第百五十六話…… 『天閣の祝詞、 後日談・15 夢にまで見た異世界転移《一》』
……今日もまた、 朝日が昇る、 陽帝の威光が世界に差す、 新しい朝だ、 早朝……
これはもう、 毎日の繰り返しとなった、 十三年も毎日繰り返している、 変わらず昇る朝日と同じ様に、 雨の日も、 風の日も、 私はそれが当然の様に繰り返す
私の習慣、 まず目を覚ます、 寝巻きから、 均白糸という高価な糸で裁縫された純白の衣を纏い、 身を拭う布巾を持つと早々に家を出る
この里で最も高い位置に有る私の家から裏手に周り、 更に丘を登って行く、 まだ重い瞼を擦りながら、 それでも、 早朝の涼しい空気と、 木々の間を埋める静寂
この時間を、 私は好きだと思っている…… やがて丘を登り更に進むと、 目の前に泉が見えてくる、 周囲を木々に囲まれた清い泉だ
ここは、 私の家、 この里で最も力を持った里長の、 巫女だけが入る事の許される、 いわば神域……
私は毎朝、 必ずこの泉で身を清める、 ヒリヒリとするような冷たさにももう慣れた……
さらっ………
衣を肌ける、 かがみ、 綺麗に畳むと、 素足から泉に入っていく、 体をびっくりさせないよう、 少しずつ冷たさに慣れていく
ちゃぷんっ………
徐々に、 飾らぬ素肌に、 泉の冷水が吸い付いて来る、 そうしているうちに、 腰の高さまで、 少し中程まで進み、 肩まで冷水に浸かる……
清く、 心を清める、 そうして、 祈る、 我らが神、 『物語』の神、 理夕様へと、 祈りを捧げる……
深く、 心を深く水深に潜らせる、 自身もこの泉の聖水の様に、 溶けていく、 溶けていく、 混じっていく………
…………………………
それを暫く続けた、 時間に決まりは無い、 寒くなってくればどうしても上がるのが早くなってしまう、 幸いこの辺りは冬という時期とは縁遠い、 雪が降る所か、 最低気温が十度を下回る事は滅多に無い
その代わりに、 最高気温も、 二十五度を上回る事は無いし、 それに相まって高い木々に囲まれた里だ、 日向の方が少ない位だ………
何にせよ、 そろそろ水から上がる、 私は目を開けて、 衣と布巾を畳んだ位置まで冷水をかき分け進んで行く……
……その日も、 いつもと変わらない日々、 その静かな朝だと、 そうして過ぎていくのだと、 この時の私は思っていた………
陸へ近づき、 布巾へと手を伸ばす、 日焼けの無い肌は、 不思議と冷たさを帯びると、 反対にほんのり赤くなる、 すっと伸ばした腕、 手が布巾に触れた時……
………ガサガサッ ザサッ!
っ………
物音がした、 対岸だ、 対岸と言っても小さな泉だ、 対岸の傍の草が揺れる、 おそらく動物だろう、 この辺りも豊かだ、 何も暮らしているのは私達だけじゃ無い……
布巾を手繰り寄せ、 身を隠す、 しかし様子を窺うように、 その体は水中にて停止した、 やがて草が左右に割れ、 そこから姿を現した…………
……人影
「っ…… ぁ、 誰……」
現れたのは男だった、 二足で立っているし服も来ている、 人間の男だろう、 だが酷く汚れ、 ボロボロに見える
ここは、 里の中でも巫女しか入る事の叶わない聖域、 しかしそんな物は何もこの身を守る盾にはならないし、 何より里の外から来た者には関係の無い事柄だ
知っている限り、 この辺りに住む人族はこの里と、 もう一つ少し離れた場所にある別の里の者だけ、 装いを見てもその者が遥か遠方から来た事は容易に分かった
しかも男が来た方角は深い森の中、 まさか山を超えて来たのか? まさか、 なんの為に………
そこでふと、 男が顔を上げる、 虚ろで目元は影が差したように暗い、 まるで獰猛な獣の様に息が荒い
と同時に、 自分が今、 一糸纏わぬ姿をしていると思い出した、 肌に張り付いた布巾も頼りない……
……まさか、 狙いは自分か? ここには自分しか居ない、 何処で知ったのか分からないが、 ここは確かにある意味危険だ
ここには巫女しか入れないし、 丘の下の家には耳の遠くなったおばあちゃんにして、 私の里長に当る人物しか居ない、 叫んだ所で助けは来ない……
ザッ……
男が足を動かす、 狙いを定めたように、 その目は確実に私を見ている、 体が硬直する、 冷たさとは違う震えが芯から襲ってくる
自分は今から襲われる、 どこの誰とも知らない野蛮人に、 巫女の指名を受け生まれ、 母に変わり若い内から清めて来たこの体が、 心が………
嫌…… 嫌だ………
そう思っても、 まるで泥濘に嵌った様に体は重く動かなかった、 既に水の冷たさすら感じない程に、 恐怖が身を強ばらす……
ザザッ! ザッ!
やがて男が地面を蹴る、 こちらに向かって一直線に走る、 私はただ、 声も出せずに、 目をつぶり恐怖から逸らすしか無かった…………
閉ざされた視界の黒の中で、 それでも情報を得ようと機能した耳が、 音を、 いや、 男の声を拾う、 彼は……………
ッ
「水だぁあああああっ!!! 水水水水っ!! 水だぁあああああああああっ!!」
ボシャァアンッ!! ………………
………………………?
湖面を叩くような音が聞こえて、 私は恐る恐る目を開ける、 すると、 男はまるで溺れる様に頭部ごと水に丸々沈めていた
ほんの少しの体の隆起と、 何よりここまで聞こえる程の大きな嚥下音が耳に届く、 呆気に取られ、 暫く固まってから漸く気が付く
そう、 彼は、 恐らく森にて彷徨い、 喉を渇かしていた所、 この泉を見つけ、 ふらふらとやって来て喉を潤して居たのだと………
そう見れば、 もう長い事まともな生活を行っていなかった様な乱れ汚れた姿だ、 泉の水を飲み干してしまうのでは無いかと心配になる程…………
……………っ
いや、 いやいや、 待て、 そんな呑気な事を言っている場合じゃない、 この泉の水は綺麗だが飲水じゃない、 この湧水は……
漸く、 喉を震わせ、 声が出る
「この泉の水には微力な魔力が含まれて居るんですっ! 危険ですっ、 飲んでは行けませんよっ!」
忠告、 この状況で非難や逃走の選択では無く、 この忠告が出たのは彼女の元来の優しさ故だろう、 だが男には届いて居ない様に一拍おきに隆起する体と嚥下音は止まらなかった…………
……………ピタリ ………………
いや、 突然、 急に糸が切れた人形のように、 肩が動かなくなる、 音がしなくなり、 動きが止まる………
バシャッ…… ブクブクブクブク…………
事切れた様にその身を更に深く水に付けると、 ついぞその体は動きを止めた、 肺に溜まった酸素が逃げ出し泡が湖面にて弾ける…………
……………………….....えっ!?
まさか、 まさか、 彼、 溺れて…………
………っ、 わぁぁぁぁあっ!?
私は勢いよく水から飛び出すと、 濡れた体に衣を掛け、 男の元へ泉を回って駆け寄る、 近ずいて分かる、 完全に意識を失っている………
「ちょっとっ! こんな所で溺れないで下さいっ! 大丈夫ですかっ!?」
体を揺らすがやはり動かない、 目の前で人が死ぬ、 そんなの本当にごめんだ、 私は彼の体に手を回すと、 持てる力を総動員して、 彼の体を水から引き上げた………
はぁ…… はぁ………
「はぁ…… 何とか、 私一人で…… っ、 でも、 息してないっ、 えっと、 こんな時にっ、 溺れた人を助ける為の方法をおばあちゃんから教わってぇ…… えっと…… 確か………」
そこに有るのは人助けの気持ち、 ただそれだけだった、 よく知らない彼を、 それでも助ける事だけを考えて、 何も考える前に体は動いていた……
息を吸う…… 彼の鼻を指で摘み息が逃れない様にする、 そうして、 私の口から、 彼の口へと、 強制的に空気を送り込む……………………………
本当にそこには何の雑念も無かった、 体は勝手に動いてい、 何度かそれを続ける内に、 彼は咳と共に水を吐き出し、 朧気な意識を取り戻した
私は、 彼の体を何とか引きずって、 丘を下り、 家まで連れて来ると、 物知りで何でも知っている里長、 おばあちゃんに事情を説明し、 彼を暫くの間介抱する事にした……………………………
……………………………………
………
………………………
それはもう、 長い戦いだった、 潰しても潰しても、 蛆の様に湧く敵を、 見掛けては殺し、 また殺し、 最後の最後の、 本当に最後の一体になるまで潰し続けた
その後、 長い戦いを共に戦った戦友と別れ、 自分は彷徨う、 何処とも知らない森の中を彷徨い放浪とした
初めこそ、 冒険者気取りで調子に乗っていた物の、 見た事も無い色の虫に刺され嘔吐を繰り返したり、 配信動画で軽く見た方法で毒の有無を確認した果物を食った後、 想像を絶する腹痛と下痢に襲われたり
恐らくモンスターと思われる群れに遭遇し命からがら逃げ出したり、 雨宿りに入った洞窟がモンスター巣窟で、 互いに生きる為命をかけた縄張り争いの末勝利を収めたり
その肉が意外と生で食っても腹を壊さなかった事には驚いたが、 劣悪な環境下での生活に肉体が悲鳴を上げ、 感じたことの無い高熱を出して倒れたり……
まあ、 とにかく酷かった、 それでも生きていたのは、 やはりナタによる再生能力があり、 それを変換するエネルギーが長い戦いで潤沢だったから、 後は、 運と、 奇跡だ
そして漸く、 朝日を受けて照り返す泉を遠くに見掛けた時、 気が付かぬ間に走り出していた、 絡みつく草や蔦を振り解き、 何度も転び、 躓き、 それで漸く掻き分け目の前の泉へと俺は飛び込んだ……
その水の冷たさときたら、 熱を持ち、 荒れ爛れる様だった渇いた喉を冷やし、 体の底から潤し、 満たしてくれた……
その時、 自分は今までのどんな瞬間と比べても劣らない程の幸福感、 生を掴んだ感覚に、 周囲の音すら聞こえなかった……
その後は覚えてない、 急激に瞼が落ちたのは何となく知覚したが、 本当にその後は覚えて居ない…………………
……ただ、 不思議な事に、 腹の中の苦しい何かが、 吹き出して、 その後は暖かくなった、 きっと悪い夢でも見ていたのだろう……
そうだ、 あれは夢だ、 きっと今に自分は目を覚ます、 実家の自室のベットの上でだ、 布団は蹴飛ばされ、 足の方に頭を向けて目を覚ます
分かる、 絶対そうだ……
そう、 さぁ、 意識が急激に浮上する様な感覚、 自分の中で何かが上に上に向かって登り出す、 さぁ、 今こそ目覚めの時だ…………
…………………………っ ………………
ぱちりっ
目を開ける、 ゆっくりと、 見上げた天井はちっとも知らない色だった、 ぼんやりと重い頭と、 夢の中で感じたあの登る感覚が、 思い出した様にまた浮上を始める、 これは………
っ…… 気持ち悪いっ…………
不意に傍に桶の様な物を見つける、 思わず手を伸ばし、 覆い被さる様に頭を下げると、 食道を焼くような感覚と共に、 内から吐き気が湧いて出た
っ、 ぅぇえぁぁえええっ、 うぉええっ………
水ばかりだった、 殆ど水だった、 急激に背が冷えて、 お腹が熱く、 焼ける様な喉の痛みと共に、 ひっくり返した様に水が出る、 苦しい……………
すると、 そんな時、 僅かな足音、 こちらへ駆け寄る様な音と共に、 綺麗な音の声が聞こえた、 そういえば、 泉でも聞こえた様な………
「っ、 大丈夫? 落ち着いて、 背中をさすってあげるから、 ゆっくり吐いて良いよ、 大丈夫…… 大丈夫……」
優しい手だった、 どうしても吐き出す事を拒む体が、 受け入れる様に、 不純物を体外へ押し出す、 情けない話、 その声の主が誰とか、 どういう状況とかこの時は全く考えなくて
今はただ、 耳に届くこの優しい声のリズムに合わせ、 腹をひっくり返し続けただけ…… それが恐ろしい事、 十分も続いた……
………………………
その後も度々襲いかかる吐き気に何度も背をさすられ、 片付けまでして貰って、 登り始めた太陽が、 落ち始める頃まで、 それはひっきりなく襲ってきた……
……しかし、 そんな献身的な介抱や、 最中飲ましてくれた丸薬のお陰か、 徐々に吐き気は引いてきて、 日が暮れると、 自分は再び眠りについた………………
…………………
次に目を開ける、 きっと数時間眠って居たのだろう、 辺りはまだ暗い様で静かだ、 ぼんやりとしていた、 吐き気はもう引いたが、 とにかく体が重たかった……
体を起こそうと悶えるが中々動かない、 それを暫く続けて居る内に、 光の漏れる隣の部屋に居た人が気配に気が付いた様で、 扉が開く……
ギィ………
「……おはよう、 大丈夫? 無理に起き上がろうとしなくても良いよ、 熱もあるみたいだし今は休んで居て…… あっ、 お腹空いてる? 暖かいヤームを作ったから、 食欲が無くても食べた方が良いよ、 薬も本当は食後の方が効きが良いから」
優しい声、 自分を介抱してくれた人だと分かる、 若い女性だ、 彼女は少しするとお盆に木目の椀を乗せてやって来た、 見た事のない食べ物だ……
「安心して、 ケマや、 タム、 イコルを、 パムラのミルクで煮込んで、 香辛料で味付けしたスープだよ、 体も芯から温まるし、 タムは薬草でも有るから、 里の人達は体調を崩すとヤームを食べるの」
彼女に支えられ、 何とか体を起こすと、 上手く動かない手の代わりに、 彼女が木のスプーンで口へ運んでくれた、 味は優しく、 シチューの様だと思った
その後、 何とか食べ終わると、 薬を飲み、 再び布団に横になった、 女性は食器を片付けると再び枕元に来て少し話をしてくれた……
「……それでね、 魔力は人にとっては有害で、 魔法によるダメージを負えば魔力傷になるし、 魔力の含まれる水を大量に飲めば拒絶反応で嘔吐するの、 貴方が飲んだ泉の水は魔力が含まれて居るから、 昼間の苦しさはそれのせい」
「あと、 おばあちゃんが貴方を診てくれたけど、 それだけじゃ無くて、 径虫の麻痺毒に、 セセラーヌって言う毒性植物の毒、 後は脱水症状と、 空腹…… 危なかったね、 丈夫な体で良かったね?」
ああ……
「あっ、 そうだ、 まだ自己紹介して無かったね? 私はネーヌの里の巫女、 シャルル、 シャルル・ネーヌ、 シャルルって呼んでね? 貴方は? 名前は? 何処から来たの?」
彼女の声音は優しく、 まだ疲れた体が睡眠を求め瞼が重くなる、 それでも彼女の質問が一瞬だけ意識を繋ぎ止め、 小さく喉を揺らす……
「……日暮 …… 明山、 日暮だ…… ありがと………………」
言い切る前に意識は深く落ちていた、 そんな彼に女性は微笑みかける
「……そう、 日暮…… おやすみ日暮」
日暮は知らない、 この里の掟、 人の目には邪が宿る、 穢れを知らない巫女の体が人目に晒される、 それはただ生涯に一人だけ、 呑気に眠る彼にそんな掟など知る訳が無いと分かっていても……
これもまた、 何か運命なのだとしたなら………
ふふっ……
「おやすみ…… 旦那様……」
それを受け入れる想いが今、 彼女の心を一杯に満たして居た、 払拭しても消えない程の、 熱い気持ちだ………
………………………………………………………
………………………………
……
朝、 目を覚ますと、 体のダルさは大分無くなっていた、 まだ本調子では無いが無理なく体を起こす事が出来た……
「………はぁ、 最悪だ、 悪夢の様な日々だった、 久しぶりにまともな寝床で眠って、 俺は今、 猛烈に感動している……」
薬が効いているのだろう、 吐き気等の不快感は消えている、 体内の爛れた様な炎症はナタに巻きついた骨の力で回復するので、 大分体調は良かった
グルル~
腹が減った、 健全な朝の空腹感だ、 辛く苦しい日々と言うのはとても長く感じる物だ、 もうずっと劣悪な環境に生きていた様な感覚がする
「……はぁ、 力を持っていようが、 モンスターを倒せようが、 知識と経験、 この暴力的な自然界に適応出来るだけの物を俺は持っていない…… 俺は、 雑魚だ」
グルルル~
……………
仕方が無い、 起きて動き出さなくては、 待っているだけじゃ何も変わらない……
よっ……
立ち上がると体が痛んだ、 ずっと寝ていたからか、 それでも、 歩き出して、 隣の部屋へと向かっていく
昨晩の彼女、 シャルルが居た部屋は、 言うなればリビングの様だった、 広い部屋で、 しかし今は誰も居ない、 暫く見回していると、 不意に逆側のドアが開き、 一人の若い女性が入ってくる
淡い緑にも見える様で、 恐らく日の下ではブロンドに見えるだろう髪を後ろで結った若い女性で、 肌の赤みが透ける様な白の衣を纏っていた、 その頬はほんのりと赤い、 シャルルだ……
シャルルはこちらに気が付くと一瞬驚いた様に、 しかしそのあと少し笑った
「あ、 おはようございます、 すみませんこんな姿で…… あんまりじっくりと見られると恥ずかしいかもです……」
っ
目を逸らすと、 シャルルは続けた
「体調はどうですか? まだお辛いですか?」
「……いいや、 あんたのおかげで随分良くなったよ、 世話をかけたな、 もう体は大丈夫だ、 本当にありがとう……」
グルルル~
言い切ると同時に腹が鳴る、 それを彼女に聞かれ、 笑われる
「ふふっ、 着替えたら朝餉の準備をしますから座って待っていて下さい」
そう言うとシャルルは、 恐らく彼女の部屋だろうドアを捻って中へ、 日暮は言われた通り椅子に座る………
その後支度を終えた彼女がせっせと朝食を作り出すのを見ながら、 日暮はこの奇妙な感覚に思考を巡らせた……
(……優しすぎる、 何なんだ? いきなり現れた男にここまで優しくするか普通? いや、 無いな、 俺だったら絶対無い……)
日暮は今自身が置かれている状況を振り返る、 甘樹街での『魔王』との戦い、 そうして、 理夕という神とのやり取り、 諸悪の根源、 獄路挽との戦い……
だが、 それを経て、 日暮は自由となった、 この世界に来た使命を果たし、 現実逃避の末に焦がれた、 本当の剣と魔法のファンタジー、 異世界転移、 今日暮は異世界の空気に触れて居るのだ
モンスターとの戦いの日々、 まだ見ぬ敵との邂逅…… 日暮は冒険者になる、 それを心に決めている……
そして………
(……何処かに、 フーリカも生きて居る筈だ、 それが何処かは知らないけど、 フーリカと再会したら、 ちゃんと謝らないとな……)
そう、 理夕から聞かされた、 フーリカ・サヌカは生きている、 元の世界へと戻り日々を送っていると言う……
彼女についての情報は何処かに有るだろうか、 何にせよ、 今はただ、 ある程度の生活が出来る水準までどうにかしなくてはならない……
……朝ご飯が出来ると、 シャルルは奥の部屋から腰の曲がった老婆を支え連れて来た、 彼女の祖母にして、 この里の里長だと言う
この大きな家に暮らしているのはどうやらシャルルと、 里長だけらしく、 広い机を日暮含めた三人で囲み朝食を食べた……
「……して、 日暮くん、 君は一体何処から来た者なんだい? 装いを見ればこの辺の者では無い様だが……」
里長が日暮へと質問する、 日暮はパンをちぎる手を止めて質問に答える、 一宿一飯の恩以上の物が有る、 信じて貰えるかは別として正直に話そう……
「えっと…… 自分はずっと遠く…… こことは異なる世界からやって来たんです…… 信じて貰えるか分からないですけど……」
日暮の言葉に、 シャルルは驚いた様に口を開けていたが、 反対に里長は落ち着いていた
「……地球と言う世界ですかな? 勇者エバシ様も、 異なる世界からの来訪者だったと聞いとります…… 成程、 姿を見て文化圏の大きな違いがある様には感じて居りましたが…… 言葉は? 流暢な様ですが?」
今度驚いたのは日暮の方だ、 だが、 共有したフーリカの記憶からしても、 地球からの来訪者は度々居たようだ、 そう言えば、 シェルターのリーダ、 大望吉照も経験が有ると言っていた気がする……
言語の方は、 それもフーリカの力のお陰だった、 フーリカの知識共有プラリズム・コネクトの共有には言語知識の共有も含まれる
フーリカだった、 日暮の記憶を元に、 日本語を話せていたし、 今言われて気がついたが、 聞き取りも、 会話も無意識的に行える程に達者だった……
「……それは、 また説明が難しいですが、 俺はこっちに知り合いが居て…… その人から教わったんですよ」
「……ふぅん、 困らせてしまった様だ、 済まないね…… まあ人にはそれぞれ事情がある物だ、 今は良いだろう」
なんとも言えない気持ちで食事を続けると、今度はシャルルが質問をして来た……
「日暮はこれからどうするの? 勇者様と一緒なら突然、 わけも分からないままここに来たんだと思うけど…… 前までだったら異世界からの来訪者の為の支援制度があったんだけど……」
「今は、 魔王との戦いで、 セイリシアって大きな国が壊滅的ダメージを負ったり、 周辺の小国もダメージを受けたから、 そこまで何かしてくれるか……」
きっと勇者と言う絶対的な象徴が異世界人だったからこそ、 そういった制度があったのだろうが、 その勇者、 エバシ・キョウカも亡くなったらしい……
「こちらに来たばかりで何も無いんでしょう? ……だったら、 もし貴方が良かったら、 家で暮らすと良いよ、 うん、 絶対にそうした方が良い」
……何故、 彼女はこんなにも優しいのだろうか、 そこには何か、 必死さの様な物も感じた
しかし、 日暮は何も目を開けたら異世界に居た訳ではない、 何も無いのは事実だが、 漠然とした理想は有るし、 目指すべき場所も理解している
「ありがと、 でも俺は冒険者になりたいから、 冒険者ギルドって言うのが有るって聞いたんだけど、 この里にも有るのかな?」
「ぁ……… ぇっ…… そう…… 冒険者ギルドは里には無いな…… 小さな街にも仲介所は有るけど、 冒険者の登録はギルドでしか出来ないから、 ギルドが有る街は…… 一番近くても歩いたり馬車に乗っても二ヶ月近く掛かるかな………」
遠く離れている、 不思議とそう語るシャルルの雰囲気もまた、 何処か遠く、 寂しく感じた……
「……まだ体が本調子ではなかろ? 随分と痩せた様に見えるし、 そんな状態で旅には出せん、 あまり焦らずゆっくりと里で過ごしなさい」
里長の言葉が沈黙を破る、 確かに体はまだまだ不調だ、 せっかく助けた奴がミスミス野垂れ死にしてたら申し訳が立たない
「……お言葉に甘えて良いなら、 あっ、 でも、 流石に何か手伝いますよ、 掃除でも、 雑用でも、 何でもします」
「ほうか、 ならそうすりゃええ、 部屋もそのまま使ってくれて構わない…… それよりもまずは、 シャルル、 彼に里を案内してあげなさい」
里長の言葉にシャルルはぁ顔を上げると、 嬉しそうに微笑んだ
「うんっ、 分かった…… ねぇ、 日暮、 この里は凄くいい所だから気に入ると思う、 もしも心が変わったなら、 いつまでだってここに居て良いから…… ね?」
………………何だ、 この奇妙な感覚は ……
「……それじゃあ、 片付けをしたら早速行こっか、 ふふっ」
何だ…… いやマジで、 何でこんなに優しくするんだ…… 何故、 本来なら心地良さすら感じる人の優しさ、 温かさが、 こんなにも………
(……絡み付いたみたいに変な感覚何だよ ………)
心中、 そんな事を思いながら、 その後片付けをした後、 日暮は、 シャルルに連れられ、 里へと向かったのだった……