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第百五十四話…… 『天閣の祝詞、 後日談・13 ぼくのわたしのやりたいこと、 そして物語は更に先へ……』

黄昏時、 落ちる夕日を眺める、 空は赤く染まり、 何故か人はその茜色に感嘆を漏れる程引かれてしまう


この茜色の空は余りにも短い、 もう遠くの方から青黒い領域が迫っている、 日暮れだ、 もうすぐ一日が終わりを告げる……


そんな空を静かに眺める二人の人影、 黄昏時とは言ったものだ、 その顔には楽しさも、 喜びも、 悲しみも、 焦りも、 どんな感情とも違って、 ただ素の自分に近い顔をする……


しかし、 その景色が想起させる、 その人達が歩んできた道程を脳が優しく、 もう一度見せてくれる……


ああ………


「……茜色、 あかねが産まれた時も、 こんな綺麗な空だったのよね? 病室で聞かされて…… 運命だと思った、 茜の刻に産まれた子……」


明山彩乃あかやまあやの、 茜や、 雪の母親、 彩乃の言葉に、 隣に並ぶ父、 明山壱道あかやまかずみちは頷く……


それは、 避難者用の仮設住宅から程近くの公園、 二人姉妹は今日も今日とて甘樹祭行っており、 娘達の居ぬ間に二人はもうずっと珍しく、 久しい二人だけの外出を楽しんだ……


あの頃を振り替えるように、 映画館に行ったり、 昔馴染みの飲食店に行ったり、 目当てのお店に行き、 そこがもう別のお店になってしまっていた事に驚き……


そして、 偶然にも仮設住宅の近くのこの公園は、 二人の出会いの場所でもあった、 ここにこうして立って、 エンドロールにはまだ遠いけれど、 二人はこれまでの歩んだ奇跡をゆっくりと振り返っていた……


そう、 茜が産まれた時の空は、 まるで彼女の誕生を祝福する様な真っ赤な空だった…… 二人は愛しい娘の事を思い笑った


「ふふっ…… 貴方が教えてくれたんだったかしら? 『空が真っ赤だよ』って……」



「ん? 何言ってるんだ、 俺はずっと傍に居たろ? 一緒に病室に戻ってきた時には空は黒かったから…… 助産師さんかな?」


んー…………………………………


…………ジジッ ……


「……だめ、 何だか思い出せない、 歳をとったせいね…… 雪が産まれた時はそれはもう暑い、 うだる様な熱帯夜だったわね……」


あれは夏だった、 八月の終わりが見えてくる頃、 まだまだ日中は暑く、 その夜は日中の残暑が夜にまで停滞しており、 汗だくの夜だった……


「……全くあの子は、 いっつも急なのよね、 こっちが準備に準備を重ねても全然違う所を見てるって言うか…… こっちの予想の外側をいつも歩いているって言うか……」


ヒヤヒヤする事は何度だってあった、 好奇心は猫を殺すと言うが、 冒険心がいつか彼に毒牙を掛けるのでは無いかと気が気じゃ無かった……


それでも………


「ふふっ…… 不思議ね、 いつだってあの子は私達を不安にさせたのに、 いつだって私はあの子の見てる世界にワクワクしてた、 不思議と笑顔になるのよね」


しかめっ面、 しかし自分の好きな事になると笑う、 歳を取る事に好きな事を晒さなくなり隠すようになった、 それに伴って笑顔も見せなくなった


……でも、 時折覗かせる笑顔を見ると、 秘匿されたあの子の心が見える、 その瞬間が堪らなく嬉しい……


「あの子が茜を連れ出して海に向かったあの日から、 重く暗い空気が漂って、 いつ壊れるとも分からない不安定な家族のバランスが、 凄く澄んだ物になった」


あれもまだ去年の事か、 茜が高校受験の年、 我が家は茜を県内トップクラスの進学校へと推し進める時期に入っていた


と言っても、 茜が勉強をして、 彩乃がそれを厳しく監視する、 他の家族はとにかく口を出さない…… 今思えば最低の空間だった


その時は、 娘の為、 茜の為、 持ちうる全てを持って彼女の為に尽くして居たつもりだったが、 それが、 茜を酷く疲れさせ傷つけていた事に自分では気が付けなかった……………


……………


『………だから母さん、 母さんももう誰かの為に頑張り過ぎるなよ、 他人の人生まで生きなくていい、 真の意味で、 これからは茜が自分の為に頑張れば良いんだからさ』


…………………………


電話越しの声が不意に脳を過ぎる、 自分がしている事は、 娘を使った人形遊び、 ままごとだと気が付いた、 自分のしたかった事、 望んだ未来の最高点を彼女に追わせて居ただけだと……


「……あの子は本当に鋭かった、 特に、 誰かが自由を縛られる、 そういう空気感には特に…… 本当に勝てないわ……」


空を見上げる、 本当に短い、 もう、 空の赤は徐々に、 その色を落としている、 直ぐに夜がやってくる……


遠い…………………………


ジジジッ


「……彩乃? さっきから何を…… 雪が産まれたのは寒い、 雪の降り積もり冬だったろ? まるで雪の妖精のようだった………」


壱道はそう呟いてから、 首を傾げる、 まるで知らない記憶を語って居るような、 借り物の記憶を思い起こしている様な………


「……それに、 彩乃、 さっきからおかしいぞ…… 雪はまだ小学生なんだぞ? ……何だが言ってる事が変だ………」


…………あれ? ………そうだ、 自分は何を言っている…………


……最近、 よくこんな事が度々ある、 その度、 思う、 思うと同時に、 彩乃は……


「……彩乃、 またお前、 首を抑えて、 首が痛いのか? なんで首を抑えて苦しそうな顔をするだ? 最近多いぞ?」


無意識的に、 首を抑える、 触れた瞬間、 鮮烈な鋭さ、 痛みに酷似した感覚が一瞬だけ走る、 確かに苦しい、 のに、 必死にその一瞬を忘れない様に、 繋ぎ止める様に、 その手は首を抑える


……………


空が暗くなっていく、 茜の刻を終え、 地上に夜の帳が降りていく、 日暮れの刻だ………


「………日が暮れるわね…… 日暮…………」


……………


そう、 その日も赤い空だった、 予定日越え、 いつ迎えるとも分からない産気に不安を抱え、 気分転換に眺めた空の赤、 そして潮が引く様な日暮れ空、 暑い夏の夜の始まり……


…………


『……お母さんっ、 空っ、 めちゃくちゃ真っ赤だったよっ! あかね色? ……妹と、 同じ綺麗さだったよ』


…………………


……誰の声だろう、 でも、 壱道では無い、 助産師さんの声でも無い、 これは、 この声は……………


……最近、 よく思う……………


「…………っ、 ぅっ」


目と鼻が赤くなり、 急に、 何かせっつく様に涙が溢れ出る、 歳をとっておかしくなったのか、 それとも……


………自分は何かを忘れて居るのか ……


「……彩乃? っ、 どっ、 どうしてっ、 泣いてっ………」



「あっ、 貴方も…… 泣いてる…… 泣いてるじゃないっ……」


日の落ちた空の下、 二人の出会いの場所で、 寄り添いあって生きてきた二人だから感じる感覚を共有し、 徐々に消えていく茜色の様に、 消えていく感覚に涙を流す


………………………………………………



……………………



……

「っ、 雪ちゃーんっ、 待って! 走らないでってばっ!」


二日間も、 あれだけの賑わいの祭りを駆け抜けて、 それでも元気一杯の妹の背を、 茜は追いかける


時々振り返ってはこちらに手を振り返す彼女はいつだって笑顔だ、 こちらはいつだって汗まみれ、 どれだけ手を伸ばしてもあの子の背には届かない


……それでも、 走る、 息が切れても追い掛ける、 何故自分はこんなに必死なのだろう……


いっつも振り回されて、 驚かされて、 普通の、 常識に囚われる思考を無視した様な動きばかりして


……強さは、 弱さを隠す為の甲冑何だ、 それを着飾って、 本当は傷付き易いのに、 誰より前に立って、 苦しんで……


私は、 置いていかれて…… その時に伸ばした手はやっぱり届かなくて、 ずっとずっと遠い所に離れて…………


……でも、 もう一度心の底から触れ合って、 たった二人の兄妹として、 弱い心を寄り添いあったら、 本当に底から、 きっと本当の強さが湧いて出てきて……


私はいつだって、 その踏み出す強さに憧れていた、 だから思うのだ、 まだ止まる時じゃない、 今はただ、 進み続ける時なのだと


余りにも遠くに離れた、 それでもあの日感じた強さを胸に、 私はその心に恥じない様に前へと進む……


………………


ダッ! ………


前を走る妹が道を逸れ脇の公園へと入っていく、 もうすぐ家だと言うのにまだ遊ぶ余力が有るのか……


空も大分暗くなってきた、 茜の刻が終え、 空は暗く、 日暮れの刻に…………


「雪ちゃんっ! 早く帰らないとっ!」


彼女が笑って、 公園の展望エリアを指さす……


「お父さんとお母さんが居るのっ! 早く早くっ!」


え? ……


何も見えない、 ぼんやりとした陽炎の様な展望エリアには人が居るかどうかすらここからじゃ見えない、 でもきっとあの子が言うなら居るのだろう


あの子は、 雪ちゃんはそう言った鋭さが備わっていた、 ギフテッドと言うやつだろうか? そう言う感覚は外した事が無い……


遅れて茜が公園へと入る、 息を切らしながら彼女の背を見失わない様追い掛ける、 遠ざかる元気な妹の輪郭が遠く……


………待ってよ


…………………


『……行かないでっ、 行かないでよっ! 止まってっ! ……お兄…………』


ジッ ジジジッ………


日が落ちて、 日が沈んで、 私の色が消える頃、 貴方の色が空を彩る、 手を合わせた様に、 私達は………



グッ!


……もう、 今度こそ、 ただ、 弱々しく手を伸ばして懇願するだけじゃないっ、 今度こそっ


「っ、 追いついてみせるっ!!」


とっくに悲鳴を上げ始めた太腿に、 足に力が入る、 こんなに走ったのも久しぶりだ、 情けないがきっと明日は筋肉痛だと思う


でも、 この苦しさも、 前へと進んでいる証明になるなら、 今はこれが、 私にとって、 とても心地の良いものだと理解できる……………


……展望エリアへ向かうには公園から階段を登っていくが、 元気な子供は草の生えた丘を構わず走り登っていく


見上げた丘の中程に数人の人影が映る、 その中の一つ、 小さな姿がこちらを振り返って手を振る……………


………………………………



……………


置いてきてしまったお姉ちゃんが、 それでも必死に走りこちらを追いかけていた、 楽しくなったから、 振り返った、 彼女を呼ぶ………


……不意に、 その振り替える動作が、 数メートル隣の、 似た背格好の子と被る、 発した声も同時に被った………


「っ、 お姉ちゃん~!」



「お兄ちゃん~! 早く!」


…………??


互いにそちらを見ると、 やはり同じ年頃の女の子が、 私と同じ様にこちらを見て目を大きくしていた


凄く綺麗な子だと思った……


そんな彼女が、 こちらに笑いかけると、 丘の下を見る、 丘を上り、 こちらに追いつく、 彼女よりも少し年上の少年が控えめに手を振った……


「……美琴みこと、 そんなに大きな声を出さなくても聴こえてるよ、 母さんが心配するからそろそろ帰ろう」


彼がその子にそう言うと、 その子は凄く聞き分けが良いように、 仕方の無い様に頷いた……


「はい…… 海和みなぎお兄ちゃん……」


二人の関係は不思議だった、 一瞬のやり取りだが、 兄妹だと言うことは分かるが、 余り仲が良いようには見えない、 気遣いが目立つ様だった


手を引くでも無い、 登ってきた道を彼は振り返ること無く下り出す、 彼女は少しおっかながる様にたどたどしく下りだした


……別に今、 初めて会った他人、 同じ様なタイミングで、 同じ様に声を出しただけの二人の関係、 全くの……


でも、 少し勇気を出せば、 きっと、 友達になれるかもしれないと思って……


「ねぇっ! 良かったね、 お兄ちゃん直ぐに来てくれて、 私のお姉ちゃん凄い遅いっ」


これから丘を登り出すか、 いっその事階段まで回り込むかと逡巡を続ける姉を指さして、 彼女に話しかける


すると、 驚いた様に振り返った彼女が、 それでも言葉を理解したように笑った


「……うん、 でも、 貴方のお姉ちゃんも凄く頑張ってるっ、 展望エリアに行くの?」



「そうだよっ、 お父さんと、 お母さんが居るからっ…… だから…… またねっ!」


彼女に大きく手を振ると、 その子は笑って手を振り返した


「そうなんだ、 楽しそうだっ! うんっ、 またね」


……短いやり取りだったけど、 凄く大切だと思う、 再び丘を下り出す彼女、 その少し下で、 その兄と呼ばれた彼が一瞬だけこちらを振り返る……………


…………


っ ………………


思わず息を飲んだ、 それは刀の切っ先の様な、 鋭い切れ味を持った強烈で、 鮮烈な、 力を持った視線だった


……懐かしい、 何処かで見た事のある様な、 いや、 誰かに似ている様な……


そんな目だった…………


…………………………


「っ、 おーいーつーいーたっ! 今度こそ逮捕だっ!」



姉の声がして、 下を見ると、 肩を上下に、 苦しそうに息をしながら駆け上がる茜、 そうか、 丘を乗り越える事にしたんだ……


じゃあ………


「まだだよっ! 展望エリアまで競走しよっ! 置いてかれないでよお姉ちゃんっ!」


足に力を込める、 この足を、 止まっていた足を、 止まっていた私を、 あの薄暗い洞窟の中から、 照らし、 引っ張ってくれたこの想いに……


あの日、 私が踏み出した、 前進の一歩、 人生はその続き、 今はただ、 その、 消えない温もり、 暖かい想い


……彼がくれた、 心の熱を絶対に手放さない、 どれだけ時が経っても忘れない、 失ったりしない………


ジッ……………


………それでも ……………


見上げれば、 暗くなる空に想いを馳せて……


「……日暮 ……………お兄さん…………」


ッ、 ジジジジッ!!! ………


それでもやはり、 温かい胸に手を当てれば……


「大丈夫、 忘れないよ」


さぁ………


「行こうっ! お姉ちゃん早くっ!」


目の前に見える景色、 私の進む道は、 あの日踏み出した前進の一歩、 その続き、 踏みしめて、 踏みしめて


人は今を生きていく、 彼が、 彼女が、 それぞれの、 ぼくの、 わたしの、 やりたいこと、 進むべき道を一歩一歩踏みしめて…………


生きていく。

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