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第百五十一話…… 『天閣の祝詞、 後日談・10 ぼくのわたしのやりたいこと《二》』

よく晴れた日のうだるような暑さの下で、 衝撃が私の中を突き抜けた、 わかっていた、 だが実際に目の前に見た時、私は………


………


「………意外と色々思わなかった、 何て言ったら最低だって、 軽蔑されるかしら?」


もうひと月以上前の事になる、 甘樹街の惨劇と呼ばれる騒動の突然の終わりから…… 早い物だ、 一生続くの思っていた日々も、 滅んでしまったと思った世界も……


何もかも、 短期間で構築された、 世界に対する新たな常識は、 たった一瞬で、 余りにも呆気なく崩れて消えた


街の外には、 惨劇以前の変わらない世界が広がっていて、 多くの人が、 何不自由無い生活を送って居た……


「……まさか、 今でも信じられない…… 死んでしまったと思った家族と急に再開するんだから……」


菜代望野なしろののはその時の感覚と、 再開した家族との会話を今でも受け入れられないで居た……


再会は本当に突然だった、 騒動明け、 望野も宛てがわれたホテルで三日程過ごした後、 大望議員から話を受けた係員に、 家族が皆無事に生きていると聞かされた


その晩にホテルのロビーにて家族と再会したのだが、 それは望野が一方的に想像していた様な再会では無かった


今でも思い出す………


………


『……あら望野、 良かったわ無事で~ 何か大規模なガス爆発? って聞いてたから良かった良かった……』



『あっはっはっ! 心配しすぎたよ、 俺たち家族が簡単に何かあるものかっ、 いや~ 無事全員集合だ!』


………


軽かった、 その言葉はあんまにも軽くて、 父も、 母も、 弟何て再会の最中もスマホを弄っていた


誰も、 誰も知らないのだ、 この時はまだ、 外で生きていた人間は、 中でどれだけの人が死に、 どれだけの人が傷つき震え、 化け物が跋扈し、 どれだけ恐ろしい様だったか、 何も知らないのだ


娘が死にものぐるいでモンスターを殺していた事も、 家も、 街も、 もう何も残って居ない事が、 この人達にはまだ何も理解出来て居ないのだ


騒動最中は、 数十年過ごした街も、 父がローンで買った家も、 望野の事も、 何にも忘れて、 当たり前に生きていたのだ……


その時思わず拳を握った、 きっと同じ思いをした人は大勢居ただろう、 望野もその内の一人で、 これは自分の計り知れない力により起こった現象、 その結果なのだろう……


どうしようも無い事だと、 割り切って然る事だ…… なのに………


…………………


風が頬を撫でる、 滅んだ街を見下ろす、 自分は決定的に何か変わってしまった、 中だとか、 外だとか、 外の当たり前の景色よりも、 中の滅んだ景色の方が当然に見えるとか……


私は決定的に何か変わってしまった……


また望野はビルの屋上に居た、 帰る場所を失ったうちの家族は今、 親戚の家で暮らしている、 父も母も弟も、 よく思えば街の外側に職場が有るし、 少し不便してるだろうが何も変わらない……


変わったのは自分だけだ、 自分だけまだ、 ここに心が縛り付けられている、 まだ、 このビルの屋上で暮らしている……


受け入れられなかった、 当たり前が、 もう、 望野には当たり前じゃなかったから………


望野は『調査隊』に入った、 家族との邂逅を経て、 他に選択肢は無かった、 逃げる様にこの街に戻って来た、 今もあの頃のように街を見下ろし、 この街の調査に協力をしている


この街を見下ろすと妙に心が落ち着く、 この胸の、 葛藤も、 逡巡も、 この街は肯定してくれる、 一歩外に出れば数千年に渡って構築された大多数の当たり前に、 望野はバッサリと否定された気になるからだ……


「……私はずっと変わらない、 『調査隊』に入っても…… 何も生み出せず隠れて怯えるだけの弱虫の引きこもり……」


言葉とは裏腹に、 それでも自分を誇っていいと言う胸の内の声がある事を知っている、 この街で、 未来を賭けて戦った、 最低限の未来でも、 守り抜いた、 戦い抜いた……


その確かな事実と誇らしさ、 あの日、 この屋上での出会い、 そして背を押され、 強く踏み出した一歩……


望野は青い空を見上げる、 スケッチの様に、 最近はずっと同じ事を思う、 描けると思ったのに、 筆を持った途端消えてしまう様に……


「……あなたは誰、 私は誰かを忘れているの? ………はぁ」


深く着いた溜め息、 スケッチを諦め目を閉じた、 瞼を通りぬけ入る光が、 羽ばたく羽音と共に遮られる……


バサッ バサッ……


「望野~ 帰ったよ~ 寝てるの?」



「ん? ああ、 サンちゃん、 おかえり、 早かったね」


羽を広げると一メートル程の鳥が羽ばたき、 望野の傍に止まる、 異世界からのモンスターにして、 望野の気持ちを肯定してくれる最もたる存在だ


「他の二人は?」



「もうすぐ来るよ、 僕はただの鳥だけど、 彼は普通に人だから目立たない様に別で行動してるんだ…… ま、 普段着があれだからめちゃくちゃ目だっては居たけど……」


鳥、 本名を、 金轟全王落弩こんごうぜんのうらくど、 その体に雷を宿す雷鳥が、 望野の顔を覗き込む……


「う~ん、 やっぱり、 また悩んでたでしょ? だから気分転換に一緒にお祭り行こうって言ったのに、 望野には招待状だって来てるんだから」


お祭りと言うのは、 この街の復興を願った、 『甘樹祭あまたつまつり』の事で、 街に住み、 惨劇に見舞われた人達の元には全員招待状が送られている


「……行かない、 ううん、 行けないよ…… 私は、 何処にも行けない、 私は変わらないし……」



「変わったでしょ、 もっと誇りなよ、 望野は、 この街を賭けた最終決戦、 その戦いで未来を切り開いた調査隊メンバーのその一人何だから」


やっぱり、 それは誇っていいんだ…… それでも………


「『調査隊』はいつまでも必要な訳じゃない、 いずれ無くなる組織だと思う、 私は『調査隊』以外に何か出来る事を見つけなくちゃ行けない、 のに……」


自分の事はよくわかっている……


「私は、 初めから引きこもりだったし、 人と何かをするのも苦手だし…… 私は、 これからどうすれば良いんだろう……」


雷鳥は望野のすぐ側まで降り立つとトットと歩き寄り添う


「でも、 望野は一人で生きるより、 人と一緒に居た方がずっと凄いよ、 だって望野を前に進めたのだって、 ある一つの出会いだったでしょ?」


………っ


でも、 その出会いは、 それがそうだとしたなら、 もう、 思い出せない……


「……望野なら、 きっと、 いつか思い出せるよ…… 思い出せ無かったとしても、 望野は貰った想いを無駄にはしないだろ?」


……………………………


え?


「………サンちゃん、 今何て、 サンちゃんは私が忘れた何かを ……覚えているの?」


雷鳥はとぼけた様に笑うと羽を広げた


「さて? なんの事かな~ あっ、 望野、 二人とも帰ってきたみたいだよ」


声につられ振り返ると、 屋上への扉が開く、 開いた扉から顔を覗かせたのは、 変わった格好の男だ


コスプレかと思うように服装に、 背まで有る髪を後ろで縛って居る、 女性かと思う程に綺麗な輪郭だが、 骨格とキレの有る顔を見れば直ぐに男だと分かる


(……あの時はボロボロに汚れていたから分からなかったけど、 イケメン俳優も顔負けのビジュアルなのよね)


おまけに背も高いし、 こちらに笑いかける顔は爽やかで素敵な物だった


「望野殿~ 今帰った、 屋台で美味しそうな物を沢山買って来たから食べましょう!」


シェルター攻防戦、 壮絶な甘樹街の惨劇の最終決戦となったあの戦いで、 この甘樹ビルから狙撃を行っていた望野を仕留めに向かってきたのが、 この優男


蒼也そうやだ、 彼は両手にビニール袋を下げてこちらへ向かってくる、 彼のコスプレの様な見た目に合っていない背負われたリュックからは何か首が伸びてこちらを見ている


ドサリッ……


蒼也が望野の側へと腰掛け、 ビニール袋とリュックサックを下ろすと、 リュックから転がる様に何かが転がり落ちた……


「いや、 中々の賑わいだった、 あれだけの人が集まり何かに勤しんでいる様は圧巻だった、 森で産まれ、 こちらに来てからもこの街にしか居場所の無い私には全てが煌めいて見えたぞ」


モンスターだ、 灰甲種はいこうしゅと言う、 サザエの様な殻を被った亀みたいな見た目の生き物で、 名前をやぐらと言う


そう、 望野は今でもこのビルの屋上に居るが、 一人ではない、 あの惨劇の日々、 そして最終決戦にて、 共に戦った、 雷鳥、 櫓、 蒼也、 今は彼らに囲まれていた


「櫓殿は確かに興奮していたようだが、 それは俺も同じだ、 俺も祭と言えば小さな物ばかりで、 あれ程大掛かりな物は経験が無かった、 サンちゃん殿も空から見下ろして居たが壮観だったろう?」



「そうだね~ 僕も驚きだったよ、 見知った顔も何人か居たし、 望野もせっかくなら来れば良かったのに」


皆楽しんで来た様だ、 思ったより帰りが早かったが、 買って来たお土産の量を見れば向こうで飲食はしていないのだろうと分かる


「無理ぃ~ 私はああいう所向いてないから…… それよりっ、 何買ってきたのっ!」



「たこ焼きっ、 牛串っ、 大阪焼きっ、 チョコバナナっ、 後は地元の人のやっていた屋台から、 グルグル肉巻きお握りを買ってきましたっ!」


蒼也が張り切って大量のお土産、 屋台の定番グルメを出す、 ついでによく冷えたお茶も出してくれた


「まだ温かいし冷たい…… 走ってきたの?」



「街に入って暫くしてから、 一キロ程度なら本気で走れば五分ほどで着きますから」


あはは……… 流石の強化体だ……


望野は渡された割り箸を割りながら、 笑う蒼也や、 櫓、 屋台グルメを突く雷鳥を見る


それだけじゃない、 共に戦った調査隊、 守り抜いたシェルターの人達、 そして思い出せない、 その輪郭……


(……自分を卑下して、 下手に捉えるのは確かに勿体無いわね、 私ももっと、 ここにある出会いを誇っても良いんだわ)


………………


「ん? 望野~ 食べないなら僕がこの丸いの貰っちゃうよっ~」



「だーめっ! 絶対にあげないんだからっ!!」



「あはは、 取り合わなくてもまだまだたくさん有りますよ~ 櫓殿、 それはいきなりほうばると熱いですよっ」


あちちちちっ!!


「ファッ、 アウッ、 熱いっ!」



「あはっ、 あはははっ、 たこ焼きいっきは火傷しちゃうよっ! ほらお茶飲んでっ!」


………


今ここに有る出会いと笑顔、 抱く想い、 そうだ、 それは確かに以前には無かった彼女の戦績、 その勝利の報酬


あの頃の、 怯えて居た自分とは違う、 一歩踏み出し、 前へ歩んで来た軌跡が確かに感じる


「私も前に進んでる」


あの日、 出会ってくれた、 このビルに訪れてくれたあの出会い、 あの瞬間から、 このビルの屋上に吹く風も変わった


その風は、 澄んだ、 心に吹く清風、 学生時代、 弓道場、 弓をつがえたあの瞬間に、 心が無になる、 あの涼やかさに何処か似ていた……

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