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第百五十七話…… 『天閣の祝詞、 後日談・16 夢にまで見た異世界転移《二》』

里長の家は里で最も高い場所にあった、 更に丘を降りていくと、 チラホラと民家が見えてくる、 せっせと仕事に勤しむ人達も同時に見えた


よそ者が里長の家で厄介になっている事は既に噂になっていたようだ、 シャルルの隣を歩く日暮の姿は好奇の目に晒される……


「シャルルちゃ~ん、 その彼が里の外から来たよそ者かい? ほ~ん、 確かに変わった様相だ……」


ジロジロと遠慮の無い視線に、 睨み返す事は簡単だが、 問題を起こせば一発追放で、 さっさと里から出ろと言われるだろう


右も左も分からないこの状況でその展開は流石にまずい、 穏便に済まさなくてはならない……


日暮は内心の騒音と、 短気故に痙攣する目元を必死に抑えながら、 何とか頭を下げる


「どうも…… 明山日暮です、 暫くの間里にお世話になりますのでどうぞよろしくお願いいたします………」



「ふんっ、 あはははっ、 随分腰の低い兄ちゃんだな、 頭まで下げて、 下手に出てどこまで行っちまうのかい? 大陸の反対側かい? あははっ」


この、 くそババアっ………


「……あははっ、 面白い冗談ですねっ、 腹の底が熱くなるくらい面白いっ、 流石はネタが分かってる、 長生きしてるだけ有りますね~」



「あぁっ!? てめぇそれはあたしがババアだって言いてぇのか? あたしゃまだ三十六だよっ!」


(……まじかよ、 じゃあせめてそのおばさん口調やめてくれ)


確かに見れば、 別に老けた印象は無い、 悪い印象で全てを決めていたが、 日向が極端に少ないこの里で暮らしているせいか多くの人が病弱な程に肌が白い……


「あぁ…… ルーズさん落ち着いて、 日暮も、 喧嘩っ早い人が多いのもこの里に暮らす人の気質だけど、 喧嘩じゃ相手の事は知れないでしょ? 」


「まずは自己紹介しようよ…… 日暮、 このルーズさんは顔が広いし里唯一の酒場の店主の奥さんでも有るから仲良くしよ…… ね?」


相変わらず、 依然としてこの寄り添う様な距離感のシャルルの優しさが日暮には違和感に感じた、 二人の出会いはまだ昨日の事だが、 その内容は文字通りゲロまみれだ、 とても良い印象は無い……


まあ、 何にせよ………


「……すいません、 明山日暮です」



「ルーズだよ、 ま、 シャルルちゃんの様子を見る限り悪い奴じゃ無いんだろうけど、 わたしゃ目を光らせてるからね?」


これが普通の対応だ、 寧ろ、 シャルルの異常な優しさがこの里の普通じゃ無かった事に安心感を覚える……


「兄ちゃん成人してるよな? 今晩家に飲みに来な、 うちの里の奴らは皆酒好きだから、 酒が飲める奴は無条件で仲良くしてやるよ」


あぁ…… 日暮は酒が苦手だった……


「あっ、 あははっ、 行けたら行きます」


……………………………


その後、 ルーズと別れ、 日暮はシャルルに連れられて、 商人で里の外とも交流があると言う商店や、 古めかしい本が沢山並んだ図書館、 鍛冶屋や衣服の工房等里の中を暫く紹介して貰った……


……その後、 シャルルは里の外に出ようと言って歩き出す、 里の出口だと言う門には門番の様な人が立っていたが、 シャルルが一言二言話をすると外出許可が降りたようだ


彼女の先導の元暫く歩く、 幸い道は歩くには充分な整備具合で、 道無き道を切り開いて来た日暮には今更どうと言う物では無かった


更に歩いた先で道を脇に逸れ、 天然の岩の洞窟を更に歩いて抜けると、 その先に待っていたのは、 陽の当たる、 天然の花園だった……


「綺麗な所でしょ? 私のお気に入り何だ、 皆あまり里の外に出ないから、 多分私しか知らないと思う…… あっ、 でも今日暮が知ってくれたね」



「……確かにめちゃくちゃ綺麗な所だな、 寝転がって昼寝したいくらいだ…… でも良いのか? 秘密の場所って事だろ? 俺に教えて……」


シャルルは微笑むと、 陽の光を浴びて、 照り返す優しい白金色が揺れた……


「日暮に、 知って貰いたかったんだ…… もっとね、 もっともっと、 知ってもらいたい、 私の事、 私達の事…… それで好きになって貰いたい……」


………何で? まじで何でこんなに……


近すぎる彼女の心から一歩距離を取ろうとする日暮、 そんな日暮をよそに、 彼女は何かを見つけたように笑って指さした


「あっ、 セセラーヌの花だ、 日暮が食べてお腹を壊した毒の有る果実を付ける植物だよ…… でも、 花は凄く綺麗何だ……」


蔦植物だ、 太い樹に巻きついて蔦を伸し、 垂れる様に花を付け、 怪しい色の果実を実らせる……


「セセラーヌ含め、 殆どの蔦植物は、 こういった何か巻き付く物が無くては生きていけない…… 自立出来ないから、 支えてくれる何かが無いと生きられないの……」


シャルルの声は何処か寂しかった……


「……でもね、 この木からしても巻き付かれる事が悪い事じゃないんだ…… セセラーヌの花の蜜につられて虫が来るんだけど、 そういった場所には虫を食べる鳥も沢山現れる、 鳥は木にとっての害虫も同時に食べてくれるから枯れない」


「それに、 セセラーヌの果実は多くの動物にとっては有毒だけど、 その毒素は土中で分解され、 今度は栄養素になる、 その栄養素はセセラーヌは勿論、 木の生きる栄養素にもなるから、 大きな木程セセラーヌがびっしり巻きついてたりする」


シャルルは決して触れずに、 でも触れる程近くでセセラーヌの花をうっとりと眺め微笑む


「本人達にその意思は無いだろうけど、 互いが生きる為の進化が互いを生かしている…… 助け合いの輪廻、 凄く素敵だと思わない?」


思わない、 率直にそう思った、 曖昧に頷いて濁したが、 そう言うのは助け合いでは無く、 共依存と言うのでは無いだろうか?


蔦植物は初めから他人を利用する生き方しか考えて居ないし、 木はそこにある恩恵ばかりに目を向け縛られ続ける事を許容する


互いが楽をする事ばかり考えた果てにあるのは何だろう? 変化し続けた生命の形を、 その全てを前へと進む、 進化と定義していいのだろうか?


どれだけ綺麗でも、 アスファルトを割る雑草の花の方が強くて好きだ、 と言うか単純にこの花に関しては本当に苦い思い出が有るから嫌いだ


「……そうだっ、 ここに来たのは何も散歩の為だけじゃないんだ、 ここは良質な薬草の群生地なの、 日暮が昨日飲んだ丸薬の素材でも有るから調達しておかないと」


あのよく効く薬の作り方も里長が前代から、 前代が前前代から…… そうやって連綿と受け継がれて来た物のようだ、 そして今まさに、 その知識が彼女へと受け継がれて居るらしい……


シャルルはその場に屈むと、 一つ、 丸い小さな花を付けた花を茎から摘むと日暮に見せた


「昨日の晩に日暮も食べたヤーム、 パムラのミルクで煮込んだ料理…… あそこに入ってたタムって言う薬草がこれ、 ヤームに入れるのは一般的にはこの茎の部分かな」


日暮もしゃがむと直ぐに似た様な花の物を見つけた


「手伝うよ、 これがそう? 何でも良いのか?」



「ありがとう、 そうそうそれ、 茎と花の所が紫掛かった物が質がいい物だから、 そういったのをできるだけ探して」


黙々と、 これは草むしりに近い、 実家でも祖父と祖母が良くせっせと草むしりをして居た、 勿論日暮が手伝った事は一度も無い……


日暮は集中し言われた特徴のタムを厳選していく、 視野が狭くなり、 採集の事ばかりに意識が向き、 研ぎ澄まされていく


花園を通り抜ける風や、 優しい花の匂い、 セセラーヌの花の落ちる音、 小鳥の囀り……


……不意に茎と花の付け根が綺麗に紫掛かった、 一目で状態の良いと思われるタムを見つけ、 手を伸ばす………


……こつんっ


伸ばした手が、 伸ばされた手とぶつかった、 顔を上げると、 集中していて気が付かなかったが、 シャルルがすぐ側に居て、 同じタムに手を伸ばしていたのだ……


手と手がぶつかって、 彼女は少しだけ驚きと、 少しだけ頬を赤く染め、 笑った


「ふふっ、 同じ獲物を狙ってたか…… 日暮は見分けるのが上手いね、 確かにこれは凄く質の良いタムだよ」


日暮は手を引っ込める、 シャルルが慣れた手つきでそのタムを採集する、 茎から折れたタムの小さな丸い花をシャルルは見て、 彼女は遠い目をする


「……私は殆どの事をおばあちゃんから教わったの、 今も、 色んな事を教わっている最中……」


でもね……


「……タムの見分け方は、 お父さんから教わったんだ…… でも、 お父さんから教えて貰ったのはそれだけ…… お父さんは私がまだ小さい頃に、 モンスターとの戦いで命を落としたの……」


まだ幼い頃、 シャルルは、 父に連れられよく散歩したと言う、 その際に咲いているタムを見つけ、 大切な知識と言われ教えられたそうだ……


「……お母さんは私を産んで亡くなったんだって、 元々体が弱くて、 だから私はお母さんを見た事が無い…… だから里長…… おばあちゃんは何時だって私の親代わりだった……」


その時のシャルルは、 すごく小さく見えた、 悲しみや寂しさは、 時間により押し寄せる波に徐々に希釈されていくが、 決して消える事は無い


彼女はその気持ちを忘れるつもりは無い、 でもその気持ちに慣れ始めて、 きっと今は涙も枯れてしまったのだろう……


「……おばあちゃんは里で一番の長寿でね、 まだまだ元気なんだけど…… だけど…… 分かるの…… おばあちゃんは、 きっともう、 あまり時間が無いんだって……」


両親を亡くし、 兄弟も居らず、 母親代わりの里長も亡くした時、 彼女は若くして真の孤独を味わうだろう……


「おばあちゃんが居なくなったら、 今度は私が里長になる、 でも巫女の仕事も辞められない…… 私、 この先どうなるのかな……」


「……おばあちゃんは、 里長としてもそれを凄く危惧してる、 言葉に出さないけど、 内心焦ってる…… 分かるんだ……」


「……私は、 おばあちゃんにそんな不安のまま亡くなって欲しくない、 このネーヌの里の未来を案じたまま、 眠って欲しくない……」


シャルルは顔を上げると、 日暮の目を見る、 日暮から見た彼女の顔は、 彼女こそが最も焦っている様に見えた、 ヒリヒリと空気がヒビ割れる……


「未来は明るいよって、 不安になる必要は無いよって…… まだまだ先の事って思ってたけど、 先送りにしちゃダメだから……」


「……おばあちゃんが生きている内に、 私が結婚して、 子供を産んで…… しっかり未来は繋がって居ることを、 見て、 それで安心して眠って欲しい」


……きっと彼女にとってもそれは大切なんだろう、 彼女の肩にのしかかる重荷を隣で背負ってくれる人が、 歩んでくれる人が必要なんだと思う……


不意に彼女が言い淀む様に、 口を開いては閉じ、 口篭る…… そうして、 唇震わせながら、 震える声で小さく言葉にした……


「……ぁっ、 あのねっ…… うちの里には掟が有るんだ…… それはね、 巫女は、 心に決めたその人と、 未来を紡ぐその日まで、 決して異性に素裸を見られてはいけないの……」


その声は上擦り、 焦りに背を押される様な声で、 それでいて、 吐息には僅かな熱が帯びていた


「……ねぇ、 覚えてる? 昨日の朝、 日暮と初めて会った時、 私………」


シャルルの持つタムが小刻みに震えている、 彼女の手まで震えて居るのだと分かる、 きっと彼女の心も震えて居るのだと思う


悩みや葛藤は、 苦しければ苦しい程、 人に話す事が怖くなる、 弱い自分を知られる事が怖いからだろうか……


その話を聞いた時、 もしかしたら、 物語は、 日暮の描く物語は大きく歪曲したのだろうか?


だが………………………


……少なくとも今は、 シャルルの言葉が最後まで語られる事は無かった、 それは、 彼女にとっての邪魔が入ったからだ……


……………………………………


ガザッ! ガザガザッ! ガザンッ!!


……足音、 重い足音、 草葉を押し潰しこちらへ向かってくる、 大きい、 それを日暮の耳が捉え、 空気が変わる


カチャッ ………


日暮が無意識的に腰のナタへ手を伸ばし、 鋭い目で花園の奥、 深い森の中を睨んだ事で、 シャルルもその音を認識し、 言葉に詰まった……


ドジィンッ…… ドジィンッ……… ガジャガジャッ……


やがて音が近くなる、 そいつは、 木々の間から、 のっそりと現れた、 巨大な体躯……


ドガッ……… ガシャッ!!



「ドガギャアアアアアアッ!!!! ギギギッ、 ガァアアアッ!!」


っ!?


驚き、 機械音の様な鳴き声、 ゴツゴツとした岩がいくつも繋がって出来た、 二足歩行の…… これは、 岩の巨人だ……


「っ、 何だあれっ、 生物じゃねぇよな!?」


でかい、 三メートルはある、 動きはノロマそうだが、 奴が歩く度に地面が揺れる、 攻撃をもろ喰らえばダメージは大きな物となる、 しかも一見して何処が急所か分からない……


見た目から分析を始めた日暮の隣で、 さっきとは別の種類の震えた声で、 シャルルは呟く……


「あっ、 あれはっ、 ラーダの偵察用ゴーレムっ、 どっ、 どうしてこんな里の近くに……」


知ってるみたいだな…… だが今は取り敢えず……


「シャルル、 奴はまだこっちに気が付いて無い、 あそこの岩陰に姿を隠すぞっ」


恐怖に固まった彼女の体、 その手を強引にでも引っ張り上げる、 岩陰へと滑り込む様に走り抜ける……


ダッ………


………………………………


はぁ…… はぁ……


隣で息を切らすシャルル、 大した距離を走った訳では無いが、 命に関わる緊張感と言うのな精神的ストレスを肉体にも掛け、 そういう時は疲れやすい、 日暮にも経験がある


無事に岩陰に隠れ、 岩の巨人はこちらに気が付いて居ない様だが、 このまま隠れ続けるには限界がある…… いや……


「……シャルル、 あれを知ってるのか? 俺はあんなモンスターを見た事が無い、 弱点とかは有るのか?」



「はぁ…… はぁ…… っ、 にっ、 逃げようっ、 私達じゃどうにも出来ないっ、 こっちに気が付いて居ない間に逃げようっ」


ダメだな……


「シャルル、 お前の焦りからあいつがこちらを攻撃して来る相手だと分かる…… そしてこの花園からの退路は来た道だけだ、 そしてその道までに身を隠す物は無い」


この花園には小さな洞窟を通って来た、 敵に気が付かれそこを通れば、 あの敵ならば洞窟事容易に破壊しうるだろう、 そこまで考えれば撤退は危険すぎる


「……シャルル、 もう一度聞くぞ? あれを知ってるか? 特徴でも、 弱点を知ってるならそれに超した事は無いが、 倒された事は有るか?」


日暮の声は少しだけ冷たさを帯びた、 だが、 それは睡魔に襲われた時冷水で顔を叩くのと同じ様に、 この状況だからこそシャルルにほんの少し冷静さを思い出させた……


「っ…… この森には私達の里以外に、 ラーダの里と言う所が有るの、 あれはラーダの偵察用ゴーレム…… だと思う、 あれに弱点は無いよ、 これは私達があれと何度も戦ってきたから分かるの……」


あれは本当に岩の塊らしい、 シャルル達、 ネーヌの里の者には力ではどうにも巨岩を破壊する事は出来なかった……


「でも、 あれは岩の塊だから…… 日暮は石を割った事はある? 小さな石に大きな石をぶつけて割る…… あれと同じ、 以前あのゴーレムよりも大きな岩を頭から落として倒した事が有る」


周囲に勿論そんな岩は無かった、 ネーヌの者達も、 事前に準備をし、 崖上から岩を転がしたと言うから今再現出来る事では無い、 だからこそ彼女は逃げようと言ったのだろう


だが、 日暮には今の話で充分だった、 何故なら、 単純に、 あのゴーレムの硬度を破壊するだけの力があれば良いと言う事なのだから……


それはつまり………


(……俺の、 能力ならぶっ壊せるかもしれねぇっ)


初めから、 それが可能だったとしても、 隠れてやり過ごす選択肢が日暮には無かった、 この地にて、 未知への開拓、 冒険者の道を選択する日暮には……


……敵を前に、 倒さないと言う選択肢が存在しないのだった


ザッ…… ぐいっ……


立ち上がろうとする日暮、 それでもシャルルはその手を引く、 彼女は泣いていた、 出会って初めて見る泣き顔だ


「……待ってよ、 何するの? やめて…… 自分が囮になる何て言わないでよ…… お父さん……………」


どうやら彼女にとって、 似た様な場面が過去にあった様だ、 恐怖が過去を呼び、 そう呼ばせたのかもしれないが……


「俺は明山日暮だ…… シャルル、 俺は戦うが、 お前に逃げろ何て言わない、 寧ろここで見てろ、 自身の敵は、 打ち倒せるって事をっ」


ザンッ!


今度こそ日暮は立ち上がる、 伸ばされたシャルルの手はその一歩を掴めない、 軽々しい、 容易に踏み出す一歩……


「……恐怖とは、 自分由来だ、 お前は所詮、 恐怖の感情を抱く可能性を持った要因に過ぎない、 恐怖は植え付けられる物でなく、 自分の内から湧いてくる……」


ザッ!


躍り出る、 自身よりも巨大な者、 力を持った者、 得体の知れない者、 恐怖した者…… だが……


「恐怖は敵じゃ無い、 恐怖は勇気の種だ、 心が恐怖を抱かせるのは、 立ち向かう勇気を与える為…… そう思えばどうだ?」



「ギガガッ、 ギャガガガガッ!!」


ははっ、 あははははっ!


笑う、 敵が笑っているのかは知らないが、 日暮は笑う、 暗い冒険道中に興味は無い、 日暮の冒険は何時だって笑いが尽きない


立ち向かう勇気を抱いた時、 この岩の巨人に対する恐怖は消えた、 それはきっと……


「てめぇをっ、 殺すっ!!」


殺せると思ったからだ……………………


……………



ドガァァアアアアアンッ!! ボォオオオンッ!!


巨大な地鳴らし、 この体躯、 岩の肉体を持ってして、 ゴーレムは高く飛び上がる、 容易に十メートル近く……


元々の重量も相まって、 落下による衝撃は計り知れない、 そして、 ゴーレムの影は今、 ロックオンされた日暮に濃く掛かっている


衝突すれば押しつぶされる……


ゴーレムが巨大な拳を振りかぶる、 衝突のエネルギーに任せた自由落下の鉄槌を日暮の顔面に食らわせるつもりなのだろう………


回避……………………


……いや


グッ!


日暮が、 同じ様に拳を握る、 巨大な岩の落下攻撃、 それでも、 上回る、 自身に宿る力ならばっ



「ブレイング・ブラストッ!!!」


ボォンッ!!


拳の中で空気圧が膨れ上がる、 相手からしたら、 ちっぽけな拳、 しかし、 その中に渦巻く破壊力を何より、 日暮自身が最も信じて居るから…………


ドッ!


大きく引かれた拳が、 ゴーレムの拳と、 日暮の拳が真正面から……


衝突ッ!!



ドガァアアアアアアアアアアアアンッ!!!!


ボォオオオオンッ!!!


…………


果てしない程の衝撃が骨を伝い、 肩関節に向けて、 一気に流れるっ


グジャアアアアンッ!!


っ!?


痛みに驚く、 右腕が壊れた…………


……それでも、 力とちからのぶつかり合いは、 両者にダメージを与える、 そして、 肉体がひしゃげ潰れる程だった攻撃が、 腕の破壊程度で済んだ以上……


本来流れる筈だった力は、 ぶつかったもう一方の衝撃に吸収される、 勝利を確信したようにギラリと光ったゴーレムの握った拳………


いや、 右半身がっ



ボガァアアアアアアアンッ!!


バギバギバキッ! バガァアアアアンッ!!


吹き飛ぶっ! ………………



ザッ!!


日暮は地面を蹴る、 体制を崩したゴーレムが地面を打つッ


ボゴォオオオオオオンッ!!


………………


「ガギギギッ…… ガガガガッ、 ガァッ!!!」


ゴーレムが立ち上がる、 感情のない操り人形だ、 痛みを感じるはずも無い、 右半身が吹き飛び、 今もボロボロと崩れて居るが止まる気配は無い


日暮はゴーレムの落下地点から数ステップ距離を取りその姿を見る……


「ゴーレム…… フーリカの知識に有るな、 えー…… ゴーレムを破壊する方法は幾つかあって、 固体を完全に破壊する、 または、 術師による操作の場合は術師を殺す……」


前者今やってるし、 後者は魔力を追えば良いらしいが今の日暮には不可能だ、 しかも魔力の感知は割と簡単らしいので、 ネーヌの里の者でも出来ると考えるのが妥当だ、 しかし、 シャルルはこのゴーレムを倒せないと言った


「……ゴーレム操作にも種類があって、 自動操作型、 単純な動作のみが可能な操作方法もあって、 その場合は魔力は追えない…… か、 多分こいつはこれだな」


自動操作型の倒し方は先程の前者の方法か、 その他に動力となる、 予め込めた魔力の塊、 いわば電池を壊せば良いらしい……


「電池の場所は術者次第か…… つまり右半身では無かったって訳だ…… っと、 そろそろ動き出すな……」


一瞬の硬直を経て、 もう一度こちらに向き直る敵、 こちらもその間に腕は治っている……


「どっちにしろ電池は岩の中っ、 やる事は変わらないって訳だ! 電池の場所が分かった所で、 岩を破壊出来ないネーヌ里人には破壊出来ないっ! もう答えは出たようなもんだなっ!!」


バンッ!!


今度は日暮から地面を蹴って迫る、 相手は遊撃の構え、 残った左手を大きく振り上げる、 振り下ろすっ!


ッ、 ドジャアアアアンッ!! ………


……ダッ!


「一拍遅せぇんだよっ!」


日暮はゴーレムの懐へ既に入っている、 握られた拳、 クールタイム開け……


グッ!


「電池はっ、 一番面積の広いてめぇの胴体…… にある可能性が一番高いっ! ブレイング・ブラストっ!!」


ッ、 ボガァアアアアアアアンッ!!!!


ドガジャアアアンッ………… バギバギ…… ボォォォオンッ…………


………………


ダッ!


日暮は直ぐに一歩距離を取る、 腹にとでかい穴を開け、 動きを止めたゴーレム、 その体が徐々に傾き、 中程で折れる様に………


ドズゥウンッ! ………………


崩れ落ちた、 岩の巨人は地面に吸い込まれた、 押し潰された花が悲鳴を開けたようにちぎれ舞い上がる……


「あ~あ、 綺麗な花畑が台無しだ……」



「日暮っ、 大丈夫っ! ……倒したの?」


シャルルが岩陰から飛び出して来る、 その顔は焦りと驚きに染まって居て……


それと同時に、 周囲に目の向かない油断、 そして、 日暮にはフーリカの知識が遅れてやってくる……


『……ゴーレムは、 最後に一矢報いる様にプログラミングされて居る固体が多く、 その為に壊停した振りをする事が有る』


…………………………


「あっ、 シャルル待て、 油断する………」



バァアアアアアアンッ!!!


………………………


……左腕だ、 ゴーレムの地面に力無く落ちていた左腕が動き出して、 巨大な岩の手が地面を跳ねて、 シャルルの方へと掴みかかる様に飛んでいく……


しまった………………


(……電池は、 左腕かよっ)


普通心臓の位置か頭だろっ、 何で左腕なんだよっ、 設計者出て来いバカっ! ……


その思考より先に、 日暮は足が動く、 今まで戦いのどんな経験が、 無駄じゃ無かった、 こういう時に、 ちゃんと足が出るっ!


あぁ、 間に合ったよっ!


「ブレイング・ブーストッ!!」


ッ、 ボォオオオオオオンッ!!!


踏み込みに、 背後で弾ける空気圧、 押し出される体は、 とてつもない推進力を得る、 日暮の加速技……


もう間もなく、 ゴーレムの手がシャルルに届く、 シャルルは固まっている、 動けない、 だがっ


「間にあぇええええっ!!」



ドガァアアンッ!! ………


日暮の体当たり、 交差する様にゴーレム腕と衝突、 そのエネルギーがぶつかり、 起動がシャルルをズレる……


ゆっくりな景色の中、 すぐ隣過ぎていく直立不動の彼女、 飛びながら、 良かったと思った………………


………………


ギギッ……… ウィィィンッ!


ガジャアンッ!!


互いに吹き飛びながら、 ゴーレムの腕がそれでも日暮よりも先に開いた、 巨大な手が、 行動を不能とした日暮の顔面を容赦なく握るっ


ッ、 グジャァッ!


っ………


「ぅげぇあああああっ!? いぎゃぁっ!?」


声にならない悲鳴、 その痛みのまま、 地面に叩きつけられる……


ドザァアアアンッ!!



ググググッ!!!


「ぇぁぁああああっ!? あなぁぜっぇ!!」


地面に叩きつけられてなお、 この意志を持った腕には関係無いとばかりに、 日暮の顔面を握り潰そうと圧を掛ける、 苦しい、 骨が軋んで、 想像を絶する痛み……


バギィンッ!


頭蓋が折れる…………


「ぎゃあああああああああっ!? ぁぁああああああっ!?」


ああああああああああっ!


長すぎるクールタイムと言う枷、 破壊する力を持っていても発動出来ないのなら無いと同じ、 再生し続ける肉体は永遠に意識を保ち続け、 死ぬ程の痛みに反して死は遠い………


いやっ、 いやっ!


っ、 諦めてねぇよっ!! 痛みの中でも、 数えてんだよっ、 一秒一秒ッ……


「てべぇっ、 のぉ…… じぃぬまでのぉ、 だいむ、 リビッドをっ、 なぁっ!!」


グッ!


「ブゲギング…… ・ぶらずどっぁあああっ!!」


ボォォオンッ!!


「ぉがぁぎゃあああッ!!!」


ッ、 ボガァアアアアンッ!!! …………


ボロボロ…………


……………


はぁ…… はぁ……… はぁ……………


何とか間に合った能力の発動、 見えない視界と、 痛みにと苦しみで混雑する思考の中でも正確に当たった拳……


はぁ…………………


「じっ…… 死ぬ…………」


バタッ…………


日暮は力無く倒れ込む、 幸いゴーレムの左腕の電池、 その考えは正しく、 そして破壊出来たようだった、 ボロボロと崩れて日暮の周囲に散らばった………


…………


「ひっ、 日暮っ! 大丈夫……… ぅっ……」


シャルルの息を飲む音が聞こえた、 きっと自分は今酷い顔をしているのだろう、 ゲロまみれの後は、 血まみれだ……


でも、 大丈夫………


「ぁっ、 大丈夫…… ぉれ、 きず…… ぃふくふるから……………」


………徐々に視界が落ち着いてきて、 耳鳴りが治まってきて、 頭痛が引いてきて、 凡そ普通と思われる所まで回復して、 日暮は体を起こす


「……ほら、 大丈夫だったろ? 傷を直せるのも俺の能力だからさ…… 泣くなよシャルル……」


彼女は泣いていた、 笑ったり泣いたり、 ゲロの処理した時すら笑っていた彼女は、 今日は泣いてばかりだ……


「……だっ、 大丈夫なの? 日暮っ、 血だらけだよ…… それに、 私のせいで……」


はぁ………


悲しみの涙を流す彼女に、 日暮は指を指す、 指の先には、 セセラーヌの怪しい花が咲いていた………


「お前のせいじゃねぇよ、 俺がお前を助けたのは、 お前が俺を助けてくれたからだ…… これが、 お前の言った、 助け合いの輪廻だろ?」


よいしょ……


日暮は立ち上がると、 汚れたおしりを払う、 ナタを腰に戻すと彼女の目を見た……


「シャルル、 改めて、 昨日は助けてくれてありがとう、 ゲロまみれの俺を嫌な顔一つせず助けてくれて、 本当にありがとう……」


感謝を伝える、 大切なのはこれだ、 だから……


「お前も、 俺に感謝しとけばそれで良い、 他にはな~んも要らねぇよ」


さてと……


「疲れた、 そろそろ帰ろうぜ」


日暮は、 そこに何の雑念も無かった、 彼女の言った助け合いの輪廻、 良い言葉だと、 人が困ってたら、 取り敢えず助けようと思うよな~ って言う日本人気質故だった……


……だが、 そんな日暮の、 彼女に対する行いは、 この恐怖の様な出来事を経て、 更に一歩、 彼女の心を、 余計に、 暗い熱を灯させた……


シャルルは小さく震えると、 上気したように薄っすらと染まった頬、 受け入れられ、 そして自身も、 それを受けれる様に……


「うんっ、 帰ろっか…… 私達の家に…… ふふっ」


怪しく笑い、 日暮の手を取り、 歩き出す、 森に刻まれる二人の足跡、 帰路へ向かう足取りの、 その片方は、 スキップでもする様に浮ついて見えた……

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