第百五十三話…… 『天閣の祝詞、 後日談・12 ぼくのわたしのやりたいこと《四》』
甘樹街復興の足がかり、 『甘樹祭』、 その二日目、 賑わう人々の喧騒は更に最高潮へと達していた
ついさっき、 この喧騒の中で、 プロポーズをした人が居るらしい、 その瞬間がもう美しいのなんのって大騒ぎ
結果プロポーズも成功したらしい、 と言うかしていた、 私もすぐ側で見ていた張本人だから知っている
あれは………
「魔法だ」
プロポーズ自体は突発的な物だった、 成功したのなら良かったし、 別に問題はそこじゃない、 突然吹き出した風や、 噴水の水、 しゃぼん玉に、 白い鳩……
「本物の魔法使いだったんだ、 あの胡散臭いマジシャン………」
そう呟くのは、 イベントの招待状を丁寧にレザー素材に金具の色が映えるバックを肩から掛けた女性、 天成鈴歌である
彼女は一人でこのイベントに来ていた、 その目的の一つ、 今話題沸騰のマジシャン、 大道芸人、 セコ・イッヌ・パラダ・リコーフヌの演目を見に来たのだ
彼が有名になったのは、 甘樹街の惨劇と呼ばれた騒動、 その正に最終決戦となったあの日、 シェルター内にて突如、 大望議員と共に現れ、 混沌と化した避難者達に大輪の笑顔を咲かせたらしい
鈴歌はその時、 シェルターの外で戦って居たのでその時のマジックは見ていない、 鈴歌は人々から注目を受けている物は積極的に知りたいと思う性分
件の大道芸人がこのイベントのステージに立つと聞いてやって来たのだが……
「凄いは凄いんだけど、 お客さんいっぱいで後ろの方だからよく見えないし、 日向はあまり居たくないし、 それに見た目があそこまで胡散臭いとは思わなかった……」
マントやら、 シルクハットやら、 どこの時代の、 どんな書き物にも奇術師として描かれそうな見た目、 一目見てちょっと引いてしまった
「最近のマジシャンは皆軽装備だから、 あんなこってこてに着飾ってたら種も仕掛けもありそうじゃん…… でも」
中央広場からステージは見えない距離じゃない、 彼が演目の最中に不自然に振るった掌、 そこから放たれた光が、 鈴歌には見えた
その光が、 プロポーズの二人に降り注ぎ、 まるで魔法の様な演出を施したのだ……
「ま、 あれが見れただけで良かったかな…… 私だったら、 こんなに人の多い所で急にプロポーズされたくないけど」
……………
そうして鈴歌は今度飲食エリアまで歩く、 時間はお昼すぎ、 そうは言ってもとても何かを口に出来るほど閑散としているとは思えないが……
「……うん、 やっぱり大混雑ね、 分かっていたけど…… 暑っついし何かドリンクだけでも買おう」
暫くお店を見て回ると、 『トロピカルフルーツジュース・シャーベット』と書かれたお店を発見する、 ここにしよう
「……シャーベットも良いな、 よし、 シャーベットにしよう、 並ぶか」
流石に日が出ていれば熱くなってくる、 冷を求め並ぶ人の列は二十人程、 だが回転は悪く無さそうで、 十分程で回ってくるだろう
自分が列に並ぶと、 自分の前は親子連れだった、 母親と思われる女性に連れられ子供が五人、 男の子の内一人は母親と身長が同じくらいなので、 恐らく中学生くらいだろうか、 帽子を被っている
その下に男の子が二人、 女の子が二人、 一番下と思われる男の子はまだ本当に幼そうだ……
鈴歌は勿論そんな事気にすることも無く、 スマホで時間を確認したりしていたが、 不意に耳に入った言葉に意識を引かれた……
………
「………それでっ、 空からヒーローが降りてきて、 どがぁあんっ!! って巨大な敵を吹き飛ばすんだっ!!」
「洋汰、 また夢の話しか? お前好きだよなその話……」
昨晩見た夢の内容を話し合って居るのか……
「違うよっ! 夢じゃないっ! 秀兄だって覚えてるでしょっ! シェルターに避難する前、 僕達を助けてくれたヒーロー!」
シェルターへの避難、 話を聞くにモンスターから助けてくれた、 そのヒーローとやらの話?
そう言えば、 鈴歌含む、 藍木シェルターの避難者が、 甘樹シェルターへ移る前、 十数人の人を引き連れてシェルター減ったやって来た男が居ると言う話を聞いた事が有る
そいつは、 モンスターと真正面から戦い、 その人達を助けた、 正に心の底から感謝されてる様な人だって……
………………
「う~ん、 いやでも…… 洋汰はじゃあそのヒーローの名前思い出せるのか?」
「うっ…… 思い出せない…… けど、 でも居たもん! ね! みっちゃん、 さっちゃん、 じゅんくん!」
そう訴えかける男の子に、 妹二人は曖昧にうなづいたり、 首を傾げたり……
「……いたよ、 ヒーローのお兄さんいたよ」
まだ小さく幼い男の子が一人肯定する、 その声に洋汰と呼ばれた男の子は目を光らせる
「そうだよね! ねぇ、 お母さんも信じてくれるでしょ?」
話が母親へと飛ぶと、 母親は振り返って笑う
「ふふっ、 ええ、 きっと居たと思うわ、 そう、 私にはそのヒーローを否定できない…… 貴方達の笑顔が一番だから」
?
子供達は揃って首を傾げる、 すると列が並び、 気がつけば彼らの番へと注文が回ってきていた
「皆、 何が良い? 純也はお母さんと一緒に飲もうね~ 海愛と、 幸佳は、 シャーベットが良いって言ってたわよね?」
「俺と、 洋汰はジュースにする、 トロピカルオレンジジュースで」
母が頷いて、 招待状に同封されたクーポン券を人数分渡しながら注文、 その後渡されたドリンクやシャーベットを受け取ると子供達に渡した、 元気な男の子へ、 女の子二人へ、 そして最後に
「はい、 秀介、 トロピカルオレンジジュース、 さ、 行きましょう」
そうして去っていく親子、 あの親子の会話がどうしても耳に残る、 本当に誰かに命を助けてもらったとしたなら、 普通その人の事を忘れてしまうだろうか?
………あれだけ腹が立って、 なんか、 色んな意味で頭に来る奴の事を、 ちっとも忘れてしまう事など有るだろうか……
…………
「次の方~ どうぞっ~」
っ
まずい、 ぼーっとしてた、 店員さんが手を振って呼びかけている、 鈴歌は頭を下げながら駆け寄ると、 予め決めていた商品の名前を口にする………
「トロピカルオレンジジュースで………」
あっ、 さっきの子たちの事を考えてたら、 シャーベットを頼むつもりが、 連れた………
「はい、 トロピカルオレンジジュースですね~ 少々お待ちください~」
あっという間に生搾りのトロピカルオレンジジュースが注がれ、 鈴歌に手渡される、 諦めそれを受け取ると、 鈴歌は歩き出す………
…………
やはり席は何処も埋まっていた、 ドリンクなら飲みながら歩いて居られるか、 そう思っていた時不意に超えを掛けられた……
「あっ! 鈴歌お姉さんだっ!」
?
この声は……
声のした方を振り返ると、 丸い白テーブルを正面に、 椅子に座った少女、 雪のように繊細で綺麗な髪の少女がこちらに手を振っていた、 この子は……
「あ~ 雪ちゃん、 奇遇だね、 君も来てたんだ…… ご家族は?」
少女は鈴歌のと似たようなジュースを飲みながら答える
「お父さんと、 お母さんは今日は来てないよ~ お姉ちゃんが…… あっ、 戻ってきたっ!」
少女が指差す方に、 大盛りのポテトが乗ったお盆を手に持って、 ぐったりした顔でこちらに歩いてくる彼女の姉、 茜を発見した
「はぁ…… も~ 雪ちゃんっ、 なんでこんなメガビックサイズ頼むの~ 二人じゃ食べきれ無いでしょ~!」
「え~ 山盛りの方が良いじゃんっ! それに…… 三人なら食べれるでしょ?」
そこで漸く茜は、 傍の鈴歌に気が付く、 最初にあった頃はいざこざから険悪な目を向けられて居たが、 今の彼女は鈴歌を見ると笑いかけた
「あれっ、 鈴歌さんっ、 久しぶりですねっ! あっ、 良かったら座って下さい」
鈴歌はその誘いに甘える事にする、 椅子を引き座る、 そして一目見て気がついた事を彼女に伝える
「あれ~ 茜ちゃん、 いつもよりあざといなって思ったら、 もしかしてお化粧してる~?」
うっ……
茜はドキリと肩を震わせた、 少し頬を染めながら苦笑いを浮かべる
「あはは…… 控えめにしたんですけど、 流石、 バレちゃいますか…… 鈴歌さんから頂いた物で母から教わりながらちょっとやって貰ったんですけど…… 似合わないですか?」
少し怯える様に小さくなる彼女、 鈴歌はイタズラな笑みを浮かべながら顎に手を当てる
「う~ん、 そうだな…… 二十点かな」
「えっ………………………… そんな………………」
ガーーーンっと肩を落とす茜の暗い顔を指差すと、 鈴歌はズバリ言い放つ
「だって笑顔が無いっ! どんなお化粧品も、 それを施す人を飾る引き立て役に過ぎないっ、 一番大切なのは笑顔、 笑顔の女の子をもう少しだけ輝かせてくれるのがお化粧」
「お化粧が笑顔を作ってくれる訳じゃないよ? 笑顔は自分で作らなきゃ、 だからさぁ笑って……」
鈴歌がそう言うと同時に、 少女が手を伸ばし、 大盛りのポテトを手に持てるだけ鷲掴みにする
「必殺! 十本同時パクパクっ!」
「あっ、 雪ちゃんまたやってる! はしたないって言ってるでしょっ……」
そう起こった茜、 だが、 声に振り返った雪ちゃんが、 口をいっぱいに膨らませて口をもごもごと動かす姿を見て、 湧き出すように笑いが漏れた
「ぷっ、 あははっ! もうっ、 雪ちゃんその顔やめてっ、 あははっ!」
そうやって笑顔の花が咲いた茜はやはり、 とても可愛い顔だった、 うん、 お化粧はそれを上手く引き立てている……
うん……
「百点満点、 ふふっ、 似合わない訳無いでしょ? 茜ちゃんはめっちゃ可愛いんだから、 だからこれからも自身を持って良いからね」
「あっ…… ありがとうございます…… 鈴歌さんに言われると凄く自身が湧いてきます…… あっ、 良かったら鈴歌さんも食べてください」
…………
そうして、 近況何かを話し合う、 茜は無事高校に復帰出来たそうだ、 今は部活を頑張っていると言う
雪ちゃんの方は色々とめんどくさかったらしい、 よく分からないのだが、 小学校の場所が甘樹街だった為、 手続きが大変だったそうだが、 なぜ藍木に住む彼女が甘樹の小学校に通っていたのかは謎である……
「雪ちゃんはお勉強頑張ってるの? 勉強は本当に頑張らないと後で取り返しのつかない事になるからね」
「やだ~ めんどくさ~い、 も~ お姉ちゃんがめちゃくちゃお勉強頑張るせいで雪もそうしなきゃいけないみたいじゃんっ!」
勉強の話になるとぷりぷり怒る雪ちゃん、 ポテトを頬張ってイヤイヤモードになる、 そんな妹を見て茜は苦笑いを浮かべる
「あはは…… 雪ちゃんお勉強苦手みたいで、 お母さんがそれを怒るから、 嫌になって今日も飛び出して来たんです、 『甘樹祭』は昨日も来たのに」
なるほど、 仕方なく茜は着いてきたのか、 まあ面倒見のいい事である
「……でも、 こう言うの少し懐かしい…… 私の場合は逆だったけど、 兄妹と比べられて…… 勉強しろって…………」
………………
「あれ? 私何言ってるんだろ……… まあいいや、 帰ったらせめて宿題はしなさいっ、 お姉ちゃんが見てあげるから」
「はーいっ」
どうやら帰ったらしっかり宿題をする事を担保に今日も遊びに来た様だ…… よく見るとあれだけ山盛りのメガビックサイズポテトも量が少なくなってきた……
そろそろ待ち合わせの時間だ………
「っと、 ごめん、 私この後人に会う予定があるから、 そろそろ行くね」
「あっ、 そうだったんですね、 また…… また、 ちょっとイメチェンとかも考えてるから、 時間があったらアドバイスください……」
ふふっ……
「良いよ、 じゃあまた連絡するね、 雪ちゃんも学校楽しんでね、 じゃあまたね」
鈴歌は飲み終わった自身のオレンジジュースのプラコップを手に持って二人に手を挙げる
「はいっ、 鈴歌さん、 またっ」
「鈴歌お姉さんまたね~ ばいばーいっ!」
可愛い声に背中を押され鈴歌は歩き出す………
…………………
今日、 ここに来た一番の理由、 それは、 昔の知り合いに誘われたからだ、 鈴歌的にはあまり会いたい人でもない……
その人との待ち合わせは、 イベント会場から歩いてすぐの喫茶店だ、 ゆっくりとした足取りで向かう道、 もう正午を過ぎている、 この賑わったイベントも何処か終わりへと向かっている気配がしていた
そんな人達の中を抜け、 鈴歌は一つ、 落ち着いた外装の喫茶店に入る、 これだけ人が賑わっているのに中は閑散としていた……
定員に話をすると、 一番奥のテーブルに通される、 そこに、 鈴歌を待っていた女性が一人座っていた、 鈴歌を見ると笑う
「お久しぶりです、 先生……」
それは鈴歌の小学生時代の担任の先生、 そして、 最も印象深いのは、 鈴歌の実家、 宗教団体・御頂益の会、 その施設だった
その中で彼女は、 頂様から名前と役割を貰った存在、 毎月とんでもない額のお金を納めていた、 信者の一人……
嘗ての記憶しか鈴歌には無いが、 彼女は鈴歌を見ると優しく笑いかけた…… 彼女からは見た事も無いような顔だった
「鈴歌ちゃん…… ますます綺麗になって…… ふふっ、 お久しぶりです、 あと私はもう教職を辞めたので、 先生では無く、 名前で呼んでください」
……そうか、 この人は教職を辞めたんだ、 初めて知った事だが、 それに自分がこの人の生徒だったのも十年も前の事だ
えっと………
「憂夜さん?」
憂夜と言う名前こそ、 彼女が頂様から頂いた名前、 あの家で彼女を呼ぶ名前だった………
鈴歌からその名前が出た時、 女性は驚きと、 その数秒後納得したように笑った
「ふふふっ、 まさか、 鈴歌ちゃんからもう一度その名前で呼ばれるとは思いませんでした、 思い出して少しゾッとしましたね………」
「……私、 もう御頂益の会から脱会したんですよ、 勿論、 莫大な献金ももう辞めました、 鈴歌ちゃんの家にももうずっと行って居ません」
あ……… そうだったのか……
「……ごめんなさい、 私、 先生の本名知らない…… ずっと、 先生の事知るの怖かったから……」
一瞬、 鎮まり返った、 だが彼女がやはり優しく笑い、 対面の椅子を指差す
「座ってお話しましょう、 注文は何にする? ここのコーヒーはおすすめだけど、 苦手なら、 紅茶も美味しいわ」
鈴歌は椅子に座るとメニューに視線を落とす、 コーヒーは好きだ、 紅茶も好きだ、 勧められたからにはどっちか………
あっ………
「オレンジジュースで……………」
……しまった、 まださっきのトロピカルオレンジを引きずっている、 ソフトドリンクに並ぶオレンジジュースを見て思わず声に出てしまった……
女性はそれでも優しく笑う
「ふふっ、 お目が高いわね、 ここのマスターは実家が柑橘農家で、 糖度が高くてデザートや、 ジュースに向いたオレンジを育てている、 ここで飲めるオレンジジュースはそのオレンジを使っているから最高に美味しいのよ」
勿論そんな事は書いても無ければ知りもしないことだったが、 その後彼女が店員にコーヒーとオレンジジュースを注文する…………
「……橘やまめ、 それが私の名前、 鈴歌ちゃんが私の事を怖がってるのも仕方が無い事だから、 全然気にしないで」
………ぁぁ、 記憶の彼方でそう言えば、 彼女はそんな名前だった気がする、 基本的に人の名前は覚えられる方だが、 そうか……
「……お魚先生、 だから皆からそうやって呼ばれてたんだ」
「そうそう、 思い出してくれた? あとお魚にも詳しかった、 私理科の先生だったし」
奇妙な感覚だ、 彼女は勿論十年前より歳を取った、 だが、 あの頃よりもずっと生き生きとしている
頂様からの加護や、 あの集会、 そして、 彼女が最も求めていた存在、 桜初、 鈴歌のあの家での身分と名前……
まさかこんな風に、 この人と再び話をする事が有るとは、 ここに向かって歩いている時ですらまだ実感が無かった
……やがて店員さんがコーヒーとオレンジジュースを運んでくる、 オレンジジュースを一口飲むと芳醇な甘みと爽やかな酸味が心地よく口内を潤した
「……美味しいです ………私、 ここに来るまでは不安だったんです、 どう接したらって、 でも ……橘さんも変わりましたね」
「……そうね、 あの頃の私は精神的にもずっと弱かった、 支えてくれる何か、 誰が居ないと立っている事も出来ない程…… いいえ、 違うわね、 支えてくれる誰かに負荷を掛けて、 私はただ楽をしていただけ……」
橘はその場で鈴歌に向かって頭を下げる
「……弱くてごめんなさい、 鈴歌ちゃんには怖いこと、 いっぱいしたね…… どうかそんな私を許して、 凄く自分勝手な事を言っているのは分かってるけど………」
頭を上げた橘と目が合う、 と同時に彼女の左手に輝く指輪にも気がついた……
「……私ね、 去年、 結婚したの…… 偶然知り合った男性だったけど、 運命の出会いだって思った…… 子供も、 見た目には分からないけど、 このお腹に宿ってる……」
そうか、 彼女は、 そんなイメージのまったくない、 属性からかけ離れた存在だと思っていた、 当たり前だ、 頂様から名前を貰うという事は、 心血を超えた繋がり、 家族へとなるという事
汗水流し稼いだ給料は全て予め作らされた専用の口座へ振り込まれ、 頂様からの頂き物として、 毎月少しばかりのお小遣いを渡される
それ以外の貯金や資産も管理され、 何か購入する時でさえ申請を通さなくてはいけない、 命を捧げるに等しい行為、 それを『花』への接触、 つまり鈴歌への接触と言う下らない目的の為だけにこの女はそんな事をしたのだ……
「………私の人生は苦しいことばかりでした、 私が鈴歌ちゃんの担任だった頃、 当時の教頭に度の過ぎたセクハラを受けていた…… でもその後、 頂様の力でそれは解決された、 教頭は死んだのだから」
でも………
「それでも全てが上手く回るかと思ったらそうも行かなかった、 私は場所を変え、 時が立っても、 不幸体質の様に、 いつどんな時も苦しい目に合った」
「鈴歌ちゃんが家を飛び出し、 集会に訪れても『花』が無くなり、 私に癒しは無くなった、 次第に私の心は耐えられない程の黒に落ち、 首をくくる為の紐すらいつしか用意していました」
聞くと、 その頃には集会に来る人は減り、 藍木の支部は信者も大分減ったそうだ、 話には聞いていたが、 それも、 悩みを抱えた人達の話を聞き、 心を癒していた存在の鈴歌が家を出たからだ……
「本当に嫌な事は畳み掛ける様に続く物…… 私に似た姿の女性が浮ついた歓楽街にてホストの店へと入る様が目撃されたのと、 身内の死が重なって……」
「お葬式と言うのは凄く大変で、 私に関しては信仰する宗教と亡くなった母の行く所が違うから本当に大変で…… そんな折りに、 私が夜、 遊び歩いているとあらぬ噂が立って、 その騒動は私が教師を退職するまでに追い込まれました……」
とても疲れた顔だった、 思い起こすだけで彼女の肩は震え、 息が切れた様に荒い呼吸をしていた
「……それで、 死のうと思って、 首に紐を掛けたんです…… でも、 そんな時、 彼が私を止めてくれて…… 生きろって言ってくれたんです……」
「母は顔が広かったので、 その人は葬式に来た母の知り合いの息子でした、 どうやらやつれた私の顔を葬式で見て心配になったそうで…… 私の家を調べ尋ねたタイミングで、 私が首に紐を掛けて居たので咄嗟に止めたみたいです……」
時間が必要だったと言う、 そうは言っても絶望した人間の心を救うのは簡単では無い、 長い間寄り添い、 耐え、 支え続け、 震える心を温め続けなくては行けない
何も出来ない様な彼女を丸い一年と更に半分程、 静かに支え続け、 ある時、 橘も漸く、 その彼を認識し、 心に熱を取り戻したと言う……
「……私は彼がその内好きになり、 彼はもうずっと私が好きだと言うから、 私達は結婚する事になって…… それで、 今こうしているんです」
彼女は熱の有る手で指輪を摩る、 その手で優しく、 お腹を触る…… 鈴歌はこの時本当に、 心の底から彼女に訪れた救いと幸せを祝福した
「その後、 私は御頂益の会を脱会しました、 そして今となっては藍木にあった支部は水の底です、 鈴歌さん、 ご両親と連絡は取れましたか?」
鈴歌は少し前、 家の話を両親と手紙でやり取りしている、 父と母は今、 御頂益の会の藍木支部を吸収した組織、 『人神創成研究訓練所』と言う所に居るらしい
父も母も当時藍木に居たがモンスターからの被害は受けず、 無事で、 手紙には二人を助けたのは紛れもない頂様の力だと書かれていた……
「……はい、 お二人から話を聞いているなら良かった、 実は私は今日、 御頂益の会を代表して鈴歌ちゃんに逢いに来たんです」
……本題と言う奴だろうか、 彼女が背筋を伸ばし、 真剣な目でこちらを向く
「実は私も、 脱会した身とはいえ、 当時休職中だったので、 声をかけもらい、 私自身も『人神創成研究訓練所』にて今は務めて居ます」
そうか、 彼女は教師をやめ、 結婚し、 子供も出来て、 今は父と母も居る、 その施設にて働いて居るんだ
「鈴歌ちゃんのお父さんは今もお忙しい身ですし、 お母さんも逢いたがろうとしなかったので…… 頂様が亡くなった事はご存知ですか?」
その話か……
「……うん、 頂様は…… ううん、 頂様と、 桜初は、 私を守って亡くなったの、 もうこの世に居ない、 分かってる……」
橘は一瞬驚いて、 でも後に納得した様に頷いた……
「そうですか、 やはりお父さんも言っていました、 頂様は、 きっと、 鈴歌ちゃんを助けるだろうって、 優しい子ですから……」
…………何だろう、 もやもやする、 父も母も自分の事等どうでもいいのだと思っていたのに、 家柄が特殊だっただけだ、 きっと二人とも……
(……私の事を認めてくれていたんだな………)
嫌気がさして、 急に飛び出しで申し訳無かった、 さっきの橘の過去に被せる訳では無いが、 自分もあの頃は心が弱く耐えられなかったのだ…………
でも今は違う、 一歩確実に踏み出して、 今こそ乗り越える時だ、 自分を縛る過去を今こそ乗り越える、 その為の力が自分には有る
………………
「……ありがとう橘さん、 今日私に会ってくれて、この再開自体が私に大きな意味があったよ…… 頂様も、 桜初も、 そして…… 皆、 私の中で生き生きと、 私の踏み出す力になる」
全てを、 歩んできた全ての道程を、 嫌だった過去、 あの薄暗がりも、 恐ろしく感じた、 彼女の手も…
全てを無駄にしないと言うなら、 全てが私の力だと言うなら、 与えられた役割は最後まできっちりとやり遂げる
(……私には、 今の私にはそれが出来る)
もう、 頂様も、 桜初も居ないけど、 二人から、 助けて貰って、 力を貰った私が今ここに居る…………
スッ………
鈴歌は手を伸ばす、 机を挟んで反対側、 橘やまめ、 彼女の手へと自分の手を重ねる
彼女は、 本当に自分を支えてくれる人を見つけて、 今度は自分が誰かを支える人になった、 彼女の前進、 その煌びやかな足跡が目に見える
もしかしたら必要無いのかもしれない、 だが、 これは化粧と同じ、 彩りの『花』と同じ、 無くても良いかもしれないけど、 あったなら、 より彼女の心を前へと進めるだろう
鈴歌の小さな手が、 橘の熱と伝わった時、 彼女は少しだけ驚いて、 でも、 一瞬で、 あの頃、 あの薄暗闇の畳の間の空気感を互いに思い起こさせた
彼女は立ち上がって前へ進み出したが、 過去とは何時もそう言った人の後ろ髪を引くものだ、 彼女の心にはまだ恐怖が有るし、 何より、 鈴歌への罪悪感が有る……
でも、 だからこそ、 あの時、 鈴歌の役割は、 頂様の彩り、 『花』の役割は……
「……先生、 今までよく耐えて来ましたね…… 憂夜、 ここまでよく戦って来ました…… そして、 橘やまめさん……」
そう、 初めから信者の人達の話を聞き遂げる事、 皆の心を許し、 癒す事、 その為の美しさも綺麗さも、 全てが力で、 鈴歌の強さだ、 だから最後までちゃんとやり抜く事こそ、 それも鈴歌の前進……
加護を与える頂様が居なくても、 聞き遂げる桜初が居なくても、 ここには今、 天成鈴歌が居るっ………
彼女の目を見る、 あの頃は背けて馬鹿りだった彼女の目を深い所まで見通す、 繋がりを感じる程、 彼女と目が合う……
ふっ……
「……きちんと貴方の話を聞き届けました、 貴方のこの先の未来が明るく、 彩に満ちた物である事を、 私も心の底から祈っております」
だから……
「ご結婚おめでとうっ」
っ………
……彼女の目から大粒の涙が止まらない様に溢れては落ちる、 頂様が亡くなった今、 御頂益の会も同時に終わりを迎えた
桜初が生きていようと、 それでも自分はもう、 関係の無い出来事だと言えた……
でも、 これは自分が前へと進むための行為だ、 全ての自分が力と決めた今、 全ての自分が行う全ての役割を全うする
過去の彼女を許す、 それが少なくとも、 ここでの鈴歌の役割だ…………
………………………………………
……………
暫く話を続けたが、 夕方も近くなり解散という事になった、 外に出ると日が傾いている、 すぐ側のイベント会場からの喧騒も弱々しく小さくなっていく……
「……この後は彼と食事に行く事になってるの、 だから、 鈴歌ちゃん、 ありがとうっ」
「はい、 私も本当に、 今橘さんと話が出来て良かったです…… あの、 橘さん……」
鈴歌は最近よく考える、 未来はこれからも続いていく、 前に進み出した彼女の様に、 自分もまた更に歩みを進めなくてはいけない
がむしゃらに進んでも時間を無駄にするだけだ、 自分が何をするのか明確に決めなくてはいけない
『調査隊』には勿論誘われた、 でも断ったのは違うと思ったからだ、 自分にもっと適した…… いいや、 自分のやりたい事がある筈だ
それは、 今日、 彼女と再開して道が見えた、 彼女を許して、 自分も許された時、 漠然と未来の自分が立つ地点が見えた……
振り返る彼女、 鈴歌は夕焼けを背に未来を語る
「私、 大学で教職の免許の過程を受講しているんです、 それはあくまで、 ついでの事で…… でも今、 私のやりたいことがわかりました」
そう、 私は………
「私は、 先生になりますっ、 橘さんが自分の事をどう思っているかは分からないですけど…… 先生としての橘さんはとても素敵な先生でした、 尊敬してますから」
だから……
「……私も、 橘さん見たいな優しくて素敵な先生になりますねっ」
彼女が笑う、 夕日を真正面から受け、 明るく輝く笑で
「鈴歌ちゃんありがとうっ、 鈴歌ちゃんに許して貰って、 認めてもらって、 私、 過去の私にもちゃんと向き合って、 鈴歌ちゃんに言われたみたいに、 自分の事を認められると思う……」
ああ、 きっと貴方は大丈夫、 貴方は昔から強かったから……
「じゃあね、 鈴歌ちゃん、 きっと素敵な先生になれるって信じているわ…… またね」
「はい、 先生も、 いつか、 また……」
手を振って、 そして互いに互いに背を向け別れる、 嘗ての教師には心を癒す少女が必要だった、 嘗ての少女は自身の刃の一つとして教師を利用していた
今日、 この瞬間、 嘗ての日々を許し合い、 二人は今度こそ背を向け互いの道を進み出す
彼女を前へと進めた彼、 鈴歌を前へと進めた人達、 互いにきっと、 その人達を忘れる事は無いのだろう、 たとえ顔を忘れてしまっても
ふとした瞬間、 風が通り抜けるその黄昏時、 嘗ての花の香りと共に、 それは一瞬だけ頭に浮かんで波の様に打ち付ける
そうだ…………
「……ありがとう、 アンタも…… それに、 フーちゃんも……………………」
……………?
ふと思い浮かんだ顔は、 直ぐに泡の様に消えた、 一瞬引き留めようとしたが直ぐにそれも止めた
それがもう何かも分からないが、 きっと変わらず前へ進んでいる、 強い輝きを見たから、 それを忘れられないから……
「私も負けない、 前へ進み続けるよ」
そうして、 風が彼女の髪を揺らし、 ジリジリと落ちる陽の光を追うように、 鈴歌は帰りの道を進み始めたのだった