第百六十四話…… 『天閣の祝詞、 後日談・23 夢にまで見た異世界転移《九》』
日は昇る、 目を覚ます、 寝起きは中々頭が重い、 それでも歩き出す
ご飯を食べる、 すると脳が回り出す、 ご飯を食べると何処か体もポカポカとしてくる
顔を洗って、 寝癖を抑えて、 それから……
ザッ!
身を翻して歩き出す、 新しい朝だ、 日に当たって背伸びをしたら、 今日もまた始まる……
さぁ……
「よしっ、 岩ぶっ壊しに行くか~」
仕事へ向かう………
……これは、 彼の旅路の始まりのひとつの物語に過ぎない、 だがここを乗り越えて、 そうして始まるのだ、 だから……
………………………………………
………………………
……
「ッ、 ブレイング・ブラストォっ!!」
!
ボガァアアアアアアンッ!!
ドガァアアッ! ボロボロボロッ…………
おおっ!
「凄いっ! 沢山崩れたよっ! おい皆っ! 掃除の時間だ!」
ラーダの里、 潤泉の湧水、 そこに立ち塞がる巨大な球体の岩、 それは四十一第魔王率いる魔王軍の将軍、 ゲンガイの力、 業魔刑の力により、 その土地の精力を魔力と共に岩にして固められた物
異質な魔力の塊が土地の力を奪い蝕む、 これはゲンガイが、 男達を失った里人が生活の糧すら失い徐々に弱り死ぬ様を心から楽しんだからであり、 しかしそれは叶わなかった
魔王討伐によりゲンガイ達一軍はこの地を去る、 置き土産の様に残された黒い巨石、 強力に固定され不壊とされたそれを……
壊す!
「良いね、 このグローブ、 素手でぶん殴るよりずっと壊れる、 ナイスアイデア商品」
日暮はボロボロに吹き飛んだグローブを、 手の再生と共に新しい物に付けかえる、 皮のグローブにゴツゴツと岩が括り付けられている
「昨日日暮が壊した岩の破片を皮の手袋にくっ付けただけだけどね、 一発でダメになっちゃうけど、 今も沢山作ってるから~」
そう、 動物の皮をなめして作られした皮のグローブには、 昨日日暮が破壊して取れた岩の破片がゴツゴツの付き、 互に硬い物同士ぶつかり大きく破壊する
流石に弱いグローブと、 日暮の腕がまだ負けるが、 小さくても同じ高度の岩だ、 素手よりもずっと効率が高くて、 普段から装着したいぐらいだ
……岩を殴り続けて二日目、 今も潤泉の湧水付近では、 老人や女性が家事を、 ネーヌの男達が狩りを、 子供達は岩の破片の掃除をしたり、 皆で頑張っている
祖先の残した遺恨を超え、 手を取りあって、 全員が明日を、 未来を、 前を見ている、 そこにはきっと巨大な岩が朝日を遮るのだろう
でも誰も諦めない、 そこには最前で、 岩を破壊する者がいる、 だから誰もが今日より良い明日を夢想する、 だから誰もが期待する……
っ
「ブレイング・ブラストォッ!!」
ッ、 ボガァアアアアアアンッ!!
ガザァンッ!! ゴロゴロゴロ………
一際大きな音がなって、 蓄積されたダメージが響く様に、 岩が大きく崩れ落ちた時、 揺れ、 押された岩が……
ザザッ! ………
一瞬だけ揺れ動いた様に見えた………
っ!?
いや、 幻覚では無い、 ズレ動いた跡が本の数センチ程だが轍を作ったのだ、 それは、 岩がほぼ、 半分程崩れ落ち半円に近くなっていた頃だった……
「……今、 動いたっ! 凄いっ! 今動いたよっ!」
子供の一人が叫んだ声がその場にいた誰の耳にも届いて震えた、 あれだけ不動で、 不壊の巨石が、 確実のその面積を減らし、 今度は漸く少しだけ動いてみせた
……もう少しだっ!
心でそう思った時、 日暮は更に拳をに握った、 既に時刻は昼を過ぎたが、 グローブのお陰か、 本当に岩にダメージが蓄積されて居るのか
……それからは追い上げる様に岩が大きく崩れ始める、 日暮から薄らと漏れる『勇者』の力が、 ミクロノイズにより発生する能力の一撃に伴って岩へと打ち込まれ、 その魔力的内部構造を破壊しているからというのは日暮には知る由もない
一撃が刻まれる度に岩が揺れ動き轍を深くする、 その音が森に響き、 しかし鎮まりかえる、 鳥や小動物、 それらの動物や植物、 潤泉の湧水が再び湧き出す事を願う者達はみな平等にその様を刮目し静観しているようだった
風が吹く、 雲が動く、 頂点に届いた陽光が、 瞬く間に今度は降り始める……
………………
巨大な岩は遂に、 最初のサイズの三分の一程のサイズになる、 その頃には空が紅く染まり初めていた……
っ………
「はぁ…… やべえっ、 ちょっとエネルギー不足かも、 傷の回復が悪い……」
流石に一撃事に腕が壊れる事を繰り返し、 潤沢であり括、 狩人の取ってきた獲物をエネルギーに変換して来たがそれももう終わりだ
もう、 これ以上は…………
ザッ
「十分だ日暮、 このサイズになったらもう人の手でも動くかもしれない、 全員で力を合わせようっ!」
ジェードが手を上げると男達は大きな声で唸った、まずはシャベルを使って岩の周りの土を掘っていく、 埋まっている部分を露出させると、 今度は遠く川から予め運ばれていた水を流して土を濡らした
「土を水で柔らかくすると抜けやすくなる、 だが足元が滑りやすくなるんだ、 日暮が粘った後の方法はずっと考えていたさ、 ラーダの里長!」
ラーダの里長が前に出てくると何やら呪文を唱えた、 すると、 周囲の岩が動き出してゴーレムを作り出す……
「ゴーレムはラーダの宝だ、 随分と廃れてしまったが、 ワシにもゴーレムを作成の魔法は扱える、 先祖の物に比べたら大分貧相だがな……」
でも、 小さくなった岩に紐を括り付けると、 それをゴーレムに持たせる、 ゴーレムが綱引きの様にそれを強く引いたっ!
グググググッ!!!
「ぐぬっ! くっ! それでもまだこんなに重たいのかっ! だがっ! 手応えがあるぞっ!」
「男達! 俺達も寝手伝うぞ!!」
岩を引くゴーレムに加え、 反対から男数人で岩を押す、 岩が僅かに動き始める……
「っ! 浮いたっ! 浮いた所に板を差し込めっ! 枝を切って来い! 地面に敷いてその上を転がすぞっ!」
グググッ! ゴゴゴッ! ザザアッ!!
凄い、 確実に岩が動き始めた、 板を登った岩が木の枝へと差し掛かる、 日暮も立ち上がると、 他の男達と共に岩を押した
「うおおおおっ!! 皆っ! タイミングを合わせろ! せーのっ!」
ゴゴゴゴゴッ!!
大きく削れ落ちた岩が、 そうして遂に、 みんなの力のお陰で………
ゴゴッ!
ゴロロロロロオッ!! ボォオオオンッ!!
っ!!
「……動いた、 完全に湧水の噴出口の上から動いたぞぉっ!!」
!!
ああ、 これで……………………
………………
「……いや、 待て……… 馬鹿な…… 水が、 湧いて出てこない…………」
……えっ!?
巨大な岩の根っこは枝の上を転がり完全に噴射口の外に出た、 その姿、 削れ落ちても尚大きく影を作るそれは、 良く動かせた物だと思う、 それでも……
水が、 湧かない? ………馬鹿な ………
……ああ ………
「お終いだ……… これは、 神は本当に、 ワシらを許すつもりは無いのだ、 お終いだっ!!」
狂乱に陥り叫びたい気持ちがよく分かる、 水が湧かないとなると、 日暮が身を削った疲れは果たして何処に行くのか、 徒労感が肩にのしかかる……
(……疲れた、 ああ、 まじでもう、 なんだったんだ………)
最前を行く者が地に落ちる、 それを見て、 他の者達も疲れに体を落とす、 酷く喉が渇いた、 誰もが湧水を期待していたから、 皆、 喉が渇いた………
………………………
ザッ!
……………一人を除いて ………………
「違うよ…… 理夕様は、 頑張って生きる人達の前にこんな試練を与えたりしない、 私は…… 巫女だから」
シャルルが一人、 湧水の噴射口の傍で立つ、 その姿は凛としていて、 何処か静かで、 研ぎ澄まされて居たようだった……
「……ネーヌは昔から水不足が永年の問題だった、 だから、 年に一度の宴のお祭りに、 巫女は舞を踊るんだ、 雨が降ります様に、 水が湧きます様に、 その願いを何時だって、 私は、 ううん、 巫女達は願って来たんだ」
彼女の言葉は静かで、 しかし力があった、 その場に居る者は誰も声を出せなかった、 疲れもあったが、 視線が、 意識が彼女に惹き付けられた……
すっ……
彼女の衣が引かれて、 伸ばされた腕がゆっくり、 繊細で、 水の流れの様に静かで、 それでいて力強く、 彼女が清廉な足運びで、 一つ、 二つ、 回る……
舞、 詩も無く、 演奏も無く、 ただそこには舞い踊る彼女の姿だけがあった、 しかし、 その認識は間違いだと後から思う
彼女は今まさに、 森の奏でる音、 風音、 傾く陽の色、 空の色、 世界の伊吹、 それらと対話している様だ、 世界の奏でる音こそ、 詩であり、 演奏、 彼女は今、 世界に立ち、 世界の上で、 楽舞を舞って居るのだ…………
やがて静かな動きの中に鮮烈さが生まれ、 釘付けになった目がクライマックスを悟る、 決して大きくないし、 激しくも無いのに、 そこには壮大な畝りの様な力を感じた…………
………ゴゴゴゴッ
っ!?
何だ、 揺れを感じる、 足元だ、 地震でも起こったみたいに揺れている、 突然の事に驚きが全身を駆け巡るが、 それでも、 誰もが、 彼女の舞から目を離せなかった
………そして遂に、 彼女が低く沈めた体を、 空に向けて、 その腕と共に振り上げ伸びた時、 足元の振動は最高潮に達し、 彼女の動きに呼応する様に……
溢れ出す……………………
………
ッ
ボッ!!
ガァアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!
………
っ!?
高い、 空まで届く程の、 余りにも背の高い…… 水柱、 抑圧されていた力が、 狂ったように溢れ出すっ!!
見上げていた、 誰もが………
やがて激しい雨の様な、 地を打つ水の落下が渇いた者達を打ち付ける時、 誰もが、 空を見上げて、 大声をあげて
笑っていた……………
……………………………………………………
…………………………
…………
「……もう一度吹き出した潤泉の湧水は依然、 その御力を持って人々を潤す、 やがてその水が侵食し、 大地を削り、 その水は迷う事を知らない様に、 川へと繋がった…… 恐らく精霊様の力じゃろうな、 な? ラーダの里長よ」
「ああ、 そうだろう、 儂はあの日、 夕日に照らされた巫女に、 森全体が呼応している様に見えた、 末恐ろしい、 お前の孫はとんでもない神力を持っておるぞ」
黒石を砕き、 もう一度水が湧いたあの日から三日、 ラーダの里長は自身の里を代表してネーヌの里へと訪れていた、 理由は幾つか有る
ゴーレム襲撃の謝罪と、 取り決め反故による罰刑についての話し合いに伴ったネーヌの里の被害状況の視察
ネーヌの里が生活用水として使用する小川に流れ込んだ潤泉の湧水の効果による増水と、 その状況の調査
そして、 潤泉の湧水復活に手を貸してネーヌの調査団と、 巫女へと感謝、 そして、 誰もの絶望として立ち塞がったあの岩を血を撒き散らしながら穿った、 明山日暮へと別れを告げる為だ
「潤泉の湧水が川へと流れ込んだお陰で、 ネーヌの水不足は徐々に解消されるじゃろう、 ネーヌの水不足は永遠に解消されない重しであり、 それを代々里長が重く苦しく支えてきた…… だがもしや私の代でそれを無くし、 未来を託す事が出来ると思うだけで、 これ程の感謝はない」
「ラーダは勿論、 この水の対する利権について言い合う様な事は決してしない、 流れ込んだ分の水はネーヌの物だ…… ただ、 一つだけ、 代わりとは勿論言えないが、 どうか願いを聞いてはくれないか?」
ネーヌの里長、 老婆は椅子に座りながら微笑みうなづいた、 それを見てラーダの里長は口を開く
「……うちの里は男手が殆ど亡くなり、 水が湧いたと言っても未来は無いかもしれない…… だが、 私は、 ラーダの民に苦しんで欲しくは無い……」
「今回の襲撃の罪や罰、 そしてこれまでの長年のいがみ合いのそれらは、 全て私に掛けても良い、 だが、 どうか、 これからを生きていく子供達や他の者には勘弁して欲しい」
「そして、 厚かましい話だが…… ラーダに力を貸して欲しい…… もう一度、 里を一つにしないか? どうか、 うちの者をこの里で暮らさせて欲しい、 この通りだ」
ラーダの里長は地に頭を着くほど頭を垂れた、 ラーダは絶滅の危機に瀕している、 それは水の復活では補えない程の……
それでもその願いは、 到底聞き入れられるものでは無いと思った、 その場合は、 ネーヌの下僕として生かしてくれと頼むつもりだった、 若くして死ぬよりはずっと良い……
……………
「……わしはもう片足を墓に入れている様な老いぼれじゃ、 これからの事は、 孫や、 未来を生きる者が作って行けば良いと、 本気でそう思っている」
じゃが………
「ほほっ、 大仕事に何そうじゃな? おちおち死んでも居られない、 ラーダの里長よ、 ネーヌはお前達を受け入れよう、 わしの決定でな、 シャルルにはまだまだこの座は譲らんよ、 はっはっ!」
顔を上げたラーダの里長はもう一度深々と頭を下げた、 と、 そのタイミングで近づいてくる足音を聞いてそちらを見ると、 噂をすれば、 シャルルがキョロキョロと周囲を見渡しながら挙動不審に首を動かしていた
シャルルが、 こちらに気づいて口を開く
「ねぇ里長、 日暮見てない? 商会馬車の準備が終わりそうだって言うのに、 日暮がどっかいっちゃったんだよね、 もう、 何処に行ったのやら」
口を尖らせる彼女に、 老婆は、 里長としてか、 祖母としてか、 笑って口を開く
「はっはっ、 さてな、 あの性格だ、 何処かぶらぶらと散歩でもしてるのだろう、 しかしそろそろ時間か、 シャルル、 わしも門まで見送るから、 丘を下るのを手伝っておくれ」
「……うん、 わかった、 そうだね、 心配しすぎてもまた嫌な顔されるし、 時間になったら来るだろうから、 じゃあ行こっか、 ラーダの里長も行きましょう」
三人は頷くと、 里の門まで向かって歩いていく、 そう、 今日は、 日暮が商人の旦那の馬車に乗り、 里を旅立つ日だ、 最後の時間……………
……………………………………………
…………………
……
「……態々呼び出した、 話とは何だ日暮」
日暮はジェードと二人きりで話す時間を作る事にした、 どうしても聞きたい事があったからだ
初めて出会った時と比べて、 ジェードはずっと日暮に対して柔らかくなった、 あの夜共に戦った事が二人の仲を良くした、 本の小さなきっかけで男は仲良くなれる、 それは何処の世界でも同じらしい
「わりぃな、 忙しいだろうに、 お前に聞きたい事とさ、 言いたいことがあったんだよ」
ジェードは頷いて続きを促す
ずっと疑問だった……
「ジェード、 お前はどうしてシャルルと微妙な関係になったんだ? 昔は仲良かったんだろ?」
広い里ではない、 少し歩けば毎日でも顔を合わせる様な人ばかりだろう、 そんな中、 特にジェードは、 進んでシャルルから距離を取っている様に見えた
だが、 初めて会った時、 彼の鬼気迫る雰囲気、 ジェードがシャルルに向ける想いは本物だと思った、 ならばこそ疑問が湧く
「……何かと思ったら、 まさかそんな質問をしてくるとはな、 何故そんな事が気になるんだ?」
確かに、 日暮は他人間の交流について口出しした事は殆ど無い、 そもそもよく分かってないし、 分かろうとする程興味を持つタイプでも無い、 無かった
でも、 日暮ももしかしたら、 変わったのかもしれない、 昔よりも変われたのかもしれない……
「いや、 シャルルの事が気になってな、 あいつはどうも人を頼るのが苦手らしい、 でもあいつもきっと、 これから変わっていく、 あいつを本気で支えてやれる人が必要だと思う」
ジェードは下を向く
「………そうか、 だが、 それならば、 気になると言うならば里に残ればいいだけの事、 里を去るお前には必要のない心配事だろう?」
そうだけどさ……
「そうじゃねえんだよ、 何があったのかは知らないけど、 思ってるなら伝えた方が良い、 居なくなって、 伝えられなくなったら、 もうその想いは一生、 伝えられないんだぜ?」
日暮は、 今もまだ、 両親や、 残してきた家族の事を考えたりする、 もう二度と逢えないし、 思った事も二度と伝えられない
でも、 まだ、 これから再開し、 伝える事のできる人がこの世界には居る、 だから日暮はこの里には残らないのだ、 それも確かな、 日暮の旅の目的なのだから……
その目を見て何かを感じたのだろうか、 ジェードは深い溜息を着くと口を開いた……
「昔の俺は泣き虫の雑魚だった、 同い年のシャルルはいつも俺の姉の様に振舞って、 そんな俺に優しくしてくれた…… 俺は何時だってシャルルを頼って、 弱さを彼女に晒し続けた」
だが……
「シャルルの父親が、 モンスターからシャルルを庇って死んだ時、 孤独に震えるシャルルに…… 俺は何もしてやれなかった、 彼女の持つ強さを、 俺は持って居なかったんだ」
その日から……
「俺は強くなると決めた、 大人達の鍛錬にも参加し、 弱い自分を叩いて叩いて鍛え上げた、 それが、 気が付いたらこの歳になっていただけだ、 時が経ち、 シャルルは巫女を引き継ぎ忙しく、 俺も狩人の仕事で話をする時も無い…… いや、 逃げ続けて居るだけかもしれないな」
そうか…… それでも、 日暮も、 ジェードも、 シャルルも、 全ての人が共に、 今を生きている、 だからこそ、 大切なのは今だ……
「……じゃあ、 遂にその日が来たって事だな」
?
ジェードが首を傾げる、 だが、 そうだろ?
「ジェード、 お前は強かったよ、 めちゃくちゃ、 弱い自分を叩いて叩いて、 鍛え上げて、 そしてこれから、 遂に、 シャルルを支えられるな…… その為に鍛えて来たんだろ?」
っ……
目を見開くジェード、 動揺しているのだろうか?
「……だが、 まだ足りないかもしれないっ、 そんな俺とは違ってお前は、 お前なら、 日暮、 お前なら俺の持ち得ない物を持っているだろっ!」
何だろ? でも、 そんな事は関係ない……
「ジェード、 弱さってのはな、 強さの種なんだよ、 弱いお前が居たから、 今の強いお前がいる様に…… 弱さが完全にお前の中から消えてくれる事は死んでも無い…… でもその代わり、 強く居ようとするお前もまた消えない」
でも……
「時の流れは残酷だ、 強くなるまでに二人は大人になって気まづくなって、 でも時は止まってくれない、 お前は永遠に自分の弱さを否定し続けてもそれは終わらない、 そんな内に、 シャルルもお前もジジイババアになっちまうよっ」
大切なのは、 覚悟だろう……
「足りないから何だ? 持ってないからどうした? そんな理由で止まるのか? ……そんな理由で、 シャルルへの想いを諦めるのかよ? 何も恩を返せないまま……」
グッ!
「違うっ!」
ジェードは気がつけば叫んでいた、 それは日暮の言葉への否定と言うより、 自身の中のちっぽけな葛藤の声に対してだった
「……俺は、 俺だって、 このまま終わりなんて御免だっ、 シャルルの事は俺が一番に支えたいっ、 今度は俺がっ! シャルルに寄り添いたいっ!」
だが………
「どうしたら良いのか分からない……」
ふん………
日暮は息を吐き出すと笑って言った
「ジェード、 狩人の仕事って忙しいのか? いや、 例え死ぬ程忙しくても、 死ぬ気で時間を作れ」
…………?
首を傾げるジェードに日暮は更に続ける、 そう、 彼女は言っていた……
「シャルルがさ、 巫女の仕事は雑用ばかり押し付けられて超忙しいから、 誰か一緒に手伝ってくれって言ってたぜ? 手伝ってやれよ」
!
それは小さなきっかけに過ぎないのだろうが、 きっかけが物語を大きく動かす事は正に、 彼らが証明した事だ、 そして心残りを無くして、 これで漸く……
……日暮はその足を踏み出す
「時間だ、 戻ろうぜ」
…………………………………………
…………………
……
「全部詰んだか? よしっ、 後は日暮が乗れば荷物は全部だな…… っと来た来た」
「聞こえんだよ商人のおっさん、 人を荷物呼ばりすんじゃねぇよ、 一様用心棒もするって言ってんだろ?」
ネーヌの門には里人が大勢集まっていた、 日暮がゴーレムから助けた人や出会った人達に細かく挨拶をして、 準備を終えた商人の馬車の所まで戻ってきた所だ……
「あっ、 お~い、 日暮~、 こんな所に居るじゃん、 もう、 さっきは何処に言ってたの?」
シャルルが手を振って近づいて来て日暮に声を掛ける、 日暮は声に振り替えると、 シャルルと共に、 ネーヌ、 そしてラーダの里長も一緒に居た
「日暮くん、 忘れ物は無いかね? 旅は恐らく、 思っているよりもずっと長い物になるだろう、 準備の怠りは命の危険さえ齎す…… ふっ、 じゃが、 どうやら万端の様じゃな、 目が輝いて居る」
日暮は頷く
「ええ、 楽しみなんですよ、 一体どんな度が俺を待っているのか、 ここはそのスタートだから、 心が踊るんです」
ラーダの里長が共にうなづいた
「私も昔、 若い頃に君の目指す町とは違う所ではあったが、 旅に出た事が有るんだ、 今でもその高揚は忘れられん……」
うん、 ラーダの里長は頷いた
「日暮君、 私はラーダの里を代表して、 里長として、 そして個人とした君に最大級の感謝を告げる、 本当にありがとう、 君の拳が砕いたのは、 巨石の形をとった絶望、 そして、 君に見たのは確かな希望だった、 その希望が私達を変えてくれた」
日暮は首を横に振る
「いえ、 それでも、 本当に凄かったのはシャルルですから……」
「も~ 何言ってんの、 日暮が居なかったら、 私が舞っても水は湧かなかったよ、 私達含めた皆で力を合わせたお陰って結論を出したでしょ? 日暮ももっと自信を持って誇りなよ」
……そうだな
「ああ、 そうするよ」
「……ねえ、 日暮、 本当に行くんだよね?」
日暮は頷く、 シャルルは笑った
「うん、 何度も聞いてごめんね、 でも今のでお終い、 ねぇ、 街に着いたら手紙を書いてね、 勿論そっちの住所も書いて、 教えた経由を使えば里に手紙が届くからさ」
「わかった、 落ち着いたら俺の方からちゃんと手紙を書いて送るよ」
シャルルは頷いて笑う、 そこで、 最終確認を終えた商人の旦那から声がかかる、 お別れだ……
「……日暮くん、 ネーヌを代表して君との出会いに感謝を、 そして君のこれからの旅立ちに祝福を送ろう、 それではな」
里長の言葉に日暮は背を伸ばす
「はい、 俺もこの里で受けた恩や出会いを決して忘れはしません、 それに今生の別れとも思いません、 俺は世界中を旅しますからね」
ラーダの里長や、 ネーヌの里長、 シャルルや、 少し遠くからこちらを見るジェードに頷く
「だから別れの挨拶はしません、 いつか、 また、 その日まで」
日暮は馬車へと乗り込んだ、 それを見て里の人達が馬車を取り囲む様に、 そして大きく手を振った
「またな日暮っ!」
「また来いよよそ者っ!」
「ありがとう! また元気でっ!」
「今度来たらまた酒場に寄りなよっ!」
手を振る皆に手を振り返して、 ゴトンと揺れた馬車がゆっくりと動き出す……
「……いやはや、 別れの挨拶は出来んと来たか、 やはりおちおち死ねんな、 わしが生きているうちになるべく早くきとくれよ~」
「ははっ、 全くだ! ラーダを代表して君の旅を祝福するっ! またなっ!」
両里長が笑いあって手を振る後ろで、 静かに腕を組んで居たジェードが、 小さくこちらに手を振っているのを見て少し笑った
遂に、 馬車が里を抜ける時、 こちらに大きく手を振るシャルルの声が、 里の人達の声に負けず、 確かに日暮の耳に届いた………
「日暮ぇーっ! まーたーねっ! また会おうねっ!!」
子供の様なあどけなさで笑う彼女は生き生きとした顔で、 未来に希望を抱き、 日暮を送り出す、 日暮も負けじと手を振った……
「それじゃあっ! 本当に皆さん! またっ! また会いましょっ! お元気でっ!」
……ゴトゴトと、 回り出した車輪が石を乗り越えて大きく揺れた時、 日暮は、 旅が始まったのだと理解した
胸の中からフツフツと、 熱い高揚感が溢れ出し、 興奮しているのだと理解する、 さて、 この先に……
「どんな冒険が待ってるかな…… 楽しみだっ」
日暮は恐れを知らない様に笑った、 森が、 水の流れが、 風が、 動物たちの囁きが、 見つめる、 空高い陽帝の威光が、 それを祝福する様だった
皆さんこんにちは、 おきみやです。 本編が一応終わり始まった後日談が思いの外長引いて、 首を傾げる今日この頃、 「長ぇよっ!」と思った方もいらっしゃるでしょう。 しかし、 もう少しだけ日暮の話は続きます、 どうぞ彼の旅を最後まで楽しんで頂けると幸いです。
因みに、 後書きで申し訳無いですが、 他に書く時が無いと思ったので、 シャルルとジェードの話ですが……
ジェードは無事、 シャルルともう一度話をする事が出来ました、 日暮に言われた通り巫女の手伝いをする事となり、 初めは驚いたシャルルも、 昔の関係を取り戻す様に、 二人の距離はあの頃の様に、 そしてそれ以上に近づいたそうですよ~




