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第二十八話……『信じる』

「やばい、 やばい、やばい、 やばーい!!」


彼は今走っていた、 全力で走っていた


「まじで、これはやべーですよ!!」


朱色の御守りがふわりと舞う拝借したての新品のリュックサック、 その中は既にパンパン煮詰まった水や、 缶ずめが、 ゴロゴロカラカラ音を立てる


「くっそ、 走りずらい!!」


両脇に生活に必要な美品を抱えながら走っているからである


ドゴッ!! バゴッ!!


大音量で音が木霊する、 その音の原因は……


「地面が、 落ち始めんたんですけど!?」


巨鳥の巣と化していた巨大な地下空間、 不自然に安定していた地面が、 当たり前にようやく崩落を始めた


「うおぉぉぉ!!!」


落ちて行く、 今しがた漁っていた、 いや小さな頃から御用達だったホームセンターも、 激闘を広げた敵、 その戦いで刻まれた痕跡も、 全て大穴に飲み込まれて行く


そして、 日暮自身も……


「やべっ!! 落ちる……」


全てを飲み込む大穴……だが


「なんてね、 俺はさっきまで空飛んでたんだぜ!! ブレイング・ブースト!!」


空気の圧が穴の縁まで自分の体を飛ばす、 軽く受身をとりながら地面を転がる、 少しずつ地面は削れ、 落ちてゆき


ポロリッ……


小さな欠片が落ちて一旦崩れるのを辞める


それは日暮のすぐ真横だった、 ギリギリ助かった


「偶然、 必然、 それも力……危な」


立ち上がり見つめる、 薄暗い空を、 闇に飲まれた巨大な大穴を


「あ~あ、 まだまだ色々漁りたかったのにな、 でも早めに切り上げてダッシュして来て良かったよな、 生きてる事が大事なんだからさ」


色々あった、 死にそうになって、 それでも生きて、 今はもう前を向いてる、 だからすぐに切り替える


「さてと、 家に帰るかな~」


自分が生きてきた実家、 当たり前にそこが彼の帰る場所だった


静寂の中を、 帰路に向かって歩く、 今はもう車の走らない車道、 でもヒビの入った歩道を歩く


虫たちの声は消えず当たり前に響く、 パシャリ、 水溜まりを踏みシャッター音みたいな音が鳴った


揺れる水面が一瞬だけ彼の冒険の終わりを記録した


日は落ち、 夕暮れに沈む世界、 薄暗がりの世界にも街灯は知らんぷりをする


少しだけ寂しい気持ちが滲む、 彼の社会の中で生きてきた人間性の部分だ


それを見ない振りをする、 鼻歌を歌い、 スキップしながらランランで帰る、 これから続く戦いの世界を考え、 口角が確かに上がる


揺れる御守り、 それだけが真っ赤に燃えて、 家族の記憶を甦させる


「仕方ねぇだろ、 そんな事言っても」


独り言がこぼれる頃には家に着いていた、 鍵の閉めてない玄関のドアノブを開ける……


「……なにこれ? ランタンの光か? よく見たら知らねぇ靴だ……」


誰か居る


「はぁぁ、 家主のものでーす、 誰か居るんですか?」


そういう時は素直に聞こう


「まあ、 こんな世界なんでね、 特に何も思いませんよ~」


ギュッ、 荷物を下ろしナタを構える、 敵なら殺す、 殺して解決する事は既に彼に染み付いた思考になりつつある


……


「いや~ すみません お借りしてて、 自分市役所職員してました、土飼つちかい 笹尾ささおと申します……ん? 君もしかして日暮くんか?」


男は人当たりのいい顔で自己紹介する、 日暮の事も知っているような口ぶりだ


「あ? ナタ…… いや危ない、 それを下ろしてくれ、 私は敵ではないんだ、あっ、 あ~そうだ、冬夜く~ん来てくれ、 君の友達だと思うんだ~ 」


冬夜と言う名前は聞き覚えがある、 まさか……


「どうしたんです? 土飼さん、 ……お前日暮か?」


やっぱりそうなのかと日暮は思う、 村宿冬夜むらやどとうやは日暮の中学からの親友だった


「お前……生きてたのかよ、 良かった……」


仲間思いの良い奴だった記憶が蘇る


「そうだ、 良かった!! 親父さんも、 お袋さんも、 茜ちゃんも、 じいちゃんばあちゃんもお前の事心配してる」


ああ…… 俺の家族はみんな生きてんだな


「よし、 明日俺たちと一緒にシェルターに向かおう!! いや、 みんな喜ぶぞ~」


常識が染み付いた当たり前の良い奴だ、 だから知らないんだ、 目の前の友人の顔が過去最大級に引きつっている事に


……


「いや、 行かねぇけど……」


そんな言葉も当たり前に溢れてしまう、 日暮の中から既に常識性は消えていた


「いやまぁね、 いつかは顔出すかもだけど、 ちょっと今じゃないな~、 いやほらねうちの家族心配性な所あるしさ」


「せっかく戦いの世界になったのにダメだしされたらムカつくしさ、 家族相手にキレるのも悪いから、 もうちょっとね」


「いや~ でも生きてたんだな、 良かった良かった、 生きて帰ってきて良かった~、あっ、 今お茶入れますよ」


自己解決、 この話は日暮の中で既に完結した、 しかし納得出来ない者もいる


……


「は? お前何言ってるんだ? お前は家族に会いたくないのかよ?」


当然の疑問だろうか


「何呑気な事言ってんだ、 そう言えばこの1ヶ月間、 お前何してたんだよ」


……


めんどくさいと思った、 ナタはまだ離してない


「いや行くよ何時かな、 でも適当なタイミングで行くから気にすんなよ、 俺は今最高に楽しんでんだ、 この世界を」


きっと最低だ、 当たり前のように睨みつけてしまう


……


「お前…… 本当に日暮かよ…… 不器用で自分を見せたがらないところもあったけど、 それでもお前は優しい奴だったろ!! 良い奴だったろ!!」


「家族とも仲良かったし、 相談は何も言わずに聴いてくれるし、 そんな事、 そんな目で見るやつだったかお前?」


親友が語りかけるが日暮は動じない


……


「生きやすかったぜ、 社会の中で生きるには、 自己主張を弱くして大衆に紛れる」


「クソつまんねぇ世界で、 せめて楽に過ごせるように生きてきた、 あの時の俺は死んでた」


無意識にナタを握る手に力が籠る


「こんな事言うのも悪いけど、 あんま邪魔すんなよな、 萎えるからさ」


……


「……てめぇ!! 日暮!! ふざけやがって!!」


冬夜は拳を握って振りかぶる、 日暮は冬夜の動きをよく観察する、 この世界でお互いに暴力への引き金は緩くなった


止める者が居なくてはきっと数秒後には死人が出る


止める者が居なければ……


……


「やめよ!! 馬鹿者が!! 」


ガシリッ、 市役所職員の土飼が冬夜を押さえ付ける


「お前の暴力は人間…… 仲間を傷つける為にあるのか? 仲間を忘れて傷つける、 そんなの奴らモンスターと同じだ」


日暮も冬夜ももう大人だ、 共に1年程前に成人を迎えている、 だがそれでもおっさんの声は若者に響く


「頭を冷やせ!!」


その声で冬夜は拳を下げる、 この関係はまさに社会の中で培われた信頼関係だろう


「ふぅ…… あと君もだ日暮くん、 私はさっき危ないからナタを下ろしてくれと言ったんだ、 我々は敵じゃない、 その区別がつかないなら話は別だが?」


その言葉で日暮もナタを革製の鞘にしまう


「良かった、 家に上がらせてもらっている我々が言うのもなんだが1度そこの客間で話さないか?、 玄関に突っ立てるのもほら、アレだろ?」


もうどうでも良かった、 まだ怒りの消えない冬夜と反対に日暮はどうでも良くなっていた


「そうだ、 お茶入れてくれるって? 嬉しいな喉がカラカラだったんだ~」


市役所おじさん土飼はそう言ってニヤリと笑った


……


適当なグラスを3つ用意する、 リュックの中からさっき取ってきたばかりのお茶を適当に注いだ


「これ店から取ってきた奴なんで、 抵抗無いなら飲んでください」


一応そう伝える、 金は払っていない、 その罪を知らない内に被って仕舞わないよう一応告げる


……


「構わない、 ありがとう、 こんな世界だ、 も勿論悪いと思う、 いつかは訴えられるかも知れない、 だがその時は受け入れるさ」


「だってそれって社会が復興したってことだろ、 人々が今を生きるのに精一杯じゃ無くなった頃、 余裕が出来たらそれ相応の罰を受けるつもりさ」


これも1つの考えだろう、 今は、 社会を復興する事を人々を助ける事を第一に考えているのだ


……


「そっすか、 じゃあ飲んで下さい、 ふぅ緑茶は美味しいな~」


緑茶は落ち着く、 昔から日暮は緑茶が好きだった


……


「うんうん、 美味しい~」


そう呟く土飼を横目で冬夜が睨む、 催促しているのだ


「はぁ…… そうだね話をしよう、 但し司会は私が行う、 感情的になったりしないように」


土飼はそう呟くと背筋を伸ばした


「改めて自己紹介しよう、 私は土飼笹尾、 33歳、 元々市役所職員だった、 今はシェルターの隣のプレハブ小屋を作戦室としてシェルター周辺の安全維持と人々の救出や物資の調達の為日や活動している」


「勿論あのモンスター達も倒している、 こっちの冬夜君もそうだ、 自分から志願してくれてね、 まあ人手は足りていないんだが」


そう付け足す土飼の体は確かに適度に鍛えられている


「冬夜君の事は詳しく知っているようだね、 じゃあ次は君について教えてくれ、 日暮くん」


……


「俺の名前は明山日暮です、 年齢は21、 ちょい前まで会社員でしたね、 今はこの世界で楽しく自由に生きています」


そう答えると冬夜はなにか言いたそうな顔をするが、 土飼がそれを制す


……


「普段何をしているのかな? 我々は集団で力を合わせても生きて行くので精一杯だ、でも君はこの世界をたった1人でも不十分無さそうだし」


「言えることで良いんだ、 教えてくれないか?」


土飼は当たり障りのない質問をする


……


「普段する事は変わりませんよ、 そこにモンスター共をぶっ殺すって行為が出来ただけで、 今まで通りの日々です」


「一応ですけどさっきまではココメリコ漁ってました」


質問が増えると面倒なので補足をする


……


「成程ありがとう、 それにココメリコに言ってたのか、 中どうだった?、 まだまだ色々あるか?」


おっさんが目を輝かせて質問する


……


「あ~ いやもう無いです、 色々あって全部地中に落っこちましたね、 その建物とか周辺とかね、 見てもらえばわかると思うんですけど」


ちょっと焦る、 こんな事信じて貰えるだろうか


……


「それは? 言葉どうりの意味かな? もう何も無いって事かな?」


そう質問する土飼、 あの周辺が全て陥没した理由は多分、 巣の持ち主、 暗底公狼狽を倒したからだろう、 タイミング的には倒したその後だ


「ふーむ まあ見て見ないことには何とも言えないがこんな世界だ、 仕方ないさ、しかし残念だね」


きっと色々な物資があったろうに…… と続ける土飼


それに対して冬夜も何も言わない


……


「はぁ~ もういいや信じてくれんだな、 なら今日はもう疲れたし解散しようぜ」


今日はもう疲れた


……


「話を始めたばかりなんだがな、 それに信じるさ、 もうこの世界に当たり前なんて無い、 そこらじゅうでありえない事が起きている」


「だがその話が聞けただけ良いさ、 互いの事を知るってのは大切な事なんだ」


……


このおっさんのことは信用できるかもと日暮自身思ってしまう


「なら今日は一旦終わり、 この客間そのまま使っていいぜ、 そこの押し入れに布団とか入ってるしな」


だから早く切り上げる、 社会に飲まれては人としての情が蘇るからだ


「なんかあったら呼んでくれ」


そう言い残し客間を後にする


……


その後ろ姿を黙って見つめる土飼は礼を伝えると冬夜に話しかける


「聴いていた感じとは少し違った青年だったな」


「いや自分を見せたがらない面があるってのはそうか」


……


「いや、 あいつは本当はあんな奴じゃ……」


冬夜はそう言うだろう、 過去の記憶がそう言わせる


……


「ふん、 私は以前所謂パートナーが居てね、 すごく信じていたんだが、 裏切られた詐欺だったんだ、 その時思った、 俺は彼女の事なんてなんにも知らないんだって」


「君たちの付き合いは長いかもしれない、 でもどんな人間かなんてのは他人には絶対に分からない事なんだ」


……


「そうでしょうか、 あいつは不器用だけど優しい良い奴でした、 あんな奴じゃ……」


……


「ふむ、 まあそうゆうように生きてきたのだろうな、 所で不器用で優しい良い奴何てのは、彼が言った事なのかな? 彼が自分で言った彼自身の言葉かな? 」


質問がよく分からなかったが冬夜は首を振る、 これは主観的に見た日暮に対する冬夜の意見だ


「やはりそうか、 冬夜君、 君は彼の事など微塵も知らないんだ、 今も過去もね」


……


そんなことは無いと冬夜は思った、 長い付き合いなんだ、 知っている


「あいつはあんな奴じゃ……」


……


「では聞くが、 あんな奴とはどんな奴の事だ? あれは日暮君では無いと言うのか?」


勿論冬夜はそこまで言うつもりは無かった、 そんな冬夜に土飼は続ける


「意外と知らないものさ、 知らないから主観で決めつけるしかないんだ、 人は知らないものを嫌うからね」


「多面性、 成長、 多くの場面で人は自分を使い分ける、 私もそうだ、 今と仕事の時では全然違う、 君だってそうだろう」


「人は変わるし、 彼のは隠してた気持ちだろう、 あの気持ちは少なくとも社会では必要ない、 あの暴力性は社会では身に余る」


「でも思うにあれが本質なんだ、 ずっと縛られて生きてきたように感じてたんじゃないか、 君が言う、 自分を見せないってのは、 本質を隠してたからなんだ」


……


「言いたいことは分かります、 でも本質を隠すなんて誰だってしてる事だ、 俺だってそうだ!! みんなそうだ」


「さらけ出して生きる何て無理なんだ!!」


それは冬夜の本心だった、 隠し事自分にもあって言ってやりたくなる事もあるけれど、 それはできない事だ


そんな冬夜に土飼は言う


……


「君の考え自身が、 彼を、 多くの人を、 そして君自身を縛っているんだ」


「誰もが自由に生きれる世界、 それは社会的に見たって目指すべき美しいものだった筈だろう?」


「彼は人が人を縛る世界では自由になれないとずっと気づいていたんだ、 そんな折にこの世界は変わった、 彼はその自由を手に入れたんだ」


「おじさんはね、 ちょと羨ましいな~ 何て思っちゃうんだ」


冬夜は何も言えなかった、 全てを理解出来た訳じゃないが、 彼の意志を縛る事を友として許せない事だと気付いたからだ


「まあさ、 このままじゃ良くないってのも分かる、 俺たちは敵じゃ無いし、 敵にもなって欲しくない」


「彼と上手くやれるよう考えるさ、 君が彼を良い奴だって思った理由、 彼の本来の誠実さは決してただの嘘なんかじゃ無かったと思うよ?」


冬夜は中学の帰り道、 共に鬱憤ばらしの逃避行に何も言わず付き合ってくれた友の姿を思い出す


……


あの気持ちを嘘にはさせない


「信じるって事がようやく分かりました、 俺は日暮を信じます、 俺自身がまたあいつとバカやれるように」


その言葉を聞いて土飼は人当たりのいい笑顔で笑った


「明日改めて話をしてみよう、 今日はひとまず休息だ」


二人は休息に向けて各々準備を始めるのだった

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