自称霊媒師の『百流びゃくりゅう・國村』こと、 国村流くにむらながれさんを家に招き話を聞く事にしたのだ……


しかしこの男は……


「良いかい? 我々陰陽師にとって妖魔の存在を認識するのは当たり前の事、 霊感のある無し何て次元で語れないのさ」



「はぁ…… そうですか」


適当な相槌を返す、 そんな事は正直どうでも良いのだが、 急かすわけにも行かない


忙しい中呼び、 来てもらった訳だし、 これでも客だ、 無下にはできない


今日は日曜日、 話が長くなっても大丈夫な様に週末の宿題は全て昨日の内に終わらせておいたので、 その点は安心だ


「まあ何が言いたいかって言うとだねぇ、 村宿冬夜君、 君にはその大前提となる部分」


「陰陽師の才能が確かにあるって事だ……」


突き刺さるような視線を突然向けられ冬夜は国村に注目する


「才能ですか? この光る手の事なら家の書に書いてある通り見よう見まねでやっただけですけど……」


冬夜の家の書庫には先祖が書き記したとされる書も保管されている


「おいおい、 それこそだぜ冬夜君、 そんな薄っぺらい紙見ただけで同じ事出来たら皆陰陽師やってるよ」



「いや、 こんな特殊な職業やる人そう居ませんって」


国村がむっとした顔をするのでそれ以上は言わない、 本題が更に遠くなりそうだからだ


「冬夜君、 もしかして話半分で聴いてない? 、関係ない話ばかりする男だと思って聴いてるんでしょ?」


冬夜は応えず無言の返答をする


「あーあ、 もう、 順序を追ってるのに、 まあ、ぶっちゃけ言うとさ」


「方法はあるよ、 その神秘が襲ってきた時の対処ね、 あるんだけど……」


男はお茶を一口飲んで喉を潤してから続ける


「俺は自称霊媒師とは違うから、 プロだから本当の事を言うけど、 陰陽師『百流・國村』に出来ることはほとんど無い」


国村は怪訝な顔をする冬夜を見て補足する


「要はだよ、 テレビで見る様な、 お祓いだとか、 除霊だとかは今回の場合出来ない」


「冬夜君はその神秘と友達で、 もう一度会えるなら仲良くしたいと言っていたね」


「俺は君の中からその弱った神秘を完全に消滅させる事は可能だけど、 それ以外、 例えば封印だとか」


「取り出すだとか、 捕獲するだとかは正直俺の専門外だ、 だって俺バサーカー陰陽師だもの」


格闘陰陽の使い手を名乗る目の前の国村


「……でも方法は有るんですよね?」



「うん、 あるよ」


「君がやればいい、 俺には適材適所的に無理だけど、 君はそっちがあってるかもね」


お茶請けのお菓子に手を伸ばす国村がとてもアバウトな発言をする


「性質さ、 俺のは戦闘向き、 冬夜君のは補完とか補助とかに向いてるかな」


「つまりさ、 冬夜君には陰陽師の才能があるから、 軽い封印を施すのは自分でやっちゃえばそっちの方が良い」


「勿論知識は教えるからさ、 後は冬夜君自身に頑張ってもらおうって訳」


国村は、 もう一度お茶を口に含んで飲み込むと、 「所で……」と切り出した


「俺に、 そして冬夜君に陰陽師の才能があった、 しかし家族や親戚には無い、 何故だと思う?」



「……先祖返りですか?」



「違う、 いや、 あながち間違いじゃ無いのか?」


「血だよ、 血液には自分の全てが記憶されている……」


「この家系の始まりの陰陽師、 ご先祖さまはこう思った、 これまで築いてきた自身の道程が死によって無になると」


「それは知識を残す事や、 教え伝える事でも風化は防げないと、 ならばこの血を残そう」


「それは子を産むことではなく、 もっと物理的に自身の血液を陰陽術で取り出して、 混ぜるのさ……」



「……混ぜる? どういう事ですか?」


国村はにぃ、 と笑う


「俺たち才能の芽がある物に自身の血を混ぜてしまうんだよ、 勝手にね」



「え? はい? 誰が?」



「本人だよ、 ご先祖さま本人が、 何時かは分からない、 産まれる前か、 その時か、 後なのか」


「起きてる時か、 寝ている時か、 それは分からないが、 俺たちの本来の血液に、 輸血するみたいに自身の血を混ぜちまうのさ」


冬夜はいまいち話が理解出来ない、 死んだ人間が何をするって?


「大昔に死んだご先祖さまが、 何を……」



「おいおい、 不思議そうな顔をしてどうした? さっき自分で言ってたじゃないか……」


「隣は仏間だし、 どこで先祖に話を聞かれてるか、 見られているか、 分からないって」



「えっ……」


冗談だろ?


何だか背筋が冷えてきた、 背後の襖を挟んだ隣の部屋には立派な仏壇がある


まさか、 嘘……


襖に手を掛け、 少し隙間を開けて仏壇を覗き見る……


「みぃ~ だぁ~なぁぁぁあ!!」



「うわぁぁぁあああ!!」


あわわわわっ、 仏壇、 陰陽師、 幽霊、 敵、 光る手!!


光放つ拳を握り声のした方へと打ち出す!


パシッ!!


空気の張るような音がして拳、 が掌に受け止められる


「あははっ、 いきなり殴りかかって来るとは危ないな、 しかしほんの少し脅かしてやっただけなのに、 この驚きよう」


「相当先祖の霊が怖いと見えるねぇ~」


脅かしの声は先祖の霊ではなく国村だった、 そりゃそうか


そして心の中を読まれぎくりとする


「中学二年生、 まあまだ幽霊は怖い年齢かな? 神秘と友達になりたい何て言う割には小心者だね」


からかわれているのだと思うと腹が立つ


「しかし、 瞬時に反応し攻撃する所、その上敵が霊である事を想定し、 その光る手、 もとい、 『光掌ひかりのひら』」


「……それを上手く発動する所、 やはり陰陽師の才があるね」



「簡単に受け止められちゃいましたけどね」


冬夜は落ち着いて座り直し、 照れ隠しで少しやさぐれたように返す


「そりゃね、 一応本職だし、 格闘術の心得があるからね、 でもそれでもさ……」


それから少しどちらも黙る……


静寂の満ちた座敷で茶飲みを大きく傾け最後の一口で喉を湿した国村が口を開く


「良いかい冬夜君、 真面目な話だ、 君は驚いていたが先祖達の目があるのも、 血の話も本当だ」


冬夜はゴクリと唾を飲み込む


「何故選ばれたのか、 俺なのか、 君なのか、 それは分からない、 何故自分は陰陽術を使えるのか……」


「分からないが…… 」


ふっ、 と緊張を解すように国村は笑う


「分からない事を考えても仕方無いし、 今まで道理、 力が有ろうが無かろうが、

普段の生活には何も影響は無い」


「大切なのは力がある事……、 その事ではなく、 普段の心掛けや、 習慣、 人間関係だとかの方だ」


「運命かもしれないが、 進む道を強制出来るのは自分自身だけだ、 力の有無で気負いすぎず、 伸び伸びと生きなさい」


「そして今回の様に、 使う必要が出来た時、 その時は惜しみなく力を使いなさい、 良いね?」


やはり目の前の男、 国村は大人だ、 経験を語るその言葉には確かな実感の積み重ねが目に見える


「時が経ってもこの、 今日の話を頭の片隅にでも置いといて欲しい、 きっときみの未来の大切な場面で大きな意味を持つだろう」


「上手く生きなさい、 冬夜君、 何を持とうと、 君の人生だ、 どうせならぱーっと楽しんじゃいな!」


そう言って笑う国村の顔……


ああ………


遠い記憶……………………


…………………


………


ざざざぁ…… しとしと……


頬を流れる雨粒、 少しくすぐったく、 鬱陶しいそれを今は拭えない


頬だけでは無い、 数時間前からポツポツと降り始めた雨、 徐々に雨足は強まり既に身体中がびしょ濡れである


それでも拭くことも、 着替える事も出来ない、 何も出来ない……


ざぁざぁ……


雨足が更に強くなって……


ぐぅぅぅ……


「腹減ったな……」



「ならば言え…… 人の秘密を、 言え」


冬夜は視線を上げ目の前、 巨石から削り出したような椅子に座る身長3メートル程の猿型モンスター、 その長


猿帝を睨みつける


「……こんな雨の中ご苦労だな、 雨宿りでもしてきたらどうだ?」



「……人間はそんなに雨に濡れるのが嫌いか? 我々は特段気にはしない」


「しかしそう言った繊細な感情などこそ人間臭さであると思う、 何故だ? 何故雨に濡れたくない?」



「そんな事を知ってどうなるってんだよ、 簡単だ、 体温を下げない為、 俺も寒くなってきた……」


低体温症は恐ろしい、 猿帝、 こいつは違うのか?


「………なるほどな、 今の質問はカマかけだ、 人間、 いやこちらの生物と我々に違いがあるのか気になってな」


「我々も体温を失うのを恐れる、 同じ、 成程水責めと言う手もあるか……」


なに物騒なこと言ってんだ……


「なあ人間、 私はどうしたらお前らを滅ぼせる? いや、 恨みだとかは正直余り無い、 弱肉強食なのだ」


「何故弱者である人間が上に立つ、 この星の頂点に輝ける」


この質問……


「同じ質問を皇乞始点宗のうこつしてんしゅうの奴もしてたよ、 その時も言ったが……」


「別に人間は頂点なんか取ってない、 他の生き物が興味を示さないだけだ、 争ってすら居ない」


「しかし、 お前たちは余程、 自分達の弱さに定評があるみたいだな、 そんなに周りが恐ろしいか?」


バカにしてやったように言ったつもりだが猿帝は特段気にする素振りも見せない


「恐ろしいさ、 我々は弱いのだからな、 強者犇めく地でまともに戦えるのは我含めた能力者ノウムテラスのみ」


「他は雑兵、 ついばまれて死を迎える物は少なくない、 お前達と同じだ人間」


「ああ…… ただし同じ能力者ノウムテラスでも皇乞始点宗のうこつしてんしゅうの奴は弱かったな」


冬夜の中で少し複雑な思いがチラつく


皇乞始点宗のうこつしてんしゅうとは死力を尽くして戦った敵だった、 互いの譲れない物、 それをかけ生き延びるため戦ったのだ


日暮じゃ無いが、 友情では無いにしろ、 打ち倒した今となっては恨みもなく


自分を成長させた良い出会いであったとも思えた


奴自身口にしていた、 劣等感に苛まれ生きていると、 奴はそんなに弱かったろうか……


「……しかし、 人の強み、 それをやはり人は知らぬ、 やはり環境か、 環境の変化が必要なのか?」


「ならば丁度いい、 決めたぞ人間、 我々はこの世界で人になり変わればいいのだ」


「この世界での立ち位置を、 我々が人間になる、 そうすれば他の命を、 星の命を自由に操り」


「知恵と知識を奪い、 そして人には無く、 我々にはある、 残虐性、 生存性を生かし、 他者をねじ伏せよう」


ざぁ…… ざぁ……


風に煽られ雨粒が横殴りに山全体に打付ける


「人の構造は、 我々と変わらず、 数は多いが一個体は弱い、 後は人間の兵器や、 我々以外にこちらの世界にやってきた多種共」


「奴らも厄介だ、 しかしこの付近に我以外の帝族の気配や上位者のそれも感じない、 奴らがここに来る前に、 我々も準備を進めよう」


ぶつぶつと呟き出す猿帝、 話を聞く限り本格的に人間を殺して回るという事か……


「おい! そんな事させる訳無いだろ、 人間を舐めるな!」



「……舐める舐めないの話では無い、 もう決めた、 どちらにせよ邪魔だ、 人は滅ぼす、 これは予め決めていた事」


「この世界で弱者は生き残れない、 弱い者は死ぬ、 死にたくないなら足掻くしかない」


「人間に足掻き、 戦う気があるのならな」


「……さて、 ではお前はどうするか、 殺してしまっても良いし、 何かに使えるか……」


「……そうだ、 八つ裂きにしてそれを掲げ人里へ降りよう、 人々を狼狽させ恐怖を与えるか」


顎に手を当て思案する猿帝、 それを見て冬夜は思う


ざぁ…… ざぁ


雨が降る、 止まない、 振り続ける、 水溜まりが増えて行く


猿帝の傍にも大きな水溜まりが出来る、 体も濡れている


雨が、 水が世を濡らし続けるこの環境……


冬夜は思う……


(……この時を待っていた、 今なら殺せる!)


「マリー、 時間だ、 俺に合わせろ……」



「やっとだね、 冬夜、 この雨なら私の独壇場だよ」


水の少女の笑う声が耳の奥で聞こえる


コンディションも悪くない、 この山に流れ、 染み込む全ての水をマリーの支配下に置ける


「猿帝、 お前の野望、 遂げる事は無いよ、 させない」


ぱしゃんっ!


水溜まりが音を立てて波打つ


ぱしゃっ! ぱしゃんっ! ぱしゃ!


それに同調するように周囲にある、 大小の数十にもなる水溜まりが波打つ


それ等が圧縮され、 槍を作り上げる


ざぁ…… ざぁ……


振り続ける雨粒は、 水の槍が進む道だ


水が水を伝い、 既に濡れている猿帝の体へ一瞬で繋がる、 触れた水が槍先に変わる


発射する必要すらないのだ、 力を放つだけ


猿帝はその変化に気づかない、 それでいいのだ、 不意打ちで倒せれば……


「猿帝、 お前は死ぬよ、 俺が殺す」


戦いにおいて将を撃つことは、 軍の士気を下げる事においてもっとも効果的だ


今の状況はそれだ、 ここで猿帝を撃つ!!


口上はいらない、 死ね!!


「やれ、 マリー!!」


ぴっしゃあああんっ!!


周囲の水溜まりと、 猿帝を囲う雨粒が鋭い槍となって繋がる


「!?」


ぐしゃぁっ!! ぐしゃあっ!! ぐっしゃっ!!


水溜まりの数は37、 その全てから作られた槍は


「うがぁ!?」


その全てを着弾に成功した


貫通した水の槍は捻れるようにうねり赤く染まる


水で血を大漁に流し出す、 血液が体外に出過ぎると致命傷となる


バタリッ!


……


「やった……」


敵は声も出さずに死んだ、こちらの攻撃が敵を穿った


「あははっ、 やったぁ! 俺を、 人間を舐めるなよ!!」


思い描いていた通りに事が進むと思わず笑ってしまう


マリーの力を温存し、 雨が降るのを待った甲斐があった


これで、 猿帝を倒した事で、 この猿帝血族との戦いは俺たち人間側に有利になる筈だ……


「あははっ! だから言ったんだ、 人間を舐めるな……」


ん?


「冬夜! 殺した死体何かおかしい!!」


あれ?


猿帝の大きさは3mほどあった、 2倍程あるその巨体を思わず見上げるほどだった


しかし……


「何か、 小さいぞ、 とても3mあるとは思えない……」


水の槍で体を貫かれ倒れた死体はピクリとも動かない


「こいつ、 この死体、 普通の猿型モンスターだ、 山を降りてる能力も持たない奴ら」


「何で、 いつから……」


ぬらり~ 空気が動く、 何かが……


「ほ~、 水か、 水を操作し槍にしたか、 成程それが君の能力かな、 人間君」


前もあった、 これは……


「あぁ、 くっそ、 また幻覚か!!」



「その通り」


そう言うのは腰の曲がった老人のような猿型モンスター、 冬夜が捕まった時もこの能力に苦しめられたのだった


「どう言った種類の能力か、 死んで発動、 または暴走する類ならば危険じゃ」


「能力者の処分は能力を見てから、 まあ、 当たり前の事よ」


「水を操る能力という事は…… !?」


ぐしゃっ!!


老人の猿型モンスターの背後から水の槍を生成、 それを食らわせた


「この雨が振り続けるうちは、 俺の独壇場……」


ゆら~


景色がまたしても揺らぐ


「まあ、 雨が振り続けるうちはこうなるわな、 それも当たればの話じゃがのぉ~」


くっそ……


幻覚能力、 本体や、 周囲の景色、 何処までが現実で、 何処までが幻覚なのか


人の感覚は五つ、 しかし今冬夜は磔のように固定され、 動けない


触覚は頼れず、 目や耳の情報も定かでは無い


識別出来るほど嗅覚は鋭くないし……


どうすれば、 この状況を脱する事が出来るか……


「捕らえられたままでいれば良い……」


不意に聞こえた老人の声、 その声には敵意を感じない


「自己紹介がまだだったの……、 儂の名前は八宝上道師はちほうじょうどうし、 猿帝血族の最古参……」


「わしらの住む世界は強者が強者を喰らう様な魔境、 猿帝の存在がある為我々は何とか、 かの地において弱者では無い」


「しかし、 個体としての強さは無い、 群れても弱い、 儂らの狩の対象は常に弱者、 弱者の捕食者にしかなれん」


「それは、 悪い事では無い、 狩りとは安定して行う物だからだ、 それが理想」


「だが、 命は、 ただ生きていればいい訳じゃない、 儂らにも意地がある、 プライドがある」


「強者達にただ貪られる事に、 生存の本能が拒絶を示す、 戦え、 抗えと」


言葉を重ねる毎に、 静かだが老人の猿型モンスターこと、 八宝上道師はちほうじょうどうしの怒りが滲み出す


「そのせいじゃろうな……、 いつまでも儂のような老人が生き残り、 活気のある若者から死んで行く……」


「正に、 生きるという事は、 死に向かう事、 生き続けるという事は、 死へ向かう道を歩み続ける事」


「そのどちらでも無い、 そんな物は無い、 どっちかだ、 どっちかしかない」


「人間君、 君はこの状況、 この後は死ぬしか無い、 死を安寧として受け入れろ」


「死にたく無いという意思が、 生命を生かすなら、 死を待ち望む事は、 ただ安らかな気持で眠る様に生きる事だ」


「だからそのままそうしておけ、 所詮君には何も出来ん、 敵種とは言え、 若者がただ死ぬ様は希望を摘まれる様で……」


「見るに耐えんからな」


何を言っているんだ……


「俺を殺して晒すんじゃ無かったのか? いきなり常人のふりか?」


会話をして考えろ、 この幻覚を破る策を……


八宝上道師はちほうじょうどうしは腰に手を当てながら歩き、 水の槍で貫かれた死体


幻覚で猿帝に見えていた雑兵の傍による


「ふん、 これは儂の考え、 さっきのは猿帝の考えだ、 儂の幻覚は多く捏造する程粗が出る」


「この若い兵はお前の見張りだ、 何を言われても何も答えるなと指示をしておいた、 立っていただけじゃ」


「その人型に合わせるように猿帝の見た目を被せていた、 言葉は猿帝のそのものの言葉だ、 向こうで雨宿りしている」


「長く生きていると、 自分にとって最も大切なのは自分自身の考えなのだと気づく、 我々は兵である前に一個体の意思があるからな」


「まあ、 だからさっきからこそこそ能力の準備をしているのをやめなされ」


こいつやっぱり気づくのか……


「何もせず、 ただここで植物のように生きなさ……」



「断る」


八宝上道師はちほうじょうどうしの言葉に間髪入れず否定する


「俺だって死にたい訳じゃない、 でもなじいさん、 人は皆生きる意味、 生まれた意味を知りたがるんだ」


「俺だってそうだ、 考えても分からない、 生まれた理由は、 生きる意味は分からない」


「でもきっとそれで良いんだ、 人生に意味を求める、 それこそ俺達にとっての……」


「生きるって事なんだ!」


言葉を放つと同時に周囲の水溜まりが波打つ


「俺は全力で抗わせて貰うよ、 ここで死ねない理由がある!」


八宝上道師はちほうじょうどうしも冬夜の意思が固いと見ると戦闘態勢で構える


「若いの、希望のあるパワーだ、 だが希望は打ち砕かれる物だ、 抗うのなら覚悟せい」


「幻に迷え、 ……幻界南南町げんかいななまち恐香徘徊きょうこうはいかい


冬夜の瞼が強制的に閉ざされる、 抗おうともぜず気づけば目をつぶっていた


瞼を開けて、 外を見なければ……


「いや、 瞼を開けるのは罠だ、 観ようとするから幻覚に掛る」


「これは意識に干渉する能力だ、 視覚情報を頼りにしているからこそ、 景色をすり替えられる……」


奴の幻覚能力は発動した、 強制的に瞼を閉じさせ、 自身の観よう観ようとする気持ちを利用し幻覚を作り出す


そして目を開けた時、 きっと世界は幻覚の物も入れ替わり、 自身はそれに永遠に気づけない


そうなれば奴の思う壷、 だから……


「俺はもう何も見ない、 何も聞かない、 五感を遮断する……」


教えてもらったのだ


………………………………………


『冬夜君、 本質を見なさい、 我々が相手にする存在は肉体を持たないものも居る』


親戚の陰陽師、 国村の言葉


『実態が無い、 存在次元が違う、 そんな事もある、 そういった時五感は頼りにならない』


『そういった場合はその存在とこの世界の接点を探すんだ、 方法は少し難しいが』


『自分の内側に居る、 内なる自分の感覚を借りるんだ、 それは例えば、 直感とか』


『こうビビっと来る、 そう言った感性だ、 思考能力の先に有り、 意識の外にある感覚』


『無意識下の判断、 それを意識する、 だから内なる自分に目を向ける、 まあ難しいよね』


『難しい物は術に頼ろう、 無意識を意識する術があります、 それを使おうね、 じゃあ指南書の二十四ページを開いて……』


『一緒に唱えようか……』


……………………………………………


「……陰陽術、 『内重也うちがさなり開覚かいかく』」


自身の内側、 闇におおわれた空間に色素の薄い目玉が現れる


それは見つめる、 ただ一点を見つめる


それは……


「俺だ、 俺自身の輪郭を捉えた」


幻覚に侵された感性の中で、 確かに現実に存在する自身の存在の輪郭を感じた


自身の輪郭を確かに捉える


そして、 無意識の目がさらに見つめる、 それは水


「マリーが俺の中に居るから、 水を輪郭として捉えられるから、 水の付着した物を捉えられる」


「左後方に、 水の付着した物体の移動を確認、 この形、 奴だ、 八宝上道師はちほうじょうどうし


冬夜の体は磔にされている、 その上幻覚をかけ、 更に後方から死角をついて攻撃する


成程周到な奴だ、 だが、 見える、 幻覚は関係ない


観ないからこそ、 見えるんだ!


「マリーっ!」



「うん、 分かった、 そこなんだね!」


マリーは冬夜の内なる感覚を見ることはできない


しかし、 彼女は冬夜を信頼している、 だから指示に従い力を発動する


ぱしゃっ!


八宝上道師はちほうじょうどうしがとどめを誘うと踏み込んだ、 その足元、 足元の水溜まりが波打つ


水が重力を無視し縦に逆立ち、 二本、 鞭のようにしなる


ぱしゃんっ! ぱしゃんっ!


静かに音を立てて放たれたそれは、 確かに狙いを知るように、 一直線に八宝上道師はちほうじょうどうしの踏み込んだ足にくい込んだ


「ぎょえぇっ!? なぜっ!?」


八宝上道師はちほうじょうどうしは前のめりに転びそうになるのに逆らわず、 手を出しバク転、 体制を立て直そうと……


「猿さん達は毛深だね、 その毛が多量に水を含んでるんだよ、 そして今、 私の操る水に体が触れた」


「つまり、 体を濡らす水も既に私の支配下、 私になったんだよ!」


ちりちりっ!


八宝上道師はちほうじょうどうしの体に付着した水が波打ち、 そして……


ぐしゃっ!! ぐしゃっ!! ぐしゃっ!!


鋭い針になって体中を串刺しになり貫通する、 腹に付着した水は、 体を貫通して背中から、 うちに向けて貫通する


「いぎゃあああっ!!?」


ハリセンボンの様に体から水の針を生やした八宝上道師はちほうじょうどうしは満身創痍だ


「何故! 何故私の位置が分かる、 何故幻覚に囚われながら、 現実の世界を視認でき……」


そして気づく、 冬夜は目を瞑ったままだと……


「なっ何!? 見ていないのか、 幻覚を、 まさか、 見てないのか!?」


「なら、 だとしても、 今、 お前は何を観ている!! どうやって!!」


「はあ!! 『幻界南南町!』、 自身に幻覚をかけ、 痛み遮断!! 儂はまだ生きてるぞ!!」


「そして! 『幻界南南町!』、 全幻覚を解除する!!」


「どうやって儂を観ているか知らないが、 そんな事は関係無い! 幻覚を解除し本物の現実を見るがいい!!」


ゆらぁ~ 世界が解けるように崩れていく、 このタイミングで……


「幻覚を解除するだと、 何の為に……」



(……儂が幻覚を解除したその理由、 それは、 奴を磔にしていたこの広場)


( 幻覚を使い儂は初めから人間君に見せていなかった物がある!)


「それは!!」


世界が元どうりの景色を取り戻す、 冬夜は強制的に、 目を開けさせられた……


「……えっ、 暗い……」


目を開けた冬夜は驚いた、 先程見ていた外の景色は雨の降る昼過ぎの森の中の広場といった感じだった


しかし、 今は……


「夜か、 夜だったのか、 今は、 しかも広場じゃない、 木が生い茂っていて、 月の光も届かない、 真っ暗……」



「その通り!!」


「人間君、 さぁ、 儂が見えるか!! この世闇の中で!!」


闇の中であろうと関係無い


冬夜はもう一度目を閉じる、 無意識の目は夜闇であっても発動する、 その上幻覚が解け、 五感が正確になった分


更に制度が増す、 水の輪郭を捉え敵の形を……


「……なんだ、 いっぱいあるぞ、 水に濡れた人型が沢山ある…… なんだここ」



「ここは、 墓場! 我が同胞や、 殺した人間を投げ捨てる場所、 周囲には儂以外にも人型がある」


「予想だが、 この水、 水を操る能力だから、 人型を作る水を探知し、 攻撃してきたな!」


「ならば、 見分けてみぃ、 儂と、 その他の濡れた死体を!!」


これならば、 認識は……


「はぁ…… 冬夜落ち着いて、 その爺さんそもそも間違えてる」


「水を操るのは、 私の能力なのに、 気付いてないんだ……」


「幻覚さえ解けちゃえば、 さっき体を串刺しにした水の位置は探知できる、 それは私だからね」


「串刺しにしてるから、 体内の水や、 血液とも繋がっている、 それを膨張させる!」


「……これで終わり、 派手にぶちまけて!!」


ぐぶしゃぁあああっ!!!


「ぎゃああああああっ!?」


暗闇に八宝上道師はちほうじょうどうしの悲鳴が響き渡る、 冬夜には見えなかったが


体の内側から膨張した水が圧をかけ、 水風船の様に破裂した


か細い声が聞こえた……


「儂は…… まだ、 儂は…… 、 幻覚だぁ……、 幻覚と言ってくれぇ……」


その声に冬夜は返す


「俺だったら例え負けても、 それが幻だなんて思わない、 お前はついぞ現実が見れなかった」


「現実逃避から生まれた幻覚能力、 お前は負けたんだ、 現実を……」


「今、 この現実の今を進む力に、 お前は負けたんだよ」


風が吹いて木々を揺らす、 雨は先程よりも小雨で静寂さを更に強くする


冬夜の言葉に返事は帰って来なかった……


八宝上道師はちほうじょうどうしは常にリスクを嫌い、 無謀な挑戦を避けて来た


だから負けたのだ、 常に挑戦し続ける、 村宿冬夜に負けたのだ……


「俺が前に進めたのは日暮のお陰だ、 今すすみ続けれるのはマリーのお陰だ」


八宝上道師はちほうじょうどうし、 お前はまずそんな仲間を持つべきだったな……」


やはりその言葉には答えは帰って来なかい


森を支配する静寂だけが村宿冬夜の勝利を物語っていた


しかし、 止まっては居られない


「マリー、 俺を磔にしている、 柱か、 鎖、 断ち切れるか?」



「ううん、 それならとっくに切ってるよ、 これすごく硬い、 もしかしたら能力で作られてるのかも」


「私の水圧カッターでも切れないの……」


そうか…… ならどうする……


「ぎゃぁっ!!」 「ぎゃあ!!」


うるさい声が響く、 猿の仲間共か、 異変を感じこちらへ向かってくる……


取れる手段は……


「マリー、 質問だ、 俺の血液って操作できるのか?」



「え? うん、 出来るけど何で?」


なら可能性はある……


「知り合いの陰陽師の人から聴いたんだ、 俺の先祖は自分の血液を術で取り出したって」


「その術は、 血液と言う情報体に自分の全てを溶かし取り出す事が出来ると言っていた」


「それをやると、 俺という存在の全てが血液に保存され、 それの抜けた肉体は、 本当にただの肉になる」


「記憶や、 意識、 感性、 それらを保存した血液が俺になる、 先祖もそうやって今どこが俺らを見ているらしい」


水の少女八困惑する


「へ? 冬夜どう言う事?」


冬夜は緊張した声で言う


「つまり、 肉体を捨てるって事、 体は磔にされて動かないから、 血液に全てを保存して、 肉体を捨てる」


「本来、 血液は動かないけど、 マリーだったら操作できるだろ?」


耳を澄ます、 猿共は多い様だ、 すぐそこまで迫っている


「安心して、 この肉体が無事ならもう一度入れるし、 そうじゃなくても、 ある一定の肉片に入れば」


「血液の情報を元にそれが俺の肉体になる…… らしい、 まあとにかくやるよ」


こうなったら冬夜は止まらない、 でも冬夜が進む時間違いは少ない


「わかったよ、 冬夜に従う」


そういう少女はやれやれと言った感じだ


「じゃあ、やるよ、 陰陽術……」


「『時世跨ときよまたぐ血の来行らいこう』」


歴史の営みの中、 先祖は自身の情報を残すためこの術を編んだ


術が、 冬夜の体内を読取り、 血液に情報として焼き付けていく感覚


それに伴い血液が沸騰しそうなほど熱くなる


しかしそれも束の間、 冬夜の眼球から血液が流れ出し凝縮、 拳だいのひとつの雫として固まる


そして雫が水に囲まれる


「本当にただの肉の塊、 それ以外の情報を血液に焼き付けた、 空っぽな肉体になっちゃった……」


「それで、 私はこの血を操作して逃げれば良いのね……」



『マリー、 山はまだ降りないで……』


マリーの内側から、 取り込んだ血の雫から伝わる


「考えたり、 思ったりも出来るんだ、 分かった、 ひとまず隠れるよ!」


…………


翌朝、冬夜が磔にされていた場所、 そこには……


「師よ、 まさかお前が敗れるとはな……、 そして人間……」


「死んだんのか?、 いやそれとも、 肉体を捨てたのか……」


猿の王が静かに呟いた……

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