第百五十八話…… 『天閣の祝詞、 後日談・17 夢にまで見た異世界転移《三》』
「……という事で、 村のすぐ近くでラーダの偵察用ゴーレムが現れて…… あぁ、 大丈夫です、 彼が倒してくれたんですよ……」
「……ええ、 そうです、 今家で暮らしてる、 はい、 噂になってる…… 日暮は、 すごく強い、 能力者なんですっ」
…………………………
里の近くにゴーレムが現れたと言うのは本当に危険な事らしい、 実際に強かったから分かるが、 シャルルは直ぐに狩人の集まる社屋へと飛び込んだ
ここ、 ネーヌの里の防衛戦力は狩人である、 この辺りは危険なモンスターも出ないし、 それでいてこの里の歴史は長いと言うのだから、 それで充分だと言うことだ……
だが……
あのゴーレムに関しては違った、 シャルルも見るからに恐怖していたし、 この里の禁忌、 触れては行けない者、 最も恐れる物の一つなのだろう
狩人達は警戒を強めると言った、 そこには命の取り合いのプロとして持つことの出来る緊張感と、 それでも信じられないと言う懐疑的感情がブレンドしているようだった
ゴーレムの出現も、 ゴーレムを倒した事も、 それが突然やってきて余所者で有る事も、 その余所者がこの世界でもやはり珍しい能力者である事も疑って居るようだった……
狩人の社屋には時間的にも数人の人が居たが、 彼らから向けられる疑念の目が無遠慮に突き刺さる為、 とても居心地が悪かった
その上、 シャルルは、 日暮の話を始めると急に饒舌になり、 話がどうも長引いて居た、 彼女には分かりようも無い事だが、 能力者である事だって、 敵味方関係なしに隠す事こそアドバンテージだ
……まあ
(……俺の能力はそのアドバンテージが少ないのが幸いだったな)
日暮は、 シャルルの止まらない世間話に嫌気が指して、 外の空気を吸うと断りを入れ狩人の社屋を後にした……
はぁ………
「あぁ…… 気持ち悪ぃ…… 風呂入りてぇ、 着替えてぇ……」
日暮はゴーレムとの戦いのまま血だらけ…… と、 言う訳ではなく、 シャルルの得意の魔法だと言う、 『水流を起こす魔法』のお陰で見た目は綺麗になった
『水流を起こす魔法』は、 水属性魔法と言う訳では無く、 物を浮かせ操作する一般魔法の応用で、 勉強したら誰でも使える魔法、 その中でも生活に浸透した、 『生活魔法』と言われる物の一つだ
要は桶に水と、 石鹸と、 衣服を入れて水流を起こせば洗濯機だよという感じらしい………… 多分 …………
必要なのは取り敢えず水だ、 水属性魔法なら、 魔力を水に変えることも出来るらしいが、 シャルルは水属性魔法は使えない、 シャルルの案内の元、 里への帰り道に小川に寄ったのだが……
それは随分と小さな、 本当に小川だった、 驚く事にこれが里の生活用水だと言うから、 本当の本当に驚いた……
『……うちの里は水不足に陥ってるんだ、 ほら見て、 あそこに苔の後が見える? 以前はあの位置まで水が来ていたの……』
その時のシャルルは、 本当に悲しそうだった、 これもまた、 里や、 里長、 そして彼女を悩ませる要因の一つなのだろう
何にせよ、 その貴重な水の一部を使い、 シャルルは水流を作ると、 日暮に向けた
『……口と目は閉じて、 鼻も摘んで、 十秒くらいで終わるから息は止めてて、 耳は…… 入ったらごめんっ』
バシャンッ! バジャバジャバジャンッ!!! ……………………
そればもう、 洗濯機の中、 いや、 車の中から見た洗車機の中の様…… いや、 目を閉じてるから何も分からない、 ゴボゴボと音がするだけで、 何も……………
バジャンッ! ………………
『……はい、 おしまい、 大分綺麗になったよ、 どう? 耳には入らなかったでしょ?』
『……あぁ、 入ってない、 ありがとう……』
………それで?
『……シャルル、 服を乾かして同時にこの生臭さも取れる魔法、 使って?』
『わっ、 わかんない……』
川の水は、 澄んでいて綺麗だが、 触れると少しぬるっとして、 独特な臭いが有る、 昔、 父に渓流に連れて行ってもらった時に感じた物と似てる……
ベタベタ………
『……風魔法は? いや、 水と同じで風を移動させて操る魔法は?』
『……あはは、 ねぇ、 日暮、 日暮は着の身着のままこの世界に来たんでしょ? これから生きていくなら、 服がその一着じゃ不便だからさ…… 新しいのを買いに行こ?』
こいつ………
まあでも、 文句を言える状態じゃ無い、 血塗れは不味いし、 服が無いのもその通り、 一回まともに洗濯しないと不味いだろう……
………………………………………………
………………
と、 言う事で、 家に帰る前にもう一度里唯一の商店に行こうと約束したのだが、 その前にと寄った狩人の社屋でその足は止まって居るのだ……
いや、 待てよ………
「……俺金持ってねぇけど、 どうすんだろ…… 買ってもらう…… いやいや、 安い物じゃねぇだろ……」
やっぱり自然に乾かそう……
そう思い、 なるたけ陽の光が多い所で、 マウンテンパーカーを脱いで両手で広げる、 流石にこれやり続けてればいつかは乾くでしょ……
……そんな日暮は忘れていた、 自分は今、 見知らぬ土地の、 見知らぬ里で、 多くの人間から疑念の目を向けられているという事を
そして、 この里の人間が、 喧嘩っ早く、 余所者に対して無遠慮だと言う事を……
ザッ ザッ……
無遠慮な足音が日暮へと近づく、 それは日暮を追い、 狩人の社屋から出てきた、 初対面で有るのに無遠慮な敵意……
「……おいっ、 余所者っ、 何ふらふらしてんだ? まさか悪い事企んでるんじゃねぇだろうなぁ?」
?
両手を広げたまま横目で見る、 若い男だ、 相変わらず病弱な程に肌は白いが、 整った顔立ちのイケメンだ……
……………俺? 俺に話しかけてるのか?
「……あっ、 え? 俺の事ですかね?」
「てめぇ以外に、 他に余所者が居るのか? そんな事を言われなきゃ分からないのか? 頭の悪い奴だな、 カスがっ!」
……………………………………は?
バサンッ バサンッ
日暮はマウンテンパーカーを振り払うと、 もう一度袖を通す、 湿った感覚が肌に触れ、 冷たい……
「はぁ…… 右も左も分からない余所者に、 この里に他に余所者が居るかどうかなんて分かる訳無いのに、 そんな事も分からないんだな~」
「……あ? てめぇ、 おい余所者っ、 てめぇ状況分かってんのか? ………てめぇはっ、 俺の間合いの中だっ!」
バッ! ギチィイイッ!! ………
………………
妙に間合いを取って話しかけてる来ると思ったら、 男は弓を引いていた、 短弓だ、 隠す様に手に持っていた、 背中の矢筒から三本抜き、 弦を引く、 残り二本も器用にすぐ装填出来るよう構えている……
たった一瞬だった、 向こうは準備して居たのだろうが、 無駄の無い流れる様な動作、 日暮が警戒し一歩踏み出す前に、 男は矢を継がえている……
(……距離感が絶妙だ、 こりゃ当たるな……)
プロだ、 相当腕が良い、 きっと障害物も多い森の中で一瞬で、 正確に獲物を狩る狩人ならではの速さ、 それが効いた……
「……状況分かってんのかって言ったんだよ余所者っ、 痛い思いしたく無かったら大人しくしろ」
………はぁ
日暮は降参する様に両手を上げる、 狩人の社屋周辺は人が居ない、 居た所で皆同じ思いだ、 シャルルで無ければ日暮を助けようとはしないだろう
ここは、 そう、 遭難の最中に入ったモンスターの巣窟と同じ、 相手のテリトリー何だ、 自分は一体何を勘違いしてんだ……
「よぉし、 そのままだ、 俺の質問に応えろ余所者…… お前は、 ラーダがうちの里に送り付けた間者か? それとも森の外から来た人間か? 見た目だけならラーダらしくは無いが…… お前は何処から来た?」
「異世界、 って言ったら信じてくれるか? シャルルの話を聞く限りだと、 勇気も異世界から来たらしい……」
ッ、 バジュンッ!!
ヒュッ!
「おっと分かった、 余計な事は言わなくていい、 どの道俺はお前の事を信じない…… 次は眉間を狙う」
耳の直ぐお隣を矢が通り過ぎて行った、 風きり音が鼓膜を揺らして、 鏃が産毛を切る、 まじであと数ミリズレてたらまた血塗れだった……
「……次の質問だ、 シャルルがお前の事を能力者だと言った、 ラーダの偵察用ゴーレムを倒したらしいな? 本当なら強力な能力だ…… 詳細を教えろ」
「空気を圧縮して放つ技、 威力はそのゴーレムを力任せに破壊出来る程度、 でも残念な事に一度打ったら、 八秒間のクールタイムが発生する、 つまり連発は出来ない」
日暮は諦めた、 どの道信じられないらしいが、 取り敢えず正直に話す、 とにかくこの状況が面倒臭い……
「……次の質問、 お前はその能力を使って、 この里や、 シャルルを傷付ける気は有るか? 具体的なお前の目的を教えろ」
「無い、 さっきも言った通り異世界からやって来て、 右も左も分からず森を彷徨ってた、 それで偶然見つけたのがこの里で、 助けてくれたのがシャルルだ、 感謝してる」
目的か……
「だからこの里での目的は無い、 今は里長とシャルルの好意で家に止めて貰ってるけど、 この里に長居するつもりは無い…… 俺は冒険者になる為に、 ギルドのある街まで行きたいだけだ……」
これは日暮の中でも唯一心に決めている事だ…… あとは、 そうだな、 フーリカに会う為にも、 この里に留まる積もりは無い……
「……そうか、 じゃあ最後の質問だ、 お前はシャルルをどう思って居る?」
……は?
「……分からないか? 俺には分かるっ、 社屋の中で心底楽しそうにお前の事を話すシャルルの顔を見れば、 シャルルの気持ちが分かるっ! シャルルはっ、 お前の事がっ………」
ギラッ……
男の、 今までで一番鋭い視線が日暮を刺す、 その声は驚く程に冷たく、 敵意では無く、 殺意が首筋を撫でた……
「……さぁ、 応えろっ、 お前はシャルルをどう思って居るっ、 彼女の事をどう……」
シャルルの事? そんなもん………
「……どうとも思ってねぇよ、 でも、 良い奴………」
ッ、 バジュンッ!!
弓音、 日暮は質問に応えながら、 それでもずっとみていたのは男の手元、 音が届くより先に、 それが僅かに動いたのが見えた
狙いは変わらない、 ならば眉間、 反射的に、 顔面を庇った左手に、 鋭く貫通する痛みと、 肉の破裂する音が響く……
バッ! ッ、 ビジャアアンッ!!
っ…………
ダラダラ…………………
鼻を伝って血が目元を流れていく、 掌を貫通した矢は、 鏃の先端数ミリが鼻の骨を割っている……
まじで眉間を狙ってきやがった…………
って言うか……………
「っ、 いっだぁあああっ!! ………」
痛みが二箇所、 放った男の手元、 残り二本あった矢が二本とも無い、 打ったんだ、 一瞬で二本…… 掌を貫いた方ともう一方は、 正確に日暮の右太ももに突き刺さって居る……
グッ……
強く歯を食いしばれ、 痛みに負ける必要な無い、 何故なら、 傷は回復する……
チッ
「っ、 質問に応えろって一方的に言うから応えたのに、 はぁっ、 これは余りにも酷すぎないか?」
「……黙れ、 余所者がっ、 俺はお前を信じない、 信じないと言うよりどうでも良いっ、 異世界人だろうが、 ラーダの間者だろうがっ、 余所者だろうがっ!」
血走っている、 怒りに、 目が充血し、 男の血管がバチバチと浮かび上がる、 そのまま倒れてしまうのではないかと言う程の怒りだ……
「よくもっ、 よくもよくもっ!! シャルルの気持ちを惑わせてくれたなぁっ!! シャルルはずっと焦って、 気を病んで居たんだっ! 彼女には時間が必要だったっ! まだ若い内から使命を背負いっ、 何もかもを背負うシャルルをっ、 時間を掛けて彼女の心を癒しっ、 少しずつ、 少しずつ! 支えてやらなくちゃいけなかったっ!!」
のに……
「お前が来てっ! お前のせいでっ! シャルルは最後の決断っ、 覚悟を決めてしまったっ! 未来にのしかかる責任をっ、 使命をっ! 未来を決めたんだっ! のにっ、 お前はっ! お前はっ、 どうとも思って無いだとぉあああっ!! この里を出ていくだとぉおおおおっ!!!!」
…………………………………
ガチャンッ……… シュゥンッ…………
男は弓を投げ捨てると、 矢筒の紐を解き落とした、 と同時に流れる動作でナイフを抜く、 見れば分かる、 嫌になるくらいの切れ味だ……
「冒険者なる? 里を出ていく? はははっ、 好きにすれば良いさ、 そうでなくても、 どうせお前を里からつまみ出す事は変わらないっ…… だが、 五体満足で出ていけるかは俺の機嫌次第だっ!」
「そしてっ、 出ていけないが俺の答えだっ! だがっ、 あははっ、 心配すんなっ、 冒険者の三人に一人がモンスターに食われて死ぬんだっ、 今更同じ事っ!!」
バァンッ!!
男が地面を蹴る、 速い、 ナイフの切っ先を、 日暮の視線から垂直に、 薄い刃が、 見えなくなる……
ザッ!
「死ねっ!」
ギラッ! ッ、 ビジャァンッ!
っ…… ザッ!
驚き、 と同時に体を捻ってサイドステップ、 男の腕の長さからナイフ角度で軌道域を目測する、 雷槌さんから教わった事だっ……
『……激昂した相手の対処は簡単だ、 相手は挑発に乗りやすい、 挑発に乗った相手は大振りの攻撃をして来る、 そして大ぶりは受けやすく、 反撃しやすい…… こっちも刃を抜く必要は無い、 拳で落とせる』
っ…………
ギラリッ、 光る男の目をしっかり見て、 日暮は男の気持ちを測る、 きっと男はシャルルの事を大切に思って居るんだ…… ならっ
「シャルルは優しい奴だよなぁっ!! 俺は昨日一日ゲロ吐いてたがっ、 嫌な顔せず片付けてくれたぜっ!!」
ッ…… ブツンッ!
「ああああああっ!!! シャルルにぃっ、 なぁにぃっ、 やらせてんだボゲがぁああああっ!!」
ブチ切れっ! 隠すことの無い軌道と、 切断線、 二の次を頭に置かない愚かな縦の大振り………
来たっ、 ここだっ!
拳を握れっ、 振り下ろされた男の腕を、 弾くっ!
バァンッ! …………
「っ…… !?」
力が逃げ、目を見開く男、 体制を崩した、 逆の手で更に拳を握る……
「ちったあ落ち着けバカ野郎がァ!!」
ッ、 ドズッ!!
男の綺麗な顔面にもろ拳が入る、 一歩、 二歩、 距離を取るように後退………
「………てめぇ、 殴ったなカスが、 本気で死にてぇらしいなぁっ! 俺に、 左を抜かせるんだからなぁああっ!!」
シャギィンッ!!
無手の左がもう一本ナイフを抜く、 奇妙な形、 一本目とは質が全く違う………
「このナイフはっ、 鍛造の際に、 巫女の聖水を使って冷やし馴染ませて居るっ、 魔力を含んだ刃っ、 魔力傷を引き起こすっ!!」
シャルルと会ったとこの泉の水か、 魔力が含まれて居て、 日暮が散々吐いた原因の水だ…… 魔力は人体に毒だから取り込めば吐くし、 傷が付けば魔力傷と言う拒絶反応による化膿が発生する……
あれは、 人間を殺す為のナイフか………
「……俺が拳じゃ無くて寸鉄の一つでも装備してたら、 今頃てめぇの顔面はミンチだったぜ? 負けを認めろよ」
「はぁ? なら問答の時点で、 弓引かれたてめぇは死んで……… あ? てめえ、 傷はどうした?」
今更気が付いたのか……
掌、 眉間の擦り傷は既に回復してる、 それでも分かり易く、 日暮は強引に、 太ももの矢を引き抜くっ!
ビジッ!
「いっでぁああっ!…… はぁっ、 あはははっ、 これで分かったか? 俺は傷を再生出来る、 テメェの矢は防げなくても致命傷にはならなかったんだよっ!」
太ももの血がみるみる止まり、 日暮が安安と足を動かして見せるので、 男は舌打ちと共に睨んだ……
「……お前の能力は空気圧じゃ無いのか? さっきのは嘘か?」
「嘘じゃねぇよ、 って言うかどっちにしろ信じてねぇんだろ? ……でも俺は誠実だから教えるよ、 この回復能力は俺の腰のナタ、 それに巻き付いた骨のお陰だ」
………………
ギラッ
「……そうか、 常軌を逸した生命体め、 やはりお前は死ねっ、 俺のナイフでその首を……………」
男が再び構えた所で、 ようやっと、 漸く、 待ち人が長い長い話を終えて出てきた様だ………
「………何、 してるのっ! 何してるのっ! ジェード…… その、 そのナイフは日暮に向けるの?」
シャルルが駆け寄ってくる、 彼女の声にジェードと呼ばれた男は、 急に狼狽えナイフを仕舞う……
「いっ、 いやっ、 違うっ、 シャルル、 聞いてくれっ、 俺は……」
「聞かないっ! 日暮っ、 大丈夫? っ、 血が………」
……見れば分かる、 あのジェード君はピンチだ、 いきなり敵対されて襲われたので頭に来ていたが、 一発殴って冷静になれば分かる……
そう、 余所者に対して優しすぎるシャルルの方が異常で、 あのジェード君の方が当たり前なのだ、 客観的に見ても日暮だって同じようにしたかもしれない
好きとかどうとかは知らないけど、 噂って言うのが悪い方向に拡散され、 その拡大スピードが以上に速い事は経験したから知ってる
この閉鎖的な里の中で、 日暮の事をどう思うか、 里の中でとても大切な、 里長と、 巫女の暮らす家に、 どこの馬の骨とも分からん男が一人……
(……いや、 これ、 普通に、 俺が悪いわ…… どんだけ有難い好意でも、 俺は断るべきだったに違いない)
せめてボロ小屋貸して貰うとかさ? それを、 いやいや、 ダメでしょ、 人の目の届きずらい丘の上のぽつんと一軒家に寝泊まりなんて……
日暮に全くその気は無いし、 成り行きに任せただけだが、 周囲の人間からしたら、 そして、 やはり自分が里の人間だったらと思うと、 疑う気持ちが痛い程に分かる……
そして、 きっとジェード君は、 シャルルの事が好きだ、 彼なりに思う所が有ったり、 日暮の知らない事情が有るのだろうが、 決定事項として……
日暮はこの里に残らない…… 彼の様な人がシャルルを支えてあげるべきだ、 そうだ、 そうだ、 それしか無い……
のにも関わらず、 彼女の為と思った行為は裏目に出て、 ジェード君は、 シャルルに睨まれているし、 ぽっと出の訳分からん男を心配して駆け寄る始末……
哀れだ…… 可哀想が過ぎる…… 他人事だ、 他人事だからこそ何とかしたい、 と言うか、 勝手にかけられる三角形に、 自分は全く関係無いっ!
早くっ、 なんとしてでもっ、 ジェード君を庇えっ!!
っ
「ジっ、 ジャード君すっごーいっ! 凄い凄いっ! めちゃくちゃかっこいいっ!! ナイフ二刀流カッケっー!!」
……………………?
「…………え? なっ、 何言ってるの日暮?」
大切なのは困惑だ、 でかい声で叫べ、 困惑の穴に、 虚偽をぶち込むっ!
「おいおいっ! シャルル見たかよっ! 魔力の籠った魔力剣だってよっ! ジェード君って言うの? 半端ねーっ! 異世界半端ねーっ!!」
………………え?
「……おいっ、 お前っ、 何人の名前……」
「いや名前もカッケェ!! これで弓矢の名手ですってマジかよっ! さっきあそこに木を狙って打ってくれたんだよっ! ほらっ!」
一発目、 耳を掠めたあの矢が、 背後の木に刺さっている、 狙ったかどっかは知らないが、 そういう事にしよう……
日暮のテンションに、 シャルルは遂に首を傾げる、 良い困惑だ……
「………え? どっ、 どういう事? 喧嘩してたんじゃ無いの?」
「まーさーか~っ! 俺が彼に、 狩人の狩の仕方を教えてくれって頼んだら、 弓を引いて、 あとナイフも見せてくれた、 めちゃくちゃ良い奴だよ!」
そうだろ? な?
目線でジェードに訴える、 お前も何とか弁明しろっ
「……あっ、 あ~ ったく、 余所者が執拗く頼んで来るから、 見せてやったぜっ、 俺が左を抜くことは中々無いんだぜ?」
汗をダラダラと流しながら、 キメキメ顔で言ってのけるジェード、 その様子にシャルルは少し肩の力を抜いた様だった……
「そっか、 そういう…… ジェードもたまには優しい所有るんだね、 大人になって冷たくなったから、 私、 てっきり……」
「っ、 いやっ、 違う、 俺は……」
そこでふと、 シャルルは思い出したように日暮の顔を見る……
「……そう言えば、 だったらその血は何なの? ねぇ、 なにか隠してない?」
えっ………… あぁ………
「……転んだ、 うん、 転んだ所を、 彼が、 うん、 転んだ所を彼が起こしてくれた…… うん、 そんな感じ」
……………………
「……本当?」
「嘘だって言いたいのか?」
っ………
「………ううん、 ごめん、 日暮の事、 疑いたい訳じゃ無かったの…… ジェードもごめん、 勘違いして」
「……いや、 別に、 俺は気にしてないから良いよ……… じゃあ、 俺は戻るから……」
ジェードが狩人の社屋へと戻って行く、 それを見送ってから、 日暮と、 シャルルは歩き出した…………
………………………………………
………
それから、 商店に寄ったり、 道すがら合う人に挨拶されるシャルルと、 険悪な態度を取られ一言二言余計になる日暮、 それを繰り返し丘の上の家に戻って来た
商店では適当な服を買えた、 里の人が着てる様な服をシャルルに勧められたが全力で断った、 ブッ格好にも程が有るからだ……
だから、 地味そうで、 比較的安い服にした、 ええ、 買って貰った、 シャルルに、 買って貰った、 なんで嫌な顔一つしないんだ?
なんで嬉しそうに金を出すんだ? 商店のオバサンも驚いてたよ………
まあ、 何にせよ………
とても助かった、 家に帰ると、 夕飯の準備をすると言う、 成程腹が減る訳だ、 もうそんな時間なのか……
手伝うと言ったら、 最初は断られたが、 更に頼んだら手伝わせてくれた、 これで何かの仮を返せる訳では無いが、 そうするべきだと思ったからだ
多分、 芋の様な植物の皮を剥き、 何か葉物野菜を刻み、 今日取ってきたばかりのタムを処理し……
教われば簡単だった、 と言うか、 日暮はソロキャンプに行って自分で飯を作ってたし、 魚だって三枚に下ろせる……
刻んで入れるだけ、 これはカレーみたい物だ、 その後、 独特な香りの香辛料を加え、 刻んだ食材を煮込んでいく……
う~ん、 この香り……………
「………いや、 カレーだこれ」
「ん? レーカーだよ? ピリッと辛いけど、 日暮は辛いの大丈夫? 苦手なら甜祥蜂の蜜を入れるけど?」
………………………
甜祥蜂の蜜入りカレーは、 辛い物が苦手な日暮には凄く良い味付けで、 正直美味しかった、 味は勿論、 『こく〇ろ』でも、 『バーモ〇ト』とも違う、 全く知らない風味だったが、 口に合ったのだ……
食った後は片付けをして、 その後はのんびりと過ごした、 そう言えば結局自分はこの家に世話になっている……
……………………
「……まじで、 さっさと出てかねぇとな、 里から、 結局、 冒険者ギルドのある街って何処なんだよ……」
日暮は宛てがわれた部屋で意味も無く天井を見上げていた、 時刻は知らないが、 きっとおそらく夜も老けている、 今目が覚めてこうして居るのは、 眠れてないからでは無く、 寝たけど目が覚めたからだ……
特にする事も無いので、 早めに寝る、 夜中に目が覚める、 中々寝付けない……
「……シェルターでの生活思い出すな、 ゲームも、 漫画も、 スマホも無い、 俺の人生は、 そう言うのが有るのが当たり前だったし…… はぁ…… ホームシックかよ」
溜息を付いて目を閉じる…… しかし、 中々寝付けない、 そう、 だからこそ、 また、 考える……
「……里を出て、 街までどれだけ掛かるって言ったっけ? うわぁ、 どうしよう、 なんにも決まってない……」
………コトンッ
暫くそんな事を考えて頭を悩ませていた時である、 不意に、 物音が聞こえた、 リビングの方だ? シャルルか?
妙にたどたどしい、 大丈夫か? まさか、 里長? いやでも、 里長は要介護状態だったし………
「ったく、 気になるな……」
日暮は部屋にセットされた燭台のロウソクに火をつけると、 それを持って歩き出す、 隣のリビングに行くと、 老婆が地面に手を着いて居た……
っ
「ちょっ、 婆さんっ、 大丈夫かよ? 立てるか?」
日暮は机に燭台を置くと、 里長の手を引き立ち上がらせ、 傍の椅子を引くとそこに座らせた……
「……いや、 はははっ、 すいませんな日暮くん、 手洗いに立ったが、 歩いていたら杖を落としてしまって、 拾おうとじゃが、 体制が悪くてな……」
それで立てなくなっちまったのかよ……
「良かった良かった…… シャルルに見られたら、 また心配されてしまう、 本当に、 不便ばかりかける体になった…… 年は取りたく無いもんですじゃ……」
「ははっ、 俺の婆ちゃんも似た様な事言ってたわ、 怪我は無い? 年取ると一発転んだら本当に危険だったりするから」
そう言いながら日暮は反対の椅子を引いて座る、 燭台の光を挟んで、 老婆が笑う
「いやはや、 新鮮ですな…… 私はもうずっとこの里で里長をやってますから、 何処にでも居るただの婆さん扱いされたのは初めてです……」
あっ…… そうだった……
「はっはっ、 いや、 少し嬉しかったと言う話をしてるんじゃよ…… 所で日暮くん、 物音を聞いて起きたのか? それとも眠れないのか?」
「……あぁ、 物音とは関係なく目が覚めてから、 暫くゴロゴロとしてたけど眠れなくて…… そうしたら物音が聞こえて……」
里長は頷くと、 ほんの少し揺れる火の光を見つめた……
「良かったら少し話さないかぃ? 婆さんの話を少しだけ、 聞いて欲しいんじゃ……」
その提案はナイスタイミングだと思った、 日暮にも聞きたいことが山程有る、 冒険者ギルドの有る街の場所とか、 その行き方とか、 知っているだろうか?
「……えぇ、 良いですよ、 どうせ夜は長いんです、 寝不足になったりはしませんよ」
「ありがとう……… なら、 少し昔話をしてもええかなぁ?」
日暮は頷く、 里長は遠い昔を思う様な顔をして、 過去を振り返る、 歩んできた人生の足跡を………
「……私が生まれた頃は、 この里ももっと人が居て、 活気に溢れて、 賑やかじゃった…… 私は長い事里長をやっているが、 それは本来長となるべき夫が、 子を産んで直ぐに亡くなったからじゃ……」
っ…………
「それ以前の私は、 ただの里の娘、 夫と結婚したのは、 夫と歳が近かったのが私だけだったから、 見合いみたいなものじゃの…… それでも愛しておったよ?」
「……夫が死んで、 息子を育てる内に、 義父、 義母も、 歳で亡くなり、 それからずっと里長をやっている……」
里長と言う立場はそれはもう大変で、 あちらこちらを走り回っては、 息つく間もなく仕事をし、 家に帰っては一人で子供を育て、 大変だったと言う……
「……里長の家には、 巫女と言う仕事も有るからの、 巫女は嫁いだ時に受け継いだ物じゃったが、 それも同時に行っていた……」
「……息子が成人した頃、 里の同じ年頃の娘を連れて来た、 二人は恋に落ちていた…… 私の様に定められたなものでは無く、 二人の心からの関係に祝福した……」
しかし………
「シャルルを産んで、 シャルルの母は亡くなった、 そして、 息子も、 モンスターに教われ、 シャルルを庇って殺された………」
はぁ…………
深い溜息だった、 薄暗いリビングに沈黙と共に落ちていく、 日暮は、 ただ、 溶けて流れていくロウソクを見ている事しか出来なかった……
「幸せに満ち溢れ、 全てが上手く行く様な予感がする時と言うのが有る…… 自身の祝言を挙げた時、 息子の産声を聞いた時、 息子が未来を紡いだ時、 可愛い孫娘を見た時………」
「……だが、 私のそんな予感は何時だって、 大きく外れてしまう、 もしかしたら私が鈍いだけで、 それは反対に凶兆なのかもしれないな……」
……そんな風に、 思いたくは無いだろうに、 その時感じた幸せは、 全部本心だろうに…… 壊れた幸せが多すぎるんだ……
でも………
「……シャルルは、 今でも可愛い孫娘でしょ? 他の、 その人達は残念ですけど…… 婆さんにとって、 シャルルは今唯一残ってる幸せの形でしょ?」
「…………ふっ、 あぁ、 そうだね、 この歳になって、 こんな当たり前の事で説教を食らってしまった…… いやはや、 年は取りたくないね……」
里長はぼんやりと揺れる炎を見つめた後、 日暮の目を見る……
「……日暮くん、 君はシャルルの事をどう思っているんだい?」
唐突な質問だった、 その目が真剣で、 揺らぎの無い物だと一目で分かる、 何も偽らない、 本心を話す……
「怖いです、 正直…… 俺とシャルルは昨日出会ったばかりだし、 昨日今日合わせて、 血塗れゲロまみれの酷い物でした、 彼女が根っこから優しいんだとは分かります…… でも、 本当にそれだけでしょうか?」
日暮の形相を、 本心を見て婆さんは笑った……
「あははっ、 ははっ、 怖いっ、 怖いかっ…… 優しくされてそんな事も思うのかっ、 あははっ、 はぁ……」
「……まあ、 そうじゃろうな、 あの子は優しいが優しすぎる…… 本気で怒った所も見た事が無い…… 慈愛に満ちており、 それが常軌を逸しているから怖いのじゃな………」
………そうだけど、 孫娘の事をそこまで言うか……
「優しくならざるを得無かったんじゃ…… 母が死に、 一旦は私に返された巫女の仕事を、 幼くして受け継ぎ巫女となり、 父が自分を逃がす為に死んだ時ですら、 あの子は上手く涙を流せて居なかった……」
「私は失った幸せが多いが、 あの子は得る事の出来なかった幸せが多すぎる、 心を潤す水が少なくて、 豊かに育たないまま大人になってしまった、 あの子の心は未完成なんじゃ……」
だと言うのに……
「……君はさっき、 私にはシャルルが居ると言ってくれたが、 私が死ねば、 シャルルには誰も居ない…… でも、 私はもう長くない、 あの子もそれが分かってる………」
「……あの子の心は育たぬまま、 これからどんどん辛く苦しい日々が押し寄せる…… おまけに、 隣里と、 水不足の問題も、 次の代に先送り…… 哀れじゃな、 長生きしても、 長く生きていただけ、 自分の事だけで精一杯で、 未来に何も残せて居ない……」
だからこれは、 里長として、 そして、 彼女の祖母として、 できる最大のお節介なのかもしれない……
「……日暮くん、 シャルルの夫になってはくれないか? 君に、 里の未来を託したい……」
……ただ、 嫌な汗が首筋降りていく感覚だけがあった、 まるで、 ロウソクを流れ、 溶け、 溜まっていく廃蝋の様に……